東方美影伝   作:苦楽

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読み直して一箇所、致命的なミスがありましたので修正しました。
ついでにタイトルも 2013/01/26


田中田吾作紅魔館を訪れ、八雲紫疲労困憊すること

「やはり、運命は見えないか」

 

 レミリア・スカーレットは自室に忠実なメイド長のエスコートを受けた客人を前にそう呟いた。頭から足までをすっぽりと漆黒の外套で覆い、目すらも外套のフードが作る闇の中へと隠した客人の顔は、闇を見通す吸血鬼の魔眼をもってしても輪郭さえ把握することが出来ない。

 レミリアの持つ「運命を操る程度の能力」ですら見通せぬ運命と同様に。だが、確かに一時だけとは言え、眩しい閃光のような運命が見えたはずなのだ。

 にもかかわらず、レミリアの前の客人は日が落ちて活動時間を迎えた紅魔館の各所に蟠る闇を素材とした出来の悪い粘土細工の人形とでも評するべき姿としてレミリアの座す玉座の正面にぼうと立ちすくんでいた。

 

『初めまして、レディ・スカーレット。田中田吾作と申します』

 

 胸の前辺りに浮かせた白い板にそう文章を浮かび上がらせて、黒い外套の塊はぎこちなく上半身をレミリアの方に折り曲げて見せた。 

 

 ちらりと自らが座す主人用の椅子の左手に控える咲夜に視線を向けると、咲夜は小さく首を振って見せた。右側に立つ紅魔館の門番を務める紅美鈴に視線を向けると、「気を使う程度の能力」の持ち主であり、武術家である彼女も同様に小さく首を左右に振って見せた。つまりどちらにとっても──正体不明。先代当主が作った隠し部屋でこちらを観察しているパチュリーと小悪魔も何の動きも見せないところからすると、あの二人にとっても今は様子見の段階なのだろう。

 

「ようこそ、お客人。私が紅魔館の主、レミリア・スカーレットよ。紅魔館は貴方を歓迎するわ」

 

 腕と翼を大げさに広げて歓迎の意を表してみる。笑顔に、少しだけ牙を覗かせて。

 

『有り難いお言葉、痛み入ります。このような立派なお屋敷に招いて頂き、感謝に堪えません。私は容姿と声に些かの問題がありまして、お見苦しい姿と返答をお許し下されば幸いです』

 

 人影は微動だにせず、ただ板の上の文字のみが浮かび上がって新たな文章を紡ぎ出す。それに何を感じたのか、咲夜と美鈴の緊張が高まったのをレミリアは感じ取った。だが、それで慎重に振る舞うには彼女はあまりにも誇り高く、遠回しに相手を見定めるにはあまりにも経験が足りなさすぎた。

 

「単刀直入に聞くわ、貴方は何者? 何故そこまで厳重に姿を隠してるのかしら?」

 

 

 

 

 幻想郷には温厚な方々が多いのだろうか。自分で言うのもなんだが、こんな怪しげな風体の存在をわざわざ使いまで出して迎え入れてくれるとは。日本では殆ど仕事はしてこなかったけれども、二ツ岩さん辺りから話が伝わっているんだろうか? そんな疑問を感じてしまう。

 迎えに出てくれたのは十六夜咲夜さん。紅魔館というところのメイド長なのだそうだ。案内されて辿り着いたのは、紅に染め上げられた湖畔の洋館。

 その第一印象の通り、紅魔館の豪華な部屋で僕を迎えてくれたレミリア・スカーレットさんは吸血鬼らしい。こちらに目を凝らしていたところからすると、何かを「視て」いたようだ。人外の方々の年齢は外見からは判断できないので、衣を纏った今の状態ではスカーレットさんがこの衣を見通せるかどうかはわからない。

 十六夜さんともう一人、スカーレットさんを挟んで反対側に居る名前を知らない人民服とチャイナドレスを合わせたような服装の方がピリピリしているが、僕が不用意に衣を脱いだのならともかく、相手が見通す分には僕の責任ではないので見通されたところで良心の呵責に悩まされる事は無い。一応、二層構造の「誤魔化しの衣」の間には「統一言語」で「覗くと危険!」の注意書きが挟んであることだし。というか、正直そこまで面倒は見ていられない。衣を見通せるような存在なら自分で対処して欲しいというのが正直な気持ちだ。

 

 ああ、どうやらスカーレットさんは衣の中身が見通せないようだ。しかし、どこまで率直に答えるべきだろうか? スカーレットさんが直球で質問してくれたので、こちらも直球で質問してみることにする。

 

 

 

 

『申し訳ありません。どれくらい率直かつ正確にお答えしたらよろしいでしょうか?

