Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第23話「混沌への突入」 語り:ソシア

 光を鈍く反射させる、黒く冷たい鋼鉄の壁と床。それらで造られた通路を大勢が慌ただしく駆け抜けていく。その音は、この小さな個室にも伝わってきた。

 

「あー? なんだか騒がしいな」

 

 個室には、エグゾア特有の黒い服を着用した二人の男。組織を構成する戦闘員だ。木製の机を挟む形で椅子に座っている。二人以外、誰も居ない。

 机の上に、白と黒の正方形で敷き詰められた盤。これまた白と黒の色をした、様々な形状の駒を乗せている。どうやらボードゲームを楽しんでいる最中らしい。

 一人が、廊下に通ずる入り口へ顔を向けた。しかし言うほど興味は無い様子。もう一人は盤上を見つめ、次の手を考えている。

 

「このエグゾアセントラルベースに何者かが侵入した模様! 全員、直ちに戦闘配置につけ! 現在は六幹部もおられない! 注意を怠るな!」

 

 足音だけでなく、階級の高いであろう戦闘員からの、けたたましい号令まで響いてきた。

 

「あのマヌケ上官、なに言ってんだ? わざわざ戦闘組織の本部基地に侵入するような馬鹿、いるわけないだろが。きっとなんかの間違いだぜ」

 

「お前の言う通りだな。いたとして、袋叩きにされるのがオチだってーの」

 

 でも彼らは号令を無視。駒の移動に勤しむ。

 

「と思いますよね。けれども本当に侵入されているらしいのですよ。……そうですね。次の手は、こうしてみてはいかがでしょうか」

 

 三人目の男の声。白い駒を操る男のすぐ左から、黒い駒を動かす腕が伸びた。紺の魔導着に袖が通っている。

 

「おい、チェックメイトになるじゃねぇかよ~」

 

「ハハハハッ! 俺はあえて見逃してやってたのにな! お前、なかなか冗談きついぜぇ! ……え?」

 

 笑いながら、眼鏡をかけた銀髪の男性――ジーレイさんの方を振り向いた二人は、ようやく事態に気付いて周囲を見回した。

 いつの間にかこの個室には、彼ら二人を含めて人間が七人。あちらからすると剣士、弓使い、魔術師、筆術師の初めて顔を見る四人と、顔を知っている武闘銃撃手一人が増えたことになる。

 

「お前は、裏切り者のマリナ・ウィルバートン!? まさか侵入者って……ヒィッ!!」

 

 唖然とする中、一人は頭に銃口を突き付けられ、もう一人は喉元に両手剣の刃を向けられる。

 

「騒ぐなよ。他の戦闘員に見つかっては困るからな。抵抗しなければ引き金は引かない」

 

 マリナさんは至って普通に言い放った。対して彼らは、引きつった笑顔で冷や汗をかいている。

 私もマリナさんを真似てクールにお願いしてみた。

 

「どうか気絶してもらえませんか?」

 

 すると彼らは観念したらしい。肩を大きく落としながらゆっくりと頭を下げ、額を机につける。そして同時に零した。

 

「「じょ、冗談、きついぜ……」」

 

 ごもっともです。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第23話「混沌への突入」

 

 

 

 彼らを打撃で気絶させ、身動きが取れないよう縄で縛った。ひとまずはこれで安心。落ち着いたので、状況を整理しようと思う。

 

 セリアル大陸北東端の入り組んだ崖の近くに位置する、エグゾアセントラルベース。一国を支配する城を彷彿させる、真っ黒の巨大な建造物だ。元より人が寄りつかず住まう者も存在しない北東の地に、我がもの顔でそびえ立っている。

 私達は潜水艇を入手するため、このエグゾアセントラルベースに侵入している。マリナさんが立てた計画に従い、外部通気口を利用したのだ。

 

「通気口がこの部屋に通じてて助かったよ」

 

 敵の巣窟への侵入は不安要素ばかりである。そのためゾルクさんは少しでも運が良かったことを喜び、ホッと胸を撫で下ろした。

 

「居たのが雑魚の戦闘員だったからな。ひとまず侵入は出来たが……これほど早く感づかれるとは思わなかった」

 

