モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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セキエイに続く日常 232-ジュラルミンケース ②

 パルデア地方、オージャの湖。

 

「別にここまでついてくることはないじゃないですか」

 

 モモナリは、感触を確かめるように草むらを踏みしめながら、そばに立つチリに言った。

 いつもと変わらぬスーツスタイルのチリは、やはりそれにため息をつきながら答える。

 

「ジブンのええ悪いとちゃうわ」

 

 あの日以来、彼女はモモナリの監視を強めていた。目的のトレーナーと戦える目処が立ったからだろうか、モモナリは表面的には大人しく授業をこなしているように見えたが、腹の中で何を思っているかまではわからないだろう。あのジュラルミンケースの中だって、何が入っているのかわからない。

 彼女の対応は、カントー・ジョウトリーグからすれば素晴らしい現場レベルの対応だっただろう。

 

「僕は今日オフですよ」

「そら奇遇やな、チリちゃんもやで」

 

 皮肉を言いつつ、それを惜しいとは思っていなかった。そしておそらく、申請すれば残業がつくはずだ。

 

 

 

 

 

 

 ジュラルミンケースを振り子のようにしながら、モモナリは湖のほとりまで踏み込んだ。

 見えるのは静かな水面、だが、その奥底では激しい生存競争が繰り広げられていることだろう。

 

「さて、と」

 

 彼は無防備に手で影を作り周りを見回した。

 対岸や離れ小島に、ポツポツとゴルダックたちの群れが見える。

 彼らはじっとモモナリを眺めていた。彼は外敵、侵入者であったからだ。

 だが、あくまでもそれは警戒に留まっている。

 ポケモンの中でも二足歩行が可能で比較的高い知能を持つ彼らは、侵入者の本質を見極める余裕がある。ゴルダックという種族が比較的人間と友好な共存を築けている理由の一つでもあった。

 だが、当然、そうではないポケモンもいる。

 

「お」

 

 わずかに揺れた水面にモモナリが気づくと同時に、激しい水柱が吹き上がった。

 それが作り出す水滴を惜しむこと無く浴びながら、モモナリは現れたポケモンを判断する。

 強大な体格、見るものを威圧する牙と背びれ、何も知らぬ人間が見れば、確実にそれをドラゴンであると表現するだろう。

 それは、きょうぼうポケモン、ギャラドスであった。

 彼らに知性がないわけではない、だが、彼らはその知性を己の尊厳の誇示に使う。

 我が物顔で縄張りを闊歩する存在は、彼にとって許されざる存在であった。

 

「援護しまっせ」

 

 さすが優秀なトレーナーだけあって、すでにチリはモンスタボールに手を伸ばしていた。ギャラドスには申し訳ないが、流石にバトルは避けられないだろう。

 だが、モモナリは「まあまあ」と、それを手で制した。

 チリはそれを、自らの援護を拒否したのだと思った。わからない理屈ではない、リーグトレーナーの力量があれば、一人でも十分相手できるのだろう。

 しかし、彼女の予想に反し、モモナリはポケモンを繰り出さなかった。

 それどころか、両腕を組んで無抵抗の姿勢だ。

 ギャラドスも人間のそのような様子に戸惑ったが、それで攻撃をやめる道理はない。

 彼が攻撃を繰り出そうとしたその瞬間、今度は激しい水面の揺れとともに、そのポケモンがモモナリの前に飛び出した。

 

「はは」と、モモナリは笑う。

 

「来てくれなかったらどうしようかと」

 

