Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第40話「逃飛航(とうひこう)」 語り:みつね

「はあっ、はあっ……! 絶対に捕まりたくない……!!」

 

 光を鈍く反射させるだけの黒く冷たい鋼鉄の廊下。そこを無我夢中で疾走しているのは、橙色で毛先の跳ね返った短髪が目立つ、海賊服を着た十代後半ほどの少女です。

 エグゾアエンブレムがでかでかと描かれた海賊帽、左目の眼帯、右腰に携えた護拳付きの湾曲刀カトラス。護拳には青色のビットが装飾されています。どれをとっても相手に威圧感を与えられるほど印象的。ですが物々しい姿とは裏腹に、少女は必死で逃げ惑っていました。

 

「お待ちなさぁい。観念するのでぇす」

 

 多量の汗を流して息を切らす少女を、何者かが追っています。――それはエグゾア六幹部の一人、狂鋼(きょうこう)のナスター。土色の癖毛を揺らして漆黒の白衣をなびかせ、気味が悪いほどの素早さを発揮し、嘆く少女を捕らえようとしていました。

 

「どうしてアタイがこんな目に遭わなきゃならないのさ……!?」

 

「アナタは成績不振でエグゾアに貢献できていないようですからねぇ。だからこそアムノイドへの改造が決定したのですよぉ。これでやっと総司令のお役に立てるのですから喜びましょぉう」

 

 ナスターから返ってきたのは嘆きについての理由。けれども少女はそれを聞きたかったわけではありません。ナスターに気持ちを掻き乱され、さらに余裕を失ってしまいます。

 

「嫌だよ! あんな『人形』になるなんて、まっぴらゴメンだね!!」

 

「その『人形』を従えて海賊の船長を気取っていたアナタが、よく言えますねぇ。ほとんどのアムノイドは無理矢理に改造された元人間なのですよぉ? こき使った分、こき使われる側に回ってもバチは当たらないと思いますがぁ」

 

 この時、疾走する少女の眉がぴくりと動き、今までの情けない姿から一転。怒りのこもった力強い声を放ちます。

 

「はあ!? 無理矢理ってのが、そもそもおかしいだろう!! それにアタイはアムノイド達をこき使った覚えはないからね。データ採取用でそりゃあ弱っちかったけど、可愛い子分として接してたさ! ……データが採れて用済みになった途端、子分達を強制処分したアンタなんかとは……全然違うんだよ!!」

 

 叫ぶと同時に振り返る少女。ぎらついた眼でナスターを睨みつけ、左手でカトラスを引き抜きます。護拳の青いビットを輝かせて目前に水塊を生み出しました。そして水塊は、とある四足獣の形となります。

 

「行きな! ウォータイガー!」

 

 尖った爪と牙を持つ獰猛(どうもう)な赤眼の水虎(すいこ)。少女のすぐ後ろにまで迫っていたナスターへと果敢に飛びかかりました。……けれども。

 

「無駄な足掻きですねぇ。ボクは『門』を開く準備と『ラグリシャ』の建造補佐で忙しいのですから手間を取らせないでいただきたぁい」

 

 ナスターは機械の両腕を剣状に変形させ、滅多刺し。向かい来る水虎をあっという間に穴だらけにし、消滅させてしまいました。

 ですが少女は狼狽(うろた)えず。それどころか姿を隠してしまいました。

 

「ふぅむ。今の攻撃は目眩ましというわけですかぁ」

 

 少女は逆上したように見せかけ、召喚した水虎を(おとり)にしたのです。

 そしてまもなくナスターは少女の現在地を知ります。鋼鉄に囲まれた空間に響く、とてつもない振動と轟音によって。

 

「この爆音……まさかギルムルグのエンジン? ……なるほど。追いかけっこに付き合わされる内に、格納庫の近くにまで来てしまっていたのですねぇ」

 

 ぼやきながら、その格納庫に足を踏み入れるナスター。彼の垂れ目が捉えたのは、空高くに向けて遠ざかっていく漆黒の怪翼機(かいよくき)ギルムルグの姿でした。備品の収納台に空きが出来ているのにも気付きます。

 ここでナスターはようやく、少女が囮を差し向けた意味を理解したのです。

 

「一本とられてしまいましたかぁ。逃げるためにギルムルグを奪うとは大胆ですねぇ。格納用のソーサラーリングも、ちゃっかり持ち去って。しかしその機体、まだ整備の途中でしたよぉ? 何事も無く飛べるといいですねぇ。グフフフフ」

