足りない分は先々でフォローを。
フランドール・スカーレットは幸せだった。あの後で、壊したドア、家具、その他諸々のことで姉に叱られたことも、姉、咲夜、パチュリー、美鈴、小悪魔と並んで、紅魔館の一員として先生に紹介されたことも、姉と一緒のベッドに入ったことも、姉にしがみついて眠りに就いたことも、誰かの存在を隣に感じながら目覚めたことも。
彼女にとって、全てが初めて体験することだったから。隣に寝ている姉の腕にそっと頬を寄せてみる。
フランドール・スカーレットは間違いなくこの瞬間、幻想郷で最も幸福な存在であった。
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レミリア・スカーレットは幸せだった。彼女自身の能力で結果的に不幸にしてしまった妹と和解が出来たのだから。忠実なメイド長にも言えない秘密──嬉しくて妹と抱き合って大泣きしてしまったこと──すら目覚めてみれば、恥ずかしくも嬉しい思い出の一つになっている。
これからも、妹や友人、従者達と共に楽しい思い出を増やしていくのだ。妹の柔らかい頬の感触を左腕に感じながら、レミリア・スカーレットは薄く開いていた瞼を閉じた。吸血鬼の視力をもってしても見えない闇の向こうに、彼女の望みを実現させるための微かな道筋が燐光のように光って視えた。
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十六夜咲夜も幸せだった。いきなり扉が破壊され、中をのぞき込んで風のように去って行った妹様の所為で震え上がった妖精メイド達を指揮して、壊れた扉や家具の片付けの指揮を執っていても。彼女は、彼女の主の笑顔を見るのが好きだった。それを見るためならどんな労苦も厭わない程に。
妹様と抱き合った瞬間のお嬢様の顔は、これまで見たことがなかった幸せそうな笑顔だった。ならば何も思うことはない。
あの笑顔をもたらしたのが先生の手腕であるならば、これまでの隔意も全て捨てよう。先生はお嬢様や妹様の恩人である共に、私自身の恩人でもあるのだから。
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なんとか損害賠償請求は免れたらしい。最悪、物納か労働力の提供まで考えていたので密かに胸をなで下ろす。改めてフランドール・スカーレットさんを交えての自己紹介。全員に感謝される。上手く行ったようで良かった。やはり施術が上手く行って感謝されるのはいいものだ。フランドール・スカーレットさんは僕の顔を見たがったが勘弁して貰う。流石に今から倒れた人を診るのはちょっとしんどい。そう伝えたら、素直に謝って引き下がってくれた。いい人だ。スカーレットさんはしきりに恐縮していた。詳しい話は明日というか今日起きた後、改めてということで失礼させて貰う。
……部屋に戻ったところ、部屋のドアも吹き飛んでいた。最初から壺の中で練るつもりだったので僕への影響は少ないが、部屋を変えてくれるという。新しい部屋で壺を出して、中の自室で入浴後、就寝。
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フランドール・スカーレットははしゃいでいた。降り注ぐ春の陽光も、頬を撫でる春の風も、中庭の花々も、それにやってくる蜜蜂や揚羽蝶も、何もかもが目新しく、興味深い。 もちろん、本で読んで知識としては知っていた。どういうものなのかも理解している。「壊す」ことは容易い。しかし、実際に自分の五感でそれらを感じるのは、全く違っていた。
「フラン、はしゃぎすぎて手に力を込めては駄目よ。テーブルが壊れるわ」
「はい、お姉様」
姉に窘められて、テーブルに手を突いて乗り出していた身体をそっと椅子の上に下ろす。如何にも職人が手を掛けて作った品物らしく、落ち着きのある鋳鉄製のチェアと自分の拳より厚いテーブルの板も、自分がほんの少し力を込めただけでばらばらになってしまうことを、フランドールは起きてからの短い時間の間に学んでいた。聞けば、人間はこれより遥かに壊れやすいらしい。
自分の能力を使わなくても、物や人は簡単に壊れるのだと初めてフランドールは理解した。未だにその実感はないが。
ふと、自分が今の自分になる前に聞いた言葉を思い出す。
