空気がお通夜となっている。それはもう滅茶苦茶重たくて一切ふざけられない。その日の夜、テスタロッサ家は重苦しい空気に包まれていた。
まぁ、なんだ。フェイトが執務官試験に落ちた。
元々一発で受かるほど簡単なものではないし、現在最年少で執務官になったクロノも片手で数えれる試験回数で受かれる人間の方が少ないといっていた。
そもそも執務官ってのは、事件捜査や各種の調査などを取り仕切る役職で、所属部隊における事件および法務案件の統括担当者ってのになることができる。この時点で俺の頭は追いつかない。
んでもって、仕事のスタイルは部署や個人によってバラバラで、信頼の置ける部下数人の少人数精鋭で活動する者もいれば、何十人もの捜査官を束ねて指揮する者もいる。更には単独で行動する者もいるらしい。
クロノは臨機応変にスタイルを変えてるらしいが基本的には少人数精鋭派らしい。
仕事内容は、内勤派の者は所属部隊の法務を全般的に担当、独立派の者は自身が得意とする種別の事件の追跡調査を専任で指揮および担当する傾向が強い。
ここまでクロノが説明してたとき、フェイトは真面目に聞いてたが俺とアリシアは既に思考が遥か彼方へさようならしてた。
まぁ、なんにせよ執務官ってのは法務関係の処理を行える資格を持っているため重宝される反面、法務を中心とした多様な知識と高い技術が問われる。よって、その試験の難易度はかなり高い。
つまり! 要点を簡潔にまとめると執務官はメッチャ凄い! だからなるのはめっちゃ難しい!
その試験にフェイトは落ちた。一回で受かるって楽観視なんてしてなかったけど、全力で頑張ってたわけだし落ち込まないわけがない。アルフが付き添って慰めてるんだけど、問題は別にある。
テスタロッサ家のラスボス的存在プレシアだ。
口元に手を当てて思案するような難しい顔をなされている。憤るわけでも一緒に悲しむでもなく思案している。
たっぷり10分ほど考え、なにかを決めたのか床に座るフェイトの前まで移動し目線の高さを合わせるためしゃがむプレシア。
「フェイト、今回試験を受けてみて正直どうだったかしら?」
「試験の内容も難しくて……解いたときもあんまり手応えがなくて……ごめんなさい」
「謝ることじゃないわ。でも……ええ、現状そこがあなたのいるところよ。あれだけ一生懸命に勉強したうえでまだそこよ」
「うん……」
「それだけ執務官って立場に辿り着くまでは遠いわ。まぁ、本当のことをいうと汚ないコネを使う人間もいるほどに。フェイト、あなたはどうしたいの? 諦めるのもひとつの道、執務官をこのまま目指すより他の道を探すのも決して悪いことじゃないわ」
そうだろうね。クロノは間違いなく天才の部類だっただけで普通は挫折する人間も少なくない。今のフェイトは中学生になりたての奴が有名大学に入ろうとするぐらいレベルの高いことをやっている。そりゃ、一旦目指すのを見送って他の道を探したっていいだろう。別に今諦めたら二度と目指せないわけでもないし。
けどフェイトは答えない。何に悩んでいるのか、たぶん答えは決まってるのに色々考えてる。なに考えてるかは知らないけど、というかわからん。
「あとは……そうね、あなたが望めば私のコネを使うって手もあるわ」
「それはッ! それは駄目! 嫌だ!」
「そう。じゃあフェイトはどうしたいか言ってみなさい。たぶん答えは決まってるのに優しいから色々考えて気づかってどうしようか言えないだけでしょう。言いなさい、フェイトが目指す夢を負担に思うなんてことは絶対にないわ」
「このまま、執務官を目指したい……」
ポツリとフェイトは言う。俯きそうになっていた顔を上げ真っ直ぐプレシアの目を見て言う。
「私たちは家族みんなで笑えるようになったけど、たぶん私が知らないだけで泣いてる子たちはいっぱいいて……私はそんな子達が少しでも笑えるようにしたくて。クロノやリンディさんたちに話を聞いたら執務官が一番合ってた。私の夢に一番合ってた――だから私は執務官を目指す。今回は全然駄目だったけど、それでも私は諦めたくない!」
なんともまぁ、すごい夢だ。別に自分のやりたいことを卑下するつもりはないがフェイトは自分みたいに笑顔になれる子を増やしたいと上手く言えんが優しい夢だと思う。
プレシアがこちらに一瞬ドヤって来たんだけど今珍しく真面目に話してんだろ。最後まで頑張れよ。
「なら手を抜かず頑張りなさい。そうやって頑張ってる間は私はずっと応援するわ……でもフェイトは肩の力をたまには抜くくらいしなさいね? あなたは頑張りすぎちゃうふしがあるから」
