うさぎになる前のバリスタと小説家になる前の青山さん【完結】   作:専務

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最終話です。あとがきは次話に掲載します。









小説家とバリスタの昔話

私の名前は青山翠。青山ブルーマウンテンとして日々の作家活動を行っています。

 

喫茶店でコーヒーを飲みながらアルバイトの子達と話したり、甘味処で店主の一人娘と会話したり、最近出来たハーブティーのお店で女性を観察したり…と。

 

…あれ、最後はいらなかったですか?

 

とまぁ、毎日をつつがなく、のんびりと暮らしています。

 

もちろん、ちゃんと小説家としての活動をしているんですよ?

 

すべての経験は、全部私の為にあるんですから。

 

…え?私が小説家になった理由、ですか?

 

難しいですね…昔から本を沢山読んでて、いつか私も書きたいと幼い頃から思っていましたから。

 

でも、私がやりたいことを貫けたのはとある喫茶店のおかげなんです。

 

とは言っても、ほんの些細な何処にでもある日常でした。

 

そんな、普遍的な、至って特別なことなんてない風景や音、香りや声は、全部私の中にあります。

 

…これを教えてくれたのも、あの喫茶店のマスターのおかげなんですけどね。

 

この万年筆をくれた人なんです。私が高校生の頃でした。

 

その時、その喫茶店は経営が厳しく、他店とコラボをしたりとテコ入れをしていたのですが、なかなかうまくいかなくて。

 

…そうですね、少し長い話ですけど、どうかお聞きください。

 

 

 

 

小説家になる前の私と、うさぎになる前のバリスタの話を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、どこから話してもらおうかしら。」

 

タカヒロさんの家に押しかけた青山さんと幡出さん、玄関での会話から中に通されて、タカヒロさんの書斎に案内された後の光景は、妙に怒っている幡出さんと、その前に正座して並ぶタカヒロさんと青山さんの姿であった。

 

「…凛ちゃん?なんでそんなに怒って」

 

「怒ってません!!!」

 

「ヒイィ。」

 

幡出さんのかつてない大声にタカヒロさんも声を漏らす。青山さんは構わず話を続けた。

 

「もしかして、自分だけ仲間外れにされてる、なんて思ってましたか?」

 

「…だって、翠とタカヒロさんだけで話がずんずん進んじゃって、私何も分からないんだもん。」

 

「俺が話さなかったのもあるし、青山さんは事情が事情だから仕方ないことなんだけどね。」

 

「…だとしても、せめて何が理由で何なのかを説明して欲しかったです。」

 

「んー、仕方ないかな、わかった。話すよ幡出さん。俺の軍学校時代の話。」

 

それからタカヒロさんは幡出さんに事件の顛末を話した。幡出さんは終始頷きながら、表情を変えること無く最後まで聞き入っていた。青山さんは知っていることだったので、隣で傍観するのみだった。

 

「…ってこと。その当時の隊長だった教官が、青山さんのお父さんだったらしくて。」

 

「翠のお父さん、軍人だったのね。」

 

「指導監督が主なので、現場にはそう出ませんけどね。」

 

「…それで、なんで青山さんがうちに来たの?」

 

「…はい。」

 

青山さんは普段の表情のまま続ける。

 

「タカヒロさん、昔はジャズをしていましたよね?」

 

「…そこまで聞いてるのか。」

 

「父はおしゃべりですからね。」

 

タカヒロさんは軍学校時代より前からサックスを嗜んでおり、ジャズクラブでは名の知れた人物であった。しかし、その名はある時を境にめっきり聞かなくなる。

 

「自分のミスで友人に怪我を負わせてしまった…そのことが原因なのかわかりませんが、サックスが吹けなくなったんですよね。」

 

「そうだったの…」

 

幡出さんは驚きながらも表情は崩さない。生徒会長の器とも言える肝の座り方もすごいものだが、青山さんが淡々とタカヒロさんに話すその姿も凛々しいものだった。

 

「…タカヒロさん、またサックスを吹いてみませんか?」

 

「は?」

 

予想だにしない展開であった。自分はもうサックスを辞めて、コーヒーに専念するために父親の跡を継ぐと決めたのに、ここに来てこの提案は驚きを隠せなかった

 

