モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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・サカベ(オリジナルキャラクター)
 かつてのジョウトリーグトレーナー、トレーナーとしては渋めの戦績であったが、ジョウトリーグ設立に尽力した影の功労者
 現在は引退し普及活動に尽力している
 登場は番外編-After the Elitefour ③奇と悪

・イツキ(原作キャラクター)
 カントー・ジョウトリーグトレーナー、かつての四天王
 現在も現役Aリーガーであり、ジョウトのトレーナーたちの実質リーダー格となっている


セキエイに続く日常 128-三人の大人達 ①

 小さな大会であった。

 最も、それはカントーやジョウト、あるいはホウエンやシンオウのような、それなりに活気のある地方に比べれば、というものであり、年々人口の減少を見せ、シティはおろか、タウンと呼べる集まりすら珍しい、そんな地方では、そのような規模の大会ですらも珍しい。

 少年少女たちが、信頼のできるパートナー一体と共にトーナメントに参加する。その程度のものだ。情報化の時代とは言え、リーグやジムが存在せず、基本中の基本を実技で教わる環境のないその地方の少年少女は、そのようなレベルの大会しか開くことができない。

 故にそこに熱狂はなく、かと言って無関心なわけでもない、優勝したその少女とサンダースに対して投げかけられるのは、感嘆と関心の鼻歌であった。

 

 

 

 

「よく頑張ったわね」

 

 母親は、小さなトロフィーを抱えた娘、ユズとサンダースを交互にみやりながら、その頭をなで、喜びを見せる。

 だが、それもまた、例えばカントーやジョウトの大会に参加するような母親の熱狂に比べれば僅かなものだろう。当然だ、彼女らと違い、その母親とユズは、ポケモンバトルで身を立てようなどとは思っていない。

 

「うん! サンちゃんも頑張ったよね!」

 

 ユズは興奮に顔を赤くしながら、パートナーであるサンダースに目線を合わせるように屈んで、彼女の顔を揉みしだくように撫でる。サンダースもそれを受け入れ、目を細めながら鼻を鳴らした。

 ポケモンバトルで身を立てようと思っていないことと、パートナーのポケモンに対する愛情の因果関係はないだろう。バトルをしないトレーナーにもポケモンにも、当然愛し愛される権利は存在するし、その逆もしかりだ。

 

 幼い頃からサンダースと共にあるユズが、友人たちに誘われてじゃれ合うようなポケモンバトルを嗜むようになったのは、別段珍しい話ではないだろう。

 そこで連戦連勝し、町でそれを止めるものがいないとなれば、自然と『その先』に目が向くのも当然だ。

 そして彼女らを止めるものは『その先』にもいなかった。少なくとも、この地方には。

 

「じゃあ、デパートに行って帰りましょうか」

 

 母親はユズの手を引き、会場を後にしようとした。すでに彼女らの『遠出の遊び』は終わっている。母は娘の勇姿に満足し、ユズは自らの体験を友達に自慢することに期待している。

 そこに、声をかける者があった。

 

「ナカザワさん、ナカザワさん」

 

 自らの名前を呼ぶ声に、母親とユズはその方を見る。男の声であったが、知らぬ声ではなかった。

 彼女らが目を向けた方には、やはり知った顔。

 その老齢に差し掛かろうとしていた男は、名前をサカベと言った。ポケモンリーグのないその地方では珍しく積極的に大会や初心者教室を開いている。彼女らとは顔なじみであった。

 

「サカベさん、どうしましたか?」と、母親はサカベの背後に目をやりながら言った。

 

「おじちゃん」

 

 ユズは母のようにサカベの背後に目をやることなく、見上げるようにサカベと視線を合わせた。彼女にとって、サカベは優しいおじさんであった。

 サカベは少し息を切らせながらも、少し微笑みながらユズの頭を撫でる。

 

「ああ、すみません、すみません。少しお時間を」

 

 サカベは背後のその男に道を譲るように体を開いた。

 

「はじめまして、ナカザワさん」

 

 その背後から現れた男は、まずは母親に会釈して右手を差し出す。

 

「イツキと言います」

「はあ」

 

 胡散臭い。

 彼女は一瞬だけそう思った。

 髪型はセットされ、白い肌はみずみずしい。微笑みから覗く歯は白い。

 ネクタイはなかったが、身に纏うジャケットは彼女程度のファッションの知識でも、それが高級だと理解できる格調を放っていた。

 要するに、このような小さな、ぼうっとした地方には似つかわしくないほどに、彼は洗練されている印象に見えた。そして、この地方に慣れ親しんだ彼女にとって、洗練されている男というのは、好感と共に一欠片の警戒を持って接する対象であったのだ。

 サカベの仲介がなければ、あるいは極力関わらぬようにしたかもしれない。

 

「ナカザワさん、彼のことは」

 

 そう問うサカベに、彼女は「申し訳ないのですが」と、二人に返した。

 残念だが、その男の事は知らなかった。

 

「それなら、これならどうです」

 

 イツキはジャケットのポケットからそれを取り出し、手慣れた様子でそれ『装着』する。

 彼女は「あっ」と漏らす。

 

