遊戯王GX 凡骨のデュエルアカデミア   作:凡骨の意地

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第一話:デュエルアカデミア

 城之内克也は、輝いていた。

 プロのデュエリストが集う、プロリーグにて、熱い決闘を魅せていた。デュエルキング、武藤遊戯の側にいた人物として恥じないデュエルを見せ、固定ファンもたくさんいたという。戦術も一風変わっていて、武藤遊戯やそのライバル、海馬瀬人はパワーや的確な戦術で戦っていく、いわゆる正攻法で勝負するのだが、城之内克也はそういったものではなく、運を試すカードを頻繁に使ったり、相手のカードを奪って逆転したりなど、トリッキーな戦法をする。勝率はとても高く、武藤遊戯、海馬瀬人と並ぶほどのデュエリストと評されていた。

 ……だが、彼らに悲劇が訪れた。

 プロリーグに在籍していた多数のデュエリストが、参加資格を剥奪されたのだ。理由としてはスポンサーとの契約解除なのだが、実際の理由は、プロデュエリストの居座りを解消するというものだったと、武藤遊戯は語っている。新参のプロデュエリストも、城之内や海馬、遊戯に当たったら最後、プロから落第である。そんな悪しき状況を打開するために、それまでのプロデュエリストを切り落としたのである。無論、城之内克也もその犠牲を被った。

 それから10年たち、高校生だった城之内はすっかり大人になった。ニート同然になってしまった彼に、転機は訪れるのだろうか……。

 

 

 

 

「うーむ……」

 

 パソコンの画面に張り付くように睨みながら、城之内克也は唸る。今彼が見ているのは就職サイト。しかし、どれも面白そうな仕事ではなく、城之内はげんなりする。

 

「なんかこの……自由にやれる仕事とかってないのかな……。自分の好きにやれる仕事っていうのは」

 

 そして自分の心の中で、あるわけねーだろと返す。何故なら、今まで喧嘩ばっかりやってきて、勉強もろくにせず、好きなものと言ったらデュエルモンスターズ。デュエルモンスターズの腕ならば、全国クラスではないかといわれるくらいだけれど、所詮は子供の遊び、就職には役に立たない。

 デュエルモンスターズが仕事の役に立つなんて、おもちゃ屋か海馬コーポレーションなんだろうけど、どっちも彼のお世辞にも良いとは言えない学歴と素行のせいで入れない。それに海馬コーポレーションなんてこっちから願い下げである。海馬の下で働くなんて反吐が出る。

 一方、彼の大親友の武藤遊戯の実家がおもちゃ屋だけれども、そこで働いたら、遊戯や遊戯のじいさんに迷惑がかかるだろうから遠慮している。

 となれば彼に残されているのは力仕事。検索をかけて募集しているところを探すのだが、待遇が悪く、正直行く気がしない。でも、就職しなければ、社会人として終わりだ。

 

「はぁ……」

 

 ため息をつきながら城之内は、パソコンの画面をスクロールして流す。すると、土木工事の面接の案内が、目に映った。食いつくように覗き込む。

 

「おっ、あったぞ。どれどれ……学歴不問、労働日時は週4日、給料もまあまあ……。これで行こう! 電話番号は、っと……あったあった。さっそく電話してみるか」

 

 城之内は近くにあった携帯電話を手にとって電話をかけた。面接の申し込みをしたいという旨を伝えると、明日面接するという快い返事が返ってきた。

 一息つき、パソコンを閉じた時、声が大きく響いた。

 

「お兄ちゃーん、御飯だよー!!」

 

「おう、すぐ行くよ!」

 

 ふと、妹の静香の声が下の階から聞こえた。自分の部屋のドアはしめているのに、声がよく聞こえるのは、この家がぼろいからなのか、それとも静香の声がデカいからなのかはわからない。

 階段を降り、居間に入ってテーブルに着く。するとそこには、おいしそうな食事がずらっと並んでいた。昼間はあまり食べていないので、現金な腹が空腹を訴えてだらしなくきゅーっと鳴る。城之内は席に着き、箸を取ると、早速大好物のコロッケにありついた。

 

「うまいな、静香のコロッケ。相変わらずうまいぜ!!」

 

「そうかな? よかったあ……今日ちょっと失敗したかなって思ってたんだけど、美味しかったようで何よりだわ」

 

「ああ、静香のコロッケはいつ食べてもうまいぜ!」

 

