Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第29話「赤と黒の襲来」 語り:まさき

 山々の隙間から陽光は差し込まず、雪雲が空を覆う朝。

 スメラギの里の近辺にて、赤き鎧を身に纏った鬼面の集団が佇んでいた。スサノオが寄越した軍勢である。辺り一面が真っ白な雪原に対して、奴らは血を浴びたかのよう。

 

「スサノオ様の命令だ。思う存分にやってしまえ。いいな?」

 

「「「オオーッ!!」」」

 

 隊長らしき人物に呼応し、兵士達は一斉に鋸刃(のこぎりば)の刀を掲げる。

 

「ふん、やっと始まるのか。随分待たされたぞ」

 

 スサノオ軍の兵士が佇む場所とは別の、丘の上。軍勢をちょうど見下ろせる程度のところで、目つきの悪い黒衣の男と老いた巨漢の武闘家が雪に足跡をつけていた。

 

「忘れるでないぞ。わしらの目的はスサノオを手助けすることにある」

 

「だが万が一、救世主を見つけてしまったら……あとはわかるよな? お前はお前で好きにやっておけ」

 

「わしは総司令より下された任務を忠実に遂行するのみぞ。全く、自分本位で動くなど度し難いわ……」

 

 相変わらずの身勝手な願望に武闘家は、ほとほと呆れている。が、もう慣れたことなのだろう。黒衣の男のわがままを受け入れた。

 

「時に、お主。あの金髪蒼眼の剣士をまだ『救世主』と呼ぶのか。その呼称、単なる皮肉に過ぎぬというのに」

 

 武闘家に問われた黒衣の男は口元を歪め、怪しく答えた。

 

「あいつは……ゾルク・シュナイダーは紛れもなく救世主さ。この俺の渇きを癒すための……!」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第29話「赤と黒の襲来」

 

 

 

 程なくして、スサノオ軍は侵攻を開始。

 里の入り口から堂々と突入すると、そこから続く大通りを我がもの顔で埋め尽くし、城下町を抜けて奥深くにあるスメラギ城を目指そうとした。奴らは大胆にも正面突破を選んだのだ。里中にまんべんなく降り積もった雪には、スサノオの兵士の足形が瞬く間につけられていく。

 

「どけどけぇ! どかねぇ奴はぶっ殺すぞ!」

 

 軍勢の内の誰かが暴言を吐く。早朝の雪かきや仕事を始めるため外に出てきた民を、無惨に斬り捨てながら。

 

「ぎゃあああああ!?」

 

「……誰か、た……助け……!!」

 

 ごく普通に訪れていた、寒空の下の清々しい朝。民はそれを一瞬にして奪い去られた。鮮紅の飛沫にまみれ、浅く積もった雪の上に寝そべっていく。

 

「どいても殺すけどな。ヒャハハハハ!!」

 

 軍勢を避ける者、避けない者を無差別に斬殺していくスサノオの兵士。赤い鬼の面は威圧するのみならず、民を恐怖の底に突き落としていった。

 

「……ハ?」

 

 そんな行き過ぎた行為を、スメラギ武士団が黙って見逃すはずもない。

 

「くたばれ、外道めが!!」

 

 ぜくうが十文字槍で突きを放ち、先頭付近の兵士の胴体を貫いた。

 これを皮切りに、青色の鎧装束(よろいしょうぞく)を着用した武士団員がスサノオ軍に突撃していく。その様はまさに、赤の塊と青の塊が交錯するかのよう。武士と兵士で溢れかえった大通りは騒々しさを増すのであった。

 

「みんな、武士団に続け! 俺達も里を守るんだ!」

 

「これ以上、スメラギの里を荒らされてたまるか!」

 

 自らの住まう地を荒らされた怒りは武士団だけのものではない。城下町の民も(くわ)や鎌などの農具や秘蔵の短刀をかざして、赤い鎧の鬼に立ち向かう。

 

「な、なんだこいつらは!? ええい、道をあけろ!!」

 

