Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第34話「静かに崩れる」 語り:マリナ

「キラメイ、ボルスト。わざわざリゾリュート大陸まで出向いてくれて御苦労様。報告書には目を通させてもらったよ」

 

 エグゾアセントラルベース内に設けられた荘厳の間。常に薄暗いこの空間で、ミカヅチ城から帰還した二人を労っているのは総司令デウスである。

 師範とキラメイは、物々しく大層な席に座るデウスの前で(ひざまず)いたまま耳を傾けている。

 

「実験が成功してくれて本当によかった! おまけに、ジュレイダルの生存も確認できた。素晴らしい収穫だよ」

 

 デウスは上機嫌であり、いつになく表情が柔らかい。そんな彼へ師範が、ごく事務的に問いかける。

 

「奪われた大翼機(たいよくき)ザルヴァルグについては、いかが致しましょう」

 

「どうせ不完全な試作型なのだから、この際くれてやろう。正式運用する量産型のザルヴァルグ……ああ、そういえば量産型の名称は『ギルムルグ』に決定したのだったね。こちらの方も、ソーサラーリングと一緒にナスターが最終調整中さ。特に問題はない」

 

 幸福の真っ只中にいるためか、なんとも気前のいい返事が飛んできた。だが裏を返せば、私達が所有するザルヴァルグは無価値も同然ということ。飛行機械を量産し、何を始めるつもりなのだろうか。

 

「ところで、ゾルク・シュナイダーと交戦したらしいじゃないか。彼が正気を保っていたというのは本当かい?」

 

 この質問に対し、報告の場では珍しくキラメイが口を開く。

 

「間違いない。暴走状態だとはとても思えなかった。……俺としては惜しかったところだ。エンシェントビットを暴走させた状態の救世主となら、さぞかし楽しめる戦いになっただろうからな。ククク……!」

 

 嬉々として紫の眼を輝かせるキラメイ。その喋りは、デウスを敬っている風には聞こえない。しかしデウスの方も扱いに慣れているのか、無礼に関して何も言わなかった。

 

「エンシェントビットとゾルク・シュナイダーの融合は間違いなく進行していた。彼らが時空転移に巻き込まれる直前、我はこの目ではっきりと見たのだからね。あの時の様子だと一日も経たずしてレア・アムノイド化を果たすはず……。それがどうして、百日以上も経過した今ですら平然としていられるのか」

 

 キラメイから確認がとれた時点で、デウスは頭の回転を速めて答えを求める。けれども、そう易々と見つかるものではない。結局、やれやれと首を横に振って諦めてしまう。

 

「この我に把握できない現象が存在するとは歯痒いが、まあいい。次の工程に移るとしよう。……ではボルスト。彼女達に『ギルムルグの最終調整が終わり次第、任務を開始せよ』と伝えておくれ」

 

「はっ。全ては、総司令の意のままに!」

 

 伝令を任された師範は力強い返事を残し、キラメイと共に荘厳の間を去っていく。

 彼らの退室を見届けた後、デウスは山吹色の瞳で野望の先を見つめ、こう零すのだった。

 

「そう、我の意のままにならなければいけないのだよ。世界の命運もゾルク・シュナイダーの末路も、全てね……!」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第34話「静かに崩れる」

 

 

 

 スメラギの里の人々に別れを告げ、快晴となった大空に飛び立ってすぐ。機内の窓辺には、遠ざかっていく故郷を名残惜しそうに見下ろす、まさきの姿があった。

 感傷に浸っていたようだが、私とゾルクを視界に入れた途端に何か思い出したらしく、こちらへ近寄ってきた。

 

「お主達に伝えねばならぬことがある。時間さえあれば姫が直接、述べられるはずだったのだが……」

 

 時間さえあれば、との言葉を耳にした途端ゾルクは、顔向け出来ないと言いたげに目線を逸らしてしまう。

 

「ごめん。俺が急かしたから……」

 

