モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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セキエイに続く日常 2-入植者 ③

 光が近づいてきていた。

 ジリジリと闇の中に後退しながら、シロナはモモナリの猛攻を凌いでいた。

 だが、やはり暗闇での戦いはモモナリのほうが一枚上手。

 新たな通路にはいるたびに的確に電灯を破壊するその手付きには一種の慣れすら感じられた。

 

「『サイコキネシス』!」

 

 ゴルダックのその攻撃によって、シロナのトリトドンがぐったりとうなだれるように首を曲げる。

 

「二十勝二十敗」と、モモナリは声を通路に反響させる。

 

 シロナの背後にある光源が薄っすらとその表情を照らしている。

 やはり彼は微笑んでいた。そして、それはシロナも同じだろう。

 

「いいポケモンだ! そういうポケモンの対策も、今後は考えないとねえ!」

 

 彼の感想通り、シロナのトリトドンはうまく粘りながらモモナリの攻撃を受け流していた。そのタフさがなければ、挽回が不可能な勝敗差になっていたかも知れない。

 トリトドンをボールに戻しながら、シロナは背後の光に飛び込んだ。

 

「さあ! さあ! さあ!」

 

 その後を追うように、モモナリもそこに飛び込む。

 その先に広がっていたのは、大きな空洞だった。

 恐らくそれは、人工的なものではないだろう。

 広がった空洞に、ところどころ割れた岩盤から差し込む日の光りが光源となって明るく照らしている。

 光が差すからだろうか、その空洞には緑が生い茂り、所々に野生のポケモンがいるようにも見える。

 陽だまりの大空洞と呼ばれるそこは、自然が作り出した天然の隠れ家であった。

 

「なるほど」と、モモナリは頷く。

 

 シロナがそこに逃げ込んだ理由を、彼はすぐさまに理解したのだ。

 さすがの自分も、太陽の光を消し去ることはできない。

 

「あなたには眩しすぎたかしら!」

 

 モモナリと距離をとったシロナは、挑発的にそう言った。

 彼女はボールを構えて続ける。

 

「そろそろ、終わりにしましょう! それとも、また暗闇を探す?」

 

 モモナリは「いいや」とそれに答え、ゴルダックをボールに戻す。

 

「いつもそうだ」

 

 モモナリは新たなボールを構える。

 

「洞窟には、いつも俺の求めているものがある!」

 

 彼はボールを足元に投げ、ポケモンを繰り出した。

 そのポケモンに、シロナは見覚えがある。

 そのポケモン、じゅうりょうポケモンのカバルドンは、繰り出されると同時に背中の呼吸孔から『すなあらし』を吹き出した。

 

「こういう場所を待っていた! あんたの『ひみつきち』も、地下通路も、ちょっと俺達には狭すぎたんだ!」

 

 野生のポケモンたちは、不意に変わった天候に怯え、それぞれが最も信頼できる物陰へと身を潜ませる。

 全力だ、と、シロナはボールを足元に投げながら身構えた。

 モモナリの全力が来る。

 構わない、来ればいい、大歓迎だ。

 戦いに支配された、その都合のいい脳を、髄までしゃぶり尽くす。

 当然、モモナリもそう思っているだろう。

 構わない、来ればいい、大歓迎だ。

 しゃぶれるものならば、しゃぶり尽くせばいい。

 彼女は声を張り上げる。

 

「来なさい! カントーもん!」

「かかってこいや田舎もん!」

 

『すなあらし』が巻き上がる。

 先程までと同じく、視界の悪いモモナリ有利な展開のように思える。

 だが、シロナはそれを不利には思ってはいない。

 すでに、視界のない戦いに体が慣れ始めている。

 若き天才は、乾ききったスポンジのように新しい経験を吸い込んでいくものだ。彼女らは、変化を恐れぬ。

 何より『すなあらし』が得意なのはモモナリだけではない。

 シロナが繰り出したポケモン、マッハポケモンのガブリアスは、それを恐れず、まっすぐに、一気にその中心に襲いかかる。

 そのポケモン、ガブリアスをモモナリは詳しく知らない。カントーには居ないポケモンだ。

 だが、そのポケモンがドラゴンタイプであり、シロナが最も信頼している相棒であろうことを、彼は肌で感じとり、それを疑わない。自らの感性を頼りに戦い抜いてきた少年の、傲慢にも等しい戦略感だ。

 

「『ドラゴンダイブ』!」

 

 推進力を威力に、ガブリアスが体全体を使ってカバルドンに飛び込む。

 だが、カバルドンもそれに怯まない。彼は四足を地面に踏ん張らせ、それを受けとめる。

 

