遊戯王GX 凡骨のデュエルアカデミア 作:凡骨の意地
「おはよーございまーす!」
元気良く、挨拶する声が聞こえた。ここはデュエルアカデミアの職員室、朝早くから職務に励むものは多い。その中で、新任の城之内は特に早い朝だ。職員室の掃除や、授業の準備をしなくてはならないからだ。いや、本当は城之内の仕事ではないが、新任のものがやらなくてはいけないと、城之内が主張したのでその役目を受けた。
「ボンジョールノ、シニョール克也! 早起きナノーネ」
「ええ、授業の準備しなきゃいけないんで。クロノス先生も早いっすね」
「ソウナノーネ。ワタシ、テスト問題を考えなくてはナラナイーノ。月に一回ですから、毎度毎度メンドクサイーノ」
だが、教師の朝というのは誰でもいつも早いのかもしれない。デュエルアカデミアの古株のクロノス教諭ですら、城之内と同時刻だ。そんな人に、最初のデュエルでタメ口をきいてしまったのは無礼きわまりないな。
しかし、そろそろテストか。まさか自分が教師の立場で、この地獄のイベントを見るとは思わなかった。しかも月一とは、気の毒である。
「はは、俺もテスト問題考えないといけないっすもんね」
話を合わせるつもりで言ったのだが、クロノスは意外にも首を振った。
「いや、その必要はないノーネ」
「え? 何でですか?」
「ここの学校のオーナーの海馬コーポレーションからメールが来たノーネ。読みマース?」
クロノスはポケットから手紙を取り出した。確かに海馬コーポレーションのロゴが刻まれていた。開いてみると、城之内はたちまち顔をしかめた。
『ついこの前まで路傍で倒れていた凡骨へ
久しぶりだな、凡骨。いや、馬の骨というべきか。それとも、路傍の草に埋もれた虫ともいうべき男よ。何でも貴様は不遜にも、この海馬瀬人の直轄下にあるデュエルアカデミアの講師になったそうではないか。片腹痛いわ。
そろそろデュエルアカデミアのテスト期間が迫っている。問題は講師全員が個々に作るものなのだが、貴様ではロクな問題が作れそうにないだろうと思う。というより、デュエルアカデミアのレベルを失墜させるほどの出来になってしまうであろう。そこで、この俺が問題を作っておいた。貴様のはそれにすればいい。封筒に同封されているはずだから目を通すがよい。
本来ならば今すぐにでも貴様を解雇してもいいが、貴様は元プロデュエリストだ。それ故に、そこらの卵に負けることはないだろうとは思っている。このデュエルアカデミアのレベルの向上に貢献して、あとは野垂れ死ねばこちらとしても都合がいい。
そういうことだから全力でやるがいい。
海馬瀬人より』
ーーーくしゃっ!!
全てを読み終えた瞬間に城之内は手紙を握りつぶした。何が書いてあるかわからないクロノスは首をかしげた。
「あのやろ……絶対ぶっとばしてやる! クロノスさん、問題はどこにあるんですか?」
ぴくぴくと眉を震わせながらクロノスに尋ねる。クロノスがマッテテと告げて、その辺の机から問題用紙を取り出す。
これはその一部を抜粋したものである。
『大問1 デュエルモンスターズ基礎知識集からの問題です。次の問いに答えなさい。
問一:デュエルモンスターズを開発した会社は?