 衣はサクサク、中はふわっとしていて、舌が唸る。ソースとの相性も絶妙で、これ以上にうまいコロッケを城之内は知らない。

 そんな中、このコロッケを食べると城之内は、罪悪感を覚えた。いつもそうだ。だから、このコロッケを食べるのは、ちょっとだけ嫌な気がする。美味しいけれど、気分は少し憂鬱にさせてくれる。静香は悪くないのだ。全部、情けない自分のせい。

 

「なあ、静香。お前、今日デートするんじゃなかったのか?」

 

「デート? ああ、今日別れちゃったの。彼とは合わないから」

 

 静香は料理の後処理をしながら答えた。

 静香は、兄の自分から見てもとってもかわいい女の子だ。しかも家事洗濯何でもできるという恐ろしいハイスペックであるので、とてもモテる。付き合った男の数は多いけれど、いつも破局している。城之内は優しい静香に原因があるのではなく、男の方に原因があるんだと、最初は思っていた。

 でも、もしかして別れる理由は城之内自身にあるんじゃないかと、最近は思うようになった。ことは、5人目の男の時だ。一度家に遊びに来たのだが、とってもいいやつで、静香と結婚させたいくらいだった。でも、その次の日に別れてしまった。理由を聞くと、その人と合わないからと、それまでと同じ理由だった。その時から俺は確信した。静香は、こんな情けない自分のために、あえて独身を貫いているんだと。自分のせいで、静香はこの家から巣立つことができず、自由を奪われているんだと。

 だから、静香がおいしいコロッケを振舞ってくれるのは、少し辛い。自分なんかよりも、本当に好きな奴に、そのおいしいコロッケを振舞ってほしいのに。時に涙が出そうになる。自分が静香を苦しめていると思うと、情けなくなる。

 

「……ごめんな」

 

「え?」

 

 唐突に、言葉が出る。胸の中でうずく静香への罪悪感がついに喉を通った。静香は手を止めて見る。

 

「お前の自由にさせてやれなくて、本当にごめんな……」

 

「お兄ちゃん、それどういうこと?」

 

 首を傾げながら、苦笑する静香。城之内には、それすらも見ていられなかった。

 

「俺がいつまでたっても就職できなくて、厄介になっているせいで、お前が本当に好きな人と付き合えない。そうなんだろ、静香」

 

「そんなことはないよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんを助けたいから、私はここにいるし、好きな人なんて、いないから別れているだけだよ」

 

「そうかもしれないな。でも、お前は俺なんかと一緒にいるより、お嫁に行っていい奴と暮らした方がずっと幸せだ。お前はこんなにうまいコロッケを作れるし、俺にはもったいない優しい妹だ。だけど、そんなお前を、俺は縛っているんだ。本当に、俺はダメな兄ちゃんだ。デュエルしかできない、ダメなやつなんだ」

 

 コロッケをかみしめながら話す。涙が出そうになる。自分が嫌になる。自虐的に笑おうとしている自分が、憎くてたまらない。

 

「そんなことないよ、お兄ちゃん」

 

 静香は、優しい声で近くに寄ってくる。兄の事なんて鬱陶しい筈なのに、煩い筈なのに、優しい。城之内は顔をあげて、静香の顔を見た。

 

「私、お兄ちゃんにこの目を貰ったの。今の私がいるのはお兄ちゃんのおかげ。だから、お兄ちゃんのそばにいることは、全然苦にならないし、私はそうしたい。お嫁になんか行かなくてもいい。私にとって、お兄ちゃんのそばにいることが、お兄ちゃんの幸せになることが一番だから」

 

 静香は、かつて目が見えなかった。手術すれば治るのだが、馬鹿な城之内の親父がギャンブルで金を使い果たしてしまい、手術費が払えない状態だった。でも、城之内は決闘者の王国で賞金を稼いで、静香の治療費を払った。そのおかげで、静香は目が見えるようになり、皆と同じように生きることができた。

 思えばその時からうぬぼれていたかもしれない。カードで、人が救える。そんな夢物語を信じていたのだ。普通に考えたらありえない。だってたかがゲームだ。確かに人を勇気づけることはできるかもしれないが、人の本質を見抜けるかもしれないが、静香や他の誰かを救うことなんて出来やしない。真紅眼の黒竜だって、人造人間ーサイコ・ショッカーだって無理だ。この就職難を救うことなんて出来るわけがない。遊戯が、魅力的なデュエルをしてきたからそう思うようになっただけで、本当は、ただ楽しむだけのカードゲームに過ぎないんだ。何で今まで分からなかったんだろう。