 ぼやいた後、マリナさんは大きく息を吐いた。

 エグゾアの本部基地へ不当に入り込むのだから、そう簡単にいかないのは当たり前と理解している。だとしてもスムーズに事が運ばないこの現実は、はっきり言って苦しい。

 

「通気口に入る時、ゾルクがモタついてたからバレちゃったのかも?」

 

「や、やっぱりそうなのかな……」

 

 ミッシェルさんの何気ない一言で、ゾルクさんがビクリと体を震わせる。彼女はあくまでただの憶測として述べたようだが、彼は少々責任を感じているようだ。

 

「仮にそうだとしても仕方ありません。ゾルク、悔やむより行動です」

 

 ジーレイさんが励ますとは珍しい。おかげでゾルクさんは立ち直り、いつもの元気な表情を見せる。

 

「……ありがとう、ジーレイ。ごめん、くよくよしてちゃいけないよな」

 

「その通り。……不幸中の幸いか、六幹部は留守の様子。戦闘員の目を掻い潜って進めば、僕達ならなんとでも出来るはず。マリナ、潜水艇が保管されている格納庫へ案内してください」

 

「任せてくれ。部屋を出て慎重に進むぞ」

 

 マリナさんが案内を開始すると皆、静かに追従した。

 

 

 

 隠密、迅速を心掛けて黒く冷たい鋼鉄の通路を移動する。たまに見つかることもあったが、その際は早急に攻撃を仕掛け、気絶させて事なきを得た。この調子で行けば格納庫も遠くはない。

 ……広めの空間を通り過ぎようとした時、それは前触れもなく現れた。

 

「天井から!?」

 

 ゾルクさんが叫んだ通り、天井から何かが飛び降り、私達を取り囲んだのだ。数にして、五体。――五角形の兜を被った黒ずくめの生体兵器、アムノイドである。

 即座にマリナさんが反応する。

 

「ただの戦闘員では止められないと踏み、アムノイドを投入してきたか……! みんな、気を抜くな!」

 

 アムノイドとは薬物投与や身体の機械化、外部から直接行う魔力注入などの肉体改造によって、より強大な戦闘能力を引き出した生体兵器のこと。感情は消失していて、ただ命令のままに動く……。いつか船の上で戦った時のマリナさんの説明を、私は思い出していた。

 よく見ると船の時の個体とは外見が異なっており、腕や脚などの様々な箇所が機械化されている。狂鋼(きょうこう)のナスターに似た異色のものだ。

 そして私には、アムノイドから必ず連想するものがある。……お母さんだ。メノレードの闘技場でナスターは、お母さんを「アムノイドへ改造したかもしれない」と言っていた。おそらく……事実だろう。

 船の時は心配だけで済んだが今度は現実に……目前の黒ずくめ達の中に、お母さんが居るかもしれないのだ。しかし私には見分ける力も、助ける術も無い。だから……。

 

(やるしかない……やるしかないんだ……。アムノイドと戦うこと、たくさん考えて心の準備をしてきたんだから、もう迷っちゃだめ。今こそ本当の本当に、覚悟しなきゃいけないんだ……!)

 

 歯を食いしばり、頭から心に言い聞かせた。すると、ゾルクさんの暗い声が私を包む。

 

「ソシア、俺達はアムノイドと戦うよ。でも君は下がってていいから」

 

 つらい現実から逃げてもいいという、彼の優しさだった。けれど私の返事は。

 

「そんなわけにはいきません。私だって救世主一行の一員です。やるべきことはわかっているって、以前にも言いました。それにここは敵の本拠地なんですから、力を合わせて全力で戦わないと……!」

 

「……そうだったね。ははっ。やっぱりソシアはしっかりしてるなぁ」

 

 苦笑いの後。彼の声は、もう暗くはなかった。

 

「じゃあ遠慮は無しだ。一緒にあいつらを倒そう!」

 

「はい!」

 

 私の覚悟を仲間が信じてくれるなら、芯をぶれさせずに頑張れる。そんな温かい想いで胸を満たし、一切の動揺なく無限弓を握り締めた。

 肝心のアムノイド達は、まだ攻撃の姿勢をとっていない。それに気付いたゾルクさんは、向こうが動くより早く両手剣を引き抜く。

 

