Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】   作:フルカラー

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第18話「自分自身」 語り:マリナ

「んで、これからどうするの?」

 

 フレソウムの館、エントランスホールにて。

 屈託の無い笑顔で問うのは筆術師ミッシェル・フレソウム。たった今、私達の旅への同行が決まったばかりである。

 頼もしい仲間が加わったのはいいのだが、今後の行動については未定。しかし当てがないわけではない。

 

「ナスターを追いかける以外なさそうだな。だからメノレードへ行こうと思う。奴はあそこへ向かったに違いない」

 

 私は率直に提案した。すかさずジーレイが理由を尋ねる。

 

「その根拠は」

 

「あの町にはナスターの拠点がある。ひとまずそこでメリエルを洗脳し直そうとするはずだ」

 

「確かに、再洗脳の可能性は大いにありますね。洗脳が解けかけたまま放置するなど、エグゾアにとって不利益しかない。信用に値する情報です」

 

 するとミッシェルが意気込みを見せる。

 

「それじゃ、行き先はメノレードに決定ね。エンシェントの欠片を取り返して、メリエルも助け出してみせるわ!」

 

 決意あふれる表情と共に、拳が突き上げられた。しかし彼女とは逆に、浮かない顔のソシア。

 

「メノレード……あんまり良い噂を耳にしないので気が進まないです」

 

「ええ……? どういう町なんだ?」

 

 リゾリュート大陸の人間であるゾルクは知らなくて当然だ。私が教えてやろう……と思ったが、先にジーレイが説明を始めた。

 

「通称、発展途上都市メノレード。創りあげられた直後から急成長を遂げ、今なお開発が進むセリアル大陸随一の大都市です。出来れば、関わりを持ちたくない場所でもありますがね」

 

「話を聞くと結構すごそうな町なのに、印象が悪いのはどうして?」

 

 ジーレイより先に、ミッシェルが口を開く。

 

「セリアル大陸には国がないし、『王様』っていう国を治める存在もいないの。そんな中で大都市が生まれても治安は悪くなるだけなのよ。メノレードに住んでる人間は荒っぽいのばっかりだって話だから尚更ね。ずーっと昔には、セリアル大陸にも王様がいたっぽいんだけどねー。現代じゃ、各地の町がそれぞれでなんとか統治してるって感じ」

 

 聞き終えたゾルクは目を丸くした。

 

「へぇ~! ミッシェルって真面目な解説も出来るんだ! びっくりしたよ」

 

「感心したの、そこ!? あたしをなんだと思ってるのよっ!」

 

 予想もしなかったであろう返答を受けた彼女は、頬を膨らませてゾルクを睨むのだった。

 

 

 

 メノレードはセリアル大陸北部に位置する都市。辿り着くには大陸本土へ戻らなければならない。

 そこで経路を考えた結果、船でまた工業都市ゴウゼルへ行き、そのまま通り過ぎて北の橋を渡り、更に北東の荒野を進むこととなった。

 

 

 

 バレンテータルの港から船に乗り、予定通りゴウゼルへと戻ってきた。乗船している間、やはり私は客室で寝込む破目となっていた。この体質、いつかは改善したい……。

 到着するなり、町の縦断を開始。付近の工場からは相変わらず黒い煙が立ち昇っている。

 途中、以前の騒動で機械の巨人に壊された家屋を発見した。まだ完全には修復されておらず、応急処置のためか丈夫な素材の白い布が覆いかぶさっている。この状態の家屋は他に何軒もある。全ての建物が元通りになるには、まだまだ時間が必要らしい。

 町の光景を眺めて歩いている内に、ゾルクはあることを思い出した。

 

「そういえばさ、アシュトンはあれからどうなったんだろ?」

 

「さあな。ずっと宿屋に留まっているはずもない。別の秘密施設で兵器の製造に携わっている、という線が濃厚だろう。そう簡単に改心するタマにも見えなかったからな」

 

「……そっか」

 

「ねーねー、アシュトンって誰?」

 

 力無く返事をするゾルクをよそに、ミッシェルが訊く。ゴウゼルでアシュトンと戦った話は、まだ彼女にしていなかった。

 

