モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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13-クシノと僕と最後の晩餐

 新チャンピオンの誕生や、リーグトレーナー移籍関連のゴタゴタですっかり忘れられているかもしれないが、僕達Bリーグ、Cリーグの日程も無事終了した。

 僕は皆様の応援あってか七勝四敗、順列四位で日程を終了した。上位二名の結果次第では昇格もあり得たのだが、僕はその上位二人に負けているので、昇格にふさわしい二人がきっちり昇格して良かった思う。

 Cリーグではシバさんに泣かされた若手のオグラ君とクシノが九勝一敗でワンツー、昇格もう一人は僕と同郷の女性トレーナーシンさんが八勝二敗で決めた。

 特にオグラ君の快進撃は素晴らしい、シバさんに泣かされたのがだいぶ序盤の話だから、その後何連勝もしているはずだ。

「僕だって人間ですから! 人間ですからぁ!」と潰れたトミノさんを揺さぶりながら叫んでいたのは無駄ではなかったのではなかろうか、風のウワサではあの一件以来バトルへの取り組み方がかなり変わったと聞いている。僕とクシノは歴史的な場面に立ち会ったのかもしれない。

 

 クシノと僕はそれはどんちゃんと騒ぎに騒いで祝杯を上げた。クシノは僕より一つか二つばかり年下ではあるが、それでも遅咲きには違いない。才能の突出が若ければ若いほど有望と思われる僕達の世界ではとても珍しい事だった。

「諦めないことやな!」

 クシノと、彼の主な仕事仲間であるペルシアンとヤミラミは、ポケモン用の高級デリバリーにガッツキながら大いに笑った。諦めないということは、素晴らしいことなんだ。

「ファイトマネーも増えるし、スクールの仕事も二倍にはなる! 実はもう地域のトーナメントに幾つか招待されてるんや! 招待やで招待!? 賞金つかみ取りや!」

 ちなみに、狭くないクシノ家で行われているこの祝杯は、すべてクシノの奢りである。彼は『金』の為に戦っては居るが、決してケチなわけではない。稼ぐときは稼ぐ、溜めるときは溜める、使うときは使う、いざという時に躊躇したくないから金を稼ぐ、これがクシノの経済学である。

「今日くらいは奢りや! 奢り!」

 クシノはゴキゲンに僕に酒を手渡す。

 しかし、その後しんみりと「次は一年後だからな……」と続けるのである。

 

 クシノは割り勘という言葉が大嫌いである。

「あんなちまちまとしたもんは大嫌いや! かと言って大体でやるのも気に食わん! 奢るか奢られるか、そのくらいの気持ちで人付き合いせなアカン!」

 ちなみに僕は気にしない、どっちでもいい。

 そして彼は勝負の土俵に奢った奢られたを持ち込むのを非常に嫌う。それは例えば僕達が「あの時奢ってあげたんだから勝ちをちょうだいよ」とか「あの時奢ってもらったから少し手を抜こう」ということを考えているわけではない。少なくとも僕は考えていない。

 つまり彼は、自分の勝負について考えた時に、奢った奢られたに関してアヤがちらつくのを嫌うのだ。「あの時勝ったのはほんとうに自分の実力なのか?」「あの時負けた時に自分の頭にあの事がちらつかなかったか?」と、自分の実力を客観視できなくなることを非常に恐れている。それはやはり彼の中で勝負、戦いというものがどれだけ神聖で、どれだけ崇高な『金を稼ぐ手段』なのかということを表していると思う。

 僕とクシノはこれまでリーグ戦でぶつかることは無かった。僕は新人の時以来Cリーグに行ったことはないし、クシノはこれまでBリーグに上がったことはなかったからだ。夏のシルフトーナメントで当たったこともない、これは偶然だ。地域の小規模トーナメントでは何度か当たったが、その時の彼のピリつきは相当なもので、スケジュールが決まってからはピタリと飲みの誘いは無くなり、僕の前に姿すら見せなかったほどである。

 

 しかし、来年僕達はリーグ戦でぶつかることになる、これは単純に僕と彼一試合の対戦だけで終わる話ではなく、リーグ戦の特性上、例えば僕の降格や昇格が、彼の成績によって決定するという可能性がある。

 彼は割り勘が嫌いだ、しかし奢った奢られたを勝負に持ち込むのも嫌いだ、そして僕と彼は来年同じリーグで戦うことになる。そこから彼が出した結論が「来年、モモナリとは飲まない」なのである。

 それは彼が来年Bリーグ戦を全力で生き抜くために選択したことなので、僕はどうとも思わない。彼のBリーグでの健闘を願うばかりである。

 

 ところで、クシノが今度本を出すらしい。その名もズバリ『愛で節約育成術・上』である。

「昔の人はモンスターボールやらタウリンやら無かったわけやろ? だけどポケモンとなかよーなって、俺等よりずーと厳しい相手に一緒に戦ってたわけや、ポケモンと一緒に過ごすのに必要なのは金やないねん、愛やねん」

 というのは彼の長年の主張である。このタイトルで本を出すのは何も間違ってないと僕は思う。

 ちなみに字を書く人の先輩として僕も目を通したのだが、この本に書いてあることは大体クシノ本人も実行していることである、それは保証する。

 特に『各種ボングリで作る、ポケモンにとって居心地のいいモンスターボールの作り方』はかなりの完成度であり。モンスターボール職人ガンテツによる帯の推薦文「お前! 今すぐトレーナーやめて婿に来い!」も納得である。

 

「下は何時出すんだい?」と聞いたら。

「中を書いてからやな」とニヤッと笑っていた。

 相変わらずのこの男に、来年は注目しよう。




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