「うん、ありがとう母さん」
全部が吹っ切れたわけでもないだろうが先程とは比べ物にならないほど晴れた顔をしたフェイト。アリシアとアルフが自室に連れていきリビングに残ったのはプレシアと俺……俺も自室に戻りたい。
「どう? 自慢の娘よ?」
「そうな、俺はそっちよりもまともなこと言ってたプレシアさんに驚きだよ」
「あなたは私をなんだと思ってるのかしら。私は親よ、娘が道に迷ったなら地図を渡すか、手を取って最後まで案内するかくらいするわ」
「ただいつまでも手を引いて導くことは出来ないから今回は地図を渡すだけにした?」
「ナナシあなた……たまに察しがいいのが腹立つわ」
理不尽すぎるだろ。いや、なんとなく途中からわかってた。親バカだしちょっと試験官が悪かったのよとか言い出すんじゃないかと疑ってたけど、親バカの前にプレシアは親だった。モンスターじゃなかった。
「私はあの子があの子にとって最善の道を行けるようにするだけ。それが私にとっての最善になっちゃいけないし、もしも本当にあの子が道を違えそうになったならそれを正すわ」
「親だねぇ」
「ええ、特にアリシアやあなたはそういうところ手がかからない分フェイトはしっかり見ておくの。フェイトはしっかりしてる反面優しすぎて脆いところのある子だから」
「うーん、いつもの親バカはどこに行ったのか。目の前に親っぽいプレシアさんしかいない……いつの間に泉に落ちて綺麗なプレシアさんに変わったのか」
「焼き落とすわよ?」
デバイスで頬をグリグリとされる。あ、いつものプレシアさんだったわ。別段なんも変わってない、娘のことを常に考えてるだけだった! ヒュー、ちょっと雰囲気が真面目だから騙されるところだったぜ!
「あなたはどうだったの、デバイスマイスター補佐試験」
「まぁ、色々ポカしたものの実技は自信あり。筆記で全てが決まるかな?」
「そう……じゃあ、そろそろあなたも寝なさい」
「デバイス突きつけられたまま言われると肝が冷えてしかたない件」
主に、あなたも寝なさいの間に永遠にって入りそうで。まぁ、そんなことなるはずもなくそのまま自室に戻って寝たわけだが。
▽▽▽▽
「ってなわけで珍しく昨日は真面目だったわけさ」
「それはいいのだが……何故うちに来ている?」
暇で……フェイトは学校、プレシアは仕事でアリシアも今日は何やら用事があるとかで出掛けている。つまり家には俺一人。なら同じく暇してそうなリインに会おうと思って八神家にやって来た。
「確かに主も学校で守護騎士たちは仕事に出向いているが……」
「やーい、無職ー」
「デバイス単体でも……働けるようにならないものか」
ジャブで空気を叩きながら悩ましげなリイン。ナマ言ってサーセン。力はそれなりにあるが、なにぶん今のミッドにデバイスを雇うという制度がないので難しい。はやてや守護騎士のユニゾンデバイスとしてなら、また話は変わってくるけど……
「ユニゾン出来ないからなぁ……」
「お前たちに合うように……チューニングされているからな」
ふと、なにか思いついたかのようにハッとなり俺にひとつ提案するリイン。
「……ナナシ、管理局で私と働かないか?」
「死ぬから、前にクロノに魔導師ランクEが働いてるか聞いたらいるにはいるが数年で半分以下になってるって聞いたし」
なんで半分以下になるか聞いたら気まずそうに目を逸らされた。俺が働いたらどうなるか聞いたら、そういえば今日は天気がいいなって言われた。アースラにいたのに。外宇宙空間っぽいとこだぞ、天気なんてねぇよ。
「試しにユニゾンしてみるか、俺の魔力の無さがありありとわかるぜ」
「胸を張って言われても、反応しにくいのだが……じゃあ、いくぞ」
「おうさ――ユニゾン」
『イン!』と声を合わせユニゾンするがやっぱり不思議な感覚だ。しかしその不思議な感覚を上回る勢いでゴリゴリと魔力がなくなっていってるのがわかる。マジックポイント、いわばMPゲージが面白いくらい目に見えて減っている。これがHPゲージだったら即死系の毒だ。
『30秒経過だ』
「まだいける。どうして諦めるんだ、頑張れリイン! 耐えろ耐えろ!」
『耐えるのは私なのか……?』
「だってポンってコミカルな音たてて出てくるのリインじゃん、つまりリインが耐えればユニゾン時間は伸びる。アンダスタン?」
『頭にスタンがかかったかのように理解できない……』
「誰が上手いこと言えと」
