東方美影伝   作:苦楽

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今日はこれで一杯一杯です。

もうこれ以上脳が働きそうもないので、これで仮更新とさせて頂きます。

この後、25日の午前1時くらいまでは食事や入浴しながらネットとかしてますので、何かありましたらお気軽に感想などに書いて頂ければ対応させて頂きます。



白玉楼に役者集い、立ち待ち月夜の活劇始まること

 魂魄妖夢は案じていた。白玉楼に続く長い石段の登り口で、後に残った橙の無事を。

 

 ──橙なら無事だ。あんな人間の魔法使いに負けるわけがない。そう自分に言い聞かせても、風見幽香との一件が頭をよぎり、不安が込み上げてくる。

 

 完敗だった。いや、それ以前に勝負にすらなっていなかった。自分の祖父──魂魄妖忌から受け継いだ剣術と自分の「剣術を扱う程度の能力」は一流だと思っていた。自分の主からは「妖夢は半人前ねえ」と口癖のように言われるものの、それは主自身や祖父と比べての話だと思っていた。

 

 だが、

 

思い出しただけで身震いが込み上げる。悔しさ、怒り、無念、そして恐怖で。笑っていた。風見幽香は自分が切りつけている間中、楽しくて仕方がないとでも言うように、笑っていた。

 

 橙は最初から止めていた。橙の主である藍に忠告を受けたのだという。「風見幽香、レミリア・スカーレット、フランドール・スカーレットには何があっても仕掛けるな」と。 自分はその橙を振り切って仕掛けた。思うように集まらない「春」のこともあったし、初めて外部の妖怪と協力して何かを行うということで、橙への対抗意識もあった。

 

 そして、

 

 妖夢は項垂れた。マヨイガで目覚めた時、橙は告げたのだ。自分達を追ってきてる人間の魔法使いが居る、自分が足止めするから妖夢は春を渡しにいけ、と。

 白玉楼に戻り、幽々子と紫に全てを報告した。

 

「そう、ご苦労様。紫、橙に迷惑を掛けたわね」「ご苦労様ね、妖夢。橙のことなら心配要らないわ、あの子も良い経験になったでしょう」

 

 幽々子も紫も、自分を責めず労をねぎらってくれたのが却って辛かった。

 

「っ!」

 

 視界の隅に黒い点が映った。数は二つ、橙ではあり得ない。ぎり、と歯を食いしばって、妖夢は双刀を抜き放った。

 

 

 霧雨魔理沙は冷静だった。気負いすぎてはいけない。弾幕はブレインだ。弾幕ごっこが始まる前に既に勝負は始まっている。いずれも二人の師匠──パチュリー・ノーレッジとアリス・マーガトロイドに身体に叩き込まれた教えだった。

 最高の博麗の巫女である霊夢ならこんな注意は要らないだろう。ちらりと自分に遅れて付いてくる博麗霊夢を振り返る。

 だが、他ならぬその博麗霊夢からの頼みなのだ。なんとしても叶えてやりたい。

 

「魔理沙、一つ頼みがあるのよ」

 

 マヨイガで化け猫を打ち倒し、冥界に向かう途中で出会った霊夢は真剣な顔でそう言った。

 

「今回の異変の背後には紫が居るわ。こうして生きている私達が冥界に突入出来るのがその証拠よ。あいつが冥界と現世を隔てる結界を弄ったの」

 

「私は、あいつと決着を付けなければいけない。そこまでに敵が出たら、頼める?」

 

「任せとけ」

 

 あの時の自分は満面の笑顔だったと思う。自分が、異変解決で、博麗霊夢に頼まれたのだ。こんなに嬉しいことはなかった。ずっと、足手まといではないかと思っていた。なんとかして霊夢の隣に並びたかった。その機会が訪れたのだ。失敗は許されない。魔理沙は呼吸を整えた。鍛錬を指導してくれた紅美鈴の言葉が蘇る。

 

「良いですか、呼吸はあらゆる技術の基礎です。緊張した時、怯えた時、怒った時、まず何よりも先に呼吸を整えて下さい」

 

 見えた。確かにあの時幽香に斬りかかっていた剣士だ。

 

 

 妖夢の前に現れたのは、紅白の巫女装束を纏った少女と、箒に跨がって大きな帽子を被った少女だった。

 箒に跨がった少女の方が口を開く。

 

「霧雨魔理沙、普通の魔法使いだ。異変の解決に来た。あんたは関係者って事で合ってるか?」

 

「ここは冥界の白玉楼、生者は立ち入ることが許されない、早々に立ち去れ」

 

 楼観剣を突きつけて宣言する。それに対して、魔法使いは大仰に肩をすくめて見せた。

 

「成る程なあ。だからあの化け猫はおいて行かれたのか。可哀想に、仲間なんだろ? 薄情な話だぜ」

 

 かっと身体が熱くなった。顔に血が上るのがわかる。

 

「もう一度言ってみろ」

 

 スペルカード・ルールでの撃退を幽々子様から厳命されていなかったら、叩っ切ってやるのに!

