魔法科高校の劣等生~Lost Code~   作:やみなべ

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FGOとかFGOとか、あとついでに仕事か忙しくて更新が大幅に遅くなりました、申し訳ない。

でもその甲斐あり、オッパイタイツ師匠とかジャックちゃんとか来てくれました♪
うん、忙しささっぱり関係ないですね。
にしても、男に設定しててもジャックちゃんのセリフはやっぱり「おかーさん」とは、これ如何に。

しかし、私はどういう訳かセイバーと縁が薄い。具体的には青も黒も赤も桜も、ついでにスマナイさんも避けて通られています。ぐぬぬ……アルテラがいるとは言え、一人くらい来ても罰は当たらないだろうに。
まぁ、つい最近マリーが来るまではライダーが一番層が薄かったんですけどね。☆4以上一人もいなかったし。


012

 

(あ~、きっつぅ~……)

 

眠りの海から意識が浮上すると同時に抱いたのは、爽やかな目覚めではなく、全身に重くのしかかる倦怠感。頭が朦朧とし、節々に力が入らない。

まるで熱病にでもかかったかのように体調は最悪だが、原因は分かっている。

 

これは熱病などではなく、単なる拒絶反応に過ぎない。

 

(体調管理には気を使ってるつもりだったんだけどなぁ)

 

ノソノソと緩慢な動作で上体を起こしながら、右手首の辺りを摩る。

腕が痛くて具合が悪いのではない。竜貴の腕に刻まれた魔術刻印が体調不良の原因だ。

これは言わば衛宮の先祖を腕に移植している様な物で、便利な道具というよりも呪詛や怨念のそれに近い。

長い年月をかけて血統操作しているならいざ知らず、衛宮はたかだか百年足らずの歴史しかない上に、族外の血どころか他種族の因子すら引き入れている。その割には比較的に拒絶反応は軽い方なのだが、それでもこうして時々思い出したように刻印と体の波長がずれる事がある。

 

(まぁ、これ位ならなんとかなるかな。薬を飲んで……あんまりやりたくないけど。最悪鞘の力も借りれば、昼には治るだろうし)

 

衛宮が受け継ぐ宝物である「聖剣の鞘」と衛宮の「刻印」の間には、密接な繋がりがある。

元来「魔術刻印」というのは、生涯を以って鍛え上げ固定化(安定化)した神秘を、幻想種や魔術礼装の欠片、魔術刻印の一部などを核として刻印にしたものだ。ただ近代の魔術刻印の場合、ほとんどの場合有力な家系から魔術刻印のごく一部を移植してもらうことで造られている。これを株分けと言い、幻想種や魔術礼装の欠片などの異物を埋め込むよりもずっと若い世代で魔術刻印を完成させることができるというメリットがある。また魔術刻印を株分けする側にとってもメリットがあり、一時的に刻印に傷はつくもののそれ自体は多少時間はかかっても回復可能な上、株分けした家からの絶大な忠誠を期待できるのだ。

 

しかし、衛宮と遠坂はこの方法を取らなかった。遠坂の刻印を株分けするのではなく、衛宮家初代「衛宮士郎」が体内に有していた騎士王の失われた宝具を刻印の核にしたのである。

これにより、衛宮と遠坂の間には本家と分家という肩書に反して明確な上下関係は生じず、代わりに騎士王に対する忠誠心を強める結果となった。まぁ、そんな事情がなくとも、彼らの忠誠心はハナからカンストしてしまっているのだが。

 

「って、もうこんな時間か。さっさと薬飲んで、学校行かないと……」

 

今一つどころか、今八つくらい精彩に欠ける動作で朝の支度をしつつ時計を見れば、既に時刻は7時を回っていた。常に五時半前後には目を覚ます竜貴にしては、極めて珍しい。

それだけ、刻印との波長のズレによる体調悪化が酷いということだろう。

 

しかし、それでも彼の中に「朝食を摂らない」あるいは「朝食を流し込む」と言った食への冒涜を行う選択肢はない。さすがに量は減らし重い物は避けるが、米とサラダにシシャモ、漬物とみそ汁を手早くただし感謝を忘れずに咀嚼していく。食材を粗末に扱うなど、一料理人として許されることではない。