「…君は一体どこまで知ってるんだ?」

 

「父から聞いたことなので、今までのものしか知りません。」

 

青山さんは正直に答える。タカヒロさんは少し寂しさを残した表情で笑った。

 

「青山さんには、叶わないなぁ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『少し考えさせてくれ。』

 

タカヒロさんはそう言って部屋を出た。青山さん達もそれを合図とするかのようにタカヒロさんの家を後にした。幡出さんは青山さんに語りかける。

 

「さっきのお願い、無茶なんじゃないかしら。タカヒロさんの過去の話もあるし、無理させちゃいけないでしょ。」

 

最もな理由だ。タカヒロさんのトラウマを払拭させてまで、青山さんはなぜ彼にサックスを、ジャズをさせたいのか。青山さんは答えた。

 

「私は昔、タカヒロさんのサックスを聞いたことがあるんです。軍学校の学園祭のようなもので、そこで私は初めて生のジャズを聞きました。」

 

幼い頃の記憶を青山さんは語る。

 

「その時の感動がまだ残ってるんです。きっとタカヒロさんの演奏は、心を動かす何かがある。私はそう思ったんです。それを、ラビットハウスで行えば、きっと人が集まるって。」

 

青山さんは過去に聞いた演奏を思い出していた。あのリズムと一体感、すべてを巻き込み魅了するような音楽に彼女は魅入られていた。

 

「どうか、またあの演奏に人が集まる所、見てみたいんです。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺、大きくなったらさ…』

 

少年は父親にそう笑顔で語りかけていた。バリスタの父親はコーヒーの香りを漂わせながら少年の頭の少し乱暴に撫でた。

 

『そうか、楽しみに待ってるぞ。』

 

そう笑顔で語りかけてくる父親に少年は笑顔を輝かせ―

 

 

 

 

「…ッ、夢か…」

 

夜中、街が静かになってしばらくしてタカヒロさんは起きた。かなりの汗をかいている。タカヒロさんは店のカウンターに行って水を飲んだ。原因は、過去の夢。

 

「…懐かしいな、覚えてるもんだ。」

 

そう言って椅子に腰をかけ、昔を思い返す。あの頃の自分はやりたいことに真っ直ぐで、何があっても挫けないで、いつも頑張っていた。大人になるにつれそれらがやりづらい世の中を知って、今の自分になった。

今の自分は、あの頃のように輝いているのだろうか。

 

「…、やめよう。」

 

雑念を払うかのように頭を降って寝室に戻る。ベッドに横たわると、先程の青山さんの願いを思い出した。

 

「サックス…か…。」

 

そうして目をやると、サックスを入れる黒のケースが目に入る。あの箱の一緒に学校に通い、あの箱と一緒に過ごしてきた。だからこそ、あの箱には思い出が詰まりすぎている。思い返したくない過去と共に。

 

「…ダメなんだ、もう。」

 

そういっておもむろに箱を開け、()()()()()()()()を床に置いた。

 

「俺の過去はもう、捨てちまったんだよ。青山さん。」

 

そうしてまた、眠る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明くる日、幡出さんは塾で勉強をしながら考えていた。先日の青山さんの願い、タカヒロさんの悩み、ラビットハウスの今。ここ最近幡出さんの周りにたくさんの事が起こったような気がする。自然と、考える時間も多くなった。

 

(タカヒロさんは、どーするのかなぁ。)

 

聞いたことは無いが、青山さんはタカヒロさんの演奏がとても好きだったはずだ。あれだけ褒めるのだ、そう考えて間違いはない。

 

(ラビットハウス、どーなっちゃうのかなぁ。)

 

少し、寂しくなった。短い時間に多くの思い出を作ったあの空間に、あの人達に、会えなくなるのは、寂しい。

 

(翠は…どーするんだろ。)

 

考えれば考えるほど、不安が増すばかり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

塾から帰宅途中、1人で帰ることがなんだか久しぶりな気がして、少しの寂しさと共に歩いていると、豪邸から出てくる見覚えのある姿を見た。

 

「…翠、なにしてんの?」

 

「あら、凛ちゃん。塾帰り?」

 