 

「何度でも言ってやるさ。幽香に相手にもされず、仲間をおいて逃げた薄情者」

 

 見られていた! 自分の一番無様な姿を! もう限界だった。

 

「白玉楼剣術指南役、魂魄妖夢、推して参る!」

 

 

 ──かかった。

 

 魔理沙は相手が挑発に乗ったことを確信した。眼で霊夢に合図すると、放たれた弾幕を箒を返して距離を取ることで回避する。

 

 頑張れよ、霊夢。心の中でそう呟いて、怒り心頭に発した人魂を引き連れた二刀流の剣士と相対する。

 

「……こっちも頑張らないと自分が危なそうだぜ」

 

 

「あらあら、妖夢、相当怒ってるわねえ」

 

 隙間越しに観戦していた幽々子が扇子で口元を覆ってそう口にした。

 

「あれだけ言われたら、真面目なあの子は怒るでしょう」

 

 ……霧雨魔理沙があそこまで挑発してくるとは予想外だった。霊夢の邪魔をさせないために自分に注意を惹きつけたか。

 

「でも、ちょっとだけ嬉しいのよ」

 

「何が?」

 

「あの子が、他人のことを気にしてあれだけ怒ったことが」

 

 幽々子は慈母のように微笑んだ。

 

「あの子は、妖忌と私だけしか見てなかったから」

 

 昔から、幽々子は妖夢のことになるとこういう表情をする。

 

「……手元に置きすぎたかしらねえ」

 

 少しだけ、嘆くように、悔いるように幽々子は呟いた。

 

「これから変えれば良いじゃない」 

 

 そう、成功しても失敗しても次を手繰り寄せる。それが私の役目だ。

 

「そうね、有り難う、紫」

 

「どういたしまして。友達ですもの」

 

 さて、私は霊夢を迎えるとしよう。あの子が、どこまでやれるようになったか見せて貰おう。

 

 

 無縁塚から白玉楼へ向かう途中。既に冥界側の領域で、四季映姫・ヤマザナドゥは足を止めた。

 

「惨いことを……これは貴女の仕業ですか、風見幽香」

 

 映姫が目にしたのは、ぼろぼろになって意識を失って浮遊する、ルナサ、メルラン、リリカのプリズムリバー三姉妹の姿だった。

 

「勘違いしてるようだけど、私ではないわ」

 

 映姫の行く手を遮るように宙に浮くのは、四季のフラワーマスター風見幽香。左手に畳んだ日傘を持ち、顔には常に絶やさない微笑を浮かべて。

 

「それに、この先に行かないのは彼女達にとって救いだと思うわよ」

 

 思わせぶりな幽香の台詞に、映姫は眉をひそめた。

 

「貴女の仕業でないというならそれでいいでしょう。本来であれば、貴女の日頃の所業について説教があって然るべきですが、生憎私には時間がない。白玉楼まで行かなければならないのでこれで失礼します」

 

「邪魔すると言ったら?」

 

 風見幽香は楽しげにそう口にした。

 

「排除して進むまでです」

 

 映姫は、笑顔のままの幽香を睨みつけた。

 

「今の私は急いでいます。邪魔立てするようなら容赦はしませんよ」

 

 

「待ってたわ、霊夢」

 

 八雲紫は、白玉楼の門上で博麗霊夢を迎えた。

 

「紫」

 

 博麗霊夢は正面から紫の目を見つめた。

 

「私は、あんたが何を考えてこんなことを始めたのか、知らないし興味もない。ただ、」

 

「こんな面倒くさいことに私を引きずり出したツケは、利子を付けて払って貰うわ!」

 

 

(どういうことだ?)