 人の壁により道を塞がれ、困惑するスサノオ軍。大通りを逸れて民家の裏に続く路地を通る者もいたが、そこにも城下町の民が複数人駆けつける。そして怒りを露にし、口々に叫んだ。

 

「目的はなんだ!? みつね様か!?」

 

「城には向かわせない!」

 

「早く里から出ていけ!」

 

「俺達の暮らしを邪魔するな!」

 

 だが、その行為は里を守ると同時に、自らの命を危険に晒すことを意味する。

 

「けっ、雑魚のくせにうるさい。引っ込んでいろ!」

 

 とある兵士が一人の若者へと鋸刃の刀を振り下ろした。左肩から左胸部にかけてを斬りつけたのだ。鋸刃は汚い斬り口を生みながら、そのまま体内へと沈んでいく。多量の出血を伴わせて。

 

「あああ……あああああ……」

 

 若者は肉を抉られたため、骨を断たれたため、肺を破られたため、激痛で状況が飲み込めないため、声になるかならないかの微かな悲鳴をあげることしか出来ない。

 兵士は、若者の体内へと食い込ませた鋸の刃を手前に引きずり、更に深手を負わす。完全に引き抜いた頃には、断裂部が腹部にまで達しようとしていた。

 この一撃は心臓を駄目にした。今の今まで二本の足で走り回ってスサノオ軍の行く手を阻んでいた若者は、どさっと音を立てて雪に埋もれ――二度と動かなくなった。

 

「ひ、ひぃぃぃっ!?」

 

 一人の若者の死を目の当たりにし、周囲の民は無意識のうちに後退りする。手にした得物には力がいっそう加わるが、それは恐怖のため。

 

「はははは! 愚民め、引っ込んでいれば死なずに済んだものを。……でりゃぁ!!」

 

 笑う、赤い鬼の面。もう一度振り上げられる鋸刃の刀。また血が流れていく。

 ……しかし今度の流血は、調子に乗っていた兵士からのもの。刀が振り降ろされる直前に武士団の一人がこの場へ到着し、間一髪で兵士の腕を斬り落としたのだ。事なきを得て、民からは歓声があがった。

 このような『いたちごっこ』が里の各所で繰り広げられている。どうにか凌いでいるが、いつまでも続いてほしいものではない。

 

 

 

 外で合戦が繰り広げられる一方。

 スメラギ城内部には既に怪しい影が潜伏していた。数にして、四。正体はスサノオにより派遣された隠密部隊であり、全身はおろか顔すらも闇が覆ったような装束を着ていた。この者達は、スメラギの里とミカヅチの領域に共通する言葉で『忍者』と呼称する。

 

「一度、拉致に成功しているせいか容易に侵入できたな」

 

「スメラギも間が抜けたものよ。敵ながら情けない」

 

「いや、陽動部隊のおかげだろう。大通りの軍勢へとうまく注意が逸れたのだと考えるべきだ」

 

「だから警備も手薄になっているというわけか。こりゃあ、陽動部隊の力を借りて正解だったのかもな」

 

 会話から察するに、スメラギ城へ正面突破を図った軍勢は(おとり)だったらしい。

 忍者達は城内の天井裏や床下、人気のない庭園をくぐり抜け、姫のおられる小規模の広間へと辿り着いた。四人は念入りに周囲を確認し、広間の入り口である(ふすま)の前へと風のように移動する。

 

「再びお迎えにあがりましたよ、みつね姫!」

 

 襖を踏み倒し、四人は一斉に(たたみ)の上へと躍り出た。広間は実に煌びやかであり、規模の小ささを感じさせない。奥の壁際には、緋色地と花弁の装飾が特徴的な着物を纏う姫の姿。首を(うつむ)かせて座っていた。

 標的の存在を確認した四人はそろりそろりと姫に歩み寄り、揚々と腕を伸ばす。――待ち構えられていたとは思わなかっただろう。

 