 その言葉に全く危機感がない事は、他言語圏のチリでも理解することができる。

 ゴルダックはそれを聞き流しながらギャラドスと向き合った。

 途端に、ギャラドスの動きが止まる。

 話が変わった。

 相手が人間であるのならば躊躇なく攻撃を振るうが、そのゴルダックに戦いを挑むことは、できれば避けたい。

 数日前、ふらりと現れたそいつは、ゴルダックのコミュニティに参加してはいたが、明らかにその中での地位名誉には関心がないという風だった。

 そして、そんな存在がわずか数日とはいえオージャの湖を生き抜いたことの意味を、ギャラドスは知っている。

 彼は人間の方を見た。そのゴルダックが人間の仲間であることは容易に理解できるからだ。

 人間は、自らと目を合わせながら頷いた。敵対の意志がない事を表している。

 ゴルダックもまた、迎撃の体勢こそ取ってはいるが、自ら進んで攻撃をしようとする動きはない。

 それらをしっかりと確認してから、ギャラドスはゴルダックから視線を離さず、湖の中に消えていった。

 危機は去った。すでに彼らを排除しようとする敵意はない。

 利口な湖だった。

 

「へえ、修行中の相棒でっか」

 

 チリは苦笑いしながらモンスターボールから手を離す。

 それを信頼するにはやり過ぎのようにも思えたが、おそらく自分が同じ立場だったとしても、同じようにするだろうとほんのり思った。

 

「『大会』のためには絶対に必要ですからね」

 

 さて、行くか。と、モモナリは湖に背を向ける。

 その時、ゴルダックがわずかに離れ小島の群れに目をやったことに、彼は気づいた。

 

「『向こう』の方が生きやすいなら、それでもいいけどな」

 

 本心ではないだろうが、わずかにその声に震えがあった。

 語ることはないが、彼の知らない間に、ゴルダックにはゴルダックの生き様があっただろう。

 草を踏みしめる音が聞こえた。彼が湖に背を向けたのだ。

 それに安心してから、モモナリも草を踏みしめる。

 

「『くさむすび』はものにできたのか」

 

 その言葉の後に戦略的な雑談を二、三続けようとした時、彼の右足が草に取られた。

 

「おっと」

 

 慌てて左足を前に出して体勢を立て直そうとしたが、今度はその左足も草に取られている。

 チリのフォロー虚しく、彼はそのまま草むらに突っ伏した。下敷きになったジュラルミンケースはその強度素晴らしく汚れるのみで凹むことはない。

 

「あいたたた」

 

 草むらに手をつこうとしたその時、彼はこめかみにわずかに冷たいものを感じた。

 それがゴルダックの爪であるということに、彼はすぐさまに気づく。

 まるで「ばあん」とでも言いたげであった。

 彼は起き上がりながら苦笑いする。

 

「やったな、こいつ」

 

 

 

 

 

 

「まさか、とは思うんやけど」

 

 その後、彼らが空を飛ぶタクシーでチャンプルタウンに降り立った時、彼女は何も言わなかった。プライベートは尊重すべきだからだ。

 チャンプルタウンの名物である宝食堂を、来来来軒を、まいど・さんどの前を素通りしたときにも、何も言わなかった。

 チャンプルタウンを出た時にも、何も言わなかった。その南東に足を向けた時にも何も言わなかった。

 草むらに目をくれず丘を登ったときにも何も言わなかった。

 だが、彼がその施設を視界の中に捉えた瞬間に、彼女はそれを我慢できなくなった。

 

「ジブン『パルデアの大穴』に入ろうとしてへん?」

「ええ、そうですよ」

 

 モモナリは何も躊躇するでもなくそう答えた。その目線の先にはゼロゲートがある。

 

「あかんあかんあかん!」

 

 チリは小走りでモモナリと前に立ちはだかる。

 

「なんで行けるおもーてん。あかんに決まってるやろそんなもん」

 

 当然ながら、パルデアの大穴は基本的に立入禁止である。パルデアでも屈指の危険地帯だからだ。他地方の人間がホイホイと立ち入っていい場所ではない。

 

「どうしてです」と、モモナリは首をひねった。

 

