機動戦士ガンダム 転生者の介入記   作:ニクスキー

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第九話 ゼロ・ジ・アールに乗って

 格納庫脇の更衣室でパイロットスーツに着替え、格納庫に入りゼロ・ジ・アールの元へ向う。数日前に見たリックドムが塗装中なのが目に入り、良く見てみると全身が白でモノアイの縁取りだけが赤く塗装されている。女性的な色合いなので、やはりハマーンの専用機なのだろうか?

 あまりキョロキョロしていて変に勘ぐられるのも面倒なので、早めに声をかけてエンツォ達を呼んでもらうか。ゼロ・ジ・アールの周りで作業しているメカニックに声をかけ、エンツォかマルコに連絡して欲しいと頼むと、話を聞いていたと言いながら近くの電話機に駆け寄り、すぐに戻ってきた。

 

「ゼクス少尉、私はユベール軍曹です。ゼロ・ジ・アールの調整を担当してますので、よろしくお願いします。今大佐が来られるのでもう少しお待ちください。」

 

 ユベールは20代半ばで短髪のさわやかな軍人で、少し面長なのが印象的だ。

 待っている間話を聞くと、何人かの腕利きパイロットが調整に参加していたが、扱いきれずに最終調整の途中で止まっているそうだ。どうやらドズルから送られたシャアの操縦データを元にして開発したら反応が敏感過ぎて扱いにくく、その上加速のGに耐えられるパイロットが少ないらしい。

 さらに、大型の機体なので操縦も複雑で、操縦をしていると大量に取り付ける予定の武装にまで手が回らない。武装を減らすと大型の機体の意味がないので、オートパイロットのプログラムを製作中だそうだ。

 今から始める最終調整は、ある程度以上のGがかかる機動でのバーニアの調整と、オートパイロットの煮詰めの作業を行う。まずは格納庫内で操縦の練習をして、問題なく動かせそうになったら宇宙空間に出て調整を開始する。

 ここまで説明して、ユベールは心配げな表情で俺を見た。

 

「エンツォ大佐からモビルアーマーの搭乗経験があるとは聞いていますが、本当に大丈夫ですか? かなり身体へ負担がかかると思いますが。」

 

 Gに強い身体とは言えないので馴れていると答え、ゼロ・ジ・アールのことを質問して下手なことを聞かれないように誤魔化す。下手に聞かれてエルメスに乗っていたことをしられると、ニュータイプだとばれてしまうだろう。例のニュータイプ研究所の存在が不気味なので、どんな物かを調べてからでも遅くないし、なんなら急進派の力を削いでから調べてもいい。

 ゼロ・ジ・アールについての話を聞いていると、エンツォが格納庫の奥から歩いてくるのが見えた。ユベールと共に敬礼で出迎ると、エンツォは軽く敬礼で返してから楽にするように合図をした。

 

「良く来てくれたなゼクス少尉。ゼロ・ジ・アール完成はアクシズにとっても重要な意義を持っている。君の経験を生かし、この機体を仕上げてくれたまえ。」

 

 エンツォは俺の肩に手を乗せてそう言い、また後で見に来ると言って戻って行った。もしかして一声かけるために来たのだろうか? 暇だとは思えないが……これはシャアに気を使っているというポーズか。『あなたの副官の出迎えにわざわざ自分が出ますよ。私はあなたを重要視していますよ』と見せているようにも取れる。いや、考えすぎか。

 

 とりあえずコクピットに乗り込み、ユベールと通信しながら操縦訓練を行う。前に渡された説明書を読んでいたため、最近の変更点を教わるだけで問題なく進んだ。実際に宇宙空間での挙動がどうなるかはわからないが、いきなりアクシズに激突したりはしないだろう。

 各部の点検後に宇宙に出ることになったので、点検の間に休憩を取ることになった。ユベールと共に休憩所に行きドリンクを飲みながら、宇宙空間での注意点を聞いていた。ある程度は調整が終っているので大丈夫そうだなと考えていると、二人の女性が休憩所に入ってきた。一人はハマーンで、もう一人は見覚えの無い中尉だ。