 

 少女の耳に届くわけがないとわかっていて皮肉を述べるのでした。

 戦闘組織エグゾアの技術的拠点である『エグゾアテクノロジーベース』を飛び立った、海賊服の少女。不穏な翼で逃亡した彼女の行く先とは。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第40話「逃飛航(とうひこう)

 

 

 

 雲ひとつない空の下、清らかな朝を迎えたスメラギの里。素直な太陽が冬の厳しい寒さを和らげてくれています。

 

「はあっ! とうっ! せやっ!」

 

 スメラギ城の中庭で木霊(こだま)する、熱の入った掛け声。それは煌びやかな着物を脱ぎ去り、緋の戦装束(いくさしょうぞく)に身を包んだ煌流(こうりゅう)みつね――わたくしによるもの。普段は下ろしている栗色の長い髪を頭の後ろで纏め、母から受け継いだ大切な薙刀(なぎなた)を操り、動作の一つ一つに意を込めながら汗を流しています。

 縁側では、わたくしのお父様である煌流てんじとスメラギ武士団の副団長ぜくうが腰を落ち着けており、温かい目でわたくしを見守っていました。

 

「姫様の薙刀術、めきめきと上達しておられますな。亡き母さつか様の薙刀もよく似合っていらっしゃる。てんじ様もそう思いますでしょう?」

 

「ああ。流石は俺とさつかの娘、流石はスメラギの里の姫である。俺の怪我が完治した暁には、たっぷりと稽古をつけてやりたい」

 

 ぜくうが自前の黒髭を撫でながらそう言うと、お父様は白い歯を見せて同意なさるのでした。けれどもこの笑顔……次の瞬間には、ぎこちないものにすり替わってしまうのです。

 

「一意専心で参ります。……環耀刃(かんようじん)!」

 

 いま披露したのは古来より里に伝わるスメラギ式武術の一つ、環耀刃(かんようじん)。スメラギ武士団の団長である、まさき様も得意とする技です。

 足下から振り上げた薙刀の軌跡で光の環を描きつつ、対峙しているであろう目前の相手を天に打ち上げる……。事前に想像した通りの動きをとることが出来ました。

 わたくしが城の蔵から書物を引っ張り出して武術を勉強し始めたのは、つい最近。短期間で技を習得するまでに至れたことへ喜びを感じております。ですが、わたくしの技を目の当たりにした縁側の二人は。

 

「……しかし、姫様が薙刀術を始められてまだ二週間にも足りませぬ。それなのにこの上達ぶりは(いささ)か不可思議では?」

 

「言われてみれば……既に薙刀の基本を網羅しており、技を習得するまでの期間が短すぎるな。いくら俺の娘とはいえ末恐ろしい。もしや俺の稽古も不要なのか……?」

 

 揃って冷や汗をかき、苦笑いを浮かべるのでした。

 ――誰にも申し上げていないことがあります。実は、魔導からくり部隊長のまきり様から……。

 

「研究用にとマリナ殿から戴いていたビットの、お裾分けでござりまする。きっと退屈しのぎになりましょう。……しかし他言無用で。特に、てんじ様には!」

 

 との言葉と共に、密かにビットを受け取っておりました。これの助けもあって、短期間で技を習得できたのだと思います。

 口止めされているため、お父様とぜくうは当然このことを(つゆ)も知らないわけで。

 

「このぜくう、武への自信を失ってしまいそうにござります……」

 

「そう嘆くでない。おそらく治癒の魔力を失った喜びで活力がみなぎり、元気を持て余しているのだろう。それに、かつてスメラギの里で最強を誇ったさつかの血を濃く受け継いだという線もある。……だがみつねよ。後者が真実だとすると、父は少々寂しいぞ……」

 

 二人は普段の勇猛さを微塵も感じさせぬくらいの弱い声で、溜め息混じりに嘆くのでした。

 と、ここまでならただの平和な一日として過ごせるはず。しかし物語は進んでいくのです。

 

「……な、何事ぞ!!」

 

 突如として響き渡った、城を揺るがすほどの轟音。ぜくうは縁側から転げ落ちそうになりました。

 程なくして伝達の者が、お父様の下へ駆け込んできます。

 

「里の外れに何かが墜落したようでござります! 至急、偵察部隊を向かわせます!」

 

 これは一大事。また良からぬことが起きるのではないかと、お父様の心中は穏やかではありません。それ故か、自ら確認に向かう意思を示されました。

 