「どうしてって、危険やからにきまっとるやろ」

「大丈夫大丈夫、僕強いですから」

「いやそういうことちゃうねん」

「そういうことでしょ、実際僕が負けると思いますか?」

「いや思わんけども」

「なら、いいじゃないですか」

「いやそういう訳ちゃうねん、そもそも入ったらあかんねん」

 

 でも、と、モモナリはその施設、ゼロゲートを指さした。

 

「誰か入ったんでしょ」

 

 その指摘に、チリはその施設を振り返って、少し沈黙した。

 確かに、その施設の封鎖は解かれている。それは、アカデミーの課外授業中に起きたある生徒たちの大冒険によるものであり。チリはその経緯を知ってはいる。

 だが、どうして。

 

「ジブン、なんでそれを知ってんねん」

 

 ゼロゲートの封鎖が解かれているということに気づくには、そもそもゼロゲートが封鎖されていたことを知っていなければならない。まあ、その理由は容易に想像がつくが。

 

「まあまあ、そんなことよりも」と、モモナリはわかりやすく話題をそらした。

 

「どの地方にだって似たような場所があるんだ、僕の地元にもね『ハナダの洞窟』って危険地帯があるんですけど、僕は入れますよ、リーグトレーナーですからね」

「そりゃそっちでの話やろ、今ジブンはただの教員や」

「立入禁止の危険地帯とはいえ、全く誰も入ってないわけじゃないでしょ。空を飛ぶタクシーの運転手だって、要請があれば入ると聞いていますよ」

「それなりの目的がありゃあな」

 

 チリは首を振って続ける。

 

「目的はなんや」

「ちょっと、修行をね」

「あかんに決まっとるやろ」

 

 彼女はため息をついた。

 

「なんで行けるおもーたんや」

 

 その言葉に、モモナリは眉をひそめながら首を傾げた。

 

「なんでです。あなたも許可してくれたじゃないですか」

「アホなこと言うな、そんなん言うとらんわ」

「言いましたよ」

 

 モモナリは不服そうに続けた。

 

「『学園最強大会』に出てもいいって言いましたよね」

 

 チリはその言葉を頭の中で繰り返しながら首を傾げた。確かに、それは認めた。

 だが、だから何だというのか。

 

「約束したんですよ。『僕の用意できる最高の戦力』で試合に望むって」

 

 たしかにそれには、チリも覚えがある。モモナリとネモの約束だ。

 

「頼みますよ、『最高の戦力』で大会に望みたいんです」

 

 はたから見れば無茶苦茶な理屈だろう。

 だが、チリはわずかにそれを理解することができていた。

 

「そりゃあ『パルデアの大穴』や無いとあかんのか」

 

 それに、モモナリは強くうなずく。

 

「それ以外は考えられない。パルデアにここ以上の危険地帯があるなら別だけどね」

 

 チリは少しうつむいて考えた。

 

「ジブンの言いたい事がわからん訳とちゃうで。やけどな、やっぱそれはあかんわ。認めることはできん」

 

 はあ、と、モモナリのため息が聞こえる。

 

「仕方ないなあ」

 

 彼の手が動いた。

 瞬時に、チリもそれに反応する。

 意見が通らない、だから力でそれを通そうとする。わかりやすい、あまりにもわかりやすい理屈だ。

 だが、次の瞬間にチリの視界は、見慣れぬ銀色に支配されることになる。

 

「なんやあ」

 

 彼女はボールから手を離し、両手でそれをキャッチした。

 ゴツゴツした感触だ。それが彼が持っていたジュラルミンケースであることを理解した彼女は、すぐさまに視界からそれを逃す。

 だが、その先にモモナリはすでにいない。

 彼女は空を見上げた。

 すでに彼を乗せたガブリアスは、小さくなりながら霧に紛れようとしている。

 

「やられた」

 

 チリは舌打ちしながら呟く。

 

「どうしたもんか」

 

