うさぎになる前のバリスタと小説家になる前の青山さん【完結】 作:専務
私立の中学を受験、見事に合格した私。
高校生になっても、今と同じ友達と一緒なんだ。
そんな、小学生の延長のような淡い期待を持っていた。
現実は甘くなかった。
私立ならではの充実した設備のおかげで、授業のスピードは段違いだった。
おかげで、友達とは縁遠い生活だった。元々周りはお嬢様ばかり。自分もある程度は裕福な家庭ではあるものの、勉強で入った私とエスカレーターで登ってきた彼女達とは話が合うはずも無かった。
しかし中学受験で得た知識にプラスして、もともと勤勉な性格の私は授業に関しては対して苦労せず高校生になった。
あと3年間で卒業。
そう考えると気分も落ち込む。友達という友達もいないこの生活のままでいいのか。
図書室で復習をしながら、私はこれからの生活に一抹の不安を覚えた。
周りは楽しそうに青春を送っている。自分は勉強だけでいいのか。
考え事をしながら息抜きに小説を読んでいると、不意に声をかけられた。
「その本、好きなんですか?」
「ふぇっ!?」
唐突な言葉と共に現れた彼女を、今では友達と呼んでいる。
平日の朝、テストを終えた青山さんは図書委員としての大義名分をフル活用するため、意気揚々と図書室に足を運んだ。
彼女にとってテストは日々の読書の成果でもある。教科書や教師の言葉を余すことなく書き記したノートだって、彼女にとっては楽しい書物に変わる。今回もその能力を存分に活かして終えた。
図書室には今年受験の3年生や、すでに受験を見据えた1、2年生がちらほらといるなか、彼女は目的の人物をすぐさま見つけて声をかけた。
「凛さん、テストはどうでした?」
「ふぁぃ!?」
凛と声をかけられた彼女は、テストの復習の真っ最中の集中していた最中に耳元で声をかけられ、おかしな声を上げた。
「ふふふ、図書室では静かに、ですよ?」
「あんたが脈絡なく声かけるからよ、翠。」
彼女は幡出 凛。生徒会の書記をしながら成績のトップを頑なに守り続ける努力家だ。青山さんとは高校からの友達である。
「翠は今日もここで本を読み耽るつもりなんでしょ。」
「それ以外にもありますぅー。」
今どきの子感を出しながら青山さんが取り出したのは今回のテストだった。
「…あんた復習とかしないタイプじゃなかった?」
「凛ちゃんがやってる見てると私もやりたくなってきて…」
「その動機はいかがなものよ?」
「それで、凛は今回の手応えは?」
「この短い会話の中でアタシへの呼び方コロコロ変えないでほしいわね…」
図書室では静かにと言った本人がすでに図書室でおしゃべりを始めている。だが、図書室で勉強しようなんて人は基本イヤホンで音楽を聞いているか、そもそも気にしないかである。テストも終わった日に来る人も少ないので、それを知る青山さんはおしゃべりをやめなかった。
「でもいったいどこから勉強したらいいのか、わかりませんねぇ。」
「苦手なとことか、間違ったとこじゃないの。」
「んー、教科書に乗らないところが出る模試とかならまだわかるのですが、何分その通りに出るものですから、ついー。」
「つい、って何よ大概高得点なんでしょ?」
「自己採点してないからなんとも言えませんがね。」
「まあ私にはかなわないけどね。」
「勉強の努力を怠らない人に勝てるとは思ってませんよ?」
「アタシの次にできる人が何言ってんの…」
青山さんは記憶型と言うのだろうか、とにかく暗記をするタイプだ。それ故に応用は多少苦手なところもある。しかし、使うものは決まっている。何を使うかさえわかれば青山さんは概ね解けてしまう。
一方の幡出さんはとにかく問題を解いて慣れていくタイプだ。参考書や問題集の山は彼女の手によって次々消費されて行く。だから多少の応用も難なく解けてしまう。ここが青山さんとの差である。
この学園のツートップたる2人はこうして毎日図書室を使っている。お互いベクトルは違えどこの空間が最も落ち着くようであった。
「幡出さん、生徒会選挙ももうすぐね。」
「生徒会長立候補はアタシしかいないけど、ちゃんと支持を集めた上でなりたいものね。」
「推薦者が私だし、どーんと構えてればいいですよ。任せてください。」
得意気に胸を張る青山さん。物書きである自身の能力からか、幡出さんを良く知る友人としての誇りからか。彼女は推薦者としての自信を持っていた。
「あなたに任せておけば安心だけどねー。頼んだわよ?」
「楽しみですねー選挙演説。」
「楽しんでるのはあなたくらいよ。」
今日も、種類は違えど文字に溢れる机の上で、2人は共にいる。
「今日もあそこに行くのかしら?」
「そうですねぇ。特に新しいのができたわけでも無いですけど、たまにはコーヒーのために行くのもいいかもしれません。」
「アタシもいってみようかしら。あなたの話を聞いてるとやっぱりこの目で見てみたい気もするわ。」
「いい人たちばかりですよ。お客さんもマスターも。」
「楽しみねー、久しぶりに息抜きもしたいし。」
「テスト終わりのコーヒーは染み渡りますから…。」
「なんだか、翠ちょっと老けた?」
「大人になった、と言ってほしいものですね。」
高校生さながらの会話を交わしながら、2人は目的の場所へと歩いていた。幡出さんはそこに行くのは初めてだ。元々出掛けないこともあるが、勉強していたら遊ぶ時間なんてそうそう生まれない。それこそ、青山さんとの帰宅途中の寄り道程度である。
「ほら、あそこがラビットハウスですよ。」
「意外と路地入ったところなのね、街の騒ぎもそれほど気にならないし、落ち着くのもわかるわ。」
「それほどでも…。」
「翠を褒めてるわけじゃないのよ?」
「私の常連の店が褒められたらそりゃ嬉しいですもの。」
「いいから早く入りなさいよ…。」
「あなただってテストの点褒められたらいい気になるじゃないですかー。」
「それはちょっと違うじゃないの!」
「あらあら…静かにしてないとお嬢様に見られないですよ?」
「お互い受験して入ってきた身じゃない!」
和やかで微笑ましい対話であった。
「まぁ全部聞こえておるんだがな。」
「なんだかまた楽しくなりそうだな、親父。」
意外と筒抜けだったことも知らずに笑い声はドアの向こうからカウンターに届く。
今回もお読み頂きありがとうございます。5話になりました。先週は投稿できずに申し訳ありません。
・今月は公務員試験が立てこんでおり、執筆が満足にできませんでした。それだけの理由なんじゃよ。いや本当に読んでくれる人達には申し訳なさしかないです。
・今回初のオリジナルキャラを登場させました。名前はマンデリンというコーヒーから取ったわけであって湿布とかの会社とは別物ですから。そこ気をつけて。
容姿等に関しては個人的に浮かんでる像はあるのですが、やはり【ご注文はうさぎですか?】の世界観を極力そのままにしたいという考えから言及はしません。絵とか描いてもらったら掲示するかもしれませんが…
次回もお楽しみにして頂けたら幸いです。