モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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セキエイに続く日常 214-責任

 それは、全くのナンセンスとは言い難い人選だった。

 十年ほど前にパルデア地方の対戦環境を一変させた『テラスタル』

 ポケモンのタイプそのものを変更させる特殊なシステムは、あまりにも複雑な戦略を秘めており、チャンピオンクラスのトレーナーですらそれを使いこなせているとは言い難いような状況だ。

 当然、それらを上手く『バトル学』に落とし込める人材も不足していた。何よりまだ研究段階の技術である。それを生活の糧にしている人間からすれば、それはひけらかしたいものではないだろう。

 故に『予想できないタイプの攻撃を放つ』という点と『バトルの経験』という点から、カントー地方のある『めざめるパワー』使いのトレーナーが、そのプロフェッショナルとして教壇に立つことだって、まあ、無くはないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 パルデア地方、世界的に見て最も古い歴史を持つアカデミーの一つの応接室に、その男は「やあ、どうもどうも」と緊張感なく現れた。

 それを迎えたポケモンリーグ協会職員のアオキは、その来訪に立ち上がり、その男に右手を差し出しながら言った。

 

「どうも、モモナリさん。長旅お疲れ様でした」

 

 モモナリ、と呼ばれたその男は、差し出された右手を取りながらアオキに微笑む。

 

「いやあ、長旅と言ってもね、飛行機と空を飛ぶタクシーを使ったくらいで、別に疲れるようなことは」

 

 その言葉は、彼の周りを浮遊するスマホロトムの翻訳機を通して応接室に届けられる。優れた性能だ、意思疎通に不自由はしないだろう。

 その様子に、アオキはその男が特にナーバスになっているわけではないことを理解し、ひとまず安心する。

 

「流石です。頼もしい。私はアオキ、あなたがパルデアにいる間、身の回りの世話をさせていただきます」

「ああそう、よろしく」

 

 その提案に喜ぶでも、自らのそばにいるのが中年の男性であることに特に不快感を覚える様子もなく、モモナリはそれをすんなりと受け入れた。

 だが、彼はちらりとアオキの腰元に目をやり、そこにいくつかのボールがあることを確認した。

 アオキはそれに気づきながらも、特に何かを言うことはない。

 この人選そのものは、一般的な社会常識から考えれば、若干不自然ではあった。

 彼は否定するだろうが、アオキはパルデアポケモンリーグ職員としては相当に優秀だ、直属の上司からは度を超えた信頼を受けているし、重要な仕事を任せられることも多い。

 それほどの人材を、わざわざカントーから来た特別講師の世話人につけると言うのはおかしい話なのだ。社会的なマナーが伴っているのならば、新人職員にだって無理なくできる仕事である。

 それでも、彼が世話人を任されるということは、そのモモナリという男が、いわゆる一つの気難しい男とされているということなのだろう。

 

「身の回りのことは大体出来ますから。あまり熱心にやらなくても大丈夫ですよ」

 

 人というのは見かけによらないものだ、と、アオキは思っただろう。

「五才児を扱うように扱え」と、カントー・ジョウトリーグ理事は固いパルデア語で冗談まじりに言っていた。勿論、モモナリというトレーナーが、若干倫理に乏しいタイプのトレーナーであることも事前情報で知っている。だからこそ、今目の前にいる微笑みの中年がそうであるとは思えなかったのだ。

 

「いえ、モモナリさんは我々にとって重要な『お客様』なので」

「はは、固いなあ。まあ、いいや」

 

 彼は応接室をぐるりと見回した。そこには彼とアオキ以外の人間はいない。

 

「クシノからは、初日に教頭先生と挨拶をしろと言われているんだけど」

 

 クシノ、という人名は、アオキと連絡を取っていたカントー・ジョウトリーグ理事だ。

 

「申し訳ありません」と、アオキは頭を下げる。

 

「本来ならこの時間に待ち合わせのはずだったのですが、まだ連絡の取れない状況で。校内にはいると思うのですが」

「ああそう、なら良いんだけど」

 

 彼は数度うなずいてから「そうなると暇になるなあ」とその場に置くようにつぶやく。

 

「アオキさんは、バトルを」

 

 不意にそう問われ、アオキはとっさに答える。

 

「『嗜む程度』ですよ。少なくとも、あなたのようなエキスパートでは」

 

 不意なタイミングであったが、予想できない質問ではなかった。

 

「へえ」と、モモナリは首を傾げた。

 

「とても、そうは見えないんだけどなあ」

 

 モモナリは、相対した瞬間に、アオキのおおよその実力に見当をつけていた。

 言葉で説明するには難しいかもしれないが、彼は自らに対する視線や態度、雰囲気からそれを判断することができる。そして、彼にとってアオキというトレーナーは、決して無視することの出来ない実力を持っていた

 

「だからこそ、僕の監視役を頼まれてるわけでしょ」

「リーグは人手不足なんですよ」

「はは、まあ、そういうことでも良い」

 

 彼は一歩アオキから離れた。

 露骨なまでに、彼はアオキと目を合わせているが、アオキはそれに反応せず「モモナリさん」と、言葉を放つ。

 

「パルデアでは、バトルはお互いの了承あってのものとなっています」

 

 その言葉に、モモナリは首を捻った。

 アオキは更に続ける。

 

