うさぎになる前のバリスタと小説家になる前の青山さん【完結】   作:専務

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「私の気持ちと貴女の気持ち」

私が彼と出会ったのはもうずっと昔の話。

窓際で本を読んでいる私に彼が声をかけてくれた。

それまでの私はあまり外に出ることもなかったし、人の輪に入っていくようなこともなかった。

彼が私の世界を広げてくれた。

同時に、自分の気持ちというものに、嘘をつくことも覚えていた。

彼と、彼女と、3人で遊ぶことも多くなって、3人の空間があまりにも心地よくて、あまりにも儚くて。

すこしの動きで音を立てて崩れていくような、そんな錯覚さえした。

だから、行動することを躊躇ってたし、嫌だった。

 

 

 

 

「…行ってきなよ。タカヒロのとこ。」

 

 

 

 

 

彼女から、背中を押されるまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

「理由がまだ見えないわ。」

 

ここは大通りの店の地下にある喫茶店。青山さんは手紙の送り主の言う「彼女の本当の宝物」を求めてやってきた。その条件は「私のことがわかったら」であった。

 

「まず、白井さんと初めて会った時の違和感…って?」

 

青山さんがカウンターに座る女性をタカヒロの妻であると予見した理由の1つだった。青山さんは静かに切り返す。

 

「私が初対面の時、タカヒロさんは彼女のことを『白井』と呼びました。お店に豆を仕入れてくれる人であれば、たとえ年下でもさんをつけるでしょう。少なくとも、彼はそういう人です。

ですから白井さんとタカヒロさんは面識があると感じました。でも白井さんは一瞥するに留めた…恐らく、隠したいことがあったからです。

彼女の性格は思ったことは素直に伝えるように出来ています。以前マスターに本を紹介した後も、小声といえど伝えていたようですし。

タカヒロさんとの関係を知らない私のことを知らん振りで通すとは思えません。ちゃんと、友人であることを話すはずです。」

 

青山さんがマスターに本を紹介した時、興奮のあまり本の内容をほとんど話してしまったことがあった。その時も彼女はマスターを呼んで読む必要はないだろうと言ったのだ。そのようなことを経験しているからか、彼女にはそれが違和感として映った。

 

「なるほどね…でもすり替えなんかはタカヒロにもできると思うけど?」

 

「彼は、彼女の手紙の存在すら知らないと思います。」

 

「へぇ、どうしてそう思うの?」

 

続けざまに質問する女性。青山さんはゆっくりと呼吸をした後にこれらの考えのすべてを話した。

 

「まず白井さんの名前が書かれた封筒…宛名がありません。少なくとも、ポストに投函されたものではないと思います。ポストを介さずに渡せる手紙なんて限られます。恐らく、

 

 

 

 

      恋文…の類いかと。

 

 

 

 

それでも何者かが封筒を持っていた。タカヒロさんに渡したものであれば、それを再利用するようなことはしないはずですし、少なくとも現在彼は妻子を持つ身、子供の頃といえど付き合うようなことはなかったと思いますし、仮に付き合った故に今の奥様と結婚なさった場合でも、彼が手紙をそのままにするとは思えませんでした。」

 

「なるほど…それでもまだ可能性はたくさんあるわ。マスターだって、他の常連客だって可能性はあるもの。彼女の友人だってタカヒロ達だけでは無いはずよ?」

 

「…タカヒロさんの奥様は、きっと、白井さんに背中を押されたのではないでしょうか。」

 

またも沈黙が流れる。青山さんはそれを何と捉えることなく続けた。

 

「推論ですが、白井さんとタカヒロさん、そしてその奥様の3人は仲のいい間柄だったと考えられます。苗字を呼び捨てにできるタカヒロさんはともかく、その後に軍学校に入っている上卒業したらラビットハウスに務めていたわけですから、出会いの場として高校生の時までなのは妥当でしょう。

白井さんと仲のいいまま結婚が出来るのは現在のタカヒロさんの奥様と白井さんが赤の他人か逆にとても仲の良いパターンしかありません。仲が良ければ白井さんの性格上、必ず祝うはずです。後腐れもなく。

逆に白井さんと奥様が赤の他人だった場合、彼女は今こうして喫茶店に行けないと思います。性格的に、全く知らない人とタカヒロさんが結ばれたことを良く思うことはないでしょう。その場合、ここに来ることはないと思われます。全て、彼女の性格を推察しただけなんですけどね。

ですから、白井さんが今こうして彼の仕事場に通える事実と封筒、呼び捨て、タカヒロさんと奥様の出会いの可能性の4件を総合すると白井さんとタカヒロさん、そして奥様は昔から一緒だったと考えるのが普通です。」

 