 

 相手のスペルカードによって放たれた弾幕を躱しきって霧雨魔理沙は内心で首を傾げた。確かに相手──魂魄妖夢と名乗った二刀流の剣士──の動きは俊敏で、剣から繰り出される弾幕は鋭利、こちらの弾幕は楽々回避されるか、さもなければ切り落とされてしまう。

 

「弾幕を切り払うなんてどんな曲芸だよ、それ」

 

「曲芸ではない、魂魄流剣術だ!」

 

 怒号と共に繰り出される弾幕は時に魔理沙を掠めて浅手を負わせる。まるで、鋭い剣が魔理沙の身体を掠めたように。

 

 にも関わらず──怖くない。

 

 アリス・マーガトロイドの「どう躱そうと所詮アリスの手の上で人形として踊らされているような不安」、パチュリー・ノーレッジの「回避しようがしまいが押し寄せる、山が迫ってくるような圧倒的な存在感」。

 そして、一度だけ対戦したレミリア・スカーレット相手の「絶望」。そういった「怖さ」が妖夢の弾幕には存在しないのだ。

 

「獄界剣『二百由旬の一閃』!」

 

 弾幕は早く、鋭いが、軽い。自分がなくなるかも知れない、落とされたら目覚めないかも知れない、という怖さを感じないから、ゆとりを保って回避出来る。あの橙とかいう化け猫と同じだ。

 

「妖夢、お前、実戦の経験無いだろ」

 

 確信を言葉に変えて突きつける。

 

「な、何を言う!」 ほら、図星だった。

 

「弾幕ごっこの先輩として助言してやるぜ」

 

「恋符『ノンディレクショナルレーザー』!」

 

 パチュリー、見てるか? お前に教わったことを、私がこいつに伝える番らしい。

 

「弾幕には、自分を込めるんだ」

 

 

「……有り得ません」

 

「流石は閻魔の裁きね、こちらのきつい所を的確に突くわ」

 

 四季映姫・ヤマザナドゥは唖然として目の前の光景を見つめた。自らの、審判「ラストジャッジメント」を回避しようともせずに無防備で受けて、顔を顰めている風見幽香を。

 

 自分はこんなところで油を売っている場合ではないのだ。だからこそ、自分の行く手を遮る風見幽香に、初手で最大級のスペルカードを使ったのに。

 風見幽香はそれを身動ぎすらせずに受け止めて、猶も自分の前に立ちはだかっている。有り得ない、有ってはならないことだった。

 

 目の前で。風見幽香は頭を一つ大きく振って普段のような笑みを浮かべた。

 

「まさか、これで終わりじゃないでしょうね?」

 

「くっ、審判『十王裁判』!」

 

 

「恐ろしいわね」

 

 八雲紫は、博麗霊夢を前にそう呟いた。自分が対戦して初めて実感出来る博麗霊夢の恐ろしさ。

 

「スペルカードは自己の表現であり、弾幕ごっことはコミュニケーションの一形態である。……殺し合いですらそうであるように」

 

 パチュリー・ノーレッジは弾幕ごっこをそう分析して見せた。それはおそらく正しいだろう。

 

 では、自分の弾幕を悉く無心に躱されたら? それはコミュニケーションの拒絶、対話者としての自己の否定ではないのか?

 

 その答えがここにある。

 

 博麗霊夢は、八雲紫の使用した二枚のスペルカードを弾幕一つ放つことなく悉く避けきって見せ、八雲紫の前に浮いている。

 まるで、自分に影響を与えようとする全ての存在から自由であるかのように。

 

 ──幻想郷における最強の存在が八雲紫の目の前にいた。これが、当代の博麗の巫女。

 

「それで終わりじゃないでしょう?」

 

「もちろん、お楽しみはこれからよ」

 

「あっそ」

 

 やる気の無さ気な言葉に笑顔で答える。そう、先にこの存在と戦った紅魔館の面々への顔向けのために、なによりも、幽々子のために、このままで終わるつもりはない。

 

 

 魂魄妖夢は白玉楼に続く石造りの階段に崩れ落ちた。負けてしまった。幽々子様のために勝たなければならなかったのに、その想いだけが空っぽの頭をぐるぐると回っている。

 ふと、月の光を影が遮り、妖夢はぼんやりと顔を上げた。自分を破ったはずの魔法使いが帽子を右手で胸に当て、こちらに向かって深々と頭を下げていた。

 

「ごめんな、あんな酷いこと言って」

 

 そして、恥ずかしそうに言った。

 

「私はさ、弾幕ごっこで殆ど勝ったことがないんだよ。だから、ああでもして隙を作るしかなかったんだ。一緒に居た友達、霊夢って言うんだけど、あいつをどうしても先に行かせたくてさ」

 

「ほんっと、ゴメン」

 

 そこでもう一度深々と頭を下げる。

 

 唖然としていた妖夢は立ち上がった。

 

「いえ、良いんです、負けたのは私が未熟だったからです」

 

 そう口にした途端、何かがすとんと自分の中に入ってきたような気がした。そうだ、根拠もなく勝てると思い上がっていた自分。相手は悪口も辞さない程必死だったのに、自分は幽々子様のためにそこまで必死だっただろうか?