「お互いの了承無くバトルをはじめることは著しいマナー違反となりますので、どうか、ご了承を」

 

 モモナリは一瞬沈黙したが、ため息と共に「そんなの聞いてないよ」と漏らす。

 

「じゃあ、バトルをするにはいちいち聞かないといけないんですか」

「ええ、そのとおりです」

 

 最も、バトルを行う了承を得ることを『いちいち』と表現すること自体がおかしいのだが。

 彼は首を振って、いかにも『念のため』と言った風なため息を付きながらアオキにつぶやく。

 

「じゃあ、アオキさん、『僕とバトルしませんか』」

「断ります」

 

 彼は天を仰いだ。

 

 

 

 

「いやあ、おまたせしましたね。申し訳ない」

 

 しばらくして、アカデミーの教頭が応接室に現れた。

 申し訳ない、というのはあくまでセリフだけであり、その口調や態度からはそのような様子は見られない。

 アオキはその様子にため息をこらえた。

 ようやく手に入れた教頭という自らの立場をひけらかしたくてたまらない、その男の行動の節々には、そのような感情が露骨に見える所があった。尤も、これまではそれを上手く隠してきたからこそ、その立場にいるのだろうが。

 

「やあ、どうも」

 

 だが、モモナリは教頭のそのような態度に畏まるわけでもなければ、憤る様子を見せるでもなく、いかにも自然なふうにそれを許した。

 いかにも、興味がないといった風だった。それは教頭の腰元にたった一つのモンスターボールすらもなかったからだろうか。もしくは、あったとしてもそのわざとらしい緊張感のなさからかも知れない。

 

 しばらく、教頭はアカデミーについての説明をつらつらとモモナリに行った。それはもしモモナリが人並みに真面目であればある程度は理解できていなければならないことだったが、彼は特にそれに興味がなく、否、つまらない話しか出来ない教頭にも多少の非はあるかもしれないが、とにかく、彼はそれに興味がなさげであり、ちらりちらりとアオキの顔色をうかがうのみであった。

 

「ではモモナリさん。特別にアカデミーから『テラスタルオーブ』を貸出いたしましょう」

 

 仰々しくそう言った教頭は、ポケットから一つのボールを取り出した。

 黒色と、特徴的な装飾が施されたそれは、もしポケモンサプライに疎い人間が見てしまえば『モンスターボール』と思ってしまいそうだが、モモナリほどのボールマニアになってしまえば、それがただのモンスターボールではないことは一目瞭然だ。

 そして彼は、それがアオキの腰元にセットされていたことも確認済みである。

 

『テラスタルオーブ』パルデア地方の新発見にして、モモナリがこの地方に呼ばれる要因の一つとなった、バトルのセオリーを大きく変える新技術。

 

「なるほど、これが」

 

 そう言ってそれを受け取ったモモナリは、なんの気なしにその中央のスイッチを押そうとする。

 だがそれは「おおっと」と、やはりオーバーリアクションな教頭に止められる。

 

「対戦以外でそのスイッチを押すことはお勧めしませんよ、私などはそれで足を捻ってしまった。パルデアのバトル学発展のためとは言え、いささか危険ですからなあ」

「はあ、そんなもんですか」

「勿論、対戦中ならばいくらでも使って結構です。空いた時間に野生のポケモン相手に使ってみるがよろしい」

「はあ、まあ、気が向けばね」

 

 つまらなさそうにそれを腰にセットしたモモナリに「では最後に」と、教頭は胸ポケットの中から若干ぶ厚めの手帳を取り出した。

 

「こちらを贈呈します」

「なんですこれ」

「我がアカデミーの『生徒手帳』ですよ」

 

 それを手に取り、モモナリは思った以上の重量感に驚いた。パラパラとめくる。勿論異国語で書かれたそれを理解は出来ないが、気を利かせたロトムフォンが彼と手帳の間に入ることでそれを翻訳する。

 そこに並ぶいくつもの単語に、思わず彼は苦笑を隠せなかった。

 

「こりゃまた、すごい」

 

 だが、教頭はそれを驚嘆と称賛だと勘違いしたようだ。

 

「素晴らしいでしょう! 前生徒会長と私が作った素晴らしい校則です。これ以上効率よく生徒を管理できるシステムはありませんよ」

 

 モモナリはそれに一瞬アオキの方を見たが、呆れたように首を振る彼にそれ以上の追求をしない。

 彼は学のある方ではないし、その生い立ちからいわゆるまともな学生生活を送った方でもない。

 学生生活など物語でしか知らない彼ですら、その校則の細かさは異常に映った。

 

 だが、アオキはモモナリの苦笑以上の感情を覚えている。

 規則が多いということはつまり、そうせねばならぬ事情というものがあるのだと。

 

 

 

 

 

 

 アカデミー、ある中規模教室。

 遥か遠くカントー地方から訪れたリーグトレーナーは、ロトムフォンによって言語の壁を越え、もはやその故郷ですら珍しくなりつつある技術を、彼なりにできる限りわかりやすく説明しようと戦っていた。

 

「すべてのパーティに対応するには『足し算』も必要だけど、同時に『引き算』も大切なんだ。一匹のポケモンに多数の仕事を任せることができれば、その分他に対策ができる」

 

