モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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セキエイに続く日常 24-摂理 ②

「モモナリが入っていきましたよ」

 カントー・ジョウトリーグチャンピオンにして、ドラゴンつかいの一族の有力者の一人であるワタルは、ポケモンレンジャーのトシカズの言葉に愕然としていた。

 トキワの森に現れたドラゴンへの対抗策として、彼はこれ以上無い人材であり専門家だった。ポケモンレンジャー達がすぐさまワタルへの協力を要請したのは素晴らしい判断だったと言えるだろう。

 そのドラゴンがおそらくオノノクスであるという事から、ワタルは事態の重大性を理解しており、彼はイッシュのドラゴン使いの一族と連絡を取りながら、削れるだけのスケジュールをすべて削ってニビを訪れた。

 それ故にレンジャー側も相当ピリついているだろうと思っていたのに、開口一番がこれとは。

「どうして止めなかった」

 腕組みをしたまま、ワタルはトシカズに、少し批判的なニュアンスを込めて問うた。その無謀さを、もちろん彼も理解している。

 トシカズは多少落ち込んだ風を見せたが、今度は逆に開き直ったように両手を上げて答える。

「俺たちにどうやって止めろと言うんです」

 人を喰ったような返答だったが、確かにそうだなとワタルは呆れた。

 モモナリの事はよく知っている。文句のつけようがない経歴と、あのキクコが一目置くほどの才能を持ちながら、リーグで停滞を続け、行く先々でトラブルを起こし続ける男。

 リーグの階級は違えど、ワタルは一度、シルフトーナメントでモモナリと対戦したことがある。いつも彼が格下のトレーナー相手にするような戦い方では勝ちきれない相手だった。それを、実力者集団とは言え、ポケモンレンジャーが止めるのは困難だろう。生まれ持った才能を、そのように使うトレーナーだ。

「つい先程までは、戦っていたようです」

 森の外まで響くような地響きを、彼等は感じていた。

「今は随分静かですが」

 その後にある含み、モモナリの安否を気遣う様子をトシカズは見せるが、ワタルは鼻でそれを笑う。

「負けるなんてことはありえないだろう。だが、問題はその先だな」

 ワタルは時刻を指定し、それまでに戻ってこなければ、オノノクスを制圧するよりも近隣住民を避難させることを考えるように彼等に伝えると、ゲートを潜って森のなかに消えた。

 

 

 

 

 オノノクスを従えながらトキワの森を散策していたモモナリは、早くもオノノクスの癖のようなものを見極め始めていた。

 彼は、何かを思うと、まずはモモナリの、トレーナーの機嫌を伺う悪癖があるようだった。それは何か強力なポケモンとそのトレーナーに支配されていたポケモンが持つ特徴で、モモナリの手持ち達には無い悪癖だ。その悪癖によって生まれる思い切りの悪さ、一歩目の遅れを、彼は極端に嫌うからだ。

 しかし、モモナリはその悪癖を矯正できる自信があった。大事なのは信頼関係、一方的な支配ではなく、共生共存の関係であることをお互いが認識し、それぞれが持ち得る力を最大限に発揮することこそが最も戦いを楽しむ方法であることを彼は知っていたし、彼等の手持ちにもそれを伝え続けてきた。

 今はまだその悪癖を自身の目と頭でカバーする段階、じっくりと時間をかければ、オノノクスは必ず自分たちの仲間になるだろう。

 そう考えていた時、オノノクスの歩みがピタリと止まり、顔を上げていることにモモナリが気づく。

「人か」

 オノノクスほどのポケモンが、いまさらトキワの森にいるようなポケモンに警戒を見せるとは考えられない、そう考えれば自然とその答えになる。自分以外の人間が、今この森にいる。

 やがて人が草むらを踏みながら近づいてくる音がモモナリの耳にも聞こえてきた。だがそれはレンジャーではない、レンジャーであるならば、もう少しバレないように近づくだろう。