「えぇ…こんなとこに何の用があったのよ。」

 

「少し、お願い事を…ね?」

 

「?」

 

青山さんはまたもお願いをしに行ったらしい。先日タカヒロさんにもお願いをしたのに他にも何があるのか。幡出さんは考えるのをやめて素直に聞いた。

 

「今度は何するつもり?」

 

「…明日になったらわかりま」

 

「今言って。」

 

「…もー、わかりましたよ凛ちゃん。実はですね…」

 

小声で青山さんは幡出さんに話す。幡出さんは驚きながら青山さんに問う。

 

「…できるの?そんなこと。」

 

「…やらなければいけない、そう思うんです。」

 

青山さんは続ける。

 

「タカヒロさんの心と、ラビットハウスの未来と、私たちのためにも。」

 

「私たちの為?」

 

「そう、だって嫌でしょ?」

 

 

 

 

 

 

「あの空間がなくなってしまったら、私達はどこに行けばいいんです?」

 

 

 

 

 

 

そう笑いながら彼女は準備を進める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャツにネクタイ、スラックスにベスト。店に出るいつもの服に着替えながら、彼は決意を決めていた。

 

(断らなきゃなぁ、青山さんのお願い。)

 

サックスが無い以上、そもそも克服なんて出来やしない。あったとしても、それを乗り越えて自分に出来ることなんてたかが知れている。ジャズはあの店に合うものだろう。しかし、自分の腕前に自信がある訳では無い。まして臆している今の自分が、他人を魅了できるような演奏ができるなんて考えてもいなかった。

 

(畳んじまうのかな、ラビットハウス。)

 

悔しさと悲しさと寂しさと、諦め。彼の脳内にはそれしか無かった。

 

(これもまた、運命…って、臭すぎるか。)

 

すこし笑って、いつものように出勤する。

 

「親父ー、今日豆届くから確認しといて…は?」

 

彼の目に飛び込んだ光景は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タカヒロさん、おはようございます。」

 

「私タカヒロさん達の演奏聞いたことないから、楽しみだわ。」

 

「すごいんだからタカヒロの技術は。」

 

「美久ちゃんもわざわざ来て…ココア達は大丈夫なんか?」

 

「旦那に任せたわ。ひっさしぶりねータカヒロのサックス。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで…皆…」

 

そこにいたのは青山さんと幡出さんとマスター、白井さんに美久さん、いつものメンバーのようで全員が集まることのないような、そんな面々だった。他にも常連のお客さんも多い。さらに、

 

「おせーよタカヒロ、準備できてるぞ。」

 

そこにいたのは天々座さん。タカヒロさんは驚愕していた。

 

「何してんだよ…天々座…」

 

「天々座じゃねーだろ?」

 

「…ワイルド…ギース…?」

 

「初めて呼んだなお前。ほら、こっち来いよ。」

 

天々座さんの手元にはウッドベースが、隣にはサックスがあった。それはタカヒロさんが捨てたはずの、タカヒロさんのサックスだ。タカヒロさんにはそれが見てわかった。

 

「俺にはもう、サックスなんて…」

 

「まーだそんな事言ってんのか。」

 

「だってよお前…お前の右目…俺のせいで…」

 

「誰のせいでもねーよ。」

 

事件のあった日、タカヒロさんが侵入者を相手にしているのと同時に後ろからも来ていた。後を追っていた天々座さんは掴み合いになり、相手の銃で右目をやられたものの、怪我のない右手で銃を構え相手を制圧した。その時の右目のことを、タカヒロさんは己の注意不足と無闇な突貫が原因として、責任を感じていた。

 

「それは俺がもっと注意深くしていたら…」

 

「じゃー仮にお前のせいだったとしよう。」

 

うつむいたタカヒロさんの肩が震える。天々座さんは続けた。

 

「お前の不注意で俺が右目を失った…だから何なんだ?これが原因で俺に何かあった訳じゃない。結婚して、娘もできて、今は軍の指導係だ。何より、お前の命を守れたんだ。右目くらい、くれてやるさ。」

 

「お前っ…そんな…」

 

タカヒロさんは泣いていた。静かに。ただ、今までの思っていた、抱えていたものが少しずつほぐれていくような、そんな感じがした。

 

