うさぎになる前のバリスタと小説家になる前の青山さん【完結】   作:専務

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残すところあと2話、お楽しみください。







「私、知っています。」

暗がりの喫茶店で老人と女性が話している時、彼もまた、己の葛藤と向き合っていた。

彼の手にあったのは、大切にしていた自分の過去。

深い溜息とともにそれをしまうと、彼は自分のデスクに戻り、1冊のアルバムを取り出した。

そこにあるのは、笑顔の自分と仲間。しかし、その笑顔の先は、彼と、彼の親友しか知らない。

 

「…俺には…」

 

そう呟くと、彼はアルバムを閉じて大切にしまった。ふと、先程まで手にしていたものに目線を落とす。

過去の自分の輝き、青春、仲間。すべてがそこに詰まっていて、懐かしさと同時に訪れる後悔の念に苦しむ。

立ち上がるとそのまま倒れ込むようにベッドに体を預けた。その頭にあるのは、今の自分と、過去の自分。

 

「…俺には…」

 

彼は誰もいない空間に1人、言葉を漏らした。

 

 

 

 

「…もう…資格なんて…ねえんだ…」

 

 

 

 

そうして彼は、深い闇に落とされるような感覚と共に眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は、青山さん達が甘兎庵にて話をしているより少し前の日になる。その晩、マスターは思い切って打ち明けた。

 

「1度な、店を休もうと思うんじゃ。」

 

そこにいたのは息子のタカヒロさんとロースターの白井さんだけであった。経営が日に日に傾いていく現状で休むというのは普通、行わないようなことに思える。この場の残りの2人もそう思ったようで、マスターに意見した。

 

「ちょ、マスターそれ本気?今が頑張りどころじゃない!」

 

「そうだぞ親父、今まで定休日以外休まなかったのに何で急に…」

 

マスターはこうなることを予見していた。自分自身、今まで続けてきたことがささやかな自慢でもあり誇りであった。常に自分の最善のコーヒーを淹れる為に毎日のようにカウンターに立ち続け、毎日のように勉強した。それでも休む理由が1つあった。

 

「…今の経営状況も考えて、開店する日にちを変えようと思ったんじゃ。金土日の3日のみにすれば、今の固定客の皆様も通いやすいじゃろ。その為に1度休んでみて、お客の反応を伺ってみたくてな。」

 

衝撃だった。特にタカヒロさんには信じられなかった。子供の頃、あれほど輝いた笑顔で自分に語ってくれた喫茶店の楽しさ、誇り。それらをある種犠牲にしようとしてる姿に、現状を知りつつも、悲しくなった。

 

「…そっか、そーだよな。」

 

そう言うとタカヒロさんは立ち去っていく。

 

「ちょ、タカヒロ!」

 

慌てて白井さんが呼び止めようとするも、タカヒロさんはそれを聞かずに部屋へと戻った。

 

「…な、…」

 

「ん?何よタカヒロ!ちょっと!」

 

ぼそっと、口から漏れた呟きは白井さんの耳には届かなかった。しかし、マスターは悲しげな顔をして閉店準備を進めた。

 

「マスターもいいの?確かに日を限定するのはいい案かも知れないけど、収益が増えるとは限らないわよ?」

 

この作戦はあくまで固定客を3日に集中させることで無駄を省くものだ。売り上げは変わらないし、週末と言えど3日限定だと新規の顧客を捕まえるのも難しくなる。そもそも、固定客が週末に来てくれるかどうかも危うい。

 

「…タカヒロ。」

 

「?」

 

彼の呟きに反応した白井さん。マスターは、少しずつ話す。

 

「白井ちゃん、君は知るべきだろう。タカヒロの夢と、苦難と、挫折。そのすべてを。」

 

「…どういうことよ、それ。」

 

只事ならぬ雰囲気を感じ取り、白井さんは聞き返した。タカヒロが幼い頃から接してきた。だからこそ、このタイミングで彼の心に踏み入ることを、彼女は戸惑いながらも決心した。

 

「タカヒロは昔な…」

 

老人は、語る。

 

 

 

 

「自分のミスで、友達の光を奪ったんだ。」

 

 

 

 

彼の、過去を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軍学校も卒業間近、彼らは最終訓練ということで海外に来ていた。治安も悪く、訓練場の外からも銃声が聞こえる場所だったが、この殺伐とした雰囲気の中で訓練することで実践の緊張感を得る、とのことだった。

 

