Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】 作:フルカラー
「ア……アシュトン!?」
思わず、彼の名を声に出した。
そこにいたのは、俺達に巨人の件を依頼したアシュトンその人であった。暗めの短い茶髪と黒い眼はそのままに、作業着の代わりとして黒と灰が基調の戦闘服を着ている。そして左肩には、白いエグゾアエンブレムが。
「けっ、ここまで辿り着くなんてな。自慢の巨人と、ばら撒いておいたオモチャが片付けてくれると思ってたのによ」
夕方に会った時の穏やかさは無い。変わり果てた彼を前に全員、硬直する。
状況が飲み込めないまま、俺は話しかけた。
「なあ、アシュトン。これは一体どういう……」
「ああ? わかんねぇのか? ニブい奴だな。この俺が、お前らを陥れたんだよ!」
彼は光源装置からの光を背に浴び続けながら、荒々しい口調で真相を語り始める。
「見ての通り、俺はエグゾアの構成員だ。もう撤収させたが、お前らが助けた住民も、住民を襲っていたエグゾア構成員も、みんな俺の部下なんだ。ガラでもねぇ演技をするのは堅っ苦しかったぜ」
騙されたことを知って絶句する俺達。だがジーレイだけは、アシュトンをじっと見据えて問いかける。
「何故、僕達がゴウゼルに来ているとわかったのですか」
「リフから連絡があってな。聞けば、救世主一行が海であいつを負かして、このゴウゼルに向かったとかいうじゃねぇか。ちょうど実験を始めたばかりの機械巨人メタルゴーレムの力を試すチャンスだと思って、お前らに接触したのさ。普段は、この秘密施設での試作兵器と警備機械兵の製造が主だが、救世主一行を倒せば六幹部クラスにだって昇り詰められる。こんな地味なポジションから、おさらばできるんだ!」
彼が長々と語ってくれたおかげで全て把握することができた。この秘密施設は、やはりエグゾアのものだった。そしてあの巨人も。
「アシュトン・アドバーレ、貴様ぁ! 巨人の実験のためだけに、ゴウゼルの人々の平穏を脅かしていたのか!」
きつく睨みつけると同時に、二丁拳銃の狙いを彼へと定めるマリナ。しかし、アシュトンは焦りもしない。それどころか俺達の背後を人差し指で示す。
「おっと。俺を怒鳴りつけるより、後ろにいるそいつをどうにかした方がいいんじゃねぇか?」
振り向くとそこには、外で縛りつけたはずの赤銅色の巨人が立ちはだかっていた。ギラギラと黄色い目を発光させている。背中のボイラーから立ち昇る蒸気は、まるで怒りを表しているかのようだった。
「えっ!? どうして巨人がここに!? ジーレイの魔術が効いてるはずじゃあ……!」
あるはずのない光景を前にし、俺は思い切り怯んでしまった。ジーレイは動じず、過程を推測する。
「どうやらアシュトンのオモチャ達が、結界を破って巨人を助け出してしまったようですね。あのレストリクションという魔術、外部からの衝撃には弱いのです」
巨人の後ろには、新たな機械兵がぞろぞろと連なっていた。どれだけ倒したところで秘密施設が機能している限り、不足分が補充されるのだろう。
「そのメタルゴーレムは、俺が造ってきた機械の中でも特に優れてるんだ! お前ら如きじゃ倒せねぇよ! じゃ、あばよ!」
そう言うや否や、アシュトンは瞬く間に部屋の隅のはしごを使い、上の階へと登っていく。同時に天井は塞がれた。残された俺達は、来た道を機械兵の大群によって封鎖され、完全に閉じ込められてしまうのだった。
「この数はちょっと、相手したことがないですね……」
シーフハンターとして一対多の戦闘に慣れているソシアでさえも、この多勢に無勢の状況に冷や汗を流している。
「ちくしょう、アシュトンめ!!」
俺は八つ当たりするかのように、迫ってくる機械兵をぶった斬る。しかし先述の通り、この秘密施設自体が機械兵の生産工場なのである。数を減らそうと努めるのは現実的ではない。巨人も、外で見せた怪力を遺憾なく発揮しており迂闊に接近できなかった。
このままでは全滅も免れない。そんな状況の中、ジーレイは俺達に指示を下す。
「まだ手はあります。僕がなんとかしてみせましょう。魔術発動の直前に、あなた方は僕の背後へと後退してください。それまでは援護をお願い致します」
それだけを言うと、ジーレイはすぐに魔術の詠唱を始めた。俺達は彼を信じ、詠唱を阻止されないよう機械兵を牽制する。
「覚醒せし
甲斐あってジーレイの詠唱は無事に終了。すると床が震え、ジグザグの亀裂が走った。
亀裂はすぐさま広がって大きな地割れとなり、生き物のように機械兵の大群と巨人を飲み込んでいく。同時に地割れからは幾つもの巨岩が上方に発射され、機械兵の頑強さを物ともせず打撃を与えた。