 確かに真のデュエリストには憧れた。世界も救った。青春も輝いた。友情を育むことだってできた。でも……カードゲームはそんな素晴らしいところばかりじゃない。カードゲームは、遊びの範囲を抜けることはない。たくさんの特別な力をもった、大流行した、その事実は変わらないけれど……やはり社会から見ればそれはただの遊びで、役に立たない紙屑である。カードゲーム界で全てを制することができるのは一部の人間だけだ。それ以外の人間は、カードゲーム以外に何も持っておらず、破滅をたどるだけだ。それが、今の自分だ。カードゲームは好きだったし、デュエリストということに誇りを持っていたけれど……そんなのは、子供の幻想、大人になったら下らないものにすぎない。城之内は辛そうに顔をしかめた。

 

「静香。俺は確かにお前の目を治すことはできた。でも、今はお前の足かせにしかなっていない。就職もできず、ニート同然だ。やっと今日、土木工事の仕事が見つかったくらいさ。まだ面接すらしてねーけど。だけどな、俺、もっと頑張ってお前を幸せにしてやるから。せっかく治ったんだから、お前には幸せになる権利がある。俺のそばにいるのが幸せならそれでもいい。でも、もしいい男ができたなら、お前にはそっちを選んでほしい」

 

 城之内は静香の目を見ていった。静香には、幸せになる権利がある。兄を捨ててでも、幸せになる権利がある。静香が幸せになるなら、飢えて死んでも構わない。城之内は、その想いを目線で伝えた。

 

「分かったよ、お兄ちゃん。でも、私は今でも十分幸せだよ。さ、食べよ。冷めちゃうよ」

 

「……ああ、そうだな」

 

 止めていた箸を持ち直し、コロッケを食べた。少し冷めてしまったけれど、やっぱり美味しかった。明日の面接、絶対受かって静香を幸せにしてやる。そう誓いながら、無理矢理コロッケを頬張った。

 

 

「じゃあ、行ってくるからな」

 

「頑張ってね、お兄ちゃん!」

 

 次の日の朝8時。玄関先で、静香が見送ってくれた。面接の時間までまだ1時間あるし、徒歩10分で行けるけれど、早目についておけば印象がいい。

 静香の姿が見えなくなると、城之内は前を向き、ため息をつく。面接を受けるのはこれで何度目だろう。少なくとも二桁はいっているはずだ。

 家を出て少し歩くと、大通りが見える。大きなビルが聳え立ち、昼間だというのに、大きな音が街を包み込む。まだ学生だったころは、ただの何の変哲のない小さな町だったのに、今じゃまるで都会だ。

 

「ずいぶん、変わったんだな……」

 

 天を衝くほどのビルを見上げながら俺は呟く。この10年で、世界は大きく変わった。海馬コーポレーションも大きくなり、デュエルモンスターズも深く浸透していった。これには、海馬のデュエルディスクの低価格販売の動きが大きくかかわっている。お金のない子供たちでもデュエルを楽しめるように、ソリッドビジョン付のデュエルディスクを大幅に値下げして販売しているのだ。しかも、初心者用のデッキや拡張パックも安く大量に販売されているので誰でもデュエルモンスターズをすることができる。海馬はあんな性格をしているが、子供たちには随分と優しいことがうかがえる。海馬もプロリーグから追放されたはずなのに、プロリーグを目指す子供たちを支援している。何かこそばゆい。

 だけど、この街にずっと住んでいる城之内でも気づかない変化があった。

 

「ん?」

 

 ふと、大通りの先の交差点を見て見ると、たくさんの学生が道路をぞろぞろと横切っているのが見えた。どこか受験でもするのだろうか。それにしては、どうも違う気がする。勉強をたくさんしているような連中にはとても見えない。

 ……まあ、いいか。

 とにかく面接に行かなくてはいけない。俺は目を逸らし、面接会場へと向かう。

 しかし、城之内の横を、一筋の黒い影がよぎった。ものすごい騒音を立てて。

 

「うおっ!?」

 

 城之内は体を両腕で庇い、静寂を待つ。両腕の合間から覗かせると、そこには一台のバイクが目の前にあった。何で歩道にバイクがあるんだよ……。

 その理由はすぐにわかった。バイクに乗っていたのは、特徴的なリーゼントをした、古くからの親友、本田ヒロトだった。

 