「もしかして、リーグトレーナーの」

 

 彼が装着したマスクと、イツキという名前が、彼女の中で繋がった。

 彼女はポケモンリーグに明るいわけではない。だがそれでも、カントーやジョウトの放送局から地方に流れる番組で、そのマスクをした色男は、その本業の実力も相まってよく目にしていた。

 

「一体どうして」

 

 彼女はひとまず安心した。少なくともその男は、責任のない立場であるわけではないらしい。

 そして、安心すると同時に、テレビで見るような有名人がこの地方に訪れているという現実にようやく驚く。

 

「サカベさんから話を聞きましてね」

 

 人目を気にしながらマスクを外し、イツキは続ける。

 

「サカベさんは私の師匠のような立場の人でして」

 

 母親はさらに驚く。サカベがかつてポケモンリーグに参加していたらしいということを情報として知ってはいたが、まさかそこまでの人間であったとは誰が想像しただろうか。

 

「ユズちゃんのことを、少しね」

「そう、この小さな名トレーナーの話を聞きまして」

 

 イツキもまた、膝を折ってユズと視線を合わせながら、右手を差し出した。

 

「はじめまして、君、バトル上手だね」

 

 ユズはわけも分からぬままにその右手を握った。だが、褒められるのは嫌いではないし、子供らしく、そのいい香りのする男の人を悪くは思わなかった。

 

「バトルを見させていただきました」

 

 立ち上がったイツキは母親と目線を合わせる。

 

「正直、サカベさんから話を聞いたときには半信半疑だったんですが、実際に見ればわかります。素晴らしい立ち回りでした」

「あ、ありがとうございます」

 

 母親は戸惑いながら礼を返した。

 単純な結果から、ユズがこの辺ではバトルが強いほうだということは薄っすらと理解できていたが、勿論リップサービス込みだろうとはいえ、まさか現役のリーグトレーナーからこう言われるほどとは思っていなかったのである。

 

「特にバトルの勉強をしているわけではないというのは、本当ですか」

「え、ええ、まあ」

 

 母はその問いに対して誇らしさと同時に、気まずさを感じた。元々、それに熱心でないのに大会などに参加している自分たちに引け目があったのだろう。

 

「そうか、なるほど」

 

 その返答を否定するわけでも肯定するわけでもなく、イツキは口元に手をやってじっと考え込んだ。途中、サカベが「すみません、もう少しお時間を」と、母とユズそれぞれに言い、二人はそれに頷く。

 

 やがて「君は」と、イツキが再び膝を折ってユズと目を合わせる。

 

「バトルを見るのは好きかい」

「ううん」

「そっか、やるのは好きかい」

「う~ん」

 

 ユズはその問いに首をひねった、彼女はそれにまだピンとはきていないらしい。

 

「君は」と、イツキがサンダースと目を合わせる。

 

 サンダースは彼をじっと見つめ、一歩、ユズの方に寄った。

 

「良いパートナーだね」と、イツキが立ち上がる。

 

「元はリーグポケモンだったんでしょう?」

 

 そう、イツキは問うた。

 母親はそれに一瞬言葉をつまらせ、小さく「はい」と頷く。

 

「いやいや、責めているわけじゃないんですよ」と、イツキは微笑みながら手を降った。

 

「珍しいことじゃない」

 

 彼の言う通り、それを母が引け目に思う必要などなかった。サンダース、サンちゃんのような立場は、すでに珍しいものでもなければ、不公平なものでもない。

 かつて、サンダースはカントーリーグに参戦していた、リーグトレーナーの手持ちであったのだ。

 だが、その戦績を詳細に追うことは難しい。そのトレーナーは優れた戦績であったとはいえず、記録にも、記憶にも残らない、意地を見せたと言われるような一戦すら無いような、そんな、ごくごくありふれたリーグトレーナーの一人であった。今どうしているかは知られておらず、むしろそれは、彼が豊かな日常の中に溶け込んだということを示している。

 その後、サンダースはある育て屋に引き取られたが、運営能力に乏しいその育て屋はすぐに廃業。引退したポケモンのケアをするボランティア団体の預りとなり、ユズらの家庭に迎え入れられたのだ。

 そのような経歴から、ユズの家族は彼らがバトルを行うことに若干の不安があった。だがそれは、バトルが危険だとか、そういう部類ではない。むしろサンダースは手練なだけあって、ユズに対しても、その対戦相手のポケモンやトレーナーに対しても危険な行動は行わない。ただ、子供達の、範囲を広げたとしてもアマチュアの試合に、その元プロのような経歴にポケモンが参加することの是非について、未だに心の整理ができていなかったのである。

 故に、イツキの「珍しいことじゃない」という言葉は、わずかに母親の気持ちを楽にしただろう。

 

「引退ポケモンをパートナーにすればそのまますんなり結果を出せるほど、バトルというものは簡単ではないですよ。友達としては優秀な引退ポケモンも、いざバトルとなればエゴを出してくる」

「そうなんですか、ウチのサンダースはバトルでもユズの言うことをしっかりと聞いていたものですから、てっきりそういうものなのかと」

 

