日曜日
星ノ海学園のグラウンドに関内学園の野球部とうちの野球部が集まり整列していた。
俺達も参加するので、今は全員で整列してる。
「礼!」
『よろしくお願いします!』
審判の声を合図に、礼をし、各ベンチへと移動する。
円陣を組み、リーダーである奈緒が全員を激励する。
「負けたら全員ケツバットな」
スパルタな激励だ。
「仕舞って行くぞ、おー」
「「おー!」」
『……おー』
元気よく返事をしたのは高城と黒羽のみ。
他は乙坂を除きだるそうに返事をする。
「プレイボール!」
関内高校が先行。
なんとうちのピッチャーが見事三者三振で一回表終わらせた。
「へ~、うちの野球部のピッチャー凄いな」
「凄くないっすよ。むしろ、うちのピッチャー相手に打てないとか、相手バッター、ヒデェーなー」
「そんなに酷いのか?」
俺達の会話を聞いたらしくピッチャーはずっこける。
「おい!急な試合で本気出してるのに、なんだその言いぐさは!?」
「事実ですので」
「テッメー!試合放棄するぞ!」
ピッチャーはグローブを地面に叩き付け怒鳴る。
「それは困ります、投げてください」
「だったら、ちゃんとは考えて喋れよ!」
「黒羽さーん。お願いしまーす」
「はい!」
奈緒が急に黒羽に話しかけ、黒羽は敬礼しながら返事をする。
「おっまじないー、おっまじないー、れっいせいーになるのおまじない!」
「出たー!ゆさりんのおまじないシリーズ9!冷静になるのおまじない!」
「はい!これで冷静になりました!」
黒羽のおまじないのお陰でピッチャーのテンションは上がったみたいだ。
顔が締まりのない顔になってるが。
「引くな!」
そんなピッチャーに喝を込める意味も兼ねて、奈緒は叫ぶ。
一回裏は俺達の攻撃。
福山は念動力でボールを動かし、同じく三者三振で終わらせる。
「ありゃ、本物のナックルだぜ。打てねーよ」
帰って来たバッターがそう言う。
「ケツバットなりなんなりしてくれ」
誰一人、福山のナックルを打てる気がしないらしく諦めモードになってる。
「それにしても、よくあんな球、捕球し続けられますね」
「キャッチャーも超高校級なんだろ。福山とは違って、本物のな」
二回表。
ランナーが二塁へと進み、バッターは福山。
福山は、うちのピッチャーの球を打ち上げる。
普通ならフライでアウトだが、球が向かったのは黒羽の方。
恐らく、黒羽では球を捕れない。
そう思い、走り出そうとすると、黒羽が走り出し、フライ球を捕った。
見た感じ美沙と入れ替わったみたいだ
美沙は、そのまま三塁へと投げるが、ボールは地面を数回バウンドし、セーフとなった。
「チッ!柚咲の肩、よえーな!」
反応は出来ても、体は付いていけてない。
どうやら、運動能力は黒羽の方に依存してるのか。
その後は、なんとか善戦し八回まで無得点で抑えたが、九回表で、うちのピッチャーのスタミナが切れかけてるらしく、フォアボールを出したり、簡単に打たれたりし始めた。
そして、1アウト満塁。
ヤバい状況だ。
タイムを入れ、全員が集合する。
「こっちも能力を使いましょう」
「具体的には?」
「貴方が相手バッターに乗り移るんです。そして、残り二人のバッター、やる気なく振って下さい。貴方はボール球でいい。ワイルドピッチには気を付けて下さい」
「あ、ああ」
ピッチャーは悔しそうに帽子のつばを掴み、顔を隠す。
此処に来て、能力の使用だし、悔しいのも無理ないか。
試合再開となり、乙坂が早速乗り移る。
そして、呆気なく1ストライク。
2ストライクとなり、最後の一球。
それを投げようとうちのピッチャーが投げようとすると、三塁の関内学園のキャッチャーが走り出す。
「キャッチャー!」
奈緒が反応し叫ぶ。
しかし、間に合わず、結果はセーフ。
此処に来て一点を取られてしまった。
「何がセーフなんだ?」
乙坂は何が起こったのか把握できずにいる。
「ホームスチール、盗塁だ」
「くそっ!くそっ!」
乙坂の質問に答え、奈緒が悔しそうに声を上げ地面を蹴る。
九回裏。
俺達の最後の攻撃だ。