魔術の仕上げとして、撃ち出された巨岩達が間髪を容れず地割れの中へ戻っていく。ガシャッ、グシャッ、と機械の潰れる音が響いてきた。
一部始終を眺めていた俺は、驚嘆する。
「す、凄いなジーレイ。たった一回の魔術で、あの大群を片付けるなんて……」
「今しがた発動したのは、上級魔術。下位の魔術より精神力が必要なので少々疲れるのが難点ですが、一網打尽にするには最適なのです」
彼のおかげで障害は取り除かれた。……けれど、なんだか周りの様子がおかしい。魔術の効果は終了したのに、少しずつ地響きが聞こえ始めたのだ。震動も伝わってきて徐々に大きくなってくる。
「あの……壁にひびが入っていますよね? このままだと私達も生き埋めになっちゃいませんか……?」
ソシアが恐る恐る壁を指差す。それを見たジーレイは腕を組んで納得しつつ答えた。焦りもなく淡々とである。
「地下施設内で地属性の上級魔術を扱うのは、やはり無理があったようですね。早く外へ避難しましょう」
――ほんの一瞬、時が止まった。
「ジーレイ、あんた! さっきの術、こうなるとわかってて使ったのかよ!?」
「あれが一番効率の良い方法だったので」
「いやいや、そうは言ってもさぁ……!」
ツッコミに時間を取られていると。せっかく開いた退路を、今度は瓦礫に塞がれてしまった。それだけではない。ひびは壁を伝い、天井にまで到達。秘密施設は崩壊寸前となる。
「どうしましょう!? これでは出られません!」
慌てふためくソシア。俺も同じ心境だ。きっとマリナも焦って……いない。彼女は静かなまま二丁拳銃を融合させ、腕で抱えられる程度の手頃な大砲を生み出した。砲口を真上に向け、いずれ落ちてくるであろう、ひび割れた天井に狙いを定める。
この一連の流れはマリナが秘奥義を放つ際のもの。つまり……。
「騒ぐ必要は無い。天井が落ちてくるのなら、潰される前に消滅させればいいだけの話だ」
「え、まさか」
次に何が起こるのか簡単に予想できた。……彼女は叫ぶ。
「消し飛べ! ファイナリティライブ!」
大砲から、極めて太い熱光線が派手に放たれた。ひび割れた天井は文字通り消し飛んでいく。マリナのおかげで俺達は生き埋めにならずに済んだのだった。次いで、彼女は壁もこの秘奥義で撃ち抜き、外までの道をも確保してしまう。
……結果として助かったが、ジーレイもマリナもやることが滅茶苦茶である。
一方。
アシュトンは秘密施設の上階層に設けたアジトで、俺達の始末が終わるのを心待ちにしていた。
「今頃あいつらは下で血祭りにあがっているはず。ちょろいもんだな。どうしてリフは負けたんだ? 理解に苦しむぜ」
緊張感の欠片もなく、ソファーに座って大いにくつろぐ。全て終わった、と勝利を確信しているのだ。
「この調子でいけば六幹部への
と、その時。立位も困難なほどの激しい揺れに見舞われた。たまらずソファーから転げ落ちてしまう。
「な、なんだ! 地震か!? ……うおあ!?」
崩れる床に身を任せ、わけもわからないまま下の階に落ちていく。そこは瓦礫の海。上手く着地することもままならず頭を強打し、アシュトンは気を失ってしまった。
‐Tales of Zero‐
第15話「意志を示して」
「……身体が、いてぇ…………って、ここはどこだ!?」
意識が回復した時。そこはもう秘密施設ではなかった。アシュトンが寝そべっているのは、清潔感漂うベッドの上なのである。
上体を起こして驚く彼の耳に、もう聞くはずではなかったであろう声が届く。
「お目覚めですか、エグゾア構成員のアシュトン君。ここはゴウゼルの宿屋の一室ですよ」
「な、なにぃ!? お前ら、あそこから脱出できたってのか!?」
「想定通りに事が運ぶと思ったら大間違いです。あなたが残したご自慢の巨人と機械兵の大群は、僕の魔術で秘密施設ごと葬って差し上げました」
微笑するジーレイを見て、表情を絶望で満たす。
そしてアシュトンの目前には、額に青筋を浮かべた俺が立ちはだかる。観念したらしく、抵抗しようとはしなかった。
「……降参だぜ。上手くいったと思ったんだがな。いや、それよりも……なんで俺は宿屋なんかにいるんだ?」
「秘密施設から脱出する際、あなたが気を失って倒れていたのを見つけて、ここまで運び込んだんです。治癒術もかけたので身体は問題ないはずですよ」
ソシアの言葉を聞いた途端、アシュトンは猛反発する。
「は? ……はあ!? ふざけんなよ、なんで助けたんだ! そんな義理なんて無えじゃねぇか! さては、俺に対する侮辱か!?」