「この眼でしかと見てみたい。俺も直々に出向こう」

 

 そしてお父様は、戦装束のままのわたくしや、ぜくうを含めた偵察部隊を引き連れて墜落地点へ急がれたのです。

 

 

 

 雪原に墜落していた『それ』を捉えたわたくしの第一印象は『とてつもなく巨大な漆黒の鳥』でした。しかし既視感があり、すぐその正体に気付きます。

 

「色は正反対ですが、ゾルク様達がエグゾアから奪取なさった飛行機械にとてもよく似ておりますね。だとすれば、この機体の所属は……!」

 

 誰かが、息を呑みました。この場の全員が察したことでしょう。漆黒の鳥が戦闘組織エグゾアに属するものだということを。

 お父様はぜくう以下偵察部隊の者に、搭乗者を探すよう命じました。皆は漆黒の鳥の首元にある搭乗口をこじ開け、機内を探索。するとまもなく一人の少女を発見するのでした。

 ぜくうが、お父様へ報告します。

 

「搭乗者は、海賊服を着た橙色の髪の少女が一名のみ。墜落の衝撃によるものでしょうか、意識はありませぬ」

 

 確かに気を失ってはいるものの、命に別条は無い模様。漆黒の鳥はとても頑丈らしく墜落した割に目立った損傷はありません。憶測ではありますが、だからこそ少女も無事であったのでしょう。

 報告を続けるぜくうは、とある部分に視線を向けて次のように言いました。

 

「そして、やはりと申しましょうか。海賊帽に描かれた紋章、これは……」

 

 ……わたくしがミカヅチ城で囚われの身となった際に目にした、恐怖の象徴。見間違うはずがありませんでした。スサノオをそそのかした黒衣の魔剣士と巨漢の武闘家の左肩に、おぞましく刻まれていた紋章なのですから。

 

「エグゾアの……!」

 

 ほぼ答えは出ていたのですが、いざ正体が明らかになると動揺を隠せません。驚きのあまり声をあげてしまいました。口を塞ぐように添えた両手も意味を成していません。

 わたくしの様子を眺めていらしたお父様は心底痛ましく感じたらしく、とても悲しげな表情を浮かべておられました。しかしその直後、目を吊り上げるのです。

 

「予想通り、戦闘組織エグゾアに属する者のようだな。であれば、ただでは置けん! この少女を捕らえるのだ! 目覚め次第、尋問にかける。よいな!」

 

「「「御意(ぎょい)!」」」

 

 お父様の怒りに同調するかの如く、ぜくう達の返事が雪原に轟きます。こうして少女は身柄を拘束、連行されるのでした。

 

 

 

 スメラギ城、謁見の間にて。

 意識が回復した海賊服の少女は名乗りました。――「リフ・イアード」と。

 わたくし達は、この地にゾルク様達がいらしたことやエグゾアが何をしていったか等のことを開示しました。そして今度はリフ・イアードの話を聞いています。

 

「だーかーらー!! アタイはエグゾアを抜けてテクノロジーベースから逃げてきたんだってば!! あの黒い鳥、ギルムルグを奪って!! 確かにエグゾアには所属してたけど、今はもう無関係なんだよ!!」

 

 彼女は現在、両手を後ろに回して縄で縛られています。じたばたともがいてエグゾアとの繋がりを否定しましたが、眉間にしわを寄せたぜくうが一蹴します。

 

「そのような戯言(ざれごと)に誰が聞く耳を持つか! 今一度物申すが、我らがスメラギの里の姫様はエグゾアの策略によって大層な目に遭われたのだぞ!? きっと貴様も我らを欺き、何か企んでおるに違いないわ!!」

 

 彼の剣幕にリフ・イアードは怖じ気付いてしまいます。が、それでも彼女は。

 

「そ、それは……六幹部達が迷惑かけて悪かったよ。代わりに謝る。けど、アタイがこの辺に墜落したのは本当に偶然なんだよ! アンタらを騙してなんかないし、迷惑かけるつもりもなかったんだってば!!」

 

 悪びれる様子を見せ、その上でさらに自身の潔白を訴え続けました。わたくしの目に映る彼女の必死な姿は、決して演技ではありませんでした。

 

「リフ・イアードよ。何故だ?」

 

「へ?」

 

「お主は何故、エグゾアを抜けたのだ? 理由を聞かせてもらおうか」

 

 お父様の貫くような眼差しを受けたリフ・イアードは、それに応えるかの如く真面目な表情で語り始めました。

 