「限りあれば吹かねど花は散るものを 心みじかき春の山風」
「……妹様、それは?」
「ゆうべ、先生から聞いたんだと思う」
フランドールは声をかけてきた隣のテーブルの小悪魔の方に振り返りながら言葉を続けた。
「あの時のことはあんまり覚えてないけど、この言葉は覚えてる」
他に覚えているのは、初めて感じた自分を解していく他人の指の感覚。あれが──先生。それと、奇妙に印象に残る名前、U.N.オーエン。あれは「誰」のことだったのか。
「リズムからすると日本の和歌かしらね?」
小悪魔の向いに座ったパチュリーが口を挟む。
「和歌?」
「日本の定型詩の一種で、5、7、5、7、7の音節で成り立つ──で合ってる? パチェ」
今度は自分の向かいに座った姉が興味深げに口を開いた。
「概ね、それで正しいと思うわ。──限りがある命だから、風が吹かないでもいずれ花は散ってしまうのに、忙しない春の山の風が吹いて花を散らしてしまうの残念なことだ──くらいの意味かしらね」
パチュリーの言葉に、フランドールは思い返した。ああ、そうなのか、自分は。
「花にとっての春の山の風だったのね」
パチュリーが無言で小さく頷いた。
「今はもう違いますよね、妹様?」
小悪魔の言葉にしっかりと頷いてみせる。そう、もう私は無闇に花を散らしたりはしない。
「先生が来たようね」
姉の視線の先を追うと、咲夜に続いて屋敷を回り込んで、ぎくしゃくと進んで来る、黒い姿が見えた。その後を人民帽を被った赤いお下げの美鈴が対照的に迷いのない足取りで続く。
*
レミリア・スカーレットは緊張していた。咲夜にエスコートされて、「先生」が自分の左側に付き、美鈴がその正面に座るのを見て唇を舐める。最初に合った時と変わらない、頭から足の先まで、何一つ彼を露出しない服装。あの中で、あのあり得ない手の持ち主は何を考えているのだろうか。
自分は紅魔館全てをチップにした賭けに、妹の恩人を巻き込もうとしている。そのことに、思わずテーブルの上の手に力が入る。
だが、どれだけ目を凝らしても、博麗の巫女と境界の妖怪の関わる運命ははっきりしなかった。あの二人には自分の力が及ばない。見えたのは先生が関わる運命のみ。他者の運命まで照らし出す美しい輝きを思い出して、レミリアはフラッシュバックによる目眩を歯を食いしばって押さえ込んだ。
先生も、妹も、その場に居る全員が自分に注目している。胸を張れ、躊躇うな、レミリア・スカーレット。
「我々、紅魔館は異変を引き起こす。ついては、先生にも協力して貰いたい」
*
あの、「異変」って何でしょうか? 言葉からして穏当じゃないんですが。整体師や指圧師に異変に協力ってなんですか? 5W1H的に疑問が一杯です。あ、最初から説明して下さる。それは有り難い。見回すとフランドール・スカーレットさんもわかってないっぽいからね。
スカーレットさんの話をまとめるとこうだった。幻想郷は外の世界で劣勢になってきた人外達のための異界らしい。そして人外の存在に人間が欠かせないので人間も住んでいる。現在のような形になったのは一世紀と少し前。この辺りは幻想郷の住人の一般教養なのだそうだ。
フランドール・スカーレットさんは興味深そうに聞いている。ノーレッジさんは本を引っ張り出して読んでいる。小悪魔さんは僕とフランドール・スカーレットさんを等分に見ていて、スカーレットさんの後に立つ十六夜さんと、僕の向かい側の紅さんは話を聞きながらも緊張を解かないでいるようだった。
幻想郷を管理しているのは、境界の妖怪「妖怪の賢者」八雲紫さんと博麗神社の巫女「楽園の素敵な巫女」博麗霊夢さんで、協力して幻想郷を囲む結界の維持や最低限の秩序の維持を行っているのだそうだ。
紅魔館は先代当主の時に幻想郷にやって来て、その秩序に挑戦して破れ──スカーレットさんとフランドール・スカーレットさんのお父さんを含め多数の人外や人間が亡くなった。それを「吸血鬼異変」と呼ぶらしい。
そして、そのあまりにも凄惨で犠牲の大きな戦いをきっかけに、スポーツ的な決闘方法であるスペルカード・ルールが生まれ、「妖怪の賢者」八雲紫さんがそれを普及させようと尽力しているのが現状と。
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レミリア・スカーレットは瀟洒なメイド長が完璧なタイミングで用意した、適温の紅茶で喉を潤した。先生の前でもあり、自分用とフラン用の紅茶にも血液は含まれていない。