「この町で戦った、エグゾア構成員の一人です。実はですね……」

 

 詳細を教えたのはソシアである。出来事を把握したミッシェルは、難しい顔をした。

 

「ふ~ん。そんなことがあったの。なかなかしんどい道を選ぶのね、ゾルク」

 

「しんどくても、アシュトンを助けなきゃ気が済まなかったんだよ。これから先、同じようなことが起こったとして、きっと同じように行動する。『救える可能性がある命は救う』って心に決めたんだ」

 

 アシュトンを助けると宣言した時の、真剣な眼差し。それを以てミッシェルに返事をした。

 

「超熱血って感じね~。勢いばっかり目立っちゃってる。でもあたしは嫌いじゃないわよ、そういうの。なんか救世主っぽいし♪」

 

 彼女は優しく微笑み、ウインクを添えて答えた。

 

「ありがとう、ミッシェル」

 

 ゾルクも笑顔を返したが……その直後。

 

「……そうだよな。あいつ、改心なんてしてないよな……」

 

 心なしか残念そうに呟いた。誰にも聞かれないようにと考えたのか、それはとてもとても小さな声。図らずも私の耳にだけは飛び込んできたのだが、どんな言葉を述べても野暮にしかならないと思い、何も言わなかった。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第18話「自分自身」

 

 

 

 ゴウゼルを後にし、北へ。

 セリアル大陸を東西に横切る大河にかかった橋を渡る。その先で私達を出迎えたのは、目一杯に広がる荒野だった。

 薄みのある赤茶色の乾いた地面を、曇り空の彼方から届いた風が撫でる。奥には不規則に尖った岩場も見えており、生命の息吹を感じさせない環境と言える。

 そのせいか周辺に潜むモンスターの姿形も、これまでに多く遭遇してきた動物然としたものとはかけ離れた「異形」が多い。

 黄色い筒状の体から何本もの触手を生やした軟体生物、イエローローパー。頭蓋骨を模したガス状の精神体、エクスガス。意思を宿した岩石、コローン。人間のように二足歩行して古びた剣を振り回すトカゲ、リザードマンなど。ひと癖もふた癖もある。

 ちなみに私達は現在、前述した四体のモンスターと遭遇し、戦闘中だ。

 

「潰しなさい。シャドウハンマー」

 

 エクスガスが、ジーレイの魔術で圧殺された。……「精神体を圧殺」と聞くとおかしく感じるかもしれない。しかし彼が放ったのは、黒の大槌を落下させて敵を叩き潰す闇属性の下級魔術。魔術であるため、実体を持たない精神体にも効果はあるのだ。

 一方で私はイエローローパーを狙い、ソシアはリザードマンの相手をしていた。ミッシェルは己の持ち味を活かすため、後方で援護役に就いている。そしてゾルクはと言うと……。

 

「ミッシェル、助けて! こいつ意外とパワーが凄い……!」

 

 岩石のモンスター、コローンを相手に苦戦していた。歯が立たず後退を余儀なくされている。

 コローンは小柄ではあるが、岩石ゆえにこちらの物理攻撃が通りにくい。加えて重量もあるため、体当たりをまともに喰らってしまうと致命傷も免れないだろう。体力も腕力も持ち合わせているゾルクなら大丈夫かと思って任せたのだが、そう上手く事は運ばなかったらしい。

 

「もー、しょうがないわねぇ」

 

 ゾルクの言葉は、ミッシェルの耳にしっかりと届いた。ぼやきながらも大筆を豪快に振るい、虹色の絵具を周囲に撒き散らしながら、赤茶色の荒野に筆先を押しつける。

 

「刺激をどうぞ! ルビーブレイド!」

 

 フレソウムの館でも見せた独特の魔術――筆術を繰り出した。あの時と同じように真っ赤な剣の絵を描くと、やはり絵はむくりと起きる。それは戦いの場に似つかわしくないほど軽快に弾みながら移動し、ゾルクの両手剣と融合した。

 

「そんでもってー!」

 

 大筆は、まだ休まらない。

 