 だが、教室の空気は重い、その学年すべての生徒を集めているのにもかかわらず。

 それはモモナリの説明がつまらないものであるからだろうか。否、本来ならば彼の授業は熱を帯びるべき場面ではあった、そして、翻訳を担当するロトムフォンはそれをわかりやすくパルデア語に変換している。

 

「『めざめるパワー』を活用することで『引き算』を可能にするんだ。大事なのは選択すべき技のタイプなんだけど、それらは対戦相手を想定することで決めていく」

 

 熱心な学生であれば、あるいは研究に興味のある若手トレーナーであれば、身を乗り出してでも聞き逃したくはない場面であった。

 だが、相変わらず教室の空気は重く、ペンの走る音もない。

 モモナリはそれを特別不思議なこととは思わなかったし、特別屈辱なことだとも思わなかった。

 彼は数度の講師経験こそあれど、このように学術に打ち込んだことはない。

 今この状況が正しいのかそうではないのか、その判断をする経験が無かった。

 

 

 

 

「さて、それじゃあ質問なんかがあれば何でも良いよ」

 

 考えてきた内容を語り。幾ばくかの時間を残したモモナリは、生徒たちを見回して言った。

 一瞬、教室内がざわついた。

 魅力的な提案だった。彼はわざわざカントーから講師として呼ばれたタイプ選択の専門家であったし、強豪トレーナーであり、プロリーガーだ。何でも良い、と許しがあるのならば、いくらでも聞きたいことはあるだろう。

 だが、それはある生徒の一つのアクションによって沈黙となった。

 一人の生徒だ。手を上げている。

 短く刈り上げられた茶髪には、挑発的な剃り込みが入っていた。学生といった年齢には見えなかったが、このアカデミーは年齢不問であることをモモナリは知っていたので、特にそれを疑問には思わなかった。

 

「はい、じゃあ君」

 

 そう指差された男は、その場から立ち上がること無く、背もたれに体重を預けたまま答える。

 

「せんせぇ、俺にはよくわからなかったです」

 

 その言葉に、教室内の雰囲気が重くなった事を生徒たちは感じていた。

 しかしそれは、モモナリがリーグトレーナーであるからとか、彼に向かって不躾な態度をとることに対するリスクであることとか、そういうことではない。ただただ、彼らはその生徒が作り出す雰囲気の悪さに沈黙を続けるしか無かった。

 

「どこがよくわからなかったかな」と、特に気にすること無く問う。

 

 男は、やはりモモナリに対する敬意無く、鼻で笑うように返した。

 

「カントーにはテラスタルがないんでしょ? 俺達より遅れている戦略感の先生が、俺達に教えられることなんて無いんじゃないかなと思うんですよ」

 

 なあ、と、男は周りの生徒達に振り返って問うた。周りの生徒達も、彼に同調するように頷いて声を殺さずに笑う。

 だが、それは教室全体の意見ではないようだ、その証拠に、彼らの笑い声は、男を中心に小さく広がって消えるのみ。

 明らかに、その男の目的はモモナリを吊るし上げることだった。怒るでも良い、引きつり笑いを上げながら嗜めるでも良い、自身の格を落とさぬように若きものに同調するでも良い、とにかく彼は、異国から来た講師に対し、どうしても防げぬ事実を叩きつけ、精神的に優位に立つことができることを、あるいは周りに証明したいのだろう。

 

 その真意に気づかぬまま、モモナリはそれに答えんとする。

 

「君が僕の戦略感を『遅れている』と思うのならば、この講義を元に君がその先を作り出せば良いじゃないか」

 

 それは、男の望む答えだっただろうか。

 否、そうではないだろう。モモナリの回答は、彼のプライドを切り売りするようなものではなかった。

 

 更にモモナリは、男の腰元を覗き込むようにしながら続ける。

 

「君はバトルは?」

 

 男は憮然としながらそれに答える。

 

「まあ、やりますけど」

「バッジはいくつ持っているんだい?」

 

 男はそれに若干沈黙し、不機嫌そうに鼻を鳴らしてから答える。

 

「五つだ」

 

 その場にいる誰もが、その次の言葉を想像していた。

 明らかな事実を叩きつける。リーグトレーナーを『時代遅れ』というのであれば、バッジの数を問うてその実力を客観的に否定する。そんな事を言う余裕はあるのかと。

 だが、それもある意味では男の望むものではあった、最大限に望むものではなかったが。

 リーグトレーナーが、たったひとりの生徒に対してムキになる、そのシチュエーションも、男の精神的優位性を周りに証明することになるだろう。

 しかし、モモナリの次の言葉は、少し想像と違うものだった。

 

「それなら、ちょっと対戦してみようか」

「は?」

 

 男の返答に、モモナリはさらに続ける。

 

「いやね、僕もこっちに来たばかりでパルデアのトレーナーとは戦ったことがなかったんだ。恥ずかしい話、テラスタルを使ったこともなければ使われたこともないんだ。そういう点ではたしかに『遅れ』てるから、是非とも戦ってくれると嬉しいな、勿論、それなりにハンデもつけてあげるからさ。どうかな『僕と戦いませんか』」

 