「……それだけ叫ぶ元気があるなら、もうどこへでも行っていいぞ」
俺は、静かにそう零す。するとアシュトンはベッドから立ち上がり、挑発し始めた。
「助けた上に見逃すだと? 救世主ってのは、とんだお人好しだな。俺を逃がしたところで、きっとまたお前らを狙うぞ?」
「その時は返り討ちにすればいいだけさ」
俺は
「……おい、救世主。何がしたいんだ? 本当にエグゾアから世界を救うつもりなら『返り討ちにすればいい』なんて都合の良いこと、言ってられねぇだろうが。敵を助けるなんざ、頭おかしいとしか思えねぇよ」
……何も言い返せない。実際に俺は、自分でも何がしたいのかわからないのだ。
倒れていたアシュトンを見つけた時、救助しようと提案したのは俺だ。しかしマリナと、特にジーレイには強く反対された。しかしそれを押し切って今に至る。
助けたいという一心に駆られたのは事実だが、その決断が本当に正しかったのかと問われれば自信は無い……。
中途半端な気持ちが見え透いていたのか、アシュトンは言いたい放題である。
「いくらなんでも甘すぎるぜ。そんな覚悟でエグゾアに盾突こうなんて、とんだ大馬鹿野郎だな。その甘い覚悟が救世主の姿だとでも言うのかよ」
「それ以上、何も言うんじゃない……!」
俺はアシュトンを睨みつけるなり両手剣を引き抜き、切っ先を向けた。彼は焦って口を閉じたが平静を装い、向けられている刃をどかす。
「……ま、まあいいぜ。どう足掻こうと世界は総司令によって征服され、エグゾアのものになるんだ。お前らなんかにゃ止められねぇよ……!」
そう言い残すと、逃げるように宿屋を出ていった。俺は黙って両手剣を背の鞘に戻した。
直後、マリナとジーレイが厳しい言葉を放つ。
「ゾルク。まさかとは思うが、今後も敵を助けるつもりじゃないだろうな? 今回は大目に見るが、いちいち構っていては身がもたない。これっきりにしてもらうぞ」
「僕もマリナと同意見です。仲間の反対を押し切ってまで敵を救出しようとする、その姿勢。いつか命を落としますよ。それでも助けたければお好きにどうぞ。しかし僕達を巻き込まないでください。迷惑ですので」
「お二人とも、何もそこまで……!」
「いいんだよ、ソシア。実際に馬鹿なことやってるんだから……」
「ゾルクさん……」
――俺は何がしたいのか。
救世主として世界を救うことが一番の目的である。
しかしそのためなら、戦意を失った敵を見捨てて死なせてもいいのだろうか?
それは……俺の思い描く救世主像とは違う気がする。
生きとし生ける全ての命を救いたい、なんてことは言わない。どう考えてもそれは無理だ。
でも俺の手が届く範囲で救える命があるなら……救いたい。
大した力も持っていないけれど、そんな救世主になりたいのかもしれない。
…………そうか、そうだったのか! 俺は、ようやく自分の気持ちに気付けたのかも。
だったら決断し、実行しなくては。仲間にどう思われようとも、確固たる意志で――
胸の内で悩むのも束の間。轟音と共に、宿屋が大きく揺さぶられた。
「なんだ、この揺れは!?」
突然の出来事にマリナは動揺する。同時に外から悲鳴のようなものが聞こえてきた。
「誰かが襲われているの……!? 外に出てみましょう!」
ソシアに促され、宿屋から飛び出す。現場はそう遠くなかった。そして目にした光景は……。
「そんな!? 巨人がいます! それに、捕まっているのは……!」
「アシュトン! さっきの悲鳴は、あいつのものだったのか!」
ソシアと俺に続き、後の二人もその姿を確認した。……間違いない。巨岩に潰されたはずの、あの巨人だ。赤銅色の鉄板が所々剥がれ落ち、かなり損傷しているのが証拠である。
俺達と入れ違いになるように、就寝していたであろう住民が逃げ惑う。が、巨人は目もくれずアシュトンだけを襲っている。彼の両腕を、持ち前の二本の巨腕で握り締め続けた。
しかし巨人はアシュトンに造られたもの。彼の命令に従順だったはず。それなのにどうして創造主を襲っているのだろうか。
「完全に計算外の事態ですね。もしかすると魔術に巻き込まれた際の衝撃で暴走し、規格以上の出力を引き出してしまったのかもしれません。そう考えれば、巨岩を押しのけて地割れの中から這い上がってきたとしても不思議は無いでしょう」
ジーレイが考察する間も、巨人は怪力でアシュトンの両腕を引っ張り、引き千切ろうとしていた。アシュトンの悲痛な叫びが、夜の市民街に響き渡る。
「ぐあああああ!!」
――不思議だ。ひとたび気が付けば、決断にも実行にも迷いは生じなかったのだから。
「いっけぇ!