「硬ーくしちゃうわ! ガーネットアーマー!」

 

 続いて出来上がったのは、黄色みを帯びて光り輝く頑強な鎧の絵。平面の体を起こし、跳ねまわってゾルクの体にピタッとひっつき、融け込んでいった。

 

「よし! 攻撃力も防御力も強化されれば、あいつなんて怖くないぞ!」

 

 ゾルクが言うように、これらは物理攻撃力と物理防御力を上げるための筆術である。彼は両手剣を構え、コローン目掛けて意気揚々と駆けていく。……ところが。

 

「ぶべっ!?」

 

 転倒。間抜けな悲鳴を上げ、顔面を地に強打した。滑る要素など一切無い荒野で何故、彼はこのようなドジを……。

 考察する間も無く、コローンが隙を突いて体当たりを仕掛けてきた。

 

「ゾルクさん、危ない!」

 

 ソシアが身を案じる。それしかできない。援護射撃が間に合わない距離だからだ。私の位置からでも弾丸はすぐに届かない。ミッシェルも止められる位置に居ない。ジーレイの魔術など、詠唱を要するため以ての外だ。

 コローンは全重量を、まだ四つん這いのゾルクへ容赦なくぶつけた。

 

「ぐうぅあっ!!」

 

 横腹に直撃を受け、勢いよく吹っ飛ばされてしまった。尖った小石が散乱した荒野を転がるせいもあり、全身が傷だらけになりかねない。……ミッシェルの筆術が無ければの話だが。

 

「いてて……でも、思ったより効いてないぞ」

 

 筆術ガーネットアーマーのおかげで被害は最小限に抑えられたようだ。ゾルクは自身の無事を確かめるとすぐさま起き上がり、両手剣の切っ先をコローンに向けて走り出す。

 

「お返しだ! 閃空弾(せんくうだん)!!」

 

 両手剣が黄金色に輝いて光に包まれる。その状態で突進する様は、まさに巨大な光の弾丸。コローンは、弾丸の如き突撃を避けられなかった。その身に深く剣身を迎え入れたまま静かに消滅していく。

 その後は特に何事も無く、私とソシアで残りの二体を倒して戦闘終了。直後、ソシアはゾルクに駆け寄り治癒術を唱えた。誰に頼まれるでもない、彼女の優しさからくる行動である。

 

「……はい。これで傷は塞がったはずです」

 

「ありがとう、ソシア。まさか絵具で滑って転ぶなんて、思いもしなかったよ」

 

 ボサボサの金髪を掻きながら失態を振り返った。転倒の原因となったのは絵具だったのだ。蒼いブーツの底にベッタリと付着している。これを荒野に点々と落としたのは……考えるまでもなく、ミッシェルである。

 

「ごっめーん! ちょ~っと撒き散らし過ぎちゃった」

 

 困り顔の前で両の手を合わせ、謝罪する。ゾルクは「ミッシェルらしいよ」と苦笑しながら許すのだった。

 

「筆術とは便利な魔術ですが、このようなデメリットもあるのですね。頭に入れておきましょう」

 

 ジーレイは一歩引いた視点から皆の様子を見守りつつ、自身の知識を増やしていた。こうやって一人黙々と蓄えてきた知識があるからこそ、彼は仲間に的確な助言を与えることが出来るのだ。

 荒くれ者の多いメノレードだろうと、これほど個性的なメンバーが揃っていれば苦もなく切り抜けられるかもしれない。

 

 

 

 赤茶色の荒野を進んでいくと、灰色の巨大な外壁を捉えられるようになってきた。外壁の向こうには塔のような建造物が無数に見える。

 歩みを進めるにつれ、徐々に外壁が視界を埋め尽くしていく。すぐそばにまで迫った頃には灰色一色となっていた。

 

「荒野にそびえる、城壁のように堅牢な囲い。流石は発展途上都市といったところでしょうか」

 

 そう。ジーレイの言う通り、ここが目的地のメノレードなのである。彼もこの町に来るのは初めてだそうで、感情の起伏は小さいながらも珍しく驚きの声をあげていた。

 

