モモナリですから、ノーてんきにいきましょう。 作:rairaibou(風)
ワイルドエリア北西『げきりんの湖』
名称のもとにもなった湖を越えると、そこにはワイルドエリア本土とは隔離された土地が広がっている。
「へえ」と、砂を踏みながら彼は呟いた。
晴天の空は、そこをどこまでも素直に彼に見せている。
「縄張りにするわけだよ」
そう言って、彼はボールを投げた。
現れたのはドリュウズだった。知る人ぞ知る『砂の王』は、自分が治める国に戻ってきた。
「協力、感謝してるよ」
モモナリは彼にそう言った。そしてドリュウズもそれに頷く。
複雑な心境だった。
この男についていけば、もっともっと自分を高めることができるだろう。
だが、この男についていくということは、この土地を捨てるということ。
それができるほど、彼は思い切ってはいなかった。
キュウキュウと鳴き声を上げながら、ベロバーがドリュウズに歩み寄った。そして彼らは頬を寄せ合って別れの挨拶をする。
不思議なものだ。
片やワイルドエリアを縄張りにする王、片や野生を嫌がり街に逃げたポケモン。
短い間であったが、彼らはそれぞれを認め、そして尊重した。別れを惜しむ程度には。
「ああ、待って」
彼はもう一つボールを投げる。
現れたのはバンギラス。ローズの狂乱の際にモモナリが捕らえたポケモンだ。
彼が現れたことによって『げきりんの湖』に『すなあらし』が巻き起こった。
「うん」と、モモナリが周りを見回しながら頷く。
「このほうが良いね」
べロバーと挨拶を交わしたバンギラスは、今度はモモナリを見る。
「あまり、人間を恨んでくれるなよ」
モモナリの考えは杞憂だった。
ダイマックスによる巨大化に最も戸惑っていたのはバンギラス自身だった。その原因が人間であることを彼は知らないが、自らを鎮めてくれたのが人間であることは知っている。人間を恨むはずもない。
だが、彼もまたドリュウズと同じ様に、まだこの土地を捨てるつもりはなかった。
「またガラルに来たらそのときはよろしく!」
モモナリの声を背に受けながら、彼らは『すなあらし』の向こう側に消えた。
後にワイルドエリアのキャンパー達は、優れたコンビネーションととてつもない強さで『げきりんの湖』を支配する『砂嵐の王達』の噂を広める。彼らは相変わらずとんでもない強さだったが、以前ほど人間に対し凶暴ではなくなったようだった。
☆
シュートシティ。
ホテルロンドロゼからチェックアウトしたモモナリは、防水だということだけが取り柄の小さなリュックのみという出で立ちでそこを闊歩する。
随分と軽くなったベルトには、記念に購入したガラルのプレミアボールがセットされている。別地方に行くたびに真っ白なそれを集めるのが、彼の趣味だった。
ゆっくりと歩きながら、彼は考えた。
「さて、問題はお前をどうするかだよなあ」
振り向いた先には、着いてくるベロバーがいる。目線を上げてモモナリを見上げる彼もまた、大いに悩んでいた。
「もう十分に野生でもやっていけると思うんだけど」
わざマシンと実践の中で鍛え上げられた動きのおかげで、彼のレベルは随分と上がっている。そこら辺の草むらは当然として、ワイルドエリアでだってたくましく生きていけるだろう。
だが、彼はモモナリのそばを離れない、本来ならば、モモナリの手持ちですらないのにだ。
「ボックスに預けてカントーの規制緩和を待ってもいいけど、何時になるかなんてわかりゃしないなあ」
立ち止まり、しばらく彼は考える。
「別に一匹ぐらい持ち込んだって大した問題にはなりゃしないよね」
倫理観のかけらもないモモナリの発言の意味を知ってか知らずか、ベロバーは行動を起こした。
ぱっ、と、彼は目にも留まらぬ『トリック』でモモナリのベルトからプレミアボールを奪い去った。そして、彼はそれまでおとなしくモモナリに従っていたのがまるで演技であったかのように、そのまま彼から離れていく。
「なるほど」と、一つ呟いて、彼はしばらく離れていく彼を目で追った。
しかし、彼もすぐさま行動を起こす。
彼もまた、スニーカーを生かした爆発的なスタートダッシュでそれを追った。旅先で身軽なのは、こういう事があっても良いためだ。
『逃したほうが都合が良くないロトか? プレミアボールはまた買えばいいロト』
ポケットから飛び出したロトムフォンが言う。確かに、彼の言うことはもっともだ。
だが彼はそれをすぐさま否定する。
「遊びに誘ってくれたんだ、全力で楽しまないと」
その言葉に呆れながら、ロトムは言う。
『地図を出すロト』
だが、モモナリはそれにも首を振る。
「いいよ、もう覚えてる」
その行動に、なにか意味があったわけではない。