「ほっ!! 何奴(なにやつ)!?」

 

 まず忍者達に与えられたのは、天井板を突き破って落下した、幅広の剣身を有する両刃両手剣――否。金髪蒼眼、蒼の軽鎧の剣士が繰り出した渾身の振り下ろしであった。四人はこれを避けるため、広間の四方に散開。両手剣を受け止めた畳は粉砕とも切断ともつかぬ状態となり、畳としての機能を完全に失う。

 忍者達はとっさに体勢を立て直し、何処からか鎖鎌や直刀を取り出す。が、奇襲はこれで終わりではない。同じく天井裏より山吹色の衣の少女が出現し、姫の目前に着地する。

 

「ぐっ! もう一人いたのか!?」

 

 少女は、散開した忍者らを二丁拳銃の斉射で威嚇した。魔力の弾丸によって足場は穴だらけとなり、広間は戦場と化すのであった。

 互いに動きを止めて様子を見計らう中。蒼の軽鎧の剣士――ゾルクが姫の盾となる位置で両手剣を構え、言い放つ。

 

「お前達、スサノオ軍の隠密部隊だな? 用心棒の俺達がいる限り、みつね姫には指一本触れさせないぞ!」

 

「今すぐ逃げ帰るか、ここで往生(おうじょう)するか、どちらか選べ!」

 

 山吹色の衣の少女――マリナも、二つの銃口を差し向けたまま忍者へと吼えた。

 

「何が用心棒だ。生意気な小童(こわっぱ)どもめ、消え失せろ!」

 

 頭に血をのぼらせた一人が突っ込んでくる。

 奴は鎖鎌の分銅を巧みに振り回し、頭上で回転。ゾルク目掛けて投げつける。分銅と鎖が両手剣に巻きつき、行動を制限した。

 

「しまった、これじゃあ攻撃も防御も出来ない……!」

 

 動けないが、両手剣を手放す訳にもいかない。ゾルクは焦る。

 

「今だ! 金髪の小童を仕留めろ!」

 

 鎖鎌の忍者から号令を受け、他の二人が直刀を構えた。今まさに飛びかかろうとしている。

 

「ゾルク!」

 

「おっと、行かせんぞ」

 

 助けに入ろうとするマリナと、それを阻む残りの一人。確実に止められるようにと忍者は彼女を注視する。

 しかし、奴の心には油断が存在した。「たかが少女一人、どうとでもなる」という油断が。

 

「邪魔だ、どけ!!」

 

 忍者の余裕は、マリナの怒声と共に打ち砕かれる。

 

落殺撃(らくさつげき)!!」

 

「なんだとっ!?」

 

 山吹色の軌跡。それは、マリナのブーツが映える足払いの動きだった。これにより忍者は体勢を崩され、一瞬の間だけ強制的に宙を舞わされる。更にマリナが続けて放った後方宙返りを伴う蹴り上げによって、奴は天井すれすれのところまで打ち上げられてしまった。彼女を見下していたが故の、相応の報いである。

 

「ガンレイズ!!」

 

 とどめは二丁拳銃による奥義である。両腕を×の字に交差させながら振るい、放射状に無数の光弾を乱射。魔力によって成された光の弾丸は、落下中の忍者の身体に容赦なく命中する。

 

「畜生、鉄砲には対処しきれん!」

 

 泣き言を零しながら、ゾルクの動きを縛っている忍者の方へと吹っ飛ばされる。そして激突。これによりゾルクを抑えていた忍者は手元を滑らせ、鎖を緩ませてしまう。

 がらがらと音をたて、鎖は両手剣を解放した。ゾルクを仕留めるはずだった他の二人は思いもしなかった出来事に直面し、立ち尽くす。

 

「し、しまった!?」

 

「自由になったら、こっちのもんだ!」

 

 ゾルクは両手剣の刃をかざし、体幹を軸に右方向へ回転を加え始める。それは勢いを増し、嵐にも似た烈風が巻き起こった。

 

