3度目の人生は静かに暮らしたい 作:ルーニー
ニャル様信者多すぎじゃないですかねぇ。
目を覚ましても全身の倦怠感は取れず、むしろ全身に鉛がついているかのような重みに思考の邪魔にならない程度の頭痛、手足の痺れ、そして息切れが止まらない。
「……ッチ」
今日はいつにもまして体がだるい。足もうまく上がらず、引きずるようにしか動かすことができない。ここまでつらい朝は前世を含めても初めてだ。
「なぁ、大丈夫なん?顔色なんかいつも以上におかしいで?」
良くない状態だということがはたから見ても分かるのだろう。はやてが隣で心配そうな表情で俺を見ている。
「息も荒いし、体も震えとるやん。休んだ方がええんとちゃう?」
隣ではやてが騒いでいる。けど、今はそんなことで止まっているわけにはいかない。まだやらないといけないことはいくらでもある。最近は音沙汰がなくなっているが少し前にあった原因不明の事故や事件がまだ真相のわからないままだ。
あの時の事件のカギを握っていそうなのは高町なのはと一緒にいた連中だが、まだ確証があるわけではない。管理局という組織がどういった組織なのか、あの黒いガキがどういう存在なのか、それが分からない状態で動くことは今考えれば得策じゃなかった。あそこで激昂して姿を見せ、ティンダロスの猟犬をけしかけたのは間違いだったか。
「なぁ、なぁって!フラフラしとるやん!あかんてそんな状態で動いとったら!」
そろそろはやての声も煩わしく感じてくる。俺にはやることがある。なのに、どうして止めようとする。どうして体が動かない。どうして、力が抜けていくんだ。
「し、しんや!?しんや!しんや!」
目の前が暗くなっていく中、はやての声だけがやけに頭の中に響いた。
「…………」
目が覚めると、そこは白い部屋だった。シミも見当たらない白い壁、必要最低限にしかない家電、仕切りのためのカーテンにその下からは自分と同じようなベッドの足が見える。寝起きのためか思考も定まらない思考の中、開いた窓から清涼な風が入ってくる。
一瞬またどこかに飛ばされたのかと身構えたが、冷静になって周りを見てもただの病室。点滴と思われる管が腕についているのを見るに俺は運ばれたんだろう。
「あ、起きたん?」
車いす特有の擦れる音が部屋の中で静かに響く。そんな言葉と共に入ってきたはやての表情は心配そうなものだったが、その中に呆れと怒りが混ざっている。
「ここは……」
「病院やで。昼間に倒れて運ばれたやん。丸一日寝とったんやで。覚えとらんの?」
次々と口に出される言葉はどこか刺々しく感じる。自分は怒っている、と言わんばかりに眉間にしわを寄せ、言葉を切るたびに何度もため息をついていく。
しかし、はやての小言を聞く余裕が俺にはなかった。
「……倒れた……」
俺は倒れた、らしい。はやてが言うには父さん曰く睡眠不足によるものだろう、とのことらしい。けど、俺には倒れたときの記憶がない。覚えているのは、夜遅くまで血の付いたナイフを磨いて、記憶にある魔術書の内容を書き写して、仮眠をとって、普段通りに……普段通り?なんだ?記憶がない?俺はいつ起きていた?
「……はやて、その時の俺は、どうだった?」
「どう?どうって、どういう意味?」
「いつ俺は起きた?何かおかしなことをしていなかったか?何かを調べているようだったとか、妙な事を呟いていたとかなかったか?」
「……そんなことなかったで?ただ、いつもより遅く起きてきたのと、いつにもまして目の隈が濃かったし、返事もあんませえへんかったり、歩いてるときフラフラしてたから調子悪そうやとはおもとったけど」
……特に、は、問題ないか?いや、記憶がないというのが引っかかる。なにかろくでもないことを口走っていたら、最悪はやての記憶を消さなくてはならないかもしれない。
「あ、でもなんやよくわからん言葉はしゃべっとったな。なんとかのぜみがどうの~とか、ねく……なんとかがどうのとか聞きにくい声でしゃべっとったな」
……なんとかのぜみ?ねく?なんだ?俺は何について口走っていたんだ?