青山さんの推論のすべてが終わった。今までよりも長い沈黙の後にカウンターに座る女性は口を開いた。

 

「…推論にしては出来過ぎてるわ。そう、私はタカヒロの妻よ。貴方の考えは大まかに正解。よくもそこまで推理できたものだわ。」

 

やはりだった。青山さんの顔色も変わっていないことからよほどの自信があったと見られる。

 

「しょーことタカヒロとは一緒に遊んでたわ。シストも一緒にしたの。はじめの地図と最後のポイントの地図はその時のものよ。」

 

彼女たちがまだ幼い頃、マスターのテンションにつられてシストを行ったのだと言う。最後の宝箱は、マスターの買ってきたもののようだ。

 

「まずはその封筒のことから話さないとね。」

 

そう言って立ち上がると、青山さんの持っていた封筒をそっと預かった。席に置いてあるバッグから手紙を取り出して彼女は語る。

 

「隣に座って?聞かせてあげる。彼女の宝物の全て。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シストを終えた3人はラビットハウスに戻っていつものようにコーヒーを楽しんでいた。今日のあれこれを話して笑い合って、時間はすぐに夕刻になる。

 

「そろそろお前らは帰らなきゃだろ。疲れたろうし帰って休めよ。」

 

タカヒロはいつも周りを見ている。子供らしさもあり、時に大人のような落ち着きを持つ彼はみんなのまとめ役だった。

 

「そうするわー、帰ろっか。」

 

「うん。タカヒロくん、今日はありがとね。」

 

「礼なら親父に言ってくれよ。」

 

「そうね、ありがとー!マスター!」

 

「いいんだ。楽しかったようで何よりだよ。」

 

そうしてタカヒロは店の裏に入っていく。残りの2人も喫茶店を後にした。

帰路につくと口を開いたのは白井さんの方だった。

 

「…もうすぐ、卒業ね。」

 

「うん…」

 

その言葉が何を示しているのか、女の子同士故か彼女達には察しがついてるようだった。

 

「…あんたはいいの?」

 

「っ…。」

 

彼女は焦りにも似た感情だった。でも少し恐怖も混じって、複雑だった。感情を表す行為は、この輪を切ってしまうのではないか。でも言わなきゃ彼は遠くなる。

 

「…私ね、宝物に全部入れてきたよ。自分の気持ち。」

 

「…へっ?」

 

間抜けな声が出てしまったが彼女はそれほど呆気にとられていた。白井さんは感情をそのままにすることができるような人じゃない。思ったことを素直に口にしてくれる人だ。だからこそ、このことは絶対に白井さんが先に動くと思ってたし、彼女は半分諦めていたこともあった。

 

「なんで…なんでそんなこと…。」

 

「なんでって、わかるでしょう?」

 

「…ない。」

 

「…」

 

「そんなの…わけ…」

 

とても小声だったが、白井さんには聞き取れてしまう。そう言うと思っていたから。口の動きや体の震え方で、彼女の感情、考えは手に取るようにわかってしまう。

 

「そんなわけない、そんなの、あるわけない。か。」

 

彼女は黙って頷く。白井さんは言葉を続けた。

 

「私の気持ちを考えてたわ。ずっと。きっと、あなたと同じように。この思いを伝えたら、楽しい時間は帰ってこない。」

 

彼女は黙って聞いていた。いつしか歩みも止まり、暗闇の中を照らす街灯の下で、2人は立ち止まっていた。

 

「私にとっての宝物。それは、彼との未来なんかじゃなかったのよ。」

 

彼女は驚いて目を見張る。そばにいたからこそ些細な行動が彼女の好意を教えてくれた。だから、そんなすっぱりと考えを改められるようなほどではないことも知っていた。

 

「確かに諦めたといえばそうかもしれない。でも私は違う。諦めたより、託したの。あなた達の未来に。」

 

彼女は言葉も出ないといった表情だ。白井さんは続ける。

 

「私の気持ちより、今こうして3人が仲良く過ごしている時間が、空間が、何よりも大切だった。かと言って、もし私が彼と一緒になったりしたら、きっとあなたは離れていく。そう思うもの。だからやめたの。そうならない自然な関係を作るには、あなたが彼と一緒になるしかない。」

 

彼女ははじめ内気な性格だった。白井さんと出会って、タカヒロさんと出会って、彼女は感情を表に出す楽しさを知り、辛さを知った。だからこそ白井さんは、そういう彼女の性格を案じたのだ。

 

「諦めたわけじゃない。何度も言うけど、あなたと彼とが一緒なら、私も嬉しいし、楽しいの。だからさ、」

 

覚悟を決めるかのように白井さんは深呼吸する。その言葉に、迷いは無かった。

 

「行ってきなよ。タカヒロのとこ。」

 