 男にとって想定外であったことは、今まで彼がからかってきた講師陣と違い、基本的にモモナリには社会的地位を基盤にしたプライドというものが存在しないことであった。

 それ故に、彼はバトルで欲求を通す。新たな技術と戦いたいと思えば、なんのためらいもなくそれを要求する。

 

 一転して窮地に立たされたのは男の方だ。散々挑発した手前、その要求を断れない。

 だが、戦えば醜態を晒すことは明らかだ。双方の同意がなければバトルが出来ないというパルデアの文化が、彼の逃げ道を塞いでいる。

 沈黙を続ける彼を救ったのは、教壇に現れた足音だった。

 

「モモナリさん」

 

 アオキは、男からモモナリの視線が逸れるような位置から声をかけた。

 

「彼らにも次の授業がありますから。他に質問がなければこのくらいにしておきましょう」

 

 その声を待っていたかのように、教室備え付けのスピーカーからチャイムが鳴った。

 生徒たちは一瞬戸惑いを見せていたが、男がモモナリを一睨みしてから取り巻きと共に教室を後にしようと動いたのを皮切りに、次々と教室を去っていく。

 

 やがてすべての生徒がいそいそと教室を去った後に、アオキが一つため息を吐いてモモナリに歩み寄り、頭を下げる。

 

「不快な思いをさせて申し訳ありません」

 

 はあ、と、モモナリがそれに首を捻ったことを気にせず、続ける。

 

「彼はパルデアポケモンリーグ重役の一族でして、少し、我が強いところがある」

「はは、我が強いのは僕も同じですよ。あなたが謝ることじゃない」

 

 ニコリと笑ってそう答えたモモナリだったが、しばらく頷いた後に、今度はニヤリと笑ってアオキと視線を合わせる。

 

「いやはや、アオキさんが乱入してきたお陰でテラスタルを経験する機会を逃してしまいました。どうでしょう、僕としてはアオキさんが代役となってくれれば嬉しいんですが。『僕と戦いませんか』」

 

 先程生徒に行ったロジックを、今度はアオキに押し付けている。否、純粋な興味が目的であった先程に比べれば、今回のそれはより欲求に忠実に、それでいて相手から懇願させることが目的のような圧力を、意識半分無意識半分で放っている。

 だが、アオキはそれに首を横に振った。

 

「残念ですが、お断りします」

 

 はぁ、と、モモナリは深いため息をつく。

 

「厄介な文化だね」

 

 しばらく沈黙をもった後に、モモナリの右手が、無意識のうちに腰元のボールに伸びる。それが無意識であるのかどうかをモモナリ本人ですら説明できない所が厄介なところであるが。

 だが、彼がボールを弾かんとしたその瞬間に「モモナリさん」と、第三者の声がそれを遮った。

 彼らがその方向を見ると、アカデミーの教頭がニコニコと笑いながら、何も警戒すること無く彼に歩み寄る。

 

「お疲れ様でした。私用のため見学はできませんでしたが、生徒たちもきっと喜んでいるでしょう」

「はあ、どうも」

 

 教頭は、ちらりとアオキを見やってから続ける。

 

「せっかくカントーから来ていただいたんだ、子供の使いじゃあるまいし監視つきというのも窮屈な話だ。アオキも忙しい身ですし、如何でしょう、少しばかり一人で観光の時間を取っては」

 

 その提案に、モモナリは一瞬表情を曇らせた、悪くない提案であったが、それを他人から提案されることは非常に珍しいことであった。

 そして、それに声を上げるのはアオキ。

 

「教頭、彼の身の回りを世話をするのは理事長から頼まれた業務であるので」

 

 だが、教頭は引かない。

 

「それはポケモンリーグの都合でしょう。五歳児じゃあるまいし、アカデミーとしては彼を一人の大人として扱いたい。校長にも許可は取っています」

 

 アオキはその発言を疑った。アカデミーの校長は諸事情から多忙の身だ。このようなイレギュラーな事態をそう簡単に許可するとは思えない。

 だが、それを明確に否定することも出来ない。何よりそれを主張しているのは教頭なのだから。

 

「なあに、アカデミーにいる間は我々が責任を持ちます」

 

 そう言われてしまえば、アオキはそれ以上の権限を持たない。それを強く否定するのは彼の中では立場と業務を逸脱した行為になる。

 

「はあ、それでは、一応理事長にはそのように報告させていただきます」

「構いませんよ、勘違いされないように言っておきますが、ポケモンリーグとアカデミーは管轄が違う、それをお忘れないよう」

「ええ、勿論」

 

 アオキはそう言うとモモナリに視線を向け「それでは失礼します。くれぐれも、パルデアのルールを尊重していただくよう」と頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

「さて」と、アオキが消えた教室で、教頭はモモナリに向き合った。

 

「晴れて自由の身ですな」

 

 モモナリはそれに戸惑って返す。

 

「はあ、まあ、明日にはまた別学年の授業がありますが」

 

 教頭はそれを無視して続ける。

 

「実はね、あなたの実力を見込んでお願いがあるんですよ」

 

 彼は懐から一枚の地図を取り出し、モモナリに手渡した。

 見ると、土地の一部にマジックで印がつけられている。

 

「なんです、これ」

「ある集団の『アジト』の場所ですよ」

「はあ」

 

 首をひねるモモナリに教頭が続ける。

 

