「ミュアル、どうしよう……」
キュルケと共に広場に向かいながら、お姉ちゃんが小声で言ってきた。
今更何を。
「感情に任せてばかりいるから、そういうことになるんだよ」
お姉ちゃんはうぅ……とうなだれる。
何か怒られた仔犬みたいで可愛い。
「で、でも決闘は禁止だって学院長が……」
「逃げるの?」
ふと、前を歩くキュルケが、目線を少しこちらにやった。
「何なら今謝ったら許してあげてもいいわよ」
「聞こえてたんだ」
「当たり前よ」
ニヤリと楽しそうに笑うと、また前を向いて歩きだす。
からかうのが楽しくて仕方がないんですね、分かります。
「誰が謝るもんですか! 私は逃げも隠れもしないわ!」
お姉ちゃんもそうやって期待通りの反応するから……。
怒られても知らないからねー。
まあ今は勝つことだ。
「魔法使えば? あの爆発、結構破壊力あるよ?」
「駄目よ! 例えそれでキュルケを倒せても、そんなの貴族の勝ち方じゃないわ。わざと失敗魔法を使って勝つなんて……貴族の恥よ!」
ふーん、別に結果がよければなんでもいいと思うんだけどなー。
それじゃあ道は後一つしかないな。
「……あ」
外に出ると、テラスで優雅に紅茶を飲んでいるギーシュと目が合った。
「久しぶりだね、ギーシュ」
「君に名前で呼ぶことを許した覚えはないよ」
「あ、ごめん。私はミュアルでいいよ」
ギーシュってこんなに堅苦しいやつだっけ?
ギーシュは椅子から立ち上がり、ぼくの方へやって来た。
お姉ちゃんとキュルケも何故か立ち止まり、少し後ろでぼくらを見守っている。
「ミス・ヴァリエール、前と口調が少し違うね」
あれ?
ぼくが許しても名前で呼んでくれない。
別に呼んで欲しいって訳じゃないけど、堅苦しいから名前の方がいい。
「こっちが通常。この前は公な場だったから」
ふーんと興味なさ気に相槌をうってから、
「君、この前の約束は覚えているかい」
覚えてるけど何だっけと惚けてみる。
「君程の者なら覚えていない訳ないだろう。それとも、今更怖じけづいたのかい?」
「んー?」
それでも手を顎に当てて首を傾げる。
あざといけど、ぼくは童顔だから結構似合う。
「惚けるのもいい加減にしてくれ。“学院に入ったら純粋な戦闘能力を見せる”と言っていたじゃないか」
「そうだっけ」
「そうだよ。だからもうすぐある先生公認の決闘、僕としないかい?」
「えー?」
まあ別に不満はないんだけどね。
でも丁度いい、一つ条件をつけてやろう。
「それじゃあねー、君が私の言うこと一つきいてくるならいいよ」
「何故君はそんなに上目線なんだい。ドットだからってなめてかかって痛い目見てもしらないよ」
「いや、別になめてるつもりはないんだけど。私は君のいうこときいてあげるんだから、私のいうことも何でも一つきいてね、って話しだよ」
まあ結局は誰かとやらなきゃいけなかったし、ぼく自身誰とでもよかったから、ギーシュのほうが明らか損してるんだけど、まあいいか。
「いうことを何でも……」
ギーシュがゴクリと生唾を飲んだ。
別に変なこと言うつもりはないけどねー。
相手が女の子ならともかく、男だし。
「い、いいだろう。但し、わざと負けろとか不可能なこととか、それから……え、えろてぃっくなこともなしだ」
エロティックて……。
まあその想像はするだろうけど。
ぼくも女の子に言われたらそういうことを考えるもん。
地味にキュルケが「なーんだ」と落胆したのは気にしないことにして、
「勿論だよ。いや、大したことじゃないんだけど……、ちょっと剣貸してくれない?」
お願い! と、両手を合わして頭を下げる。
後ろでお姉ちゃんが何か言ってるけど気にしない。
貴族のプライドとかぼく知らない。
ぼくは恐る恐るといった風に片目を開け、ギーシュを見上げる。
「駄目……かな?」
ギーシュはう……っと少し後退ってから、心を落ち着けるように静かに溜息をついた。
「まあ、何でも言うことを聞くといったからね。貴族に二言はない」
ギーシュはくわえていた薔薇の花を振った。
すると、花びらのうちの一枚が忽ち剣に変わった。
「おお〜」
思わず拍手してしまう。
後ろの二人も、手こそ叩いてはいないが、驚いているようだ。
「これくらい当然だよ。僕も貴族の端くれ、幼いこれから血の滲むような特訓をしてきたからね」
努力だけでは行けない場所もあるけどね、とギーシュはちらりとぼくを見た。
何だ?