 その女性はオレンジがかった金髪をオールバックにしていて、おそらくは20歳前だとは思うが引き締めた表情で大人っぽく見える。この若さで中尉とは……そう言えば名簿で見たような気がするが、思い出せない。

 二人を見たユベールが立ち上がって敬礼をしたので、俺も慌てて立ち上がり敬礼をした。

 

「ナタリー中尉、それにハマーン様も。こちらがゼロ・ジ・アールのパイロットを務めるゼクス少尉です。ゼクス少尉、こちらはマハラジャ提督のお嬢様のハマーン様と、ゼロ・ジ・アールの操縦プログラムを担当しているナタリー中尉です。」

「よろしくお願いしますゼクス少尉。あなたのことはハマーンから聞いているわ。ゼロ・ジ・アールの操縦も期待してるわよ。」

 

 ナタリーは気さくなお姉さんといった感じでそう言い、俺の前に来て握手をした。近くで見て思い出したが、名簿には優秀なコンピューター技術者だと書いてあった。重要な仕事を任されているからこその中尉だろう。

 手を離すとハマーンが所在なさげにしているのが目に入った。そう言えば何でここに? ナタリーと一緒に来たので、仲が良いか仕事上の付き合いがあるとかなのだと思うが。俺のことを話したと言っていたので仕事だけの関係では無く、色々なことを相談するような間柄なのか?

 俺がハマーンを見たのに気が付いたのか、ナタリーが説明してくれた。

 アクシズでもニュータイプ専用機の研究をしていて、その試作機があのリックドム。ニュータイプであるハマーンがテストパイロットを務める予定で、セッティングをナタリーが担当している。今までその作業をしていたので、見学のためにナタリーに付いて来たのだそうだ。

 

 格納庫内に警報とノーマルスーツ着用の放送が鳴り響く。俺はコクピットで準備をするが、武装がないのですぐに終わりモニターで周囲を眺めていた。この機体を動かすほどバーニアを噴かすと外壁が破損するので、機体を固定しているアームで隔壁の外まで運ばれる。

 この格納庫は宇宙空間に繋がっている格納庫の奥にあるので、一度ゲルググが並ぶ格納庫を経由する。連絡済だったのかゲルググが隅に寄せられ、パイロットスーツやノーマルスーツを着た兵士たちが興味深そうに眺めていた。知る限りではアクシズで唯一のモビルアーマーなので興味深いのだろう。

 

 

 まずは自由に動かして操縦に慣れるところから始める。機体の重さか大きさゆえの鈍さかで、レバーの操作に一瞬遅れて急加速や急減速するが慣れると気にならない。30分もかからずに調整を始めることになった。

 通信の入る距離でナタリーの指示に従って動かし、違和感がないかや反応などを確認し、調整が必要な時にはアクシズの外壁に接触させて調整を受ける。好き勝手動かすのと違いストレスは溜まるが、変な癖をつけないように指示通りに操縦する。

 通信ではモニターにナタリーの顔が映るが、時々後ろから覗き込むハマーンの顔も見える。地味な作業だが見ていて飽きないのだろうか? それか、リックドムの調整の参考にするための勉強かもしれない。参考になればいいが。

 

 2時間ほど動かしてから休憩を取ることになった。昼近くだったので、ナタリーに誘われハマーンも入れて三人で近くの食堂へ向う。早めの時間だったので混んでなく、すぐに席に座ることが出来た。

 席に座り食事を始めると、ハマーンがチラチラと俺を見てナタリーがそれに気が付いたのか質問してきた。

 

「ゼクス少尉は今夜のパーティーには来るのかしら?」

「ええ、シャア大佐のお供をする予定です。お二人もご出席なさ「良かったわねハマーン。ついに憧れのシャア大佐と会えるわね。」」

「もう……ナタリー中尉ったら。」

 

 ナタリーが軽くひじで突っつきながらハマーンを茶化すと、ハマーンは顔を赤くしてうつむいた。これは……まだ会ったことは無いらしいので恋ではなく憧れに近い感情か? アクシズでもシャアの名前は有名なので、知っていてもおかしくは無い。自分と同じニュータイプで華々しい活躍をしていたシャアに憧れるのは理解できる。

