モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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セキエイに続く日常 126-ドル箱スター誕生 ②

 会場を埋め尽くしていたファン達は、目の前の光景が信じられないでいた。

 勝負を決めたポケモン、アーボックを引き寄せて、その牙の届かぬ首筋を鱗の方向にそってワシワシと擦るように撫でるモモナリの姿に、ブーイングを飛ばすこともすっかりと忘れていた。気に入らない相手にブーイングを飛ばせるだけの心理的な余裕が無くなっていた。

 まさに、完勝、と呼ぶしか無い試合だった。ホームのカントー地方ではどれほどの知名度かはしらないが、少なくともイッシュ地方では全くの無名トレーナーであるはずのモモナリが、イッシュ地方でもアイリスに次ぐ若手有望株、来期からAリーグに参戦するトップトレーナージャクソンに完勝したという事実は、もうしばらく彼らを放心させるだけの威力があった。

 ファン達の中には、もちろん少しばかり戦いというものを理解しているものも何割かいて、トレーナーとトレーナーが死力を尽くして戦っている以上そこには何時『紛れ』が発生してもおかしくないことを知っていた。しかし、それを理解していてもなお、ジャクソンの敗北は彼らをも動揺させるだけの内容だった。

 モモナリ側のパーティには殆どダメージが無いように見えた、手持ちの六体の内、戦闘不能になったポケモンは一体も居ない。勝ち抜き戦であることを考えれば、イッシュ側から見ればそれは大きな損失、カントー・ジョウト側から見れば大きなアドバンテージだが、そんな戦略的発想は、まだ彼らの脳裏に浮かんでいなかった。

 そんなことがありえるのか。とファン達は思っていた。地方の中でもトップクラスのトレーナー同士が戦い、片方は全滅、片方はほぼ損害なし、そんなことがありえるのかと。

 そして、そのような完勝をしておきながら、特に何かをアピールするわけでもなく、マイペースにポケモンを撫で続けるモモナリに、イッシュのファン達も少しずつ気づき始めていた。

 この男は、少しおかしい、と。

 

「すごい」

 クロセはモニターを食い入る様に見つめながら、短くそう呟いた。

 対戦相手のトレーナー、ジャクソンは、決して弱いトレーナーのようには見えなかった。豪快な素振りを見せながらも、優れた観察力と判断力で戦局をコントロール出来るだけの実力があるトレーナーだとクロセはジャクソンを分析していた。

 しかし、その対戦において、モモナリはジャクソンを見事にコントロールしてみせた、その結果は圧倒的大差による完勝。

「おかしい、ジャクソンは格だけで言えばモモナリよりも格上、相対的な実力も引けをとらないと思うのだが」

 オークボは首をひねった。もちろん、カントー・ジョウト選抜のメンバーであるモモナリの勝利は嬉しい、ポケモン達の体力を有り余らせているのも、非常に大きなアドバンテージになるだろう。だがそれ以上に、ここまでの完勝に違和感を覚えていた。

 イッシュの言葉を理解できるオークボは、もちろんイッシュリーグの情勢についても詳しい、ジャクソンというトレーナーはここ数年ならば間違いなくイッシュトップクラスの勢いを持ったトレーナーだった。もちろんこの試合においても、ジャクソン側が手を抜いていたとか、そんな雰囲気は見えなかった。

 いかにモモナリが才気あふれるトレーナーといえども、ここまでの完勝がありえるのだろうか。

「彼は欲を出しすぎた」

 イツキの言葉に、ワタルとキリューは頷くことによって同意を示し、クロセとオークボは振り返ることによって説明を求めた。

「この試合、あのジャクソンというトレーナーは、モモナリを『上回ろう』としていた」

「上回る」

 上回ると言う単語に疑問を感じたオークボがそう呟き、さらなる説明を求めた。

「単純な勝ち、つまり状況や過程に拘らずに勝ちという結果だけを求めれば、あのトレーナーの実力ならばそれができたかもしれない。だが、彼は若さゆえかモモナリの才能そのものを上から叩き潰そうとした」

