モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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4-若手君は二度やられる

 小雨だった。

 この小雨は、若人の涙雨だろうか。

 小雨なんかじゃとてもとても、この若人の落ち着きを取り戻せそうにもない。

 

「ウフフ、大丈夫大丈夫。別にシバさんに負けたからってチャンピオンの道が閉ざされたわけじゃないから、ウフフ、ウフフ」

 トミノさんは笑顔満点だ。若手の前に料理をたんまり並べて、笑いながら励ましてる。

 今回の我々の被害者、名前は伏せるが(興味のある方はポケモン協会のホームページで簡単に特定できる)若手のトレーナー君は、これ以上ないくらいの落ち込みようで、次から次へと運ばれてくる料理に手も付けず項垂れている。全くの他人ごとで申し訳ないが、年齢の関係で酒も飲めず、料理も口にしない。こりゃ相当キテる。

 そうして僕は、こうやってタダ飯にありつけている訳だ。「シバさんが若手に勝ったぞ」とクシノにも連絡しておいたので、そのうち来るだろう。

 シバさんが若手に勝つ、若手が落ち込む、何処からかトミノさんが現われて若手を飯屋に引きずり込む、僕とクシノがおこぼれに預かる。これは年に何回か行われる恒例行事だ。

 誤解の無いように言っておくが、シバさんはカントーの歴史に残るトレーナーである。かつては四天王として伝説のトレーナー『レッド』とも戦った。その後ジョウトトレーナーの参入によって勢力図が変わっても四天王として君臨し、未だに現役としてCリーグでこうやって若手に勝つ強いトレーナーである。

 では何故この若手君はこんなにも落ち込んでいるのか、つまり彼はシバさんになら絶対に勝てると思っていたのだ。

 

 シバさんは昔気質で無骨なトレーナーだ、肉体と肉体のぶつかり合いに戦いを求め、己とポケモンを鍛えあげる。戦いに人生を投影している。

 僕自身はそういうトレーナーは好きだ。なんだかんだでトミノさんと話が合うのもそういう部分だろう。しかし、シバさんはあまりにも真っ直ぐ過ぎた。彼は彼自身のスタイルを絶対に曲げなかった、その結果、彼は対策され、自ら不利な状況に向かって行くことを強要されている。複合タイプである程度柔軟性を利かせることが出来る他のタイプとは違い、カイリキー、エビワラー、サワムラーで攻撃し、イワークで受けるというスタイルには限界がある。人間としての大きさやポケモンの熟練度、実績は申し分ないのに、Cリーグに居るのもそう言う噛み合いが影響している。勝ちを何よりも欲する僕達にとって、最良を尽くせば勝つという考え方の手はやりやすさしか無い。

 

 話を戻そう、当然この若手君も対策してきた筈だ。なのにこうやって落ち込むハメになっている原因は、シバさんのプレッシャーに押しつぶされた、と言うことである。仕方がない、潜って来た場の数がダンチなのだ。

 シバさん相手に対策して勝つには、ある種の冷酷さが必要である。ほんの少しでも彼のバトル、生き様に目を取られると、途端に抑えこまれてしまう。そういう部分がわかっていない若手が、こうやって餌食になるのだ。

 

 飯屋の扉が勢い良く開いて、クシノが到着する頃、トミノさんが激しく怒り始める。これはもうパターンなのだ。

「そんなに落ち込むことはないだろう! 大体最近の若手はシバさんの強さがわかっていないんだ! あのレッドのカビゴンを一撃で沈めた時にはなあ……」

 こういった具合だ。トミノさんは決して負けた若手を笑っているわけじゃない。シバさんが勝ったのが嬉しくて仕方がないだけだ。トミノさんは業界でも有名なシバシンパ党首である。の割に、シバさんに勝ち続けてるんだけど。

 

 さっきまでニコニコしていたトミノさんが急に怒り始めたものだから。若手君はますます萎縮してしまった。

 ガンバレ若手君! 経験者から言わせてもらうと一月もすればいい思い出になるさ、後トミノさんは酔いつぶれたら絶対に動かないから奥さんに電話しよう。奥さんもシバさんの勝敗をチェックしてるから割とすぐに迎えに来るよ。

 

 小雨である。仮にこれを若人の涙雨としよう。

 僕個人としては、もっともっと、じゃぶじゃぶ降ってほしいものだ。


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