「凄いなぁ~! 下手するとケンヴィクス王国の首都よりデカイかも。なあみんな、早く入ろうよ!」

 

 ゾルクは目を輝かせてはしゃいでいる。栄えた都市がよほど楽しみなのだろうか。まるで十歳にも満たない子供のようだ。

 

「おい、事前に解説を受けただろう? メノレードは荒くれ者の巣窟なんだ。過度に期待するんじゃないぞ」

 

「へへんっ。巣窟がなんだっていうのさ。こんなに立派な町が荒くれ者で溢れてるなんて、きっと噂に尾ひれがついただけだよ」

 

 ゾルクは私の忠告をまともに受け取らず、鼻歌混じりに外壁の門をくぐるのだった。

 ……そして意気消沈する。

 

「な、なるほど。よくわかったよ……」

 

 私達が門をくぐり抜けた先には、厳つく目つきの鋭い屈強な男共が蔓延(はびこ)っていた。何層にも積み重なった立派な塔のような建物や小綺麗な店などの町並みは、彼らには勿体無い。

 荒らされた後と思わしき家屋もたまに見かける。「無法地帯」の四文字が頭をよぎった。何度も言うがこの大都市は、どこもかしこも荒くれ者ばかりなのである。

 

「むさ苦しい上、殺気にまみれた町ですね。僕の予想を少し上回っていました」

 

 ジーレイは眉間にしわを寄せて露骨に嫌悪した。対して、町を庇うかのようにソシアが口を開く。

 

「でも、メノレードは最初からこんな風だったわけではないんですよね。昔は本当に立派な大都市だったけれど、余所(よそ)から来た人間に荒らされてこうなってしまった、という話を聞いたことがあります。元々ここに住んでいた人々は余所者(よそもの)に追い出されたとか……」

 

「要するにメノレードは乗っ取られた町ってことか。まるでエグゾアのやり方みたいだ」

 

 腕を組みながら、への字口を作るゾルク。なかなか鋭い発言である。私は彼の感想を補足した。

 

「現に、メノレードからエグゾアに加入した人間は大勢いる。ナスターはメノレード創立当初から秘密裏に拠点を置いていたはずだから、荒くれ者達を勧誘していた可能性もある。とまあ様々な理由があり、外部の人間はメノレードと関わりを持ちたがらないんだ」

 

「見た目以上に危ない町なんだな。でも、どうにかしてナスターの手掛かりを掴まなきゃ。……みんな、俺から離れないでくれよ……?」

 

 ゾルクは用心して行動すると決めたようだ。しかし弱気な台詞から察するに、メノレードの住人に対して恐れをなしているらしい。

 

「全く……そんなに怯えなくてもいいだろう。シャキっとしろ、シャキっと!」

 

「あいてっ!? マリナ、そんなに叩いたら背中が腫れちゃうよ……」

 

 臆病な態度でいると舐められ易くなるが、堂々としていれば無闇に絡まれることもないだろう。ゾルクは決して弱い人間ではないのだから自信を持ち、胸を張っていればいいというのに……勿体無い。

 

 

 

 時間をかけ、メノレードを隅々まで巡った。しかし目当ての情報が見つかる気配はない。

 聞き込み自体も思うようにいかず、無理矢理に因縁をつけられて危うく戦闘になりそうにもなった。町中で暴れるのは本意ではないためその場はなんとか凌いだが、荒くれ者が多い分どうにも苦労が多い。これに比べたら、バレンテータルの住人に振り回されるほうが幾分かマシだった。

 

「手掛かり、見つかりませんね……」

 

「早くしないとメリエルが危ないっていうのに……もどかしいわねぇ」

 

 ソシアは肩を落とし、ミッシェルは焦りを見せる。ナスターの拠点があることはわかりきっているのに、こうも居場所を掴ませないとは。悔しいが、敵ながら見事である。

 困り果てる中、とある大規模な施設の前を通りかかった。施設の入口付近には、幾種類もの武器の彫刻や闘士の像などが飾られていた。

 ゾルクはこの施設が気になったのか看板に目をやる。

 

「……闘技場?」

 