旋風連牙陣(せんぷうれんがじん)!!」

 

 そして発動したのは、周囲に在る物体を数回に渡り連続で斬り裂く剣技。ゾルクの得意とする特技、弧円陣(こえんじん)から派生した奥義であるという。忍者四名が絶妙な具合で彼の周りに集まっていたので、この奥義は存分に威力を発揮した。

 

「ぐああああ!?」

 

 烈風がおさまった直後。闇色の四人は全身に斬撃痕をつけられ、畳に横たわり動きを止めた。ゾルクとマリナは見事、隠密部隊を討ち滅ぼしたのであった。

 

「よし。問題なく倒せたな!」

 

「いいや、問題ならあっただろう。お前が鎖鎌に捕まった時、私の助けが無ければ……」

 

 ――と、思った矢先。

 

「……みつね姫は頂戴した!!」

 

 ゾルクが完全に打ちのめせていなかったのか、最後の力を振り絞って無我夢中なのか。どちらにせよ、一人の忍者が死力を尽くして姫へと特攻を仕掛けた。

 気を抜いてしまったがためにゾルクとマリナは反応が遅れ、忍者を姫の下へと到達させてしまう。

 

「さあ、参りましょう!」

 

 忍者は「してやった」と言わんばかりに声を張り上げ、終始うつむいたままだった姫の腕を鷲掴みし、乱暴に自分の胸へと引き寄せた。

 

「…………む?」

 

 ――引き寄せたのだが、違和感が生じる。姫の身体がやけに軽く、やけに柔らかく、やけに無機質に感じるのだ。

 不思議に思った忍者は、自分が掴んだ物の正体を即座に確認。……すると。

 

「な、なんだこれは!?」

 

 腕の中に抱いていたのは、姫の姿を模した布製の人形だった。いわゆる替え玉であり即ち、本人ではない。

 

「まさか最初から、みつね姫はこの場に……」

 

「ああ。居なかったさ」

 

 真実に気付くも、時すでに遅し。

 ゾルクに真相を告げられた忍者は両手剣の腹で頭を叩かれ、今度こそのびてしまった。

 

 

 

 スメラギ城の正面から迫り来る軍団は囮だと気付き、隠密部隊が本命だと見抜いていた拙者。

 武士団員の大半を正面に派遣し、用心棒として雇ったゾルクとマリナに本命の足止めを頼み、残った少数の武士団員にて姫を護衛し外にお連れする。スサノオ軍の侵攻が発覚した直後に急遽、拙者が打ち立てた作戦であった。

 現在は、スメラギの里からもミカヅチの領域からも遠ざかるため、スメラギ城の隠し通路を抜けて里の裏側の廃道へと脱出したところ。付け焼き刃の案であったが作戦は順調に進み、追っ手が迫る気配も無い。

 このまま、事なきを得られれば良い。拙者だけでなく姫もその他の者も、こう考えていたに違いない。

 

 ――が、災厄は当然のように訪れた――

 

「本当に現れるとは、お前の読みも馬鹿にならないな。亀の甲というやつか?」

 

「年の功だ。わしを侮るでないわ」

 

 謎の二人が、廃道に立ち塞がっている。

 一人は黒い髪で、夜を飾ったような衣装が特徴的な男。髪の間から覗く紫の眼は、獲物を求めて彷徨(さまよ)う猛獣であるかのよう。

 もう一人は、逆立った白髪と白髭を蓄えた武闘家風の老人。肉体に衰えは見えず、むしろ鍛え抜かれ過ぎているといっても差し支えないほど。加えて、隣に立っている黒衣の男よりも長身である。

 双方とも纏う衣服が独特であり、スメラギやミカヅチに住まう人間でないのは一目瞭然。ゾルクやマリナと同じく、異国よりこの地に足を踏み入れた者と判断して間違いないだろう。

 

「お主達、何者だ……」

 

「スサノオに(くみ)する者、とでも答えれば満足か?」

 