「楽しみだな」

 今この森に入ることが出来るのは、レンジャーに認められた、あるいはレンジャーを振り切る実力を持ったトレーナーかポケモンのみ。

「いい日だな」

 彼はその場に座り込み、下手くそな口笛を吹いた。一刻も早く、それと出会いたかった。

 

 

 

 目の前に立つトレーナー、ワタルを見据えて「なるほど」と、モモナリは笑顔で呟いた。

「確かに、専門家としてあんた以上のトレーナーはいねえ」

 ワタルは、モモナリがまだ生きている事自体にはそれほど驚かなかったが、彼がすでにオノノクスを従える段階になっていることには驚いていた。

「あんたの仕事はねえ」

 モモナリはオノノクスを指さしながら言う。

「このとおりだからな」

 勝ち誇るように笑うモモナリに、ワタルは「その点に関しては礼を言う」と一つおいてから、首を振ってモモナリの言葉を否定する。

「そのオノノクスをこちらに引き渡してもらいたい」

「それは無理だな、もうこいつは俺のパートナーの一人だ」

「そうはいかない、そのポケモンは、人間と共に生きることが出来ない」

 ワタルの言葉に、モモナリは跳ね上がるように反応して返す。

「どうして、元々はトレーナーのポケモンなのに」

 モモナリがすでにそれを見抜いていることに、ワタルは一瞬言葉を失った。どう考えても、モモナリとイッシュのドラゴン使いとのパイプがあるわけがない、第一、知性をそのように使うタイプの人間ではないだろう。

「何故それを知っている」

 ワタルの問いに、モモナリは特に何かを誇るでもなく、いかにも当然といった風に答える。

「そんなことくらい、戦えばわかる。ただの野生のポケモンが、『くさむすび』や『アクアテール』を使いこなせるはずがないし、それが出来ることを知っているとも思えないしね」

 ワタルがそれに反応するより先にモモナリはさらに続ける。

「だけど、ポケモンとの関係を作れてもいなければ、覚えさせている技は無駄に多彩な攻撃技だけ。前のやつはあまりにもしょーもないトレーナーだね、だからポケモンを捨てることになる」

 ワタルは、モモナリのポケモンに対する観察眼に舌を巻いていた。ただ一点を除いて、そのオノノクスがおかれていた状況をすべて見抜いている。

 だがワタルは、ドラゴンつかいとしての経験と人脈のあるワタルは、モモナリの知らないただ一点の情報を知っていた。

「そのポケモンの境遇は、おおよそ君の想像するとおりだ」

 モモナリが頷くのを見て続ける。

「だが、それでもそのポケモンはこちらが引き取らせてもらう。そのポケモンは、人間と信頼関係を構築することが出来ない。彼を救うことが出来るのは、ドラゴンの専門家である我々だけだ」

 ワタルはその理由を説明しようと言葉を続けようとしたが、モモナリがそれを遮った。

「あんたらに出来て俺に出来ねえわけがねえだろうが。こいつは俺が責任を持って仲間にする、ゴミのようなトレーナーのケツは、同じトレーナーが拭く。それが筋だろう」 

 己の才能に対する絶対的な自信と、彼なりのトレーナーとしての矜持が見える言葉だった。

 ワタルが、これからそれを否定する言葉を言わなければならない後ろめたさを飲み込むより先に、モモナリは一歩下がって、ワタルと距離を作る。

「それでもこいつを引き取るというのなら、俺から奪うしか無い。法律やら条例やらを引き出すより手っ取り早くて、俺は楽しい。これ以上の方法はねえだろう」

 確かにそれは手っ取り早い方法だった。例えば法律のような社会性を持ったシステムをモモナリに提示したところで彼はそれに従いはするかもしれないが、納得はしない。

 それに、戦いは、そのオノノクスの問題点を浮き彫りにする方法の一つでもあった。

 同じく下がってモモナリと距離を作り、ボールからカイリューを繰り出しながら、ワタルは思う。あわよくば、全力で戦った自分にモモナリが勝利する展開を望みたいとすら思う。それが出来るのならば、彼にとってもそれが一番いいに決まっている。