「何を申すのだ。こちら側が伝える機会を逃していたせいでもある。それに姫も拙者も気にしてなどおらぬ。お主の抱える問題は、何よりも優先して解決せねばならぬからな……」

 

 申し訳なさそうなゾルクとは裏腹に、まさきは充分な理解を示してくれていた。

 

「……ありがとう」

 

 感謝の言葉を発する彼の声は弱く、どこか気力が失せたもの。必要以上に自分を責めているのではないだろうか。

 少々重たい空気が流れたが、気を取り直してまさきが話を続ける。

 

「内容だが、それは姫のお身体について。医者に診てもらい判明したのだが、スサノオに治癒の魔力を奪われた姫は、そのおかげで御身(おんみ)から魔力を失われた。つまり、ごく普通の人間の身体となられたのだ……」

 

 その事実を聞かされた際のみつね姫は、あまりの嬉しさに涙されたという。こちらにとっても非常に喜ばしいことだ。

 次にまさきの口から飛び出したのは、スサノオについてのこと。

 

「そしてこれは余談となるが……スメラギの里では古来より『人間と魔力の間には相性が存在する』と伝わっている。スサノオは姫の治癒の魔力との相性が悪く、得た再生能力が不完全なものであったため、予想より容易く息の根を止めることが叶った可能性が高い……」

 

「ということは、魔力の相性が良かったなら倒せなかったかもしれないのか。恐ろしい話だ……」

 

 完璧な再生能力を持ったスサノオを想像し、私は柄にもなく身震いしてしまう。同時に、最悪の事態にならずに済んで心底安心するのだった。

 

「しかしスサノオの蛮行が、姫にとっての怪我の功名となったのもまた事実。世の中、何がどう転ぶかわからぬものなり……」

 

「そうだな。何はともあれ、みつね姫が治癒の魔力から解放されて本当によかった」

 

「…………羨ましいな。俺はこんな身体のままなのに」

 

 まさきと私の言葉の影に隠れるように、ゾルクが何かを呟いた。……呟いたと言っても、それはまるで息を吐いただけのような微かな音。

 

「ゾルク、何か言ったか?」

 

「いや、なんでもないよ」

 

 私はすかさず聞き返したが、彼の返答はこの通り。そして話をはぐらかす。

 

「あ! みつね姫と言えば、てんじ王から褒美を受け取るの忘れちゃったなぁ。まさき、今度スメラギの里へ寄ったら話をつけてよ!」

 

「無論なり……」

 

「やったー! 一体どんなものが貰えるんだろう? 楽しみだなぁ~!」

 

 まさきは軽く頷き了承した。ゾルクの方は、先ほどの落ち込み様から一転して無邪気に騒いでいる。

 ――やはり様子がおかしい。情緒不安定なのである。原因があるとすれば、ただ一つ。体内に埋め込まれたエンシェントビット以外にありえない。

 融合が進行していると知ったゾルクは焦っている。だから無理に明るさを振り撒いて自分を落ち着かせようとしているのだ。……それは悲痛な訴えとも言える。私はゾルクにかける言葉を探したが……見つけられず無力を思い知るしかなかった。

 

 次の目的地である秘境ルミネオスに到着するまで、まだ時間がかかるらしい。そこで、後回しになっていた用事を済ませることに。

 新しく仲間が増えたので、まずは自己紹介から。

 

「改めて挨拶せねばな。拙者の名は、蒼蓮(そうれん)まさき。スメラギの里にて武士団の(おさ)を務める者なり。これからの道中、よろしく頼み申す……」

 

「ソシア・ウォッチといいます。こちらこそよろしくお願いしますね、まさきさん」

 

「ジーレイ・エルシードです。腕の立つ武士だと伺いました。頼りにしています」

 

「ミッシェル・フレソウムよ。ゾルクとマリナの面倒を見てくれて本当にありがとね♪」

 