「よっ、城之内!」

 

「なんだ、本田かよ。脅かせやがって……」

 

 城之内が不満そうに睨み付けると、自慢のリーゼントを撫でながらわははと笑う。

 

「悪い悪い。たぶん気づかねえと思ったからお前すれすれで通ってやったのさ」

 

「まったく……んで、何の用だよ?」

 

「別に。お前を見かけたから話しかけたけど、なんか急ぎの用事でもあったか?」

 

 本田は、リーゼントをかき分けながら聞いてきた。彼はデュエリストではないけれど、高校からの付き合いで、遊戯とも親友だ。バイクが好きで、こうして乗り回している。それでいて仕事も決まっているから何となくムカつくのは内緒だ。

 

「別に急いでねぇけど、これから面接なんだよ」

 

「どこの?」

 

「土木工事のだ」

 

「それってもしかして、童実野建設の事か?」

 

「そうだ。給料はまあまあだしよ」

 

「んまたしかにな。でも、俺のダチがそこで働いてるっつーけど相当きついらしいぞ」

 

「きつくてもやるしかねえよ。職なしじゃ大人として恥ずかしいし」

 

「まあな。でも、お前にはもっとピッタリな仕事があると思うぜ」

 

「どうかな。俺は学歴ないからロクな仕事には就けそうにはないな」

 

 まあそりゃそうだなと、本田は返してくると思った。しかし、本田は不敵な笑みを浮かべた。

 

「でもこれを見ても、それが言えるか」

 

「なんだと?」

 

 本田はバッグから何かを取り出した。どうやらチラシのようだ。本田はそれを城之内に手渡した。

 

「なんだこれ?」

 

「いいから読んでみろって」

 

 本田に催促されたので読み始める。チラシにはこう書かれてあった。

 

『デュエルモンスターズが好きなあなたに、朗報です!!

 デュエルモンスターズの学校、デュエルアカデミアの講師になれるチャンスです。学歴不問、寮もついています。必要なのは、あなたのデュエルの実力と、愛のみです。

 次世代のデュエリストを育てるいい機会です。さあ、あなたもデュエルアカデミアで生徒と共に学びましょう!! 本日午前10時に筆記試験、試験デュエルを行います。プロのデュエリストの場合は、デュエルのみで構いません』

 

「デュエルアカデミアって……デュエルモンスターズの学校ができてたんだな……」

 

「まあな。そんでよう、単刀直入に言うぜ。……お前ここ受けろ」

 

「えっ……?」

 

 そういわれるであろうことは予測していた。でも、城之内は思わず声に出していた。

 

「お前の大好きなデュエルモンスターズで仕事できるんだ。これほどいいことないだろ。お前が教師に向いているかどうかわかんねえけど、少なくとも土木工事なんかよりかは絶対ましだと俺は思うぜ」

 

「そうかもしれねえ……でも……」

 

「なんだよ、お前だったら迷わず受けると思ってたけどな」

 

「昔だったらな。でも……今は、デュエルモンスターズをやる気にはなれない」

 

「どうしてだ?」

 

 本田は両腕をバイクのハンドルにもたれさせながら聞く。

 

「俺がまだ高校生で、遊戯と一緒にカードやってた時はさ、純粋に楽しかったし、カードでいろいろ物事が変わっていった。静香の目も治せたし、かけがえのない友達もできた。でも、大人になったらどうだ? 大人から見たらただ紙切れで遊んでいるだけにすぎない。就職するのに、子供の遊びなんていらねえんだ。要するにだ。青春をカードで使っちまったから、今こうして苦労しているのに、これからのガキをカードにますます染めちまってもいいのか、俺はそう思うんだ」

 

 城之内はぞろぞろと歩く学生を見る。きっとあれはデュエルアカデミアの受験生たちだろう。彼らはプロのデュエリストになりたくて、その道を歩いている。でも、それがいいことであるはずがない。プロのデュエリストになれるのはほんの一握り。それこそ遊戯や海馬クラスにでもならないと、無理だ。

 

「ま、お前のいうことも一理あるよ。カードは人生の役には立ってないな。就職とか、生活とかにはむしろ邪魔なもんさ」

 

 本田は顔をあげて言う。本田は今までカードをやったことはないし、城之内たちのデュエルをいつも見ているだけだった。だから、全うな人生を送れているのかもしれない。城之内には本田がうらやましいと思った。なんだかんだで、賢い選択をしている。

