モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。   作:rairaibou(風)

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セキエイに続く日常 193-憧れの人 ④

 小型船から降り立ち、簡単なインタビューを終えた姉弟を待っていたのは、危なげなく決勝に進出した男、モモナリだった。

 

「お疲れ様」と、彼はハルトとウミカそれぞれに向き合って言う。

 

「モモナリさん」と、ウミカはそれに複雑な表情を見せた。

 

 彼女の中で、彼は今の弟に最も会わせたい人物であったし、その逆に、今の最も会わせたくもない人物でもあったからだ。

 ハルトはじっとした表情でモモナリを見つめている。少なくとも、そこに昨日ほどの感動はなく、昨日のような満面の笑みを見せるほどの喜びもないようだ。

 

「いい試合だったね」

 

 モモナリとしてはそれは本心だっただろう。

 ハルトの判断、彼とサメハダーの信頼性、推進力を利用して空に飛び上がったアイデアと能力、彼らの実力が高く、ストーとの試合が良質なものであることは否定しようがないだろう。

 だが、ハルトはモモナリのその言葉に、一瞬ぐっと何かをこらえたように唇を噛みしめたが、表情をそのままに大粒の涙をボロボロとこぼし始めた。

 それを堪えられるはずもなかった。

 思い通りのことができなかった悔しさ、相手にコントロールされた屈辱、目の届かぬ場所で相棒をなぶられた無力感、その場所に相棒を連れ去られてしまった不甲斐なさ。自らの未熟が溢れ出ないばかりであったその試合を、どうして彼が前向きに捉えることができようか。

 だが、彼はその感情をこれまで押し込めていた、試合の後に姉に声をかけられたときにも、小型船から降りた後に行われたインタビューでも、彼はできるかぎり冷静であろうとした。

 しかし、モモナリのその言葉で彼のそれが一気に溢れた。

 あの試合を『いい試合であった』と評されることを、気休めだと屈辱に思ったこともあるだろう。

 だが、それ以上に、否定しかしていなかった自らを不意に救うようなその言葉に、自らを否定することで保っていた冷静な感情が一気に瓦解したのだろう。

 同時に、憧れの人が『いい試合』だと表現したその試合を、自らが否定していたことが、恥ずかしくて仕方がなかったのだ。

 

「ハルト」と、ウミカは涙を流す彼を窘めようとした。

 

 彼女は、彼が年齢以上の男に見られたい時期だということをよく理解している。キナギの男は涙を見せてはならない、キナギの男が泣くのは、海が涙を飲み込んでくれるときだけなのだという長老の教えを、ハルトがかっこいいと感じていたのを知っていたのだ。

 だが、モモナリがそれを制した。

 

「泣きたいんだ、泣かせてあげればいい」

 

 彼は周りを見回し、少しばかりハルトを引き寄せて続ける。

 

「僕の部屋に行こうか」

 

 

 

 

 サントアンヌ号、一等客室。

 バルコニーから海を一望できることが自慢であるはずのその部屋は、カーテンをしっかりと閉められている。

 

「落ち着いたかな」

 

 冷蔵庫から取り出した炭酸ドリンクを机に置きながら、モモナリはハルトに問うた。

 ハルトは頷きながらそれを肯定し、赤くなった目を擦りながら「ごめんなさい」と続ける。

 

「謝ることはないよ」と、モモナリは続ける。

 

「泣きたいときに泣くのが一番良いんだ。明日、同じ様に泣けるとは限らないし、泣けるから泣くだなんて不自然だろう」

 

 ハルトがそれに頷き、ウミカが「ありがとうございます」と頭を下げるのを確認してから、モモナリが更に問う。

 

「信じられないかい?」

 

 姉弟はその言葉の意味を理解できず、沈黙をもってしてその説明を求める。

 それを理解したのだろう、モモナリが続けた。

 

「自分を、信じられなくなったかい?」

 

 ハルトは少しばかり考えるが、それに頷いた。

 

「無理もない、それは仕方のないことだ」と、モモナリは続ける。

 

「だが、だからといって君が自らの才能を否定する必要はないんだ」

 

 彼は少しハルトから視線を外し、ぼうっと虚空を眺めた。

 

「そうやって、敗北で自らの才能を信じられなくなったトレーナーを、僕は嫌というほど見てきた。僕はそれを理解できないが、どうやら普通ってのはそうらしい」

 

