うさぎになる前のバリスタと小説家になる前の青山さん【完結】   作:専務

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「私、本を書こうと思うの」

昔から本が隣にあった。

寝る前には母が読み聞かせてくれたし、みんなと遊ぶ時も先生に絵本を読んでもらっていた。

小学校に上がると文字を覚え、自分で読むようになった。

図書委員を引き受け、休み時間は仕事の名目でずっと本に向かっていた。

中学生になるとより難解な本、多彩なジャンルに目を輝かせた。

図書委員長になった時にはオススメの本を紹介するための紹介文を書いた。

私の薦めた本はいろんな人に読まれていき、感想を語ってくる友人と沢山話をした。

高校はとにかく文学に触れたかった。様々な文化や人を見たくて有数の名門校を受験した。

いざ入学すると自分の今までの周りの人とは違ったきらびやかな世界が広がっていた。

新しく出来た友達から自分の知らない本が出てくると興奮して徹夜で読んだりした。

そして、

多くの人と触れ合い、話し、1つの夢を持った。

 

「私、本を書こうと思うの。」

 

私の目の先にはいつも文字が踊っていたと思う。

 

 

 

「君は影響を受けやすいと言われないかね。」

 

白髭の店主は手元にある原稿用紙を目で追いながら、頭の中からそのまま流れ出るように感想を口にした。

喫茶店ラビットハウス。今日もここは馴染みの客がマスターの一杯を楽しみに来ている。しかし、マスターの目の前のL字のカウンター、曲がり角から3つ目の席に迷わず座ってコーヒーを飲む彼女はそれ以外の楽しみも持っていた。

 

「以前マスターがSFなんかも読んでみたいとおっしゃっていたから、チャレンジしてみたのですけど…」

 

「それでこれだけ書けるんだからやっぱり凄いよなぁ。流石は名門校に通う文学少女って感じだ。」

 

「まあ確かに面白いが…君の良さはSFじゃ伝わらない気もするがね。私はてっきりいつものようなささいな日常に根付いている、そんなようなものを持ってくると思っていたよ。」

 

「物を書く人間として、やっぱりいろんなジャンルを書いていきたいなー…って思ったんです。」

 

「かといって初手にSFを書き上げてくるとは…君は本当に書くことが好きなんだねぇ。」

 

「えぇ!」

 

彼女は近隣の高校に通いながら、小説家の夢のために日々、短編を書いてはここのマスターに読んでもらい、感想を聞いてはまた新しいものを書き上げて持ってくる…このサイクルを繰り返すうちに気が付かば常連になっていた。ラビットハウスには希少な高校生の客である。

 

「それで…どうですか?今回のは。」

 

「んー、全体はよくSFの根本的なところを抑えてるし理論や世界観もしっかりしている。だがどうも君の癖というか良さというか、サイエンス性よりも人物に重点を置きすぎている気もするね。SFを書くなら近未来感、科学的世界観をもっと大切にしてもいいんじゃないかね。」

 

「そうですか…」

 

「落ち込むことはない。通してみれば十分な出来だと思うぞ。」

 

「ここまで書けてまだ上を目指すのか…小説家って大変なんだな。」

 

「物書きは幅広いジャンルを押さえるより自分の得意分野、得意な土俵で勝負することだよ。彼女は向いてないってわけじゃないが良さを出すにはこれじゃないかもしれんのぉ。」

 

「勉強になります。マスター。」

 

「ワシは読んで感想を述べるだけなんだがなぁ…」

 

彼女は日々こうして書いたものを持ってきては感想を聞いて、また新しいものを書き上げる。このサイクルは喫茶店の親子2人の日課のようなものになっていた。

 

「小説もいいけどさ、青山さん。そろそろテストも近いんじゃないの?ほら、ここのお客さんもなんか勉強してるみたいだし。」

 

ここの喫茶店は常に落ち着いた空気に満たされている。ここを知る学生は皆時期になるとノートを開いて文字と静かに格闘する様子が見える。つい先日くらいからこの光景が現れてきたところだった。

 

「私はテスト勉強を殆どしませんし、教科書を読めばあらかた内容は入ってきますので。」

 

「だってさタカヒロ。お前学生の頃に勉強なんてしたかね。」

 

「ここを継ぐのは昔から決めてたし、勉強より親父の仕事を見てなきゃ将来に繋がらないからな。」

 

「マスターは学生時代、どのように過ごしていたんですか?」

 

「わしはつまらんことしかしとらん。今のように遊びも充実しとらんかったし、子どもの頃は外で遊んで、お嬢さんくらいになると同じように本に向かってたのぉ。」

 

「マスターは本がお好きだったのですか?」

 

「それしか無かった…というところが本音でもあるが、嫌いだったわけじゃない。結果として今に繋がっていたわけだし無駄なことではなかったと、今は思うがね。」

 

「親父の部屋、今でも本沢山あるしなぁ。」

 

タカヒロは昔見せてもらった書斎を思い出す。壁に付けられた本棚には所狭しと本が並んでいた。どれも年季の入り使い古されたようなものだったが、大切にされているようにも見て取れた。

 

「私も昔から本と一緒にここまで成長してきたようなものです。同じですね。」

 

そういって微笑んだ彼女を見る。

 

「お嬢さん、君はよほど本が好きなんだねぇ。」

 

書くことだけでなく、本そのものが好きなのだと改めて感じた。

 

 

 

 

 

 

彼女が帰ってしばらくすると外は暗く夜になっていた。

 

「親父、そろそろあっちの準備も頼むよ。」

 

「わかった。」

 

喫茶店ラビットハウスは夜になるとバーに変わる。昼間とは一風変わって仕事の愚痴をこぼす人や夫婦のデート、といった大人の社交場のような空間に変わる。珈琲の香りはカクテルの香りに、落ち着いた空気は大人の世界に変わっていく。

 

「タカヒロ、お前そろそろチノのとこに行ってやったらどうだ。あの人も大変だろうよ、どれ、賄いでも作ってやるから持って行きな。」

 

「悪いな、でも一人で大丈夫か?」

 

「構わんよ。ワシにはこいつがいるからな」

 

傍らに鎮座した、マスターの白髭によく似た毛の塊を撫でで言った。

 

「なぁ、ティッピー。」

 

ラビットハウスの語源ともいえるこの店の兎はただ老人の手に身を任せるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

「なぁティッピーよ、お前も読んだか?お嬢さんの本」

 

バーも一段落し、ラストオーダーも終えて全ての客を見送ってから、老人はそう語りかけた。

 

「日々なんの気無しに言っていたが、まぁ確かにフィクションではあるが…」

 

ここの常連ならきっと、何度も呟く姿を見ているし聞いている。実に店の名にふさわしい願いではある。

 

「まさかなぁ…」

 

 

 

「人間がウサギになる話を持ってくるとは思わなかったがな。」

 

 

 

老人は明日もここに立つ。




1話が見にくかった気がしたので少し余白を設けました。
今話から2000字overで頑張っていきます。
毎週日曜0時投稿でやっていく予定です。
ちなみにチノは3歳で青山さんは16歳。現行の時代から10年前くらいというぼんやりとした設定です。

…青山さん現在26歳って設定はやり過ぎでしょうか。


※追記:一部誤字を修正しました

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