問二:伝説のデュエリストと呼ばれている人物を一人あげなさい
問三:…………』
『大問2 次の文章の中で間違いを探しなさい。なお、間違いがない場合はなしと書きなさい。
問一:
瀬戸「ふん、俺のターン、ドロー!! 俺は、青眼の白龍を、《カイザー・シーホース》を生贄にして召喚する!!」
問二:
瀬戸「俺のターン!! 俺は、手札より、《エネミーコントローラー》を発動する!! コマンド入力をすることによって、俺は貴様の《ロケット戦士》のコントロールを得ることができる!!」
凡骨「へっ、リバースカード発動、《神の警告》!! この効果により、エネミーコントローラーを無効にする!!」
問三:
瀬戸「滅びのバーストストリーム!!」
馬の骨「そうはさせるか!! リビングデッドの呼び声を発動!! アックス・レイダーを守備表示で蘇生!!」
問四:
路傍の石「聖なるバリア―ミラーフォースを発動!! 効果により、相手のモンスターすべてを破壊する」
瀬戸「ふぅん、だが甘いぞ。この瞬間、俺は月の書を発動する。効果により、俺のブルーアイズは裏側守備表示となり、破壊されない!!」
路傍の石「おい!! インチキしてんじゃねえぞ!!」
問五:……』
『大問3 次にあげられるモンスターの効果を持つモンスターの名前を答えなさい
問一:墓地にある”ブラック・マジシャン”、もしくは”マジシャン・オブ・ブラックカオス”の数だけ300ポイント攻撃力がアップする。
問二:手札から捨てて発動する。モンスターとの戦闘ダメージを0にする。
問三:このモンスターが存在する限り、相手は罠カードを発動できない。
問四:攻撃力が1900以上とのモンスターとの戦闘では破壊されない。
問五:……』
『大問4 次のカードの種類を答えなさい。
問一:死者蘇生
問二:マジック・アーム・シールド
問三:ハーピィの狩場
問四:狂戦死の魂
問五:滅びの疾風爆裂弾
問六:早すぎた埋葬
問七:カウンター・カウンター
……』
『大問5 次のデュエルシーンの穴埋めをしなさい。
凡骨「俺はレッドアイズ・ブラックドラゴンを召喚!! バトルだ、攻撃力1900のブラッド・ヴォルスに攻撃!!」
瀬戸(俺の伏せにはエネミーコントローラー、そして死者蘇生がある。死者蘇生があれば、ブルーアイズを復活させられる。どうするべきか)
瀬戸「俺は( )を発動!! 効果により、( )となる!!」
凡骨「くそっ、ターンエンドだ」
瀬戸「俺のターン、ドロー!!」
瀬戸(引いたカードは融合。俺の手札は、ブルーアイズ二体。奴の残りライフは1000。ならば―――)
瀬戸「俺はリバースカード、( )を発動する!! これにより、( )する!! さらに俺は融合を発動、効果により( )を素材にして融合する!! いでよ、我が最強のしもべ( )!!」
凡骨「な、なんだって……!?」
瀬戸「バトルだ!! (技名を入れてください)!!」
凡骨「ま、負けちまった!!」
瀬戸「貴様など、瓦礫の中にでも埋まっていろ」』
「てめぇが瓦礫の中に埋まってろこのブルーアイズ中毒がぁっ!!!!」
城之内は喚きながらその問題をゴミ箱に投げ捨てた。しかもこんな自己満足な問題、誰も解けるわけがない。城之内をバカにしたあだ名もたくさん使っているし、ブルーアイズや遊戯関連の問題が多い。何での技名を覚えなきゃいけないんだよ!!
「クロノス先生、こんなごみクズをテスト問題には一切しません。俺がテストを作って見せます」
城之内はそういいながらももう一度テスト問題をゴミ箱から取り出した。気が変わったのかなっとクロノスは一瞬思ったが、それは大きな間違いで―――。
ビリッッ!!
一瞬で粉々に破ってしまった。その後何も言わずに、自分のデスクに座って、パソコンを打ち始めていた。
そして数時間が立ち、一限目のチャイムが鳴り響く。城之内は、教室のドアを開けて、授業開始の宣言をした。
「起立、気を付け、礼!」
今も昔も変わらない、この授業開始の恒例の儀式は、学生時代の城之内には面倒なものだったが、教師の立場から見れば、とっても新鮮に映る。なんだか不思議だ。中学の時は、先生に目も当てられないような不良になっていたというのに、今じゃあ真面目な教師だ。どんな運命のつながりなのか、本人にもよくわからない。
「よし、座ろうか。さあ、昨日はデュエルだったけど、今日は講義だ。テストもそろそろだしな」
テストという言葉を聞いた生徒はげんなりとした。しかしこのテストは、寮のランクの変化を賭けた大事なもの、気を抜いたら最後である。