 

そうして竜貴は急ぎ朝の支度を整えると、大変遺憾ながら戸棚の奥の奥のそのまた奥に保管していた薬を仰ぐ。

筆舌に尽くしがたい悪臭と不味さだが、子どもの頃から飲んできた事もありもういい加減慣れている。

精々軽く眉をひそめる程度で済ませ、八時を回る頃に家を出た。

 

さすがにこの時間になると登校してくる生徒の数も多い。

人の波に流されながら校門へと向かうのだが、その表情は冴えない。

体調が悪いというのももちろんあるのだが、そのせいでナーバスになっているのも原因の一端だ。

人それぞれタイプは異なるだろうが、竜貴の場合調子が悪くなるとそれに比例する様に神経質になる。

普段ならあまり気にならない、あるいは気にしない事でも、ついつい気になってしまう。

それは路上に落ちた小さなゴミだったり、行き交う人々の服装の僅かな乱れだったり、普段なら意識的に無視している竜貴に向けられる監視の目だったりと様々だ。

 

(やれやれ、もう入学して3ヶ月経つって言うのに、ご苦労な事で)

 

魔法師協会を中心に監視の目がある事は承知の上。わかっていて、竜貴はその全てを無視してきた。

現存する数少ない魔術師の一人という立場上、監視をつけられるのも仕方がないと分かっている。

監視をやめさせようと思えばできなくもないが、その程度の事のために一々手札を切ったり交渉したりするのは面倒だ。いる事がわかっているなら、彼らの目の届く範囲内では迂闊な事をしなければ良い。

もし必要に迫られて魔術を行使せざるを得ない時には、それなりに配慮すればいいだけの事。

 

竜貴にしてみればちょっと鬱陶しく、有事の際には注意が必要と言うだけでしかないからだ。その程度であれば、無視していれば何ら実害はない。第一、わざわざ「監視に気付いている」という事実を教えてやる義理もない。

むしろ、「気付いていない」ふりを通す方が何かと都合が良い。

 

それはわかっているのだが、神経が尖ってしまっている今はそれが無性に気なる。

いや、通常の監視くらいならまだこれほど気にはならなかっただろう。竜貴の神経を逆撫でしているのは、通常の監視ではなく……

 

(ちぇっ、これは早まったかなぁ……)

 

右目を閉じ、左目のピントをずらす。

すると竜貴の眼球が淡い蜂蜜色を帯び、同時にそれまで普通に見えていた周囲の風景が途端にぼやけていく。

代わりに、竜貴の視界にはうすぼんやりとした光の塊がいくつも浮かび上がる。ただ、それ自体はさほど珍しい事ではない。竜貴が今見ているのは主にサイオンの光。今はそう言った「通常なら見えない」ものに焦点を絞りピントを合わせているのだが、この程度であれば程度の差はあれ魔法師でもできる。

 

竜貴も、別にサイオンの光が気になるというほど神経質になっている訳ではない。彼が気にしているのは、その中でも特に薄く曖昧な光。

 

(確か、SB魔法って言うんだっけ。中途半端にわかり難いから……余計気になる)

 

SBとは、「Spiritual Being(スピリチュアル・ビーイング)」の略であり、精霊や式鬼と呼ばれる非物質存在を媒体とする魔法の総称である。プシオンを核にもつサイオン孤立情報体を使役するこの魔法は、主に古式魔法に広く用いられる。

その特徴の一つとして、活性化した状態ならばそこにあることを魔法師なら知覚することが出来るが、活性化していない状態だと知覚することが難しいという点があげられる。

恐らく、この場にいるほとんどの魔法師(の卵)たちは、ここに活性状態ではない精霊がいる事に気づいていないだろう。だが、竜貴にはそれがわかってしまう。

 

とはいえ、これは別に竜貴が人一倍感知能力に優れている…………という訳ではない。

むしろ、衛宮の魔術師は継承する魔術とその為に後天的に変化させた属性や起源の影響で、総じて空間の異常以外に対する感知能力が低い傾向にある。

竜貴もその例に漏れず、魔力をはじめとした通常の魔術師なら持っていて当然の各種感知能力が大変低い。

 