 とりあえず委員長に報告だろうか。

 ポケモンレンジャーへの連絡も必要になるだろう。

 いや、それ以前に追わねば。だが、じめんタイプのエキスパートである自分は空を飛べるポケモンが手持ちにいない。

 だったらどうするべきか、空を飛ぶタクシーか、ゼロゲートから直接パルデアの大穴に入るか、ここはチャンプルタウンの直ぐ側だ、空を飛びたいのならば同僚のアオキを呼ぶという手もあるだろう。

 しかし、そのどれも。

 

「めんどお」

 

 彼女は天を仰いだ。

 なんて面倒な仕事なんだ。

 ふと、彼女は右手にあるジュラルミンケースに目をやった。

 

「いや、かっるいなあ」

 

 やけに頑丈な作りだ、例えば同僚のポピーが持っているポシェットと比べれば遥かに重量があるだろう。

 だが、そのケースは軽い。まるで中に何も入っていないようだった。

 

「なんでやねん」と、思わず彼女は呟いてしまった。あんなに大事そうにしていたのに。

 

 そう、彼はこのカバンを大事にしていた。目眩ましには使ったが。

 それが今、自分の手にあるということは。

 

「帰ってくるつもりは、あるんやろなあ」

 

 その傍若無人な男の『力』だけを信じるのであれば。

 

「少し、待ってみてもええんかなあ」

 

 おそらく彼は、このカバンを取り返しに来るだろう。

 

 

 

 

 

 

 パルデアの大穴。

 ほとんど全ての人類にとってそこは未踏の地であろう。

 当然、モモナリだってそこに足を踏み入れるのは初めてだ。踏み入ろうとはしたが。

 

「なるほど」

 

 ただでさえ知らぬ地方だ。

 中にはモルフォンのように見知ったポケモンもいた。

 だが、その殆どは、彼にとって初めて見るポケモンたちだった。否、それが本当にポケモンかどうかの保証すら、彼は持っていないだろう。

 

「大して変わらないな」

 

 だが、彼等はそれを特別な事とは思っていなかった。

 いつだってそうなのだ。

 初めて行く場所に、見たこともないポケモンたちがいる。それこそが彼等にとっての自然、彼等にとっての当然。

 彼のそばに立つゴルダックもまた、同じように思っている。

 それは大したハンデではない。

 自分たちが彼等を初めて見るように、彼等もまた、自分たちを初めて見るのだ。条件は同じ。

 

「洞窟には、いつも俺達の求めているものがある」

 

 不足はない、新たな技術を手にするにはいい機会だった。

 

 

 

 

 

 

 アカデミー中広場。

 バトルコートの周りには、生徒達や教職員、バトルに興味のあるパルデアの住民達が人だかりを作っている。

 その日開催される『学園最強大会』に、カントー・ジョウトリーグトレーナーであるモモナリが参加するという噂は当然のように広まっていた。

 また、ネモを含むチャンピオンクラスの生徒が二人参戦するとなれば、当然観客たちは彼等との比較を求めるだろう。

 

「モモナリ先生!」

 

 クラベルによる開会宣言の少し前、ベンチに腰掛けていたモモナリの元に、ネモと一人のトレーナーが現れた。

 

「やあ、調子はどうだい」

「もうバッチリです! 今日が来るのを楽しみにしてたんですよ!」

「そうかい、そりゃあよかった」

 

 モモナリはそう微笑んだ後に、彼女の側にいるトレーナーに目を向けた。

 

「あ、紹介しますね!」

 

 目を輝かせたネモは、そのトレーナーが自らの同級生であること、そして、自らと同じチャンピオンクラスであると言う事を、まるで自分のことを自慢するかのように言った。そして、その名は、モモナリの記憶にも新しい。

 

「そりゃどうも、よろしく」

 

 握手を交わしたモモナリは、そのトレーナーの強さを本能的に理解している。

 まだまだ子供だ。だが、子供であることと実力は関係ないだろう。

 

「良い『仲間』だね」と、モモナリはネモに言った。

 