「こっちのリーグでもよく若手がやらかすんだ」とキリューがそれに付け加える。

「あいつの才能をどこかで認めながら、それでもその上を行こうとする。その結果があれだ、読まれ、かわされ、自滅する」

「それでも最後までモモナリの才能を乗り越えようとしたその胆力は立派だった」

 ワタルが力強くジャクソンをフォローする。だが、イツキがそれを否定した。

「個人として考えれば立派だけど、団体戦として考えると愚かとしか言いようが無い。何もあそこまで固執する必要なんて無いだろうに」

 確かに、と皆が頷いた。

「あの」と、クロセが手を挙げる。

「モモナリさんの才能って、その」

 そこで言葉を区切ってぐっと黙りこんだ、これからする質問が、リーグトレーナー達にとって非常に失礼なものであることを理解し、言葉を選ぼうとした。

「真正面から乗り越えようとすることが、そんなに難しいものなんスか」

 クロセの予想通り、リーグトレーナーの三人はその質問に静まり返った。頭で理解していても、いざ言い切るとなると、色々なものが邪魔をする。

 しばらく気まずい沈黙が流れたが、キリューが「俺は諦めてるよ」と沈黙を割いた。

「一回の試合の中で何度かは、判断力や直感のような『天から授けられたもの』を競うような瞬間が出てくる。俺はモモナリとの試合では、そういうものを極力排除するようにしているし、そうなってしまった時には、その瞬間では負けることを前提に考えてるよ」

 キリューはニヤッと笑って続ける。

「その瞬間は悔しくても、別の部分をキッチリとしてればモモナリには勝てる。勝ちゃあいいんだ、勝ちゃあな」

「へえ、そうなんスか」とクロセは目を大きくした。そして再びモニタに目を移し、対戦相手を待つモモナリをじっと見つめた。

 

 

 

 

「さて、ここからどうしたら良いものか」

 イッシュリーグ選抜控室、リーダー役のギーマは、冷静にそう呟いた。

 いま目の前のモニターの中で起こったことに動揺が全く無いわけではない、しかし、全くの予想外というわけでもなかった。

 カントー・ジョウトリーグ選抜の『ジョーカー』として警戒していた男、何が起こってもおかしくないと覚悟は決めていたのだ。

 しかし、モモナリによって引き起こされた、控室の異常には、早急に対応せねばならなかった。

 レンブが、ギーマにアピールするかのように、大きな動きでこれ見よがしにウォームアップを進めていた。それが当初の予定通りの行動ならば、入念な調整として評価できるだろう。だが、ギーマはそれを渋い顔で眺めていた。

「ミーティングでは、この状況ならシキミが二番手のはずだっただろう」

 名前を呼ばれたシキミは、うーん、と困ったような小さい唸り声を上げてから、アイリスと笑いあった。

 一番手のジャクソンが一番手のモモナリに敗れる、それはもちろんこの四人の中でも想定されていた状況だった。そして、ソウリュウシティでのミーティングでは、そうなった場合の二番手はシキミが最適だと言う話になっていた。

 二番手がシキミならば、直線型のバトルを好むキリューは選出しづらい、得意なタイプの相性的にイツキも選出しづらいとなれば、二番手としてワタルを引きずり出すことが出来る。そのワタルをシキミとギーマの二人がかりで確実に倒せば、あとに残るのはキリューとイツキ、レンブならば、その二人でも何とかすることが出来るだろう。と言う見立てだった。