「……アタイの周りには、頼れる大人なんていなかった。どんなに頑張っても貧しいままのクソみたいな現実しかなかったよ。そんなつまらない世の中に嫌気がさしたから、エグゾアに入って世界征服に加担してたのさ。組織の方針に(のっと)って好き勝手に悪さして、自分の力で面白おかしく生きてきたつもりだった。……けど、エグゾアに入った後も思い通りに過ごせた自覚なんて、ホントは無くてね。情けない話だけど自分に危害が及ぼうとしたところで、やっと目が覚めた。だからアタイはエグゾアを抜けたのさ」

 

 話を聞く限り、彼女の生い立ちは良いものではありませんでした。しかしそんな彼女の心の奥底には善なる意思も眠っていたようです。

 

「おまけにエグゾアの目的だった世界征服が嘘っぱちで、本当は総司令のせいで世界が壊されそうになってるって聞いたら、社会のゴミであるアタイでも黙っちゃいられないよ! ……この真実を知れただけでも、ここに墜落して良かったと思ってるよ。情報源が救世主やマリナ達からってのは、ちょっとシャクだけどね」

 

 何やらゾルク様達と因縁があるようで小さく歯ぎしりをしていましたが、それはさておき。

 エグゾア構成員のほとんどが総司令デウスの真の目的を知らされていない、という話は誠であったようです。ある意味、彼女も被害者なのかもしれません。

 一通りの話を聞き終え、お父様は再びリフ・イアードに質問なさいます。

 

「罪を償う意志はあるのか?」

 

「あ、あるさ! ……悪さしちまった事実は変えられないけど、その分アタイは、これから真っ当に生きてやるんだ!」

 

 鋭い眼光に貫かれ緊張しながらも、彼女は声高らかに……凛とした態度で宣言してみせたのでした。

 

「みつねよ、どう思う」

 

「わたくしにはどうしても、この方が嘘を述べているとは思えません。眼も、とても澄んでいて……邪気を感じないのです」

 

「信用に値する、と言うのだな?」

 

「はい。そう考えております」

 

「ううっ……お姫ちゃん……アンタって人は……!」

 

 わたくしの返答を聞いたリフ・イアードは感極まったのか涙ぐんでいました。とても感受性が強いようです。

 お父様はというと暫しの間だけ目を閉じられ、何か思案なさっているご様子。次に目を開かれたと思えば、とある提案をなさいました。

 

「ではリフ・イアードよ、こうしよう。ミカヅチの領域で問題を起こしているスサノオ軍の残党を討伐して参れ。さすれば、みつねに免じてお主を信用そして解放し、身の安全を保証してやろうぞ」

 

「ほ、本当かい!? アタイを信じてくれるんなら、どんなことだってやってやるよ!」

 

 文字通り飛びつくような勢いで背筋を伸ばし、彼女は提案を受け入れたのでした。

 

「討伐部隊兼目付け役として、スメラギ武士団副団長のぜくうと十数名の武士団員を同行させよう。異論は無いな?」

 

「もちろんさ! ……そもそも、アタイはここらの地理を全く知らないしね」

 

 話が滞りなくまとまってきたところで、わたくしはお父様に進言いたしました。

 

「では、わたくしも参ります」

 

「……な、なに!? どうしてだ、みつねよ! お前がミカヅチの領域に向かう必要は無いではないか!」

 

 当然のことながら、お父様は動揺なさいました。しかしこの申し出には、きちんとした意図があるのです。

 

「リフ・イアードを最初に信用したのはわたくしです。つまりわたくしには、この方の動向を見届ける義務があるも同然」

 

「そ、それはそうかもしれんが……しかし……!」

 

「お父様、どうかお許しをいただきたく存じます。現地では決して出しゃばらず無理をしないと約束いたしますので」

 

「むう……!」

 

 眉を歪め、苦悶の表情を浮かべ、まだお認めにならないお父様。わたくしの身を大切に想ってくださっていて、それと同列にわたくしの意思も尊重しておられるのです。

 これほどまでに案じてくださっているお父様には申し訳ありませんが、こちらとて引くわけには参りません。深々と(こうべ)を垂れ、自らの本気を示しました。

 

「どうか、どうかお許しを」

 

 歯を食いしばり悩みに悩んだ、お父様の返事は。

 

「…………ぐうぅぅぅっ…………わかった、許可してやろう! だから(おもて)を上げよ!」

 

「ありがとうございます、お父様!」

 