「わが校の不良軍団がね『スター団』と名乗って閉じこもっているんですよ。ポケモンで武装している集団ですから簡単には手を出せなくてね」

「はあ」

「モモナリさんにはね、彼らを『指導』していただきたいんですよ。何、少し世の中を軽く見ている生徒たちにね、少し現実を見せていただきたい」

「はあ」

 

 モモナリはその地図をぼうっと眺め、教頭に問う。

 

「それって、僕がやっても良いんですか?」

 

「もちろん」と、教頭は手を叩き甲高い大きな声で答える。

 

「我がアカデミーの教師として、生徒の『指導』は大事な仕事です」

「はあ、そんなもんですが、ならまあ、やりますが」

 

 それを承諾したモモナリに、教頭が続ける。

 

「その場所までは『空を飛ぶタクシー』を派遣しましょう」

「いやいや、ガブリアスで飛んでいくから大丈夫です。散歩がてらです」

 

 モモナリの言葉に、教頭は満面の笑みで答えた。

 

「いやはやなるほど! 頼もしい!」

 

 

 

 

『リーグトレーナー、モモナリ』

 

 それまで軽快にモモナリのコミュニケーションを補助していたロトムフォンが、急にノイズを撒き散らし地面に落下したかと思えば、次の瞬間に再び浮遊し、それまでの人懐っこい声から、男のような低い声で彼の名を呼んだのは、モモナリが『スター団』のアジトに向かおうとアカデミーの外に出てすぐのことだった。

 

「なんだなんだ」と、ロトムフォンの変化に少し首をひねったモモナリが、それを手に取りカントー・ジョウトポケモンリーグ理事に連絡をしようとしたが、ロトムフォンはひらりとそれをかわして続ける。

 それで、モモナリはその異常を重要なものと感じた。レンタルとは言え、ロトムフォンが持ち主の意志に背くことはありえない。

 彼がボールに手を伸ばそうとした瞬間に、指示をしていないはずなのにそれが言葉を放つ。

 

『慌てなくてもいい。少しの間、ロトムフォンをハッキングさせてもらった』

「それは慌てたほうが良いんじゃないかな」

『心配するな、指示に従えばすぐに開放する』

「いやそうは言ってもね、これ借り物だからさ」

 

 あまりにも目の前のことに純粋なモモナリに、ハッキング相手は一瞬それ以上の説明にためらいを見せたが、一つノイズをちらしてから言葉を続けた。

 

『我が名は『カシオペア』、理由あって姿を見せる訳にはいかない。なので通話で指示を行いたい』

「はあ」

『リーグトレーナー、モモナリ=マナブ。先程教頭先生より『スター団』について指示があったな』

「へえ、よく知ってるね」

 

 カシオペアの言葉に、モモナリは若干驚いて答えた。だが、それを誤魔化すことはしなかった。特に隠したほうが良いことだという指示はなかったからだ。

 

『教頭の話を信用するな。奴はスター団を不良と言ったが、その実態は違う』

「へえ」

『スター団はアカデミーで居場所を無くした生徒達の集まりだ、決して不良ではない』

「はあ」

『他にもなにか吹き込まれているかもしれないが、我々は決して他の生徒をいじめるようなことはしていない』

「そうなんだ」

 

 イマイチ反応の悪いモモナリに、カシオペアは若干早口になった。

 

『教頭の言いなりにはならないことだ、そして、スター団は見逃してもらう』

 

 カシオペアの訴えに、モモナリは「ううん」と唸って返す。

 

「いやそうは言ってもね、状況を考えると君達は僕の授業も聞いてないだろうし。先生としては指導には行きたいなと思ってるんだけど」

 

 その言葉を、カシオペアは敵対の宣言だと判断したのだろう。言葉のトーンを少し落とし、脅すようにモモナリに言う。

 

『我々の邪魔をするのであれば、残念ながら貴方に攻撃するしか無い』

 

 それに感心したようにモモナリは「ほう」と声を上げ、特に恐れる風もなく問う。

 

「姿を見せることが出来ないのに、どうやって僕を攻撃するんだい」

『攻撃する手段はいくらでもある。我々にはセキュリティを突破する技術がある』

 

 それに言葉を返さないモモナリに、カシオペアは彼があまりにもデジタル技術に疎い存在なのだと判断し、具体的な内容を出して彼を脅すことにした。

 

『我々の技術を持ってすれば例えば貴方の所有する電子資産をロックすることもできるし、それを奪うこともできる』

「電子資産が何かわからないんだけど、僕現金しか持ってないよ」

『それならば個人情報を入手し、それを不特定多数の反社会組織に流すことだってできる』

「個人情報と言ってもねえ」

 

 しかし、とモモナリは続ける。

 

「大したもんだね、ロトムフォンの向こう側からそんな事ができる時代になっているのか。まるで夢物語だね」

『あまりにも危機感がないようだが、あまり強がるのはおすすめしない』

「いやいや、危機感がないわけじゃないよ。ただ、そんな事してもお互いに面倒くさいだけだよ」

『お互い?』

 

 疑問符がついたカシオペアに、モモナリが続ける。

 

「色んな人に迷惑がかかるからね、そんな事されたら僕も君を見つけないといけないし」

 

 その言葉に、カシオペアは絶句した。

 

『何を言っている。デジタル知識に疎い貴方が私を見つけられるはずがない』

 