 

「でもよ、何の役にも立たないっていうのは、ちょっと違う気がするぜ」

 

 しかし、本田は意外なことを言い始めた。思わず本田を見てしまう。

 

「どういうことだよ?」

 

「どうもこうも、さっき言ったじゃねえか。カードのおかげで、静香ちゃんの目が治せたり、遊戯や獏良、御伽、それにマリク、そのほかにもいろんな奴と友達になれたじゃねえか。それだけで十分なんだよ」

 

「そうはいうけど、人間飯を食っていかなくちゃいけない。静香を早く嫁に行かせて幸せにしてやりたい。でも、そうさせてくれなかったのはカードなんだよ」

 

「それは違うぜ城之内。俺が前に行ったこと覚えているか? お前たちがカードで人との絆を紡いでいくのが、俺は好きだって」

 

「……決闘都市のときだったな、それ」

 

 あの時のことは覚えている。城之内がグールズに、魂のカード” 真紅眼の黒竜”を奪われて落ち込んでいた時、本田が手術に踏み切れない静香ちゃんを励ましてほしいと頼み込んだ。その時に、カツを入れたのがこの言葉だった。

 

「お前は様々な相手とデュエルして、絆を紡いでいった。でもお前は今デュエルモンスターズを否定している。ってことは、お前が今まで紡いできたそれは、全部いらないものになっちまうってことなんだよ」

 

「それは……」

 

「お前と静香ちゃんの仲がいいのだって、全部デュエルのおかげだ。遊戯とかけがえのない親友になれたのも、デュエルのおかげだ」

 

「んで、何がいいたんだ?」

 

「あそこを受けようと思っている奴らに、それを教えてやるんだ。お前が次の世代に、デュエルの大切さを教えてやるんだ。だから、デュエルアカデミアを受けろ」

 

「―――!!」

 

「それに、静香ちゃんのためにもなる。就職して幸せにしたいんだろ? だったら、さっさとなっちまえ。土木工事なんかより、静香ちゃんは絶対喜ぶ。お前がデュエルしている姿が、とっても好きなんだからな」

 

 本田は、心の中にするすると入っていくように説いた。本田は城之内と同じバカ騒ぎしてたような奴だったけど、城之内とは違う視点で物事を見ているから、時に参考になったりする。デュエリストとしてではなく、一般人としてで考えてくれるから、心にすんなりと入る。いい友達を持ってよかったと、心から感謝した。

 だったら、本田の提案を断るわけにはいかない。たくさんの友人を与えてくれたデュエルモンスターズのために働くのも、悪くない。

 

「本田、悪いけど俺のうちまで送ってもらえないか?」

 

「……別にいいけど、どうしてだよ?」

 

「へっ、決まってんだろ?」

 

 俺はにっと笑って答えた。

 

「デッキ取りに行くんだよ。だから頼むぜ」

 

「やる気になったな、城之内! 早く乗れよ、ヘルメット貸すぜ」

 

 本田がヘルメットを城之内に投げてきたので受け取る。バイクにまたがり、本田の腰に両腕を回すとバイクがものすごい騒音を立てて発進した。

 

 家に着くと、静香が庭の掃除をしていた。静香は驚いた顔で城之内たちを見る。

 

「ただいまー」

 

「お兄ちゃん面接終わったの!? それに……本田さんも!?」

 

「よっ、静香ちゃん」

 

「こんにちは本田さん。どうしたのお兄ちゃん?」

 

「ちょっと忘れ物を取りにな」

 

「そ、そうなんだ」

 

 城之内は玄関のドアを開けて、階段を駆け上がる。自分の部屋に入り、押入れを探す。

 

「あったぜ……」

 

 乱暴に積まれた段ボール箱の山のてっぺんに、”カード”と書かれたところがあった。それを取り出し、床にどさっと置く。

 

「デッキケースはどこだ……? っと、あったあった」

 

 よく使っていたデッキが入っている、小さなケースを探す。ごちゃごちゃしていて見つけづらかったけれど、デッキを見て見ると、確かにそこには懐かしいモンスターたちがいた。

 

 ―――ワイバーンの戦士、パンサーウォリアー、フィッシャーマン、サイコ・ショッカー……。こいつらと共に戦ってきたんだ、俺は。

 