 三人が、まさきへ穏やかに挨拶を返す。しかし操縦席に座ったままのアシュトンは。

 

「……アシュトン・アドバーレだ。俺がザルヴァルグを操縦してる間は話しかけないでくれよ。ま、今は自動操縦だから何しててもいいんだけどな」

 

 無愛想な態度を示すのだった。

 エグゾアを裏切り私達の味方になったとはいえ、角が取れたわけではないらしい。そもそも彼が何故こちら側に付いたのか知らされていないが、焦らずともそれは間も無く明らかとなる。

 

「自己紹介も終わったところで、お待ちかねの本題だ。まずは私達の方から詳しく話そう」

 

 早速、私はお互いの状況を報告し合おうと切り出した。

 ミカヅチ城でゾルクが簡単に伝えてくれていたおかげで、話はスムーズに終わった。

 

「以上だ。次はそっちのことを教えてくれ」

 

「はい、お伝えします。こちらの百日間を」

 

 ジーレイはゆっくりと語り始めた。

 

「ゾルクから発せられた時空転移の光に飲み込まれた後、僕達は工業都市ゴウゼルに飛ばされました。ですが二人のように百日もの時間を飛び越えたわけではなく、転移からほとんど時間は経過していませんでした。しかしデウスから受けた火傷は、そちらと同じく完治していました。この現象もエンシェントビットによるものだと推測する他ありません」

 

「そんで、こいつらと運悪く鉢合わせちまったのが俺ってわけだ」

 

 操縦席から立ち上がりつつ、アシュトンも加わる。

 

「なんせ時空転移とかいうもんの出口が、よりによってエグゾアの秘密工場の中でよぉ。いきなり変な光の中から現れやがって。心臓が止まるかと思ったし、また色々ブッ壊しに来たのかとヒヤヒヤしちまったぜ」

 

 ジーレイ達を見据えながら、迷惑したと言わんばかりに眉をひそめた。

 そんな彼の発言にソシアが反応する。

 

「でも事情を話す前に(かくま)ってくれましたよね。アシュトンさんが居てくれなかったら、私達はエグゾアに捕まって酷い目に遭わされていたはずです。本当に感謝しています」

 

「……お前らには命を救われた借りがある。だから助けてやったんだ。嫌々ながらな」

 

 借りというのは、以前ゴウゼルで機械仕掛けの巨人の暴走から助けた時のこと。しかめっ面でソシアに返事をしたアシュトンだったが、なんだかんだ言いつつ律儀なところがあるようだ。

 

「『借り』じゃなくて『恩』でしょ? それに、嫌そうな風には全然見えなかったわ。意地張ってないで素直になればいいのに」

 

「う、うるせーよ!! 嫌々だったっつってんだろ!!」

 

「やーいアシュトン照れてるー♪」

 

 図星を突かれたらしく、取り乱しながら否定するアシュトン。冷やかしたミッシェルは悪い笑顔を浮かべるのだった。

 

「とまあ、このようにミッシェルが居てくれたおかげもあり、アシュトンとは早期に打ち解けることが出来ました。そしてデウスの真意を知らせたところ、こちらに寝返ってくれたのです」

 

 二人を見守りつつ、ジーレイは話を元に戻す。

 ミッシェルの突き抜けた明るさが意外な場面で活躍したようだ。彼女はアシュトンと敵対した経験が無いため、抵抗を感じずに接することが出来たのだろう。

 

「まさか総司令の(うた)う世界征服が大嘘で、世界の破壊と創造が真の目的だったなんてな。そんなもんに巻き込まれて死ぬなんざ、俺はまっぴらごめんだからな。必然的にお前らの方へ寝返るしかなかった。ただそれだけだ」

 

 あくまで根本から協力しているわけではない、とアシュトンは主張する。……しかし。

 

「そうは言っても、あたし達を信じてくれたからこそ味方になったのよね? でしょでしょ?」

 