「メノレードのシンボルであり、暴漢の増加に拍車をかけた原因でもある施設です。腕っぷしに自信を持つ者が、セリアル大陸中から集まっているらしいですよ。いわゆる『暇人の集い』ですね」

 

「初めてこの町に来たんだろ? そのくせによく知ってるなぁ」

 

「悪い噂は、スラウの森に引きこもっていても耳まで泳いでくるのですよ」

 

 皮肉気味にジーレイが解説する。どこか呆れており毛嫌いしている風にも見える。それほどまでに、この町が肌に合わないのだろうか。難儀な話である。

 

「お、あんたら旅の人かい。ちょいと良い話があるんだが、聞いてかないかい?」

 

 闘技場を眺めていると、見知らぬ男に声をかけられた。ボロ布を纏ったみすぼらしい外見だが強靭な体躯をしており、ハルバードを背負っている。布の下には防具も見えた。おそらくこの男も戦士なのだろう。

 それでこの男への対応なのだが……どうせ、ろくなことではないだろう。厄介事に巻き込まれないようにと私達は一致団結。男に目もくれず通り過ぎることを決めた。

 

「おいおい、無視しなくてもいいだろ? すんげぇ宝が手に入るチャンスだってのによぉ」

 

「宝ぁ!?」

 

 目を輝かせて威勢よく反応したのはゾルクだった。一人でも受け答えしてしまっては折角の団結が水の泡。四人で溜め息をつく。

 

「へへっ、食いついてきたねぇ~! その宝ってのは、そこらのビットなんか比べモンになんねぇくらいの魔力を蓄えてる物体で、確か……そうそう。『エンシェントの欠片』っていう魔力の塊なんだと」

 

 ……予期せぬ言葉が飛び込んできた。

 

「「「えええっ!?」」」

 

 ゾルク、ソシア、ミッシェルの三人が、揃って素っ頓狂な声をあげた。声に出さないだけで、ジーレイも私も驚いている。ゾルクの軽率な行動が欠片に繋がるとは。世の中、何が起こるかわからないものだ。

 

「そんなにびっくりして、どうしたんだよ?」

 

「う、ううん。なんでもないよ! ……でさ、エンシェントの欠片はどこに行けば手に入るの?」

 

 怪訝な面持ちで見られたが、ゾルクは上手くかわした。

 

「もうすぐ、そこの闘技場で闘技大会が開かれるんだが、優勝賞品がエンシェントの欠片でね。見たところ、あんたらは腕が立ちそうだ。大会が盛り上がるかもと思って誘ったんだが……」

 

「受付どこ!?」

 

「それなら闘技場に入ってすぐのロビーにある」

 

「わかった! ありがとう!」

 

 返事もそこそこに、ゾルクは闘技場へ向けて走り出した。遅れまいと、私達も彼に続く。

 

「え? お、おい! ……もう行っちまいやがった。(せわ)しない奴らだなぁ」

 

 私達が急ぐ理由を、男は知る由もない。呆気にとられたまま首を傾げるのだった。

 

 

 

 闘技場のロビーに入るなり、私達は目撃した。透明なケースの中で厳重に保管されている、エンシェントの欠片を。そばには、ご丁寧に『優勝賞品』と書かれた札が添えられている。

 この場で奪うことができれば大会など参加せずに済むのだが、ケースは堅牢な造りのうえ見張り役も何人かつけられている。余計な真似はせず、素直に大会で優勝して手に入れるのが最善のようだ。

 欠片の周りには、参加受付を済ませたであろう戦士達が群がっていた。売り払えば大金に化けるこの物質を大勢の人間が狙っているのだ。

 

「エンシェントの欠片が飾られてある! 優勝賞品になってるって本当だったんだ……! しかもあれは……」

 

「あたしのうちにあった欠片よ! あの形、間違いないわ!」

 

 ゾルクの言葉に乗っかり、ミッシェルは断言した。

 ……これはどういうことだろうか。フレソウムの館に封印されていたエンシェントの欠片は、ナスターが所持しているはず。しかしこれでは「ナスターが闘技場に欠片を差し出した」ということになる。エグゾアにとっても貴重なはずの物質を簡単に手放すとは、何を企んでいるのだろうか……。