 ところが、ジャクソンとモモナリの試合を見て、レンブがこうなってしまった。「次は私に行かせろ」と主張していることは誰の目にも明らかだった。

 ピタリ、と残心を取ったのち、ふう、と息を吐いたレンブは、ギーマの言葉に答える。

「今、この試合を見るまで、私は師匠の言葉を真剣に受け止めてはいなかった。戦いに飢え、それでいて勝利を欲していないなど、あり得るわけがないと。不遜な若者を諭すために使われる説法、都合の良い話にすぎないと心の何処かで思っていた。だがあの男、確かに戦いそのものに喜びを感じ、生きているように見える」

 彼は自らを律するように沈黙し、続ける。

「『勝利を欲すれば強きは無し』師匠がいつも私に語っていた事だ。勝利を欲するということは敗北を拒むこと、その先に強きの道は存在せず、勝利のために全てを捨てた骸がただ蠢くのみ。我侭であることは全て承知の上で、私はあのトレーナーと戦ってみたい」

 こうなったレンブが厄介なことは、付き合いの長いギーマがよく知っている。ちらりとシキミを見やると、彼女は笑って「私はどちらでも」と言う風なジェスチャーを取った。それは全てが善意からくるものではない、この状況を面白がっている部分も多少あるなとギーマは思った。

 ギーマは、長く大きいため息を付いた。もはやレンブを引き止める理由が存在しないような気がしていた。

「好きにしろ。どうせ責任は私が取るんだ」

 

「本当に、厄介で面倒くさい奴らだ」

 控室を飛び出したレンブを思い出しながら、ギーマは呟いた。

「レンブさんは強いから、きっと大丈夫」

 アイリスが明るくそう言ったが、ギーマはから笑いして「どうだかね、あの調子だと団体のことなんかこれっぽっちも考えない自分達だけのバトルをするような気がするけど」と返し、さて、と控室の扉を開いた。

「そんじゃ、厄介で面倒くさいもう一人の方をなんとかしに行くかね」

 

 

 

 

「それじゃ冷えるのは頭だけだぞ」

 ポケモンワールドトーナメント会場、イッシュリーグ選抜側トイレ。

 洗面台に頭を突っ込み蛇口からの水でブロンドの長髪を濡らしていたジャクソンに、ギーマはそう語りかけた。

 彼はギーマに気づくと「ほっとけよ」と長髪をかきあげた、目は赤く腫れ、その長髪を水が伝ったのだろうか、体全身がずぶ濡れだった。

「自己中心的な考えでチームに迷惑をかけた男の言うことを聞くと思うか」

「悪かったな、弱くてよ」

 これは相当に参っているな、とギーマは思った。今ここにいるのが自分だけだとしても、そのようにわかりやすい憎まれ口を叩くほどジャクソンは愚かなトレーナーではない。どうすれば自らの華を効率よく他人に見せつけることが出来るのかということをよくわかっている男だったからだ。その男が、自分を苛立たせてこの場から去らせる事が目的とはいえ、自らを弱いと断言するとは。

「らしくないな。そんなわかりやすいことを言うなんて」

「らしいもらしくないも、この姿を見られている時点でカッコつけようなんて思ってねえよ」

 確かにな、とギーマは同意した。内ポケットから白いハンカチを取り出して、ジャクソンに差し出す。

 彼はどれだけに荒く対応してもギーマがこの場を去らないだろうと言うことを悟り、素直にそれを受け取った。

「次はレンブが行った。どうなると思う」

 ジャクソンの観察力を信頼した問いだった。しかし彼は首を横に振って「わからねえ」と答える。

「俺はいまだに信じられねんだ、俺は奴をぶっ潰すつもりだった。すべての面で奴の上を行き、二度と立ち直れないほどの格付けをしようとしていた。だが、奴の『限界』を最後の最後まで掴めなかった。奴の戦いには欲がねえんだ」

「それでも最後まで戦い方を変えなかったのは、恐怖からか」

 ギーマの言葉に、ジャクソンはハッとしたように彼の顔を見た。そして、顔を紅潮させて、彼から目線を外した。その感情を他人から指摘されたことが、悔しくてたまらなかったのだろう。