これで、俺達が一点も取れなければ負け。
今後一切、福山には関われなくなる。
最初のバッターはアウトとなり1アウト。
次のバッターは高城だ。
「とにかくバントでボールに当ててください。そして、能力を使って一塁ベースを駆け抜けてください」
「果たして視認されるでしょうか?」
「証拠はスーパーハイスピードで撮っておきます」
「分かりました」
高城がバッターボックスに立ち、バントの構えをする。
それに福山が表情を変えたが、すぐに戻り、ボールを投げた。
しかし、見事にバントは失敗し、2ストライク。
もう後がない。
三球目。
高城は前に飛び出しながら、バントをしボールがバットに当たる。
しかし、ボテボテの球。
キャッチャーはボールを拾おうと動き出すが、その前に高城が能力を使って一塁ベースを駆け抜け、土手へとぶつかる。
周りは何が起こったのか訳が分からない様で、狼狽えだす。
「ほらぁ!ファーストベースに触れてます!ほらほら、セーフっしょ?セーフっしょ?」
奈緒の持つ証拠映像に審判は表情と口元を歪める。
「………セーフ!」
審判はこのジャッジでいいのかかなり葛藤していたが、証拠を信じセーフと言った。
「よくやった!貴方の犠牲は無駄にはしません!」
高城は顔にモザイクが入るぐらいの有様になり、病院へと搬送された。
そんな高城を奈緒は褒め称えていた。
「誰か代走!」
高城の代走が一塁に立ち、良い感じになった。
続いてのバッターは美沙だ。
美沙は非力な黒羽の力を補うために、自分の感覚でボールを打った。
ボールは飛び、ワンバウントし、外野のグローブに収まる。
その間に、美沙は一塁へと出て、これで1アウトランナー一、二塁。
「すっげー。イチローみたい」
奈緒は美沙のバッティングに感心しながらカメラを回す。
「奈緒、次はお前の番だぞ」
「私の送りバントが成功したら、後は1ヒットでサヨナラです」
「正直に言うが、あのボール、俺は打てないぞ」
「そこは能力の使いどころです。期待してますよ」
そう言って、カメラを俺に預け、奈緒はバッターボックスに立った。
奈緒の送りバントは成功し、2アウトランナー二、三塁。
次の打順は俺だ。
俺に打てるのか?
「なぁ、一之瀬」
バッターボックスに立とうとすると、乙坂が俺に声を掛ける。
「僕がアイツに乗り移って、ボールを投げればいいんじゃないか?五秒でも、それぐらいはできる」
乙坂の提案は確かに、確実だ。
だが…………
「悪い。今回は能力無しでやらせてくれ」
「え?」
「とにかく、勝手に乗り移ったりしたら後で説教だぞ」
乙坂にそう忠告し、俺はバッターボックスに立つ。
まずは第一球。
これは見逃し、ストライク。
大体、ボールが落ちる位置は分かった。
後はタイミングよくバットを振るだけだ。
第二球。
バットを振るもタイミングが合わず、空振りでストライク。
残り一球。
もう後がない。
第三球はなんとかタイミングは合うも、当たり方が悪く、後方へと飛び、フェンスに当たる。
「ファール!」
タイミングはばっちりだ。
後は、前に飛ばすだけ。
だが、そこからが苦戦した。
バットにボールは当たるも、ヒットにならずファールのみ。
ファールにするだけで精一杯かよ……………
そして、十球目。
先程と同様タイミングを合わせてバットを振る。
しかし、先程とは違ってボールが落ちるタイミングがずれた。
ここにきて、タイミングをずらしやがった!
バットは空しく空を切り、俺は空振りしてしまった。
ここまでか…………
「終わってない!走れ!」
奈緒の声が聞こえた。
思わず後ろを振り返ると、キャッチャーがボールを取り損ね、ボールが後ろへと転がっていた。
そうか!
タイミングが変わって、捕球できなかったんだ!
そう考える前に、俺は走り出し、一塁ベースを踏んでいた。
そして、三塁のランナーがホームベースを踏み、美沙が走る。
そして、滑り込むように美沙がホームへと向かう。
美沙がホームに触れる瞬間、福山がキャッチャーからボールを受け取りタッチした。
結果はどうなった?