 城之内は彼らが入っているデッキを取り出し、バッグに入れる。10年たってしまった今、このデッキが通用するかはわからない。でも、仮に通用しなくても構わない。こいつらとともにデュエル出来れば、それでいい気がしてきた。

 城之内は携帯電話を取り出して、面接のキャンセルをした。つまりもう後がない。デュエルアカデミアに受からなければニートだ。最低の男になる。

 

「面白ぇじゃねえか……」

 

 不思議とやる気になる。背水の陣なのにもかかわらず、やる気しかない。もっとも城之内は、生か死かを賭けるデュエルを経験してきた。死にやしないデュエルなんかにビビってられない。城之内は立ち上がり、部屋を出た。

 

「ふう、終わったぜ。さあ、そろそろ行こうぜ本田」

 

 玄関外に出た城之内は、バイクにまたがる本田に声をかけた。

 

「おっ、もう準備できたのか?」

 

「まあな」

 

「あの、お兄ちゃん、本田さん、どこに行くんですか?」

 

 静香が聞いてくる。これからデュエルアカデミアの面接をするなんて、言っていいのだろうか。昨日あれ程カードを貶していたのに。

 だが、そんな迷いを、本田が一蹴した。

 

「デュエルアカデミアだよ。城之内の奴、そこで教師になるつもりなんだ」

 

「ちょ、バカ言うなよ!!」

 

「デュエルって、まさか……デュエルモンスターズの学校!?」

 

 静香が身を乗り出して聞いてくる。

 

「……ああ。本田に薦められてよ、仕方なくだ」

 

「……よかった」

 

「えっ?」

 

 静香が唐突に呟いた。

 

「だって、お兄ちゃん今すっごく楽しそうな顔してるもん」

 

「……そうかな?」

 

「うん、だって昨日のお兄ちゃんなんか泣きそうなくらい辛い顔してたもの。やっぱりお兄ちゃんには、デュエルが一番だよ」

 

「そうかも、知れねぇな。静香、俺必ず受かるからさ、待っててくれよな」

 

「うん、頑張ってね! お兄ちゃんの好きなカレーライス作って、待ってるから!」

 

 ありがとう、って言おうとしたけれど、俺は別の言葉を言うことにした。

 

「本田、今日お前暇か?」

 

「まあな。今日は俺仕事休みだし」

 

「ならさ、静香をバイクに乗せてやってくれよ」

 

「え?」

 

 静香は戸惑いの表情を浮かべた。城之内は静香に笑いながら話す。

 

「静香はいつも俺のために家事をやってくれている。でも、たまには羽を伸ばさせてやりたいんだ。晩飯を作ってくれるのはありがたいけど、今日は遠慮する。本田と遊ぶのが嫌なら仕方ねえけど、今日くらいは、遊びに行って来いよ」

 

「私は構わないけれど、本当にいいのお兄ちゃん?」

 

「何度も言わせんな。俺はお前に感謝してるんだ、だから本田とツーリング行って来いよ」

 

「分かったよお兄ちゃん。本田さんと遊んでくるね」

 

 静香は嬉しそうに笑った。それを見て本田がバイクから身を乗り出して聞いてくる。

 

「マジか城之内!? 静香ちゃんとツーリングしてもいいのか?」

 

「かまわねえよ。だけど、変なことするなよ?」

 

「分かってるよ。俺はもうスケベじゃねえんだ」

 

「エロ戦車とかやってたよな、昔」

 

 エロ戦車というのは、デュエルモンスターズに出会うまでにやっていた下らない遊びだ。段ボール一枚で作ったT字で、女子のスカートを捲るっていうものだ。それでよく遊戯の幼馴染みの真崎杏子のパンツを覗いていて、怒られた。今じゃそんなことはしないが。

 

「いい思い出だよまったく。とにかく、お前を会場まで送ってくよ」

 

「でも、静香は?」

 

「静香ちゃんにはちょっと待ってもらって、それから行くさ」

 

「分かった。場所はどこなんだ?」

 

 城之内が聞くと、本田は皮肉そうに笑いながら言った。

 

「海馬ランドだよ」

 

「……マジかよ」

 

 海馬ランドとは、その名の通り、海馬コーポレーション、というより海馬が建てたテーマパークだ。名目上は、よい子のための無料の遊園地だったが、実態は海馬が遊戯や城之内たちを殺すための場所だった。酷い目にあわされた経験しかないので、苦笑いするしかない。現在は普通のテーマパークとして運営されており、遊戯から杏子とデートにに行った時の写真が送られてきた。遊戯の奴、ひょっとして忘れているんじゃないのかと思ったほどだ。