俺は背の両手剣を抜くなり、遠心力を利用した回転斬りを繰り出した。それは巨人の短い左足に直撃。耐えられずバランスを崩して地面に倒れる。しかし巨腕はアシュトンを放していない。
突然の俺の行動を目の当たりにし、マリナは激怒する。
「お前……! まだアシュトンを助けようとするのか!? こいつのザマは自業自得なんだ! 放っておけ!!」
「出来ないよ!!」
「なにっ……!?」
心の奥底から放たれた、決意の叫び。マリナはこれに圧倒されたようだった。会話の外にいたソシアとジーレイも同じである。
「俺、気付いたんだ。困ってる人や助けを求めてる人、命の危機にさらされてる人を放っておけないっていう気持ちに。たとえ、それが敵だったとしてもだ! ……甘いとか、お人好しとか言われてもしょうがないと思う。でも、それが俺なんだよ。だから自分の気持ちを信じて貫く!」
力の限り伝える。その間も巨人への攻撃の手は休めない。
「正しい救世主の姿なんて知らないし、わからない。ただ、世界を救うなら人も救いたいんだ。……甘っちょろい考えだし、実現できても狭い範囲でしか叶わないのは理解してる。みんなは受け入れたくないかもしれない。でも俺は……そんな救世主になるって決めたんだ! 世界を救うまで、嫌でも付き合ってもらうからな!」
ついに俺は言い切った。覚悟を決め、仲間に知らしめた瞬間だった。
……それ以降、誰も口を開こうとはしない。巨人を斬りつける金属音とアシュトンの悲鳴だけが辺りに響く。皆、幻滅したのだろうか……。
「全く。お前は本当に、度を越した馬鹿だな。目も当てられない」
声を発したのはマリナだった。その声色は重く、厳しい。やはり理解されなかったか。
……しかし、次の瞬間。ホルスターから二丁拳銃を引き抜いたかと思うと、なんと彼女は巨人の腕を狙って銃撃を開始したのだ。
「だが、それほどまでに強固な意志を示してくるならば逆に清々しい。いいだろう。その甘い理想、どこまで続けられるか見守ってやる。……もしかするとお前は、そういう特別な感性を持っているから救世主として選ばれたのかもしれないな」
「マリナ……!」
彼女だけではなかった。巨人の方向へ、地を這う風の刃が向かっていく。……ジーレイの魔術である。
「あなたの考えを易々と認めるつもりはありません。ですが……ここはあえて、その決意に騙されてみるとしましょう。もう何を言っても聞かなさそうですしね。いつの日か、僕に認めさせてみなさい」
「ジーレイも……!」
続いて、冷気を帯びた矢が巨人の右腕を氷漬けにした。
「助けられる命があるなら助けたい……その気持ちはゾルクさんと一緒です。早くアシュトンを救いましょう!」
「ソシア……! ああ! 行くぞ、みんな!!」
俺の合図と共に、一斉に攻撃を開始した。
マリナは二丁拳銃の銃身を重ね、先ほどソシアが氷漬けにした巨人の右腕を狙う。すると重なった銃口の前に、一つの大きな徹甲弾が生み出された。
「さすがソシアだ。凍っているおかげで狙いがつけやすい。……貫け、ペネトレイトカノン!」
重厚な発砲音と共に力強く突き進む、地属性の徹甲弾。それは巨人の右腕の肘関節を簡単に突き破る。これによって右腕の握力もなくなった。巨腕がゴトリと落下する音と共に、アシュトンの半身が解放されたのだ。
「左腕は僕にお任せを。……砕けなさい。スマッシュストーン」
ジーレイの簡潔な詠唱が終わると、巨人の左腕を目掛けて巨大な岩石が落下。それだけでなく岩石は四散し、胴体や頭部、背部ボイラーへの攻撃も担っていた。これまでのダメージが蓄積されていたため、巨人の左腕は胴体から簡単に分離した。
晴れてアシュトンは、完全に解放されたのであった。皆の協力のおかげで成し得た救出劇。俺は自ずと気持ちが明るくなる。
「よし! みんな、これでもう手加減は必要ないぞ!」