「この訓練も残すところ1週間。これを終えて帰国すれば君達はこの学校を卒業することになる。それまでに…」

 

訓練を終えての終礼、隊長が今後を話していると、隣の男が小声で話しかけてきた。

 

「…おい、タカヒロ。」

 

「なんだよ天々座、今隊長話してんだろ。」

 

「天々座じゃねえ、俺を呼ぶ時はワイルドギースって言え。」

 

「くだらない話なら即つき出すぞ。」

 

「ちぇっ、連れねーなー。」

 

『ワイルドギース』と名乗る天々座の声を退けていると、隊長に見つかってしまった。

 

「お前ら!人が話してる時は黙って聞いとけ!明日の晩飯抜くぞ!」

 

「へーへー。」

 

「すみません教官。」

 

「お前ら2人の問題児っぷりは最後まで変わらなかったな…」

 

そんな言葉を最後に教官は戻っていった。タカヒロさんと天々座さんもそれを合図に自室に帰る。2人1部屋の宿泊施設で訓練所に寝泊まりしている。この2人は同じ部屋だ。就寝時間前のベッドでの会話はいつもの事だ。

 

「なぁ天々座、お前さっき何言おうとしたんだ?」

 

「お前じゃないワイルドギー」

 

「早く続けろよ殴るぞ。」

 

「…ったく、お前これからどーするんだ?」

 

「卒業したらってことか?」

 

「あぁ、俺はもちろんこのまま軍に務めるつもりだが…」

 

「そうだな、俺は…」

 

突如、銃声が響いた。

しかし、ここではよくある事だ。一瞬の間の後、タカヒロは言葉を続けた。

 

「…なんつーか、この場所も変わんねえな。」

 

「寝る前も起きる時も銃声だしなぁ。」

 

2人がそうして話していた瞬間、先程よりも大きい銃声がした。同時に、

 

《侵入者だ!総員準備!》

 

《繰り返す!侵入者!総員準備!》

 

生徒には聞き慣れた放送であった。訓練は常に何らかの放送で開始されるし、侵入者を想定した訓練も続けてきたからだ。唯一違うところは、訓練でない所。

 

「お前ら!準備だ急げ!」

 

隊長の一声で学生達は即座に準備に取り掛かる。4年間の訓練のお陰で迅速に行うことが出来たが、彼らの心の中には『これが訓練でないこと』に対する戸惑いや緊張があった。

 

「いいか!これは訓練ではない!侵入者を迅速に確保せよ!チームは4人、今日扱った編成で行う!第1班!」

 

「はい!」

 

呼ばれた学生に任務が伝えられる。侵入者は12名、どうやら近辺のギャングを仕切っている大元がここを気に食わなかったようだ。向こうも本腰を入れているようだ。聞いた限りではなかなかの装備である。

 

「次、第4班!」

 

タカヒロ達が所属する班だ。隊長のとこへ向かう。緊張した面持ちだが、覚悟の決まった表情だ。

 

「お前達はB棟の侵入者を制圧、安全の確保だ。訓練通りにやれば問題ないし、お前らの着てるソレは一級品だ。死なねえから安心して迎え撃て。お前らなら勝てる。」

 

「はい!」

 

そうしてタカヒロさんと天々座さんを含む4人はB棟へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、本番だな。」

 

B棟にたどり着いた4人は各配置についている。オペレーターによるともうすぐその場所を通るようだ。作戦の開始は近い。

 

「大丈夫かよ天々座、緊張してへばってんなよ?」

 

「何度言ったらわかる、俺のことはワイ」

 

『お前ら無駄口叩いてんなよ、もうすぐだ。』

 

隊長から通信が入る。2人は気を引き締めてその時を待った。だが、

 

「…っ!やべっ…」

 

「!、天々座!」

 

『おい香風!天々座!』

 

隊長の制止も聞かず、タカヒロさんは声のした方に走った。すると脇から銃声がする。タカヒロさんは瞬時に物陰に隠れ同時に撃ってきた侵入者に向かって発砲する。

 

「…よし、制圧っ!」

 

そうして走って天々座の方へ向かう。その時、隊長から通信が来た。

 

「香風、天々座は無事だ。今2階の階段で座ってる。恐らく別から侵入した奴らかもしれん。人数は3人、さっきお前が制圧した者を抜いて2人だ。」

 

「了解!」

 

通信が終わる頃には既に天々座の元へ着いていた。左腕を撃たれているようだ。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「俺を誰だと思ってんだ。利き腕が生きてりゃ仕留められる。」

