魔法科高校の劣等生~Lost Code~   作:やみなべ

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しばらく(随分)前に理想郷の方で書いていました。
こちらも理想郷にも投稿しています。
リハビリがてら書いたものですが、よろしければ感想をお願いします。


第1章
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―――――――――――――――――――魔法。

遠くは神話や伝承、あるいは御伽噺に端を発し、近くは小説や映画など、様々なメディアにおいていまなお題材とされてきた「フィクション(架空)」。

 

しかし20世紀末、その常識は覆された。

そもそもの発端は、人類滅亡の予言を実現しようとした狂信者集団による核兵器テロ。

これを、とある警察官がその身に秘めた特殊な能力で阻止した事件が、近代以降で最初に魔法が確認された事例であり、世界を変える第一歩だった。

 

当初、その異能は「超能力」と呼ばれ、純粋に先天的な、突然変異で備わる能力であり、共有・普及可能な技術体系化は不可能と“密かに喧伝”されていた。

そう、彼の事件を阻止した警察官の“名前や素顔が公開されず”、それどころか実は“警察官ですらなかった”ことや、そもそも“日本人であった”ことが隠されているのと同じように。

 

本来であれば、そこで終わり。

この異能はあくまでも「超能力」として、世界中の人々に広まることなく、極稀に生まれた一部の人間が行使するだけの“珍しい才能”で終わる筈が、そうはならなかった。

 

転換点(ターニングポイント)の発生は、一度だけでは終わらなかったのだ。

東西の有力国家が「超能力」の研究を進め、その悉くが一寸も進まないうちに頓挫していく中、どこからともなく各研究機関へ「超能力」に関する知識がもたらされた。

一つ一つの知識は端的かつ不十分なもので、研究の参考とするには貧弱に過ぎる。しかし、各機関へもたらされた“異なる知識”をつなぎ合わせる事で、巨大かつ緻密なジグソーパズルの四隅を埋める様に、「真理への階」を得る事はできた。

 

やがて遅々とした速度ながら研究が進んでいくうちに、一つの結論が見えて来る。

それは「超能力とは一種の技術である」という、各国が渇望した事実。

才能のみに依存する能力であれば、才を持つ者が現れるのを待つか、創るより他にない。

だが、これが技術であるとなれば話は別。技術であるのなら、才能に左右はされようが、「習得」することが可能なのが物の道理。

 

各国はこぞってこの「異能」、もとい「特殊技術」の開発と体系化に力を注ぐ。

とはいえ、与えられた知識はあまりにも少なく、本当に「キッカケ」にしかならなかった。

間もなく研究は新たな壁に突き当たり、今度こそ立ち消えになる……筈だった。

 

ここで三度、転機が訪れる。

少しずつだが、この「魔術」を伝える者たちが知識と技術を提供する様になったのだ。

これにより、それまで牛歩の歩みだった研究は天馬の飛翔の如く発展を遂げ、「超能力」の再現を可能にした。

ただ不可解だったのは、知識と技術を提供した彼らは、不機嫌極まりない上に尊大な態度で、にもかかわらず誰もが一様に隠れる様に協力を申し出、なおかつ必死な様相でその成果を待ち望んでいたこと。

それはまるで「長く弾圧してきた邪教の秘儀に己の命を託さざるを得ない、敬虔な信徒のようだった」と、遠回しな言い回しを好む研究者は語ったと言う記録が残っている。

また別の記録には、技術として体系化の目途が立った段階で「超能力」という名称を不適切と考えた研究者たちが、敬意と感謝を込めて技術提供者達が用いていた「魔術」という名称をつけようとし、これを断固として拒否された事がつづられている。その後もいくつかの候補が出されては拒絶されていく中、「魔法」と言う名称が出た。提案された当初の提供者達の反応は、これまでと異なり、拒絶ではなく「狼狽」だったと言う。首を傾げる研究者たちに、やがて彼らは悩みに悩んだ末「我らの未来と悲願を託そう」と前置きした上で、ようやく「了承」を伝える。その結果、彼の技術は正式に「魔法」と呼ばれるに至った。

 

こうして、紆余曲折を経てこの研究は実を結ぶ。最初期に各機関で結ばれた情報共有のネットワークが、互いが競争相手になった後もある程度機能したのが幸いしたのだろう。

その後も多少なりとも連携が取られた事で、壁に当たってもなんとか乗り越え、技術の体系化に成功。

才能は必要だが、そもそも才能を必要としない技術や知識など、この世に存在しない。プロフェッショナルと呼べるレベルにまで熟達できるのは高い適性を有する者のみだが、そこまで高いレベルを求めなければ多くの「凡人」がこれを習得できる、と言う段階に漕ぎ着けた時点で、彼らの研究は大成したと言えるだろう。

 

ただ一つの汚点があったとすれば、それはある程度技術体系化がなった時点で、技術提供者達の中から自殺者が現れ、貴重な知識と技術を有する命が多く失われた事。

理由はわからない。誰よりも、それこそ国家の重鎮や研究者たち、あるいは将来性を見越した出資者、または彼の技術に夢を託した人々より、遥かに切実に研究の完成を待ち望んでいた彼らが何故、それを目前にして次々と命を絶ったのか。また、死を選ばなかった者達も研究所から人知れず姿を消して行ったため、事情を聴くことすらできなかった。

唯一残された手掛かりは、とある研究者当てに残されたメッセージ。その研究者は提供者の一人と遠い親戚関係にあり、比較的に親密な間柄にあったからだろう。とはいえそれも、日に一度軽い世間話をするかどうか、と言う程度だったが。何しろ、他の提供者達は徹底して必要以上に他者と関わろうとはしなかったのだから、これでも十分親密と言える。

しかし、相手に残されたのは、発狂寸前の声音で紡がれる絶望の怨嗟だった。

 

「まずは………『おめでとう』。君たちの悲願は果たされ、ついに体系化はなった。正直、アレを『魔術』…ましてや『魔法』と呼ぶのは抵抗があるのでね、『アレ』と呼ぶのを許してくれたまえ。なにはともあれ、君たちは新たな技術を確立した、それは素晴らしい事だ。そう…君たちにとって、これは成功と言えるのだろう。

