世の中には多くの変態が生息している。いや、動物の正常な生育過程において形態を変えることも変態だけどそっちじゃない。世間一般的に公にしたくないタイプの変態だ。
俺の身近なところでいえば、プレシアだな。親バカを超越させた変態だ。どれくらいかといえば神様だか閻魔様のもとへ連れていかれた娘を連れ戻してくるくらいに、この世の常識を覆すくらいに変態。本人に聞かれたら雷(物理)を落とされるので口に出来ないけどね。
まぁ、なんでいきなりそんな話したかって言うと玄関に変態がいる。
俺とアリシア、それにリインはミッドのテスタロッサ家に来ていた。リインフォース・ツヴァイを造るのに必要な触媒を探すためである。
目的である触媒は早々に見つかり、そういえばデバイスマイスターとその補佐の参考書でも買いに行こうかという話になった。当然ながら地球では売ってないのでせっかくミッドに来たついでに買っていこうと。
リインもミッドに興味があるようなので観光がてらフラフラとしようとしたその矢先のことであった。
チャイムが鳴った、インターホンのカメラで外を見ると白衣を着て何故か息を切らしている男がいた。なるほど、如何にも怪しいがまだ変態とは言い切れない。
両脇にはちょっと怖そうな体育会系っぽい女性と銀髪の幼女。問題はその服装である、全身タイツのようなボディスーツ、よし変態だ。
ここで関係ないようで重要な事実をひとつ。テスタロッサ家はミッドの市街からは少し離れたところにある。
よって、あんな格好をさせられた女性を引き連れてもお巡りさんに捕まらん可能性があるのだ。残念ながら捕まってない実例が玄関にいる。
「……変態、だな」
「変態だよね、大変な変態だ」
「ヤバい、外の変態がニヤニヤしてる」
ソファでお茶を飲んでいたリインが立ち上がる。ここは最年長の私が行こうと言う。
「いや、あんな服を女の人に着せる変態にリインみたいな美人は逆に危険だよ! ここは私が……」
「待てアリシア、左を見てみろ。幼女にすらあんな格好させてるぞ」
「なん……だって」
「ここは俺が行くわ」
やることは簡単だ。あの変態の守備範囲が俺(ショタ)にまで及んでいないことを願うのみ。
……デイブレイカー持っとこう。あ、カートリッジサンクス、アリシア。おっとリイン選手いざというときのため準備体操を始めたようです。ジャブが空気を叩く音が頼もしい。
玄関のドアを開ける。変態がいる、何でだよインターホン前から動いてんなよお前。
「こんにちわ、親は不在なので帰ってもらえません?」
「おや、初対面で随分な反応じゃあないか。それに君はここの家主の子供ではないだろう?」
怪しさ100倍! 黒に近い灰色で怪しい! なんで知ってる……いやいや、いくら変態みたいだからといっても白衣を着てるのを見るにプレシアの知り合いなら知っていてもおかしくない。
「プレシアさんの知り合いなら用件を述べたうえでピーという音の後に帰ってもらえません?」
「邪険にしすぎじゃないか……いや、用件かい? 用件はそうだねぇ…………アリシア・テスタロッサの蘇生について聞きたいことがあっ」
「クイックバスター」
《Quick Buster》
躊躇わず撃った。
極々一部、あの事件に関わったアースラの乗員すら知らない人間がほとんどの事実を知ってるとか真っ黒じゃねぇか!
隣の幼女が男の膝裏に恐ろしく速い回し蹴りを入れたせいで男は倒れ不意討ちバスターは外れる。あ、変態が受け身も取れず後頭部強打したぞ。
誰かぁ! バスターなら私に任せろ高町なのは呼んできてぇ!
