モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。 作:rairaibou(風)
「妙な気分だぜ」
机を挟んでモモナリの対面に座るその若い女は、片膝を立てもう片方を放り投げるような崩した座位を恥じる様子はなかった。
きめ細やかに見える桃色の髪は無造作に纏められ、肩から垂れるように雑に放置されている。それらの情報からでもわかることは、彼女が本来持ち得ているはずの何らかのアドバンテージに無頓着であるということだ。
「本当に戻れるんだろうな」
女はモモナリを睨みつけながら言った。
「ああ」と、モモナリはその凄みにうろたえること無く答える。
「クシノが言うには、月を跨いだ記録は確認されていないらしい」
「クシノってーと、あのチャラチャラしたペルシアンとこの頭か」
女がそう言うのを聞いてモモナリは微笑んだ。どうもあのペルシアンは人になった性格そのままらしい。
「あのチャラ猫はともかく、頭のほうが言うなら信用できるな」
女はぐいと伸びをして大きくあくびをする。
「しかし一月も山を空けるとなると心配だぜ」
山、とは、ニビとハナダの間にあるおつきみやまのことであろう。そんなこと、モモナリならば考えなくとも理解できる。
その山こそが、彼女ことピクシーの生まれ故郷であることを彼はよく知っていた。
「お前のことはタケシさんに伝えてあるし、今日みたいに暇があればアーマルドを向かわせる。心配するようなことはなにもないさ」
「まあ、そりゃそうだけどよお。チビ達に会えないのは寂しいぜ」
はあ、と、ピクシーはため息を吐く。
「この姿で会いに行くわけにも行かねえしよお」
「別にいいじゃないか。お前がピクシーだってことはわかってるんだろう」
「そりゃそーだけどよお、人間に変なイメージ付きそうでよお」
お月見山は、世にも珍しいピッピの群生地である。
ピッピという生物の希少性から、かつてその地はナナシマ列島に並ぶ密猟者達のホットスポットであった。
もちろん、西のニビジムや東のハナダジムがそれを黙って見逃していたわけではないが、それでも人間の欲望というものは針の穴を通すものだ。それぞれのジムが眼を光らせていなかったら、たちまちのうちにお月見山は芝刈り場になっていただろう。
無粋な人間たちにピッピたちは深部に逃げ隠れ、深部に逃げ隠れることから更に彼女らの希少性が増す。そのような悪循環が行われていたのだ。
そのような環境で生まれたのが、かつての彼女のような生粋の人間嫌いであった。
「しゃーねえから、この姿でいる間はここをねぐらにするかな」
ゴロン、と、彼女はその場に寝転がった。
「この肌じゃ山で寝るのも億劫だ」
「大して変わりゃしないだろう」
「全然ちげえよ」
なあ、と、彼女はその側で足を組んで瞑想している青年に声をかけた。
「お前だっていつもどおりってわけじゃねえだろう」
その問いに、その青年、ゴルダックは眉をピクリと動かしたが、それ以上のリアクションを起こすこと無く、やがて再び瞑想の世界へと旅立つ。
「やれやれ、相変わらず釣れねえやつだよ」
くああと大あくびをカマし、モニョモニョと口を動かしてから続ける。
「よくもまあ、あんたもこんなのと付き合えるよな。まあ、その逆も言えるけどよ」
モモナリがそれに苦笑を返したことを確認することもなく、ピクシーはガバりと上体を起き上がらせて目線をその横に向ける。
「丁度いい、お嬢ならわかるだろ」
その目線の先にいるお嬢と呼ばれた少女、今は人の身となっているガブリアスは、不意に向けられた興味におやつを食べる手を止めた。食べれば食べるほど無くなるという何よりも悲しいこの世の真理に僅かでも抵抗しようと小さくスプーンに掬われたプリンが僅かに震えている。
「なあに?」
「体の話さ、人間の体じゃあ思うようにできないだろ」
「うん、でも楽しいよ」
その返答に、ピクシーは再びバタンと床に体を預けた。
「かあ、相変わらずきゃわいらしいなあお嬢は。敵わねえ、敵わねえよ」
ゴロゴロと転がるピクシーに、ガブリアスはプリンを大事そうに一口食べてから首をかしげる。
「お姉ちゃんは、人間嫌い?」
その純粋な問いに、ピクシーは寝転がったままに答える。
「そりゃまあ、好きじゃねえわな」
彼女の出自から、それは仕方のないことだろう。
「じゃあ、お父ちゃんも?」
その言葉に、ピクシーは再びガバっと上体を起き上がらせ、その話題に興味なさげにステンレスのボウルを磨いているモモナリとガブリアスとをそれぞれ見やった。
「そりゃあ、おめえ」
バツが悪そうにグシャグシャと頭を掻く。
彼女は背後に振り返ってゴルダックをひと目見やって助けを求めたが、彼はそれに気づいているのかいないのか、顔をその方から背けた。