 それからは二人にシャアのことを根掘り葉掘り聞かれ、余計なことを言わないように気を使いながら答えた。二人の話しぶりを聞いていると、ハマーンだけでなくナタリーもシャアに憧れているようだ。

 二人が特別なのか、大多数がそうなのかはわからないがシャアは人気者だな。ふと昔どこかで見たニコポナデポとか思い出したが、シャアはそれらを超えるチートを持っているのだろうか? いや、流石に違うか。

 食事が終るとハマーンは今夜のパーティーの準備があると言い、モウサに帰った。主催者が提督なので、手伝いをするのだろう。

 

 午後はアクシズから離れ、各方位に設置された監視レーダーを利用した高速機動の調整を行う。調整中でリミッターが外されているので、やり過ぎないギリギリの速度で加速して機体の様子を確認し、調整が必要ならアクシズに戻る予定だ。

 シートに座り点検を始めようとすると、格納庫から外に出す前に調整したい部分があるらしくナタリーがコクピットに入ってきた。小型端末のケーブルを繋いで猛スピードでキーボードを打ち込んでいるが、涼しい表情なのでいつもこれくらいのスピードなのだろう。点検をしながら視界の片隅で彼女を見ていると、彼女も何度か俺をチラチラ見ているのに気付いた。

 

「何か顔についてますか?」

「い、いえ。ずいぶんハマーンと仲がいいなって。私は彼女と会ってから何ヶ月もかかって仲良くなったのに……やっぱりニュータイプ同士だからかしら?」

 

 ん~と……何で知ってんだ? ハマーンが話したとしか考えられないが……そう言えばエルメスについては言わないで欲しいと頼んだが、ニュータイプについては何も言わなかったか。まあ知られたら仕方が無い。

 

「そうでしょうか。それよりも、私の上官がシャア大佐だからではないですか? ナタリー中尉も興味がありそうでしたし。」

「えっ! そ、そんなことないわよ。私は別に……」

 

 話しながら顔を端末で隠し、徐々に声が小さくなっているので説得力が無い。

 復活したナタリーがハマーンと出会ってからを話してくれた。歳が近いので話し相手になってほしいと提督に頼まれたのが切っ掛けで、たまたまテレビでみたシャアの話で盛り上がり、シャアについて調べるうちにパイロットの訓練を始めたらしい。

 戦争でニュータイプと呼ばれるパイロットたちの華々しい活躍がアクシズに伝わり、特にシャアの名前は知らぬ者はいないほど有名だ。ニュータイプに生まれたがゆえに苦しんだハマーンも、その話を聞いてパイロットを目指すのは不思議ではない。シャアに憧れるのもそうだろう。

 

 ナタリーがモニタールームに戻り、機体の準備が終ると早速外へ機体を出す。

 午後の調整を始めてから度目かの調整中に、半分ほどに減った推進剤の補給を受けていると通信が入った。さっきまで中心に映っていたナタリーの顔が脇に追いやられ、むさいおっさんが映っていた。いつの間にかエンツォが見に来ていようだ。

 

「ゼクス少尉、何人かのパイロットが君の腕とゼロ・ジ・アールの性能が見たいそうだ。少し付き合ってやってくれないかね?」

「かまいません。しかしこの機体には武装がありませんが?」

 

 説明書やユベールの解説では未武装だったはずだが。そう思ったら、一方的に攻撃を避けろと言われた。仮想ビームなので安心なのだそうだ。ちなみにゼロ・ジ・アールにはIフィールドが搭載されているのでビームライフルを使っても大丈夫だ、とか言われたがお断りした。説明書にこの機体はIフィールドが自動で張られると書いてあったが、自分が実験台になるのは怖い。出来れば無人で試してほしい物だ。

 それはともかく、操縦には大分慣れてきたのでこういった訓練もいいだろう。アクシズのパイロットの腕も見れるし、自分がどの程度できるかもわかるので一石二鳥だ。

 