 だが、それは無理、それは無理なのだ。

 繰り出されたカイリューは、ワタルの指示によって地面に降り立ち、両足で地面を踏み鳴らした。

 対するモモナリもポケモンを入れ替える素振りはない、彼はオノノクスと自らの力をワタルに示そうとしているのだ。

 それぞれのコンビはお互いにジリジリと間合いを調整しながらにらみ合うだけで、技を打つ気配がない。

 それは、オノノクスの特性によるものが大きい。

 彼の特性『かたやぶり』は相手の特性を無視して攻撃することが出来る、ワタルのカイリューは特殊な特性『マルチスケイル』でリーグ戦などではタフに立ち回るが、それを無視されるとなると、オノノクスの攻撃性を考えれば一撃で仕留められる可能性もある。だからうかつには動けない。

 対するモモナリも、一方的に攻撃すればそれでいいのかと言えばそうではない、オノノクスはカイリューよりも俊敏に動けるが、オノノクスの悪癖を考えればそう簡単な話でもない。カイリューもまた、オノノクスを一撃で沈めることが出来る力を持っているからだ。

 その間にも、カイリューはジリジリと歩を進めてオノノクスとの距離を詰める。モモナリはそれが自らにプレッシャーをかけるワタルの駆け引きだとわかってはいるが、その意図が読めない。背後のスペースは十分すぎるほどにあるし、そのようなプレッシャーで今更潰されることはない、小さな戦略を積み重ねることがトップトレーナーの強さだと考えることが出来るかもしれないが、その行動の優先順位は低いようにも思う。

 モモナリは気づいていない。ワタルとカイリューがその小さな歩みでプレッシャーをかけようとしているのは、モモナリではなく、オノノクスの方。

 しばらくそれが続いた後に、カイリューがピクリと動く。

 モモナリはそれを見逃さず、「『ダブルチョップ』!」と、用意していた戦術を叫ぶ。

 だが、オノノクスはそれに従わなかった。彼はカイリューに向かって『げきりん』で突っ込んでいく。

 プレッシャーをかけられ続けたオノノクスは、カイリューを一撃で沈めることを望んでいた。それには『ダブルチョップ』では足りない。

 振り下ろされた爪が、カイリューを捉えたように見えた、だが、その『みがわり』はかき消される。指示に従わなかったオノノクスの遅れが、カイリューにそれを作り出すスキを生んでいた。

 モモナリは愕然としていた、彼はカイリューが様子見の『みがわり』を打ってくるかもしれないことを読んでおり、それを見越しての『ダブルチョップ』だったのだ。その技で身代わりを消滅させることで、相手の体力を削りより優位に立つ。しかしオノノクスは指示を無視して暴発した。

 あり得ないことだった、指示が通らなかったわけでもなければ、オノノクスが呆けていたわけでもない。未熟なトレーナーならば言うことを聞かないこともあるかもしれないが、バッジをコンプリートする実力のあるトレーナーにはまず起こらない。

 そして、オノノクスの『げきりん』の暴発は非常に問題がある。こうなってしまえば自分の指示が意味をなさなくなる上に、ワタルほどの実力者ならば、それを容易にさばくだろう。

 どうして暴発した、何故自分を信頼しない。

 ワタルはその理由を知っている、そして、彼はそれが虚しくてたまらない。

 もしモモナリの指示通りオノノクスが『ダブルチョップ』を打っていたならば、より苦しい状況になっていただろう。

 サイドを取ったカイリューを、オノノクスの優れた動体視力は捉えている。彼は『げきりん』の勢いをそのままに、再びカイリューに腕を振り下ろす。

「『まもる』」

 モモナリたちとは対照的に、カイリューはワタルの指示を淀み無く実行し、腕を交差させて爪を受ける。肉が裂ける音と、地面が踏みしめられる音が響いたが、カイリューはダメージを逃してみせた。