しかし、それは魔術師としては中々に致命的だ。

元来、魔術師をはじめとした神秘側の存在は「隠れ潜む」のが常道。

その為、感知能力が低いと気付かぬうちに罠に嵌ったり、逃げ場をなくしたりする事が十二分以上にあり得る。

かといって、元々適性の低い方面を鍛えたからと言って早々向上する物でもない。

ならばどうするか、となった時、彼らはある意味最も手っ取り早い(あるいは短絡的とも言える)方法を選んだ。

それが「眼球を魔術的処置を施した人工的な魔眼と入れ替える」というものだった。

 

本来、猫目石を加工した人工的な魔眼では「魅惑」や「暗示」が限度なのだが、衛宮には「剣」か「それに近い属性の物」という縛りはあるものの、視認するだけで対象の材質や構造から来歴に至るまで読み取るある種の魔眼染みた特性がある。

この特性もあって衛宮の術者は比較的に「視る」ことに長けていた。その為、この点に重点を置いて処理された猫目石が、竜貴の左目には埋め込まれている。

その結果、竜貴の左目にはある程度の霊視能力が備わり、感知能力の低さを補っているのだ。これにより、魔法師には感知が困難な活性状態にない精霊も、意図的に視ようとしなければならないという手間はかかる物の、しっかりと視認する事ができる。まぁ、奏辺りであれば、そんな手間をかけずとも感知できてしまうのだが……。

 

また付け加えるなら、衛宮が保有する魔眼は何も「霊視」一つではない。

衛宮は継承する魔術の性質上武芸百般に通じる必要があるのだが、とりわけ剣術ともう一つ弓術に長ける。

これは初代の衛宮が自身の魔術を最大限活用しようとした結果、最終的に弓を用いての狙撃という形に落ち着いたからだ。以来、衛宮の継承者たちは先達に則り、剣術と共に弓術を修めて来た。

その狙撃において大事なもの、というと色々とあるわけだが、まず第一に「標的が見える」ことだ。そも標的を捕捉できなければ威力も技術も射程も何ら意味を為さない。そのため、衛宮が所有する魔眼には「霊視」の他にも単純な意味での視力の底上げが施された、半ば千里眼染みた視力を持たせたものもある。

 

さらに、この他にも得意分野からかけ離れた簡単な「暗示」を掛けられる物などを、用途に合わせて複数所持し、時と場合に合わせて入れ替えている。

とはいえ、さすがに常にいくつも持ち歩く事は出来ない。なにせ、義眼を複数所持しているなど、もし気付かれれば不審者どころの話ではない。なので、常備しているのは特に使用頻度の高い「霊視」「千里眼」「暗示」の三種に限られる。

 

しかし、この行い自体は魔術師的には特筆する様な事ではない。元々、「自己で補えないなら余所から持ってくる」のが魔術師だ。その意味で言えば、竜貴達は筋金入りの魔術師と言えるだろう。何しろ、短所を補う為に眼球を挿げ替えるなど、まともな人間からすれば正気の沙汰ではない。

とはいえ、生まれ持った肉体そのものを捨て去った者までいる事を考えれば、魔術師としてはまだまだ甘いとさえ言える。まぁ、竜貴にしても手を加えているのは左目だけに限った事ではないが……。

 

閑話休題(それはともかく)

こう言った処置によりネックであった感知能力を補っているのは良いのだが、今はそれが裏目に出ている。

視えるようになった精霊の存在が、過敏になった神経を逆撫でしてしょうがないのだ。

だから、漂うように存在する不活性状態の精霊が間近に迫った所で、竜貴の左手が僅かに浮いたのは無理もない事だろう。

 

(………………………………いけないけない。気付いている事を知られちゃいけないって確認したばかりじゃないか。ここはぐっと我慢しないと)

 

衝動に駆られて握り潰しそうになった所で、不自然にならないよう注意しながら左手を引っ込める。

精霊をかき消す事は容易だが、それこそ「不活性状態の精霊」という、通常の魔法師では知覚できない存在を知覚できる事を知られるのはよろしくない。

ましてや、この状況は彼の軽はずみな発言が原因なのだから、尚の事自重せねば。

 