「いいのかよ…そんな。」

 

「いーんだよ、お前がこいつを捨てた時は俺のが後悔したわ。」

 

そうしてサックスを掲げる。使い古された傷こそあれど、至って状態の良いまま保管されていたことがわかる。

 

「お前のサックス聞かせろよ。俺が助けた命がそんなしょぼい事でひねくれてるなんて、右目が泣くぞ。」

 

そうして眼帯をなぞる。タカヒロさんはもう迷わなかった。いつもの微笑みと共に天々座さんと向き合う。

 

「ありがとな、ワイルドギース。ちょっと付き合ってくれ。」

 

「ん、いつものタカヒロだ。ストラップもうつけてあるから調節してくれ。」

 

タカヒロさんはサックスを構える。目の前には自分の見知った顔、ここから自分の、本当のやりたいことができる。

 

(見ててくれ、親父。)

 

演奏が始まる。タカヒロさんはその培ってきた技術と天々座さんとのコンビネーションでパフォーマンスを魅せた。天々座さんのベースにどこか合わさっていないようで繋がっている絶妙なジャズのリズムを刻む。吹いている時の顔は、輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺、大きくなったらさ、』

 

かつてのタカヒロさんは語った。父に自分の夢を。

 

『ジャズでこの店を盛り上げたいんだ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タカヒロさんの演奏があった日の夜、青山さん達は帰りながら話していた。あの後、演奏を聞きつけた人達がラビットハウスに寄って、沢山の人で賑わった。これであの店も続くことだろう。

 

「翠、お手柄ね。」

 

「私は私のしたかったことをしたまでです。たまたま上手くいっただけで、本当のお手柄は他でもないタカヒロさん達でしょう。」

 

「あなたが呼びかけなきゃ何も始まらなかったじゃない。」

 

2人で今までを振り返る。ふと、青山さんが話し始める。

 

「そういえば、凛ちゃんって私のことずっと翠って喚びますよね。」

 

「?、それがどうしたの?」

 

「私はずっと『凛ちゃん』って呼んでるから、ちゃん付で呼ばれたいなーって思って。」

 

「はぁ、そんなことかい。翠ちゃん。」

 

「…」

 

「翠ちゃん?おーい?」

 

青山さんは震えながら立ち止まったと思うと、しゃがみこんで顔を覆った。

 

「なんか…こう…ちゃん付けは…」

 

「何してんのよ…」

 

「ダメですね。やめましょう。ちゃん付けは禁止です。慣れませんし変な感覚です。」

 

「…ははーん、なるほど。」

 

幡出さんはニヤリと笑う。

 

「…そうねー、次の作品は書き上げたのかしら、翠ちゃん?」

 

「やめてくださいー!」

 

「これいいわね、今度から書き上げなかったらちゃん付けて呼ぶから。」

 

「書きますからー!」

 

2人の楽しげな笑い声が、夜の街に響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、お陰様でどーにかなりそうじゃ。ありがとうな、お嬢さん。」

 

「私は出来ることをしたまでですよ、それに、タカヒロさんの演奏がまた聞けて私も嬉しいです。」

 

ラビットハウスはちょっとしたステージを設け、毎日タカヒロさんがそこで夜に演奏をしている。休日は天々座さんも加わっているようだ。

 

「お礼と言ってはなんだが、これをあげよう。」

 

そうして差し出したのは、1本の万年筆だった。

 

「ワシが使ってたものじゃ。使っておくれ。」

 

「いいんですか?」

 

「…お嬢さんは、きっと小説家になる。その時に使ってくれ。」

 

「そんな、なぜそんなことが言えるんですか?」

 

マスターは話す。

 

「前に持ってきてくれたものは、慣れないSFでありながら、よく書き上げたものだ。」

 

このラビットハウスでは色々な事があった。青山さんが最後に持ってきた小説もずいぶん前だ。

 

「美久ちゃん達が来た時は子供に聞かせることで無邪気な反応を知って、その場で話を作る応用力も身につけることが出来た。」

 

演奏を聴いた後に美久さんは今度は娘に聞かせたいと言っていた。ココアちゃんは今兄や姉の真似をして楽しんでいるらしい。

 

