遊戯王GX 凡骨のデュエルアカデミア 作:凡骨の意地
「あたしは手札から、魔法カード《ハーピィの羽根帚》を発動! 相手の魔法・罠をすべて破壊する!!」
「くっ……俺のミラーフォースが……」
「バトル! ハーピィ・レディで相手にダイレクトアタック!!
「ぐわああああっっ!! あと少しで俺のものだったのに―!!」
ハーピィ・レディにとどめを刺された男はうずくまりながら絶叫し、涙を流した。男の対戦相手の女性・孔雀舞はふんと小さく鼻を鳴らしながらその場を去っていく。
「あんたのような弱い男と結婚なんて冗談じゃないわね。もうあきらめたら?」
「くっ……くそっ! 次は勝ってやる!!」
男はそういうや、走って逃げ出した。半ば呆れつつも舞もその場を去り、ストリートを出て童実野ホテルへと向かう。
「はぁ~……なんか張り合いがないのはつまらないわ……」
ホテルの一室のベッドに寝転がり、ため息をつく。孔雀舞は女性デュエリストの中でかなりの実力を持っていて、そこらの男なんて圧倒できるほどだ。彼女の目標は武藤遊戯だが、デュエルキングである以上、張り合えるという中ではない。今は、張り合うライバルと言える人物は一人もいない。
いや、一人いた。城之内克也だ。
武藤遊戯の唯一無二の親友で、プロのデュエリストだった男だ。最初はそこらの男と全く変わらない弱いデュエリストだったけれど、成長して今やすっかり舞と同等の力をつけるようになった。
プロ入りしてからも、しょっちゅう二人でデュエルをし、ギリギリの戦いを繰り広げた。それがすごく楽しく思えた日々が懐かしい。あのバカで、純粋無垢な笑顔が今となっては愛しい。
でもそんな日は、終わりを告げた。城之内や遊戯、海馬瀬人らが一斉にプロから降板させられたのだ。理由はプロの入れ替えのため。舞はそこそこの戦績を保っていたため、プロリーグ残留という形になったが、城之内はなんだかんだですごい勝率を誇っていたので、その憂き目にあった。
あの時の城之内の憔悴しきった顔は忘れない。全てを失ったというような目を見せて、プロリーグの地から去っていったあの足取りは見ていてつらかった。言葉をかけてやりたかったけれど、ダメだった。
でも、あいつはいい奴だった。あたしも同じようにつらそうな表情をしていると、城之内は微笑んで振り向いた。そして、何の曇りも見せないような顔で、頑張れよと言ったのだ。最期まで、舞の事を思っていたのだ。
舞はその瞬間に、城之内に対する思慕の念が一層強くなった。駆け寄って抱きしめてあげたい。ぼろぼろになった心を癒してあげたい。一人でずっと戦ってきて、他人を拒絶していた舞からは信じられない思いだったけれど、何にも疑問に思わなかった。当然のように感じていた。
でも、足は動かず……城之内はタクシーに乗って去っていった。それからは、一度も会っていない。
「城之内……か」
ふと、つぶやいてみる。すると、急に胸がどきどきする。この感情は一般的に言えば、恋というものらしい。昔の自分ならばそんな馬鹿なと一蹴しているけれど、今はどこかすんなり受け入れられる。どうでもいい男が、体目的でからんできて、デュエルで負かしていくうちに、城之内に対する思いが強くなっていったせいだと思う。
だけど―――電話番号もメールアドレスも全部知らない。遊戯と連絡するときに教えてもらおうとしたけれど、なかなか踏み出せずにいる。
好きだ、好きだけど……もう会うことも、ない。
「あたしったら何考えてるんだ、デッキ調整しなくちゃ」
いけない。これ以上余計なことを考えていたら、ふわふわしてどこかへと行ってしまう。とりあえず、次のアメリカの大会のためにデッキ調整をしようと、デッキに手をかけた。
だが、テーブルに置いてあった携帯電話が鳴り響く。
「誰……?」
こんな朝早くに誰だろうと思いつつ、手にとって耳にあてた。
「はいもしもし、孔雀です」
控えめな声で応答する。すると―――
「あっ、もしもし……城之内だけどさ」
懐かしい声が、聞こえた。もう聞くことはないと思っていた声。何年も昔に最後に聞いた声よりも、大人びていて落ち着いている声だけれども、間違いはなかった。電話をかけてきたのは、まぎれもなく、城之内克也だった。
舞はしばらく放心したように固まっていた。まさか電話が来るとは思ってもいなかったからだ。
「あ、あんた……なんで? あたしの電話番号、どうやって……?」
「ん? ああ、遊戯の奴から聞いたんだ。ちょっと用があったからよ」
「そ、そうなんだ……」
あっけない反応しかできない自分が悔しい。素直になりたいけど、恥ずかしくて難しい。でも、城之内は用があると言った。いったい何だろうか?