 

「ということは、やっぱりナスターはこの町にいるんですね。でも、どうして欠片を闘技場に置いていったんでしょう……?」

 

 ソシアは頭を悩ませるが、ジーレイがそれを遮る。

 

「考えるのは後にしましょう。どうやら時間が残っていないようなので」

 

 受付から声が流れる。もうすぐ大会への参加受付を締め切るという趣旨のアナウンスだった。

 

「とのことです。ちなみに闘技大会はトーナメント形式で、参加枠はあと一人分しか余っていない模様。早急に参加者を決めなくてはなりません」

 

「じゃあ、出たい人は手を上げることにしよう」

 

 ゾルクが仕切り、皆、その方法に応じる。

 

「せーのっ!」

 

 合図と共に、片腕を真上に伸ばした。

 

「……あれっ、俺だけなの……?」

 

 予想した結果と違うのか、点になった目で私達の顔を見渡す。

 ミッシェルは次のように述べた。

 

「だって、あたしは一人で戦うのに向いてないし~」

 

 ジーレイの言い分は、こう。

 

「汗臭い場所に放り込まれるのは僕の性分ではありません」

 

 ソシアも意思を表に出す。

 

見世物(みせもの)として戦うのは、あまり好きではないので……」

 

 私も不参加の意を示した。

 

「今はそんな気分ではないんだ。意欲のあるお前が適任だろう」

 

「そりゃあ、腕試しもしてみたいから手を上げたけどさ……本当に俺でいいの?」

 

 どういうわけかゾルクはだんだんと小声になり、不安そうな様子を見せる。やはり自信が無いのだろうか。それならばと、私は彼の背を押すことに。

 

「いい。お前で決定だ。どうして不安がっているかは知らないが、お前は旅の中で着実に成長している。だからもっと自信を持て。……わかったら、さっさと受付に行ってこい。時間が無いんだぞ」

 

 ……何故だろう。ゾルクを励ますのが、少しばかり気恥ずかしかった。言い慣れないことを口にしたからだとは思うが。

 

「うん! ありがとう、マリナ。全力を尽くしてくるよ!」

 

 しかし、おかげでゾルクの表情は晴れた。いつもの調子を取り戻し、彼は宣言する。が、その直後。

 

「……それはいいんだけどさ。なんか、みんなから押しつけられた感があるんだよな……」

 

 ()ね気味にボソボソと呟いた。不安になった真の理由は、どうやらこれらしい。皆、そんなつもりではないと思うのだが……。

 

「ゾルク、エンシェントの欠片がかかっているのです。負けたらお仕置きですよ」

 

「そんなこと言うならジーレイが出てくれよー! あんた、めっぽう強いだろ!?」

 

「先ほど申し上げたではありませんか。汗臭い場所は嫌いです、と」

 

「理不尽だー!!」

 

 ……ジーレイだけは確かに、役目を押しつけていたかもしれない。

 

 

 

 ゾルクの参加受付も済み、いよいよ闘技大会が始まろうとしている。

 闘技場の舞台は、巨大な円形の石床の上。天井は設けられておらず野外での戦闘に等しい。今日も魔皇帝の呪いによる曇天のため、天井の有無は戦いに影響しなさそうだ。

 外周は適度な高さの壁で覆われており、壁のてっぺんは観客席となっている。私達は席に座り、今か今かと待ち続けていた。

 観客席はほぼ満席。観戦のために来場した荒くれ者で埋め尽くされており、賑やかを通り越して、ただひたすらにうるさい。中には、誰が勝ち進むか賭けを行う者も。

 

「粗暴な輩ばかりでむさ苦しく、やかましいな。ソシア、平気か?」

 

「……は、はい。我慢できます」

 

「さてはジーレイめ……ここの空気に耐えられないから、ミッシェルに付き添ったんだな」

 

 ジーレイとミッシェルはこの場に居ない。ゾルクが大会に参加している間は暇なので、ミッシェルの意思を尊重してナスターの捜索に向かったのだ。私とソシアは、ゾルクを見守りがてら待機しているというわけだ。