「なるほどな、そう言われりゃ、そうとしか考えられねえ」

 自らの足で立っていることすら煩わしいと言った風に、壁にその体重を預ける。グチャリ、という音が聞こえてくるようだった。

「確かに、俺は奴が怖かったのかもしれねえ。いや、きっと怖かったんだろう。無様に負けるかもしれない恥よりも、何も見えない恐怖のほうが上回っていたんだろうな」

 ハハ、と小さく笑う。

「その結果がこれか、最後の最後まで奴の『限界』は見えず、手も足も出ずに敗北」

 それは、彼が今まで積み重ねてきたものの崩壊を意味していた。このエキシビションの勝敗にかかわらず、彼の敗北は恥ずべき汚点としてファンの心に残りづつけるに違いない。

 だが、ギーマの不安はそんな小さなことではない、ファンの反応など大した問題では無い、戦う事自体にそんな事は大した関係がない。問題なのは、この試合がターニングポイントとなり、ジャクソンのトレーナーとしての人生が大きく狂うかもしれないということだった。自らの将来の楽しみとしても、彼が落ちぶれるのは避けたかった。

「ギャンブルで、確実に勝つ方法を知ってるか」

 全く関係のない話題に、ジャクソンはギーマを睨みつけた。どう展開させるつもりなのかは分からないが、とりあえず黙ってその続きを促した。

「負けるたびに、その負けた金額の倍賭ければ良いのさ、そうすれば、いつか勝った時に、必ず儲けることが出来る」

 実績のあるギャンブラーらしくない、いかにも頭の悪そうな理屈だった。ジャクソンは顔をしかめて「それ本気で言ってんのか」と声を上げる。

「本気も何も、それが理屈だ。ただ、ギャンブラー側はいつか訪れるかもしれない限界を恐れて手を出さず、カジノ側もそれを恐れていくつも対策をしているのだけどね」

「だとしても、それに何の意味があるんだよ」

「失ったプライドは、次の試合で取り戻せばいい、辞めないかぎり、いつかプライドは取り返せる」

 ふん、とジャクソンは鼻で笑った。

「いかにも、って感じの綺麗事だな」

「そうだな、私も初めて聞いた時にはそう思ったよ。ところが、これが結構私達の生き方にハマってるんだ」

 ギーマの口ぶりに、ジャクソンは彼の過去を思った。きっと彼も今の自分と同じように敗北によってプライドを失い、そして、取り戻したのだろう。

 経験者にそう言われてしまっては、もう何も言い返すことはなかった。自分に当てはまるかどうかはともかくとして、それは一つの道であるのだろう。

「で」とジャクソンが質問を切り出す。

「俺に次はあるのかい」

「それは君次第だよ、私がもう少し自由な事ができる立場なら、手助けの一つはできたかもしれないがね」

「まったく、無責任だな」

「そうとも、だが、常に最良の勝負を求めることをやめてしまえば、その道はないだろうね」

 ニッコリ笑うギーマに、ジャクソンも軽く笑いを返し「ま、考えとくよ」と手を振った。

「それじゃあ、控室に戻ろう、皆心配している。最も、君のプライドを尊重して、無理強いはしないけどね」

 ジャクソンはすこしばかり考えてから、苦笑いしてそれを断った。

「やめとくよ、こんな姿シキミさんには見せられねえから」

 ギーマは、その言葉を瞬間的にはジャクソンのプライドを尊重して受け取ったが、やがて何かを思い出して、声を出して笑ってしまった。

「いや、シキミは男のそういう姿、意外と好きな方だぞ」

「ほっとけよ」と叫ぶジャクソンの声を背に受けながら、ギーマはその場を後にした。

 

 

 

 