「『がんせきふうじ』」

 

 同時に、地面から突き出たいくつもの岩がガブリアスに襲いかかる。

 威力の高い技ではない、だが、足にダメージを負わせる。

 

「『じしん』!」

 

 岩から足を引き抜いたガブリアスが、そのまま踏み潰すように『じしん』の衝撃をカバルドンに与える。

 馬鹿にならないダメージだ、さすがのカバルドンも少しぐらついた。

 それを好機と見たか、追撃の二撃目を放とうとしたガブリアスに対して、カバルドンが牙で待ち構える。

 

「『こおりのキバ』」

 

 ドラゴンタイプであるガブリアスに対して相当に痛手となる攻撃だ。

 モモナリは彼の『じしん』攻撃の熟練度から、彼がドラゴンタイプとじめんタイプの複合タイプであると当たりをつけている。そして、それは当たっている。

 カバルドンが、顎を噛みしめる。

 だが、その技は空振りに終わった、顎には何の感触もなく、ガブリアスは目の前から消えている。

『すながくれ』地面タイプらしく砂に紛れるガブリアスの特性であった。

 

「なるほど」と、モモナリはそれに納得した。この短時間で、その特性までは把握することができない。

 

 その特性を持つガブリアスに対して『すなあらし』をフィールドに選んだことは、一般的な感覚では大きな痛手であったかも知れない。巡り合わせを恨む余地があるのかも知れない。

 だが、モモナリはかけらもそんなことを考えてはいない。

 そんなことは、大した有利でも不利でもない。

 体験によってそれを身に覚えさせた。

 次はない。

 

「西!」と、モモナリが叫ぶ。

 

 それと同時に、砂嵐の向こう、西側からガブリアスが現れた。

 モモナリは気配を察知した。砂嵐にて視界と聴覚に制限がありながらも、彼は微妙なノイズのノイズからそれを感じ取ったのだ。

 

「『ドラゴンダイブ』!」

「『こおりのキバ』!」

 

 再び突撃してきたガブリアスと、カバルドンがかち合う。

 足を負傷しているガブリアスに、いつものスピードはない。だが、それでもカバルドンより速度は勝っている。

 ほんの僅か、ガブリアスがカバルドンの牙から放たれる冷気を肌で感じるところまで、すんでのところを見切りながら、速度に勝ったのはガブリアス。

 カバルドンの巨体が崩れ落ち、ガブリアスは再び『すなあらし』に消える。

 

「二十一勝二十敗」

 

 そうつぶやきながらも、シロナは、その少年の適応力に身を震わせていた。

 この地方に来て、ガブリアスそのものは目にしていたかも知れない。だが、自分ほどの使い手には出会っていないはず。それでいて『すなあらし』というフィールドに対するこちら側の有利。それなのに、この短時間で的確な選択をとり、その選択に迷いがない。

 そして『すなあらし』を味方につけたガブリアスの攻撃をみきった。『がんせきふうじ』で素早さが落ちているとは言え、この短時間で簡単に適応できるものではない。

 さすがは、都合のいい存在。甘い考えを、全て否定してくれる。

 

「『つるぎのまい』」

 

『すなあらし』に潜むガブリアスに、自らの攻撃力を引き上げる指示を出す。

 相手が自分たちを捉えきれていないこのスキに、決定的な状況を作る。

 一見盤石に見えるその選択肢が、実はぬるいものだった。

 

「来る!」

 

 シロナもまた、ノイズのノイズからモモナリたちの動きを察知する。

 その指示は迎撃ではなく、回避を意味するものであった。

 当然、長い付き合いのガブリアスはそれを理解している。

 向かってくる気配を躱そうとしたその時だ。

 

「『アクアテール』!」

 

 砂嵐の向こう側から現れたゴルダックが、体を回転させながらその尾をガブリアスの頭部にしたたかに叩きつけたのだ。

 脳を揺らされたガブリアスはふらつき、揺れる地面を踏みしめてそれにこらえる。

 

「二十一勝二十一敗」

 

 砂嵐の向こう側から聞こえる声は満足げだ。

 

「なっ」と、シロナはその光景に驚きの声を上げた。どうして、ガブリアスの『すながくれ』を見切ることができたのか。

 