だが残念ながら、我々にとってはそうでない。私も先ほど試したが……なるほど、たいしたものだ。僅か十年足らずの研鑽でこれを確立したのだから、見事…と言う他ない。しかし、これではダメだ。これは我々の望んだ物ではない! 刻印は反応せず、我らの秘儀……その大半が転用できない…なにより、これでは根源に至ることはできない。それが、わかってしまった。やはり、基盤を用いずに魔導を為そうと言うのが、虫の良い話だった……と言う事か。これで万策尽きた、最早我らには他に方策はない。後はただ、基盤の崩壊と共に、魔術師たる我らが消えるのを待つばかり、か………………………………………………………………………………………………消える…消える!? 我々の栄光! 我々の蓄積!! 我々の叡智!!! なにもかも、跡形もなく、痕跡すら残さず、はじめから何もなかったかのように消えていく!! 何故だ、何故こんなことになってしまった!! 部門はおろか学院の垣根すら取り払い、ついには下賤な科学にすら手を出したと言うのに……それでもなお! 基盤は失われ、我々は消えると言うのか! 奴が…あの下衆が…魔術師たる誇りすら持たないあんな三流とそれを見出したあの女が正しく、我々は間違っていたと言うのか!! そんな……そんな事があっていい筈がない!!! 我々が、我々こそが魔術師だ! 認めない…認めていい訳がない…認められる筈がない!! 奴らが残り、我らが消えるなど、そんなこと許される筈がない!! 我らが消えるなら、奴らも消えなければならない…そうだろう!! なのに、なのにどうして……我々が…私の魔術が消えなければならない………………………………………………………………………………………………………………………そうだ、これは夢だ。ハ、ハハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! そうだ…そうだそうだソうだそうダそウダソウダソウダソウダソウダソウダソウダソウダソウダ!!!! こんなこと、悪い夢に決まっている!! そうだなければ、基盤が失われ、我々が只人に堕するなど、ある筈がないのだから!! ならば、眼を覚まそう。全ては、悪い夢だったのだから…………」

 

ボイスレコーダーに残されていたメッセージはこれで全てだ。

これを聞いた研究者たちは、総じて首を傾げる。一体、彼らは何を求めていたのだろう、彼らが求める物に何が足りなかったのだろう、と。一つ確かな事は、彼らはその足りない何かをこそ求め、届かないが故に絶望し命を絶ったのだ。

その手掛かりとなる物は「刻印」「基盤」「根源」と言った単語だけ。

魔法の研究の中である程度意味を推測できるものもあったが、結局「足りないに何か」は判然としなかった。

これ以後も、彼らはその足りないものを補おうと調査と研究を続ける。だが、はっきりとした答えを見出す事ができないまま研究は次の段階へとシフトし、その「足りない何か」は忘却の彼方へと消えて行った。

 

その後の研究と多大な犠牲の下に「魔法」は技術体系化され、技能として世間に広く普及するに至る。

「超能力者」は「魔法技能師」となり、核兵器すらねじ伏せる強力な魔法技能師は、国家にとって兵器であり力そのもの。

21世紀末、未だ統一される気配すら見せぬ世界の各国は、魔法技能師の育成に競って取り組んでいる。

最早、魔法の確立のために尽力し、そして消えて行った技術提供者達が何を求めていたかを知る者はいない。

 

彼らと同じ物を目指し、今なおそれを手にし続ける者たち以外には。

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

日本国は九州地方の片隅に、冬木市と言う地方都市がある。

周囲を海と山に囲まれ豊かな自然に恵まれたこの街は、中央の未遠川を境界線に東側が近代的に発展した「新都」、西側が古くからの町並みを残す「深山町」という構造をしていた。

 

そんな冬木市は深山町には、百年以上の歴史を有する大邸宅がいくつか存在している。

そのうちの一つに純和風建築の武家屋敷があり、表札には「衛宮」と記されていた。

 

――――――――――――――「衛宮家」。

冬木市における歴史は、およそ百年ほど。一般家庭と比較すれば「広大」と言える敷地を有し、この辺り一帯のヤクザ者を取り纏める「藤村組」や冬木のランドマークの一つと言える「円蔵山」中腹に建つ柳洞寺の住職を代々務める柳洞家と深い縁故を持ち、なにより冬木一の名家である「遠坂家」の分家に位置することもあり、名家や名士とは言わないまでも、それに準ずる位置にある家と言えるだろう。

 

とはいえ、それ以外に何か特筆する点がある訳でもない。

住まいの土地こそ広いが、資産は程々。貧乏と言う事はないが、特別裕福な訳ではない。

入り婿の父は穂群原学園で教鞭をとり、年齢の割に妙に若々しい母は専業主婦の傍ら新都の酒屋や喫茶店でパートをしている。そして来年高校生になる息子が一人と、五つ離れた双子の妹達、と言う平々凡々な家族構成だ。

強いて言うなら、家の後継者と言うものを明確にしていること、位だろう。

とはいえこちらも、公言しているわけではないので知る者は少ない。

 

ただし、それらはあくまでも表向きの話。

よくよく彼らの戸籍などを調べれば、不審な点が散見される。

例えば、衛宮家と遠坂家は元々別の家系であり、現在の当主から数えて二代前の衛宮が遠坂に婿入りしたこと。その後、二人は一人息子をもうけ、その子は当然のように遠坂の当主を継いだ。

にも関わらず、その子は自分の息子に遠坂を継がせた一方、娘に衛宮を名乗らせている。

 

嫁に出した訳でもなく、かと言って養子に出した訳でもない。そもそも、養子に出すべき衛宮という家系自体が、遠坂に婿入りすることでなくなっているのだ。生憎、かつて婿入りした衛宮には姉弟をはじめとした係累はいない。つまり、養子になど出しようがないのだ。

姉弟で別々の姓を名乗らせ、その上この様な手間までかけている。普通なら、周囲から相当不審に思われるだろう。しかし、その点に疑問を持つ者はいない。なぜなら、両者が親戚関係である事は知っていても、二人が姉弟である事を知る者が“何故か”いないからだ。

 

そもそも、何故わざわざその様な手間をかけているのか。

それこそが遠坂と衛宮、両家が抱える本当の意味での「秘密」に繋がっている。

ことは、秘密を共有し合う遠坂家の当主が、衛宮家を訪れたことから始まった。

 

「「おかあさん~! おかあさん~!」」

 