 モモナリ対レンブの一戦はお互いが死力を尽くし合う壮絶なものとなっていた。

 モモナリは二戦目の不利を全く感じさせない集中力でポケモン達に的確な指示を出し、対するレンブもパワフルかつ冷静に試合を運ぶ。その戦いぶりは、会場中に漂っていた一戦目のショックを吹き飛ばすのに十分だった。

 一進一退となったこの試合は、お互いラストの一匹にまでもつれ込んだ。

「『マッハパンチ』」

 ローブシンの右拳が、ゴルダックを捉えた。撹乱に回るゴルダックを素早く、それでいて確実に捉えることのできる選択だった。

 強い男だ、とレンブはモモナリを評価していた。十分な才能を持ち、観察力豊かで、一瞬の判断力も優れている。

 それでいて、何処か掴みどころのない男だとも思っていた。

 勝ちを急ぎ、前のめりになった相手の、その力を利用してカウンターを打ち込む。それはレンブがここまでの実績を築いた骨子となる戦術の一つだった。

 勝ちを急げば、必ずや力みが生まれる、武術の経験豊かな彼の独特の試合勘だった。

 だが、このモモナリと言う男は、その力みがいつまでたっても見えない。『勝ちに飢えない男』と彼を評していた師匠アデクの言葉が脳内を木霊した。あの時、勝つことに囚われつつあった自らの対の存在がそこにいるように見えた。

 なぜこの男が下部リーグなのだ、とレンブは思った。

 なぜこれほどの才気と達観した感覚を持っている男が、下位リーグで溺れているんだ。

 この男は強い、だが、この男は決して強いトレーナーではない。その差は何だ、このギャップを埋める答えはどこにある。勝ちに溺れぬことはそれすなわち強さではないのか。

 レンブの苦悶によって生まれたその一瞬の思考の空白は、ローブシンが『マッハパンチ』をゴルダックに打ち込んだ際に仕掛けられた『さいみんじゅつ』によって、足元を微妙にふらつかせていることに気付くのをほんの僅か一瞬だけ、遅らせていた。

 

 

 

 

 ワールドトーナメント会場は、まさに爆発寸前といった雰囲気だった。

 無理も無いだろう、カントー・ジョウトリーグ選抜の、それも最も格下であるはずのモモナリに、来期Aリーガーのジャクソン、Aリーガーのレンブの二名が、ことごとく突破されたからだ。その気持を考えれば、何も不思議なことではない。

 対戦場に向かうギーマに、殆ど怒号に近い歓声が送られていた。それはポジティブなものばかりではなかった。いい加減にしろと、イッシュ選抜のリーダーでもある彼に向けられたハッキリとした批判も幾つかあった。

「まあ、責任を取るといったのは私だからね」

 そう呟いても、それが観客に届くことはなかった、彼はその状況が可笑しかったのか、少し微笑みを浮かべながら歩く。

 すまない、と深く頭を下げたレンブを責める気にもなれなければ、ずぶ濡れになっていたジャクソンを責める気にもならない。

 それが彼らのトレーナーとしての本能ならば、それを信じて送り出したのはリーダーである自分の甘さ。冷徹に事を進めなかった自分に責任があると本気でそう思っていた。ならば、多少の汚れ役は自らの仕事である。

 対戦場の向かい側に、モモナリとゴルダックが見えた。どちらも消耗し、息も荒い。対戦中はポケモンの第三の目となり、脳内で知識と経験を高速に取捨選択しなければならないトレーナーは、そのレベルが高くなればなるほど対戦で体力を使う。

 こっちのトップトレーナーを二人抜いただけでもとんでもないことだ、とギーマは感心していた、たとえそれが才能からなる本能的な動きであったとしても。

「はじめまして、ドル箱スター」

 どうせ聞こえやしないのだ、とギーマはモモナリにそうつぶやいて意味ありげにお辞儀をした。

 つい何時間ほど前まではこの地方で全くの無名であったこのトレーナーは、今やイッシュでもトップクラスに『金を集められる』トレーナーになった。モモナリがどう思うかは知らないが、明日からはイッシュで引っ張りだこのトレーナーになるだろう。それはこの試合の結果に関わらない。