(やれやれ……ホント、軽はずみな事は言うもんじゃないなぁ)

 

こっそりとため息をつきつつ思い出すのは、先週の放課後の出来事。

廊下の角に身を隠していた同じ一年の「吉田幹比古」からの「魔術を教えてほしい」という要請。

それに対する竜貴の返答は、当然一つしかなかった。

 

「悪いけど……」

「理由を、聞かせてもらえないか?」

「理由は……まぁ、色々ある訳だけど、『教えても身に付かない』からって言うのが一番かな。

 ああ、でも勘違いしないでほしいんだけど、それは別に君のせいじゃない。

 どうしようもない理由が半分と、もう半分はこっちの責任だから……いや、待てよ。そう言う意味で言えば、そもそも僕に頼むのが間違いな訳で……」

 

そのまま自分の世界に入り込み、ぶつぶつと小声で何事か呟く竜貴。

とはいえ、知らない者からすれば要領を得ないだろうが、竜貴の言っている事に嘘はない。

例え魔術を教えたとしても、この世界にはもう彼に使える魔術基盤が存在しない。この時代において魔術基盤とは、各家系が占有し独占する物。後継者以外では、各家系が継承する魔術基盤に触れる事すらできない。

これは、魔術師としての在り方や方針とは別の、そう言うものとして定まってしまった現実だ。

こればかりは、例え何らかの事情で弟子を取ろうとしてもどうにもならない事である。

 

その上、頼む相手が悪過ぎた。

衛宮の魔術はその特殊性から、行使できるのはその時代に一人しかいないと言っていい。

仮に魔術基盤の問題がなかったとしても、教わったからと言って習得できるようなものではないのだ。

 

「そう、か……それなら、仕方がないんだろうね」

 

一刀両断された幹比古はといえば、ある程度この答えを予想していたらしく、それほど落ち込んだ様子は見られない。しかしその実、俯いた顔には濃い影を残し、手は堅く握りしめられていた。

自分自身に言い聞かせる零れた言葉が、彼の胸中の混沌を感じさせる。

『仕方がない』とわかってはいるのだろう。わかっていて、彼はまだ諦める事ができずにいた。

そんな幹比古を前にして、竜貴は自身の悪い癖を自覚する。

 

(奏なら、心の贅肉とか言うんだろうなぁ……)

 

自身がこれから口にする事が、愚にも付かない事だという自覚はある。

自覚していながら、一人間としての衛宮竜貴は吉田幹比古という人間を無視する事が出来なかった。

魔法師という人種を、同族ではなく「人間」として見るようになってしまったが故に。

 

「一応聞くけど、なんでまた魔術を? 教える事は出来ないけど、まぁその…なんだ、相談に乗るくらいはできるかもしれないしさ」

「……」

 

竜貴の言葉がよほど意外だったのだろう。苦渋に歪んだ表情から一転し、幹比子は呆然とした様子で竜貴をまじまじと見つめる。

かつての、「神童」と呼ばれた頃の彼であればそれを憤慨と共に撥ね付けただろう。

これは、竜貴自身ですら自覚する同情以外の何物でもなかった。

それなり以上にプライドのある人間にとっては、侮辱以上に屈辱的に違いない。

 

だが、今の幹比古にそれをするだけのプライドは既になかった。

あるのは、かつて失った物をなんとか取り戻そうとする、藁にも縋るような気持ちだけ。

やれるだけの事はこの一年の間にやりつくした。それが同情だろうと何だろうと、彼にはもう縋る以外の選択肢がない。

 

「…………実は」

 

そうして幹比古の口から語られたのは、およそ一年前に起こったとある事故の話。

吉田家では年に一回、喚起魔法を用いた重要な魔法儀式がおこなわれるのだが、幹比古はそこでその身に余る存在を喚ぼうとして失敗。以降、彼は魔法の発動速度が遅くなっていると感じ、魔法が巧く扱えなくなってしまったという。

 

本人が詳細を話したがらなかった事もあり、竜貴が聞いたのはそんな概要だけだ。

だがそれでも、幹比古が魔術になにを求めて竜貴に接触してきたかは一目瞭然。

そして、これを聞いた竜貴は心底後悔した。何しろ……

 