「お前がそこまで(かたく)なになり、責務を果たそうとするとはな。どうも近頃、頑固なところがまさきに似てきたように感じるぞ。…………父離れが進んでいるとでもいうのだろうか」

 

 ついに、お父様を折らせることに成功いたしました。最後に小声で何かを付け加えられたようですが、生憎(あいにく)とわたくしの耳には届きませんでした。

 

「お姫ちゃんも大変なんだねぇ……」

 

 一部始終を眺めていたリフ・イアードも苦笑して何か呟いていたのですが、これも聞こえることはありませんでした。

 

 

 

 スメラギの里から東に位置する元敵国、ミカヅチの領域。スメラギと同様に雪の降り積もっているこの地は、今やスメラギの領土となっています。

 実はスサノオの死後すぐ、ミカヅチの民が降伏しました。いたずらに兵力を用いてわたくしを狙っていたスサノオ軍とは違い、民達は平和と共存を望んでいたのです。

 内情を知ったお父様はミカヅチをスメラギに吸収することを条件に、ミカヅチの民全てをスメラギの民に等しく面倒見るという寛大な措置を取り、ミカヅチの現代表との間に和平を結んだのでした。

 これだけで終われば丸く収まるのですが、そうはいかないのが現実。新たな政治体制が満足に整っていない現在、スサノオ軍の残党は己の誇りを捨て切れないらしくミカヅチの民を逆恨みして未だ戦い続けています。

 こういった事情がありミカヅチの民を守るべく、スメラギからは定期的に残党討伐部隊が派遣されているのです。

 

 ミカヅチの領域に到着して早速。

 雪原と化した農耕地の外れ――農具を収納する小屋の前で、スサノオ軍の残党を発見しました。赤鎧に鬼面の物言わぬ十数人の眼前には、雪に倒れこみ逃亡もままならない老婆の姿が。

 

「ひえぇっ……い、命だけは……!」

 

 一人の残党がおもむろに振り上げた鋸刃(のこぎりば)の刀。それが老婆に到達する、一歩手前で。

 

「ええい、ならぬ!!」

 

 誰よりも早くぜくうが割り込み、得物である十文字槍で残党の凶行を食い止めてみせました。そして勢いのまま薙ぎ払い、その他数名の残党を巻き込みつつ弾き飛ばしたのです。

 

「スメラギの武士様、ありがとうございます……!」

 

「礼などよい。安全な場所へ避難するのだ!」

 

 ぜくうは速やかに老婆をこの場から遠ざけるのでした。その見事な手際にリフ・イアードが感嘆します。

 

「ヒューッ! おっさん、偉そうにしてるだけあるじゃないか!」

 

「たわけ、小娘が! 減らず口を叩く暇があるならば行動せんか! 我らはミカヅチの民を守るべく訪れておるのだぞ!! ……姫様は農具小屋の陰へ。小娘は我らと共に前へ出るのだ!」

 

 褒めたつもりが怒鳴られる始末。リフ・イアードは、ばつが悪そうに返事をします。

 

「へいへい、これから働いてやるっての。あと『小娘』って呼ぶのはやめな!」

 

 そして右腰に携えた護拳付きの湾曲刀を引き抜き、瞬く間に残党へと接近。雪原につく足跡がどんどん増えていきます。

 

「とっとと、おねんねしな! 双牙斬(そうがざん)!!」

 

 湾曲刀を振り下ろし、即座に飛び上がりながら斬り上げる剣技を披露しました。上空に打ち上げられた残党は受身も取れず背中から雪に落ちます。

 

「さーて、もっともっと斬りまくってくよ! 覚悟するこったね!!」

 

 流石は元戦闘組織の一員。左手に握った湾曲刀を自在に振るい、次々と残党を斬り伏せていきます。

 

「あの小娘め、非常に生意気だが腕はあるな」

 

 軽快な彼女の姿を、ぜくうは横目に眺めていました。不服だが認めざるを得ないという風な、小さな笑みを浮かべながら。

 そこへ突然、リフ・イアードが叫びます。

 

「……あ!? おっさん、上!!」

 

 言われて、ぜくうが見上げた先。農具小屋の屋根に残党の姿が。

 

「しまった!? あんなところに……!!」

 

 残党は武器を振り下ろしつつ屋根から飛び降りました。……気付くのが遅すぎたようです。回避は間に合いません。

 ――ですが、ぜくうが傷つくことはありませんでした。

 

「小娘、貴様……!?」

 