 黒衣の男が、面倒くさがりながら答えた。

 

「廃道で待ち伏せを行うとは、戦術の勘が余程に鋭いと見受けた。厄介なり……」

 

 拙者の策の上をいく読み。昂然(こうぜん)たる態度も相まって、この二人が只者でないことを把握した。

 

「さて、スメラギの武士よ。大人しくこちらへ姫君を引き渡してくれぬか。さもなくば力を行使せねばならなくなる」

 

 堂々たる体躯に似合わず、まるで願いを乞うかのような口調で武闘家は言葉を発した。

 姫の護衛を務める拙者達が真っ向から勝負を挑んではならない。武闘家の声を無視し、一目散に後退を開始しようとした。

 

「おっと、逃がすわけにはいかないな」

 

 しかし黒衣の男が退路を塞いでしまう。

 

「離脱できぬか。ならば……」

 

 そう呟くと同時に、拙者と武士団員は姫を囲う壁となるよう陣を組み、抜刀。やむを得ない状況での、交戦の意思表示である。

 

「たとえ刃を交えようとも、姫の御身(おんみ)はスメラギ武士団がお守り致す……!」

 

「ククク……! ああ、そうだ。そうこなくては面白くない!」

 

 黒衣の男は血気盛んに紫の眼を光らせ、おもむろに差し出した左手の平の上で闇の渦巻きを生成。その中に右腕を突き入れ、刃が∞の字に交差した異形の魔剣を引き抜いた。刃からは禍々しさが滲み出ている。

 己の目を疑う光景だった。この奇怪な抜剣方法を見て取るに、男を魔剣士と呼ぶ他ない。しかし困惑などするものか。拙者率いるスメラギ武士団は精神を研ぎ澄ませた。

 武闘家も体術の構えをとり、対峙。戦いの開始を告げる。

 

「それが答えか。わしらに戦意を見せたこと、悔やんでもらおう。……いざ、参る!!」

 

 まだ昼にも達していない午前の頃。斯くして、スメラギの里を覆う戦の炎は燃え広がるのであった。

 

 

 

 ゾルクは無様に気絶している四人の忍者を尻目に、両手剣を背の鞘へ収めた。

 

「こいつら、最後の最後までしつこかったな」

 

「全くだ。その執念、正しい方に向けていれば報われたかもしれないのに」

 

 奴らの執拗さを目の当たりにしていたマリナは同意。呆れによる溜め息も出ていた。

 忍者達の処遇をスメラギ城の者に任せた後、ゾルクは提案する。

 

「それじゃあ予定通り、まさき達と合流しよう」

 

「城の隠し通路を抜けて里の裏にある廃道を進む、と言っていたな。急いで追いつくぞ」

 

 拙者は二人へ事前に、隠し通路の場所を知らせていた。出会って間もない異国の者に重要機密を教えるなど、平時なら有り得ない。しかし今回は非常事態のため特例として、てんじ様から許可も得ている。そのおかげで迅速な合流を図れるのだ。

 こうして用心棒の二人は廃道を目指すのだった。

 

 スメラギ城の地下へと続く階段。この先にあるものこそ、隠し通路である。

 当たり前だが階段の奥に光は届かない。壁にかけられた蝋燭(ろうそく)()も弱く、通路は薄暗いまま。狭くもあるため、足元に何もない場所でさえも(つまず)きそうになってしまう。

 古びた白石材の壁に手を添えながら、ゾルクとマリナは慎重に歩んでいく。

 

「用心棒になった次の日に襲撃を受けるなんて思わなかったよ。こんな大変な中でも落ち着いて対抗策を考えたまさきって、やっぱり凄いんだな」

 

「奇襲にも動揺せず即座に作戦を立て、逆にスサノオ軍の裏をかいてみせるとは。十九歳という若さで武士団を束ねているだけのことはある」

 