「速攻だ! 猛襲連撃(もうしゅうれんげき)!!」

 

 そして繰り出される奥義。両手剣の太い剣先で、七連続の素早い突きを見舞う。一体のアムノイドに対して完璧に決まった。

 

「どうだ! ……えっ!?」

 

 彼は驚いた。決まったと思われた奥義が、それほど意味を成していないことに。故にアムノイドの反撃を防げず。

 

「うわあああああ!?」

 

 機械化された腕に掴まれ、軽々と放り投げられてしまう。ゾルクさんは悲鳴を上げた後、鋼鉄の床に叩きつけられた。

 なんという防御力、なんという怪力。船の上で戦ったデータ採取用の個体とは比べ物にならない。これが、生体兵器として完成された個体の実力なのだ。

 

「ゾルクさん!」

 

「俺のことはいいから、あいつらに気を付けるんだ!」

 

 心配する私の気持ちより、ゾルクさんの忠告が勝る。全員が警戒心を強めた。

 ゾルクさんを投げ飛ばしたのを機に、他のアムノイドも一斉に攻撃を開始。散り散りになり一対一の形で私達を狙う。

 

「これがアムノイドの強さなの!? もう、やんなっちゃう!」

 

 ミッシェルさんが、手の平より火炎を放射する個体から逃げ惑う。

 

「リフ・イアードのアムノイドを水浸しにした時とは訳が違いますね」

 

 ジーレイさんも、脚から刃を展開した個体の回転攻撃を必死で避ける。

 

「でも、なんとか切り抜けないと!」

 

 私は私で、ひたすらに魔術を行使する個体から逃げつつ弓技で応戦していた。マリナさんは私に答え、そして皆を奮起させるように叫ぶ。

 

「その通りだ。私達は世界を救うためにここまで来た! 負けるわけにはいかない!」

 

 アムノイドの攻撃は、奇抜だが強力なものばかり。満足に戦いを進められなかった。だが、どうにか撃退することに成功した。

 

 戦闘後、私とミッシェルさんの治癒術は大いに活躍した。役に立てるのは嬉しいけれど喜べる状況ではない。様々な意味で、もうアムノイドに出てきてほしくはなかった。

 ……しかし、私の願いが叶うはずもない。奥へ奥へと進むたび、アムノイドは何度も湧いて出たのだ。皆の顔に疲労の色が浮かぶ。

 先陣を切り続けていたゾルクさんは特に消耗が激しく、肩で息をしている。彼が戦闘の合間を縫って道具袋から取り出したのは、アップルグミとオレンジグミ。それぞれ一個ずつ。弾力のある、ほのかに透き通った赤と橙を口内へ放り込み、体力と精神力の回復を図ったのだ。

 

「ふぅ……ちょっと楽になったかも。さすが、戦闘組織の本拠地だな。倒しても倒してもキリがない。それにアムノイドって何も喋らないから、なんだか不気味だよ……」

 

「どうやら私がエグゾアに所属していた頃より、アムノイドの絶対数が増えているらしい。量産技術が進歩したんだろう。リフのデータ採取も無駄ではなかったようだな」

 

 物言いだけ抜き取ると感心しているかのようだが、実際のマリナさんは苦い顔をしていた。続き、私もアムノイドに対する感想を語る。

 

「アムノイドは厄介な存在です。でも、改造される前は普通の人間だったんですよね? そう考えると、少し気が引けてしまいます」

 

「普通の人間、か……。アムノイドは本来、自ら志願したエグゾア戦闘員のみが改造されて誕生するんだが、これだけ数が多いとなると志願していない戦闘員や一般人を無理やり改造した可能性もある。……それこそレミアさんの例があるしな」

 

「はい……」

 

「元々、アムノイドにはナスターが絡んでいる。奴の狂気じみた研究根性を考えれば(むし)ろ、本人の意向を無視して改造した説の方が有力かもしれない。志願するような酔狂はともかく、無理に改造された人間には同情できる……」

 

 悲しいが、マリナさんの推測を聞いて納得せざるを得なかった。

 いくら悪の戦闘組織とはいえ、やり方が狂っている。そうまでして戦力を増強し、世界を征服したいだなんて……。お母さんを奪われた私には到底、理解できない。

 