 一見、それはまっとうな意見であるように思えたが「いや、そうでもないと思うよ」と、モモナリ。

 

「そうでもないというか、僕は何が何でも君を見つけるよ。君がアカデミーの生徒であることはわかっているから最悪アカデミーの生徒全員に『聞いて』回ってもいいし。とにかく僕はどんな手段を使っても君を見つけるだろうね」

 

 それは、カシオペアにとって想像できないほどにアナログ手法な宣言であった。

 当然、カシオペアはそれを許容できない。

 

『何をバカな、そんな事できるはずがない』

「そうかな、むしろ君がやろうとしていることより簡単そうだけど」

『それこそ夢物語だ』

 

 呆れるようにそう言ったカシオペアに、モモナリはニヤリと笑って言った。

 

「ほらね、お互いにそう思うんだよ。お互いにお互いのことをまるで夢物語のようだと思うけど、多分、お互いにとってそれは大して難しいことじゃないんだ」

 

 彼は、本当になんでも無いことのように言っている。それが不可能かもしれないとか、そんなことはかけらも考えては居ない。

 

『いや何なんこいつ、まじでヤバいんだが』

 

 思わず口調が砕けた。

 通信が切られそうな雰囲気を感じたのだろう。「ああちょっと」と、モモナリは懐に入れていた地図をロトムフォンに見せつけながら言う。

 

「もうちょっとしたらここに行こうと思ってるから、スター団の人達全員集めといてね。色々教えてあげるから」

 

 呆れる気力も残っていなかった。

 

 

 

 

 

「いやー、何だか懐かしい気分になるね」

 

 スター団アジト、アカデミーから持ち出した机や備品で作られたバリケードの中で、モモナリはガブリアスを含めたポケモンたちを繰り出しながら、それでいてなんの緊張感もなく、表情を綻ばせていた。

 

「こういう『秘密基地』若い頃は皆作るんだよね。僕の友達にもこういう秘密基地持ってるのが何人かいるよ。まあ、彼女の秘密基地はこんなにキレイじゃなかったけどさあ」

 

 望めば、一つや二つ思い出話を語ってくれそうな雰囲気だった。

 だが、その周りには絶望の表情を浮かべるスター団の下っ端たちがいる。

 少し前に、マジボスより侵入者を迎えうつ指令があった。これまでの中で尤も警戒すべき相手だと情報もあった。故に、彼らは恥も外聞もなく、彼らができるだけの『団ラッシュ』を行い、たった一人の侵入者に対して過剰とも言える戦力をつぎ込み、その男に『バトルを申し込んだ』はずだった。

 しかし、結果はどうだ。

 繰り出されたポケモンたちは、全てモモナリの手持ちにやられていた。単純に繰り出されたガブリアス、ゴルダック、アーマルドは、モモナリからの指示を待つこと無く、それぞれ独立した動きでラッシュを蹴散らしたのだ。最終進化系であることを差し引いても、その実力差は明らか。

 そして、彼らをまとめる五人のボスたちもまた、モモナリと対面しながらも、その戦力差に絶望していた。

 

「さあて『指導』の時間だ」

 

 彼らは決して弱いトレーナーではない、ボスを任されるだけあって、その実力は折り紙付きである。

 だが、それはあくまでもアカデミー内での話だ。相手はバッジをコンプリートしているリーグトレーナー、彼らの実力を持ってしてもその差は明らかだ。

 

「勘違いして欲しくないんだ」

 

 モモナリはゴルダックとアーマルドをボールに戻した。彼の傍にはガブリアスのみとなる。

 だが、スター団も、そのボスたちも、それをチャンスだとは思えなかった。

 

「僕は君達をどうこうしようだなんて考えていない。ただ、一教育者として、君達に授業と、アドバイスを送りたくて来たんだ」

 

 気づけば、モモナリはそれを両手で構えていた。アカデミーの生徒にとっては馴染み深い、テラスタルオーブだ。

 

「君達の目的が何であれ、それを達成するには『力』が必要なんだ。そしておそらく、今の君達にそれはないだろう」

 

 ボスたちがモモナリのその言葉を不服に思うよりも先に、モモナリのテラスタルオーブが光り輝く。

 集結するエネルギーの躍動は、モモナリの体幹を崩そうとしたが、両手でそれを胸に抱える彼の体は動かず、その視線は、対戦相手であるボス達から逸れることはない。

 

「さあ、『時代遅れ』のリーグトレーナーが、この技術をどう使うか、特別に、君達にだけ見せてあげよう」

 

 そして目線を切らぬまま、彼はそれをガブリアスのもとに投げる。

 光の中から再び現れたガブリアスの頭上には、ハート型を模した王冠が掲げられていた。

 

「この授業が君達の『力』になれば、僕も一教育者として鼻が高いよ」

 

 対戦ではない、これは授業。

 彼らにとって、それは屈辱的な言葉だったかもしれない。彼らの本気の歓迎が、モモナリにとって何らかの危機を覚えるようなものではなかったのだから。

 だが、それを否定することは出来ない、悔しいがモモナリの言う通り、自分たちが屈辱を晴らす権利さえ『力』に阻まれている。

 ボスたちはそれぞれ顔を見合わせた。それを利用する強かさが必要であった。

 モモナリの言う通り、この経験を活かそうではないか。

『力』というものは、いくらあっても足りないことはないのだろう。

 