 ミッシェルは真紅の瞳を輝かせてニヤついた。

 

「だぁーっ!! すっこんでろ、デカいガキめ!!」

 

「え~? どこ見てデカいって言ってるの~? やらしぃー!」

 

「し、身長だ、身長!!」

 

「わーい、また照れたー! 可愛い~♪」

 

「もうやだこいつ」

 

 怒鳴り声を浴びながら、ミッシェルは茶化し続ける。どうやらアシュトンは都合の良いオモチャと化しているようだ。あまりにもよく出来た構図のため、私は暫し呆気にとられてしまう。

 その代わりというわけでもないが次は、まさきが発言する。

 

「アシュトンという男が信用に値するのは把握した。して、お主達は工業都市ゴウゼルとやらにずっと潜伏していたのか……?」

 

「いいえ。私達は一旦アシュトンさんとお別れしました。そしてゾルクさんとマリナさんを見つけるために、エグゾアの目を掻い潜りながらセリアル大陸各地を巡ったんです。私達の転移先がセリアル大陸だったので、きっとお二人も同じ大陸にいるはずだと思って。けれど、いくら探しても手掛かりが見つからなくて、とても不安でした……」

 

「だから、あとちょっとでリゾリュート大陸も旅し始めるところだったわ。まあ結局、来ちゃったんだけど。でもね、悪い話ばかりじゃないわよ。旅のおかげっていうかなんていうか、あたし達パワーアップしちゃったわ♪ 新しい技を思いついたり、ランテリィネへ寄った時は治癒術を強化したりもしたわね!」

 

 不安になるほど心配してくれていたソシアと、前向きに進んでいたミッシェル。どちらの言葉も嬉しく感じた。……私に、嬉しがる資格があるかどうかはわからないが。

 彼女達に続き、ジーレイが喋る。

 

「旅の中、人々の動揺する様子も目の当たりにしてきました。リゾリュート大陸とセリアル大陸がいきなり一つの世界として統合されたのですから、混乱するのも当然。ですが百日も経過すればそれも多少なり沈静化し、今に至るというわけです。現時点で大きな争いが起きていない点も救いの一つですね。エグゾアまでもが静かだったのは不気味でしたが、まさかリゾリュート大陸で悪事を働いていたとは思いも寄りませんでした」

 

 やはり一時期は世界中で混乱が起きていたようだ。世界が一つになった原因を知らない人々にとっては天変地異としか思えないのだから仕方ない。

 

「俺とマリナの居場所、どうやって突き止めたんだ?」

 

「つい先日、僕がエンシェントビットの魔力を感知したのです。そしてアシュトンと協力して秘密工場からザルヴァルグを奪取。感知した地点であるリゾリュート大陸の北部へ飛んでいき、魔力の軌跡を辿った先がミカヅチ城だった、というわけです」

 

「……そう、だったんだ……」

 

 ジーレイからの返答を聞いたゾルクは、胸を刺されたかのように硬直し、意気消沈。

 それもそのはず。もしもゾルクが暴走せずエンシェントビットの光が溢れ出なかったならば、ジーレイが感知することもなく皆との再会は果たせなかったかもしれないからだ。ゾルクも私も、手放しでは喜べなかった。

 そして私は気が沈んだまま、ずっと引っかかっていた質問を繰り出す。

 

「一つ、みんなに訊きたいことがある。私を……恨んでいるだろうか」

 

 勇気を振り絞り、喉から外に溢れさせた音。皆は、しんとしたままである。

 

「理由はどうあれ、私はデウスに加担する形となっていた。そのせいで、みんなを危険な目に遭わせてしまって……」

 

「マリナさん、何をおっしゃるんですか! 恨むはずありませんよ。悪いのはデウスであって、マリナさんではありませんから」

 

 身を乗り出して言葉を遮ったソシア。桃色のポニーテールが大きく揺れた。

 