 1.外交官の公的発言レベル

 2.安全圏まで夜逃げした後に嫌な上司に残していく置き手紙レベル

 3.息を引き取る直前の遺言レベル                』

 

 私の質問に返ってきたのは、そんな人を喰ったような質問だった。こいつは私をおちょくっているのだろうか? 表情や身体の動きが見て取れないのが憎らしい。咲夜も美鈴もなんとも言えない表情で私とこいつを見つめている。パチェと小悪魔はどう思っているのかしら。

 

「3.よ。……下手な回答は、そのままそれが遺言になると思いなさい」右手を前に出してこの無礼者に爪を見せつけてやる。

 

『容姿と声が常人からかけ離れすぎて、物理的に視聴が危険なレベルだからです』

 

 何の逡巡もなく綴られた文に、紅魔館の生き字引に向かって思念を飛ばしてみる。

 

(パチェ、そんなことがあり得るの?)パチュリーの魔法で連結されているため、打てば響くように返事が返る。

 

(神話や伝説ではよく有る話ね。レミィも知っているでしょう? ゴルゴン三姉妹の話は)

 

 確かに、顔を見るだけで石になってしまう怪物の話は有名だ。だが、目の前のこいつは名前からしてゴルゴン三姉妹とは違う。偽名だろうか?

 

(とりあえず、腕か足だけでも衣から出して貰ったらどう? 私の考えでは、あの衣は全身を覆っていないと全ての効果は発揮しないと思うわ。レミィの能力まで退ける衣服……後で調べてみたいわね)

 

(お願いだから、個人的な好奇心は後回しにして)

 

「よかろう。では、腕だけでも見せよ。それでお前の言葉の真偽の一端はわかるだろう」

 パチェとのやりとりを悟られないように、一息おいて要求してみる。

 

『わかりました』

 

 無造作に差し出された「それ」に全員の視線が吸い寄せられた。

 

 ──闇の中から白い光が生まれた。紅美鈴は餓えて辿り着いた紅魔館で出された食器の輝きを想起した。十六夜咲夜は始めてレミリアに贈られたクリスタルの花器を、小悪魔はかつての戦で悪魔の群れを焼き払った裁きの光を、パチュリー・ノーレッジは自らが最初に灯した魔法の光を、レミリア・スカーレットは父を失った冬の夜を照らした月光を、八雲紫は博麗大結界が成立した時に差し込んだ一条の光をそれぞれ幻視し、否定した。

 違う、これは自分がこれまで見た最も感動した時よりずっと──

 

 

 八雲紫は「それ」を優美で複雑な曲線を有する何か別の次元の存在の写像として把握した。複雑な曲線を描く多次元方程式を無意識のうちに導きながら、八雲紫はその曲線を目で追い続け……

 

「手、ですかね、あれ?」

 

 自分でも自信が持てない推測を恐る恐る確かめるように口にされた紅美鈴の言葉に、紫は絹糸のような細さまで閉じかけた隙間を慌てて広げた。手なのか、あれが。何度見直しても、「あれ」を曲面として構成する個別の曲線の方程式を無数に導いても、それが自分の知っている「手」の認識に結びつかないことに妖怪の賢者は愕然とした。自らに関する『幻想郷縁起』草稿の一節が脳裏をよぎる。

 

「つまり、境界を操る能力は、論理的創造と破壊の能力である。論理的に新しい存在を創造し、論理的に存在を否定する。妖怪が持つ能力の中でも神様の力に匹敵するであろう、最も危険な能力の一つである」

 

 それは完全な事実ではないが、全くの虚構でもなかった。

 

  御阿礼の子の受け継いだ知識と知性は、時に比喩や暗喩をもって事実の向こうに存在する確かな真実を伝える。

 

 しかし、今、八雲紫の神にも比すべき強力極まりない能力は目の前の存在に無力だった。本当の「美」とは知性や論理では決して把握することも理解することも出来ず、ただ、感性と不完全な知覚によって感じることしか出来ないのだから。