(ヤバい、聞かなきゃよかった。だってこれ、多分なんとかなる)

 

そう、竜貴には幹比古のスランプの原因(と思われるもの)を解決する手段に心当たりがあった。

 

(聞いた限り、要は魔法を早く使えるようになればいい訳だよね。

 そんなの“魔術回路”を開いて使い方さえ分かれば、割となんとかなりそうだぞ)

 

無論、彼のスランプを完全に解決できると太鼓判を押す事は出来ない。

彼が名門の古式魔法師、つまりはかつての魔術師である事を考えれば、体内には恐らくそれなり以上の数の魔術回路を受け継いでいる可能性が高い。その性能は開いてみない事にはわからないが、それなりの質があれば“CADの代わり”くらいはできるだろう。

 

なにしろ、携帯端末で出来る程度の事は魔術回路で充分代替可能なのだ。

魔術基盤こそ失われたが、文明は未だ神秘を駆逐する域に届いていない。せめて人間そのものが不要になる域でなければ、魔術が追い越される事はないだろう。かつて魔術師たちが現代文明を軽視・軽蔑していたのは、そんな事情あってのことだ。

 

ただし、それはあくまでも機能的な問題の話。

コスト、あるいはリスクの面で言えば現代文明、例えば電子機器は魔術回路より遥かに優秀だ。なにしろ、僅かな制御ミスで命を危険にさらすような事はないのだから。この一事だけでも、魔術回路より現代文明の粋を集めた機器の数々は優れていると言える。

何が悲しくて、計算したり電話したりするためだけに命を張らねばならないのか。それこそナンセンスというものだろう。

 

実際、竜貴は一応CADを所有しているが、そんなものはぶっちゃけ隠れ蓑に過ぎない。

魔術回路の存在とその性能を知られない為に、わざわざ必要のない機器を使っているのだ。

本来彼は、自分が使える程度の魔法であれば自身の魔術回路だけで事足りる。質的には偏りまくって最早「異質」と区分されてしまう衛宮の魔術回路だが、遠坂の系譜という事もあり数だけはそれなりだ。

仕える魔法の起動式を一通り魔術回路に保存し、「あとは発動させるだけ」という段階で待機。必要に応じて出力する、という事が一応は可能だ。

 

ただ、これにも穴がない訳ではない。

なぜなら魔法を魔法として起動させるためには、なにはともあれ最終的に魔法演算領域を通さなければならない。

その為、如何に魔術回路で起動式の保存・演算を肩代わりしても、魔法演算領域が不要になる事はない。

故に、自身の魔法演算領域の限界を越えた魔法を使用する事は不可能だし、演算規模も干渉強度も変動しない。あくまでも、魔法を発動するまでのプロセスをある程度省略できるというだけに過ぎないのである。

 

だが、幹比古の悩みを解決するだけならそれで充分。

その上、これ自体は魔術でも何でもなく、言わばその前段階に位置する物。

衛宮の魔術の特異性とか、魔術基盤の喪失とかとは別の問題だ。

恐らく…というかほぼ間違いなく、魔術回路を開いてその使い方を教えてやれば、多少時間はかかっても幹比古の悩みはある程度解消されるだろう。魔法を使う度に命懸け、というリスクに目を瞑りさえすればだが。

 

しかしそれも、教わる側の幹比古個人の問題としてはだ。

教える側としては……

 

(彼には悪いけど、魔術回路の事も魔法師には知られたくないんだよねぇ。

 制御ミスの危険性とか、回路が励起してる時の体温変化とか知られると、ちょっと困るしなぁ)

 

これらの情報は、一人の魔術師として可能な限り隠しておかなければならない情報だ。

万が一にもこれらの情報が漏れれば、竜貴達は少なくないリスクを背負うことになる。

如何に竜貴とはいえ、それを漏らす事は出来ない。

 

(ホント、聞かなきゃよかった)

「……」

「ごめん、変に期待を持たせる様な事を言っちゃったけど、どうやら力にはなれそうない」

「……そうか。いや、僕もわかっていた事だ、気にしないでほしい」

 