「そりゃあよう」
キョロキョロと室内を見やる、充電が切れたようにじっと動かぬジバコイルが助けてくれる算段はないだろう。
大抵こういうときには蛇をからかって話の矛先をそらすものだ。だが、不幸なことにアーボックはモモナリに飯を作るのだと息巻いてユレイドルと共に買い物中である。
取り付く島もないとはこのことだ。
はあ、と、ピクシーはため息をつき、真っ直ぐな目で自身を見つめ続けるガブリアスに向けて指を三本立てる。
「いいかお嬢、人間には三種類ある」
そのまま指を一本立てて続ける。
「まずは『信用できない人間』だ。まあ、俺からすれば大体の人間がこれだな」
更に指を振って続ける。
「二つ目は『信用できる人間』だな。これはまあ、少ないが、いないことはねえ。チャラ猫んところの頭やポンコツモーターんとこの頭、後はタケシなんかもそうだ」
そして、と指を振り続ける。
「三つ目が『一緒に馬鹿やってもいい人間』だ。まあ、その、そうだな、俺達の頭がそうだよ」
ふふっ、と、彼女の背後で堪え切れずに息を吐く声。
バネ細工のように、彼女は振り返ってゴルダックを睨みつける。
「笑ったろ」
ゴルダックは動かない。だが、わずかのその口角が震えているように見える。
無理もないことだ。
かつて、徹底した人間嫌いであった彼女が、信用を通り越した情をこの群れに抱いていると吐露しているのだから。
「おい、無視してんじゃねーぞ。笑っただろと言ってんだよ」
ぐい、と、彼女の焦る吐息がかかるほどに近づかれ、ゴルダックは顔を背けて渋々と答える。
「笑ってない」
「いいや笑ったね、笑ってた」
「笑ってない」
「この野郎」
鼻と鼻が密着するほどに詰め寄るピクシーに「喧嘩は良くないよ!」と、ガブリアスは立ち上がろうとしたが、モモナリがそれを手で制す。
「大丈夫、喧嘩じゃない」
その言葉に、ピクシーは再びモモナリを睨みつける。
「喧嘩じゃないの?」と、ガブリアスはやはり純粋に首を傾げた。
「ああ、喧嘩じゃない」
「でも、お姉ちゃん怒ってる」
「怒ってるように見えるだけだよ」
「そうなの?」
「ああ、ピクシーが怒ったらこんなものじゃないからね」
「じゃあ、どうして怖いの?」
「それは」と、モモナリはそれに答えようとしたが、突き刺さるようなピクシーの視線に苦笑いして続ける。
「アーボックの姉さんに聞いてみなさい」
そうすれば、彼女の背後で再び噛み殺した笑い声。
ぐるりとゴルダックと目を合わせるがもう遅い。
「お前らあ」
顔を少し赤くし、息を震わせながらピクシーが立ち上がった。
だが、それすらも『照れ隠し』であることを見抜かれているだろうことを、群れの頭とその右腕に挟まれた彼女は理解している。
「ああもう、なし! 今の全部なしだ!」
そのまま彼女は大股で部屋を横切り、庭へとつながるガラス戸を力いっぱいに開きながら叫ぶ。
「おいアズ公! 力比べだ! 今すぐ力比べだぞ」
そのまま庭へと飛び出そうとしたピクシーに「あ、お姉ちゃん!」と、ガブリアスが負けずの大声を上げる。
「教えてくれてありがと! はい、これあげるね」
差し出されているのは、プリンの山盛りが震えるスプーンであった。
一瞬、ピクシーはそれをどうすれば良いものかと動きを止めたが、すぐさまに口をそれに持っていって捕食する。
「いいか! 今言ったことは絶対忘れろよな!」
それがこぼれぬように口元を抑えながら、ピクシーは庭へと駆け出す。
その向こう側から「受けて立とうぞミス・ピクシー!」と、アズマオウの声が聞こえていた。
☆
「随分とからかったようだね」
庭と部屋とをつなぐガラス戸を、その巨大な男が腰をかがめて横歩きのようになりながらくぐったとしても、モモナリとガブリアス、ゴルダック、そして電源の切れたように眠っているジバコイルは、驚きもしなければ恐れることもない。
なぜならば、その縦にも横にも巨大な男がモモナリの手持ちの一匹であるカバルドンであることは、すでに知れ渡っていることだからだ。
彼は自らが座ろうとしている周りに踏み潰してしまいそうなものがないかをしっかりと確認して、どこからか持ち出してきたジャケットをそこに敷いてから腰を下ろす。
「そんなに泥はついていなかったぞ」
「いやいいんだ、万が一ということがある」
彼は服の裾を確認してから続ける。
「上着は脱いでいたとはいえ、随分と投げられた」
それがアズマオウになのか、それともピクシーにであるのか、モモナリらはそれに言及しなかった。
ちらりと外を見やれば、遠近法で脳をバグらせてくる筋肉男と、やたらに肌の露出の多い桃色の髪の女が庭のど真ん中で互角に組み合っていることから、あるいはそのどちらからかもしれなかった。
「お前ならやられっぱなしってこともないだろうに」