よく似た声音の二人の少女が、パタパタと板張りの床を元気に駆けながら母を呼ぶ。

髪の色は赤っぽい黒髪で瞳の色は琥珀、顔立ちも鏡映しの様にそっくり。

違いを上げるとすれば、頭からピョコンと伸びる癖っ毛が右と左、どちらを向いているか、位だろう。

一卵性双生児なのだから仕方がないが、あまりにもそっくり過ぎて見わけが付かない。

 

ああいや、もう一つ違いがあった。

姉妹はそれぞれ癖っ毛の向く方向に、肩に掛かる髪をリボンで結っているのだが、そのリボンの色が赤と青で色違いなのだ。

恐らく、二人の見分けをつけるためにやっているのだろう。つまり、そうでもしないと見わけが付けられないことを意味している。

とはいえそれは、あくまでも外部の人間に対しての配慮であるのだが。

 

「「おかあさ…」」

「あらあら……真奈、御奈。廊下を走ってはいけないと言ってるでしょ、はしたない」

「「…は~い」」

 

勢いよく居間に入るや否や差し込まれた注意に、若干不貞腐れた様な表情を浮かべる姉妹。

そんな二人に、妙に若い……それこそ二十代でも十分通る風貌をした母が、片手で器用にエプロンを外しながら台所から出て来る。

 

「それと二人とも、リボンの色と位置、あと癖っ毛の向きが逆よ。直しなさい」

「え~……」

「お母さんもお父さんも間違えないのに?」

「お兄ちゃんも間違えないよ、御奈」

「そうだね、真奈」

「他の人には中々わからないのだから、我慢して頂戴。

 それに、呼び方を入れ替えたくらいで私が間違えるとでも思っているのかしら?」

「「えへへ、さっすがお母さん♪」」

「もう、あなた達は……」

 

年の頃にして10歳ほど、丁度悪戯盛りの時期なのだろう。

二人はこうして、良く互いの目印になる物を入れ替えては周囲をからかおうとする傾向がある。

まぁ、今に始まった事でもないので、母としても困った様な笑いを浮かべながらも半ば容認してしまっているらしい。とりあえず、授業を入れ替わって受ける…と言った悪戯さえしなければ、と考えているのだろう。

 

「それで、一体どうしたの、そんなに慌てて」

「あ、そうそう」

「叔父さんが来てるの」

「あら、珍しい。普段は偉そうに呼び付けるのに、どういう風の吹き回しかしら」

 

片頬に手を当て、小首を傾げる母。

仕草こそ可愛らしいが、言ってる内容は随分辛辣である。

そしてそれは、言われた本人も思ったことのようで……

 

「いや、さすがにそれは言い過ぎではないかな、姉さん」

「私は事実を言っただけよ。それに、許可も無しに家に上がり込む様な相手には、これでもまだ甘いでしょ」

「許可なら、そちらの小さなレディ達にもらいましたが?」

「お菓子で子どもを釣るのは、悪い大人の見本よ、公治」

「あ~……参りました、降参です。まったく、お土産を持ってきただけでこの言われようは、些か酷くないかな」

「まぁ、情けない。名門遠坂の当主ともあろう者が、こんなことで根を上げて大丈夫なのかしら」

「ご安心を。こうして肩の力を抜くのは、身内の前だけですから」

「言い訳なんて、優雅からはかけ離れているわよ。お父さんが草葉の陰で泣いているわ」

 

『ヨヨヨ……』と言う擬音が聞こえてきそうな仕草で、袖で目元を隠す。

そんな姉の仕草に『やれやれ』とばかりに肩を落としながら、やんわりと訂正を入れる。

 

「いや、まだ死んでないでしょ……というか、あの人はもうそういう対象じゃ無くなってますからね。

 それに、口で勝てないのは昔からでしょうに。そう言うのであれば、あなたが後を継げばよかったのでは?

 なんでしたら、私はいつでも退きますが? 元次期当主、天音様」

「嫌よ、柄じゃ無いもの。そういう芝居がかったのは、あなたの方が適任でしょ」

「ええ、私もそう思います。姉さんには、当主なんて言うのは心底向いていませんからね」

「嫌味?」

「まさか。素朴で素直な我が親愛なる姉君には、裏の権力者の方がよく似合う、などとはこれっぽっちも」

「いやだわ、あの可愛かった弟が、こんな陰険なひねくれ者になるんだもの。やっぱり、名門の当主になんてなるものじゃないわ」

(叔父さんとお母さんて……)

(やっぱり仲良いよね)

((うんうん))

 

皮肉と嫌味を飛ばし合いながら、当たり前のように居間の座布団に腰を下ろす姉と、着いて早々茶の用意を始める弟。これでは、一体どっちが客なのかわかったものではない。

にもかかわらず、傍観者である所の双子にはこのように写るらしい。

と、そうこうしているうちにお茶の用意ができた様で、盆に湯のみを乗せて公治も腰を下ろす。

 

「まったく、客に茶の用意をさせるとは、なんて家だ……」

「あら、弟のくせに姉に逆らう気? 本家の家訓でしょ、姉には服従せよ」

「そんな横暴な家訓はありません」

「明文化はされていないけど、暗黙の了解じゃない。お婆様の代からの」

「あ~……否定は、できませんね」

「まぁ、姉かどうか以前に、あの女傑に逆らおうって言うのが無謀なのだけど」

「いや、まったく……と、これはもちろんオフレコですよね?」

「当たり前でしょ。もし耳に入ったりしたら……」

「後が怖い…では、すみませんからね」

 

つい思い浮かべてしまった人物に、二人は思わず背筋が震わせる。

それを紛らわせるためか、二人はこれまた同じタイミングでお茶に口をつけた。

 

「ん…まだまだ甘いわね。紅茶の淹れ方ばっかり上手くなって……」

「その紅茶にしても、とても及びませんがね。正直、この手の技術であなた達に勝てる気はしませんよ」

「まぁ、あなたは技術を使わせる側の人間だからそれでいいのだけど。ところで……今日の用件は?」

「……」

「実際、遠坂の当主として、衛宮に出向くのは正しいとは言えないわ。

 足を運ぶのではなく、足を運ばせる…と言うのが本来の在り方。

 あくまでもあなたが本家、私達は分家。主と従、上と下、この関係をあまり崩すべきではないのよ」

 

『それくらい、わかってるでしょ』と目で伝えて来る。

もちろん、公治とてそんな事は百も承知。

実際には限りなく対等に近い関係とはいえ、それでも家としての上下が無いわけではない。

あまりこだわる気はないが、対外的にも実際的にもその方が何かと都合が良いのだ。

ただ逆に言えば、それをあえて無視したからには、相応の理由があると言う事にもなる…なる筈、だと思う。

 