寮の方式は全てクロノスから教わった。オベリスク、ラー、オシリスの順にランクの高い領となっていて、成績優秀者は優遇された寮に配属される。しかしこの配置はオーナーの海馬らしいと思う。海馬はかつて《オベリスクの巨神兵》を所持していたが、アンティルールで遊戯の手に渡った経験がある。オベリスクを上に、遊戯の持つオシリスを下にしたのは絶対に偶然じゃないと思う。本当ならば、ラーの翼神竜が神の中でも優れた性能を持つカードなのだが。城之内にしてみれば、あのカードに焼き殺されかけた経験があるため、それもそれで嫌なのだが。
とにかく寮のランクをあげるチャンスだ、頑張ってほしい。それには教える身が授業に戻らないといけないな。
「じゃあ今日やるのは、プロのデュエリストのデッキの研究についてだ」
それを聞いた瞬間、おおっとどよめきが上がった。プロのデュエリストのデータは、この学園内で入手はできるが、詳しい分析を行える人はいない。
「城之内先生のデッキの研究ですか?」
ブルーの女子生徒が騒ぐ。目をキラキラさせながら城之内に期待の眼差しを向けるが、首を振った。
「なわけないだろ。俺のデッキを教えたら対策されちまうし、勝てなくなっちまうかもしれないだろ? それに昨日のデュエルで結構手の内は曝したと思うけどな」
「そ、そうですよね……」
頭をかきながら引き下がる。そういえばこの子は、俺に2ターンで負けた奴だ。プレイングミスも激しかったし、勝負にならなかった。だがブルーである理由は、女子生徒は全員オベリスクブルーに所属できるからである。いったいどうしてなんだと聞いても、ワタシにもよくわからないノーネと返されてしまった。
「じゃあ誰のデッキを?」
「今日は……こいつのデッキだ!!」
俺はパソコンを操作する。すると、教室のモニターに、デッキレシピ画面が映った。題名は、こう書かれてあった。
《インセクター羽蛾デッキ》
インセクター羽蛾の名前を見た途端、教室がざわついた。まあ、割と有名なほうか。
「インセクター羽蛾っていったら、確か元全日本チャンピオンでしたよね!?」
「まあな。卑劣な奴だけど、腕は確かだぜ」
インセクター羽蛾とは何度も会っている。城之内や遊戯と何度も戦いそのたびに苦しめてきたが、負けたことは一度もない。おもに昆虫デッキを多用し、独特の戦法で相手をかく乱し、強力なモンスターでとどめを刺すのが彼の戦い方だ。
ただ、その腕に反してとてつもない卑劣な野郎だった。遊戯の持っていた強力なエクゾディアを海に捨てたり、レアカードで買収して城之内のデッキを改ざんしたり、嫌味ったらしい言葉で相手に精神ダメージを負わせたりと、腕はいいのだが、人間的には海馬以上に最悪な奴というのを惜しげもなく披露しているような、そんな奴だった。ただ、何度も繰り返すが、デュエリストとしての腕はなかなかであるので、参考にはなるはずだ。
「こいつが、インセクター羽蛾のデッキだ。知っている生徒は多いと思うけど、こいつのデッキはほとんど昆虫族で構成されている。攻撃力は低いモンスターばかりだが、いずれも強力な効果を持っていて、相手を翻弄するのが得意な構築となっている。特に羽蛾のエースモンスターはグレートモスだ。ブルーアイズすら超える攻撃力を持つが、召喚するのにすげえ時間のかかる奴だ。そこで下級モンスターで撹乱し、場を破壊しつつ、グレートモスへとつなげる戦術が有効なんだ。羽蛾のデッキに参考になるところと言ったらただ一つ。一つの切り札に特化しているようにも見えて、それが仮に使えない状況にあっても、うまく使いこなせるように構築してあるんだ。仮にグレートモスが手札に捨てられてしまっても、下級の特殊効果でモンスターを破壊していき、地道に倒すなんてことだってできるんだ」
デッキ構築は、すべてのデュエリストの課題であると思う。今現在参考になるデュエリストの構築をあげていければ、少しは勉強になるかなと思ったが、どうやらうまくいったようだ。真剣に頷きながら、話を聞いてくれて、とてもやりやすかった。
(デッキ構築を、テストに組み込んでみるか)
同時に、アイディアがひらめいてもいた。
「だぁ~~っ、全く思い付かねえよ!!」
授業が終わり、自室にて問題を考えていたとき、城之内は詰まり、大声をあげた。どうしてここで詰まってしまうのかというのかというと……。
「デッキ構築に関する問題なんてほとんどねえよ……カードの名前を答えなさいとかじゃデッキ構築は関係ないしなあ……構築を暗記させるのもちょっと違うし……問題数が少なければそれは不味いしなあ……」
そう、城之内の教えてきたことと言えば、プロ、元プロのデュエリストの構築だけだった。あとは実践デュエルをやっただけなので、そもそもテストなんてできやしない状況なのだ。生徒からしてみれば、テストなんてないほうがいいんだろうけど、クロノスに是非テストを作ってくれと頼み込まれてしまった。