「はい!」と、彼女は軽快に答えた。

 

 

 

 

 

 

 一回戦、第三試合。

 バトルコート、モモナリの対面には、アカデミーの校長であるクラベルが立っていた。

 だが、彼はそれをうまく捉えることはできないでいる。

 

「さあ、どう対応しますか」

 

 フィールドに陣取っているのはユキノオーだ。

 そして、その周りには大吹雪が吹き荒れる。

 天候は『ゆき』、彼の特性『ゆきふらし』によるものだ。

 なるほど、と、モモナリは自らに粉雪がまとわりついていることに気づいた。

 

「厄介だな」

 

 彼のよく知る天候『あられ』とは少し違う。

 体に対するダメージこそ無いが、その細かな『ゆき』をまとったこおりタイプのポケモンは一筋縄ではいかない耐久力を手にしそうだ。ちょうど『すなあらし』と同じように。

 

「『ふぶき』」

 

 モモナリが新たに繰り出したポケモンに、ユキノオーが繰り出したそれが襲いかかる。

 クラベルの攻めは理知的だ。天候が『ゆき』ならば、その技は確実に相手を攻撃するだろう。

 だが、繰り出されたポケモンの影は、その攻撃をかわした。

 ギャラリーが、クラベルがそれに驚くよりも先に、すでにモモナリはそれを構えている。

 

「やりたいことをやるだけですよ、いつも、どんなときもね」

 

 両手で構えられたテラスタルオーブに集まるエネルギーを体全体で受け止めながら、モモナリの視線はユキノオーとクラベルから離れない。

 繰り出された影がゴルダックであること、その特性『ノーてんき』により『ふぶき』の優位性が消されているということにクラベルが気づいたときには、すでにテラスタルオーブはゴルダックに投げられている。

 

「『れいとうビーム』!」

 

 クラベルの判断は誤りではない。

 彼はモモナリのゴルダックがくさタイプの『めざめるパワー』であることを彼はよく知っている。そしてそうなればゴルダックのテラスタルがくさタイプであるという想定も間違いではないだろう。

 ただ、ならばなぜこのタイミングでユキノオーを相手に繰り出されたのかという実戦的な感覚に欠けていただけ。

 

「『テラバースト』」

 

 ユキノオーがクラベルの指示を完遂するよりも先にゴルダックから焔色のエネルギーが放たれ、ユキノオーに直撃する。

 悲鳴が聞こえた。

 ユキノオーの悲痛なうめき声が、見せかけの大雪の中に響く。

 彼は膝を折った。戦闘不能である。

 なぜだ、と、ギャラリーはどよめく。

 だが、クラベルはそれに気づいていた。

 くさ、こおりタイプのユキノオーを一撃で倒すテラバースト、それはもうひとつのタイプしか考えられない。

 目の前のゴルダックは、頭に燭台の冠を被っていた。

 

 

 

 

 

 

 準決勝、第二試合。

 新たなチャンピオンクラスの資格を得たそのトレーナーに、観客たちは期待の眼差しを向けていた。

 対戦相手、モモナリの、ほのおタイプのテラスタルを持つゴルダックへの衝撃は未だ冷めやらぬ。

 だが、そのトレーナーもまた、アカデミーが誇る強者である。

 すでに決勝進出を決めたチャンピオンクラスのネモは、バトルコートの中心に向かうその二人を、爛々と輝く目で眺めていた。

 そのどちらが勝利し、自らと戦うことになったとしても、彼女にとっては望ましいことであった。

 否、むしろ、心の奥底では今すぐにでも乱入して、そのどちらとも戦いたいと思っていた。それをしなかったのは、彼女の倫理観が優れていることの証明だろう。

 

 

 

 

「君は良いトレーナーだ」

 

 正面に立った若いトレーナーに、モモナリは頷きながら伝える。

 

「見ただけでもわかるけど、何より、あの子が君を信頼している」

 