 何者が「美」そのものを論理的に否定できるだろう。それに何の意味があるのだろう。自分にとって天敵に近い四季映姫・ヤマザナドゥの「白黒はっきりつける程度の能力」であっても、あの「美」に白黒は付けられまい。

 

 

 レミリア・スカーレットは眼前に展開された「運命」の輝きに圧倒されていた。「運命」という太陽を覆っていた夜の帷が失われたように、レミリア・スカーレットは自らを灼く「運命」の輝きに照らし出されていた。

 「運命」はギリシア神話が示すように、しばしば糸に例えられる。モイライと呼ばれた三人の女神──クロートーが紡ぎ、ラケシスが割り当てて図柄を描き、アトロポスが断ち切って定めるのだと。

 レミリア・スカーレットの能力もそれに近い。複雑に絡み合った個人の運命の糸が織りなす大きな未来という織物の図柄をレミリアは別の図柄に変えることが出来る。

 問題は、それは一本一本の運命の糸の無事を意味しないということである。絡む糸が増える程、変える絵柄が複雑な程、レミリアをもってしても個別の運命の糸の先は見通せなくなるのだ。紅魔館の行く末という絵柄を変えるために、住人達の一人一人の運命が見通せなくなるように。

 さらに織物と違い、未来は変化する。言わば終わりのない絵柄を、大切な糸を一本たりとも途中で切らさぬように編み上げる作業は、偉大な神にのみ許された所業である。

 しかし今、レミリアは目の前に姿を現した「運命」に圧倒されていた。太陽のように輝く一筋の糸。それはあまりにも美しすぎた。周囲の糸との織り目を眩く照らし出す程に。

 

「っっっっっっ」

 

 レミリアは歯を食いしばって紅魔館の未来を読み続けた。それが神ならぬ身にとって身体と魂を焼く負担であろうとも。紅魔館の皆に最良の未来をもたらすために。

 

「お嬢様!」

 

 悲鳴のような咲夜の叫びを最後に、レミリア・スカーレットの視界は暗黒に閉ざされた。

 

 

 何時ものこととは言え、溜息の一つもつきたくなってくる。溜息をつくと余計に状況が悪化するのがこれまでの経験で明らかだから、溜息すらつけないけれども。

 全身を人目に晒すよりはマシだと思って手だけ出したら何か凄いことになっている。確認するけど、僕は要望に従って外套の中から右手出しただけだからね。最後の審判においても僕は断じて悪くないと主張させて貰おう。誰か良い弁護士希望。高給優遇委細面談。

 チャイナ服の人はこっちを怯えたような目で見てるし、スカーレットさんは倒れて十六夜さんに介抱されてる。……見たところ大きな問題は無さそうだけど、フードも取ってきちんと「診」た方がいいかもしれない。

 それと、あちらの両端がリボンで括られた空間の裂け目からこちらを見てる人は誰なんだろう? 初対面だよね?

 

 あれ、壁っぽいところが開いて白いブラウスと黒いスカート姿で翼がある人が凄い勢いで出てきた。こちらの方は誰?

 

 

「パチュリー様、しっかりして下さい! 美鈴さん、パチュリー様が!」

 

「パチュリー様!」

 

 血相を変えた小悪魔が隠し部屋の扉を蹴破るように飛び出してきたことで、部屋の中は更なる混沌に包まれた。意志の力を振り絞って紅美鈴は「手」から視線を引きはがし、小悪魔の腕の中でぐったりとしているパチュリーを見て青くなった。

 一跳びで小悪魔の元に駆け寄り、パチュリーの気の流れを確認する。頭部──脳で気がこれまで見たことがない程激しく循環している。こんな症状は見たことがない。どうしたらいいのか、どうしたら。

 レミリアを床に横たえた咲夜を横目で確認する。時間を止めて貰うべきなのか、しかし、咲夜もこんな症状は……。そこまで美鈴が考えた時、

 

「皆さん、目を閉じて下さい。『目を開けて下さい』と言うまで目を開けないように」

 

「声」がした。それは、古の知られざる神々の厳かな託宣にも似て──

 

 

 八雲紫は幻想郷と人界の間に位置する自らの屋敷の自室で身体を布団の上に静かに横たえた。言葉に依らず自らの式である藍に、自室に近づかぬよう、物音を立てぬよう、自らをしばらく起こさぬよう、こちらを心配する藍に、厳命して、ようやく身体の力を抜いた。自らの聴力の境界を弄って外部からの物音を遮断する。今は誰の声も聞きたくない。