「あたしも、マリナは悪くないと思ってるわ。だって騙されてたんだから、どうしようもないじゃない。あなたは責任感が強過ぎるのよ。それが良いところでもあるけど、さすがに背負い込み過ぎね。もっとリラックスしなきゃ、ドツボにはまっちゃうわよ?」

 

 ミッシェルも優しく声をかけてくれた。彼女の言うように、私は思い詰めているのだろうか。

 最後にジーレイも口を開く。

 

「二人のおっしゃる通りです。それに非難されるべきは、本来なら僕のはず。エンシェントビットをこの世に生み出した張本人でありながら、決着をつけられず……多くの人々に迷惑を…………」

 

 ――それは突然のこと。

 彼は喋りの途中、前触れもなく膝から崩れ落ちてしまったのだ。すかさずゾルクが抱きかかえる。

 

「ジーレイ、どうしたんだ!? 大丈夫か!?」

 

「すみません……。ミカヅチ城で魔力を……使い過ぎて、しまいました。僕はもうすぐ、意識を……」

 

 言い終えられず、深い眠りへと落ちるように紫の眼を閉じてしまった。

 するとソシアが慌てて指示を出す。

 

「いけない……! ゾルクさん、ジーレイさんをこちらに寝かせてください!」

 

「わ、わかった!」

 

 そして彼女を筆頭に。

 

「アシュトンさん、ザルヴァルグの進路を変更してください! ここから一番近い町へ向かって、ジーレイさんを休ませないと……!」

 

「ちぃっ、しょうがねぇな。手のかかる魔皇帝様だぜ」

 

「あたしは筆術でジーレイを癒すわ。ソシアも手伝ってちょうだい!」

 

「拙者も微力ながら治癒を行える。何やらわからぬが助太刀いたす……!」

 

 迅速に操縦席に戻ったり、倒れたジーレイを介抱したりと、それぞれのやり方で対応している。私とゾルクは、皆が尽力する姿を見守ることしか出来なかった。

 

 

 

 リゾリュート大陸中央部から見て北東に位置する、火薬の都市ヴィオ。急遽、この町へと降り立った。

 赤い煉瓦造りの煙突付き家屋や工場が建ち並ぶ、火気厳禁の物騒な町。屋内は勿論、屋外に出てさえも火薬の匂いが存在を主張する。自然はゴウゼルほど少ないわけではなく、ほどよい間隔で街路樹が植えられてあり用水路も整っている。

 ヴィオでは火薬の原料が量も種類も豊富に採れ、そこから製造される火薬を用いてケンヴィクス王国軍の武器や革新的な乗り物、式典用・娯楽用花火などの研究開発をおこなっているという。だが、そんなこと今はどうでもいい。

 大きな宿屋を見つけたので大至急、部屋をとる。そして白いシーツのかかった木製ベッドにジーレイを寝かせ、やっと一段落ついた。彼が愛用している眼鏡は外させてもらい、大事に畳んで傍の台に置いた。

 

「ソシアよ。ジーレイはどのような状態にあるのだ? 治癒術を無我夢中でかけ続けた意味も知りたい……」

 

 まさきが尋ねると、暗い声が返ってきた。

 

「……実はジーレイさん、ご自身の魔力が尽きかけているみたいなんです。そのせいで体調を崩してしまっていて……。だから治癒術をたくさんかけて、術から魔力を与えていたんです。ゾルクさんとマリナさんを探す旅の途中にも何度かこういうことがあったので、対応には慣れてしまいました。……こんな慣れ、全く喜べないですけれどね。しかもジーレイさんがおっしゃるには、いくら治癒術をかけても魔力を完全に吸収できるわけじゃないので、一時しのぎにしかならないそうです……」

 

 ソシアは表情をくしゃくしゃにさせ、歯を食いしばって必死に悲しみを堪えている。私は気遣おうとも思ったが、耐える彼女にもプライドがある。ここは見て見ぬふりをし、会話を続けた。