 だが、と、彼は再びハルトと目を合わせて続ける。

 

「負けたからと言って才能が無いと言うわけではないんだ。戦いというものは『誇るべき勝利』と『恥ずべき敗北』だけではない。『誇るべき敗北』と『恥ずべき勝利』も当然存在するんだよ」

 

 一拍おいて、更に続ける。

 

「僕を信じろ」

 

 ハルトとウミカはその言葉に驚きながらも、その言葉のすべてを理解はできない。

 

「負けてすぐの君が、自らを信じるのは難しいかもしれない。だから、君は君の才能を認めている僕のことを信じればいい、僕が信じている君を、君も信じればいい」

 

 姉弟は、その言葉に沈黙した。

 言い過ぎだと言っても良い言葉だった。

 だが、ハルトにとって、それは何よりも頼りになる言葉であっただろう。

 

「ありがとう、ございます」と、ハルトはつぶやき、ウミカも同じく言いながら頭を下げた。

 

「明日、僕の船に乗ると良い」と、モモナリがつぶやく。

 

「どのような結果になったとしても『いい試合』をすることを約束しよう」

 

 

 

 

 

 

 サントアンヌ号、バー『マッスル&マッスル』

 サントアンヌ号という華やかな街の中心部に存在する開けたそこは、テカテカとした照明と、ピコピコとした音楽の流れる、騒がしい飲み場であった。

 カウンターでは、特注のタキシードに身を包んだ二体のカイリキーが、四本の腕を器用につかってカクテルを二つ作っている。怪力のイメージのあるカイリキーが器用に良質なカクテルを作るそれは、一つのエンターテイメントとしても人気であった。

 

「よくわからないから、今日一番自信のあるやつを頼むよ」

 

 バーテンダーであるカイリキーにモモナリは気さくに言った。

 その注文にも、カイリキーは一つ頷いてゆっくりと準備を始める。何もテキパキとすすめるだけがプロフェッショナルではなく、己の所作に注目させることも大事なのである。

 

「いやしかし、器用なもんだね」

 

 一対の腕で氷を削りながら、もう一対の腕で果実を絞っているのを見て、モモナリは感心していた。

 その様子が、まさか翌日にサントアンヌ杯決勝を、不可能と思われていた殿堂入りをかけた戦いを控えている男には見えない。

 だが、あまりにも無防備なモモナリに声をかけるような若者や酔っぱらいはいなかった。

 モモナリを知るものはその実力と評判から、そして、モモナリを知らぬものは、ニコニコしながらカクテルを待つその普通の中年男性に、見た目以上の魅力を感じなかったからだ。バトルを知らぬ人間からすれば、モモナリはあまりにも普通の人間であった。

 だからこそ、手渡されたカクテルをスタンドテーブルで味わわんとしているモモナリに近づくその巨大な老人は只者でない。

 

「よう」

 

 スタンドテーブルに置かれたそのグラスは、モモナリが手にしているものと同じであるはずなのに、その男が持っているから、錯覚のようにその大きさを不明にしている。

 その男、ストーは、少しだけ気まずそうにしながら続ける。

 

「見かけたものだから声をかけたが、邪魔なら消えるぜ」

「いやいや、構いませんよ。一人で飲むには、綺羅びやかすぎる店だと思ってた」

「そうかい」

 

 ストーはスタンドテーブルに肘をつこうとしたが、それにはあまりにもテーブルが低すぎたために、手のひらをつくように体重を預ける。

 室内であるから帽子は取っているのだろう。見事なまでの銀髪は、テカテカの照明のカラーに影響されていた。

 

「機嫌が悪いかと思ってたんだ」

「どうしてです?」

「あの、ハルトとか言う子さ、君を随分と慕っているようだったし」

「ああ、なるほど」

 

 モモナリは一度グラスを傾けて続ける。

 

「いい試合でした。勝負というものは、どちらかが勝てばどちらかが負けるものです」

「珍しい、割り切ってるんだな」

「それを否定したければ、戦わないことですよ」

 

「それよりも」と、モモナリはグラスを置き、ストーを見上げた。

 