 あれは拙かった。あのままでは「彼」の「顔」を見ることになっていただろう。今の状態でそれはあまりにも危険だった。まさか「手」と「声」だけで大妖怪八雲紫がこれほど消耗するとは。

 

(霊夢なら何の問題もないでしょうけれど、私では、ね)

 瞼の裏に浮かぶのは、彼女の切り札にして秘蔵っ子、何物にも囚われることのない博麗の巫女。

 

 その俤を打ち消して、冷徹に現実を把握する。「彼」と自分との相性は悪すぎる。ある意味で四季映姫にも勝る絶対の存在とは。

 

 しかし、収穫はあった。「彼」を相手にするために自分は正面から正攻法でなければ駄目だということ。姑息な策謀も、罠も、不意討ちも無駄であることを、八雲紫は理性と知性に依らずして理解していた。むろん、相応の対策と保険を欠かすつもりはないが。

 

(幽香も「色男の指圧師」とはよく言ったものねえ……)

 

 剛胆にも「彼」をそう評してのけた風見幽香への賞賛を最後に脳裏に浮かべると、境界の妖怪は眠りの世界へ旅立った。心身を休めて次の局面に備えるために。

 

 

 やれやれ、何とか三人への施療を終わらせて衣を纏い直し、十六夜さんと紅さん──紅美鈴さんに三人の介護をお願いすることが出来た。現在は宛がわれた客室でぼんやりしている所である。本来なら物置や地下室の方が有り難いんだが、流石吸血鬼の館。窓がない部屋が多いのは僕にとって好都合だ。いや、衣を「自室」以外で脱ぐつもりはないんだけどね。

 

 まず、スカーレットさんは「能力」──「運命を操る程度の能力」だそうで、驚嘆──を使いすぎて眼と魂がぼろぼろになっていたので、風見さんの時より気合いを入れて指圧させて貰いました。流石は高位の吸血鬼、魂さえ癒えればあっという間に身体も回復して、五分で目覚めてくれたのは幸甚だった。実際、スカーレットさんが目覚めるのがもう少し遅かったら十六夜さんに黒髭危機一髪状態にされてたかも。スカーレットさんが目覚めるまで親の敵を見るような目で睨まれてました、僕。十六夜さんのプレッシャーのお陰でちょっと気合い入りすぎてスカーレットさんに日光や流水への抵抗が付いたかも知れません。……弁護士必要かなあ。

 

 次のノーレッジさん──パチュリー・ノーレッジさん──七曜の魔女は知恵熱でした。これは悲しいことに僕を見た人には割りとよく出る症状なので、頭触るだけで何とかできました。ただ、元々身体が弱かったようなので、呼吸器と胸筋系を少し。魔法の詠唱にも大事だと思うのでサービスを。これくらいなら懺悔しなくても大丈夫だよね? 背中触っただけだし。施術後、紅さんが驚いていたのはなんでだろう?

 

 最後の患者はあの翼がある人で小悪魔さん。彼女が一番重症で、存在自体が消えかけてました。何でも好奇心が抑えられずに施術中の僕の顔を至近距離で見上げたとか。肉体を持たずに魔力で身体構築してる悪魔だとそれはキツイよねえ。非常事態とは言え、申し訳ないことをしたと反省。普通はこういう事故がないように、持ち歩いてる特製の治療室で施術するんだけど。 すいません、天使の方々。悪魔を一人位階上げちゃったかも知れません。これ、どう考えても悪行だよねえ。小悪魔さんにやり手の弁護士を紹介して貰おう。ジェシカ・フレッチャーかペリー・メイスンさんクラスの人を。

 

 そう言えば、結局あの裂け目からこっちを覗いてた人は誰だったんだろう? 誰も教えてくれなかったけど。

 

 

「パチェ、それに小悪魔、貴女たち一体何やってるのよ」

 

 十六夜咲夜を従えて、大図書館に付属する魔術実践用の広大なホールに顔を出したレミリア・スカーレットは呆れたように口にした。

 視線の先では、先程までベッドに伏せっていたはずの万年半病人の魔法使いと、その使い魔の下級悪魔が、1943年のクルスクもかくやという大砲撃戦を繰り広げていた。

 

「火符アグニレイディアンス!」

 

「獄符コキュートス……とでも名付けましょうか?」

 

