UC0074 5月初旬に差し掛かった頃。
この時期、ジオンをはじめとした各サイドは同時多発的に起きたテロを収めてようやくひと時の平和を感じていた頃だったろう。
それは、連邦軍の主要拠点である『ルナⅡ』や『ジャブロー』、その他の地上基地も同様であった。兵士たちの中には、この機に両勢力間で交渉が持たれるのではないかという憶測も出始めていたほどである。
しかし、その期待はもろく崩れ去る。
「隊長、各隊の被害は甚大です。増援は!?」
「そう簡単にこれる距離でないのは解ってるだろう。それより油断するな。」
隊長と呼ばれた方は機体をスラスターで後方に下げながら肩に着いている装甲をかざすように向ける。その直後、その装甲部分に弾丸が命中した。
ザニータイプに備え付けられている60mmバルカンが命中したのだ。隊長を攻撃した敵を先ほど話しかけてきた相手が機体を急速旋回させつつ、左腕装甲に備え付けられたヒートサーベルを抜き放つ。
そして、そのまま敵機にすれ違いざまサーベルを胴体に叩き込んだ。厳密には彼の機体はサーベルを横一線に構えていただけだ。それでも敵機が真っ二つになったのは機体の速度によるところが大きい。
「隊長!ご無事ですか?」
「問題ない。それより、そんな無茶はもうするな。その機体は元々、格闘戦には向いてないんだ。中・遠距離からの支援に集中しろ。敵の接近は我々、ザク搭乗者が受け持つ。それを忘れるなよ。」
そう言いつつ通信を切った後、彼はひっそり呟くように付け加えた。
「だが、助かった。ありがとうな。」
部下には聞こえなかったが、そう言わずにいられないほどの激戦が一息つく間もなく続いているのだ。
彼らはサイド6で活動している現地義勇兵である。開戦から半年にさしかかるこの頃になると、ジオンに賛同した各サイドから自主的に若者が志願し、現地コロニーを守備するための隊を編成するようになっていたのである。
そして、彼ら『ウィーク・シールド』もその一つとして活動していた者たちである。
基本、彼らはデブリの除去やコロニーの外壁修復などの雑事のサポートを主とし、緊急時などには守備戦力として活動することになっていた。
ほんの数十分前まではその日常が当たり前のように続くと誰もが思っていたほど激戦とは無縁だったのだが、それが崩れた。
当初はデブリ除去を行っていた作業員の見間違えと取られていた。
連邦の戦艦がMSを随行させつつ接近しているというのだ。しかも、数隻などではなく数十隻以上という報告を受けた時はほとんどの者が何らかのミスとしかとらえていなかった。
『サイド6』周辺には際立った軍事拠点もない。しかも、そこからそう遠くないところには敵か味方かも不透明な『サイド2』のコロニー群がある。
ただ、開戦当初はそれなりに各所で小競り合いが頻発してはいた。連邦としては反連邦最大勢力であるジオンの本拠地がある『サイド3』を直接攻撃できればという期待もあったためである。だが、固い哨戒ラインにMS・パイロットのレベルの高さが合わさって何度も強行偵察に失敗。結果、手堅いながらも補給がまだ容易な『サイド4』経由やペズン周辺の侵攻ルートを模索するようになっていった。
戦闘が長期化すれば補給の問題が露骨に出るため、友軍に属する可能性があるコロニーや中立派に転ぶ可能性が高いコロニーが点在するルートを選ぶようになっていったのだ。
結果として、『サイド6』コロニー群は比較的穏やかな空気が流れるようになっていたのだ。
もっともそれは今日までであったが。
「隊長!二番隊からの応答がありません。」
「食われたか。五番隊にカバーさせろ!五番が抜けた穴は俺たちで埋める。」
そういって隊長は休む間もなく再び光芒入り混じる戦場に飛び込んでいく。
その背後には速度を落としてついてくる僚機が4機見えた。二機は隊長機と同様のザクである。見た目の違いもそれほどなく、肩の盾の塗装が違うだけのものだ。