「それで、何の用なのさ?」
「ああ、実はさ……お前に頼みがあってよ」
「頼み? あんたらしくないわね。聞いてあげるわよ」
頼みか。どんなものだろうか。できれば役に立ってあげたい。
「実はさ……」
城之内は、説明し始めた。
話によれば、城之内がデュエルアカデミアの教師になったけれど情けないことに解雇の危機に立っている。それを防ぐためにタッグデュエルをしろと言われたのだが、相手が生徒なうえに、プロのデュエリストと組まなければならないと告げられたようで、相手探しに困っているようだ。すごく面倒な問題に巻き込まれたようだ。
……しかし、城之内が教師って……。
「……ププッ!」
「な、なんだよ!!」
城之内が文句を言うように叫ぶ。しかし、舞は笑いを堪えられなかった。なんせ、気合と根性だけでどうにかしようとしてきたアホ丸出しのあいつが、教師となるなんて思わなかったからだ。デュエルアカデミアはデュエルさえ強ければいい場所だけど、物を教えるのは大変だ。それを城之内がやってのけるなんて……。
「だ、だってあんたが教師でしょ!? 天地がひっくり返ってもあり得ないのに……! まったく、ここ一番に笑わせてもらったわ!」
「あーったく、悪うござんしたよ!!」
「そんな怒ることじゃないよ城之内。でも、そういうまっすぐなところ、変わっちゃいないね」
「真っすぐすぎて危険な目に合っているところがか?」
「違うわよ。いい意味で」
若干むすっとした声を出して、そうかと納得したところで話を戻す。
「で、それであたしとタッグを組んでほしいということ?」
「まあそういうことだ。俺、正直なところ生徒に勝たせたい。でも手を抜いたら首だしな。まあ、対戦相手の生徒の一人は俺に近い実力を持っているから、ばれない程度に手を抜いたらたぶん生徒が勝てると思う。だけど、俺の相方が遊戯クラスとかなら、手を抜いても勝ってしまう。そこで俺と近いお前となら、どうにかうまくいきそうだと思っているんだ」
「そういうことね。要はあたしはガキに遠慮しながらあんたとタッグを組んでデュエルするというわけ? それも負けるようにして」
少しいじわるっぽく言ってみる。城之内は案の定困った声を出す。
「んまあ、遠慮する必要は一切ないけどな。なかなか強い生徒だから負けるように戦う必要はないし」
しかもまっすぐだから真面目に考えている。謝っておこうかと考えたが、ばかばかしいのでそれは止めておく。何か、だんだんペースがつかめたみたい。
「強いってどのくらいよ? あんたと同じくらいの実力って言ってたけどもう少し具体的に」
「正直に言うと、俺がもう少しで負けそうになったくらいだ」
「ええっ!? そんな奴がデュエルアカデミアにいるの?」
舞は今度こそ本気で驚いた。デュエルアカデミアの実習生にもかかわらず、プロのデュエリストに匹敵するほどの力量を持つなんて。もし卒業したら……武藤遊戯に並ぶほどの実力を身に付けているなんてことになりかねない。正直舞としては退学させたいと言うか、これ以上強くさせたくないのだが。
「まあでも、ここで退学はさせたくないんだ。だから、頼むよ舞」
しかし、城之内が頼み込んでいるのに無下に断れない。その生徒の実力を感じることができればそれはそれでいいし……それに久々に城之内と会えるのだ。デュエルを共にできるんだ。最初から断る気なんてない。
「分かったわよ。あんたの頼みだし、受けてあげるわ。それっていつなの?」
よっしゃあと言う大きな叫び声が電話越しに聞こえる。質問そっちのけで喜んでいるようだ。まあ、それも城之内らしい。素直に喜べる大人なんて本当に少ないのだから、羨ましくもある。
「サンキューな舞。んで、いつかって言うとだな……パートナーが決まってすぐに始めると言うけど……デッキ調整とかもあるから5日後とかにするつもりだけど」
「5日後か。あたしがアメリカにいく前々日ね。良いわよ、それでいきましょ?」
「じゃあさ、どっかで会おうぜ。今日辺りとかな」
「そうね……じゃあ、童実野デパートのレストランとかどうかしら?」
「お前童実野町にいるのかよ。ちょうどいいぜ、じゃあ12時にそこで会おうぜ」
「うん、じゃあね城之内」
城之内はすぐに電話を切って通話が終了した。舞はしばらく通話終了時になるつーつーという侘しい音をいつまでも聞いていた。まるでそれが極上の音楽であるかのように。
(あいつと……会える……)