 

 

 

 

 

 最終日。

 モモナリはろくに遊ぶことも出来なかったそのスケジュールのタイトさに呆れていたが、対カリンとのAリーグ戦を考えれば、どれだけ無理をしても今日帰らなければならない。こればかりは、スケジュールを組んだカントー・ジョウトリーグ理事が優秀であると言わざるをえないだろう。

 

「モモナリさん、今回はありがとうございました。いやはや惜しい、貴方さえ良ければ我が校の教師として採用させて頂きたいところなのですが」

 

 教頭室にて、教頭はそう言ってモモナリの手を握った。尤も、彼がモモナリの授業を見学することは最後まで無かったが。

 だが、彼はモモナリの実力を買っているようだった。そりゃそうだろう『不良軍団』のスター団に対し「ええ、それはもうバッチリと『指導』してきましたよ」と笑顔を見せるほど使える男だ。それに「いやあ、良い生徒さんもいるもんですねえ」と生徒を評価していることも良い。

 

「ええ、いや、まあ、でもリーグがあるんで」

 

 モモナリは適当に相槌を打っていた。彼にとって、その男はそれほど興味が持てないのだろう。

 

「ええ、ええ、そうでしょうね。それでは、名残惜しいですがこれで」

 

 教頭はそう言うと、すぐさまにドカりと沈む椅子に腰を下ろし、資料に目を通し始めた。

 だが、モモナリは特にそれを不服に思うこと無く、教頭に問う。

 

「あ、最後に寄りたいところがあるんですが大丈夫ですか」

 

 教頭も、それに対して興味がなさそうに答える。

 

「ええ、ええ、好きにしてくださって大丈夫ですよ」

 

 

 

 

 アカデミー、テーブルシティ。

 彼らは、アイスやドリンクの屋台があるスペースに屯していた。

 

「ちょっといいかな」

 

 モモナリは、そのうちの一人、茶髪、剃り込みの男が座るテーブルに向かった。

 そして、彼の返答を待つこと無く、空いた椅子に腰を下ろす。

 

「なんです、せんせぇ」

 

 男は、いかにも鬱陶しそうに鼻を鳴らしながらそう吐き捨てた。彼からすれば、あまりおもしろくのない存在であった。

 

「いやね、少し君に『指導』しようかなと思っててね」

 

 その言葉に、男は一瞬表情を歪ませた。更にはその周りに座っていた生徒達も、モモナリに敵意のある視線を向ける。

 男は鼻で笑って言う。

 

「なあ、あんた俺がどういう立場にいる人間か知ってるのかよ」

「うん、聞いてるよ」

「なら、俺の機嫌を損ねたらどうなるかってことも、わかるよな」

「まあ、大体」

 

 彼があまりにもあっけらかんとそういうものだから、男は思わず吹き出してしまった。

 

「いやあ、あんた面白いわ」

「そりゃあ、どうも」

「それにクレバーだ。たしかに、俺の機嫌を損ねたところで、あんたには対して影響がないだろうよ」

 

 男の振るえる権力は、あくまでパルデアの中、そしてアカデミーの中であった。

 だが、その中では彼はやりたいことができる。

 気に入らない講師を吊し上げたっていいし、受けたくなければ授業を受けなくとも良い。そして、視界に入る目障りな同級生は、二度と目立たなくなりたくなるくらいいじめたって良い。そういう男だ。

 

「良いぜ、一体何を『指導』したいんだ」

 

 許しを得て、モモナリはそれを言う。尤も、許されなかったとしてもそれを言っていたであろうが。

 

「君は勘違いしている」

「へえ、何を」

「君はさっき、『俺の機嫌を損ねたらどうなるか』と言ったね」

「ああ、言ったな」

「何故かはわからないけど、どうやら君はそれを自分には当てはめていないんだ」

 

 男は首を傾げる。説明を求めていた。

 

「君は昔の僕に似ている部分があってね、自由に振る舞いたがる」

「まあそりゃあ、人生ってのは自由な方が楽しいだろ」

「尤もだね、自由に生きることは勝手だ、理想的ですらある。だが、それには常に責任がつきまとう」

 

 その言葉を聞いて、男は「あーはいはい」と鬱陶しそうに頷いた。幾多も聞いた話であった。

 

「そりゃよく言われるが、誰も俺には逆らわねえよ」

「そうだね、それが不思議な所だ」

 

 モモナリは首をひねって続ける。

 

「よくわからないんだけど、何故か君は自分の立場が守られているものであると思っているんだ」

「なんでよくわからないんだ、それはただの事実だろう」

「よくわからないよ、だって君、全然強くないだろう」

 

 それに、男の表情が変わったことをしっかりと視線に入れながら、彼は続ける。

 

「君が誰の親戚であろうが、それは君を守る力にはなり得ない、まあ、代わりにはなるだろうけど。つまりだね、君の実力では自由に生きる責任を果たせないんだよ」

「なあ、あんた、言って良いことと悪いことがあるだろう」

 

 当然、男にとってそれは許せない発言であった。

 バッジは五つ持っている。アカデミーの中ではマシな方だ。だが、それを面と向かって『強くない』と表現されてしまえば、それは到底受け入れられない。

 それを受け入れてしまえば、彼がこのアカデミーで築き上げていた巨大な帝国が、足元から瓦解しかねない。

 