「それとも、万が一にも奏ちゃんには聞かせられない話?」

「…………あの子は、彼の事を可愛がってますから」

「一応言っておくけど、うちの子の方が奏ちゃんより年上よ」

「それこそ今さらでしょう。なんと言っても、あのお婆様の曾孫ですよ?」

「………………………そうね、それにうちの子は生まれながらの衛宮ですものね。勝ち目はない、か」

 

遠坂と古くから付き合いのあるとある老人曰く『遠坂の女は女傑揃い』とのこと。

特に、衛宮に対してはその傾向が顕著らしい。

つまりなにが言いたいかと言うと、先に生まれた、と言う程度ではその間柄は覆らないのである。

 

「でも、それならここで話しても本家で話しても同じでしょうに」

「? なぜです? 奏は今日は別件で家を空けてますから、こちらに来る事はないですし」

「いや、それ以前の問題。真奈と御奈は…というか、うちの子たちは奏ちゃんの配下だってこと、忘れたの?」

「…………………………………………………………………ぁ!?」

「忘れてたのね。どうしてこう……いえ、遠坂のうっかりはある種の呪いですものね。仕方がないか……」

(お母さんはそんなことないのにね)

(なんでだろう?)

(なんでかしら?)

 

それはきっと、遠坂という家から出ているからだ……と、第三者がいればコメントしただろう。

実際、かつて遠坂から他家へ養子に出された娘には、そういった傾向は見られなかったという。

 

「まぁ、いいわ。口止めはこっちでしておくから」

「恩に着ます」

「話の内容によっては、更に貸しが着くわよ」

「わかっていますよ。だからこそ、せめてもの誠意としてこうして足を運んだんですから」

(ふむ、だとするとこっち方面の厄介事…ではないのね)

 

もし両家が抱える秘密と同じ側の問題であれば、この様な形はとらない。

以前にも少ないながらあったが、その時は本家に呼び出す形をとっていた。

例えそれが命にかかわる問題であったとしても、そちら側の件においては衛宮は遠坂の下に位置する。

何しろ遠坂は三百年以上に渡って、この「冬木」の地を管理する「管理者」であるからだ。

実際の特性の意味でも、衛宮は遠坂の「剣」としての役割を負っている。

そんな相手に対し、一々ご機嫌伺いなどすべきではない。

そもそも、それを承知の上で衛宮はあるのだから。

 

「出来れば、本人がいる場で話したいのですが……」

「う~ん…あの子、端末で呼び出してもあんまり気付かないのよね。……よし、真奈、御奈」

「「なに?」」

「ちょっと、あの子探して来て頂戴」

「「は~い!」」

 

元気に返事をし、一目散に玄関へと向かっていく双子。

その間にも『競争しよっか』『良いよ、負けた方は…どうしよう?』『どうしようね?』『勝った方がお兄ちゃんの背中を流すって言うのは?』『良いね、お兄ちゃん困りそう』『うん、凄く困りそう』などと言う会話が交わされる。どうやら、今度のイタズラの被害者は兄の方らしい。

そんな二人の後ろ姿を見送りながら、遠坂の現当主は思う。

 

(私も散々姉には遊ばれたが……………君も苦労するな)

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

そうして、小一時間ほどたった後。

トランペットを見る少年の様な眼で金物屋を物色していた所を、妹二人に発見・連行された少年が、衛宮家に引っ立てられてきた。

どうやら、勝負の方は引き分けらしい。ただ、それで勝負が流れたかと言うと…そうではない。

 

「引き分けかぁ…この場合、どうする?」

「二人とも勝ちで良いんじゃない?」

「良いのかな?」

「ダメなの?」

「ダメじゃないね」

「なら良いでしょ」

「いっか」

「二人とも、一体なんの話?」

「「楽しい話♪」」

(嫌な予感しかしないんだけどなぁ……)

 

一体なんの話をしているのかはさっぱりだが、日頃の経験から自分にとって碌な内容でない事は察しが付くらしい。

妹たちの天真爛漫、かつ好ましからぬ意図が透けて見えるようで暗澹たる気持ちになる。

 

(まぁ、それはそれとして……)

 

家に引っ立てられた用件の内容は知らないが、用件の主だけはわかっている。

それも、相手が本家の当主……というか、日頃の立ち振る舞いがちょっとカッコいいな…なんて思っている叔父がわざわざ来てくれているのだ。自然と身も心も引き締まろうと言うもの。

 

「失礼します」

「「お兄ちゃん連れて来たよ~」」

「ありがとう、二人とも。それに、休日に呼び出して済まないね、竜貴(たつき)

「いえ、遅くなり申し訳ございません」

「やれやれ、私は遠坂の当主で、君は衛宮の当主。確かに上下の関係にはあるが、それ以前に私は君の叔父で、君は私の甥だ。出来れば、もう少し肩の力を抜いてほしいのだが……」

「ああ、それは…その……」

「あなたが些細な所でうっかりしてるから、そうならない様に引き締めようとしているのよ?

 つまり、あなたのせい。わかってるの?」

 

どうやら、何やら言い難そうにしていたのはそういう事らしい。

 

「あなたが吹き込んだのかな、前当主殿?

 早々に彼に跡目を譲ってからというもの、随分と態度が砕け散ったように思えるが」

「砕けたのではなく、戻った…と言うのが正しいわね。衛宮の当主を退いた以上、私に残った肩書は『遠坂公治の姉』だけよ。姉なら弟にこれ位は普通じゃない?」

「『衛宮の前当主』もあると思うがね」

「そんな有名無実の名称に大した意味もないでしょうに」

「と言っているが、君はそれでいいのかね?」

 

母、天音の言い分は、その証とも言うべきものが無ければ、詰まる所「衛宮の当主」と言う肩書そのものには意味はない、と言っているも同然。

『家』と言うものを重視するのであれば、それを蔑ろにされたと怒っても不思議ではない。

だが、そもそも天音は竜貴の母で、竜貴は天音の息子である。

子にとって親とは、最初の価値観を作り上げる存在だ。

よっぽどの場合で無い限り、この価値観は親のそれに強く影響を受ける。

つまり、竜貴の考え方も割と天音と似た様な物なのだ。

 

