モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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超外伝 もしもモモナリのポケモンが擬人化してしまったら ⑦

 どのようなアクシデントが起ころうとも、時間が経つことからは逃れられないし、太陽が沈めば一日は終わる。

 それは、ポケモンが人間になる「突発性人形変異症候群」と言うトラブルが起ころうと変わらない。

 尤も、多くのトレーナーが巻き込まれたであろうそのトラブルが、大規模な混乱を引き起こさずに済んだのは、カントー・ジョウトポケモンリーグ理事を中心に設立された対策チームの献身的な働きによるものが大きく、また、人間となったポケモンたちが、あるいは人間以上に優れた倫理観を持っていたことも要因の一つだろう。

 

 

 

 

 くああ、と、カントー・ジョウトリーグトレーナー、モモナリは一つ欠伸をした後に、自らに抱きつくように被せられているガブリアスの腕をどかしながら起き上がった。

 手持ちのポケモンが人間になろうとも、彼の生活が大きく変わることはなかった。ただ、彼にとって『いつも通りにバトルが出来ない』ということは大きな変化であったかもしれないが、取り乱すこともなければ、突然に高度なものになった手持ちとのコミュニケーションに戸惑うこともないそれは、一般的に見れば大きな変化がないということだろう。

 

 月夜の影響か、はたまた街にあふれる光源による間接照明の影響か、もしくはフラッシュがなくとも洞窟を苦にしない視力によるものか、とにかく彼は、草木も眠ると言われるその時間においても、迷うこと無くトイレに向かうことが出来ていた。

 

 

 

 

 リビングに戻った彼が目にしたのは、珍しく机の前に座っている青年、人間の姿になったゴルダックだった。

 手持ちの殆どのポケモンが、すでにポケモンの姿に戻っていると言うのに、最も付き合いの長い彼は未だにその姿のままであった。

 

「眠れないのか」

 

 彼はそのゴルダックの隣に胡座をかき、シルエットのみが見えるそれに声をかけた。

 

「ああ」と、影はそう答える。

 

「元々、この時間には起きていたからな」

 

 彼はしばらく沈黙した後に、絞り出すように続ける。

 

「この体は、あまりにも不便だ」

「そうだな」

 

 モモナリはその言葉に頷いた。

 

「集中力も続かないだろう」

 

 その言葉に、ゴルダックは小さく声を上げた。そして、驚きながらも、それを抑え込むように冷静を装って答える。

 

「わかったのか」

「分かるさ」

 

 モモナリは鼻で笑う。

 

「ここ数日、らしくなかったからな」

 

 そう、モモナリは気づいている。

 いつものゴルダックならば、彼の瞑想ならば、彼の集中力ならば。

 差し出されたプリンに気づくはずがない、蛇の挑発が耳に入るわけがない、アズマオウの喧騒に気が散るはずがない、ピクシーの狼狽に笑うはずがない、カバルドンとガブリアスの会話に反応して逃げようとするわけがない、ジバコイルの調子の良さに呆れるはずがない、ユレイドルに誘われスイーツを食べるはずがない。

 ある意味で、この騒動の中で、ゴルダックこそが最もらしくなかったことを、モモナリは知っていた。

 

 ゴルダックの影は、それにうなだれるようにうごめいた。

 

「人間の集中力がここまで貧弱だとは思いもしなかった。これでは何も出来ない」

「いい勉強になったろ」

 

 モモナリは微笑んで続ける。

 

「次のバトルに活かせ、相手のトレーナーはお前らを追うだけで精一杯なんだ」

「ああ、どうやらそうらしい。今まで高く見積もりすぎていた」

 

 答えたゴルダックは、そこで会話を終えるように言葉を切ったが、そこから動くことはない。モモナリの動きを待っているのだろうか。

 だが、モモナリも同じく動かず、そして、微笑み続けながら、優しく語りかけるように問うた。

 

「不安か?」

 

 影は、その言葉に背筋を跳ね上げた。

 彼は少し言葉を選ぶように、時間をかけ唇を動かしている。

 側で寝息を立てていたガブリアスが、何か口ごもりながら体を反転させ腕をマットに叩きつけたが、ふたりともそれに反応しない。

 やがて、ゴルダックは声をつまらせるように振り絞りながら「どうして分かる?」と呟いた。

 否定せず、そして、強がることもしなかった。

 

「分からないと思ったか?」と、モモナリは呆れたように息を吐きながら答える。

 

「お前のことだぞ」

 

 その言葉に、ゴルダックは抵抗の意思を喪失した。

 諦めたように言葉を吐き出す。

 

「どうすればいい?」

 

 ガタガタと、不意に巻き起こった風が、庭と部屋とをつなげるガラスドアを揺らした。

 

「このまま、ポケモンに戻れなかったら、俺はどうすればいい?」

「心配すんな、ほぼすべてのポケモンが人間から戻ってるし、俺の手持ちだってすでにポケモンに戻っているやつもいるだろう?」

「俺も同じようにそうなるとは限らないじゃないか、いつもいつも、周りとは違ったのが俺だ」

 

 ははあ、と、モモナリは息を吐いた。

 コダックの頃から、彼は周りから浮いた存在であったことを、モモナリは知っている。そして、彼がほんの僅かばかりに、自分に比べればそれを気にしている方だということを理解していた。

 故に、彼はその意見そのものを否定はしなかった。

 

「戻らなかったとして、何が変わる?」

「分かるだろう。この姿じゃ戦えない」

 

 それは、至極わかりやすい理屈であった。

 人間の姿である限り、彼はポケモンとして戦うことは出来ないだろう。人間は『ねっとう』も『シンクロノイズ』も放つことは出来ないし『めざめるパワー』も秘めてはいない。

 

「お前の役に立てない」

 

 寂しそうに、恐れるようにそう言った。

 だが、モモナリはそれにため息を返す。

 

「今更、そんなこと気にしないよ」

「しかし、群れとしては」

「たかだかそんな理由で群れからお前を外せば、それこそ群れが崩壊するよ」

 

「心配するなよ」と、モモナリは一つ伸びをしながら続ける。

 

「これまでと変わらんさ、俺はお前を助けるし、お前は俺を助ける」

 

 少しばかり沈黙を作ってから、もう一つ続けた。

 

「飯くらいは炊けるだろう?」

 

 それは、あまりにも気の抜けた言葉であり、提案だった。

 一瞬、ゴルダックはそれに息を呑むような緊張感を孕んだが、その真意に深いものがないことをこれまでの付き合いから予測し、深い、深い溜め息をついた。

 

「お前は気楽だ、能天気だ」

「知らなかったのか?」

「いや、そうだったな」

 

 ゴルダックの影は天井を眺めるように視線を上に向けているようだった。

 やがて、彼はモモナリと向き合うように視線を合わせる。

 

「少し、眠ることにする。考えすぎた」

「ああ、そうしろ、それがいい」

 

 モモナリがそう言い終わるよりも先に、ゴルダックの影はごろりとその場に横になった。

 そして、しばらくもしないうちに、小さな寝息が聞こえてくる。

 

「やれやれ」と、モモナリは小さく漏らす。

 

 人間の体であるのに、ゴルダックでいた頃の感覚で睡眠を取っているからそうなるんだ。

 

「心配すんな」と、彼は暗闇に向かって言った。

 

「何とかするさ」




というわけで、擬人化編一区切りとなります
元々軽い気持ちで始めたのですが、ジバコイルやカバルドンなどのキャラクターが固まりきっていなかった手持ちのキャラクタをーある程度固めることが出来たので、やってよかったなと思います

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