「ああそうだね、言ってはいけないことだったかもしれない。君と同じように、自由に振る舞っている。だが、君は僕にその責任を払わせることは出来ない。弱いから」

 

 モモナリはニコリと笑って続けた。

 

「だから少し『指導』してあげようかなと思ってね、君は授業もあまり良くわかっていなかったようだし」

 

 男は周りに視線を向ける。そうすると、周りに座っていた何人かの生徒が立ち上がり、モモナリを取り囲んだ。

 既に彼ら以外の生徒たちはその場から離れている。彼らはモモナリと男が話し始めた瞬間にその場を離れることでリスクを回避していた。

 

「まあ、たしかに、あんたの言うことにも一理ある、あんたの言う通り、俺じゃあんたには勝てないよ、この場ではね」

 

 男はモモナリを取り囲む生徒たちに目配せをした。

 

「だが、俺には『仲間』がいるんだなこれが」

「ああ、たしかにそれも一つの『力』だろうね。僕の苦手分野でもある」

 

 だけど、と、モモナリは続ける。

 

「それを込みでも、君は僕に対する責任を果たせない。彼らの内何人が、本気で君のために戦ってくれるかな、尻込みをせずに」

 

 その言葉に、モモナリを取り囲む生徒たちは生唾を飲み込んだ。

 これまでの相手とは勝手が違う、相手はリーグトレーナー、事強さにおいてはパルデアのチャンピオンクラスにも引けをとらないだろう。

 モモナリの言うことが、自信が、強がりの虚構とは到底思えなかった。

 そうであるのならば、自分達も無事では済まないのかも。

 利益を享受するためにつるんでいる男の我儘に付き合うにはリスクが大きすぎるようなきがする。

 

「まあいい、これも授業だ」と、モモナリが全く警戒する様子もなく男に問う。

 

「たしかこの地方では、双方の合意がないとバトルは出来ないらしいね。まあ、この際人数はどうでもいいけど、どうする」

 

 男と生徒達は声を上げることが出来ない。その男に挑むことで自分達が負う責任を、リスクをどうしても考えてしまう。

 

 その様子に、モモナリはため息をついた。

 

「僕が相手じゃなくても、そのくらい考えた方がいいよ」

 

 そう言われてしまえば、男は引き下がれない。今までそうしてきたのだ、ここでそれを曲げることは、目の前の男、モモナリにプライドすべてをかなぐり捨てて服従することと同じだ。

 男は逃げ場が無くなっていた。

 だが。

 

「モモナリさん、何をしているんです」

 

 普段は静かな男の、少し強い声であった。

 男はモモナリから目をそらすことが出来なかったが、それを遮るように黒いスーツの背中が入ってくる。

 

「あらら、アオキさん。どうしたんです」とモモナリの声が聞こえたことで、男はそれがリーグ職員のアオキであることに気づくことが出来た。

 

「迎えに来たんです」と、アオキはスーツを直しながら答えた。

 

「どうしてこのような騒ぎを」

「見てわかりませんか、ふっかけられそうになっているんですよ。まあ、僕は良いんですが」

 

 はあ、と、アオキはわかりやすく溜息をつき、男に振り返って言う。

 

「もう行きなさい」

 

 男は、それに何らかの抵抗をしようとした。確かに助かったが、これをそのままはいそうですかと逃げてしまえば、あまりにも屈辱だ。

 だが、アオキの視線はそれを許さなかった。明らかに自身に向けられた強制の視線に、腰元にあるモンスターボール。アオキはその力を持っている。

 男は最後の抵抗とばかりにモモナリを睨もうとしたが、それにすら責任が発生するのかと思うと、視線を上げることが出来なかった。

 

「まあ、責任からは逃げないことだよ」というモモナリの言葉が、男の耳に残った。

 

 

 

 

「いやね、僕は彼に『指導』をしてあげたかっただけでね」

 

 アオキの対面に座りながら、モモナリは苦笑いしながら弁解していた。

 だが、アオキはそれに呆れかえる。

 

「私にはどう見てもふっかけているようにしか見えませんでしたが」

「そんな事ありませんよ、あの程度の相手にふっかけて何が面白いんですか」

 

 彼は手元にあった炭酸飲料をストローで飲み干して、いかにもそれが名案であるかのように「ああ」と声を上げて続ける。

 

「ところでアオキさん『僕と戦いませんか』」

 

 アオキはアイスコーヒーを一口飲んで答える。

 

「断ります」

 

 彼は天を仰いだ。

 

「パルデア地方ってつまらないですね」




パルデア編は三部作を予定しています。これは第一部としてアカデミーの過去を書いた作品になります
今回の新要素であるテラスタルはどことなく『めざめるパワー』との親和性が高いので、こういう形ですんなりと入国を果たすことが出来ました

モモナリへの質問など大変有難うございます。
全てに答えていきたいところですが世界観的に答えにくい質問などもあり答えられないこともあります。大変申し訳ありません

感想、評価、批評、お気軽にどうぞ、質問等も出来る限り答えようと思っています。
誤字脱字メッセージいつもありがとうございます。
ぜひとも評価の方よろしくおねがいします。
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