「エグゾアは残酷な行為も平然と行える組織なのだと、また思い知らされた。たとえ総司令の『世界征服』という真意に気付かなかったとしても、どのみち私は抜け出していたかもしれない」

 

「私もそう思います。マリナさんならきっと正しい選択をしていたはずです」

 

「ありがとう、ソシア」

 

 やはりエグゾアは、マリナさんのような人間がいるべき場所ではなかったのだ。そんな想いを胸に、彼女を肯定した。

 

 

 

 敵の目を避け、時にはやむを得ず戦い、多種多様な階層を行き来しながら走り続ける。すると、ついに目的の場所が見えてきた。

 

「あれが格納庫の入口だ」

 

「ホント!? ここまで長かったわぁ……」

 

 マリナさんが指さした方向には、巨大で頑丈そうなスライド式の扉がある。この向こうで潜水艇は保管されているのだ。ミッシェルさんは気を緩めるが、全てが終わるまで本当の安心は訪れない。

 

「格納庫は、潜水艇が役目を終えてからずっと手薄のはずだ。しかし、慎重に突入しよう」

 

 注意を促した後、マリナさんは扉のスイッチを操作した。すると頑丈な扉は中央から分断し、両側にスライドする。そして全員、中へと足を踏み入れた。

 

「これが潜水艇かぁ!」

 

 奥には水を張った空間があり、丸みを帯びた直方体型の白い乗り物が浮いていた。十人程度は乗り込めそうなほどの大きさで、船体前部には多目的ロボットアームがいくつも装備されている。ゾルクさんの言う通り、この白い乗り物こそが潜水艇なのである。

 

「……ふむ、今なら危険は無いようですね。速やかに乗り込みましょう」

 

 戦闘員は誰一人として配置されていなかったため、ジーレイさんは好機と捉えたようだ。彼に続き、マリナさんが伝える。

 

「操縦は私が担当する。さあ、海底遺跡に直行だ!」

 

 いよいよゾルクさんは、救世主としての役割『エンシェントビットの封印』を遂行することになる。

 これまでの道のりは険しいものだった。しかし、これでやっと魔皇帝の呪いが解ける。二つの世界は崩壊を免れ、救われるのだ。

 

 

 

「そうはいかない」

 

 

 

 ――耳を疑った。格納庫には私達以外、誰もいないはずだというのに……六人目の声がするのだ。どこか冷ややかな、女性の声が。

 私達と潜水艇を遮る形で、彼女はどこからともなく躍り出た。またアムノイドなのかと身構えたが、よくよく考えれば声を発していたので、別の存在のようだ。しかしジーレイさんに気配を悟らせなかったため、只者でないことは間違いない。

 彼女は、暗い灰色のマントで胴体から膝下を覆い隠している。マントに派手な装飾は無いが、右側部分にエグゾアエンブレムが大きく描かれていた。そしてマント付属のフードで頭部を覆っており、髪型はおろか顔さえ見えない。

 

「お前は誰だ!?」

 

 咄嗟にゾルクさんが尋ねるも、答えるつもりは無いようだ。代わりにマリナさんが正体について明かす。

 

「奴の名はクルネウス・フェルド。エグゾア六幹部最後の一人で、『咆銃(ほうじゅう)のクルネウス』と呼ばれている」

 

「救世主ゾルク・シュナイダー、マリナ・ウィルバートン、そしてその仲間達よ。ここが旅の終点だ」

 

 ぶっきらぼうに、感情が無いかのように喋った。と同時に、左手で握った黒のリボルバー式無限拳銃をこちらへ向ける。

 この時、フードが少し浮いてクルネウスの顔が見えた。表情は何故か笑顔……いや、違う。不敵な笑みを浮かべた白い仮面を装着していた。仮面には塗装が施されており、右目は赤い涙を、左目は青い涙を流している。なんと特異な風貌だろう。

 

「ちょ……ちょっと待って、どうして六幹部が残ってるのよ!? みんな出払ってるんじゃないの!? 他の戦闘員はそう言って騒いでたのに!」

 

「末端の連中に流したのは虚報だ。私がここに居ることを誰も知らない」

 