 モモナリの残りがゴルダック一匹なのに対し、ギーマ側はもちろんフルメンバー、もはや負けることは考えづらく、如何にして勝つか、が重要だった。

「こっちもこのまま負けるわけにはいかないんでね」と、彼はボールからレパルダスを繰り出す。

 会場からは困惑の声が上がった、ギーマのレパルダスは決して弱いポケモンではないが、特殊な特性『いたずらごころ』を武器に補助技で戦況をかき回すのが主な役割で、もうひと押しで勝てると言う今のような状況にはふさわしくないように思えた。

「もう十分暴れたろ、ちょっとだけ、地獄みてもらうよ」

 

 

 

 

 『ねこだまし』を警戒したゴルダックの『まもる』を無視して、レパルダスが『つめとぎ』を選択した時から、カントー・ジョウト選抜の控室は、妙な空気を感じていた。

 モモナリの手持ちが消耗しているゴルダック一匹な以上『ねこだまし』を撃たないという選択は殆ど考えられない、たとえ『まもる』をされたとしても、それは特にデメリットではないからだ。

 まして言えば『つめとぎ』の選択は百害あって一利なしと言い切っていい選択だった。

 団体戦と言う試合形式上、モモナリは本来ならば無理をして勝ちに行く必要など一つもない、一か八かで『ハイドロポンプ』や『アクアジェット』の選択肢も十分に考えられるし、次のトレーナーのことを考えて補助技などを敢行してくる可能性もある。しかもモモナリは先程のレンブ戦で『さいみんじゅつ』を見せているにもかかわらずである。

「さすがギーマ、モモナリと言うトレーナーの『本質』をよく理解している」とイツキが分析したとおり、ギーマはモモナリのトレーナーとしての才能を最大限に評価したうえで立ちまわっていた。

 モモナリは、このエキシビションが『団体戦』であることなど欠片も考えていないだろう、とギーマは思っていた。

 良く言えば一匹狼、悪く言えば独りよがり、笑顔と人当たりに騙されてはならない。この男のトレーナーとしての『本質』は自惚れと究極的なエゴイストである事だとギーマは分析していた。肌がひりつくような勝負を求め続け、それでいて何時までたっても満たされることはない。それほどの執着を見せておきながらも負けて狂うことがないのは、ひとえにその自惚れが故、凡人が負けて感じるような悔しさや焦燥感を、この男は感じることがないのだろう。才能に愛され、今勝つことの重要性がわかっていないだろうから。

 そして、それを咎めるトレーナーがこれまでに居なかったのだろう、ただの勝利ではこの男の自惚れを覚ませることはできない、圧倒的な才能の差を見せつけて、この男を暗闇の底に叩き落とすようなことが無かったのだろう。

 そんな男が『団体戦』のことなど考えるはずがない、だからこの一戦を勝ちに来るために『ねこだまし』を『まもる』だろうし、後続につなげるための『さいみんじゅつ』もするはずがない、彼の中ではこのゴルダックこそがラストの一匹であり、後続は居ないのだから。

「私達は違う」とギーマは歯を食いしばった。

 状況は最悪、自惚れてエゴイストなカントーのトレーナーにイッシュの純朴なトレーナーが二人捕らえられ、単純な人数で計算すれば五対三。

 だが、こちらはそっちとは違う。こちらはこのエキシビションが『団体戦』であることを理解している。モモナリが作り出したこの雰囲気は、同時にカントー・ジョウト選抜を縛る足枷にもなりうる。

 ギャンブラーの、否、人間の知性を見せつける時だった。

 

 レパルダスをとらえたかに見えた『ハイドロポンプ』は、『かげぶんしん』を打ち消すだけの結果に終わった。『メロメロ』に誘惑されたゴルダックの久々の有効打に見えたが、それもかわされている。

