モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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44-仮想レッド

 Aリーグ第七節、リーグ後半の大一番。中位のトレーナーはここで踏ん張ればまだ希望が見える、上位のトレーナーはここで星を落とすようなことがあれば残り二節もうひと踏ん張りしなければならなくなる。

 三勝三敗の僕と、五勝一敗クロセ君の試合はヤマブキシティで行われた。クロセ君はこの一敗を守りきれればAリーグ優勝へグッと近づく。逆に僕は、ここで一勝をもぎ取ればまだ希望が繋がる。最も、観客の殆どはクロセ君の勝利を望んでいるようだった。無理もない、この快進撃はかつてのレッドを彷彿とさせる。人々は、伝説を目の当たりにすることを望んでいるのだ、かつて存在したと言われる伝説、言い聞かされ、本を読み、途切れ途切れの情報からそれを想像し。ある人はなぜあの時代に自分は生まれなかったのかと後悔し、ある人はなぜあの時に自分はチケットを買わなかったのかと後悔した。

 そんな悔しさや後悔を、人々は埋めようとしている。新しく生まれた伝説を目の当たりにすることで、歴史の証人になろうとしている。そんな人々を、無責任でミーハーだという人もいるだろう。しかし、僕にはその気持がよく分かる。何故ならば、僕もその一人だからだ。

 

 僕は、レッドと言うトレーナーが居たからこそトレーナーになった。僕はトレーナーとして数多くのトレーナーと戦った。いい思い出だ。そしてこれからも数多くのトレーナーと戦うだろう。

 しかし僕は、なぜもう少し早く生まれなかったのかと悔やむことがある。そうすれば、そうすればレッドと戦うことが出来たのにと思うのだ。勝つとか負けるとかの問題ではない、そういう小さな問題では無いのだ。

 

 去年、クロセ君に負けた日。僕は荒れに荒れた。負けた悔しさよりも、相手の底が見えない恐怖のほうが僕を苦しめていた。

 しかし、そんなもんなんだ。と思えば、なんてことはなかったのである。僕の生涯の愛読書であるレッドと戦ったトレーナー達の自戦記を見れば、皆言葉は違えどレッドというトレーナーの底の深さに恐怖していたのだ。

 

 それさえわかってしまえば、なんてこと無いのである。クロセ君は天才だったのだ、底知れないのも当然だ。

 それさえわかってしまえば、僕にも僕なりの考え方というものがある。レッドというトレーナーを知って以来、頭の中で何度『仮想レッド』との戦いを繰り返したことだろう。底知れぬ、自分よりもずっとずっと強い相手。僕の軽はずみな行動はすべて跳ね返され、相手の考えは読めず、攻撃は鋭い。とても敵いそうではないが、何とか食らいついて試合らしきものをする。泥臭くても何でもいい、理論も理屈も美学も何もない、そういうのは少なくともバトルをしながら会話ができる者同士でやるべきことだ。『仮想レッド』はそういう相手ではない、勝つ事で初めて理解できる相手なのだ。

 

 クロセ君との試合、僕はそれこそなんでもする覚悟で望んだ。

 会場はとんでもない熱気だった。もし僕が戦いと無縁の人生を送っていたならば、きっと僕もこの熱気の中に混ざっていたのだろうと思う。だが、いざ試合が始まれば、そんな熱気などまるで感じなくなる。そして、試合が終われば再び熱気に帰ってくる。その時、僕は少しだけほっとするのだ。いつか帰ってくることができなくなったらどうしよう。

 

 クロセ君との試合、僕は死闘だったと思う。僕はできることをすべてやったと思うし、クロセ君も同じだったと思う。

 結果、ほんの少しだけの差で、僕が勝った。

 

 勝因は何だろう、経験だろうか。僕が彼より優れている所なんてそれくらいしかなさそうだ。

 今夜は、よく寝れそうだ。




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