 驚くことに使っている時間は短くなければならない。彼女とガブリアスは、すぐさまにその理由を探る。

 足の負傷によるものか、それとも蓄積したダメージか、否『すながくれ』は擬態だ、フィジカルには影響されない。こちらの行動が原因ではなさそうだ。

 ゴルダックが『つめとぎ』で命中率を上げたか、否、そんな時間はなかったはずだし、いくら砂嵐が濃かろうと、自分たちがそれを見逃すはずがない。

 ゴルダックが体勢を立て直すまでの僅かな時間で、彼女らはそこまで考え、そして気づいた。

 

「『ノーてんき』!」

 

 そう。

 ゴルダックのその特性には彼女にも覚えがある。

 特殊な念動力で天候の力を一時的に無効化する『ノーてんき』

 ガブリアスの『すながくれ』は、ゴルダックのそのような特性によって打ち消されていたのだ。

 

 ゴルダックが腰を低くし攻撃の体勢を取る。

 

 何という非合理。

 自らが作り出した『すなあらし』を、自らの手で否定する。おおよそ天気を操る人間が取るような行動とは思えない。

 シロナの強さは、ある意味で合理性の塊だ。

 血統も、実力も、好奇心も、その全ては強さを構成するのに合理的な要素である。

 故に、合理性で自らに追いつくトレーナーなど滅多に居ない。

 だが、モモナリはどうだ。

 非合理、あまりにも非合理的だ。

 その少年は、あまりにも自らとは違うアプローチで、自らに渡り合っているのだ。

 合理が通じぬなら非合理、誰もがたどり着きながら、それでいて実行できぬそれを、その少年はいとも簡単にやってのけた。

 出していい。

 この相手ならば、出していい。

 本気の本気を、出していい。

 叩きつけるような、ぶつけるような、誇示するような、威張るような、恐れるような、やってはいけないと思うような。自分ですら躊躇するような。そういう本気を、出していい。

 敬意を込めて、どうなるか想像すらできない攻撃を。

 

 モモナリ達は、仕留めにかかるだろう。

 

「『ふぶき』!」

 

 その指示を待ってから、シロナも叫んだ。

 

「『げきりん』!」

 

 ガブリアスは、その指示に躊躇することなくゴルダックに突っ込んでいく。

 ドラゴンの怒りに身を任せ、目に見えるシロナ以外のモノすべてを薙ぎ払うような攻撃だ。能力に恵まれたドラゴンであるガブリアスが使えば、全てを破壊しかねないような攻撃だ。

 故郷カンナギの、長老であろう祖母にすら「使う相手を考えろ」と、実質的な封印を促されているような技であった。彼女ら自身も、怒りに身を任せるようなことなど無いだろうと、なんとなく思っていた。

 だからこそ使った。だからこそ怒りに身を任せた。

 相手は悪ではない。そして恐らく、世界の脅威でもない。

 ただ、ただただ強いだけだ。

 ただの力比べに、意地の張り合いに、これを使っていいんだ。

 

 ゴルダックから放たれる『ふぶき』に、ガブリアスは怒りのまま突っ込んでいく。

 都合よくフィールドは『すなあらし』シロナ以外に目につくのはゴルダックしか無いのだ。

 だが、ゴルダックもそれを許すわけではない。彼もその技に全身全霊を込める。

 ここで手を抜くなどありえない。たとえ力尽きようとも、ここだけには全力を注ぐ。それをしていい相手なのだ、本気を出していい相手なのだ。この機を逃せば、次に本気を出すことができるのはいつになる。

 ガブリアスは、その攻撃に体が冷えていくのを感じている。これほどの寒さは、キッサキでこおりタイプの手練と戦ったときと同じかそれ以上だ。

 怒りに身を任せる、身を任せる。

 そしてついに、その手がゴルダックに届いた。

 力任せに振られた攻撃に、ゴルダックが地面に叩きつけられる。

『つるぎのまい』によって昂揚した肉体による『げきりん』シロナやガブリアス自身にも、その威力は想像できない。

 終わったのだと、シロナは思った。

 だが。

 

「『アクアジェット』!」

 

 叩きつけられたゴルダックが、水流の推進力を使ってガブリアスに突っ込む。攻撃の寸前に『こらえる』したのか。

 鋭い爪の攻撃が、ガブリアスの喉元に突き刺さる。

 しかし、それは彼の怒りを鎮めるには、ほんの少しばかり浅かった。怒りに身を任せるかれを鎮めるのに、理性に通じる痛みは意味がない。

 

 ガブリアスの雄叫びが、空洞の中に響き渡る。

 

 彼は顎と両腕を使って、ゴルダックを引き剥がした。

 そして、工夫も技術も美しさもなく。天高く彼を掲げて、地面に叩きつける。

 鈍い音だ。

 再び、ガブリアスの雄叫びだ。

 それは、勝利を確信したものだろう。

 