どうやら、相当に申し訳なく感じている様に受け取られる表情をしていたらしい。

まぁ、申し訳なく思っているのは本当だ。ただし、幹比古が考えているのとは些か意味合いが違うだろうが。

 

だから、だろうか。竜貴はここで、「心の贅肉」どころか「心の税金」並の余分に踏み込んでしまう。

この時点では大した問題はないと判断してのこととはいえ、それが少々軽率だった事は事実。

だがそう言った諸々を自覚した上で、竜貴は立ち去ろうとする幹比古の背に声をかける。

 

「あぁ、これは独り言なんだけど……」

「え?」

「僕から君に教えられる事はない。でも、もし何かを盗まれたとしたら、それは僕が間抜けだったって事だよね。ま、そう簡単に隙を突かれる程抜けてはいないつもりだし、仮に盗めてもそれが有益かどうかは保証できないけど、うん」

「君は……」

 

それだけ言い残し、竜貴は足早に幹比古に背を向けて歩き出した。

彼からすれば、監視が付いているのは前からの事。そこに今更一つ目が増えたからと言って、たいした問題ではないと考えたが故。

それがまさか、こんな形で後悔することになろうとは一週間前の彼は思いもしなかった。

 

(自分で言った事だし、よほどあからさまじゃない限りは見逃すつもりだったけど、思ってた以上に上手くやってるんだよなぁ。この調子だと、止めさせる口実を見つけるのは、結構骨かも)

 

スランプで悩んでいる様な相手なので、もっと楽に口実を得られると思っていたのだが、蓋を空けてみればこの有様。不活性状態の精霊が視えることをばらしたくない竜貴としては、知らぬふりを通すより他にない。

今のところ活性化した精霊を見つけた事はないので、何らかの条件付けがされているのだろう。

その条件を満たさない限り口実を得るのは難しいが、それはつまり情報が漏れるという事でもある。

それは事実上、吉田幹比古に敗北したも同然だ。あまりそう言った考え方に拘らない竜貴だが、今回は自分のミスが発端。ここでわざと当たり障りのない形で負けるというのも業腹だ。

その程度には、衛宮竜貴という少年はそれなりに年相応なのである。

 

(やれやれ、遠坂のウッカリがうつったかな…………ま、しばらくは我慢比べといこう。幸い、そう言うのは割と得意だし)

 

先祖代々、どちらが根を上げるのが先か、という様な我慢比べは得意分野だ。

あちらが根を上げるか諦めるまで、じっくり慎重に待たせてもらおう。

それに、こうして不活性状態の精霊の存在が気になるのも、体調不良で神経質になっているからだ。それさえ過ぎ去ってしまえば、あとは今まで通り丁重に無視するだけの事。

 

そう自分自身に確認した竜貴だったが、やがて状況がそれを許さなくなる事を彼はまだ知らない。

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

その日の昼時。

ようやく全試験日程を終えて解放された竜貴達は、賑やかな食堂は避け、人の少ない(何故か鍵を持っている竜貴が開けた)屋上でささやかな喝采を上げていた。

 

「いやぁ~、終わった終わった」

「マジで助かったぜ達也、ダンケ」

「ホントに、達也君様々よねぇ~」

「珍しく意見が合うじゃねぇか」

「あんたみたいな珍獣と合っても嬉しくないけどね、むしろ残念?」

「んだとこのアマ!」

 

平常運転のエリカとレオをさらっと流し、みなはそれぞれ購買で買ってきたジュースに口をつける。

折角の晴れやかな試験後だ、何が悲しくて夫婦漫才の仲裁をしなければならないのか。

 

「でも、本当に達也さんのおかげですね。魔法学はちょっと不安だったんですけど、おかげで今回はちょっと自信があるんです」

「そう大したことはしていないよ。美月は元々基礎がしっかりしていたし、俺は少し手を貸しただけだ」

「わ、私も達也さんのおかげで凄く良くできました! ありがとうございます!」

「いや、だからそんなたいした事は……」

 

ほのかの熱心すぎる程に熱心な感謝に、ややたじろぎ気味の達也。

そんな彼を、深雪や雫は微笑ましい物でも見るような目で見ている。

 