先生の治療を受けてから、吸血衝動が起こらないのは、日光や流水へ耐性が付いたことと何か関係があるのだろうか。いや、語りたくないことから意識を逸らすな。昨夜から今まで話してみてわかった。今のフランは賢い子だ。言わなくても理解し、言わなかったことに余計に傷つくだろう。
「『吸血鬼異変』の後の紅魔館の立場は微妙だ」事実のみを簡潔に伝える。
「事件に関係した妖怪や人間たちには極一部の例外を除いて、憎まれ、恐れられている。幻想郷のルールに従わないのではないか、秩序ばかりでなく、幻想郷そのものを破壊するのではないかと危惧する者も居る」
フランの肩がぴくりと動いた。フランが気付いた通り、危惧されてるのはフランの存在だ。境界の妖怪はフランの能力を危険視している。幻想郷を危険に晒すと判断すれば、あの妖怪はフランの処分を躊躇わないだろう。
「また、それとは逆に、先代当主が亡くなった後の紅魔館を与し易し、スペルカード・ルール普及の前に潰すべしと考えている妖怪達も居る」
美鈴に視線を送る。美鈴と咲夜にはいつも苦労を掛けている。パチュリーと小悪魔にも。
「故に、異変を引き起こすことで、紅魔館の力を示し、スペルカード・ルールでの解決に従うことで、幻想郷で共存する一員であることを示す。その為の異変だ」
美鈴は何度も頷いている。フランも口元を引き結んで頷いた。パチェは本をめくる手を休めている。先生は何時ものように黙って座っている。
「また、この異変はフランドール・スカーレットとレミリア・スカーレットのお披露目でもある」
フランがはっとしたように顔を上げてこちらを見た。軽く頷く。そうよ、フラン。これは私達姉妹が初めて共同で行う大きな仕事。その意味でも失敗は許されない。
「身勝手なお願いであるのは重々承知の上でお願いする。どうか私達に協力して欲しい」
深々と頭を下げる。先生は私の頼みを聞き入れてくれるだろうか。
「レミィ、先生が質問してるわよ」
パチェの声に頭を上げて先生の方を見る。先生の前の掲示板には、文章が浮かび上がっていた。
『それで私は何を協力したら良いのか、教えて下さい。起こそうとしてる異変がどんなものであるかも』
「先生、有り難う!」
嬉しそうなフランの声。だが、問題はこれからなのだ。後者は私にも説明できるが、前者については断片的なイメージしか「視」えなかった。先生にはあのイメージで、求められている役割が何かわかるだろうか?
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うん、話を聞いてみると、異変と言ってもそんな無茶苦茶な目的ではないようだ。戦争で決めていた物をスポーツの大会に変えるようなイメージが近いだろうか。もちろん、聞いた話では死の危険もあるようだが、それは人界の格闘技も同じだろう。「絵になるからギャラルホルンを吹いてみないか」とか、「美人コンテストの審査員をやれ」とか言われるよりよっぽどマシだ。前者は断りましたよ、全力で。後者は近いことをやる羽目になったけれども。
しかし、この判じ物は正直困る。一つ目は、僕とスカーレットさんが日傘をさしたチェック柄の服装の女性と話しているヴィジョン。これはなんとなくわかった。僕とスカーレットさんが風見幽香さんと話し合うというヴィジョンだろう。しかし、残りの二つがよくわからない。僕がスカーレットさんとフランドール・スカーレットさんに何かを渡しているヴィジョンと、誰か二人組を施術してるヴィジョンと言われても……。
しかも、そのヴィジョンを思い出しただけでスカーレットさんが倒れそうになって十六夜さんの介護を受けてるから、それ以上の情報は得られそうもないし。
スカーレットさんにわからない相手が誰なのか僕にわかるわけがない。とりあえず、物を渡す方から考えて見よう。手持ちの道具で渡せそうな物は……。あ、確か先程の話で、スペルカードはイメージで生み出す技だが生み出せなくて困ってると聞いた。それなら役に立つかも。
*
お姉様が真っ赤になってよろめいて、咲夜に介護されてる。大丈夫かな。先生が誰か二人組を施術しているヴィジョンの、その相手を思い出そうとしていたみたいだけど。
えっ、先生が動いて?