 

「うるせえ喋んな。」

 

「うるせえじゃねぇ、俺はワイルド…」

 

突如、階段下から銃声が鳴り響きタカヒロの右側を掠めた。衝撃で通信機が使えなくなってしまったが、構わず2人は急いで階段を抜け、廊下の非常扉へ逃げた。暗い中だったこともあり、タカヒロさんは通信機のみで済んだようだ。相手はこちらを見失っている。相手は、1人。

 

「…行ってくる、お前はそこにいろ。」

 

「馬鹿、そんな勝手なことが…っ!」

 

タカヒロさんはまたも相手と対峙する。訓練所の構図はタカヒロさんの脳内に完璧に入っているため、相手が出てくる所はわかりきっていた。階段を抜けた廊下、そこは自分達を追う時に必ず通らなければならない。

 

「天々座を…舐めた真似しやがって。」

 

そう呟き標準を合わせる。相手が出てきた瞬間、タカヒロさんは発砲した。と、同時に背後で打撲音と発砲音が鳴る。その時タカヒロさんが目にしたのは、自分が仕留めた侵入者、後ろには、倒れ込む侵入者。そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

片目から血を流しながらこちらに微笑む天々座さんの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「翠、今日は開いてないでしょ、なんでまたラビットハウスに行くの?」

 

「裏口は開いてるはずです。タカヒロさんのお家でもありますから。」

 

時は戻り、青山さんは甘兎庵の店主から話を聞いた後、再びラビットハウスへと戻っていた。何やら考えがあるようだが、幡出さんにはまだわかっていない。

 

「ねぇ、また何かわかったの?教えてよ。私だけおいてけぼりじゃない。」

 

「…幡出さんは、タカヒロさんが軍学校に通っていたことは知っていますよね?」

 

幡出さんは通い始めの頃にマスターからその事を聞いた。しかしそれがどう関係するのかわからず、幡出さんは尚も問い質す。

 

「それがどうしたっていうの?」

 

「…詳しくは、この中で話すとしましょうか。」

 

話しているとラビットハウスの裏口、タカヒロさんの家の玄関にたどり着いていた。青山さんは扉をノックする。

 

「はいはーい…って、なんだ青山さんじゃん、どーしたの?ごめんね今日は休んじゃって。」

 

ハハハ、と笑うタカヒロさん、一見いつも通りのようだが、青山さんは言葉を続けた。

 

「タカヒロさん、まだ、あの時のことを引きずっているのですか?」

 

タカヒロさんが止まる。驚愕の表情を押し殺し、さっきの笑顔を崩さない。タカヒロさんは答えた。

 

「何のこと?あの時って言われても、わからないや。」

 

嘘だ、幡出さんは直感的にそう思った。いつも嘘をつく事の無い人だからこそ、些細な嘘は分かってしまう。青山さんは静かに言葉を口にした。

 

「軍学校での、侵入事件ですよ。あの時のことを、あなたはまだ、抱えているはずです。」

 

タカヒロさんは、笑顔を解いて青山さんと向き合った。

 

「…なんで君がそれを?」

 

「そのことを知っているのは貴方と当事者の天々座さん、そしてもう1人いたはずです。」

 

タカヒロさんは目を見開いた。そう、あの時の行動を必ず知る人物があと1人いる。それもそうだ、軍人には上官への報告義務がある。負傷者が出たのなら、尚更だ。

 

「そうです、あなたが軍学校での最後の訓練を担当した隊長、

 

 

 

 

 

青山教官は、私の父です。」

 

 

 

 








お読みいただきありがとうございます。13話です。今回もオリジナルの設定をねじ込みました。

・今週も4名の人にお気に入りされました上、UAが過去に類を見ない速度で上がっていました。拙い文章の上最終話も近いというのに、本当に嬉しい限りです。

・タカヒロさんの今のキャラクターを形付けるきっかけの話です。いささか強引な感じもしますが、自分の脳内で「こうなったらいいな、こうだったんじゃないかな」を書けるのが二次創作なので書いてて様々な感情が湧いてきます。この話を書いている時は特に感じましたね。

・次の話でこのssの本編は終わりとなります。この作品には思い入れが強いので最終話のあとがきは次話投稿の形で今までの話を振り返りながらぽつぽつ書きたいと思います。




次回、ラビットハウスと青山さんがどのように歩んできたか、その集大成と言えるものを書きたいと思っています。何卒、よろしくお願いします。

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