その後方、残りの2機は数日前に配備されたばかりの『ドラッツェ』であり、多くの面で隊内では火力の不足分を補っている存在である。
比較的穏やかなと先に述べたが、それでも最低限の戦力は配備されている。
この頃、すでに各自警団には旧式ムサイをダウングレードして運用効率を高めた『ロムサ』が多数配備され、それに付随してMSも改修・配備されている。
そして、件の『ロムサ』であるが特徴として、外見はムサイそのものであったが大きさや武装が一回り縮小され、MS格納デッキなども小さくされている。スペックは以下の通りだ。
ロムサ
主武装:メガ粒子砲2門
ミサイル発射管2門
MS格納数:2機
大きさとしても前世『コムサイ』の方が近いかもしれないが、あれは大気圏往復用だったのに対し、こちらは離脱・突入能力は存在しない。
傍から見て、戦力低下とみられかねないこの戦力であるが、利点がある故に多数配備されていた。
まずは生産性。旧式ムサイの予備パーツを最大限利用できるようにと考えられたため、改修済みの新型ムサイ級の部品も共有できるという利点がある。設計も簡素化されているためムサイよりも量産が容易なのも利点として大きかった。
次に大きさである。火力は落ちたがその分、ドックを占有しないで済むので複数の配備が可能になったのも大きかった。
そして、問題視された火力については、配備されたMSがそれをカバーしていた。
グラナダから先行配備された『ドラッツェ』、改修型ザクなどが既に配備済みだったので十分補填できていたのだ。
余程大多数の敵が侵入しない限りは持ちこたえられる戦力とみていたのだ。
持ちこたえさえすれば、近隣の各コロニーに哨戒・展開中のジオン正規部隊が応援に駆け付けられる態勢ができていたのである。
だが、その予想を超えた戦力によって現在、『サイド6』のコロニー群は攻撃を受けている。
「落ちろ!」
そのような状況でも、現場のMS小隊隊長はさらに敵のMSを撃墜した。
彼らの救いはMS個々の性能やパイロット技術に一日の長があるということだろう。だが、間断なくMS・戦艦からの攻撃が続けばれればいずれはやられてしまう。
彼らの絶望的な戦闘はさらにしばらく続くのだった。
一方、その『サイド6』攻撃を行っていたのは連邦宇宙軍第二艦隊で、『ルナⅡ』で再編成された艦隊であった。艦隊総数約120隻によって構成され補充されたMSとパイロットがその大半である。
そして、その艦隊で旗艦に当たるマゼラン級戦艦『ハムデット』艦橋では指揮官と副官が戦況を冷静に評価し合っていた。
「こちらの第三波攻撃もしのがれました。」
「頑強だな。作戦予定を大幅に超えてしまっている。」
「予定も大事ですが、戦力を失っては作戦どころではないですから。それに、まだ切り札をこちらは切ってません。」
「枚数に限りがあるカードだからな。タイミングが難しい。」
予定を気にしていたのは艦隊司令の『リチャード・ウォー中将』。
戦力のことを補足・心配する素振りを見せたのは副官の『ユウキ・アレン少佐』。
彼ら二人は『リターンズ』には所属していない正規軍出身者である。
しかし、今回『リターンズ』から提案された作戦は非常に魅力的なものだったので是非とも成功させたいと考えている。
今まで負けっぱなしだった連邦軍が手にする大規模作戦での勝利。その一番手としての栄光を。だからこそ司令官は予定を気にし、副官は戦力を気にしていた。
それは彼らが呟いていた切り札にも関係あるものだったので互いの意見は合わずとも揉めるような気配すらない。
「本番は『敵の増援が到着した時』になるでしょう。」
「敵があわてふためく様をみるのが楽しみだな。」
両者は不敵に笑いながら艦隊最後尾に視線を向ける。そこには何の変哲もない戦艦が並んでいたがそれが『ただの』ではないことが証明されるのにそう時間はかからなかった。