舞の胸の中にあるのは、それだけだった。何年もの歳月もあっていないので少し緊張するけれどこうして問題なく話せたんだ。きっと大丈夫だろう。
胸の内にある思いを伝えようとか、彼女になりたいとか、そんな乙女チックなことは思っていない。でも、会えるということはものすごくワクワクする。それだけで一生分の幸せを得られる気がする。
「さて、支度しなくちゃ」
部屋着を脱いでお気に入りの服に着替えて、化粧もする。あの鈍感に気付いてもらえるとは思っていないけれど、一応努力はする。化粧台の鏡と格闘し、何とか飾ろうと頑張った。12時までの時間がとっても長く感じていたのだった。
その後城之内とレストランで会い、昔話もはさみつつ、タッグデュエルのためにデッキを調整したりもした。
次の日は海馬ランドに誘い、二人で満喫した。まるでデートだったが、城之内はただ友達と遊びにいくという感覚であったことに少し落胆したのは内緒だ。
その次の日は二人で一日中デュエルをして、互いの実力を高めあっていく。城之内の戦い方は相変わらず根性と運を主軸としたスタイルで苦戦したけれど、舞も引くことなく攻めた。久しぶりに興奮するデュエルだった。この瞬間が、一番楽しかった。
その次の日の次の日は、また遊んだ。買い物にも付き合わせたけれど、城之内の服のセンスは悪くなく、似合う服も選んでくれた。一生の宝物にしようかなと考えた自分に、甘くなったなと感じたのだった。
そして迎えた、デュエル当日……。
「おっ、たくさん人がいるぞ。緊張するな、翔」
用意されたデュエルスタジアムに向かうのは、遊戯十代とパートナーである丸藤翔だった。遊戯十代は持ち前の精神力と、能天気さで恐怖も何も感じていない。しかし、劣等感を抱いていた翔は恐怖こそ少ないが、不安はある。自分のアニキの足を引っ張りたくないという想いに加え、デュエルアカデミアの帝王と噂されているカイザー亮の弟として恥じない戦いができるのかというプレッシャーがある。
だが、自分の尊敬するアニキ分に負けないように戦うとこの5日間の生活で誓ったのだ。相手が誰であろうと、やらなきゃいけない。胸を張って、十代の横を歩く。
デュエルスタジアムに入ると、たくさんの生徒たちの視線が集まる。そこには、十代や翔のルームメイトの隼人、そして翔の尊敬する兄の亮もいた。亮の試すような視線を受け止めて翔は前に進む。歓声が巻き起こり、それを受け止めながらデュエルフィールドへと足を踏み入れる。
「ではこれより、タッグデュエルを始めますノーネ!!」
そこにいたのは、クロノス教諭だった。高らかにデュエル開始の宣言をする。
だが、肝心なことを忘れていると、一同は考える。それを代弁するかのように、校長の鮫島が声をかける。
「それで、対戦相手は誰なんですか? 教員ですか、それともオベリスクブルーの生徒ですか?」
「いやいや、これは立ち入り禁止区域に入った生徒の校則違反を審議するタメーノデュエルデスーノ。まあ、それを犯したシニョール克也もデスーガ。とにかく、それにふさわしいデュエリストでなければなりませンーノ」
「ほう、それで……?」
目を輝かせながら鮫島は尋ねる。鮫島校長も、対戦相手が気になるのだろう。
「不届きものを叩きのめタメーニ、伝説のデュエリストを呼んでいるノーネ!!」
クロノスは十代を指差す。どうやら本気で十代たちを叩きのめすつもりだろう。
その時、微かな足音が響いた。十代たちがすでに上っているステージに上がろうとする影が二つ見える。その影を見た瞬間、スタジアムにいる全ての人間が驚愕の表情を露にした。無論、これから戦おうとしている十代や翔も、だ。クロノスは、本気だ。本気で十代や翔を退学にさせようとしているんだ。十代はともかく、翔は体が震え始めていた。
「おおっ……!!」
一方で鮫島は期待に胸を膨らませた。罰則の審議云々よりも、面白い試合を望んでいるのだ。
注目を集めながらそこに立っているのは二人の決闘者だった。
一人は孔雀舞。女性ながらも海馬瀬人や武藤遊戯に引けを取らない実力を持つ美人デュエリストだ。ハーピィを華麗に使いこなし、相手を圧倒するプレイスタイルは翔も憧れている。
そしてもう一人は―――。
二人を教えている講師でありながら、デュエルキングとほとんど変わらない実力を持つ、城之内克也だった。
「さあ、デュエルを始めようぜ。十代、翔」
次回からタッグデュエルです。ルールはOCG準拠とします。