 ナタリーにゼロ・ジ・アールの設定を変えてもらい、仮想ビームをモニターで見えるようにしてから宇宙に出る。すぐ近くで4機のゲルググが待っていて、その中の1機が手招きをしてから背中を向けてアクシズから遠ざかる方向へ動き出した。戦闘中と違いミノフスキー粒子が薄いので、通信可能な距離なのだがあえてだろうか? とりあえず後ろに付いていくとアクシズから大分離れた場所で止まり、先頭のゲルググが手を振ると3機が散開し残りの1機も背中を向けて飛び去った。

 数秒後、モニターに三角のマーカーが現れ後ろからの接近を知らせる。ゲルググのビームライフルの銃口が光った瞬間に機体をスライドさせて回避させると、今度は後方と下方からモビルスーツが接近してくる。

 反応が遅い! オートパイロットでは追いつかないので、マニュアルに切り替えて攻撃のタイミングを予想して機体を揺らして回避する。

 

 仮想ビーム相手にはニュータイプ能力は効かないらしく、モニターと経験からの予測で回避させるがかなりキツイ。なぜか3機しか攻撃してこないのと連携が上手くないので回避しきれるが、4機ならすぐに当てられるだろう。

 過度なGがかかると不味いが、今のままなら何とかなりそうなのでいい訓練になりそうだ。そう思った瞬間、背後から殺気を感じて機体を急上昇させると軽い衝撃が伝わってくる。モニターにはIフィールドに当たり円形に弾かれるビームの光跡が見えたので、仮想ビームではなく本物を撃たれたようだ。

 これは……殺す気か! 武器はないのか? 無いな。内蔵のメガ粒子砲もまだ調整中で、外付けのビーム砲はまだ取り付けられていない。強いて言えば両手くらいか。一機くらいならまだしも4機は無理だな。逃げるか。ペダルを踏み込もうとした瞬間通信が入った。

 

『スマン、設定をミスった。』

「そうでしたか。Iフィールドに助けられました。」

 

 モニターの中で片手を上げて謝ってきたのはダニエルだ。殺気を感じたので、設定ミスは嘘だとしか考えられない。わざとか何か裏があるのかはわからないが、今文句を言っても答えないだろう。

 それに、下手なことを言って4人がかりで攻撃されたら撃墜されるかもしれない。今は我慢してアクシズまで戻らないと。後でデータを確認すれば何があったかわかるはずなので、何らかの処罰は受けるだろう。もしIフィールドが無ければ撃墜はされなくとも掠るくらいはしたと思うので、お咎め無しとは考えられない。

 

 流石に続けるわけにもいかないのでアクシズに戻り、点検と調整をしているとエンツォを連れてダニエルがやってきた。エンツォの表情には軽い焦りが見えるのでダニエルから話は聞いているのだろう。だが、ダニエルは特に焦るでもなく興味深そうにゼロ・ジ・アールを眺めながら歩いてくる。

 点検の区切りがいいところでコクピットから降りて二人を出迎えると、エンツォが俺に近付いた。

 

「ダニエル大尉から話は聞いた。今回の演習は私の指揮下で行われたので、全責任は私にある。大尉には私から罰則を与え、シャア大佐にも私から謝罪をしておこう。すまなかったな。」

 

 小声でそう言ったエンツォは神妙な表情をしているので、この一件は予想外だったのだろう。視界に入ったダニエルも反省しているようだ。おそらく顔だけなのだろうが。

 二人が戻っていったので再び点検に戻りデータを確認していると、回避するための急加速時に高いGがかかっていた。データの間違いだと言って誤魔化せるとは思えないので、むち打ち症になったことにでもするか。それと元々Gに強い体質だと追加して話せば追及はされないだろう。

 

 データを受け取りにきたナタリーに、なにかあったのか聞かれた。どうせデータを見ればわかることなので、ダニエルとの一件を話すとナタリーは表情を曇らせた。

 さっきエンツォから通信が入る前に暫くの間ダニエルもモニターを見ていて、ゼロ・ジ・アールと戦って見たいとアピールしたらしい。ナタリーはまだ調整中だからと止めようとしたらしいが、上官であるダニエルには逆らえなかったそうだ。

 ダニエルは元々強そうなパイロットに演習を挑むのが趣味で、アクシズでも殆どのパイロットと戦っている。1対1では殆ど負けないが戦闘指揮は苦手で、部下も似たような性格の兵士ばかりが集められているらしい。

 それを聞くとあの3機の連携が取れていなかった理由が分かる。しかし、連携の取れていない部隊は戦場ではどうなんだ? そう言えば、エンツォの部下はジムの完成前にアクシズに出発したのでモビルスーツ戦は未経験だったはずだ。戦場を甘く見ているとは思えないが、自信を持ちすぎているのだろうか?