「幡出ちゃんとの出会いは君の世界を広げたはずだ。彼女がいるから君はやりたいことをやれている。ワシはそう思う。」

 

幡出さんはいつも振り回されてるように見えるが、青山さんが好きなことを出来るのは、常に幡出さんが側にいるからだ。

 

「シストは楽しかったかい?あの冒険は、君に良い変化を与えただろう?」

 

白井さんとタカヒロさんの奥さんはあの後ちゃんと和解した。青山さんと幡出さんはあの後ちゃんと手紙を宝箱に入れた。シストの地図は全部マスターが保管してくれるようだ。

 

「今回のうちの店のことは人の繋がりや苦悩が渦巻いていた。そういう人の複雑な部分を知ることで、君は1歩、大人になったはずだ。」

 

沢山の人達が関わった今回の1件。タカヒロさんはあれ以来ずっと楽しそうにサックスを吹いている。前よりも少し大人になったようだ。

 

「全ての経験は、必ず君の力になる。君の誰にも負けない経験を、小説に活かしてくれ。この万年筆は、今までのお礼と、ワシの願いじゃ。」

 

「マスターの…願い…。」

 

そうして万年筆を受け取った。黒を基調にしたシンプルなものだ。青山さんは大切に胸ポケットにしまった。

 

「…また、見せに来ます。私の小説。」

 

「ああ、楽しみにしてるよ。」

 

そんなことを喋りながら、青山さんはコーヒーを飲んだ。

今日もこの店には、落ち着いた空気と珈琲の香りが詰まっている。

 

「私、貴方の作るコーヒーが好きなんです。」

 

唐突な青山さんの発言に、マスターは少し笑って答えた。

 

「…私はコーヒーを淹れてるだけ。とても、作ってるなんて大層なことはしていませんよ。」

 

そう言ったマスターに、青山さんは話しかける。

 

「…私、小説が好きです。というより、創作物が好きです。その人が考えて、その人の思いが詰まったもの、そういう所が好きで。」

 

マスターは黙って聞いている。青山さんは続ける。

 

「このコーヒー…確かに、貴方は淹れてるだけかもしれません。けど、」

 

 

 

 

「そこに想いが入るだけで、そのコーヒーは貴方の創作物になると思うの。」

 

 

 

 

マスターは、笑ってそれに答えた。

 

 

 

 








「…と、いうような事があったんです。」

そう言った青山さんがいるのは街の中のとあるカフェのテラス。目の前にはマヤとメグがいた。

「へぇー、さすが小説家!経験が違うねー。」

「青山さんは、そのあとどうしたんですか?」

2人はどうやら学校の課題で仕事をしてる人に取材をして回っているようだ。青山さんは続けた。

「あの後、マスターに作品を見せる前に書いていた小説を雑誌に投稿したんです。そしたら賞をもらいまして…そこからてんやわんやで、マスターには会えずに今に至ります。」

「へぇー大変だな!」

「青山さん、ありがとうございます。」

そうして2人が去っていく。彼女はコーヒーを飲みながら手元の原稿を見る。真っ白だが、彼女はそれを見る度に昔を思い出す。マスターに見せるために原稿と格闘した日々を思い返して、つい微笑んでしまう。

「あっ、先生!まだ書いてないんですか!見つけましたよ!」

「あっ、凛ちゃん。さっきインタビュー受けてたんですよー。」

「もう、凛ちゃんって呼ばないでよ翠。ちゃんと担当さん、でしょ?言わないならこっちもちゃん付けていいのよ?」

「この年になってちゃんは色々キツいですよ…。」

「…懐かしいわね、昔のこと。」

「なに、聞いてたの?」

「少しだけねー。」

昔を思い返して遠い目をする凛さん。しかしすぐに仕事の担当さんに戻る。

「そんなのはいいから早く書いちゃってよね。」

「わかりましたよ…あ、今度一緒に行きましょうよラビットハウス。変わりませんでしたよ。最も、少し可愛くなった気もしますけどね。」

「そうねー、書き終わったらね?翠ちゃん?」

「やめてくださいぃ〜!」

小説家になった青山さんは、変わらず今日も小説を書いている。




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