 母親はイツキの言葉に驚いていた。無理も無いだろう、彼女はバトルをあまり知らない。自らの娘とそのポケモンであるサンダースが見せているものがバトルの全てだと思ってしまってもおかしくはない。

 

「それは」と、イツキは一旦言葉を区切り、細かい技術論を喉の奥に飲み込んだ。それを言ったとしても母親は理解できず、ユズもまた、それを理解して行っている訳では無い。故に、彼は砕いてそれを説明する。

 

「得意なんでしょう、バトルが」

 

 彼はユズに問う。

 

「バトルは、楽しい?」

「うん」

 

 ユズは、サンダースの頭をなでながらそう答えた。「好き」と「楽しい」の微妙な差異を、彼女は感覚的に理解しているようだった。

 

「プロに興味は」

 

 イツキは、母親とユズ、そのどちらにも目線を合わせず、宙に放り投げるようにそう言った。

 ユズはそれに首をひねり、先に反応したのは母だった。

 

「あの、すみません。まだそういう事は」

 

 彼女はそこで一旦区切り、リーグトレーナーであるイツキが自分たちに声をかけてきたことの意味を解釈できるだけ解釈した後に、もう一度「申し訳ないのですが」と頭を下げた。

 

「いやいや、良いんですよ」と、イツキは再び微笑む。

 

「何もそれは強要するような事ではないです。重く捉えられたのならば謝罪します、申し訳ない」

 

 ですが、と、彼は胸ポケットからケースを取り出しながら続ける。

 

「今後、バトルのことでなにかお困りのことや相談事があれば連絡を、私達にできることならば、必ず、彼女の力になることをお約束します」

 

 母に手渡された名刺には、美しい文体で、恐らく彼のものであろう連絡先が書かれている。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 一応そう礼を言ったが、母はまだそれにどのような意味があるのかを測りかねていた。だが、この事は必ず夫と共有しなければならないだろう。様々な理由から、彼女はそう思った。

 

 

 

 

「『私の師匠のような立場』だって」

 

 ユズとサンダースが視界から消えて無くなったことを確認してから、サカベは口周りのシワを口角で引き伸ばしながらそう吐いた。

 すでに、彼らの周りには殆ど人間がいなかった。当然だ、対戦が終わった対戦場に、好き好んで居残る人間などいないだろう。

 イツキの素顔がほとんど割れていないことと、サカベが業界人としては圧倒的に知名度がないことが、彼らの会話に良いように働いている。

 

「よく言ったもんだよ」

 

 明らかに皮肉めいた口調であったが、イツキも同じように口角を上げながら答える。

 

「間違ってはいないでしょう。僕は一言も『バトルの師匠』とは言ってませんからね」

「嘘は言ってないってことかい」

「勿論、少なくとも普及面においては、師匠のような立場だと思っていますよ」

「よく言うよ、ついこの間までカリンのパシリだったガキが」

「ついこの間までカリンのお守り役だったおじさんが何言ってるんですか」

「勘違いするなよ、カリンのお守りじゃねえ、カリンとお前のお守りだ」

 

 その会話から分かる通り、サカベとイツキの間に単純な上下関係があるわけではなさそうだった。無論それは、少年と言っていい年齢の頃からジョウトリーグにて才覚を示していた男と、それほど結果を残すことができなかった男の差があるのだろう。

 

「それで」と、サカベは表情を元に戻す。

 

「どうなんだ」

 

 イツキはサカベに対して微笑みを変えぬままに答えた。

 

「どうも何も、そりゃあ素晴らしいものでしたよ、あなたより強いんじゃないですか」

「茶化すな」

「茶化しちゃいませんよ、そもそもあなたが『見込みがある』と言ってきた時点で、そこは疑ってないです」

「そうか」

 

 サカベは安心したように一つ息を吐いた。

 

「良かった」

「どうやって見つけたんです。そんなに熱心じゃなさそうでしたし」

「たまたまさ、まさか私だって、隠居先であんな子に出会えるとは思わなかった」

 

 ため息を吐きながら、サカベが首を振る。

 かつてカリンの才覚を見出したその男ですら、その幸運には半ば呆れの感情があるらしかった。

 

「どうするんです、その気になればジムバッジは集められるでしょうが」

 

 イツキは微笑みを収めて続ける。

 

「本人にその気がなければどうしようもないし、無理強いすることでもない」

「そりゃそうだ、昔ならともかく、今更無理強いすることはないさ」

「それに」

 

 イツキは、それを言って良いものかどうかと一拍悩み、そして、続ける。

 

「彼女達では、厳しいかもしれない」

 

 サカベはその言葉に一瞬沈黙したが、やがて頷いてそれに同調する。

 

「お前がそう言うなら、そうなんだろうな」

 

 二人は少し沈黙を共有したが、やがてサカベがもう一度口を開く。

 

「かわいそうに」

 

 イツキはそれに頷いた。

 

「だからこそ、僕を呼んだんでしょう。いつでも助けられるように」

 

 サカベはそれを肯定しなかったが、否定もしなかった。




今のところ3/4くらいまで書いているので徐々に投稿していきます

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