 

 作業終了後、ナタリーに首が痛いアピールをしてから格納庫を後にした。部屋に戻る途中で湿布を買わねば。

 

 

 

 

「その首はどうしたのかね?」

 

 夕方、シャアの部屋に入ると開口一番そう聞かれた。あまり目立たない湿布を選んで貼ったのだが、すぐに気が付かれるとは思わなかった。注意力が優れているのだろう。

 今日あったことを説明するとシャアは渋い顔を向けた。

 

「ダニエル大尉か……聞いたことの無い名だが、注意すべきかもしれんな。そういった人間は何をするか予想できんからな。」

 

 同感ですと答えてモウサにあるホテルへ向う。今夜のパーティーは軍人を初め、民間企業の幹部や本国から来ている事務方も参加するので、モウサで一番大きなホテルで開催される。前にモウサを見に行った時には近くに行かなかったが、ターミナルの隣に天井まで届くように建っているホテルの最上階で行われる。

 

 会場は数百人は入れるであろう大きさで、大勢のスタッフが出迎えていた。受付で名札を胸につけ、ワインの入ったグラスを受け取ってから中に入る。すでにパッと見で百人近くの参加者が駆け引きを繰り広げているようだ。

 シャアと共に数人の背広組と会話をしている提督の元へ挨拶に向うと、順番を変わるように場所が空き、また違う場所に輪が出来る。

 

「良く来てくれたなシャア大佐、ゼクス少尉。是非今夜は仕事を忘れて楽しんでくれたまえ。」

「はい、お言葉に甘えさせていただきます。」

 

 シャアに続いて挨拶をすると、すぐに次の参加者が後ろに見えたので場を譲る。慌しいがこういった場ではこうすると、以前アサルム内で受けたマナー講座で習った。受けてて良かった。

 高官の出席するようなパーティーは人生初なので、シャアに恥をかかせない様に注意しないといけないだろう。その上で俺の顔も売り込まなければならないので、精神的疲労が溜まりそうだ。

 怪訝な目でサングラスをかけたシャアを見た参加者達が、シャアの名札を見て慌てて名刺入れを胸ポケットから取り出しながら近付き挨拶をする。シャアはいかにも手慣れた対応し、次々挨拶に来る何人もの相手をこなしていく。こういったシャアの姿を見ると、やはり世が世なら政治家の子で、今でもその気になればその世界に入れる存在だと改めて思う。

 その姿を見ながら対応の仕方や、挨拶に来る人々の名前や顔を覚えさせてもらおう。今後必要になるだろうし、必要な場に出られるように売り込まなければ目標の達成は出来ないだろう。

 

 暫くの間シャアに挨拶に来る人達と当たり障りの無い会話をしていると、会場の奥から歓声が上がる。提督を始めとした高官や、おそらく企業の幹部達が着飾った女性達をエスコートしながら階段をゆっくりと下りてくる。

 提督はハマーンとセラーナを左右に連れ、エンツォは綺麗な若い女性を連れていた。奥さんにしては若い気もするが、娘には見えないのでやはり妻か? 離れているのではっきりとは見えないが、薄いピンク色のドレスを着たハマーンはぎこちない笑顔を、ハマーンよりも少し濃いピンク色のドレスを着たセラーナは愛らしい笑顔を見せている。

 階段から降りてきた高官に人々が群がり、女性をおだてて高官に自分を売り込むのに懸命だ。俺達もそうするべきなのだろうが、シャアは動かない。今動いても人波で身動きが取れなくなりそうなので、タイミングを待っているのだろう。

 

 一息つくためにボーイに合図をして水を受け取り喉を潤していると、シャアが目で合図をよこした。シャアは人の流れを見て、今ならスムーズに提督の元に近付けると見たのだろう。