「はぁ、まぁ……別に名前自体は大して重要じゃないですから。

 それこそ、名前が変わっても僕達の本質も在り様も変わりませんし」

「はぁ……はてさて、私はこれを嘆けばいいのか、あるいはそれでこそ衛宮と、頼もしく思えばいいのか。

 実に、複雑だよ。一つ言えるのは、君は確かにあの二人の子…ということか」

 

天音は遠坂の当主など柄ではない、と言ったが、まさしくその通り。

衛宮の当主と言っても、実際に『当主』などと言う肩書に付随するあれやこれやなどないに等しい。

表向きには中の上程度の家庭で、裏側においても特別な権勢など持ってはいない。

彼らにあるのは、伝えられてきた家宝と一子相伝の秘法、そして独特とさえ言えるその在り様だけ。

この三つが衛宮の証であり、それ以外には頓着しないのが衛宮の衛宮たる由縁である。

 

「まぁいいさ。今更衛宮の在り様に口を出そうとは思わんし、口を出して変わる様な柔な在り様でもない」

「なんか、その…すみません」

「構わんよ、だからこそ衛宮は頼りになるのだ。我々は一応上下に位置しているが、実際には互助し合う間柄だ。遠坂には遠坂の、衛宮には衛宮の得手とする物があり、苦手とする物がある。それぞれを補い、助け、守り合う為に父は、一度は一つになった家を二つに分けたのだ。同じ様な在り方をしているのでは、わざわざ分けた意味がない。それに……」

 

一度口をつぐみ、公治は竜貴に慈愛に満ちた眼差しを向ける。

普段の名家の当主としての厳しさと誇りに満ちたそれではなく、ただただ可愛い甥への愛情と、同じ様に接してやることのできないこの場にいない娘への僅かな申し訳なさを宿した瞳で。

 

「私は遠坂の当主として、自分にも、そして後継たる娘にもその様にしか在る事ができない。それ以外の在り様は知らないし、知っていてもどうにもならないだろう。別に後悔しているわけではないがね、娘には…さびしい思いをさせているという自覚はある。父としてではなく、当主としてしかあの子の前に立てない事を、ね。

 だが、君たちはそう言った物に縛られずに、全てを知った上でありのままのあの子に接してくれる。遠坂の次期当主としてではなく、ただ従妹として。その事には、本当に感謝している。

 これもまた、我らの在りようが異なるが故の恩恵だろう。ならば、その違いをこそ尊重すべきなのだろうさ」

「えっと…いいんですか、そんなぶっちゃけちゃって」

「まずいな、実に不味い。遠坂の当主として、あるまじき発言だ。しかし、それは君たちにも原因があるぞ。なにしろ…この家に来るとどうにも口が軽くなっていかん。悪いが、今の事は聞かなかったことにしてくれ」

「皆は何か聞いた?」

「「え、なに?」」

「最近、耳が遠くなってきてねぇ…私も年かしら?」

「だ、そうです」

 

しらじらしい母と妹たちの反応に、ついつい苦笑が漏れる竜貴であった。

 

「さて、少々横道に逸れたが、本題に入るとしよう」

「えっと、母さんはともかく、二人も聞いてていいんですか?」

「たしか、二人もあの事は知っていたな」

「一応、僕に何かあった時の為に、一通りの事は」

「修練の方は?」

「そっちは全く。あくまでも、次に繋げるための中継ぎなので、もしもの時も二人のどちらかが当主になるのではなく、二人の子どもを教育して当主に据える、と言う事になるかと」

「ふむ、そういう事なら特に問題はない。それに、これは君自身の将来にも関わることだしな」

「僕の将来…ですか?」

 

竜貴自身、自分の将来のことについてはまだまだあまり見通しは持っていない。

衛宮の当主として為さねばならない事ははっきりしているが、それはあくまでも裏の顔。

表向きの顔については、まだまだいろいろ決めかねていると言うのが実情だ。

とりあえず、裏の顔が一応はメインなので、そちらに支障をきたさないのが大前提ではあるが……。

 

「ということは、相当長丁場の仕事ですか?」

「まぁ、そうとも言えるし、そうでないとも言える」

「 ? ? ? 」

「ところで、竜貴。君は魔法科高校については、知っているね?」

「はぁ、まぁ一般的な事については一応」

 

魔法科高校、それは全国に九校設置されている、魔法技能師、通称「魔法師」の養成を目的に設立された国策高等学校・国立魔法大学付属高校のことである。

20世紀末の事件に端を発した、技能『魔法』とこれを操る『魔法技能師』だが、その絶対数は決して多くない。

いや、魔法を操るだけで良いならばそれなりの数にのぼるだろう。

しかし、これを職業としてやっていく…つまり魔法のプロフェッショナルとして大成しようと思うなら、魔法を専門的に教える学び舎に進む事が望ましい。だが、それができる学校は僅かに9校。

必然的に、これらは魔法師の卵たちの登竜門となり、その競争率も非常に高いものとなる。

結果、魔法科高校に進むと言う事は、その一事をもって既にエリートの証と言えるだろう。

丁度、前世紀における「魔術師」たちの最高学府「時計塔」の様に。

 

「で、いいんですよね?」

「うむ。私もあまり詳しくはないのだが、君と同じ認識で安心した」

「で、その魔法科高校がどうしたんですか? 僕達には今更関係のない所だと思いますけど」

「いや、遠坂はともかく衛宮はないこともないのだが……まぁいい。事実、魔法が未だ確立の段階にあった当時ならまだしも、今更我々が関与する様な事はあるまい。

あの頃は少なくない魔術師たちが関与していたようだがね」

「確か、魔術基盤の崩壊…あれ、消失でしたっけ? そんな事があったんですよね」

「はぁ……姉さん、あなたは一体何を教えていたんですか?」

 

魔術師的にはかなり重要な事がうろ覚えな事に、はなはだ不安を覚え公治は頭を抱えてしまう。

 

「いやほら、私達にはあんまり関係のないことだし、私も生まれてなかったからいまいち実感が……」

「まったく、仕様のない……折角だ、一度勉強し直してもらうとしよう。姉さんも、無論逃げはしませんね」

「……はい」

「わかってるわよ……」

「よろしい。いいかね、そもそも魔術師と言うのは……」

(叔父さん、話し始めると長いんだよなぁ……二人とも、いつの間にか逃げてるし)

 

