モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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48-モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。

 ようやくオフシーズンも落ち着いたと言う感じである。

 オフシーズン序盤は色々と忙しかった。特に印象的だったのはトミノさんの引退祝いのパーティーである。これまで彼に酔い潰されてきた中堅や若手がこれまでの恨みを晴らさんと集結し、更にトミノさんを党首とする数多くのシバシンパ(スポーツ選手や作家など著名人も多かった)が出席者に名を連ねた結果、タマムシホテルで最も大きい会場での開催となった。

 僕達はここぞとばかりにトミノさんを酔い潰そうとしたのだが、トミノさんは他人から勧められた酒では絶対に酔いつぶれないという超人的な特性を持っているので、結局無理だった。

 特別ゲストとしてシバさんが現れた時の会場のボルテージは凄かった。そもそもトミノさんはシバさんと戦いたいがためにリーグトレーナーになった変わり種である。更にそんなトミノさんとシバさんにシンパシーを感じてしまっている人達が集まっている会場なのだ、シバさんの登場でボルテージをあげるなという方が無理なのである。

 しかし、『シバさんに負けたら引退する』と公言していたとはいえ、こうもあっさりと身を引けるのには驚きである。確かにトミノさんはCリーグから昇格したことはないが、成績を見てもまだまだ若手には食らいついている。シバさんに負けたとはいえ『奇跡』と称されたほどの快進撃を見せてシルフトーナメントベスト八に残ったのに。

 だが、本人がそう決めたのなら仕方のない事だ、僕に止める権利はない。

 それに、シバさんに勧められて酒を飲むトミノさんのなんと幸せそうなことか。

 

 Aリーグ昇格を決めたシンディア氏は、業界では初の「二地方でのAリーグ昇格者」として結構忙しくやってるそうだ。同じく昇格した新婚のシンちゃんと一緒に来期どこまでやれるか注目したい。

 

 さて、先日僕はコガネシティでクシノと居酒屋めぐりをしていた。

 クシノは師匠として弟子の尻拭いをする覚悟ができたようで、三匹のひよっこはついに自由行動を許されたようである。

 僕としても子供三人を連れて居酒屋を巡るわけには行かないので非常に結構なことだ。

 ところが、さあ三軒目! となったところで「わりぃ、コレがコレでコレなんや」と言って、一人帰っていった。あの新婚馬鹿め、一生惚気けてろ。

 というわけで僕は一人でコガネに取り残されてしまったわけだ。しかしここで飲むのをやめる気分でもないし、かと言って賑やかな居酒屋に一人で入るのはなんか違う気もするし。

 そこで僕は以前イツキさん行きつけの大人のバーに向かうことにした。バーというのは僕のキャラではないが、あのバーは別だ、主人の人柄がそうさせるのかどうかは分からないが、非常に静かで、落ち着ける。何の気なしに入った若い一組のカップルでも、思わず声を潜めてしまうようなそんな店だ。

 

 店には先客がいた。カウンターに座り、一人飲んでいる、それは前チャンピオンのカリンさんだった。

 僕は体が固まってしまった、例えばそこにいたのがワタルさんとかクロサワさんとかキリューだったら僕は迷うことなく彼等の肩を叩きながら横の席に陣取り、ここでは書けないような話をするだろう。

 だがカリンさんとなると話は全く変わってくる、僕にとってカリンさんは『憧れ』であった。月並みな表現をすると、好きすぎて近寄れなかったのだ。だから僕はカリンさんと一緒に食事をしたこともないし、言葉を交わしたこともあまり無い。

 しかし、こうなってしまって挨拶をしないのはありえないだろう、こんなことを考えている間にも僕はカリンさんと目があってしまったりしているのだ。

 正直、僕は何か理由をつけてその場から逃げてしまおうと思った。例えば服装がバーにふさわしくないから今日は引き返そう、とかである。ところがこういう日に限って落ち着いたバーに文句なしの服を着ていたりするんだ。

 僕は勇気を振り絞って「ここには良く?」と声をかけた。

 彼女は「ええ」と言葉を返して、お互いに二三言挨拶を交わすと、隣の席を勧められた。僕は気取って「彼女に何かを」と言ってみた。

「この店は気に入っているの、一人で静かに考えことができるし、何より干渉がない」

 それを聞いて、僕は彼女が非干渉を望んでいるのだと思った。僕が「じゃあ僕は又の機会に」と席を外そうとすると「悩みなら聞くわよ」と制された。

「悩んでるんでしょ? 見れば分かるわ」

 心当たりが全く無いわけではなかった、この一年間ずっと心に引っかかっているものがないわけではない。

 

 冷静になって周りを見渡してみると、僕よりも若いクシノは三人もの弟子の面倒を見ている、僕よりもずっと若いその三人の弟子たちはこの地で成功を収めて自分達の故郷にジムを作ることまで考えている。

 若手のニシキノ君はジョウトの誇りのために戦い、キシ君はチャンピオンの誇りのために戦っている。イツキさんは闘いながらもジョウトのドンとしてリーダーシップをとっている。

 世間は引退することをさも無念で悲しいことのように言うが、トミノさんはシバさんとの試合に心満たされ引退するのだ、これ以上ない幸せな引退だろう。カンナさんは引退して故郷を守り、キクコさんは一門を広げ業界の底上げに貢献している。

 僕はどうだ、二十年以上戦い続け、それでもなお飽きることがない。考えるのは自分の戦いのことばかり、その他のことなんて頭をよぎったこともない。たまに、本当にたまにだが、このままどうなってしまうのだろうと怖さを感じることがある。誰にも言ったことはないし、こうやって書くのも初めてだ。

 僕は、思い切ってカリンさんにその事を伝えた。彼女は僕の捉え方によっては傲慢にも聞こえるかもしれない悩みに動揺することなく。「そんなものよ」と言葉を返してくれた。

「チャンピオンになった後、明らかに私は燃え尽きていた。必要以上に他人を挑発したりして何とか自分を奮い立たせようとしたけどやっぱり駄目。ところがクロセの優勝を見届けたらまたふつふつと気持ちが沸き上がってきて、試合前夜にはこれ以上ないほどの高揚感」

 似たようなものでしょ、とカリンさんは続けた。

「きっと私とあなたはそういう人種なのよ。きっと死ななきゃ治らない。悪くない人生だと私は思うわ」

 彼女は立ち上がり、僕の腕を掴んだ。

「悪くない場所だけど、今日の気分からすればここは静かすぎるわね、場所を変えましょう。屋台だけどとても美味しいラーメン屋を知ってるの、こってりベースでニンニク入れ放題よ」

 その提案は彼女の優しさだったのだと思う、事実僕はその言葉に救われたのだ。あのままあの落ち着くバーで滾々と考え続けていれば、きっとドツボにはまっていただろう。

 ノーてんきに行け、と言われたような気がした。たとえそれが僕の考え過ぎだとしてもそれで良い。もう少しだけ、思うままにやってみようと思った。




ひとまず本編はコレで終了となります。後はあとがきとおまけを投稿するだけです。
ご愛読ありがとうございました。多くの感想や評価メッセージなどいただけて、非常に楽しい時間を経験させていただきました。

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