 離れないようについていくと、シャアは人の流れを上手く読み殆ど話しかけられもせずに提督達の下へたどり着いた。

 セラーナはこういった場に慣れているらしく、人懐っこい笑顔を見せつつ大人達とも上手く会話をしてた。彼女のこの笑顔は効果的に働き、笑顔を向けられた年配者はまるで孫を見るように相好を崩している。まあ、気持ちはわかる。

 ハマーンはぎこちない表情でたどたどしく返事を返している。明らかに場慣れしていない上、緊張しているのが見て取れる。ここに来るまで何年か研究所に入っていたので、こうやって人前に出るのには馴れていないのだろう。ナタリーから人見知りだと聞いたので、それでなのかもしれない。

 そう言えばナタリーはいないのだろうか? 周りを見渡すと、ハマーンの後ろに軍服姿のナタリーがいた。時々ハマーンに何かささやいているので、サポートをしているのだろう。

 

 提督と話していた客が動いたので、シャアが提督の前に進み会話を始めた。両隣にいたハマーンとセラーナは、自然な動作で現れこの大勢の人の中でも緊張も表さずに声をかけるシャアに目を奪われた。

 

「ハマーン様、セラーナ様。お初にお目にかかります、シャア・アズナブルと申します。」

「セラーナ・カーンです。話し相手になっていただき長旅も苦ではなかった、とマレーネお姉さまからお話は伺っています。」

 

 提督との会話を終えたシャアは、セラーナとハマーンに軽く頭を下げながら自己紹介をした。セラーナはスカートを摘み優雅にお辞儀を返したが、ハマーンは笑顔を見せるシャアに目を奪われて固まってしまったようだ。こういった場所ではちょっとしたことが誇張されて噂になるので、何とか正気に戻さないと。

 何か話しかけようかと思ったが、ナタリーが小声でハマーンの名を呼ぶと気が付いてお辞儀をした。ハマーンは耳まで赤くし、小声になりながら返事をしてお辞儀を返した。

 

「シャア大佐、私のことはハマーンと呼んでください。」

「わかった。ハマーン、これからよろしく頼む。」

「は、はい。」

 

 見つめ合う二人が何かを感じているのがわかる。俺はハマーンから力の強さしか読み取れなかったが、何人ものニュータイプと出会ってきたシャアは何を感じ取っているのだろうか? そしてハマーンは憧れの人シャアに何を見ているのだろうか?

 二人の共感はほんの数秒だったが、お互いに何かを得た表情をしている。二人にしかわからない何かを得たのだろう。

 

 後ろに立つナタリーもシャアに自己紹介をし、やはり憧れのまなざしでシャアを見つめる。ハマーンのように数秒も目を合わせることは無かったが、充分満足そうな表情を浮かべている。

 その間にハマーンとセラーナのドレス姿を褒め、パーティーを楽しんでいることを伝えた。俺はシャアの副官という立場上二人と人前で親しくするのは避けるのが無難だと思うので、あまり長く話さずに順番を譲るべきだろう。

 それから、当たり障りの無い会話をいくつか交わして次の人に順番を代わった。

 

 

 年越しパーティーとは言っても午前0時まで開かれることは無く、日が変わる前にはアクシズに戻った。話があると言われシャアの部屋に入ると、さっきのハマーンとの間に感じたものについての話を切り出された。

 

「彼女から感じた力は、まるでララァ・スンを思わせるものだった。君もララァに出会ったと聞いたがどう思った?」

「私が出会ったときには精神、と言うか魂のような存在だったのでなんとも言えませんが……改めて考えるとそうかもしれません。」

「私は、人は戦争でニュータイプに覚醒すると先の戦争で知った。だが、ハマーン・カーンは違う。彼女は戦争を経験せずにニュータイプとして目覚めている。何故だ!」

 

 サングラスを外し眉間に皺を寄せたシャアは、普段の姿とは違い声を荒げ手を握り締めてそう言った。もしや、ララァを戦場に出したことを後悔しているのだろうか。戦場に出さずに目覚めさせることが出来ていたのではないかと。