「僕は、あなたへ驚きと、称賛のほうが大きい」

「へえ」

「大したコンビネーションだ。お互いに高いレベルで統一された価値観を持っていなければ、あれだけのものは出せない。ハルト君があなたに劣っている部分があるとすれば、手持ちのポケモンとの物理的な付き合いの長さでしょう。もちろん、それは平凡なトレーナーが長くポケモンと付き合っただけでは作れない。俺の勘通り、あなたは一角の人間らしい」

「そう褒めてくれるな、大人げないことをしたと、少しナーバスになっていたんだ」

「それで良いんでしょう」

 

 その言葉にストーは一瞬モモナリを見やった。

 

「あなたがハルト君に勝とうと思えば、それこそ大人げなくなることが一番だった。大人を気取って、彼のフィールドで戦えばたちまち飲み込まれたかも」

「まあ、そう言えばそうだろうが」

「武器ですよ。歳をとっていることはね。それこそ今の僕には足りない部分でもある」

 

 モモナリはもう一度グラスを傾けた。

 

「だからこそ、明日が楽しみだ」

 

 その明日が、自らとの対戦を指していることを、ストーはすぐさまに理解した。

 そして彼は、嬉しげに微笑むモモナリに言った。

 

「君のような海の男を、私は何人も見てきた。彼らは私の同業者でもあったし、海を縄張りにする友人でもあった。海を愛し、海を恐れない。そんな男だ」

 

 だが、と、彼は続ける。

 

「そんな海の男は、大抵は死ぬか、取り返しのつかない状況になる」

 

 グラスを傾けて続ける。

 

「彼らが特別にアホだったとは思わない。だが、一様にして、あいつらは海の恐ろしさに気づかなかった。私は海の底を生業にしていた、だからこそ、海の怖さを知っている。海面からでは見ることのできない、海の怖さを、人よりかは知っているつもりだ」

 

 彼はモモナリに問う。

 

「海を、恐ろしいと思ったことは?」

「まあ、無いですね」

「だろうな、あのハルトという子もそう言うタイプだった。人より優れているから、海の怖さをその場の機転で逃れることができる、そう言う人間だ」

「だから、僕を潰すんで?」

 

 挑発的な物言いだったが、それはストーが言い出したことでもある。

 

「お前らは海を知らない」

 

 これまでよりも少しだけ口調を変えて続ける。

 

「それは悪いことじゃねえ、海を知らぬ人間など腐るほど居るだろう。だが、海を、海の怖さを知らないお前らが海上バトルの実力者だという事実と、俺や俺の仲間たちの人生を照らし合わせたときに、私の中で許せない一線があったということだ」

「海を知らない僕たちに憎しみが?」

 

 モモナリは、それでも良いと言わんばかりの笑顔で問うた。

 

「憎しみか」とストーはつぶやき、グラスを鋭角に傾けてその中身を飲み干す。

 

「ねえことはないんだろうが、そんなに単純な感情でもねえだろうな。ただ、俺にはその感情があり、お前とこの舞台で戦うことのできる人脈もあった。ここでお前らに挑戦する機会を見逃したら、私の中で何かが嘘になる、そう思った」

 

 彼は一拍おいて続ける。

 

「私の方が、海を知っている」

 

 その言葉には、自信が満ち溢れていた。

 

「そりゃそうだ、僕は海を『二』しか知らず、あなたは『七』知っている」

 

 モモナリもストーと同じくグラスを鋭角に傾けた。

 

「だが、バトルなら?」

 

 その問いに、ストーは身を乗り出した。

 

「君なら、私の知らないバトルの怖さを知っていると?」

「ええまあ」

「とても、そんなふうには見えないが」

「そうですか?」

「ああ、そのような恐れを持って挑んでいるようには見えんよ」

「恐れると言ってもねえ」

 

 モモナリは微笑んで続ける。

 

「怖さも楽しさですよ。バトルはね」

「長生きできねえぞ」

「どうだか」

 

 ストーは空になったグラスを手に取った。

 

「それじゃあ失礼しよう。付き合わせて悪かったな」

「ええ、楽しかったですよ」

 

 モモナリも空になったグラスを手に取るが、少しばかりカクテルが残っているのを確認するとそれを振って氷と混ぜる。

 

「戦う人の人生を知るのは楽しいものです」

「そう言う割には、君は人生を語らないな」

 

 ええまあ、と、モモナリはそれに答える。

 

「明日、沢山語り合いましょうや」




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