フランドールの前で、田吾作の右側の黒衣が翻った。黒いもの先には白いもの。その白いものが空を踊って何かを空中から誘っている。
──ああ、あれは先生の手だ。私を治療してくれた先生の手。それが空中から何かをつかみ出したんだ。
目を閉じていたレミリア・スカーレットを覗いた全員の視線が釘付けになった。その光景はこの世ならぬ劇場で演じられる、異界の舞踏のように思われた。異界の舞踏は二度行われ、二つの何かが空中から誘われた。神楽が二柱の神を呼び出したように。
ああ、差し出したその「手」の美しさよ。フランドール・スカーレットはそれに惹きつけられ、テーブルの中央に何かが二度置かれても、その「手」が再び現世と異界を隔てる闇の帷のような衣に覆われて視界から消えるまで「手」から視線を逸らすことが出来なかった。彼女が自分の目の前におかれた何かに視線を移すことが出来たのは「手」が再び仕舞われた後だったのである。
片方は冷たく、冷酷に敵を撃つ戦いの歌を詠っていた。もう片方は、世界を焼き払う熱情を伝えていた。
「お嬢様、もう大丈夫ですか?」
咲夜の腕の中から身体を起こしたレミリアと、自分の席から手を伸ばしたフランドールは、同時にそれぞれの何かを掴み取った。二人の手の中で、何かは姿を変える。
それは器だった。二人の力を吸い上げ、相応しい形に顕現させるための。レミリアの手の中で朱色の槍が形を為し、フランドールの手の中で炎の剣が産声を上げる。
「お嬢様!?」「妹様!」咲夜と美鈴が見守る前で、それらは再び姿を変えて、一枚の札へと変化した。
「神槍『スピア・ザ・グングニル』」
「禁忌『レーヴァテイン』」
姉妹がそれぞれの手の中に残されたカードの名前を呟く。
「スペルカード? でも、さっきのは確かに?!」
田吾作へと顔を振り向けたパチュリーの前で、板が文字を浮かび上がらせた。
『以前、治療代代わりに頂いたんですが、使い道が無いから困ってました。「影」だから一度しか使えないようですし、ここで使われて役に立てば本望でしょう』
『これで多分、二つ目も片付きましたね。最後の一つはどうしましょう?』
*
ああ、成る程。ここで使うために預かってたのか。いずれ役に立つ、そう言って渡された理由がわかった。所謂、パズルのピースが填まる感覚というのはきっとこれなんだろう。あんな物騒な武器の「影」なんて何の役に立つかと思ったらこんな使い道があったとは。神様とかは使い道がよくわからない物ばかり報酬にくれて困る。きっと、運命が見える人同士で上手に帳尻を合わせてるんだろうなあ。
しかし、最後の一つは難問だ。デルフォイの神託じゃあるまいし。わかりにくすぎるよ、これ。仕方がない、起こそうとしている異変の具体的内容を聞いてから考えますか。
*
レミリア・スカーレットは生まれたばかりのスペルカードを仕舞い込んだ。感覚は掴んだ。イメージに自分の力を流し込んでカードを生み出す。先生が私達に与えてくれたのはそれだったのだ。有り物の武器を使う咲夜、自分の身体の延長の美鈴、技術としての魔法の使い手のパチェと違って、私は強力なスペルカードが生み出せなかった。きっとフランもそうなのだろう。それを解決してくれたのだ。これで後は自分で何とかできるだろう。
一つ目のヴィジョンも何とかなりそうだ。風見幽香──お父様が集めた妖怪の群れを一蹴したフラワーマスター。八雲紫と並ぶ最大の脅威。先生と面識があるらしい。話し合いで何とかなるのだろうか? だが、相手はわかっているのだ。会ってみなければ始まるまい。
では、最後の運命を顕すヴィジョンが意味する物は? なんでもいい、思い出せ。
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第一ヒント、異変はスカーレットさんが生み出した紅い霧で幻想郷を包む。可能な限り生命力の収奪は押さえて、挑戦者──多分博麗霊夢さん──を待つ。
第二ヒント、僕が二人組の女性を施術する。
第三ヒント、果物と焼き芋の香りがした気がする。
これ、どういう三題噺なんですか。知識豊富だというノーレッジさんも頭を抱えてるし、フランドール・スカーレットさんは最初から首を傾げっぱなし。紅さんと小悪魔さんは最初から試合放棄状態で、十六夜さんは唸ってるスカーレットさんに飲み物を勧めている。
え、貴女はこの前の人。どこから現れたんですか? そして何故、十六夜さんと紅さんは血相変えて立ちはだかってるんですか?