 もしかしてシャアはハマーンが研究所で何をされたかを聞き、ニュータイプの素質を持つ子供達に実践しようとか言い出すのでは? ハマーンの様子を見る限り、決して良い物だとは思わないのだが。

 

「そう言えば、ララァがフラナガン機関で訓練を受けたと聞いたことがある。ニュータイプ能力を高める訓練を。ハマーンもそうなのだろうか?」

「訓練……ですか? 私は聞いた記憶がありませんし、受けた記憶もありません。そういったものがあるのですか?」

「詳しく聞きはしなかったが、確かにそう言っていた。フラナガン機関は連邦に接収されたと聞いているので、今となっては知るすべはないがな。」

 

 訓練? 聞いたことが無い。俺は受けた記憶がないし、原作でも見た記憶が無い。ララァが受けていたのなら非人道的なものではないだろうが、本人にも知らせずに何かをすることも不可能ではないだろう。

 この件は、それとなくハマーンから聞いてみることにした。研究所で何をされたかをストレートに聞くのは、ハマーンの様子を見る限り得策ではないだろう。最悪の場合、トラウマを刺激してしまう可能性もある。

 

「そう言えばアクシズにもニュータイプ研究所があると言っていたな。調べて見る必要があるな。」

 

 シャアは俺を見ながらそう言った。おそらく調べろという意味なのだろうが、後回しにするつもりなので期待されても困る。と言ってもハマーンとナタリーから俺がニュータイプだと気付かれる可能性があるので、こちらから何もしなくても接触が有るだろう。急進派が強いうちは俺の情報を急進派に流されそうで気が進まないが。

 

 話を終えると部屋に戻っていいと言われたので、年中無休のストアで酒とつまみを購入してドミニカへ向った。ドミニクでアクシズに来たメンバーが飲み会をすると聞いていたので、この時間ならまだ終わっていないだろう。

 

 歩きながらふと思い出したが、今のハマーンが原作のハマーン様になるとは思えない。何かを切っ掛けに野望を持てばシャアと仲違いをし、シャアがアクシズから出て行く原作の流れになるだろう。しかし、どこでそうなるのか?

 原因はわからないが、あのハマーン様になる切っ掛けを防ぐことが出来れば、シャアはアクシズに残るだろう。そうなるとグリプス戦役がどうなるかわからないが、マ・クベがティターンズを見過ごすとは思えないので何とかするはずだ。なんなら俺も地球圏に戻り、記憶を利用して介入してもいい。

 エゥーゴを支援してスペースノイドの地位を高めれば、アースノイドと対等の関係に立てる可能性もある。これだ! 平和への道筋が見えた気がする。

 

 

「それでは、13番ジャーニー行きます! マック艦長の真似「しょうがないな、報告書は明日でもいいぞ。その代わり今度のプリンは……わかっているだろうな。」」

「怒られるぞー!」「似てる!」「そこはゼリーじゃないのかー!」

 

 ドミニカの食堂はすでにカオスだった。笑い声も多く聞こえているので似ているのだろうが、マック艦長とは少し話しただけなので伝わらない。

 30人以上集まり、酔っ払い特有の声の大きさで騒いでいる。食堂の隅にはかなりの数の空き瓶が並んでいるので、すでに後半に入っているのかもしれない。幹事に買ってきた酒を渡し、メカニックが集まっているテーブルにティナと主任を見つけたのでそこの席に座ることにした。

 

「あ、ゼクス少尉もきたんですね! さあ駆けつけ3杯!」

 

 酒をコップからあふれんばかりに、いやあふれてる! ティナの顔を見るとすでに赤く染まっていて、すでに出来上がっているようだ。横を見ると主任を始めとしたメカニックたちも盛り上がっていて、そろそろ裸踊りが始まりそうな勢い……他のテーブルでは上半身裸の恰幅のいい軍人達が相撲的なスポーツを始めている。

 女性も何人かいるが「もっとやれ」や「ズボンも脱げ!」など囃し立て、火に油を注ぐ。

 

 やはりさっきまで出席していたパーティーよりも、こういった飲み会のほうが落ち着く。精神的にも疲れたので、パーッと飲むのもいいか。


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