こうして、竜貴と天音の親子は本家当主による有り難くも迷惑な魔術師論を拝聴する羽目になるのであった。

 

「……と言うわけで、魔術師とはそもそも『根源』を目指す者であり、その為の道である魔法を求め、魔法を得るために魔術を探求しているわけだ。極端な話、根源へと至る為のよりよい道があるのなら、我らはそちらへ切り替えるだろう。ただ、現実的には魔法以上の方法は今のところ発見されておらず、その為には魔術の研鑽が不可欠だ。そうであるが故に、我らは魔術師と呼ばれる…わかったかね?」

「あのぉ……」

「何かわからない事でもあったかな、竜貴」

「わからない所と言うか、結局魔術基盤はどうなったんですか?」

「む、そうだった、いかんいかん。つい熱中して本題を忘れていた」

(実は本題は基盤の事じゃ無くて、魔法科云々だった筈なんだけど、そっちも忘れてそうだなぁ……)

 

と思いつつも、説明に熱が籠り続ける叔父に口を挟めない。

母は母で、聴いている振りをしながらどうも別の事を考えている様子。

そこまで手を抜くには、竜貴はまだ若過ぎた。

已む無く、姉が聴いていない事にさえ気づいていない憐れな叔父の講義に、耳を傾ける。

 

「事の発端は、20世紀末。世界各地に刻み込まれ、我々が魔術を行使する上で不可欠と言える基盤が徐々に、かつ着実に失われ出した。原因としては、地球環境の悪化や科学技術の進歩などが上げられたが、どれも決定打に欠け、結局は原因不明のまま今に至る。恐らく、原因はこの先もわからないままだろう。

 ただ、これにより多くの魔術師たちは己が魔術を失う事になった。もちろん彼らは、必死に抵抗した。ある者は原因を究明しようとし、またある者は基盤の保存に挑み、ついには史上初と言ってもいい、世界中の魔術師たちが学部や学院をはじめとしたあらゆる垣根を取り払い、共同で事にあたったが……それでもなお、彼らは敗北した。なんの成果を残すこともなく、『魔術は失われる』という結論だけが残ったわけだ」

「あれ? でも、僕たちは使えてますよね、魔術」

「うむ、多くの魔術師がそれぞれの神秘を失ったが、我々の様な例外もいたということだ。それが『魔法使い』と『魔法の領域に踏み込んだ魔術師』及び『独自にして単独の魔術の使い手』の三種。我が遠坂家はこのうちの二番目にあたり、君たち衛宮は三番目になる。ちなみに、一番の代表格は……」

「蒼崎…ですか」

 

とても、とてもとても迷惑そうな表情と声音で竜貴は其の名を口にする。

何代か前から放浪癖のある一族で、当代の当主も数年前に行方をくらませてから、その足取りはまったくつかめていない。まぁ、極力関わりたくないのであまり積極的に探していないのも原因だろうが。

唯一つ言えるのは「当分の間はこのまま行方不明でいてくれるといいなぁ」と言う事だけである。

何しろあの連中、俗世に関わっても基本的に碌な事をしない。それならいっそ、どこか遠い場所で無関係に生きていてほしいと思う。ただし、死んでほしいとまでは思わない。なぜなら、殺した位で死ぬとは思えないからだ。

むしろ、妙なことに関わって変に暴れられる方が迷惑と言うものである。

 

「そうだ。では、何故我々は生き残る事が出来たのか。まぁ、そう難しい理由ではない。一番と二番は表面的な世界の在り様に縛られなくなっているからであり、根源と強く繋がっている魔法を程度の差はあれども得ているが故に、影響を受けなかったという事だ。三番目である君たちの場合、自分の肉体あるいは血統自体がある種の魔術基盤として機能したからだな。そう、例えば君が受け継いだ“あの世界”がそうであるようにね。

 あれは外界とは隔絶され、同時にあれ自体が君たちの魔術の基盤と言える。つまり、君たちは元々世界に刻まれた魔術基盤など必要としていなかったから、無関係でいられた訳だ」

「なるほど、言われてみれば納得です。

 って、そうか。だから当時の魔術師は、魔法に生き残りの可能性を求めたんですね」

「そう。一部の魔術師が、漏れた神秘とそれに対する研究に目を付けたわけだ。最悪、魔法と言う形に変質させてでも、自分達の魔術を残そうとしたのだろう。だがそれは、結果的には失敗に終わる」

「魔法では、魔術を再現し切る事は出来なかった」

「全て…と言うわけではないがね。だが、それぞれの家系で受け継いできた秘術・秘法と呼ばれるものは、ほとんど出来なかったらしい。それどころか、ものによっては簡単な魔術すら再現できなかった。例えば、魔法ではガラスの復元はできないだろう?」

 

そう、魔法では割れたガラスの破片を元の位置に戻すことはできても、元の状態に戻すことはできない。

少なくとも、現行の魔法技術では不可能とされている。

そんな、魔術にとっては初歩中の初歩と言える物さえ、魔法は再現できなかった。

 

「とはいえ、それはあくまでも向き不向きの問題でしかない。実際、単純な戦闘能力・破壊力と言う意味で言えば魔法は魔術の比ではない。所謂、戦略級魔法などが良い例だが、それ以外においても魔法は魔術より優れた点が多くある。これは、私としても素直に認めざるを得ないよ」

「ですねぇ……まぁ、元々魔術は研究する為のものであって、使う為のものじゃないですから、仕方ないんでしょうけど」

「そうだな。話を戻すが、先の三種に該当しない魔術師が諾々と消えて行った訳ではない。魔法は結局魔術の全てを再現するには至らなかったが、それでもその可能性は残した。

 そのため、魔術師から魔法師となって現代に生き残った者たちがいる。それが……」

「古式魔法師ですか」

「そうだ。彼らは言わば魔法と魔術の中間に位置する存在…と言っても、どちらかと言えば魔法寄りだがね。

 魔法の技術体系化に協力しつつ、魔術の再現に利用しようとした一派、あるいは魔法が確立された後に乗り換えて生き残りを図った連中だな。中には絶望して自殺した者も少なくないそうだが、彼らは諦めなかったのだろう。結果、多くの秘術は失われたが、それでも『魔導』の尊厳は保った…と言えるだろう」

 

見下すでもなく、かと言って持ち上げるでもなく、ただ淡々と公冶は語る。

特別な感情を抱いていないのか、あるいはそれを表に出さないようにしているのかは定かではない。

 

「彼らの知識や研究成果なんかはどうなったんでしょう?」

「さて、流石に他家の込み入った事情まではね。今なお残しているのか、処分したのか、それとも暗号化して未来に託したのか……」

「それにしても、よくよく考えると良く魔法って成立しましたよね」

「? どういうことかね?」

「だって、あの当時って協会も健在で、教会もきちんと機能していたんでしょう?