 不測の事態に慌てるミッシェルさんへ向け、クルネウスは述べた。だが何故、真実を伝えていないのだろうか。

 組織内で情報を共有せず、あまつさえ虚報を流すなど普通ならありえない。敵が侵入中なら尚のことだ。このことに私は違和感を覚えた。

 

「あと少しで世界を救えるんだ! 邪魔をするなら、お前を倒す!」

 

 背の鞘に収めてあった両手剣を引き抜き、柄を強く握り締めるゾルクさん。それに対しクルネウスは謎の発言をする。

 

「救世主よ。何も知らずにセントラルベースへ侵入するとは、おめでたい。もっとも、そうでなくては困るのだが」

 

「えっ……!? どういうことだよ!」

 

「のちに解ることだ」

 

 やはり無感情だが、嘲笑うかのような態度だけは読み取れた。どういう真意があるのか見当もつかない。

 まるでこちらの混乱や動揺を誘っているかのような、クルネウスの言葉。それを振り払うかの如くゾルクさんが叫んだ。

 

「くそっ、わけのわからないことばかり……! 救世主をなめるなよ! いくぞ、みんな!!」

 

 彼の叫びは合図となり、私達は一斉に武器を構える。……エグゾア六幹部、最後の一人との戦いが始まった。

 

「抵抗か。するがいい。私は、ただ任務を遂行するだけだ」

 

 クルネウスは変わらぬ抑揚で喋りながら、すぐさま攻撃に転じた。

 

「バーニングフォース」

 

 こちらへと真っ直ぐに放たれたのは、円筒のような形状の爆炎。私達との間には充分な距離があったので、すぐに避けることが出来た。行き場を失った爆炎は、私達の背後にある鋼鉄の壁を易々と溶かしている。

 

「クルネウスは一丁の無限拳銃しか使用しないが、過剰なほど魔力を凝縮、増強したビットを回転式弾倉に装填しているため一撃が強力だ。そして奴は六幹部内でも随一の実力者。絶対に油断してはいけない!」

 

「わかったわ。そんじゃ、保険かけとくわね!」

 

 マリナさんの助言を聞き入れ、ミッシェルさんが大筆を華麗に振るう。真紅の長髪も、踊るように(なび)く。

 

「硬ーくしちゃうわ! ガーネットアーマー!」

 

 まずは、黄色く輝く頑強な鎧の絵を複数描く。

 

「術を絶っちゃえ! エメラルドローブ!」

 

 次に、緑色に輝く幾つもの魔導着を描き出し、自分を含めた全員に付加した。ミッシェルさんお得意の、いつも通りの戦術である。

 ――この行動は命取りだった。クルネウスは筆術発動後の隙を逃さず、牙を剥く。

 

「貴様が防御の要か」

 

 邪魔になったのか、被っていたフードを右手で無造作にとり、深緑のショートヘアを晒す。そして銃技を放った。

 

「アクアスパイラル」

 

「きゃっ……!?」

 

 渦を巻く巨大な水球が撃ち出され、ミッシェルさんの真上で破裂。激しい勢いの雨と化して容赦なく降り注ぐ。けれども大筆で防御することにより、なんとか凌いだ。

 だが、クルネウスの攻撃は終了していない。ミッシェルさんの元へと駆け、雨よりも上にジャンプすると。

 

「スカイパレード」

 

 放射状に拡散する、属性の無い数多の魔力弾……すなわち散弾を、追い討ちの豪雨として降らせた。

 

「嘘でしょお!?」

 

 一度に何人分もの筆術を描いた後は相応の疲労も蓄積されるため、隙は予想以上に大きい。だからミッシェルさんは回避に移れなかった。激しい雨に次いで、純粋な魔力弾による雨も大筆で防ごうとするが焼け石に水。

 

「いやぁぁぁっ!!」

 

 二種類の雨が止むと同時にミッシェルさんは……その場で崩れ落ちてしまった。助けに入る余地も無いほどの、凄まじい速度の術技連携だった。

 

「ミッシェル!? ……よくも、よくもやったな!!」

 

 倒れゆく仲間を見てゾルクさんは激怒した。彼だけではない。私も、ジーレイさんも、マリナさんも頭にきている。

 

「クルネウス、ただでは済まさない! ガンレイズ!!」

 