 リフ・イアードが咄嗟に彼を突き飛ばし、逃がしてみせたのです。その代わり、雪原に這いつくばった彼女の背中には酷く乱れた斬撃痕が。

 

「っつぅ~……こ、これくらい屁でもないさ……!」

 

 心配させまいと気丈に振る舞っていますが、それはやはり強がり。鋸刃による傷は激痛をもたらし、彼女の本心を表情へ浮き彫りにさせていました。

 助けられたぜくうは雪の上を転がりつつも即座に体勢を立て直し、反撃します。

 

瞬迅槍(しゅんじんそう)!!」

 

 雪の絨毯(じゅうたん)を大きく踏み抜き、自分を襲った残党を一撃で突き伏せました。

 

「すまぬ小娘よ……おかげで助かった。しかしその傷、どうすれば……!」

 

 感謝を述べることは出来ても、ぜくうは傷を癒す手段を持ち合わせていません。治癒が可能な武士団員も交戦中のため手が離せない状況です。

 ……となれば、ここはわたくしの出番。そう思い農具小屋の陰から飛び出しました。

 

「お見せください」

 

「お姫ちゃん……?」

 

 リフ・イアードの傍に近寄り、背中の傷へ手をかざします。そして懐に忍ばせているビットへ念を集中しました。

 

治癒功(ちゆこう)……!」

 

 密かに鍛練を積んでいた甲斐もあり、治癒の術技は正しく発動。リフ・イアードの傷は温かな淡い光に包まれ、みるみるうちに塞がっていきました。

 

「傷が治ってく……もう痛くない! お姫ちゃん、ありがとう! ……さぁて。それじゃあ、もうひと暴れしてやろうかね!! 武士団員達ぃー! アタイと一緒に気張りなぁー!!」

 

 喜び勇んで立ち上がり、周りを鼓舞しながら再び残党へと突撃するリフ・イアード。対照的に、ぜくうは狼狽(うろた)えます。

 

「ひ、姫様! なにゆえ治癒の術技を!? もしや、まだお身体に魔力が残っておいでなのでは……!」

 

「ご安心なさい。これはわたくしの魔力ではなく、巡り巡ってマリナ様から戴いたビットの魔力によるものです。誰の命も蝕むことはありません」

 

「なんと、そうでありましたか。ならば心強い限りにござります!」

 

 ぜくうは、わたくしの説明を聞いて安堵しました。けれど薙刀を構えるわたくしの姿を目にするや否や、また不安げな顔となります。

 

「まさか加勢されるおつもりで? 戦いの規模が小さいとはいえ、いくらなんでもそれは……」

 

 彼の懸念は重々承知。実のところ、わたくしはとても恐ろしい気持ちでいっぱいでした。しかしそれでも前に進みたい理由があります。

 

「わたくしは、いつまでも弱いままの姫でいたくありません。スサノオの一件を経て、そう願うようになりました。それにスメラギとミカヅチの未来に少しでも貢献するため、この討伐戦を初陣としたいのです。多少の怪我は覚悟の上ですし、治癒で皆の役に立つこともできます。無論、命を落とすつもりもございません!」

 

「姫様……」

 

 喉を震わせ、ぜくうの目を見据え、強く強く言い放ちました。わたくしは本気なのです。

 

「わがままだとはわかっていますが、お願いします。どうか無理を通させてください」

 

 お父様に進言した時と同様、しつこく食い下がりました。すると。

 

「……出発前もそうでしたが、姫様がここまでおっしゃるのは非常に稀なこと。ただならぬ決意がおありなのですな。ならば、姫様の御成長を見守るのも我らスメラギ武士団の務め。全力でお助け致しましょう」

 

 とうとう、説き伏せることが叶いました。

 

「ぜくう……ありがとうございます!」

 

「ですが、くれぐれもお気を付けくだされ。姫様の御身(おんみ)に何かあれば、てんじ様や団長が黙ってはいないでしょうからな!」

 

「はい!」

 

 湧き上がる緊張をほぐしつつ、しかし気を引き締めて討伐戦に身を投じるのでした。

 

 

 

 しばらく時間が経過した頃。残党の討伐は終わりを迎えました。

 あれ以来、誰も大きな怪我をすることはなく、わたくしも一人を討ち取ることが出来ました。初陣にしては大した立ち回りであったと、ぜくうは称賛してくれました。

 ……けれども喜んでばかりはいられません。現実を突き付けられたわたくしは複数の屍を尻目に感想を述べます。

 