 今でこそほとんどかかわることも、警戒する必要もなくなりましたけど、あの当時に良く魔法研究の発端になる様な神秘の漏洩があったなぁ、と。魔術師たちの協力にしても、多少なりとも研究が進んで見込みがありそうだから、協会を離反してでも知識や技術を提供する人達がでてきたわけで……」

 

そう。今でこそ、魔術教会は基盤と共に事実上の消滅。聖堂教会も魔術師に対抗する部門を縮小したが、当時はどちらも完全に機能していた。

そんな中で神秘の漏洩などしようものなら、あっという間に粛清され、漏れた情報ごと闇に葬られた筈である。

にもかかわらず、こうして魔法として体系化されるに至る程の研究が為される発端となった、神秘の漏洩があったのだ。

それを為した人物は何者で、一体全体何をやらかしたのやら……などと思っていると、公冶がスゴイとしか形容しようのない表情で竜貴を見ていた。

 

「えっと、どうしました?」

「いや、君が……他ならぬ君がそれを言うかと思ってな」

「へ?」

「知らなかったのか? 所謂『始まりの魔法師』と言うのは私の祖父、つまりは君の曽祖父である『衛宮士郎』その人だぞ」

「ぇ…………………………えぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!??」

「姉さん……本当に何を教えていたんだ、いったい」

 

頭が痛くて仕方がない様で、グリグリとコメカミを揉みほぐす。

まぁ、無理もない。こんな重大な事を、どうして正式に当主を継いだはずの甥が知らないのか。

何しろ、魔術師の絶対のタブーを犯し、魔法の発端を作ったのはほかならぬ衛宮。

にもかかわらず、当の衛宮家現当主がそれを知らないなど…あり得ないだろう、普通。

 

「大丈夫かね?」

「…………………あぁ、その…なんとか。それにしても良く生き残れましたね、うちの先祖」

「当初は、それはもう凄かったらしいが、やがてそれどころではなくなったからな」

「ああ、魔術基盤の消失ですか」

「そうだ。とはいえ、生き残れたかと言うと微妙ではある。なにしろ、数年後に祖父は亡くなっているし、祖母が健在なのも遠坂の魔術が失われない事がわかり、殺すに殺せなかった…と言うのが理由だからな。

あとはアレだ、祖父を守り切れなかった事を彼女が気にしていてな。祖母だけは守ろうと必死だったと言うのもあったようだ」

「なるほど、あの人らしい。

それにしても、さっき言ってた衛宮が関係ないこともないって言うのは、そういう事ですか」

「まぁ、そういうことだ」

 

言わば、衛宮は魔法師と言う存在の祖に位置する。

別に今の衛宮に魔法に関する特別な知識や技術が伝わっているわけではないが、今日に至るまでの流れとしてはそうなるのだ。

例え、その末裔たちに自覚がこれっぽっちもないとしても、周りはそう思わない。

 

「でも、確かあのテロを防いだのは『警察官』って……」

「当時はまだ協会が機能していたからな、あちらの情報操作の賜物だろう。

 とはいえ、その後はそれどころではなくなったから、真実を知る者はいるだろうがね」

「なるほど、だから克人さん初めて会った時、妙にこっちのこと窺ってたんだ」

「克人? 知り合いかね?」

「ええ。ほら、当主を継いですぐの頃に、ちょっとした仕事があったじゃないですか。

 その時に、偶然巻き込んじゃった魔法師の知り合いです。今でも一応、メールのやり取りくらいは」

「ふむ、そう言えばそんな話があったな…確か、口外されないよう、契約で縛ってあるんだったか」

「はい。結構いい所の人らしくて、消すと後が面倒そうですし、物凄く精神力の強い人で僕じゃ記憶操作も難しそうだったので」

「いや、こちらの事が漏れないのなら、特に問題はない。むしろ、それはそれで丁度良いか。

 魔法師の知り合いがいるなら、色々アドバイスも貰えるだろう」

「はい?」

 

竜貴にはさっぱり何を言っているかわからないが、公冶はこれ幸いとばかりに云々頷いている。

そうして、果てしない周りの道の末、ようやく本題へと立ち帰った。

 

「実はこれが本題でね…君には、国立魔法大学付属、第一高校に進学してもらいたい」

「はぁ……………はぁっ!?」

 

はじめは意味がわからず気のない声音で、しかし直に意味を理解して驚愕に染まる。

 

「え、あの、その…あ~、どういう事ですか?」

「そのままの意味だが?」

「いや、そうじゃ無くて……なんでぼくが魔法科高校に? それも、第一高校って確か……」

「東京だな」

「ここ九州の端っこですよ?」

「もちろん承知している」

「なんでまた……」

「済まないが、訳は言えない。ある方面から要請があった、としか言えないのだ」

「何をすればいいかも、ですか?」

「ああ、一高を受験せよ、それしか今は言えない」

(そういう要請をしてきそうなのは、未だに一応機能しているアトラス院か、あるいは…………カルデアあたりかな? どっちも未来を計測するのが本業みたいなものだし、計測した内容によってはそういう事を言ってくる可能性もある。だとすると……………………相当厄介な事になりそうだなぁ)

 

なにしろ、どちらも未来を計測したからと言ってあまり実際の行動に移す様な連中ではない。

ましてや、余所の魔術師に要請し人を派遣させるなど…なおのことだ。

しかも情報を伏せているとなると、情報を知っている事でかえって事態が悪い方向に進む可能性を危惧している事が伺える。

あるいは、自分たちが動くまでもないと考えてパシリにされている可能性もあるが、その方がまだマシだろう。

というか、できればそっちであってほしい。

 

(まぁ、最悪なのは魔法使い絡みなんだけど、最悪過ぎるからこれは除外。そもそも断れる相手じゃないし……)

 

あの連中は本当に何を考えているのかわからないので、そういう事を唐突に言って来ても不思議はない。

ただその場合、何かに巻き込まれる以上に、あの連中と関わり合いになる事それ自体がブッチギリに迷惑なので、可能性を考慮したくもない。第一、断っても碌なことにはならないので、あの連中に目を付けられた時点で“詰み”と言っていい。