それについて確認しようと思ったが、はやてが思い出したかのようにそうや、と言い始める。
「特に問題はないやろうけど、3日間は入院やっていっとたで。突然気絶して1日も寝てたんやから頭や体の検査とかの検査入院も兼ねとるんやって」
……3日?3日もここにいなければならないだと?そんなことしていたら対策が……、いや、だが、気絶するほどに疲労がたまっていたんだとすれば、ここで休んでおく必要があるか?
幸い、と言えるかはさておき意思のある屍食鬼たちとも接触できていて情報も集まりやすくなっている。ここ最近あの狂信者どもの動きも見られないというのがいささか疑問ではあるが、あいつらが起こしているであろう事件も見られないのを考えれば一時的に退却していると考えてもいいのかもしれない。
……いや、そんなことをしている暇はない。はやての足は治る傾向が見られない以上、原因がわからない今、まだあの連中を探す必要がある。
「……また変なこと考えとる。私は家に戻るけど、ちゃんと休まなあかんで?」
はやては呆れと心配が混ざった表情でため息を吐いて持っていた本を数冊置いて帰ろうとする。
「はやて」
しかし、絶対に確認しなければならないことがあるからはやてを呼び止める。はやてはその場で止まったが、車イスをこちらに向けることも返事をすることもなく、向けたのはなんとも言えないような表情を浮かべた顔だけだった。
「……何か、身の回りで変なことはなかったか?」
「……変なこと、って言われても私にはわからへんよ」
そういうはやての表情は、なぜか寂しげだった。俺はこれ以上何も言えず、病室から出ていくのを見送ることしかできなかった。
「起きたのか」
はやてと入れ替わるように入ってきたのは父さんだった。腕を組んで心配そうな表情の中に、確かな怒りがあるのが見てとれる。
「気を失うまでいったい何をやっていたんだ。症状を鑑みるに、寝不足や過労の時に出る症状に近いぞ」
「…………」
「だんまりは無しだ。入院するまで何かをやっているとなると、夜に何をしているのかはわからないけど、さすがにもう限界だ。話してもらうまでここから離れないからな」
本当に言うまで逃がすつもりはないのか、眉間にしわを寄せてこの場から離れる様子を見せない。このままでは時間が過ぎ去ったとしてもずっと追及を続けるのだろう。なら、騙さなくては。納得ができるように、騙さなくてはならない。
「……本を、作ってるんだ」
「……本を?」
騙すにしても、相手は父親であり、同時に医者だ。心理学を修めていてもおかしくはない。だから、嘘をついてはならない。嘘をつくのはダメだ。騙すんだ。今まで培ってきた技術を使って、幾度となく使ってきた騙し方で。
「あまり言いたくないんだけど、本を作っていたんだ。自分の知ってることをまとめた本を。記憶の整理のために後から読み返せるものを自己満足で」
「……それで、夜遅くまで起きていると?」
「誰にも読ませる気はないし、楽しいから暗号文で作ってるんだ。だから文章を考えているとどうしても時間がかかってしまう」
事実を言う。子供っぽいと思われてもいい。むしろそう思わせれるなら両手を上げて喜んでもいい。見かけに騙されてくれるなら、いろいろと制限はあるがやりやすいことがあることも事実だ。子供だからと見逃されたことも多々あるのだから。
だから、ここで騙すしかない。俺たちの平穏が遠ざかる。俺たちの未来がなくなる。そうなる前に。
「……そう、か。なら、もう夜遅くまで作業をするのは禁止だ。これからは父さんと同じ布団で寝てもらうからな」
納得のいかないような様子だったが、なんとか騙されてくれたのかしぶしぶと言った表情でため息をついた。けれど、さすがに同じ場所で寝るというのはまずい。ただでさえ原因の究明は何も進んでいないというのに、これ以上進みを遅くするのはまずい。
けれど反論できる材料は何もない。精神はともかく子供の姿をしているのに夜遅くまで起きている事実を咎められた以上、どうすることもできない。
どうすればいい。どうすれば、俺はみんなを救えるんだ。
まぁ、あんな生活続けてたらこうなるでしょうという想像。