それに、引けに引けない事情が出てしまった。城之内は海馬からの手紙が来たあと返事を書いたのだ。
『海馬へ
この度はあんな自己満足の塊のようなテスト問題を送ってくださり、誠にありがとうございます。しかし問題は間に合っているので、要りません。というか、あんなの生徒が解けるわけないし。
そういうことですので、問題はお返しします。同封されているので。
城之内克也より
P.S ブルーアイズなんてダサいモンスターよりも、レッドアイズのほうがカッコいいぜ』
煽るような文章とバラバラになった問題用紙を送った次の日には、こんな手紙が飛んできた。
『たかが攻撃力2400の雑魚モンスターを溺愛する地に落ちた凡骨へ
俺の問題が気にくわなければ、自らの手で作り上げるがいい。しかし、認められるようなものでなければ、貴様を即刻解雇する。俺の魂のカードをバカにしたのだ、それくらいはやってもらわねばな。
せいぜい頑張るんだな、凡骨よ』
そう言われてしまっては、問題を作らなくてはならなくてはならない。だがーーー全く思い浮かばない。どうすれば、海馬を納得させられるほどの問題を作れるのだろうか。仮にもオーナーは海馬、成果を出せなくては首にされるのが落ちだ。
「くっそ……どうすりゃあいいんだよ……」
ここで首にされたら、今度こそ城之内は終わりだ。わりと近くに迫っている危機に、頭を抱えた。
「とりあえず、クロノスさんに相談してみるか……」
城之内は立ち上がり、職員室へと向かうことにした。
「テスト問題をどうすればいいかワカラナーイ? それは困りましたノーネ」
職員室につくと、クロノスがパソコンをいじっていた。目下テスト作成に集中している。クロノスの担当はカードの種類についてだ。記述問題や単語問題が豊富で、なかなかのテスト問題だ。さすがはベテラン教師、城之内とは差が激しい。
「問題が全く思い浮かばないんです。……デッキ構築なんてそんな深く考えるもんじゃないし……。なんというか、本人が組みたいようにすればいいだけじゃないのかって思うんすよ」
「イヤイヤ構築は重要なノーネ。それで、用語とかは教えたのデスーカ?」
「用語? そんなものあるんすか?」
「アリマスーノ! シナジーというのがあるノーネ」
そのくらいの言葉は知っている。カードの間で波長し合うことで、要はコンビネーションを組めるようにすれば、勝ちは見えてくると言う話に尽きる。
「それだけだろ?」
「他にもあるけど、少ないのは確かナノーネ。デッキ構築に大事なのは、実際に組むことナノーネ」
そう、デッキ構築こそ実践あるのみだ。だが、それを筆記に落とすなんてどうやってやるというんだ?
「だけど筆記試験だ、それじゃあダメですよーーーいや、待てよ? それ使えるかもしれない!!」
そうだよ、筆記に落とせる方法があるじゃないか。こうすれば、テストはどうにかなる。
たぶんこの形式は他のテストとは類を見ないほど変わっていて、且つ難しいものになるはずだ。海馬もきっと目を剥くことだろう。それで首にされたらどうしようもないが、クオリティの低い問題を提供するくらいならばーーー。
「何か思い浮かんだのデスーカ?」
「ああ、先生と話していて思い付きましたよ! そんじゃあ、問題作成に戻りまーす!!」
城之内はそう告げると、すぐに走り去ってしまった。
「シニョール瀬人の問題を破り捨てて困っていましたケード、どうやら大丈夫そうナノーネ」
クロノスは微かに安心した笑みを浮かべて、城之内の後ろ姿を見送った。
一週間が過ぎ、テスト当日になった。印刷した問題用紙を試験監督に預け、職員室に戻る。
「いよいよテストですね」
「そうナノーネ。これでドロップアウトボーイが落ちれば……ヌフフフフ」
クロノスは黒い笑いを浮かべている。ドロップアウトボーイとは、誰のことだろうか。
「ドロップアウトボーイって、誰のことですか?」
「遊城十代デース! ワタシをさんざんこけにしてるので、許せないノーネ!!」
「実力はあるんすけどね……デュエルバカなところにイラつくのも分からなくはないですね」
ムキーッとハンカチを噛み締めながら恨みの言葉を吐いている。上司に歯向かうのもどうかしているし、先生に対してため口をとっているので、気に入らないのも無理はないかもしれない。
ただ、正直、遊城十代をなぜ最低ランクの寮に入れているのか。クロノスが嫌っているからかもしれないが、それでもクロノスがそこまでするだろうか。まあどのみち、きっと今回のテストでイエローに昇格してくれることだろう。
「ところでシニョール克也、どんな問題にしたのデスーカ?」