 

(一応、穂群原の高等部に進学するつもりだったんだけど……まぁ、いっか)

「君には済まないと思う。こちらの都合で、未来を歪める事になってしまうわけだからね」

「そんな、高校進学位で大げさな……それに、東京で一人暮らしって言うのも、悪くはないですよ」

「進学一つで、人の人生は充分に変わる。ましてやそれが、魔法科となればなおさらだ。

 あちらからすれば、喉から手が出るほど欲しい魔術に関する手がかり。一度掴めば、そうそう離しはしないだろう」

「いやいやいや…そもそもの問題として、入学できるかどうか……成績は悪くないつもりですけど、国内有数の難関校が相手だと自信ないですよ?」

 

一応、竜貴の成績は穂群原の中等部で上の下から中の上程度。

エスカレーター式に進学するには申し分ないものだが、相手が一高となれば話は別。

なにしろ、毎年国立魔法大学へ最も多くの卒業生を送り込む高等魔法教育機関として知られるそこは、つまり優秀な魔法師を最も多く輩出するエリート校と言う事。

当然、そこを希望する学生は数知れず、それに伴い求められる知的レベルも高い。

そんな学校への入学に求められる成績は「ほどほど良い」では到底足りない。最低でも学年で五指に入ることが条件と言っていいだろう。無論、竜貴の成績はその領域からほど遠く、常識的に考えて中三の秋からでは到底間に合わない。

 

「その上、魔法関連の科目とか実技とかもあるんじゃないですか?

 はっきり言って魔術でさえ三流の僕に、魔法の実技とか無理ですよ?」

 

現代に生き残った魔術師と言うのは、超越者である魔法使いを除けば、詰まる所『突き抜けた超一流』か『キワモノの三流』のどちらかである。そして、遠坂は前者で衛宮は後者。

如何に衛宮が『始まりの魔法師』とはいえ、それはあくまでも肩書だけの話。

今日に至るまで魔法の修練などした事はないし、その知識も絶望的に乏しい。

ある程度は魔術のそれが応用できるかもしれないが、限度はあるだろう。

一応血筋の関係で下地はあるはずなのだが、それだけでなんとかなれば世話はない。

どんな原石も、磨いていなければ路傍の石と同じなのだ。

しかし、それは同時に取り越し苦労でもある

 

「いや、その心配は無用だろう。君が受ければ、必ず合格する」

「? いったい、どこから来るんですか、その自信」

「たいした理由じゃないさ。君は彼らが欲しいものを持っている、だから彼らとしてはなんとしても懐に入れたい訳だ。今まではその機会が無かった上に、あちらからの干渉は全て弾いてきたからね。だが、今回は違う。言わば、カモがネギを背負って、全身火達磨になりながら突撃してきている様な物だ。拒む理由が無い」

「いや、むしろそれ怖いんですけど…って、あ~…つまり僕の成績とか試験結果に関係なく……入学させて知識やら技術やらを手に入れようと考える、と?」

「そういう事だ。まぁ、こちらとしてもまたいつ魔法師連中が干渉してくるかわからない以上、相手の情報は必要だよ。魔法は日進月歩で成長している。昔と同じ対処はできないだろう。

 ならば、こちらも最新の魔法事情を知っておくべきだ。その意味でも、今回の要請は都合が良い」

「なるほど、他の学生たちには悪い気もしますけど、そういう事でしたら承知しました」

「そう思うのであれば、今からでも勉学に励むと良い。あるいは、例の克人君とやらを頼るのもいいだろう。

 今回は、確実に席が一つ埋まるんだ、君の代わりに落ちた彼らが納得できる成績を出せば、何も問題はない」

「まぁ、それはそうでしょうけど……………………わかりました、頑張ってみます」

 

どのみち、やらなければならないことに変わりはない。

なら、できる限りの努力をするのが誠意と言うものだろう。

さしあたっては、例の知り合いに受験に当たっての傾向と対策を聞いて、父にも相談に乗ってもらう事にする。

あとは、そう。確実に荒れるであろう従妹を含む家族を、なんとかなだめなければならない。

何しろ、今まで長くて2週間程家を空けるのがせいぜいだったのが、今回は三年だ。

無論、三年間一度も帰らない訳ではないし、長期休暇のたびに戻るつもりだが、それでもである。

 

こうして、衛宮家三代目当主『衛宮竜貴』は、本人は一切乗り気でないにもかかわらず、国立魔法大学付属第一高校に進学することが決定した。




アニメUBWとF/GOでFate熱が燃え上がりついつい書いてしまいました。
課金の末、出た☆5は三枚。でも全部ジャンヌ……………祝福されているのか、呪われているのか…悩みます。

とりあえず、こちらはFateと魔法科高校の劣等生の世界観同一系クロスオーバーとなっております。なので、第二魔法を使って並行世界へ転移とか、英霊になって召喚とかそんな事は一切ありません。
代わりに主人公は士郎の子孫、正確には凛と士郎の子孫(曾孫世代)となっております。
ルートは私大好きUBW。私が書くと、こちらのルートにしかなりません。でも、どっちのエンドかは秘密…になってるのか、これ? たぶん、飛ばさずに読めばどっちかわかります。
まぁ、あれです。魔法科高校の冒頭を読んで、士郎ならやりそうだなぁ……丁度アニメUBWでアーチャーの記憶にあった世界との契約のシーンもそんな感じに見えない事もないし。ということで、出来あがった設定でございます。

原作メンバーで生きてる人間は凛のみ。御年118歳のご長寿様です。ちなみに、ギネス記録は122歳。
彼女って、早世するか物凄く長生きするかのどっちかだと思うんですよ。
あ、もしかしたら桜も生きてるかも……決めてないですけど。
実は、凛たちの生まれが十年くらい前倒しになってるんですけどね。ホントは聖杯戦争があったのが2004年くらいらしいのですが、設定の都合上全体的に十年早くなってます。まぁ、些細な問題と流してください。

もしかしたら、続けられたらいいなぁ……では、またいつかご縁と私のモチベーションがあれば。
にしても、久しぶりに書いてもこの長さ……………どうなってるの? つくづく短くかけない…というか、ひたすら話が脇道にそれていく筆者であると再認識しました。もう、アレだ。ある種の病気ですね。

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