「スサノオ軍の残党が同胞に刃を向ける様を間近で目にするのは……想像より遥かに心が痛みました……」

 

「このぜくう、何度か討伐に訪れておりますが奴らには一向に変化が見えませぬ。全く、いつまで血迷っている気なのやら。こちらとて好きで討伐などしているわけではないというのに……。今は仲間なのだぞ……!?」

 

 ぜくうにも葛藤があったようです。握った拳を震わせ、感情を表に出していました。

 この会話にリフ・イアードも加わります。

 

「スサノオ軍の兵士はみんな、ビットによる改造を受けてたんだろ? アムノイドにならない程度の改造だって言ってたらしいけど、それも本当なのか怪しいね。……ひょっとすると、逆恨みで人々を襲ってるってのは間違いなんじゃないかい? 実はアムノイド化が進んでて、もう自分の意思が残ってないのかもしれないよ。だから最初のばあちゃんの時も、自分達の仲間だって理解できないまま襲ってたのかも」

 

 彼女は、過去にアムノイドについての情報採取をしていたとのこと。その彼女による推測なのですから、おそらく正しいのでしょう。

 

「それが事実だとすると、何ともやりきれませんね……」

 

「全くだよ……。エグゾアのやってることって言葉で聞く以上に残酷で外道極まりなかったんだね。深く考えないまま、あんな組織に居た自分がバカだったよ……。抜けることが出来てホントによかった」

 

 リフ・イアードは雪原の彼方を見つめてそう語ると、自身の衣服のとある部分に気付きました。

 

「……そうだ。こんなもの、いつまでもくっつけてられないね」

 

 その部分とは、海賊帽の中心と服の左肩。どちらもエグゾアの紋章が刻まれている場所でした。どうやら紋章の部分だけ布が別になっていたらしく、彼女は二か所とも勢いよく剥ぎ取りました。そして目一杯に細かくちぎったのです。

 

「これでアタイはホントのホントに、エグゾアなんかとはおさらばさ」

 

 細切れになった紋章は彼女の手から離れ、寒風に吹かれて雪原の彼方へ散っていきました。リフ・イアードは、心の底からエグゾアと決別したのです。

 

 

 

 

 

 リフがお父様に認められて何日も過ぎた、ある日の午前。

 彼女は里外れの雪原にて、黒き鳥ギルムルグを懸命に修理していました。翼に乗って基部を調整していたようですが、その作業もようやっと終わったようです。

 

「……よーし、これでなんとか飛べそうだ。意外と早く直ってくれたね」

 

 工具を片付ける彼女の後姿を見つけたわたくしは、機体の下から声をかけます。

 

「リフ! いらっしゃいますか!」

 

「おっ、みつねちゃん。こんなところまで来たのかい」

 

 リフは翼から飛び降り、会話のしやすいところまで近づいてくれました。そしてわたくしは尋ねます。

 

「どうしても出発してしまうのですか?」

 

「あー……うん。残党討伐の帰りに伝えた通りだよ。エグゾア六幹部の一人が妙なこと言ってたのを思い出してね。南に向けて飛んでったっていう救世主達に知らせたいんだ。ひとまずこれが真っ当な人生の第一歩ってところさ。てんじ王とも罪滅ぼしの約束をしたしね」

 

 照れ臭そうに答えてくれました。

 リフの新たな目標は、悪事を働いていた彼女にとってむず痒さの残るものなのでしょう。そのような感情に屈せず精進してほしいところです。

 ……ここは、彼女の出発を素直に喜ぶべき場面なのでしょう。しかし、わたくしは……。

 

「実はですね、胸の内を明かすと……リフがいなくなるのはとても寂しいのです……」

 

「アタイも名残惜しいよ。せっかく、みつねちゃんと友達になれたのにね……」

 

 わたくしが視線を落とすと同時に、リフも目を伏せてしまいました。お互い、別れるのがつらい。そこで、わたくしは彼女に話を持ちかけました。

 

「…………リフ、あのですね」

 

「どうしたんだい? 急に改まって。……や、なんとなく言いたい事がわかった。怖い、怖いよ」

 

 察したリフは冷や汗を流し始めました。そして少しの間が空いた後。

 

「わたくしも連れて行っ……」

 

「わぁぁぁー!! やっぱりかい!! ダメダメ!! みつねちゃんを連れて行ったらアタイ、誘拐の罪で処刑されちまうよ!! てんじ王はアンタのこと『超』が付くほど溺愛してるから!!」

 