 

「お二人だけで探しに行くなんて、大丈夫でしょうか……」

 

「心配ないさ。ジーレイが付いていれば危険な目に遭うこともないだろう。案外、ミッシェルもトラブルをかわすのは上手かもしれないしな」

 

「それもそうですね。……あ、そろそろ第一回戦が始まるみたいですよ!」

 

 舞台の東と西に構えられた、鉄の門。ゆっくりと引き上げられていき、完全に開いたところで出場者の顔を確認できた。

 それぞれの門の内側から舞台へと、彼らは足を踏み入れる。片方は、巨大な金棒を握った巨漢の戦士。もう一方は金髪蒼眼、蒼の軽鎧を纏った剣士である。

 

「ゾルクさーん!! 頑張ってくださいねー!!」

 

 ソシアは、周りの騒がしさに負けないくらいの声援を送る。ゾルクはそれに気付いたらしく、手を振って答えてみせた。緊張している様子は無く、かといって調子に乗り過ぎているようでもない。極めて良好な状態で試合に臨むようだ。

 ゾルクは背の鞘から両手剣を引き抜き、構える。この瞬間、金棒の戦士との間に睨み合いが生じた。

 

「いよいよですね……!」

 

「ああ」

 

 ソシアが固唾を呑む中、ついに試合開始の合図が下された。ゾルクと戦士は瞬く間に互いの距離を縮め、武器を激しくぶつけ合う。

 同時に、周りの観客の叫び声が格段に増した。賭けのため祈りを込めて応援する者や、どっちも倒れろなどと暴言を発する者もいる。

 

「負けないでー!! ゾルクさーん!!」

 

 やはり周囲に対抗し、ソシアが声を張り上げる。厳つい男達に紛れて応援する少女の図は、極めて異質である。

 そんな中。観客席の奥から何者かがこちらを見つめていることに、私だけが気付いた。目を向けると……。

 

「なんだと……!?」

 

 自分の視覚情報を疑ってしまった。しかし幻ではない。あの三日月口の不気味な笑み、土色の癖毛、漆黒の白衣。視線の先に居たのは紛れも無く、狂鋼(きょうこう)のナスター……! まさか町中ではなく闘技場に姿を現すとは。

 互いに目が合った後、ナスターは後ずさりする。身を隠そうとしているのだ。ここで見失うわけにはいかない。すぐに追いかけなければ。

 

「……え!? マリナさん、どうしたんですか!?」

 

 説明する暇はなかった。……正確に言うと、説明できなかった。何故かと言うとそれは、奴と一対一で話さなければならないことがあるから。

 この機会は逃せない。悪いと思いつつも、呼び止めるソシアを完全に無視。人込みをかき分けながらナスターを追跡するのだった。

 

「速い……もう行っちゃった。なんであんなに慌てていたんだろう……?」

 

 私の突然の行動を理解できず、ソシアは困り果てるしかなかった。

 

 

 

 ナスターは闘技場の外にある倉庫の中に逃げた。だが、そこは人気の無い行き止まり。奴は追い詰められる形となったのだ。

 

「おやおや、たった一人で追いかけてくるとはぁ。いいのですかぁ? お仲間を呼ばなくても」

 

 ……追い詰められたというのに余裕は崩れない。これでは逆に、私がナスターにおびき寄せられたようではないか。

 このまま奴のペースに巻き込まれてはいけない。平常心を保たなければ。

 

「無駄口を叩くな。メリエルをどこにやった! そして、闘技場のエンシェントの欠片……あれはどういうことだ? 何を企んでいる!」

 

 この問いに答えるのは、つまらなさそうだった。

 

「何をおっしゃるかと思えば……。メリエルなら、以前よりも強力な洗脳を施した上でセントラルベースに帰還させましたぁ」

 

 ……手遅れだった。メリエルの再洗脳は、既に完了していたのだ。

 

「次に欠片ですが、それはボクがわざと寄付し、餌にしたのですよぉ。アナタ方をおびき寄せて始末するためにねぇ。バレンテータルでは色々と不都合がありましたがぁ、今回は心置きなく戦えまぁす」