「セーフ!ゲームセット!」
審判のその叫びに、俺達のベンチから歓声が上がった。
「勝てたのか?」
「はい、勝てました」
一塁に座り込む俺に、奈緒が手を差し伸べる。
その手を取り、立ち上がると、奈緒が不思議そうに聞いて来た。
「どうして能力を使わなかったんですか?能力を使えば、もっと楽に打てたと思いますが」
「………確かに、能力を使えばもっと楽に打てたはずだ。でも、そんなことしても意味がない。アイツには、本当の意味で、能力を使ってもらいたくないからな」
そう言うと奈緒は訳が分からなさそうにする。
帰り支度を済ませ、俺達は福山と会った。
「試合は我々の勝ちです。約束通り、その能力は今後二度と使わないでください」
福山は何も言わず、沈黙した。
「………僕は平凡なピッチャーだ」
福山が急に話し始めた。
「けど、キャッチャーのタカトは違う。本当に脚光を浴びるべきキャッチャーだ。ずっとバッテリーを組んできた。うちの野球部が弱いのは分かってた。それでもアイツは僕と組んでくれた。僕と組んでくれることを選んだんだ。だから、アイツを、甲子園へ連れて行きたかった。この不思議な力で、プロからも注目される大舞台へ!」
「私利私欲ではなく、友情の為に能力を使っていたと」
「………ああ」
なんとなく、福山とあのキャッチャーを見ていたから分かっていたが、やっぱり親友の為に使っていたんだな。
でも…………
「確かに甲子園に行けば、プロからも注目される。だが、もし彼が真実を知った時、それで喜ぶと思うか?」
俺は奈緒より一歩前に出て、福山に話す。
「能力を使って甲子園に連れて行ってくれてありがとう。そう言うと思うか?」
「そ、それは……………」
「きっと彼は、お前と二人、そして、野球部の皆と力を合わせて甲子園に行きたいと思ってるはずだ。それと、お前が能力を使って自分の野球部を甲子園へ行くってことは、他の高校の野球部は甲子園に行けないってことだ。甲子園の為に人生を野球に捧げてる高校球児だっている。お前は、自分の仲間や自分を応援してくれる人、そして、他の高校球児たちの思いを、踏み躙ってるんだぞ」
福山は何も言わず、下を俯く。
「今回、私たちはズルして勝ちました。それは貴方も同じ。貴方はずっとズルして投げて来ました。でも、ズルなんかしなくても、ちゃんと見てくれる人はいます。大学でも、社会人野球でも。貴方は親友として、隣でずっと見守って行けばいいと思います」
奈緒の言葉に福山は顔を上げる。
「いつか自慢できる日が来ます。アイツは僕の親友なんだぜって。絶対っす。大丈夫っす」
その言葉を聞き、福山は吹っ切れたような表情になった。
「そうだな。アンタの言う通りかもしれない。もう能力は使わない。約束する」
「はい」
「それとアンタ。ありがとうな」
福山は俺の方を見て礼を言って来た。
「アンタの言葉で自分の犯した過ちに気付けたよ。俺は知らず知らずに多くの人の応援や思いを踏み躙ってた」
「そう思うなら、お前の相棒と仲間を信じてやれよ」
「ああ」
福山はそれだけ言い残し、仲間の下へと戻った。
「ちょっとした実験です。彼に乗り移って下さい」
奈緒が去っていく福山の背中を見ながら、乙坂に言う。
「え?どうした?」
「だから、ちょっとした実験です」
「被験者に言う言葉じゃないぞ」
「彼が被験者です。ご安心を」
乙坂は溜息を吐き、能力で福山に乗り移る。
倒れそうになった乙坂を奈緒が受け止め、数秒後、乙坂は自分の今の状態に気が付き、慌てて離れる。
「うわぁっ!?」
「ありがとうございます」
「いや、別にいいんだが…………何か分かったのか?」
「今はまだ分かりません。しばらく様子見です」
そう言う奈緒は、ずっと福山を見ていた。
何故態々、乙坂に乗り移らせたのか。
それが気になりつつも、俺達はマンションへと帰宅した。
次回はスカイハイ斎藤回ですが、その前にオリジナルストーリーを入れます。
次回はオリジナルになるのでお楽しみに。