彼女は涙を浮かべて走り出した。

 

 

 

 

 

 

話を終えた彼女は手元のコーヒーを一口飲んだ。青山さんもそれが話しの終わりと感じたのか、彼女に質問した。

 

「…白井さんは、どうだったのでしょうか。」

 

「わからないわ。子供の私達に当時の彼女の気持ちを察するなんてこと出来なかったし。」

 

今の自分から振り返れば当時の自分達は子供に映るのも無理は無かった。子供だから…それほど残酷で素直なことはない。誰が悪いわけでもなく、残るのは結果だけだ。

 

「なぜあなたは白井さんの手紙を持ってるんですか?」

 

青山さんにとってそれが一番の疑問であった。シストの宝箱に入れたなら、普通は一緒に行動していた彼女が手に取ることはないはずだった。

彼女は封筒の中に手紙を戻しながら答えた。

 

「単純よ、取りに行ったのよ。私が彼に告白する前に。私には、彼女の気持ちを知る義務があるって思って。」

 

恋心の原動力は当人に大きな影響を与える。そうでもなければ、人の恋文を勝手に取ったりはしないだろう。

 

「それで、白井さんの宝物って…」

 

「気づいてるとは思うけど、今話した彼女の思い出。この手紙も宝物なんだろうけど、私達のあの瞬間が彼女の宝物だわ。」

 

確信しているような口ぶりで彼女は言い切った。それほど彼女と過ごした時間に自信があるのだろう。

思い出は何物にも代え難い宝物だ。そこに確かにあるのに触れることは出来ないけれど、目を閉じれば見ることができるし、心の中で永遠にそこに在り続ける。

 

「彼女の思い出を形にしたのがこの手紙なの。あなたが入れようとした手紙も、そんなものでしょう?」

 

「…見抜かれてましたか。」

 

そう言うと青山さんはポケットから折り畳まれたメモ用紙を出した。甘兎庵にて書いたものだ。

 

「たまには、彼女に見えない形で感謝を綴ろうと思いまして、ね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、そんなことが…」

 

ラビットハウスでは白井さんが幡出さんに経緯を話していた。自分の昔のことと、彼らとの関わりのことだ。

 

「でも驚きました。()()()()()()()()()()()()()()…。」

 

「私もよ。まさかタカヒロ達と今でも一緒だなんて当時は考えもしなかったわ。」

 

「白井さん、やっぱり大人ですね。」

 

「なによ、おばさんって言いたいの?」

 

「そうじゃなくて、大人びてると言うか、そうやって未来を考えて選択できる所が大人に見えました。」

 

「そりゃそーよ、伊達に年食ってないもの。あの時の私は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シストなんて子供がする遊びだろ…なんで今さらやったんだ?親父。」

 

「なに、思い出作りには最適だろうよ。白井ちゃんなんかは特にな。」

 

喫茶店のカウンターに親子はいた。つい先程までは彼女と3人であったが、もう遅いので家に返すことにした。

 

「白井ちゃんのことはいいのか。」

 

マスターは続けた。前から仲の良かった3人の関係を、マスターはなんとなく危惧しているようにも聞こえた。

 

「あの子の告白を受けて、お前は良かったのか?」

 

突然の告白にタカヒロさんは戸惑ったものの、ほぼ二つ返事での受け取りだった。だからこそ、マスターは聞かざるを得なかった。今まで仲の良かったもう1人の女性の選択を取らなかった理由を。

 

「…白井の好意には気付いてたさ。もちろん俺は初めて会った時から白井は友達としてだったし、それ以上にする気もなかった。それを度外視したとしても、今の俺には抵抗もあるし、あまりにも差があった。」

 

 

 

 

 

「中1の俺に高3の彼女は、釣り合わないよ。」

 

 

 

 

 

それは、彼の想いだった。









今回もお読み頂きありがとうございます。10話です。

・いつも前書き終わりの線で区切れていたのが好きだったので適当なネタで前書きを書いていましたが今作の雰囲気に合わなそうなのでやめました。許してね。ついでに5000文字近くなった今回も許してね。

・長らく続いたシスト回も今話で終了となります。ごちうさには珍しい『異性との恋愛苦悩』を扱ったので賛否両論分かれそうな気がします。私自身も異性との恋愛についてをごちうさで書きたくは無かったのですが、過去編ということもあり少し大人な感じを出したく、このような話運びにさせて頂きました。

・白井さんの手紙の内容は個人の想像に任せます。自分で書くには白井さんに申し訳なかったので。皆さんもたまには手紙で思いを伝えてみたらいいのではないでしょうか。

次回以降は最終話に向けたものになります。全ての話が終わったら少し時間を開けてまた何か書こうと思います。その時は応援よろしくお願いします。

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