 両腕を×の字に交差させながら振るい、放射状に無数の光弾を乱射する、マリナさんの奥義。クルネウスの逃げ道を塞ごうとするかのように拡がるが、彼女は横方向に跳躍し、危なげなく避けてしまう。それどころか悪態すらついてくる。

 

「隙を見せるほうが悪い」

 

「それはあなたも同じこと。……風塊(ふうかい)(はつ)。空虚よ弾け飛べ」

 

 マリナさんの後方では、ジーレイさんが中級魔術の発動を準備していた。手早く詠唱を済ませ、クルネウスの周囲の空気を圧縮する。そして。

 

「エンプティボム」

 

 圧に耐えきれなくなった空気が、一気に破裂。彼女は見えない爆風に吹っ飛ばされ、鋼鉄の床を転がった。

 

「……ジーレイ・エルシード、次は貴様を黙らせる」

 

 やっとクルネウスにダメージを与えられたが、ジーレイさんは怒りを買ってしまったようだ。無限拳銃の狙いが彼へと定まる。

 

「ガイアライフル」

 

 彼女は私達との間合いを大きく開き、一発の魔力弾を放った。蛇のようにうねった軌道でジーレイさんに接近していく。あらかじめ弾をうねらせることによって、標的がどう動いても命中させられるように対応力を高めているのだ。

 

「ほう、追尾弾ですか。しかし対処は容易。迎撃すれば終わりです」

 

 蛇行を繰り返す魔力弾は、最終的に彼の左側から突っ込んできた。

 

魔衝波(ましょうは)

 

 ジーレイさんは左手の平に魔本の背表紙をひっつかせ、ページ部分を前面に向け、そこから紫の光を帯びた衝撃波を発射。それは瞬く間に魔力弾を包み込み、相殺に成功する。

 ……しかしクルネウスは動じない。どころか、いつの間にか彼のすぐ目の前まで移動しているではないか。

 

「詠唱さえ封じれば、魔術師など脅威ではない」

 

「くっ!?」

 

 ジーレイさんは主に詠唱型の攻撃魔術を使用するが、近接戦用の魔術も扱える。今の魔衝波(ましょうは)のような、敵に近付かれた時に有効な魔術のことだ。優秀な彼だからこそ成せる業である。

 だが、クルネウスはあえてジーレイさんの腕前を利用。高威力の詠唱魔術からわざと意識を逸らさせて近接魔術を誘発、その隙に距離を縮めたのだ。

 近付かれては詠唱魔術の発動など非現実的。再び近接魔術を使おうにも敏捷性では彼女に劣っている。……彼にとっての『詰み』である。

 

「迂闊でした……!」

 

「しなれ、ランダムブレイバー」

 

 クルネウスは銃口から魔力エネルギーを放出し、鞭を形成した。そして高速で振るい、ジーレイさんの身体へ何度も打ちつける。

 

「ぐっ、がはぁ……!」

 

 この連打は、物理防御力の低い彼に対して遺憾なく威力を発揮。魔本を握る力すら削ぎ落とした。

 黙って見ていられるわけがなかった。私は無限弓から矢を生み出し、全力で弦を引いた。そして声を荒らげる。

 

「クルネウス、やめなさい!! 速・超連閃(そく ちょうれんせん)!!」

 

 七本の矢を連続で放つ奥義が彼女に迫る。しかし、意味を成さなかった。クルネウスは喋りもせず鞭を操り、器用にも(ことごと)く打ち落としてみせたのだ。矢の叩かれる音だけが、格納庫へ無情に響いた。

 

「近付かなきゃダメか……! ジーレイ、いま助ける!」

 

 両手剣を横にかざし、ゾルクさんが走る。

 

「喰らえ! 弧円(こえん)じ……」

 

 円を描くように回転しながら敵を斬りつける特技、弧円陣(こえんじん)の体勢である。……が、これは強制的に阻止されることとなってしまう。

 

「いいだろう。やってみろ」

 

 クルネウスは、ダメージを受けてよろめくジーレイさんを瞬時に鞭で巻き付けて引き寄せ、自らの盾としたのだ。

 

「なっ!?」

 

 ゾルクさんは慌てて技を中断し、バックステップで二人から遠ざかるしかなかった。

 