 彼はちらりとネモを見やった。

 

「君はまだわからないかも知れないけれど、人より強いということはね、思っている以上に孤独なものなんだよ」

 

 一歩、後ろに下がりながら続ける。

 

「君のようなトレーナーが居て、安心したよ。だからこそ、全力で、君とぶつかろう」

 

 すでに彼はボールを投げており。

 

 

 

 

 

 

『学園最強大会』決勝戦前。

 観客達がインターバルの終了を今か今かと心待ちにしているその時、モモナリは物陰にてコートに背を向けていた。

 彼はキョロキョロと背後を気にしながら、手にしていたジュラルミンケースを開く。

 その中にあったのは、たった一枚の書類。

 

「さて、と」

 

 彼はそれを手にし、体力を回復し傍らに立つゴルダックに呟いた。

 

「火、持ってるだろ」

 

 そう言うや否や、ゴルダックは額の宝石を撫でるように爪を振る。

 すると、それから現れた炎が、その書類をあっという間に燃やし尽くした。ほのおタイプの『めざめるパワー』だ。

 モモナリがそれに満足し、ジュラルミンケースを閉めたところで、彼の背後からからかうような声がかけられる。

 

「みぃたぁでえ」

 

 振り返れば、チリが早足で駆け寄ってきた。

 

「ずっと気になってたんや、その中には何が入ってたんや、そんで、なんで燃やしたんや?」

「驚いた、てっきりもう見られたものかと」

「そんな無粋なことするかいな」

「律儀だなあ」

 

 モモナリは一つため息をついた。

 

「少しね、おせっかいを焼いたんですよ」

「へえ、なんやそりゃ」

「一人ね、トレーナーを引き抜こうと思ってたんです」

 

 それは、パルデア地方ポケモンリーグ関係者を前に、あまりにも大それた発言であった。

 だが、チリは今更そんなことで驚きはしない。

 彼女はハハハと笑って続ける。

 

「そりゃむちゃくちゃや、ウチのボスがそんなの許すわけ無いで」

「まあ、その時はその時ですよ」

「その書類を燃やしたっちゅうことは、引き抜きをやめたってことやろ? なんでや、期待外れやったんか?」

「いやいや、その逆でね」

 

 モモナリは遠い目をして続ける。

 

「彼女は『友達』を見つけていたってことですよ。こっちの言葉なら『宝』って言えば良いんですかね」

「それと引き抜きと、なんの関係があんねん」

「もう、彼女は孤独じゃない。羨ましいことにね」

 

 モモナリは空になったジュラルミンケースをチリに差し出し「いります?」と問う。彼女はそれに驚きながらも「まあ、もらえるならもらうわ」と、それを受け取った。彼女の好みではなかったが、同僚に好きそうなトレーナーがいる。

 

「それじゃあ、決勝を見に行きましょうか。『友達』同士、きっといい試合になるでしょう」

 

 彼の目は、年甲斐もなく輝いている、と、チリは思った。

 




以上でパルデア三部作は終了です。お付き合いいただきありがとうございました。
正直今作は少し難しかったです。ガラル編みたいに各地の原作キャラと絡んでいく形でも良かったんですが。SVは時系列的に少し気になる部分も多かったので、それを補完するような形にしたかったのですが、その結果モモナリが原作の部分と絡むことのできる範囲が少なかったと思います。グルーシャとの絡みとかも書きたかったんですが・・・
作品そのものの自由が広かったので、モモナリが関わる部分を減らして小さくまとめた感じですね

モモナリへの質問など大変有難うございます。
全てに答えていきたいところですが世界観的に答えにくい質問などもあり答えられないこともあります。大変申し訳ありません

感想、評価、批評、お気軽にどうぞ、質問等も出来る限り答えようと思っています。
誤字脱字メッセージいつもありがとうございます。
ぜひとも評価の方よろしくおねがいします。
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