「ドクターになにをする!」
長身の女がすかさず足を振り上げ俺の頭蓋に落とそうとする。いわゆる踵落とし、シールドを張る暇すら与えず振り下ろされたそれは――鉄砲玉のように突っ込んできたリインに止められた。
踵落としに対し、アッパーカット。ミシリ、と鳴ったのはどちらか。長身の女はアッパーの勢いそのままにバクテンで後退し着地――出来ない。リインが後退する女にぴったりと着いていき追撃の乱撃連撃。
突き、蹴り、肘膝、空中から落とさないままの入り乱れる暴力の嵐である。相手も手練れなのか凌ごうとするが何発か直撃してるのが見える、超痛そう。
「この――ッ! ライドインパルス!」
長身の女の姿が消え、リインの後ろへ回り込み――砲撃に飲まれた。背中からバスターを撃ったみたい……なにやらデジャヴを感じるね。
「クイック、バスター……魔法なんて、どこから撃っても変わらないだろう?」
「フハッ、フハハハハハハハハハ! 面白い、実に面白いじゃないか! 夜天の書がこうなっているとはなぁ!」
なんでそのことも知ってんのこの高らかに笑う変態? そう思って警戒してると銀髪の幼女が近づいてきた。
「私はチンクだ。姉とドクターの無礼を謝ろう。すまなかった」
「一番小さい子が一番しっかりしてる、だと……?」
「それで少し話があるので聞いてもらえないか?」
「うーん……まぁ、こっちとしても聞きたいことはあるから構わ、な……おかえり」
「ん、急にどうし……」
いや、聞きたいことはあるなら聞けばいいんじゃない? ほらアリシアのことだったら適任がいるじゃないか。
たった今帰宅し――鬼神も真っ青なド迫力を醸し出すその人に、プレシアにさ。今日はお早いお帰りだった、たぶん理由は娘が危ない気がしたから。
「久し振りねぇ、ジェイル・スカリエッティ……」
「ひひひ、ひさっ、久しいなぁ! プレ」
「死になさい」
警告もなにもなかった。
あいさつ、判決死刑みたいな超スピード。法廷なら検事も弁護士も裁判官もみんな真っ青だ。一番真っ青なのは被告だけど。
――この日、ミッド市街地外れの一帯で停電が起きた。なにやら大きな落雷が落ちたのを見たという証言も取れているが、その日の天気は晴天。真実は闇のなかである。
▽▽▽▽
あれから二時間、テスタロッサ家のリビングには正座させられている人物が三人。
ひとりはジェイル・スカリエッティ、白衣の変態。もうひとりはトーレ、リインと戦っていた長身の短髪女。ふたりとも何故か真っ黒である、雷でも落ちたようだ。
最後のひとり、俺。
「なんで俺が正座させられているの?」
「貴方から手を出したからよ」
「アリシアの秘密を守ろうと」
「正座を解いてよし、あっち行ってなさい」
やったぜ。隣でそんなバカなという顔をしているスカリエッティにドヤ顔見せつけてから、アリシアたちのいる方へと移動する。
「お疲れさま」
「うっす、リインさっきはあんがとね」
しかし、滅茶苦茶強くなかった? 魔力ランクとかかなり下がってるはずなのに。
「それはお前たちのお陰だが……?」
「えっ、私たちなんかやったっけ?」
「この身体のスペック任せで戦っていたのだが……心当たりはないのか?」
魔力ランクは大きく下がってCランク並みらしいが、肉弾戦に限ればAAランク以上らしい。なにそれバーサーク。
えー……作るときに見たものはユニゾンデバイスやベルカの資料一式に、駄目だ徹夜しながら作ってたから思い出せないぞ。
「あっ……“よくわかるスカさんのロボット理論”だ。フレーム強度とか駆動力向上に戦闘機人? の設計転用してたぞ」
「あっ、やってたやってた! これなら魔力がなくても戦えるぅ! とか言いながらつくってた。懐かしいなぁ」
しみじみと懐かしがる俺たちだがリインは微妙な顔して自身の体を見ている。いや、そんな変なことはしてないから、
「今スカさんのといったか……?」
「ん、そうだけどチンクどしたの?」
「その本ドクターが書かれたものだぞ」
いやいやいや、あっちでデバイスで顔グリグリされてるあの人があの本を? リインが絶望した顔で身体を見てる。ガタガタ震え始めた……!
「リイン心配しないでもちゃんと作ったから!」
「そうだって、最後にリインも確認してたじゃん!」
「そ、そうだな……」
「あんな人だが技術はピカ一なんだぞ?」
リビングで冷や汗かきながらプレシアの前に正座しているスカリ……長いな、通称スカさんが?