「どうした。斬らないのか」

 

「出来るわけないだろ! 卑怯者め!!」

 

「こちらは一人、貴様達は五人。卑怯なのはどちらだというのだ」

 

 皮肉と共に、巻き付けていたジーレイさんを投げ飛ばした。晴れて鞭から解放された彼だが負った傷は酷く、仰向けに倒れたまま動けない。加えて、武器の魔本は既に鋼鉄の床の上。反撃など望めない状態である。そのまま成す術も無く……。

 

「ラピッドバスター」

 

 鞭を収納した無限拳銃から胴体へ、とどめの六連速射を受けてしまう。

 

「ここで……力尽きる、わけには……」

 

 残る力を振り絞り、魔本に手を伸ばす。……けれども、そこまで。

 伸ばした手は段々と力を失い、床につく。そしてまもなく……目を、閉じてしまった。筆術による防御力上昇の効果はまだ残っているはず。致命傷だけは免れていると信じたい……。

 

「ミッシェルさんだけでなく、ジーレイさんまで……」

 

 この時の私には、クルネウスに対する恐怖よりも、仲間を倒された怒りが宿っていた。

 

「……絶対に許しません!! 散・降雨閃(さん こううせん)!!」

 

 私が飛ばした数本の矢が、弧を描く途中で破裂。空間を覆う針の雨となって四散する。マリナさんの二丁拳銃の奥義ガンレイズよりも攻撃範囲は広い。

 

「ちっ……」

 

 流石のクルネウスもこれは回避できず、先ほどのミッシェルさんのように雨に打たれる破目となった。

 

「今だ! 真空裂衝剣(しんくうれっしょうけん)!!」

 

「覚悟しろ! 秋沙雨(あきさざめ)!!」

 

 ここぞとばかりに、ゾルクさんは剣撃による風属性の衝撃波を連発。マリナさんは二丁拳銃での連続射撃でクルネウスを攻める。

 

「……図に乗るな」

 

 が、二人の攻撃はマントにかすりもしなかった。

 

「エアブレイド」

 

 そして返り討ちにされる始末。地を這う烈風が刃と化し、私達三人をまとめて斬りつけた。クルネウスの銃撃は、まだ続く。

 

「レイジレーザー」

 

 何度も屈折しながら突き進む細い光線を、こちらに照射。あまりに癖の強い軌道のため私達には命中しなかった。しかし光線が照射された地点で爆発が起こり、それに巻き込まれてしまう。

 身を焼かれて床に背をつけてしまうが、未だに筆術の効力が残っているらしくギリギリ持ちこたえることは出来た。だがこれ以上、クルネウスの銃技を受けてしまっては危険である。

 次の行動で勝負を決めなくてはならない。私達は決死の覚悟で立ち上がり、各々の武器を構え直す。

 

「まだ続けるつもりか。時間の無駄だ。早く、先の二人のようになれ」

 

 クルネウスはそう言い放つと、戦いを終わらせにかかった。回転式弾倉に込められたビットが輝き、無限拳銃から光が溢れ始めたのだ。――最大の威力を有した攻撃、秘奥義の前触れである。

 

「いけない、奴は秘奥義を発動するつもりだ! なんとしてでも止めるぞ!!」

 

「うおおおおお!!」

 

 多大な焦りを含んだ指示が、マリナさんから飛び出した。阻止すべく、ゾルクさんは雄叫びをあげてクルネウスへと突撃。私とマリナさんも力を振り絞り援護射撃を行う。

 

「虫の息でありながら、まだ刃向かうとは。その気力だけは褒めてやるとしよう。……しかし」

 

 ゾルクさんの刃は間に合わない。矢も弾もクルネウスをかすめただけ。……全ては虚しいものとなり、彼女の秘奥義が放たれる。

 

「実に無意味だ。乱れ飛べ。キリングレイダー」

 

 目にも留まらぬ速さの、速射の嵐。無限拳銃から、それこそ無限と見紛う数の魔力弾が発射された。こちらの飛び道具は全部かき消され、彼女の直線上にいた私達は、無数の魔力弾をまともに喰らってしまう。

 

「私、もう……だめです……」

 

「ここまで、だと……」

 