「俺すか? ああ、俺の問題はこれです」
城之内はデスクから一枚の問題用紙を取り出して、クロノスに手渡す。クロノスはフムフムと頷きながら問題を読む。しかし、その瞬間目をぎょっと丸くさせ、城之内を見た。
「ナナナナナンデスーノこの問題はー!?」
「何って、デッキ構築問題すけど」
「そういうことじゃナイーノーネ!! なんで問題たったひとつナノーネ!?」
「まあそりゃあ、それの方がいいかなって思ったからです。じゃあ海馬にも送りますね」
「それはダメダメダメナノーネ!!」
「そうしーん、かんりょー!!」
クロノスが駆け寄って来る頃には、城之内はにかっと笑いながらエンターキーを押していた。げんなりと腕をどろんと垂らしながら、かすれた声で言った。
「……どうなっても、知らないノーネ」
クロノスの暗い言葉に、城之内はにかっと歯を光らせて返す。
「海馬のやつ、目を剥いているだろうぜ」
何て能天気な人なんだと、面を喰らったクロノスは脱力した表情で、職員室をあとにした。城之内もそれに続き、食堂に彼を誘った。
場所は移り、海馬コーポレーションの社長室へ。
世界最大規模を誇る企業の中枢にして頂上を司るその部屋に、一人の青年・海馬瀬人が黙々とパソコンを打っていた。業務用のメールを作成中のことだ。何でも、海馬ランドの新アトラクションの増設計画についてだそうだ。名前は『滅びのバーストストリーム・スプラッシュ』らしい。
そんな自己満足な計画を練っている最中、メールの着信を知らせるアイコンが来た。差出人は、城之内克也と書かれてある。この間生意気なメールを寄越した奴だ。とりあえず開いてみるかと、クリックして展開する。
『レッドアイズよりもダサい白の龍を使っている、海馬へ
約束通りテスト問題を作ったぜ。このファイルの中に入っている。クリックしてみな。
pdf/……
P.S 正解者は、きっといないだろうぜ』
海馬は若干の怒りを抱きながらも、ファイルを開く。すると……先程抱いた怒りを超越した何かが、込み上げた。やがて押さえられず、大声で高笑いをし始めた。
「フッフッフ……ククク……アーッハッハッハッ!! 面白いじゃないか凡骨よ!! なるほど、学のない貴様らしい問題だな!!」
尚も高笑いを続けるが、流石は社長という名前をしょっているだけあって、切り替えは早い。声を沈め、しかし笑みを押さえずに、にやっと笑い続ける。
「だがーーーデュエルの本質を上手く突いている……プロというだけのことはあるな。面白いな……」
ここまで簡潔で、ここまで思いきった問題は見たことがない。それでいてテストという枠からはギリギリ外れていないが、デュエルモンスターズとしての枠はちょうど中心にピタリと収まっている。
(流石は、凡骨よ。貴様はまだ、生かしておいてやろう)
デュエルアカデミアのレベル向上に貢献する貴重な逸材と、改めて実感させられた海馬は再び笑う。それも、社内全体に響き渡りそうなほどに。
海馬が笑っている最中に、ノックが響く。慌てて笑うのを止めて、ノックの主に訪ねる。
「誰だ?」
「兄様、モクバだよ」
「入れ」
弟のモクバを、自室に入れる。ここに自由に入れるのは時期社長候補である、海馬の弟のモクバと、他の重役たちだけのみである。
「何のようだモクバ」
モクバの目を見ながら、海馬は平静を保つ。しかし、モクバは笑いながら質問に答えた。
「いや、兄様の高笑いが聞こえたから、どうしたのかなって思って」
「聞こえてたのか?」
「うん、すっごく大きくね」
何たる失態だと悔しそうに舌を噛む。しかし、起こってしまったことは仕方がない。やや不機嫌そうな表情を隠せずに、モクバに向き直る。
「兄様、何かおかしなことあった?」
「……ああ。とってもおかしなものだ」
海馬は、モクバにパソコンを見せた。そこにはーーー城之内の問題が表示されていた。
それを見た瞬間、モクバもゲラゲラと笑っていた。
「これ、本当なんですか?」
「ああ本当だ。しかも得意気にな……だが、もしかしたら、デュエルアカデミアに於いて、最も良問かもしれないがな」
「そうですかね……? 俺にはそう思えないけど」
「ふん、モクバもまだまだ青いな。そんなんでは、社長の椅子は譲れんぞ」
「へっ、いつか兄様を抜かしてやるぜ! そうだ兄様、デュエルしよう!!」
「この俺とやる気か? いいだろう……全力で相手してやる、来いモクバ!!」
二人の兄弟がデュエルディスクを構え、社長室で激しいデュエルが繰り広げられたのは、別の話である。
海馬を認めさせ、デュエルアカデミアの生徒が苦戦した問題は、これである。
『次のデッキに勝てるような構築にしなさい。
《武藤遊戯デッキ》
なお、デッキ内容は別紙に記してある』