 

「とりあえず、行こうぜ城之内」

 

「おう! そんじゃ、静香。今日は楽しんで来いよ?」

 

「うん、お兄ちゃんも頑張ってね」

 

「ああ!!」

 

 バイクにまたがり、けたましいエンジン音を立てて発進する。ここから海馬ランドまでの距離はそう遠くない。試験には余裕で間に合う。

 街並みが速く流れていく。未来へのロードも見えてくる、何て思ったりもする。

 

(久しぶりだな……今日は、頼むぜ)

 

 心の中で、バッグに眠るデッキたちに語り掛けた。精霊と喋ることはできないけれど、心はきっと通じ合っている。

 

「城之内、ついたぜ!」

 

 暫くすると、大きな遊園地が見えた。青眼の白竜のオブジェが慄然と立っている派手すぎるゲートに相変わらずげんなりさせられる。海馬は、ブルーアイズ中毒だ。もう結婚してもいいと思う。

 ゲートの横に看板が立っている。

『デュエルアカデミア編入・採用試験会場はこちらです』

 どうやら、海馬ランドの脇の大きなドームで行うようだ。俺はバイクから降りて、会場を見る。

 

「海馬の奴、どこまでやる気なんだよまったく……」

 

「あいつは本当にフリーダムな奴だからな。世界中探してもどこにもいないよ」

 

「まったくだ。さてと、そろそろ行こうかな」

 

 伸びをしながら言った。あとはないデュエル。ここで制さなくては、将来はない。城之内は親友の顔を見る。親友は、親指を立てて送り出す。

 

「頑張って来いよ、城之内」

 

「ああ。全力でやってくるぜ」

 

 それだけ言って、俺は歩き始めた。やがて本田のバイクが去る音が聞こえたが、振り返ることはしなかった。長年の付き合いの二人に、余計なものは要らないのである。

 

 

 

 城之内は世間から見たらプロのデュエリストだった。デュエルアカデミアの受付で城之内克也と名乗ると、目を丸くされた。いつのまにか俺の知らないところで持ち上げられていたものだと思ったりもした。確かに俺はよく遊戯と町中でデュエルをしたり、プロリーグとかに出演とかは前はしていたけれどそれはもう10年前の話だ。とっくに忘れ去られているのかと思っていたのだが。何にせよ少し嬉しかった。

 デュエルだけでいいと言われた城之内は、別室に案内される。そこには、一人の男がいた。

 顔が異常に細長く、目が相当垂れている。髪は金髪で風格は日本人のそれではない。

 

「話は聞いているノーネ、シニョール克也。デュエルキングと双璧をなすデュエリストがこの学園に入ってくれるとは、光栄なノーネ」

 

 なるほど、そういう扱いか。遊戯と肩を並べているデュエリストのようだ。

 ……とんだ間違いだ。

 

「買い被りすぎだ。遊戯の方が一歩も二歩も先にいっている。それにプロなんて昔の話だ。でも、採用してくれるなら歓迎だ」

 

「こちらとしてもぜひ採用したイーノネ。でも、そういうわけには、いかなイーノネ。規則であるので、デュエルするしかナイーノ」

 

「そうか……あんたは何者なんだ? おそらく教師なんだろうけどな」

 

「申し遅れましターノ。私、デュエルアカデミアの教師をしているクロノスと申しマース。では、早速試験デュエルをするノーネ」

 

 クロノスはそういうと、腕に構えていたデュエルディスクを展開する。城之内も同様にする。旧式であるが、やはり慣れている方がいい。この重み、ギシギシときしむ音、全てが体内に染み込んでくる。

 

(久しぶりだな……この感覚。デュエリストを前にすると、ワクワクするこの気持ち。どんなデュエルが待っているんだろうという期待感。俺はこの気持ちが、雰囲気が好きだ。―――見ててくれよ、静香。お前を幸せにするために俺は戦うぜ!!)

 

「イキマスーノ!! キングオブデュエリスト、城之内克也!!」

 

「おう、いくぜクロノスさん!!」

 

 城之内はちらっとデッキを見る。10年以上埃を被っていた魂のカードたちを眺める。そして小さく頷いて―――。

 

 

「デュエル!!」

 

 両者一斉に、戦いの火蓋を切った。


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