「ええ、これはただの変態じゃないわよ」
「とびっきりの変態ですね、わかります」
「そうだけどそうじゃないわ。口にするのも腹立たしいことなのだけれど……工学を除けば私より遥かに賢いのよ」
プレシアが苦虫を口の中で擦り潰したあげく、くさやにシュールストレミングをミキシングしたものを口にいれたくらい顔をしかめて言う。なんの冗談かと思ったが顔を見るにマジらしい。
スカさんがドヤ顔してやがる。
「そうとも! だからこそ、そこのアリシア・テスタロッサをどう蘇生させたのか聞きに来たのだよ!」
「教えないといったら?」
「このことを世間に――バラすなんてことはしないさ、ああ、しないとも。だからデバイスおろそうじゃないか。幸い私たちは意思疏通ができる、お互い譲歩できるところを探そうじゃないか」
デバイスを突きつけられたスカさん必死だ。
冗談でも娘に関して触れない方がいいよ? 勘違いで魔法弾撃ってくる人だから!
「知っているとも、昔ラボがひとつ吹き飛んだ」
「何やってんの?」
「いや、蘇生など不可能だと笑ったらラボが雷に飲まれて消えていたのだよ? 軽いホラーだったとも」
「完全なホラーだよ」
それでわざわざ何で聞きに来たのか。そうプレシアが問いかけると、この無限の欲望が知りたいという欲求が出てきたのだ。ならば君に聞きに来るのは当然だろう、と言い放った。
どうでもいいけど、スカさん足が震えてるぞ?
「私としてはアリシアが蘇生したという事実を知るあなたを《自主規制》するのが一番いいのだけれど……」
「待ちたまえ、一部聞き取れなかったぞ?」
「貴女にも娘がいるようだからそれはやめるわ。ただ、もう少し普通の服着せなさい」
「ああ、わかった。今ほど娘がいてよかったと思ったことはないよ」
そのあと色々話してプレシアはスカさんにすべて話した。というか真面目な話題に移ったので俺たちはフェードアウト、部屋を移る。
「リインフォースだった、か?」
「ああ、そうだがなんだ?」
「そのなんだ、自身の身体について心配そうだったのでひとつ伝えておこうと思ってな。私や姉、向こうにいるトーレはドクターに作られた身なのだが不具合ひとつなく過ごせているぞ?」
それを聞いて反応したのはリインでなくてアリシア。目がキュピーンってなった、完全に獲物を見る目だ。
「といってもデバイスではないがな」
アリシアが萎んだ。リインはというとその言葉を聞き一度、二度と頷くと真顔で言い放つ。
「いや、身体の心配でなく……変態の技術が使われていたことに衝撃を受けていた」
「それは……すまんが、どうしようもないな」
そっちか、気にしてたのはそっちだったのか。
「まぁ、いいさ。何度もいうがこうしていられるだけでも奇跡のようなものなんだ」
なんとかリインが持ち直したので、そのまま駄弁り始める。なんでもチンクは5番目の娘らしい。
「大家族だねぇ」
「まだ妹たちがいるぞ?」
「見事に女所帯な件について」
「やはり、変態……」
チンクも顔を逸らす、否定できないようだ。違法研究も度々やってて管理局にも追われてるそうな。
お巡りさーん!
「ふーん、それにしても違法な研究までしてなにしてるの?」
「それは私が説明しようじゃないか!」
ドアを開け転がり込んできたスカさん、伸びてグロッキーなトーレを担いでいる。明らかにまたプレシア怒らせたろ。
「白衣とは何なのかってくらいに真っ黒なんすけど」
「気にしないでくれたまえ、それより私の目的だ」
一息ため、彼は言う。
「管理局の崩壊さ――!」
「へー……」
「……もう少しリアクションないかい?」
「いや、なんか面白くなくて。解説のアリシアさん、リインさんどうでしたか?」
「予想の範疇から全くでない目標にガッカリですねぇ」
「インパクト不足……世界征服くらい欲しかった」
オーバーアクションでやれやれといった風に、アリシアはため息をつき答える。
リインはいつの間にか膝の上に乗せたチンクの頭を撫でながら、こっちを見すらせずに答えた。どうでもいいけど、そうしてると姉妹みたいね。ツヴァイともそんな感じになれれば良いと思う。
「総じていうとただの悪役の域を出てないもので……なんか案外アッサリやられそう」
「くっ……だが、今まで誰も成せていないことなのだよ? それが出来れば最高じゃないか!」