 

「ジーレイは自分の魔力を延命にあてて二千年も生き延びてきたんだったな。まずそれが奇想天外だが、そんな型破りな方法をとっていて今まで限界が訪れなかったことにも驚いてしまう」

 

「それね、実際は本人の魔力だけで生きてきたわけじゃないみたいなの」

 

 ミッシェルから不意の一言が飛んできた。ジーレイは確かに、デウスに向かってそう言っていたはずだが……ここは大人しく話を聞くべきである。

 

「ジーレイは自分自身に不老の魔術をかけて生きてきたんだけど、さすがに自分の魔力だけじゃ二千年も持たないと判断したから、辺りで拾ったビットの魔力を不老の魔術に使い続けてきた、って教えてくれたわ。ちなみにその不老の魔術、独自に考えた高度で危険な魔術だからジーレイにしか使えないし、不死身になるわけじゃないんだって。あと、普通の魔術を使う時は魔力を持たない人間と同じように、いつも持ってる魔本のビットに頼ってるらしいわ。そんな風に工夫して魔力の消費を抑えてきたのよ」

 

 ミッシェルの説明のおかげで理解できた。魔力そのものを生命エネルギーに変換していたわけではなく、特殊な魔術にあてていたことを。そして、彼の魔力にも限界があるということも……。

 

「でも秘奥義レベルの強力な魔術を放つ時はビットの魔力だけじゃ足りないから、自分の魔力も一緒に使うって言ってたわね。あたし達もジーレイの秘奥義を見たのはミカヅチ城が初めてだったわ。あのキラメイとボルストを一撃で撤退に追い込むなんて、ほんと凄まじい威力よねぇ」

 

 思い出しつつミッシェルは感嘆した。

 確かに、ジーレイが秘奥義を使うところはあの時まで見たことがなかった。彼にとっては諸刃の剣で、安易には使えなかったのだ。

 

「私、ミカヅチ城でジーレイさんが六幹部を追い返した時点で、また倒れるんじゃないかってハラハラしていました。けれど平然としていたので一度は安心したんです。……いま思えばそれは、私達に心配をかけないよう無理をしていただけに違いありません。だって秘奥義を使わなくても、百日の旅の中で何度も倒れていたんですから。もしかしたらジーレイさん、もうすぐ魔力が尽きてしまうかもしれません……。それに今だって……このまま目を覚まさない可能性も……無いわけじゃ…………うぅっ……」

 

 徐々に震えていく声。ソシアは堪え切れず両手で顔を押さえてしまう。彼女の言葉はこちらの胸に、痛烈に響いた。

 無力を嘆く音が部屋を満たしていく。その折に。

 

「……まあその、なんだ。安心しろよ。とんでもない方法で二千年も生き延びてきた魔皇帝様なんだろ? 今更こんなところでくたばるタマだとは、俺には思えねぇぜ。泣くより、せいぜい回復を祈って待っててやればいいんじゃねぇか?」

 

 茶髪をガリガリと掻きながら不器用に声をかけるアシュトン。するとソシアはきょとんとし、乱雑に涙を拭った。

 

「……そう、ですね。泣いたところで……解決しませんもんね。慰めてくださってありがとうございます」

 

「おう。……ん!? い、いや、違う、慰めたわけじゃねぇからな! ただ泣き声が鬱陶しかっただけだ! それだけだ!! 本当だぞ!?」

 

 笑顔をつくったソシアに向けて素直に返事をした……と思ったら両腕を組み、突っぱねるような態度で否定した。どうしてそこまで真意を隠したがるのかわからないが、その姿は滑稽(こっけい)だったため周囲も意図せず笑い始める。

 中でも、ゾルクは飛び抜けて笑い声をあげていた。

 

「あはははは! アシュトン、なんだよそれ! 変なところで強がったって良いこと無いぞー!」

 