 二人とも、拙者の行いに感心したらしい。もしも拙者が居合わせ二人に言葉を返したならば「武士団長として当然の責務を果たしているだけに過ぎぬ」とでも答えたはずである。

 

「このまま何事もなく、スサノオ軍の目を誤魔化し抜ければいいんだが……」

 

「おいおい、不吉なこと言わないでくれよ。何かあったら洒落にならないじゃないか」

 

 マリナからの予期せぬ台詞に、ゾルクは肝を冷やした。だが彼女は冗談を述べたのではない。内なる心配を声に乗せただけなのだ。

 ――この時。それが既に現実と化しているなどとは想像もつかなかっただろう。

 

 

 

 整備の施されていない雪降る廃道。その上で飛び交う怒りの声。

 

「くそっ……化け物め! 今一度、覚悟せよ!!」

 

「化け物? 煽っているつもりか? もっとも、俺はその呼び方を歓迎するが」

 

「ふざけるでない! 貴様らのせいで同胞は……! 差し違えてでも討ち滅ぼす!!」

 

 激昂する一人の武士団員。彼は白銀の刀を強く握り締め、黒衣の魔剣士に目標を定めて突き進んでいく。

 

「待て! 早まってはならぬ……!」

 

 引き止めるべく、拙者は足を踏み出したが。

 

「余所見などさせんぞ。臥龍空破(がりょうくうは)ッ!!」

 

「ぐぬぅっ……阻むでない……!」

 

 巨漢の老武闘家が立ちはだかり、大気を揺るがすほどの拳の振り上げを以て拙者の行く手を遮る。あの武士団員を止めることは、ままならない。

 

「うおおおお!!」

 

「意気込むのはいいが、それだけでは勝てんぞ」

 

 魔剣士は、自身に迫る殺気を前にして怯みもしない。

 

「安心しておけ。しっかりとあいつらの後を追わせてやる」

 

 どころか、異形の魔剣を雪に突き立て、うごめく影で構成された魔法陣を武士団員の真下に出現させた。小さな魔法陣だが人ひとりを内側に捕らえるには充分であった。

 

「み、身動きが……!」

 

 影の魔法陣からは闇色をした鎖のような波動が生まれ、蛇がうねるかのように脚を伝い武士団員の身体を這っていく。波動が彼の全身を酷く締めつけるまでに、そう時間はかからなかった。

 

「姫様、団長……どうか、ご無事で……」

 

 呼吸すら困難な状態で、辛うじて絞り出した音。彼の最後の言葉となる。

 

滅殺闇(めっさつえん)!!」

 

 魔剣士は剣技の名を叫び、頭上に振り上げた魔剣を一気に下ろす。武士団員はこちらの身を案じたまま……魔法陣ごと脳天から両断された。切断面から血を噴き出して壮絶な最期を迎えたのだ。

 魔剣士と武闘家の圧倒的な力にスメラギ武士団は苦戦する一方。傷を負った者、志半ばで死した者の数が否応なしに増えていく。

 

「いや……いやぁっ……!! どうか……どうか、おやめくださいませ……!!」

 

 非情な行いを止めるべく姫は魔剣士の顔を見据え、訴えた。そして返ってきた言葉は。

 

「なあ、お姫様。お前には『秘宝』が……治癒の魔力があるんだろう? 傷ついた武士どもに治癒術をかけてやればいいじゃないか。周りの生命力を奪い取りながらな。そうすれば、ついでに俺達を殺せるかもしれんぞ? ククク……!」

 

「そ……それは……」

 

 スサノオに関与しているのであれば、姫の『秘宝』のことを知っていてもおかしくはないだろう。

 それより、魔剣士の発言を拙者は許さない。姫は目を見開き、返答も見つからないまま呆然としてしまわれている。ひどく青ざめたお顔で……。

 

「貴様!! よくも姫のお心を傷つけたな……!!」

 

「ふん、俺の知ったことではない。そんなことより、この状況をどうにかしてみたらどうだ。壊滅してしまうぞ?」

 