 秘奥義の余波が格納庫の壁を破壊し、埃の混じった煙幕が発生する。その中で、私とマリナさんはダメージに耐え切れず……意識を失うのだった。

 

「手間だけかかる連中だった」

 

 無限拳銃を握る左手を下ろし、ただそれだけを呟いた。戦闘が終わったと見なしたのだ。

 戦意を取り払うと、倒れた私達を捕縛するためか、揺らめく煙幕へと静かに近付いていく。

 ――刹那。

 

「もらった!!」

 

 煙幕から一つの影が飛び出した。……ゾルクさんである。

 

「何……!?」

 

 彼だけは、クルネウスの秘奥義を耐え抜いていたのだ。予期していなかったであろう事態に、彼女は驚きの声をあげた。

 ゾルクさんは間合いを詰めながら柄のビットに精神力を込め、両手剣を巨大化。全力で振り上げる。一か八か自らも秘奥義を発動し、反撃に出たのだ。避けられればそれまでだが、こんな賭けでもしない限り私達に逆転の二文字は無い。

 無論、クルネウスは無限拳銃を構え直そうとしたが……ゾルクさんの秘奥義の方が僅かに早かった。

 

一刀(いっとう)! 両断(りょうだん)けぇぇぇぇぇん!!」

 

 全ての力を絞り出して振り下ろされた、巨大な両手剣。格納庫に轟音が響く。

 幸いにもこの一撃は、確実にクルネウスを捉えていた。直撃を受けた彼女は鋼鉄の床に背面を強打。あまりの威力に、床そのものも大きくへこむ。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……!!」

 

 柄のビットが輝くのをやめると、両手剣は元の大きさへ戻った。ゾルクさんは息も絶え絶えに、それをゆっくりと持ち上げる。

 肝心のクルネウスは……微動だにしない。へこんだ床にはまり込んだままである。

 

「やっと、やっと倒した……! 俺達の、勝ちだ……!」

 

 満身創痍で立ち尽くしたまま、彼は噛み締めた。五人のうち四人も戦闘不能に追い込まれたが、私達はクルネウスに勝利したのだった。

 だが、余韻に浸っている暇は無い。ゾルクさんは両手剣を鞘に収め、クルネウスに背を向ける。気絶した私達の目を覚まさせようと動いたのだ。

 生命力の活性に特化した薬液で満たされた小瓶――ライフボトルを自身の道具袋から、きちんと四本取り出した。皆が回復すれば、あとは潜水艇に乗り込むだけである。

 

 

 

「倒した? いったい誰をだ」

 

 

 

 ――時が止まった。彼の背筋も凍りつく。

 

「…………えっ」

 

 目を大きく見開き、咄嗟に振り向いた先には……クルネウスの姿が。しかし、へこんだ床で寝てはいない。既に、両足でしっかりと立っているのだ。

 

「そ……そんな、バカな……!」

 

 ゾルクさんが浮かべたのは、まさに絶望の表情。それもそのはず。クルネウスが、受けたダメージをものともしていなかったからだ。

 通常の術技による負傷ならば痩せ我慢として無理矢理にでも説明がつけられる。けれども最大の攻撃である秘奥義を直撃させたのに平然と復帰されれば……理解が及ばない。

 彼はまともに思考できず、ただ驚愕するのみ。両手剣を抜くどころか足を動かすことすら叶わなかった。

 

「茶番は終わりだ、救世主」

 

 引き金が引かれ、一発の魔力弾が放たれた。術技でもなんでもない、本当にただの魔力弾だった。でも、消耗しきったゾルクさんへのとどめとしては充分すぎる一発。腹部に命中し、彼は背中から倒れた。

 

「任務完了。……安心しろ。今は殺さない」

 

 どういうわけかクルネウスは手加減して銃撃したらしく、ゾルクさんの腹部から出血は無い。しかし意識が徐々に薄れていく彼にとって、そんなことはもうどうでもよかった。

 

「救世主よ、貴様はつくづく哀れだ。だがそれも総司令の野望のため。全ては、総司令の意のままに」

 

 鋼鉄の床に寝そべるゾルクさんが最後に見たものは、深緑の髪と、二色の涙を流して嘲笑する仮面だけだった。


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