ただし、それも長くは続かない。

雫は早々に達也から視線を外すと、未だに悪口雑言の応酬を繰り広げるレオとエリカを無視し、座ったままフェンスに身体を預けて空を仰ぐ竜貴の方を向く。

 

「大丈夫? かなり辛そうだけど」

「ああ、うん、まぁなんとか……」

 

昼には落ち着くだろうと思っていた刻印の熱は、予想に反して未だに治まる気配がない。

それどころか、遅々とした速度ではあるものの徐々に悪化してきている気さえする。

 

(考えてみれば、ここって冬木じゃないんだよね。慣れない霊脈のせいって可能性は否定しきれないかも)

 

思い返せば、刻印と体の波長が合わなくなった事はあっても、それは全て故郷であり本拠地である冬木の地での事。幾ら竜貴でも、刻印との波長が合わなくなる時に外部に出て仕事をしようとは思わない。仮に出先でそうなれば、一度戻って出直そうとするだろう。なにしろ、魔術師としての仕事は命懸けになる事が多い。体調に不安を抱えた状態でそれをこなそうとする程、竜貴は無謀ではない。

つまり、今まで本拠地以外で刻印とのずれを治めようとした事はないに等しい。だが、今回はそう簡単に帰る事も出来ない案件であり時期だった。おかげで、こんな発見をする羽目になってしまった。恐らくではあるが、慣れ親しんだ大源(マナ)と異なるせいで、中々刻印が落ち着かないのだろう。

しかし、これはこれで悪い事ばかりでもない。

 

(ま、今知れて良かったかな。もっと切羽詰まった時だったらと思うとゾッとしないし)

 

そう、今の様な一応は平和な時にそれを知る事が出来たのは幸運と言えるだろう。

今後はあまり楽観視せず、冬木の外では可及的速やかに刻印とのずれを修正する。

その事を肝に命じた竜貴は、万が一に備えて用意していた奥の手を使う覚悟を決めた。

 

「だけどよ、ホントに顔色悪いぜ?」

「息もちょっと荒いわよね。風邪?」

「お兄様……」

(一見すると風邪のようではあるが、咳などは見られない。対して熱はある様だし、過労か何かか? それとも……)

「ごめんね、心配掛けて。ちょっと強めの薬飲んで休んでれば、すぐに治まると思うから。

 あ、それと鼻詰まんでおいた方が良いよ」

 

そう忠告しながら、竜貴は懐から一本の小瓶を取り出す。

一見すると栄養ドリンクか何かの様だが、ラベルはなくただ濃い褐色のガラス瓶の中に液体らしきものが揺れているのが見えるだけ。

だがそれが開封された瞬間、その場にいる全員がかつてない程に眉根を寄せた。というか悶絶した。

 

「「「「「「「くさっ!?」」」」」」」

 

そのあまりの悪臭に、淑女教育を受けた深雪でさえも涙目になりながら鼻をつまんでのけ反り、エリカやレオに至ってはいつの間に立ちあがったのか、猛烈なバックステップで距離を取る。

ほのかや雫、美月は既に意識が朦朧としているのか、虚ろな目で頭をふらふらと揺らしている始末。

達也だけはなんとかその場から微動だにしていないが、それでも鼻をつまむ事は避けられなかった。

 

「まぁ、それが普通の反応だよねぇ……」

「飲むのか?」

「飲む?」

「飲まん」

「賢明だと思うよ。僕が言うのもどうかと思うけど、味蕾が死滅するんじゃないかってくらい不味いし」

 

さすがに子どもの頃から飲んでいて慣れている竜貴は平然としたものだが、別に好き好んで飲みたい代物でもない。むしろ、彼としては必要でなければその存在そのものを抹消したいと思っている代物だ。

衛宮の人間にとって、このドロい何かは、それほどまでに許し難い存在なのである。

 

(ここに誓おう。僕の代で必ず、美味しく飲める薬に改良してみせると!!)