 その二回の攻撃で力を使い切ったオノノクスは、目の前の敵がまだ倒れていないことに混乱し、息を切らしながら、自身の置かれた状況に絶望していた。

 その時、トレーナーであるモモナリを頼るような思考を持っていれば、あるいはまだ戦えたかもしれない。

 だが、オノノクスはそのようなことを考えもしなかった。彼はその時すでに、人間と共に戦うことを捨てていた。

 混乱する彼の視界に入ったのは、トレーナーであるはずのモモナリだった。

 もはや彼に理性はない、彼は雄叫びを上げながら、モモナリに襲いかかる。人間は仲間ではない、人間は敵だった。

 オノノクスが見たのは、モモナリの悲しげな表情だった。

「『さいみんじゅつ』」

 その声と共に現れたゴルダックが、頭部の宝石を光らせてオノノクスに念波を飛ばす。

 百戦錬磨のゴルダックのその攻撃は、オノノクスに自らが眠りつつあることを気づかせないほどに強力で、彼は気を失うように、再び地面に突っ伏した。

 

 

 

 

 モモナリは、眠ったオノノクスが入っているモンスターボールを、黙ってワタルに差し出した。

 その表情には、動揺が見て取れる。

 自らが選んだポケモンが、自分に牙を向けるという経験に面食らっていた。経験もなければ、想像もできない、彼のトレーナーとしてのプライドを根本から揺さぶる出来事だった。

「仕方のないことだ」と、ワタルはそのボールを受け取りながら彼をなだめる。

「おかしいだろ」

 モモナリは頭を振りながら答える。

「元々はトレーナーのポケモンだったはずなのに」

「このオノノクスは、生い立ちに問題があった」

 ワタルは自分が知っている情報をモモナリに話す。

「君の推測は殆ど当たっている。このポケモンの前の持ち主はトレーナーであるし、実力に疑問符のつくトレーナーでもあった。だが、それよりももっと過酷な過去がある」

 モモナリは、その答えを求める視線をワタルに送る。

「このポケモンは、進化前の段階で、虐待に近い調教を受けていた可能性がある。このポケモンにとって、人間は恐怖の対象であり、敵だ。君がどれだけ優れたトレーナーであっても、人間を信頼することは生涯無いだろう」

 モモナリは、ワタルの手にあるボールを眺めた。無理と言われても、それを成すことが出来なかった自分が憎らしく、恥ずかしい。

「じゃあ、そいつはどうするんだ」

 モモナリの頭の中には、最悪の選択肢があった。人間が、トレーナーがポケモンに対して取ることの出来る最悪の選択、自然の摂理に反する傲慢で非道な選択が。

 モモナリのそのような考えをワタルも理解していたのだろう。彼は首を振ってそれを否定してから答える。

「このオノノクスは、今後限られた人間しか足を踏み入れないドラゴンの生息地に連れていき、そこで一生を過ごす。人間を視界に入れさえしなければ、彼は強く、優しく、尊厳のあるドラゴンなんだ」

 なるほど、と、モモナリは頷いた。確かにそれならば彼は人間と向き合わずにすむし、ドラゴンつかいの一族にしか出来ない解決法でもある。

 しかし、と、モモナリは俯く。

「納得はできねえな、一匹のポケモンの生涯を、ヘボトレーナーが決めちまうなんてな」

「それには俺も同感だ。だが、優れたトレーナーや育成スタッフが、上手くドラゴンを育てていることもまた事実」

「わからねえな、そんなことをしてまでドラゴンを手持ちに加えたい気持ちがわからねえよ。身の丈ってものがわからねえのかね」

「同感だ、俺にもそれはわからない」

 ふう、と、モモナリはため息をつく。

「こいつには、この未来しかなかったのかなあ」

「そんな事はない」と、ワタルは強くそれを否定した。

「彼を変えたのは人間だ、出会いによっては、チャンピオンの横に立つポケモンであったかもしれない。例えば君のような優れたトレーナーと出会っていれば、また違う未来があったはずだ」

 もし、まだドラゴンに興味があるのなら。と、ワタルは続けようとしたが、モモナリは気分を変えるように一つ跳ねるように顔をあげるとワタルに背を向ける。

「いや、もう萎えた。ドラゴンとは、当分出会いたくねえ」

 鼻を啜り上げ、顔をこすりながら、モモナリはその場を去った。




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