 パチュリーが全方位に放った炎を、小悪魔はいとも容易く巨大な氷柱を生み出して相殺していく。

 

「おや、パチュリー様、レミリア様がおいでになりましたよー」

 

 小悪魔の言葉に軽く頷いて、パチュリーはレミリアの前の床に降り立った。小悪魔もパチュリーに後ろに続く。

 

「あらレミィ、身体の方はもう良いの? 大分無茶したと小悪魔に聞いたけど」

 

「それはこっちの台詞だ。そろそろ起きた後だと思って様子を見に来れば……」

 

「だって、未だかつて無い程身体の調子が良くて魔力が漲ってるんですもの。試したくなるのが魔法使いの性よ」

 

 眉をひそめて見せたレミリアに、パチュリーはしれっと言ってのけた。

 

「隠しても無駄よ、レミィ。貴女も似たような物でしょ。嬉しくて堪らないのを押し殺してる」

 

「ああ、生まれてからこんなに調子が良かった事は無い。今なら陽光も克服できそうだ」

 

「御陰様で私も位階が上がりましたしね-。同期の連中、悔しがるだろうなー」

 

 レミリアの言葉にほくほくした顔で小悪魔が同意した。

 

「まあ、見たはずの顔はすっぽり記憶から落ちちゃってますけど、いや、残念無念です」

 

 その言葉に、レミリア、パチュリー、咲夜、三人の視線が小悪魔に集中した。

 

「お前、見たのか……」「無謀ね」「無謀ですわね」

 

「いやあ、振り返ったオルフェウスの気持ちがよくわかりました。人間、駄目だと言われると好奇心が掻き立てられるんですね!」

 

「貴女、人間じゃないでしょうに」

 

 咲夜の言葉にも、小悪魔は動じない。

 

「しかし、あの人何なんでしょうね? 本当に人間ですか? 魂奪ったらさぞかし出世できるでしょうねえ」

 

 小悪魔の言葉に三人とも押し黙った。レミリアとパチュリーが目にしたのは「手」と「運命」、咲夜はそれに加えて「声」も耳にしている。お陰で咲夜は未だに音声を聞くのが苦痛だった。忠誠心溢れる瀟洒なメイドはそれを欠片も態度には出していなかったが。

 

「先生だ」

 

「はい?」

 

「田吾作先生と呼べ。紅魔館の当主として命じる。私達の主治医に失礼は許さん」

 

 断固たるレミリアの言葉に、パチュリーは静かに応じた。

 

「決めたのね。それで、『見えた』のかしら?」

 

「ああ、見えた。先生にフランを任せようと思う」

 

 レミリアの言葉にパチュリーは僅かに瞑目し、目を見開いて頷いた。

 

「貴女の決定に従うわ」

 

「パチェはあれほど反対していたのにな」

 

 悪戯っぽく笑ったレミリアに、パチュリーも苦笑した。

 

「それは言いっこなしよ。……本で読んだ知識が全然当てにならないことがあるって、身に染みて理解したところだから。傷口に塩を塗り込む、だったからしら? そういう真似は止めてちょうだい」

 

 レミリアは笑いを収めると、傍らに付き従う咲夜を振り返った。

 

「そういうわけだから、先生にはくれぐれも失礼がないようにな。晩餐の準備も任せる」

 

 レミリアの言葉に、咲夜は困ったように言葉を返した。

 

「それが……」

 

「何か問題でも?」

 

 口を挟んだパチュリーに目礼して、咲夜はレミリアに向かって口を開いた。

 

「その、先生は『迷惑を掛けることになるので食事は自分で用意し、自分の部屋で食べる』と」

 

 怪訝そうな顔をしたレミリアと、頷いたパチュリー。

 

「ああ、先生が物を食べるところを見たら又騒ぎになりますからねえ」

 

 小悪魔の言葉にレミリアの顔にも理解の色が広がる。

 

「『入浴や洗顔、その他も全て自分で何とかするから』と仰いました。『部屋も窓のない部屋を』と」

 

「フランと同じだな」

 

 レミリアのぽつりと零した呟きに、答える言葉はついに無かった。

 




右手一本で三人(実際には四人)K.Oしたでござる。
そしてどうしてこんなに話が進まないのか。
実質、手を見せただけで終わってしまった。

異変が起こるまでどれくらいかかるのかなあ。

明日以降、もう少し紅魔館メンバーの視点を増やすかも知れません。

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