モモナリのその言葉に、ガブリアスも頷いた。
もちろんそれは、モモナリが彼の人間としての体格を意識していった言葉ではない。
元々、カバルドンは同種に比べて大きな体格を持っていたし、その見た目に劣らぬ力と体力も持っているポケモンであった。故に、いくら『照れ隠し』をしているとはいえ、ピクシーやアズマオウに投げられっぱなしというわけにはいかないだろうことを知っている。
「いいんだよ、若い彼らは攻撃の感覚を覚えればいいし、僕は技を受ける感覚を思い出せる。役割的にも、それが正しい」
彼の言う通り、カバルドンの群れでの役割はその体力と耐久性を生かした『受け』だ。特濃の『すなあらし』を撒き散らしながらそれを行える彼は、モモナリの戦略を支える屋台骨と言っていいだろう。
「はい」と、カバルドンの眼前にもプリン山盛りのスプーンが差し出される。
最も、その巨大な男の前では、あまりにもスプーンが小さく見えたが。
「お、ありがとうね」
カバルドンは遠慮がちにそれを口に入れると、しばらく静かにそれを咀嚼し、飲み込んだ後に彼女らに問う。
「何の話をしていたんだい」
モモナリがそれに答えるより先に、ガブリアスが身を乗り出して問う。
「あのね! お兄ちゃんは、お父ちゃんのこと、好き?」
その言葉に、やはりモモナリは苦笑し、カバルドンは目を丸くする。
「なるほど、そりゃあ、彼女が照れるわけだ」
「聞いちゃだめなこと?」
その反応に、少し罪悪感を覚えたガブリアスの頭をなでながらカバルドンが微笑む。
「いいや、そんなことはないよ、ただ、今更そんなことを言うのは少し恥ずかしいと言うだけでね」
彼はモモナリが何も言わないことを確認してから続ける。
「僕は、お父さんのこと好きだよ」
「本当!」
「ああ、もちろん」
そこで、彼は一旦言葉を切った。
彼の心情を察したモモナリはステンレスのボウルを磨く手を止め「おい、無理することは」と声をかけるが、カバルドンはやはり巨大な手のひらでそれを制した。
「見ての通り、僕は体も大きいし、興奮すると『すなあらし』を吹き出すややこしい体質もある。これは、すべての人達が手放しで歓迎してくれるようなものじゃない」
その言葉は、ガブリアスにはピンとくるものではなかったが、モモナリと、そして部屋の隅でそれを聞いていたゴルダックにはよく理解できるものである。
「それを歓迎してくれたし、僕が力を発揮できるように協力してくれている。僕にとっては得難いボスだ」
それに、と続ける。
「考え方も似ているしね」
その言葉に、世間はどうだか知らないが、ガブリアスは大きく頷いた。
「お父さんと出会わなければ、僕は僕より大きいポケモンがいることを知らなかっただろうし、僕より強いポケモンがいることも知らなかっただろう。僕の『すなあらし』で本領を発揮するポケモンがいることも知らなかっただろうし、本気を出しても良い相手がいることも知らなかったと思う」
一拍おいて、続ける。
「それを知ることが、たまらなく誇らしい」
へええ、と、ガブリアスは感嘆の声を上げた。だが、若く、生まれたその時より父に恵まれていた彼女にとって、それがどれほどのことなのかを理解することは難しいかもしれない。
だが、部屋の隅で瞑想を続けているゴルダックは、それに頷いただろう。
「ところで」と、カバルドンはモモナリに目線を向けた。
「僕達だけが恥ずかしい思いをするのは少し不公平なんじゃないかな」
見れば、その頬は少し赤くなっているような気もする。
カバルドンがその先を告げるより先に、モモナリはステンレスのボウルをテーブルに置き、立ち上がろうとテーブルに手をつく。
だが、それを防ぐように手首を掴まれる。
見れば、ガブリアスが首を傾げてモモナリと目線を合わせている。
「お父ちゃんは、私のこと好き?」
首をかしげるガブリアスに、モモナリは目線でゴルダックを探す。
ところが、ゴルダックは定位置から立ち上がっており、すでに庭へとつながるガラス戸のノブを握らんとしている。
だが、その背後に巨大な影。
「まあまあお兄さん。そんなに焦らなくともいいじゃないですか」
肩にかかる巨大なカバルドンの手のひらに力を感じる。
その動揺から、ゴルダックは気づいていなかった。
最もこの話題でややこしくなるであろう女、アーボックがすでに玄関のノブに手をかけていることを。
どちらも本編では微妙にキャラが薄い二人です
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マシュマロ
また、現在連載している『ノマルは二部だが愛がある』もよろしくおねがいします!
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