「ほら」
「ありがと」
ほりなげられた剣を、ぼくは何の危なげもなく片手で掴む。
ギーシュとキュルケが感嘆の声を上げた。
「剣の扱いは知っているようだね」
「今回これを使うのは私じゃないけどね。はい、お姉ちゃん」
ぼくは剣を投げたりせず、きちんと手で渡す。
「え? これ、どうするの?」
「決闘するんでしょ?」
まさか忘れてたのか?
お姉ちゃんは「ああ、そういうこと」と言って、静かに受けとった。
「決闘? 君は、え……と」
「ルイズでいいわ」
「なら僕もギーシュで構わない。ルイズ、まさか決闘をするつもりかい? 決闘は禁止されているだろう。それに君は確か魔法が……」
ギーシュの言葉を手を前に出して制し、
「だから、剣を使うのよ」
そしてくるりとキュルケの方に向き直り、
「さあ、決闘よ!」
剣を手にした瞬間無駄に自身満々になったな。
さっきまでの弱気はどうした?
ところで、ギーシュは何で、ぼくには許さなかったくせにお姉ちゃんとは名前を呼び合うんだ?
何かぼく、やっぱりギーシュに嫌われてる?
「さあ、始めましょうか!」
せめてばれにくいようにと森の方へ来たが、どうしてこう貴族は目立つのが好きなんだろう、二人は大層嫌がった。
見物客がいないと嫌なんだとー。
ったく、ぼくは先生の影が気になってしかたがないというのに。
「ほらミュアル、開始の宣言してよ」
剣を構え、髪を後ろで束ねたお姉ちゃんが言う。
「え? 二人のどっちかが言えばいいじゃん」
「それじゃあ公平じゃないでしょいが。ほら、早く」
仕方ないなー。
キュルケに目を配らせると顔を縦に振った。
「それじゃあ……始めっ!」
合図と同時にファイアーボールがお姉ちゃん目掛けて飛ぶ。
お姉ちゃんはそれを紙一重でかわす。
しかし次々に発射される火の玉に、お姉ちゃんはなかなか前へ進めないでいる。
しかしキュルケも、優勢とはいえ全てかわされる事に若干の苛立ちを覚えてきているようだ。
噂で想像していたのと違うのだろう。
突然、キュルケがニヤリと笑う。
お姉ちゃんは避けるのに精一杯で気付かない。
ぼくも忠告したいが、公平な審判であるが故許されない。
連続するファイアーボールが一瞬間止まった。
お姉ちゃんはこれを、チャンスとばかりに、一気にキュルケの懐へ飛び込んだ。
ぼくは罠だと叫けびかけたが、寸前のところで思い留まった。
お姉ちゃんは剣を振りかざした無防備な状態で、強力なフレイム・ボールを受けることになった。
「参ったといいなさい」
「い、嫌よ……」
キュルケは地面に倒れているお姉ちゃんに杖を突き付ける。
「このまま続けると、死ぬわよ」
「降参する、くらいなら、死んだほうがマシよ!」
キュルケが静かに怒っているのが分かる。
軽々しく命を投げ出す姿勢が気に入らないんだろう。
「誰を守るでもない、ただの決闘程度であなたは軽々しく命を捨てるの?」
「な……っ!」
その言葉にキュルケに飛び掛かろうとした瞬間、お姉ちゃんの体にまたファイアーボールが襲う。
「あ、ああぁあぁああ!」
キュルケは直ぐに消したが、火傷の上からもう一度浴びた炎の痛みは尋常ではないだろう。
「た、ただの決闘なんかじゃ、ない。私はちゃんと命を懸けてるわ……!」
「こんな、発端も何かハッキリしない決闘に? もっとちゃんとした闘いで懸けなさいよ」
飽きたわ、もう私戻るから。そう言ってキュルケは寮に向かって歩き出した。
「待ち……なさい! まだ決着はっ!」
キュルケは少し振り返る。
「私の負けでいいわ」
そういった彼女の顔は、ゾッとするほど無表情だった。