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「ああ、成る程」
八雲紫は隙間の中でほくそ笑んだ。確かにこれは彼女達には難問だろう。幻想郷の住人や、幻想郷での生活についての知識が足りなさすぎる。
しかし、幻想郷の生みの親である彼女にとっては容易すぎて謎とも呼べない組み合わせだった。彼女達が考えている異変を夏に行えば、出穂期に紅い霧が幻想郷を覆い、確実に秋の収穫に影響が出るだろう。そして、収穫を左右するのは、その次の季節を顕す二人組の神の片割れに他ならない。スペルカード・ルール普及のため、スペルカード・ルールに基づく異変は歓迎する。
だが、必要以上に人里に被害を与えるような異変は困るのだ。風見幽香、レミリア・スカーレット、それに何より、フランドール・スカーレットの有様を見れば、彼の施術がどれほど秋穣子の力を増すだろうか。
風見幽香と話を付けておくのも同様の理由だ。彼女の愛する花に影響を与える異変なのだから。それに、因縁の相手であり、代替わりし、彼の施術を受けた吸血鬼に興味が湧かない筈がない。
「先生の役割は、異変の後始末、もしくはそのための仕込みというわけね」
妖怪の賢者の笑みが深くなる。フランドール・スカーレットは安定した。これで無理に彼女を排除して、「全てを受け入れる」という幻想郷の建前を管理者自らが崩すという事態を避けられる。建前論を除いても、厄介な能力持ちの姉妹を相手にわざわざこちらから危険な橋を渡る必要は無い。
そして、彼は幻想郷のために有用だ。幻想郷内部での価値は博麗霊夢には及ばないだろう。幻想郷において彼女は無敵だ。だが、幻想郷を守るのにはそれだけで十分だろうか? かつての苦い記憶が蘇る。記憶という名の水面に映った満月と共に。
「奇貨居くべし、ね」
それに何より、
「もしこれが上手く行けば、今年は諦めて貰った幽々子の願い、来年の春には叶えて上げられるかもしれないわね」
彼女の親友がぽつりと零した呟きを思い出す。
そう、太陽を克服した彼女達がもはや紅の霧に拘る必要は無いとは言え、別の異変に変えさせるのは論外だ。彼女には天候に影響を与える異変が収穫に与える影響をどの程度局限できるか知っておく必要があるのだから。
「さて、それでは迷える子羊を導くのも『妖怪の賢者』の務め。そろそろ『先生』とも顔を合わせる頃合いでしょうし」
そう呟いて隙間を開いて紅魔館の中庭に降り立った八雲紫の顔は、普段通りの余所行きの笑顔に戻っていた。
「そのお話、きっと私がお役に立てますわ」
前書きにも書きましたが、ご都合主義、妄想、捏造なんでもござれのルール無用のデスマッチですので、ご注意下さい。
ご意見などありましたら、利用規約を守った上で自由にお知らせ下さい。
異変本番までが遠いでござる。
あと何話書けば紅霧異変が終わるのか。