目の前に現れた『リフレクター』を、あえて難しい方にかわしながら、ベロバーはしっかりとプレミアボールを胸に抱えて走った。
モモナリの魂胆はわかっている。
現れる『リフレクター』を、効率よく、華麗に、素早く避けると彼の思う壺。狭い方狭い方、追い詰めやすい方追い詰めやすい方に誘導され、やがて捕まる。
どんなに効率が悪くても、どんなに無様でも、どんなに時間がかかろうとも、甘えない方に逃げるほうがいい。この人間は知ってか知らずか、生物の行動を手玉に取ることにかけては一流だ。共に戦った彼はそれを知っている。
しかし、次に現れた『リフレクター』を、今度は避けやすい方にかわす。そろそろ引っ掛けてくる頃だ。
ベロバーは学んでいる。その人間と戦うには、自分を強く持たねばならぬ。少しでも怯えれば、恐れば、迷えば、必ず食らいつかれる。
狭い方には決して逃げない、広い方広い方へと逃げる。そうすれば追い詰められない。逃げ切れる。
逃げて、逃げて、逃げ続ければ、モモナリはずっと自分を追うだろう。
そうであってほしかった。
どんな形であれ、その人間との関わりを断ち切りたくはなかった。
分かっている、叶わぬ願いだ。その人間はここを去るし、自分がそれについていくわけにはいかない。
どうすればいい、どうすればいいと、考え続けた後に飛び出た行動だった。彼のものを奪えば、彼は自分を追うだろうし、その後には、なにか奇跡が起きるのだ。
『リフレクター』
広い方へ。
『リフレクター』
広い方へ。
やがて彼は通りを抜けた。その先には橋がある、シュートシティを流れる大きな用水路を渡る橋が見える。
だが、その先はホテルロンド・ロゼがあるだけの行き止まりだ。
誘い込まれていたのだ、とベロバーは気づいた。
だが、それがいつからなのかわからない。
現れる『リフレクター』を、自分はきっちりとモモナリにとっては都合の悪い方に避けたはずだ。なのになぜ。
もしかして、はじめからそういう道を歩いていたのか、と、馬鹿な考えさえ浮かぶ。
だが、今の彼にはわからない。
背後からスニーカーが石畳を叩く音が聞こえる、あの武闘派ピクシーの足音も一緒だ。
どうする、どうする。
諦めるか。
それとも、この橋を渡り、奇跡を信じて行き止まりまで向かうか。
ボールを捨てて逃げるか。
そして、彼は今一番考えなかったことを実行することにした。
彼は橋から飛び降りた。
用水路の水は彼の軽い体を優しく受け止めた、彼はそのまま用水路の端、壁際の浅瀬を橋から離れるように走る。
「考えたな!」
モモナリのわざとらしい大声が聞こえた。彼はそれに振り返らずに走る。
それにかまっている暇はない、今自分が走っているのは水辺、ということは、あいつが来る。
そう思った次の瞬間には、ポケモンが用水路に繰り出される水音。
振り返らずともわかる、あのとんでもないポケモン。アズマオウの登場だ。
尾びれが水を叩く音、美しさのかけらもない音。
あっという間だ、彼がその小さな歩幅で稼いだリードはあっという間に詰められるだろう。
あるいはこれもモモナリの狙いだったのかもしれない。自分を水辺に追い込み、アズマオウの舞台に引き込む。
だが、それを後悔している暇はない。
彼はそれを引きつける、引きつける。
そして、その恐ろしい遊泳音が直ぐ側にまで近づいてきたその時。
ベロバーは振り返って思いっきり『いばる』
アズマオウはその行動に我を失った。『こんらん』した彼はベロバーを捉えきれず、水路の壁に激突する。相手の力を利用する『イカサマ』攻撃が、気持ちが良い程に決まった。
ベロバーはちらりと向こう岸を見やった。手すりから身を乗り出しそうになっているモモナリが悔しげに表情を歪ませている。
勝った。とベロバーは思った。
彼は『リフレクター』を壁際に階段状に配置しそれを登る。
モモナリと反対側の通路に移るつもりだ。
橋は随分と向こう、空を飛ぶポケモンを持たないモモナリは必ず橋を渡らなければならず、その分時間をロスするし、自分を見失うだろう。
逃げ切った。
その事実に、寂しい気持ちも重なった。だが、彼はそれを押し込める。
どちらもなんて贅沢だ。
この後は、この人間から逃げ切ったという誇りを胸に抱いて生きていくのだ。
階段を登りきった彼は、向こう岸のモモナリを確認しながら、手すりを飛び越えて通路に飛び降りる。
そして、声を聞いた。
「ありがとう、楽しかったよ」
そう言ってベロバーを見下ろしているのは、用水路を挟んで向こう側にいるはずのモモナリだった。
なぜだ、と、ベロバーは思わず逃げるはずの相手から目を切って振り返る。
そして、用水路を挟んで向こう側にもモモナリがいるのを確認した。