あれか、やっぱりはやてと暮らしてると喋り上手になるのだろうか。ちょくちょくネタを急に振られそうだし、勝手なイメージだけどな。あぁ、怠くなってきたー頑張れリイィィン。
『よし、耐えてみよう……すごい弾き出そうとしてくるな』
「ご、ごめん。リイン出てくれ……中で耐えられると俺への負担が倍プッシュされることを今知った」
たぶん限界を超えるせいなのか一瞬視界がボヤけるレベルの負担が来た。大人しくリインは出てくれたけどこれリインと喧嘩したときにユニゾンしたら俺が大惨事になるな。
「……うん、あのまま耐えるのは私としても駄目そうだった。下手をすればユニゾン事故になりそうだった」
「そ、か……あー、疲れた。体感で微妙に前回より記録伸びた気するけどどう?」
「1分10秒……10秒を誤差とするか否か」
「リインが無理矢理耐えてくれた数秒引いたら誤差だな」
ま、そんなに簡単に魔力増えてユニゾン時間伸びるわけない。そんなことより一番笑えるのはユニゾンするよりもリイン一人で戦った方が強いことだな。
「そういえば、一応測ってもらった」
「なにを?」
「魔力ランクと魔導師ランク」
ほほう。非公式ながらこっそり管理局で測ってもらったらしい。守護騎士の皆が測るのに混じって一通り。非公式な理由はやっぱりデバイスだから、限りなく人に近いんだけどカテゴリではデバイスだかららしい。頭固いなと思うのは勝手なことかどうか……ま、いいんだけど。
「魔力はCランク」
「ミソッカスと言い切れない普通さ」
「でも、元に比べたら……凄い少ない。だからミソッカス」
いや、元と比べるのもどうよ? なのはの数倍超える保有魔力とか本当に星壊すの? って問いたいレベルなんだけど。てかミソッカスなことに胸張らんでいいから。ふくよかな胸が押し上げられてグッド。魔力は多い方がいいだろうに。
「それで魔導師ランクは?」
「陸戦AA+」
「……ん?」
「陸戦AA+」
「あー、陸戦AA+……おい待ておかしいだろ」
ちょっと誇らしげな顔してるけど魔力ランクCでそれってどうなってんのさ。あと一歩でAAA、そうかよかったな。
「この身体の強度と体術まかせ。あとは身体強化少々かけといたら魔法になる」
「マジカルじゃねぇ、それガチンコでフィジカルだ……!」
魔法に体術ってもうわかんねぇ、魔法少女とはなんだったのか。インパクトの瞬間に貫通力の高い魔力を相乗すると効果が高い? なに、戦う相手オーバーキルする気か、ぶっコロがすつもりか。
「大丈夫、非殺傷設定」
「これほどその言葉が信用できないのはブラストカラミティ以来だぞ」
「あれほど……?」
「……言い過ぎたかもしれん」
いや、なんにせよリインって凄い強いのか……八神家の戦力が笑えない。そんな強くなってどこ目指してるの。なのはやフェイトも引き連れてミッド制覇?
「いざというとき、お前たちは魔力がないから……」
「あ、あー……俺とアリシア?」
「あぁ」
「んー、あんがと。でもそんな固く考えなくていいぞ?」
「わかっている。それと、私が鍛えてるのは烈火の将……シグナムには秘密にしててくれ」
え、なんで。鍛え抜いたさきでシグナムを打倒する目標とかあるの? 今のうちは手を見せなくないとか。
「逆だ……シグナムが、戦いたがるからな」
「バトルジャンキーめ」
「お前とも戦いたがっていたぞ、私とユニゾン出来るせいで」
コプッ……無言の吐血。危機から逃れるためにユニゾン出来るようになったはずなのに、ユニゾンが危機を呼び込んできた。
「レアくらいで済むかね?」
「こんがり、ウェルダン……中までジューシー」
「つまりユニゾン中のリインまでこんがり……てかウェルダンってジューシーさなくなるから」
リインと二人して遠い目をして明後日の方を見る。そっかー、こんがりウェルダンかぁ。綺麗に切り分けるサービスまでついてきそうだチクショウ。はやてあたりは笑って塩コショウ準備しやがりそう、きっとやる。
「防御魔法と回避魔法の練習するかなぁ」
「私も付き合う」
「うし、たまにはちゃんと動くか。運動がてらミッドで特訓じゃあ!」
「おー……!」
そのままテスタロッサ家にある転送ポッドからミッドに行き、訓練所を借りて対シグナム戦の特訓を始める俺たちであった。
――願わくばこの特訓が無駄になりますように。
ここまで読んでくださった方に感謝を。
ちょっと始めフェイトの話だから真面目でした。まぁ、前回ほどではないですね。プレシアはお母さん。
シグナム戦があるかは不明、でもやると割りとナナシがヤバい。
家族みんなで~。父は?と思っても口を出さないナナシ空気読める子。