 モモナリはレパルダスの攻撃を嫌って『アクアジェット』の指示を出すが、レパルダスはゴルダックの攻撃をギリギリまで引きつけてから、いたずらに体毛を膨らませ『でんじは』をゴルダックに打ち込む、麻痺の痺れのためか『メロメロ』の誘惑のためか、はたまた『かげぶんしん』が原因かわからないが『アクアジェット』は不発に終わった。

「ヒデエな」

 舌打ちと共に、控室のキリューが苛立ち気味に短髪を掻いた。抑えてはいるものの顔は真っ赤になり、無意識のうちに靴底が何度も床を叩いていた。

 モモナリの親友である彼が怒るのも仕方がなかった。ギーマはゴルダックに執拗に妨害技を仕掛け続け、たまの攻撃からも逃げまわり続けていた。一思いに攻撃すれば、そのまま決着がつく事は誰が見ても明らかだというのに。

「仕方がない、それだけの慎重さが必要かもしれない相手だということは、きっと会場の全ての人間が思っているだろう」

 怒りを露わにしているキリューをワタルがそう諭すが、かくいうワタルもこの状況が面白いわけではない。

 レパルダスは攻撃の体勢をとったゴルダックに『すなかけ』で目潰しをし、更にその攻撃をヒラリとかわす。

「超安全な勝利を目指すため、というのが一応の建前だろうけど、本当の目的は会場の空気を落ち着かせること、そしてもう一つ、僕達だろうね」

 イツキは冷静にそう呟いてみせたが、だからといってどうにかなる問題でもなかった。

 次のトレーナーにキリューを出せば、恐らく彼は完璧な試合運びをできないだろうし、ここでワタルを出すとキリューがシキミかアイリスと当たることになる。直線的戦闘が信条のキリューにシキミはきつい。かと言ってあくタイプのエキスパート相手に自分が出るわけにもいかない、クロセは興行的なことを考えればラストが相応しいだろう。

 麻痺で動けないゴルダックを、レパルダスが尻尾の先でくすぐり『ちょうはつ』した。

「イツキさん、次は誰が行くんだ」

 興奮した様子で自分を見るキリューに、イツキは心の中でため息を付いた。君だ、と言わなければ何をされるか分かったもんじゃない。

 ゴルダックの『クロスチョップ』にレパルダスが待ってましたと言わんばかりに『ふいうち』を決め、ゴルダックは倒れた。

 

 一匹を倒すために随分と長い時間を使った。だがこの時間は必ずイッシュ側に有利に働くだろう、とギーマは思っていた。

 恐らく次は特別こちらに殺意を向けたキリューが来るだろう、しかし、こちらに殺意を向けてくれればくれるほどいい、選択肢を自ら消してくれる相手ほどやりやすい相手は居ないからだ。

 ギーマはちらりとモモナリを見やった。確かに暴れはしたが、彼自身に何らかの落ち度があったわけではない。全く気まずくないかといえば嘘になる。

 だが、モモナリの表情を見て、ギーマは冷や汗を流すことになる。

 あれだけの事をされたというのに、モモナリは全く不服の表情をすること無く、それどころか少しばかり笑顔すら見せていたのである。

「どうかしてるよ」

 イッシュの言葉でなるべく早口にギーマは呟いた。この試合を『勝負』として受け止めることが出来るその無神経さに半ば呆れていた。

 

 序盤から荒れに荒れたこの『エキシビション』は、イッシュ選抜リーダー、ギーマが怒涛の三人抜きを見せ、最終的にはアイリスがクロセを制し、イッシュ選抜側の勝利に終わった。

 だが、イッシュのファン達は、その勝利の余韻よりも、一番手のあのトレーナーのほうが強烈なインパクトとして残ったのだった。




この話に登場するジャクソンの父は『セキエイに続く日常 13-愚かな勝負師』にちらっと登場します。


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