「ぬうっ……」

 

 姫をお守りしつつの、強敵との戦い。死傷者が続出したスメラギ武士団。絶体絶命とは、まさしくこの事。

 ――だが間も無く転機を迎える。望まない方向へ。

 

「姫……!?」

 

 一歩踏み出し、護衛よりも前に躍り出る緋色の姿。

 

「……もはや、この身を差し出すより他に術はありません。これ以上の抵抗が無意味なのは、わたくしにも理解できます」

 

 姫はゆっくりと歩みを進められる。その間、拙者は必死に呼び止めた。

 

「姫!! なりませぬ……!!」

 

「わたくしのために傷つき、命を散らす者が増えることには……耐えられません。もっと早くに決断していれば救えた命もあったのかもしれないと思うと、わたくしは……。倒れていった者達に差し向ける顔がありません」

 

「それでもなりませぬ、姫っ!!」

 

 声を荒らげても姫のご意志は変わらない。

 

「まさき様、そして倒れていった武士団員達……愚かな姫を恨んでくださいませ。戦えず、治癒の魔力を持ちながら同胞も癒せないわたくしに出来るのは、これだけなのです……」

 

 姫は拙者の方を振り返られた。そのお顔には、無理矢理に作り上げられた笑みが。そして目尻から、一筋の雫の軌跡。

 

「今頃になって観念したようだな。まあ丁度いい。俺も雑魚の相手に飽きてきたところだ。引き上げるとするか」

 

 姫の行動を見た魔剣士は左手に闇の渦を作り出し、異形の魔剣を収納した。次に、脅しを交えつつ冷たく言い放つ。

 

「こっちへ来てもらうぞ。妙な真似をすれば……わかっているよな?」

 

 魔剣士に睨まれたまま、姫は雪の上を歩まれる。武闘家も拙者との対峙をやめ、姫の後に続いた。

 姫が魔剣士の元へ到達するまで、ごく僅か。だが拙者にとっては、とても長い時間であった。

 

「……さあ、連れていきなさい」

 

「勿論。丁重に扱わせて頂こう」

 

 毅然とした態度の姫へ、武闘家は敬意を払うかのように返事をした。拙者達は何も出来ず、その場に立ち尽くしたままやりとりを眺めるのみ。

 三人分の影は次第に拙者達から遠ざかっていく。しばらく経たない内に、平然と降り続ける雪の向こうへと消えていった。

 

 

 

 ゾルクとマリナが拙者達に追いついた頃。

 

「見えた、まさき達だ! ……でも、あれって……」

 

「私の予感が的中してしまったか……」

 

 全てが終わっていた。辺りには斬り傷から血を流す者や、力尽きた者が幾人も転がっており……。惨状とは、この光景を指すのだろう。

 城下町を攻めた軍勢も隠密部隊も囮。本命は、魔剣士と武闘家による姫の奪取だった。スサノオ軍は二重三重に張り巡らせた策を用いて、見事にこちらを陥れてみせたのだ。

 

「己を……許せぬ……!!」

 

 その場に崩れ、拳を雪原に打ちつけ、自らを責めた。武士団員達も力なくへたり込んでいる。

 姫をさらっていった、黒衣の魔剣士と老いた巨漢の武闘家。ゾルクとマリナに伝えると正体が判明した。

 

「間違いない。魔剣のキラメイと破闘(はとう)のボルストだ! まさかエグゾアの六幹部が、リゾリュート大陸にやって来てたなんて」

 

 ゾルクは歯を食いしばり、握った拳を震わせていた。惨たらしい光景を目の当たりにし、魔剣士達に対して怒っているのだろう。無論、拙者もゾルクと同じ心情だ。

 

「私も驚いた。しかし師範達はスサノオに荷担して何をするつもりだ?」

 

「俺やマリナを追ってきたっていうわけでもなさそうだし……。けどそれよりも今は、さらわれたみつね姫が心配だよ」

 