 

そんななんだかよくわからない決意を胸に、竜貴は本日二本目となる薬を煽る。

皆はそれをこの世のものではない何かを見るような目で見つめつつ、実はちょっとだけ竜貴から距離を取った。

匂いだけで味を確かめたわけではないが、匂いだけでもその不味さは想像に難くない。それどころか、想像を上回る可能性すらあるだろう。それを思えば、アレを平然と一気飲みする竜貴は、確かに異界の何かに等しいのかもしれない。

ちなみに、その時彼らがいる校舎の周辺では……

 

「ぐぁ~、目が目が~!?」

「きゅぅ……(バタッ)」

「ゲホゲホッ、ゴホッ! オェ~……」

「なんだ、またブランシュのテロか!」

「総員戦闘態勢! テロリストどもを見つけ次第殲滅せよ!!」

 

なんの忠告も受けず覚悟もないまま、風に乗って来た劇薬じみた悪臭に晒された生徒たちの間で大混乱が生じていた。

竜貴なりに友人たちに迷惑がかからないよう、上手くもない魔法を使って臭いの拡散を防ごうとしたのだが、校舎周辺までは気が回らなかったらしい。

そして、そんな喧騒の原因はといえば、自分の責任で何かが起こったことにさっぱり気付くことなく、「周りが騒がしいなぁ」と他人事の様に思いつつ薬を飲み干して一言。

 

「ぷはぁ~、不味い!」

「そんな青汁みたいに……」

(アレは本当に薬なのか? 俺でも成分を“視る”のを躊躇うぞ)

 

恐らく、達也の身体にはアレが入った瞬間、「再成」が発動してチャラにされてしまうだろう。

それほどまでに、アレは「人間が口にすべきではないなにか」としか思えない。

 

そうして竜貴は口元を拭った後、可能な限りきつく瓶のふたを閉めた上で更に二重のビニール袋に入れて縛った。

その徹底ぶりから、彼がどれほどアレをいやいや飲んでいるかが伺い知れる。

とそこで、竜貴の端末に着信を告げる振動が生じた。

 

(あれ、克人さん?)

 

端末の画面に表示されたのは珍しいというほどではないが、そうそう頻繁に連絡を寄越す様な相手でもない人物の名前。竜貴は小首を傾げながら回線を開く。

 

「もしもし、克人さん」

『衛宮、すまないがこの後時間を取れるか?』

「ええ、まぁ」

『では、昼食が終わり次第生徒会室に来てくれ』

「はぁ、それは……構いませんが」

 

一応視線で皆の了解を取り、少し間をおいて行ける旨を伝える。

 

「ところで、一体なんの用件でしょう?」

『詳しくは生徒会室で話すが、九校戦というものを知っているか』

「きゅうこうせん、ですか?」

『やはり、その様子では知らんらしいな。わかった、それも踏まえて説明する。お前に九校戦絡みで頼みがある」

「わかりました。とりあえず、後ほど生徒会室に行けばいいんですね」

『手間をかけさせるが、頼む』

 

手短に用件を伝えると、克人の方から電話は切られた。

『九校戦』というのは竜貴には馴染みのない単語…というか、聞き覚えのない物だ。

しかし、どうも周囲を見ると皆には心当たりがあるらしい。

なので竜貴は、無難な所から前情報を得ることにした。

 

「みんな、九校戦って知ってれば教えてほしいんだけど……なに?」

 

後に竜貴は語る『やっぱり、不用意な事を言うもんじゃないよね』と。

なにしろこの第一声が原因で、竜貴は友人の一人からねっとりたっぷり、執拗に九校戦のなんたるかをレクチャーされる破目になるのだから。曰く、「九校戦を知らないなんて人生一万倍…ううん、一兆倍損してる」らしい。

ちなみにそれに対して竜貴が抱いた感想はといえば、「あれ、億が抜けてるや」という何とも的外れなものだった。




竜貴の身体は割と色々魔術的な手が加わっています。衛宮は色々偏りまくっているので、不得意分野を補い、得意分野を伸ばす為に必要に迫られてですね。
眼が好例でしょう。感知能力の低さを補いつつ、狙撃能力を向上させようと思ったらこんな感じに。
ちなみに、最たる例は身体に封入している鞘ですね。生まれた時から埋め込み、属性と起源を改変するなんて、相当出鱈目なマネでしょう。まぁ、竜貴の場合「生まれた時から」どころではないんですけどね、実は。

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