彼は混乱した。
そんな彼の様子を微笑ましげに眺めながら、モモナリは用水路をぐるぐると回るアズマオウを手持ちに戻す。
向こう側にいるモモナリも同じ様に動き、ボールを掲げた。
だが、実際にアズマオウが飛び込んだのはこちらのモモナリ。
向こう側のモモナリ、ピクシーの『ひかりのかべ』によって映し出されたそれは、ゆっくりと消えた。
からくりを知ったベロバーは絶望と共に、あらためて人間の悪知恵に驚かされる。
「よく頑張った」と、モモナリはベロバーを褒める。
「お前なら、やっていけるさ」
彼はベロバーの頭を撫でようと腰をかがめて右手を伸ばした。
だが、それを払いの受ける第三者が一人。
それは突然のことだった。
一人の少女が、彼らの間に割って入ったのだ。
「やめてあげて!」
先日チャンピオンになったトレーナーよりも更に若いであろう、児童と言ってすらいい彼女は背を丸めてベロバーに覆いかぶさる。
「かわいそうだから!」
ベロバーもモモナリも突然のことに驚いていた。それまで悪知恵を競っていた彼らは、突如思考能力を失う。
「悪いと言われても」と、モモナリが頬をかいた。
「そいつが僕のボールを取ったもんだからさあ」
あまりにも小さい子供に自らの正当性を主張する彼のなんと滑稽なことか。しかも、その主張すら半分ウソであるという。あくまでそれは理由であって、モモナリは心の底からそれを楽しんでいた。
しかし、その少女に彼の主張は届かない。
彼女はそれでもベロバーを守るように抱きかかえる。
仕方のないことだ、事情を知らぬ彼女から見れば、どう考えても小さな生き物をイジメる大人の図だ。
「あまりにも無謀だよ」
モモナリは少女に呟く。
「君は無力すぎる」
彼女の小さな体は、わがままを通すにはか弱すぎる。その先を予測できるほどの考えが至らぬ事は間違いない。
やろうと思えば、モモナリはいとも簡単に彼女からベロバーを引き剥がすことができるだろう。その事実を理解していないのは、この世界で彼女たった一人。
「大丈夫だから」と、彼女はベロバーを更に強く抱きかかえる。当然その言葉に根拠などない。
ふう、と、モモナリはため息を付いた。
そして彼はベロバーを見る、ベロバーもモモナリと目線を合わせたが、一瞬の躊躇の後、今度は自らを抱きかける少女を心配そうに見つめた。人間に心配されたのは初めての経験だった、そして、それをどう昇華するべきなのか、彼はまだ知らない。
「わかった、わかったよ」と、モモナリは両手を上げ、彼らに背を向ける。
「しっかり守ってあげな」
離れていくモモナリを見て、少女は嬉しそうな声を上げながらベロバーを抱きしめる。
ベロバーはモモナリの背中を追った、そして、少女の体温を感じてもいた。
わけが分からなかった。
人間を困らせるのは好きだ、怒らせるのは好きだ。だが、人間を恋しいと思ったことはない。
彼の中に渦巻く感情が、やがて彼の瞳から溢れる。
溢れた感情は一つではなかった。だからこそ、彼の頬を二筋の涙が流れるのだろう。
彼はパートナーを失い、そして、パートナーを得た。
『いいロトか?』
シュート駅に向かうモモナリの周りをロトムが『ふゆう』する。
モモナリは鼻を鳴らしてそれに答えた。
「良いも何も、それ以外ないだろ。これがベストだ」
続ける。
「無謀だが、勇気のある子だった」
しばらくモモナリは道を歩いた。
一ブロックほど歩いた後にモモナリが呟く。
「軽率な行動だったかもな」
それが何を指しているのかは、ロトムにも理解できる。
モモナリがその先を続けようとした時に、やはり再びそれを邪魔する声が背後から。
「こらー! 一騒ぎ起こしたのはお前らか!」
年齢の割に甲高い声にギョロついた目。はるか遠くでもわかる、数日かぶりの警官だ。
モモナリの行動は早かった。「ヤバ」と言った瞬間にモンスターボールを投げている程度には。
現れたカバルドンは『すなあらし』を巻き起こした。警官の視界が悪くなる。
「逃げよう」と、モモナリが呟く。
「流石にカントーまでは追ってこないでしょ」
ガラルの空は青い。
彼の『すなあらし』はその一瞬だけ皆の視界を遮るだろうが、きっとすぐに晴れるだろう。
以上でセキエイに続く日常ガラル編を終了します。お付き合いいただきありがとうございました
ポケットモンスターソードシールドですが、すでにツイッターなどでイラストなどを多く見るように各キャラクターが非常に魅力的な作品となっていると思います
Switchを持っててポケモンに興味がある人は是非買いだと思います。
感想、評価、批評、お気軽にどうぞ、質問等も出来る限り答えようと思っています。
誤字脱字メッセージいつもありがとうございます。