「でも誰かが成そうとしたことはあるんでしょ? 私なら誰も成そうとしたことすらないことをやるかなぁ?」
スカさんからの反論に対しアリシアがニヤニヤしながらいう。しかし、それを聞いたスカさんは目を見開きまさに青天の霹靂といった反応を示した。
「そうか、二番煎じなど私らしくなかった……!」
「そうだー、無限の欲望の二つ名が泣いてるぞー」
「ふはははは! その通りだとも! 私は無限の欲望! 私に不可能などないのさ!」
「…………死者蘇生は諦めてたくせにな」
「グフォ!?」
リインからの冷静なツッコミに両膝をついて床に伏すスカさん、なんか一周して面白い人に見えてきた。
その耳元に俺とアリシアは近づいてボソボソと呟き続ける。
「夢は世界征服、夢は世界征服、夢は世界征服」
「世界に笑いを、世界に笑いを、世界に笑いを」
これで目がグルグルしてきたりしたら面白かったんだけど、あいにくそんなことはなかった。
ガバッと起き上がったスカさんは何かを決意した顔をしていた。そしてその顔を見た俺、いや俺だけでなくアリシアも恐らく同じことを考えていたはずだ。
――あぁ、ろくなこと考えてないなと。
だって俺たちもああいう顔よくするし、具体的にはアリシアがよくしてるのを隣でよく見てる。
「ミッド中が震撼するようなものを使って笑顔を広げて見せようではないか!」
「マッドじゃないけどいいの?」
「ふはは! このマッドさは三脳に植えつけられたものなのだからね、それに準ずるなんてそもそも私らしくないのだよ!」
三脳? まぁ面白いことするならなんでもいいけど。
「来てよかったよ、新しい発見ができた」
「まぁ、こっちも結果的に楽しかったし、これからも楽しくなりそうなんで胸熱です」
「でも、娘には普通の服着せてあげようよ? チンクは私の服一着あげるし着て帰りなよ!」
「む、それはさすがに申し訳ないぞ」
遠慮するチンクを引っ張ってアリシアが自室に連れていく。外ではサイレンの音が響いてる……ほほう。そろそろ夕どき、地球のテスタロッサ家にもフェイトが帰ってくる時間だろう。
「スカさん、そろそろ」
「あぁ、長居してしまってすまないね。チンクが戻ってきたらプレシア女史に挨拶しておいとまするよ」
こうして普通に話せばいたって変態らしくない普通の大人だな。いや、それよりちんたらしてる暇はないと思うんだ。
「なるべく急いだ方がいいと思うんだけど……なにリイン?」
窓から外を覗いていたリインが肩を叩いてくる。
「なぁナナシ、局員らしき人物が数名玄関にいるのだが……」
「紛れもなく局員だね、電話機片手に持ったプレシアさんが普通に家にあげようとしてるね」
あれ、スカさん冷や汗がすごいよ。ナンデカナー?
ドタドタと廊下を駆けてくる足音が近づいて来て、
「管理局だ! ジェイル・スカリエッティがいると通報を受けてきた! 大人しくしろ!」
「ぷ、プレシア女史ぃぃぃぃぃ!?」
「あら、犯罪者が自宅に乗り込んできたら通報するのは当たり前でしょう?」
トーレを肩に担ぎ上げスカさんが窓から飛び出していき、局員はそれを追っていく。夕日に向かって逃げていくその姿はみるみる小さくなっていった。
「着替え終わったよー。あれ、スカさんは?」
「む、ドクターはどこへ行ったのだ?」
「ジェイルはなにかドラマの再放送を忘れたとかで急いで帰って行ったわ」
平然とした顔で雑な嘘吐くとか、さすがプレシア汚ない。ポッケから電話機見えてんぞ。
「む、そうか……今日は突然押し掛けて申し訳なかった。私もこれで帰らさせてもらう」
「いいよいいよ! 私も楽しかったし!」
「えぇ、あなただけならまたおいでなさい」
だけ、という言葉をやけに強調していうプレシア。
「ああ、また機会があればお邪魔させてもらおう。ナナシにリインもすまなかったな」
「こっちこそ不意討ちバスターのことスカさんに謝っといて」
「私もバスターのことを謝っといてもらえるか……?」
「承知した、ではまた」
そう言って一礼して帰っていくチンク……そんな彼女は俺たち全員含めて一番常識的だと思った。
ここまで読んでくださった方に感謝を。
時間が空いたわりになんとも……取り敢えずStS編が変な感じになる布石はできました。