 ゾルクの言う通り、姫の安否が最重要。ここで拙者は――腹を括ることに決めた。

 おもむろに立ち上がった後、閉眼。精神を統一し、また開いた。そして周囲の武士団員達に告げる。

 

「こうなれば、ミカヅチ城に乗り込む。命に代えても姫をお救いしてみせようぞ……」

 

「たとえ一人であろうとも、にござりますか……?」

 

 武士団員の一人が尋ねる。拙者は静かに頷いた。

 

「無謀は承知の上。それでも拙者はやらねばならぬ。己が未熟さ故に姫をさらわれ、団員の尊い命も失ったのだからな……」

 

「団長だけの責任ではござりませぬ。自分も、散っていく仲間をただ見送ることしか出来ず……。自分もお供いたします!」

 

「それを申すならば自分も同様にござります。どうか、姫様救出のお供に!」

 

 武士団員達は次々に名乗りを上げ、最終的に全員が拙者に付き従う意を示す。各々の決意と武士団の結束を見せつけられた拙者は、ある種の感動すら覚えた。

 

「ゾルクにマリナよ。拙者としては、お主達の力も借りたいと考えているが……多大な危険を伴う故、用心棒と言えど無理強いはせぬ……」

 

 この問いに、二人は深く悩み始めた。それもそのはず。スサノオ軍の本拠地に乗り込む上、かつて大敗を喫した戦闘組織エグゾアの人間と交戦する可能性があるためだ。

 そして、二人の返事は。

 

「……俺は行くよ。みつね姫には助けてもらった恩があるから、ちゃんと返したい。エグゾアの六幹部と戦わなきゃいけないかもしれないけど、今までだって無謀なことには何度も出くわしてきたんだ。今回だって、きっとどうにかなるさ」

 

「私もついて行こう。エグゾアとスサノオが結託して何をしようとしているのか、その目的も知りたいしな。とにかく奴らを妨害したい。負けたままでは(しゃく)(さわ)る」

 

 こちらにとって喜ばしいものだった。用心棒の二人が力を貸してくれるのは非常に心強い。

 拙者が心中で安堵していると、マリナはゾルクに向かって言葉を続けた。

 

「何よりゾルクが『行く』と言うのなら、私は是が非でも同行しなければならない。サポートが無ければ、いつまで経っても危なっかしいままだからな」

 

「あ、危なっかしくなんてないってば!」

 

 彼は冷や汗を垂らして反論するも、彼女は頑なに否定。

 

「どうだか。さっきの隠密部隊との戦いで……」

 

「あー! わかった! わかったから! 俺は危なっかしい! だからその話はもういいよ!」

 

 ゾルクが折れて会話が途切れた後。拙者は真剣な面持ちで、改めて二人に問う。

 

「命の保証など無いのだぞ。それでも助太刀してくれるのか……?」

 

「いま言った通りだよ。命の保証なんて、これまでの旅でも無かったしさ。俺達で良いなら手伝うよ」

 

 返答したのはゾルクだった。右手で金髪をくしゃっと掻きながら、しかし真面目に答えてくれた。

 

「承知した。いくら礼をしても、し足らぬな。誠にかたじけない……」

 

 感謝を伝え終えると、微かに口元が緩んだかのような感覚を拙者は覚えた。己の中に言い知れない力が湧いてくる。この波に乗り、武士団員達に命を下す。

 

「皆の者よ、聞いてほしい。これよりスメラギ城へ戻り態勢を立て直す。策を講じ、奇襲の準備を整えるのだ……」

 

「「「御意(ぎょい)!!」」」

 

 全ての武士団員から、とてつもない覇気を感じた。先ほどまで落胆していた姿がまるで嘘のように、彼らは燃えている。

 

(姫、すぐにお迎えに上がります。どうかそれまで、無事でおいでください……!)

 

 雪雲の広がる空を見上げて一人、強く想う。

 気付けば雪はいつの間にか降り止み、陽光が差し込もうとしていた。


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