 こちらが言い終える前に両手を激しく振り、大慌てで拒否しました。けれども、わたくしとて折れるわけには参りません。

 

「でもわたくしは一国の姫として、どうしてもこの眼で世界を見て、知って、感じたいのです。残党討伐に参加して以来、その気持ちが強くなってしまって……仕方がないのです!」

 

「そ、そう言われてもねぇ……」

 

 この気持ちは本物なのですが、まだ押しが足りないようです。そこで理由を付け加えました。

 

「リフと、もっと仲良くなりたいとも考えております。歳の近い女子という存在は、わたくしにとって貴重なのです」

 

「そりゃアタイだってそうだけどさ……!」

 

 これでも駄目であれば、更に押すべし。役に立てると主張します。

 

「たとえ戦いに巻き込まれようとも決して足は引っ張りません。このような事態もあろうかと思い、今日まで鍛錬に励んできたのですから。リフ、お願い致します……!」

 

 真剣に、心を込め、顔を真っ直ぐと見据えました。するとリフはたじろぎます。

 

「ぐぅっ……! アタイは……アンタのその眼差しに……とっても弱いっ……!」

 

「お願い致します……!!」

 

「……~~ッ! …………~~~~ッッッ!!」

 

 そして、ついに。

 

「……………………わかったよ」

 

「本当ですか! リフ、ありがとうございます!」

 

 許しを得ることが叶いました。思わず、わたくしは満面の笑みを浮かべてリフに抱きついてしまいます。

 

(ああ……これで処刑されるの確定なのかな……。アタイってば、どう転んでも真っ当な人生は歩めないのかもしれないね……)

 

 この時、リフは無気力となって打ちひしがれていた様子。しかし抱きついたままのわたくしが、彼女の呆然とした表情に気付くことは無いのでした。

 

 

 

 スメラギ城の中庭、午後のこと。

 王としての仕事をそつなくこなしたお父様は、休憩がてら縁側でお茶をすすっておられました。

 

「てんじ様!! てんじ様ぁー!! 一大事にござります!!」

 

 そこへ飛び込んできたのは、ぜくうの大声。まもなく本人もやってきました。手には何かを握っています。

 

「ぜくうよ、何をそんなに取り乱しておるのだ。まさか、みつねがリフ・イアードと共に旅立った、とでも言うのではあるまいな? がっはっはっは!」

 

「そのまさかにござります!!」

 

 お父様は冗談のつもりで笑っていらしたのですが、ぜくうの返事はまさしく「まさか」のもの。時を奪われたかのように硬直なさった後、素っ頓狂な声をあげられます。

 

「…………なんだとおおおっ!?」

 

「姫様の筆跡による置き手紙を発見いたしました。どうか、ご一読を……!」

 

 何も伝えずに里を出るのは、いくらなんでもまずいこと。せめて心配なさらぬようにと、わたくしは事前に、旅立つ理由やわがままへのお詫び等を手紙に残していたのです。

 読み終えられたお父様のお背中は、わなわなと震えていました。そして手紙はくしゃくしゃに。

 

「……みつねは治癒の魔力を失った反動で、お転婆になってしまったのか……。俺の可愛いみつねが、お転婆に……」

 

 次の瞬間。(せき)を切ったように激怒してしまわれました。

 

「何が……何が怪我の功名か!! やはりスサノオは要らぬことしかせんかった!! おのれスサノオめ!! この俺が直々に引導を渡してくれるわ!!」

 

 いつの間にか、お父様の手には愛刀が。しかし抜かせるわけには参りません。ぜくうや騒ぎを聞きつけた城の者ら数名がかりで、錯乱なさったお父様を止めに入ります。

 

「てんじ様、お気を確かに! スサノオは、もうこの世におりませぬぞ!」

 

「ならばリフ・イアードだ!! みつねをたぶらかしたのは奴に違いない!! 即刻、ひっ捕らえよ!! 打首獄門(うちくびごくもん)に処してくれるわぁぁぁっ!!」

 

「それもなりませぬ!」

 

「うおおおおお!! みつねええええええええ!!」

 

 ぜくう達は、怒り狂ってしまわれたお父様の気を鎮めるのに大層、苦労したそうです。

 そしてわたくしを連れ戻すために隠密部隊が派遣され、手配書も貼り出されたとか、出されなかったとか。

 結局、まきり様もビットの譲渡が明るみに出てお父様からこてんぱんにやられたそうですが、それはまた別のお話で。

 

 

 

【挿絵表示】

 




(絵:ピコラスさん)

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