「二十一勝二十二敗」

 

 薄くなり始めた『すなあらし』、モモナリがゴルダックをボールに戻しながら、満足気に呟いた。

 

 

 

 

 

 

『すなあらし』が晴れ、ガブリアスの怒りも静まりボールに戻った。

 残された少年と少女は、その気になればお互いをぶん殴ることだってできるだろう距離まで近づき、今更衣服が汚れることも気にせずに、地面に腰掛けている。

 

「なんかさ」と、ぼうっと呆けたモモナリが問う。

 

「この辺、面白いものない?」

 

 要領得ない質問だが、シロナもまた、呆けたように答える。

 

「この辺、化石掘れるわよ」

「そりゃすごい」

「カントーには、なにか面白いもの無いの?」

「特に無いかなあ」

「美味しいものは?」

「大抵のものは、クチバに行けばあるよ」

「良いわね、クチバ」

 

 その気の抜けた会話が、もう少し続きそうな時、ようやく彼等を呼び止める声。

 

「終わったのかね」

 

 彼等がその方を振り向けば、ナナカマドとオークボ、お互いの保護者が、心の底から呆れた顔で並んでいる。

 

「『すなあらし』をやったな」

 

 オークボは周りの風景を眺めながら言った。美しいはずの緑に泥色のグラデーションがあるのだからわかりやすい。

 

「そりゃ、やるでしょうよ」

 

 彼は悪びれない。

 

「『げきりん』を使ったのかね?」

 

 特に根拠があるわけではないが、ナナカマドは経験と勘から言った。

 

「そりゃ、使うでしょうよ」

 

 彼女は悪びれない。

 

「電灯を破壊したな?」

 

 オークボの問いに、モモナリは多少まずさを感じたのか。ぱっと表情を変えて話を逸らそうとする。

 

「あれ、そう言えばオークボさん、暗いところ大丈夫だったんですか?」

「もう慣れたわ。誤魔化されんぞ」

 

 彼は表情を険しくする。

 

「弁償代は給料と賞金から天引きだからな」

「いや待て、半額は私達が出そう」

 

 ナナカマドの提案に、シロナも気まずそうな表情を見せる。

 

「この二人がやったことだ」

 

 それ以上、ナナカマドとオークボはこの件については何も言わない。

 

「わかりましたよ」と、モモナリが立ち上がった。

 

「それじゃあ、残りの仕事がんばりますかね」

「ああ、そう言えば、明後日にはカントーに帰ってこいと本部から連絡あったぞ」

「は、どうして? 仕事はまだ二週間ほどあるはずでしょう?」

「わからんか? お前は一日でも早く真人間の感覚を身につけような」

「じゃあせめて明日一日だけでも良いんで化石掘らせてくださいよ」

「ああそうだな、一日中でも良いぞ、明日は地下から出られると思うなよ」

「話がわかる」

 

 それじゃあ、とシロナとナナカマドに一つ会釈をし、その場から去ろうとする。

 

「待ちなさい」と、シロナが立ち上がってそれを呼び止めた。

 

「また、いつでも来なさい」

 

 その言葉に、モモナリは微笑んで返す。

 

「言われなくても」

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし」

 

 ナナカマドは、凄惨な状況となっている陽だまりの大空洞を見回しながら呟く。

 

「あんな少年が君達に『げきりん』を使わせるとはね」

 

 その言葉に、シロナは相槌を返さない。

 満足しているんだな、と、付き合いの長いナナカマドは思った。

 やりたいことをやり倒して、その満足感に体を任せている。

 

「先生」と、彼女がゆっくりとナナカマドに目線を合わせながら言った。

 

「私、やりたいようにやってみようと思います。誰よりも強く、誰よりも賢く、誰よりも美しく、です」

 

 冷静なときならば絶対に言わないような、あまりにも傲岸不遜な宣言だった。

 だが、それこそが彼女の本心なのだろう。

 

「どうせ私が否定したところでそうするだろうに」と、ナナカマドは呆れたように言って続ける。

 

「しかし、年頃の娘の『ひみつきち』があそこまで乱雑なのはどうかと思うぞ」

 

 その言葉に、シロナは背筋を伸ばし、ようやく正気を取り戻した。

 

「見たんですか!?」

「見たんじゃない、見えたんだ」

「最低です!」

「最低なのは君の部屋だよ。まあそう熱くなるな、片付けなら手伝ってやるから」

 

 やりたいことをやるには、まずはやらなければならないことがあるようだった。




やりたい放題でした。

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