「お前に言われなくとも、そのつもりだ」
「ジーレイさん。私達が援護しますから、とどめをお願いします!」
「わかりました。三度目の正直です。今度こそ僕の魔術で
力無く地べたに伏せるアシュトン。彼は意識が遠のいていく中、俺達の背中を不思議そうに眺めていた。
「お前ら……どうかしてるぜ……」
普通の人間なら、自らに敵対する者が危機に陥っていても絶対に助けなどしないだろう。しかしアシュトンは助けられた。二度もである。
「まるでおかしな話だ……。これが救世主一行だ、ってのか……? ふっ……馬鹿馬鹿しい…………」
朦朧とする意識の中。彼は人生で初めての感覚に包まれ、そのまま意識を失った。
アシュトンが次に目を覚ますと、あの長い夜は終わりを告げ、朝も過ぎ、昼を迎えていた。そして彼が今いる場所は、外ではない。
「……ここは……」
「おや、ようやく気がついたようだね」
傍には、見慣れない中年の女性がいた。
アシュトンは現在、宿屋のベッドの上。俺達が彼を秘密施設から助け出した際に使用したものと、全く同じ部屋とベッドを使っている。そして女性は、この宿屋を経営する
彼の両腕は包帯とギプスで固定されており、動かそうとすると激痛が走った。
「うぅっ……!」
「ちょっとちょっと! まだ動かそうとしちゃ駄目だよ。腕の怪我が一番ひどいんだから」
彼は、そういうことは早めに伝えてほしかった、と言いたげな顔をした。
「あまりにもひどい怪我だったもんだから、あんたが眠っている内に医者を連れてきて診てもらったよ。命に別状は無いとさ。良かったねぇ」
それを聞き、ほっと胸を撫で下ろす。
「数日前の建物の被害や、ゆうべ起きた機械の巨人の騒ぎ、全部エグゾアの仕業なんだってさ。あんた、それに巻き込まれて怪我したんだろ? 災難だったね。エグゾアって得体が知れない上に、他の町でも活動してるって聞くし……ほんと困ったもんだよ」
気が滅入っている様子の女将だが、目前の青年が騒ぎの首謀者であることを知らない。
――アシュトン・アドバーレは思う。救世主を倒すためだったとはいえゴウゼルの建造物を破壊し、住民に危害を加えたのは他でもない、この自分である。だのに、その住民にのうのうと介抱されてしまったのだ。……少し、ほんの少しだが、悪の心が息苦しさを覚えた――
「泊めてもらった上に、傷の手当てまでしてくれたのか。……すまないな」
「お礼なら、あたしよりも剣士の坊や達に言っとくれ。機械の巨人を倒したのも、あんたをここに連れてきたのも、応急処置をしたのも、あんたの分の宿代を払ったのも、全部あの子達なんだから。……先を急いでるらしくてすぐ出て行っちゃって、ここにはもういないんだけどね」
「……そうなのか」
「あたしもゴウゼルに住む人間として、ちゃんとお礼を言っておきたかったよ。あんた、アシュトンっていうんだってね。次にあの子達に会ったら、ちゃんとお礼を言っとくんだよ?」
女将は喋り終えると、「具合が良くなるまではここに居な」と言い残し、部屋を出て行った。
ふと、アシュトンは不可解な点に気付く。自分はエグゾアの戦闘服を着ていたはず。それなのに何故、女将は正体に気付かなかったのか、と。慌てて服を確認する。……すると答えはすぐに見つかった。服の左袖が、肩の部分から丸々なくなっていたのだ。
「あいつら、俺のためにこんなことまで……」
エグゾアエンブレムが入った左袖さえ無ければ、後はどうとでも誤魔化せるはず。俺達はそう考え、意図的に破っておいたのだ。
「結局、最後の最後まで救世主達の世話になっちまったのか……。どこまでお人好しなんだ。甘すぎるっつーんだよ。ったくよぉ……」
そう言って溜め息をつき、アシュトンは目を閉じる。
この時。彼は気付いていなかったが少し……ほんの少しだけ、口元から笑みが零れていた。