 

「その、良かったら、魔理沙……さん、私に弾幕ごっこのことを色々教えてくれませんか?」

 

 きっと、自分はどうしようもない半人前なのだ。まずは、そこから始めよう。

 

「いいけど、私は弱いぜ」

 

 魔法使いは笑顔で頷いて、

 

「なにせ、負けることに関しちゃ幻想郷一だからな」

 

 悪戯っぽく片目を瞑って見せた。

 

 

「奥義『弾幕結界』!」

 

 弾幕が弾幕を生む。弾幕が連鎖して立体的な結界を形作り、それらの全てが結界の内部の一点、博麗霊夢に向けて一斉に牙を剥く。

 

「『夢想天生』」

 

 八雲紫の奥義に、博麗霊夢はこの夜、初めてスペルカードを使って見せた。霊夢の周りを陰陽玉が守護するように回転し、輝く札を生み出していく。

 

「単純な数では『弾幕結界』を破れな?!」

 

 紫の目の前では信じがたい光景が展開されていた。数で勝る紫の弾幕が霊夢に向かって殺到し、その悉くが霊夢の身体をすり抜けた。

 

「これが霊夢のスペルカード、ね」

 

 驚愕と共に紫は悟った。これが博麗霊夢を象徴するスペルカードなのだと。相手の攻撃を無効化しながら、自分の攻撃=意志を強引に押しつけてくるとは、なんとも霊夢らしい。

 

「世話焼かせるんじゃないわよ」

 

 霊夢の言葉と共に、紫に輝く札が殺到した。

 

 

「貴女に、何があったというのですか?!」

 

 四季映姫・ヤマザナドゥは眼前の存在に心からそう問いかけた。こんな状況でなければ、「今の」風見幽香を理解するために浄玻璃の鏡を使っていただろう。

 映姫の視線の先で、十王の裁判全てをその身に受けた筈の風見幽香は身体の様子を確かめるように軽く身体を動かしていた。

 

「『十王裁判』を受けても平気だなんて……」

 

「他人の権威を借りたスペルカードより、本人の裁きの方が効くのね」

 

 風見幽香は得心がいったように頷いた。何でもないことを話すように口を開く。

 

「裁きを受けようがどうしようが、私は私ということに気付いただけよ」

 

 映姫は僅かに考え込んだ。この風見幽香に対して、最後のカードを切るべきか否か。審判「ギルティ・オワ・ノットギルティ」でこの場で直接に罪を問うか否か。

 

 ──その答えが出る間に、濃密な死の気配が押し寄せた。

 

「どうやら、時間切れね。続きはまた今度」

 

 風見幽香は無造作に映姫に背を向けた。そのまま白玉楼の方向に向かう。

 

「待ちなさい!」

 

 映姫もそれに続く。

 

 

「……容赦なくやってくれたわね」

 

 八雲紫は満身創痍になりながら、白玉楼の前庭に寝そべった。「夢想天生」に加えて追撃の「夢想封印」は流石の大妖怪といえども酷く堪えた。気を抜くと意識を持って行かれそうになる。

 

 鈍った感覚にもはっきりと伝わってくる濃密な死の気配。西行妖が花を開き始めたのだ。身体を起こそうと首だけ持ち上げて、八雲紫はゆっくりと全身の力を抜いた。

 

「女を待たせるなんて、酷いですわ、先生」




昨日の更新分に、レティさんの出番を追加しました。
大して分量があるわけではありませんが。

あとは、おまけを削除しました。

雛人形と一緒で、いつまでも嘘予告を載せておくと、実際にそれを書く日が来なくなるってばっちゃが言ってました。

以下、本日の更新分です。

脱初心者、初心者を容赦なくボコるの巻。

ゆうかりんと霊夢はガチで相手の心を折りに来ます。

弾幕ごっこに関する苦楽流の解釈です。

もちろん、これは美影伝世界の幻想郷でも極一部のインテリの見解で、チルノとか霊夢はこんなこと考えずに弾幕ごっこやってます。
今回は偶々そういうことを真面目に考える人たちの弾幕戦だったので、ああいう話になりました。

ほら、剣術書書いちゃう人とか居るじゃないですか、剣禅一致とか。ああいう感じです。

次はゆゆ様の出番ですね。頑張ります。

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