「わ、笑うんじゃねぇよ救世主!! お前にだけは笑われたくねぇ!! 特に理由はねぇけどすげぇムカつく!!」

 

「は、はあっ!? なんだと、こいつ!! あと『救世主』じゃなくて名前で呼べよバーカ!!」

 

「ああ!? 誰が名前で呼んでやるかよ!! ダサいアホ毛のヘタレでマヌケな救世主が!!」

 

「ああああああああ!! よくも『ヘタレ』って言ったな!! せっかく忘れてたのに!! 他の悪口だってもちろん許さないけど『ヘタレ』は特に許さないぞ!!」

 

「なんだよそれ!! お前だってわけわかんねぇところに、こだわりがあるんじゃねぇか!!」

 

 金髪頭と茶髪頭が罵声を浴びせて睨み合う。皆はこの光景を眺め、やれやれと思いながらも気分が明るくなるのだった。

 意外にも気遣う心を見せたアシュトン。敵対していた頃からは想像もつかない変化だ。いや、ひょっとするとこれがアシュトンの素顔なのかもしれない。そう考えると彼の強がる姿は微笑ましいものになった。

 ……ここでふと私は、ベッドで眠るジーレイに視線を向けた。部屋が非常にうるさくなったというのに、起きるどころか眉ひとつ動かす気配が無い。呼吸や脈拍などの生命活動は確認済みだが、やはり意識は戻っていないようだ。アシュトンが言ったように祈りながら回復を待つしかない。

 

 言い争いが落ち着いた頃。ゾルクは質問を思い出したらしい。

 

「そうだ、みんな。エンシェントビットについてジーレイから何か聞いてないか? 例えば、どうやって創られたか、とか」

 

 この言葉に、ミッシェルが首を横に振る。

 

「それ、あたし達も訊いたんだけど『全員が揃った時にお話しします』の一点張り。ためらってるようにも見えたわ。そんなに話したくないのかしら? でも一緒にここまでやってきた仲間なんだから、ためらわずに話してほしいわよねぇ」

 

 なんと、百日も経過した現在でさえ隠し通しているという。真実を明かすのを頑なに拒んでいるとは思わなかった。不老の魔術のことを話せて、何故エンシェントビットについては話せないのか。謎は深まるばかりである。

 

「そんな……やっと聞けると思ったのに、おあずけだなんて……」

 

 落胆するゾルク。ベッドの傍まで力無く歩き、床に両膝を突く。そしてジーレイにだけ届くような弱々しい声で呟いた。

 

「なあジーレイ、頼むから目を覚ましてくれよ……! 俺はすぐにでも秘境ルミネオスへ行って、この身体からエンシェントビットを取り除きたいんだ……! これがどういうビットなのかってことも早く知りたい。不安でたまらないから、不安で押し潰されそうだから、不安を無くしたいから……! 怖くて頭がおかしくなりそうなんだよ……!!」

 

 まるで神に祈るかのように、顔の前で左右の手を組む。同じ空間に仲間が居ることも忘れて、ただ一心に。

 そして心優しい彼ならばジーレイの容態を気遣えるはずだろうに、それも無い。先ほどのアシュトンとの言い争いも不安を紛らわせるためのもの。……精神状態が限界に近いのだ。

 

 ゾルクの心境を少なからず察することが出来る。私も、自分が何者なのか知りたいからだ。しかしこれについてはジーレイも知らない様子だった。『私が誰なのか』を知るためにはデウスから直接、聞き出さなくてはならないのだろうか。

 記憶の真偽をはっきりさせて『マリナ・ウィルバートン』の正体を知りたい……その願いは変わらない。だが同時に、真実を知ることに対して恐怖している。私も不安と戦っているのだ。

 彼のあんな姿を見てしまうと尚更、押し潰されそうになる。だから私は仲間に明かさず声も上げず、ただ唇のみを動かして、もがくしかなかった。

 

 ――ゾルク、私も怖いよ――


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