 

 これで、エンシェントの欠片が闘技場の賞品となっている謎が解けた。全てはナスターの罠だったのだ。だが不可解な点もある。

 

「はぁ……? 始末するのが目的ならば、今すぐ私を殺しにかかればいいだろう。何故そうしない」

 

「まあまあ、焦らない焦らない。せっかく闘技場というおあつらえ向きのステージがあるのですから、そこで五人まとめてお相手して差し上げますよぉ。今はお二人ほどいらっしゃらないようなので、頃合いを見て襲撃する所存でぇす」

 

 口角をこれでもかと吊り上げ、自信満々。堂々と抹殺を宣言するとは。奴が六幹部の一員であるとはいえ私達も軽視されたものだ。……いや、今はそれを気にする必要はない。本題は次にある。

 

「……もうひとつ、どうしても貴様に訊いておきたいことがある」

 

「探究心旺盛ですねぇ」

 

 呆れ気味な態度を見せるナスター。私は奴をじっと睨みつけ、ついに切り出した。

 

「ミッシェルの話では、メリエルは今から三年前に誘拐されたという。だが、私の記憶ではそうなっていない。メリエルはそれよりも前の……少なくとも七年前から六幹部の座に就いていた。……この記憶の矛盾、どういうことなんだ。まさか私もメリエルと同じく洗脳され、貴様に記憶を……」

 

 ここで言葉を途切れさせてしまった。これ以上のことを声に出すのが……恐ろしくなったのだ。

 嘘の記憶を植えつけられているのかもしれない。今までの行動や使命は全て偽物なのかもしれない。そう思うと……胸が締め付けられてしまう。頭の中が真っ白になってしまいそうだ。

 

「グフ、グフフフフフ」

 

「な、何がおかしい!」

 

 ナスターは笑いを堪えようとしたらしいが、耐えきれず外に漏らした。何故いきなり笑い始めたのかは不明。当然、私は腹を立てた。だが奴はお構いなし。

 

「なるほどぉ。単身で乗り込んできたのには、そういう理由があったのですねぇ。下手にお仲間に話せば疑いをかけられかねませんものねぇ。勇気を振り絞って打ち明けてくださり、ありがとうございまぁす」

 

 丁寧にお辞儀の仕草をする。それが私の神経を逆撫でしていること、ナスターはわかっているのだろうか。

 

「でもその矛盾、単にアナタが勘違いしているだけではありませんかぁ? まずアナタを洗脳したり記憶の操作をしたりする理由そして利点が、ボクにはありませぇん。洗脳せずとも最初からエグゾアに忠誠を誓っていたわけですしねぇ。というわけでボクは何も存じ上げませんよぉ~」

 

「私は真剣だ!! 真面目に答えろ!!」

 

 自分でも気付かない内に、焦燥の感情が増大していた。この場に冷静な私はいない。ただ必死に、怒鳴り散らすことしか出来なかった。

 

「おお、コワイコワイ。真面目にお答えしたつもりだったのですが。……長話が過ぎましたねぇ。それでは、また後ほどお会いしましょぉう」

 

 言い終えると同時にナスターは駆けた。目指したのは、私の真後ろに位置するこの倉庫の出口である。奴は一瞬で私の横を通り過ぎていく。

 

「しまった!? ナスター、待て!!」

 

 急いで振り向いたが、その先に奴の姿はない。逃走は阻止できなかった。冷静さを欠いていたため、突発的な行動への反応が遅れてしまったのだ。

 

「……くそっ!! 私は……私はっ……!!」

 

 膝から崩れ落ち、唇を噛みしめ、冷たい床に拳を打ちつける。ナスターを逃がした悔しさ故のものだったが同時に、敵の言葉を聞いて少し安心している自分が腹立たしかった。やり場のない気持ちが心の奥で渦を巻いている。

 

 私は、記憶を操作されていない……。

 確証は得られていないが、ナスターの言葉を信じて(すが)り付くしかない。

 自分自身を……今ある記憶を信じるしかないのだ。


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