ジェイド達が危険を承知で散開・探索を行っていた頃。
ガトー達をはじめとしたジオン潜入班は無事に潜水艦との合流を果たしていた。
もっとも、まだ敵地のど真ん中なのだから安心できる状況ではなかったが、合流した者たちは例外なく安心した顔を浮かべている。
そんな中、ガトーとドライエ艦長は顔を突き合わせながら深刻な表情を崩せないでいた。
「少佐。貴官が危惧していた状況よりも悪い事態に推移していると感じるのだが。」
「否定できません。作戦実行前は潜入班の三分の一しか戻れないということは考えていませんでした。さらに、メンバーの中に裏切り者が出るとは想定すらしてませんでしたし。」
ガトーは現状を招いた原因について艦長と相談をしていた。そんな彼の言に艦長が帽子をいじりつつさらに補足を加える。
「その裏切り者についてだが、連邦正規軍ではなさそうだぞ。通信を盗聴していたものによれば基地の正規軍をはじめ『リターンズ』も事態を正しく理解していないようだ。」
「ですが、我々の任務を妨害したことをみれば敵なのは間違いありません。そうなると候補は限られてきます。」
ガトーは咄嗟に2つの組織が候補に浮かんでいた。
一つは、『聖マリアレス教会』主導のサイド2からなる『任務妨害工作』である。
教会連中からすれば、連邦が弱体化する一方の現状を何とか打開し我々ジオンの力を削がせたいと考えているはずである。
故に、今回の任務で我々を連邦に捕縛させてしまおうと考えている可能性は大いにある。
仮に我々が捕縛された場合、ジオンが今後行う予定である停戦交渉に際して人質として我々を用いる可能性がある。
やり口がヤクザのようであるが、先に仕掛けたのが向こうだと主張しつつ、『捕虜を解放して欲しくば譲歩しろ』と脅しをかけることは外交では決して珍しくない。正規軍がせずとも『リターンズ』などは平気でするだろう。そうなれば戦闘状態は継続し、長期の睨みあいとなる可能性がある。その間に教会が他のサイドや連邦支配域の切り崩しを成功させてしまう可能性も出てくる。それ故の考えであった。
もう一つは、『リターンズ』と敵対している『クレイモア』という組織が介入している可能性である。
現状では、『クレイモア』は未知数な部分が多いが油断できない人材が集まっているというのがジオン軍内での認識となっていた。
エビル中将を中心に実働指揮官にマフティー大佐が就任していることは既に判明していた。
先のルウム戦役で先輩であるリーガン中佐と互角に切り結んだ相手である。
しかも、その時の行動を見るに『マスラオ作戦』を見抜いて行動していた節もあることからデラーズ、リーガン並みに鋭い相手だと考えられている。
そんな相手であるから、ジオンと『リターンズ』双方を共に弱体化させる算段でこちらに工作員を忍ばせていた可能性もあるのだ。
(どちらにしても、こちらが考えていた最悪のさらに上の事態に陥っている。この上は、一刻も早くここから離脱しなくては。)
ガトーはそう考えて潜水艦への積み込み状況を確認する。
非常に難儀しているのがはたから見てもわかる状態となっていた。
潜入に際して、ザメルを搭載してきたわけだが今は連邦から奪取した『ドゥバンセ』を代わりに積み込んでいる。ただ、問題がなかったわけではない。ザメルの脱出機構として用いられたドップをどうするかである。
「一応、ザメルの地上運用データは持ち帰りたいです。それに、ドップを放置して敵に鹵獲されたら機密が漏れる恐れもありますよ。」
「データだけ抽出して機体は沈めるという方法もある。」
「それはできるだけ避けたいですね。地上での空戦運用のデータと実機をセットで持ち帰りたいのです。地上での飛行データは貴重なので。」
ガトーなどは整備といろいろ話ながら折り合いをつけるために立ち回った。
ガトーがそういうのも無理はないのだ。前世においても、ドップの開発生産には労力をかなり咲かれていたというデータもある。
作り物の空間では地球上で耐えうる戦闘機開発は困難だったのだ。この後世でもそれは同様であり、データと実機はできれば持ち帰りたいというのが技術者・上役双方の意見であった。
そのようなイザゴザになりかねない問題は結果として解決した。
平たく言えば、両機とも積載可能であるという整備班からのお墨付きが出たからだ。
そもそも、ザメルが通常のMSの規格よりも大型機だったのが今回は幸いした。普通の機体の1.5倍の大きさに相当する大きさである。さらに、重量もあるために潜水艦への搭載時も苦労していたのだ。
それに比べて、脱出機であるドップははるかに小さい。奪取したドゥバンセも18.2メートルほどしかない。結果的に両機を搭載してもギリギリOKだと解ったのだ。
「もっと早くわかってもおかしくないような気もするのだが」
「それは仕方ないですよ少佐。奪取した機体の詳細データはついさっき抜き出せたんですから。それとザメルのスペック、潜水艦の限界積載値を比較してようやく確認できたことですから。」
このようなことがあったために時間を食ってしまった。だが、撤収のための目途もようやく立ちつつあった。そんな時だったろうか、警戒に当たっていたMSパイロットから連絡が入ったのは。
「少佐。MSが接近してきます。霧による視界不良で正確な距離などは解りませんが、音源からして数は2機。駆動音からしてザニーを改修したジム型1機、新型機1機と推定されます。」
その報告を聞いて、ガトーは基地で相手した敵を思い浮かべた。
脱出の際、相手をしたジムはザニーから改修した機体とは明らかに違っていた。他の機体に比べてバランスも良かったし、性能も初期型ジムを軽く上回っていたと思う。
念のため戦闘に際して、駆動音やらなんやらを雑音交じりとはいえとっておいたのでそれと照合させる。
答えはすぐに出た。間違いなく、基地であった機体と同種だった。
「・・根に持って追ってきたか?それとも同種の機体を使う別のパイロットか?」
「どちらにしても、まだ機体格納に時間が必要だぞ。こんなところを敵に攻撃されたら一たまりもない。」
ドライエ艦長は現状を再度、ガトーをはじめとしたパイロットたちに認識させた。
先程、ようやくドップを収容したところである。今はドゥバンセを固定している最中だ。
「まずいタイミングだな。」
「発見されたらこちらはまともに応戦できないぞ。」
ドライエ艦長の言う通りであるし、何よりもガトーとしてはこれ以上、戦闘を行って無用のリスクを増やしたくないとも考えていた。
戦闘に時間がかかればその分、脱出の時間が削られてしまう。また、既にドゥバンセも戦闘に参加させられない。となると、動かせるのは奪取したダウングレードタイプのザクだけである。
「ちなみにMS同士の戦闘に耐えられる機体は何機だ?」
「はっ!現在、まともに動くのは5機ほどです。ただ、不快かと思いますがまともな戦闘は無理であると具申させていただきます。」
部下の報告に無言で同意を意味する首肯を返す。機体性能がそもそも劣悪なのだ。
勝負になるはずがない。脱出時は、敵を混乱させたからこそうまく切り結んで突破できたのだ。冷静になった相手で性能面を上回る敵を相手取る。もはや罰ゲームの域であろう。
だが、そこまで考えてガトーはある考えが浮かんだ。
それは、少し歪な策であるが目的が敵の迎撃ではなく脱出なればこそ有効な考えであった。
(ダメ元で試す価値はある。それに失敗するにせよ一時的に敵の注意をそらせられる。損にはならないはずだ。)
ガトーはそこまで考えて、部下に戦闘可能な5機をMSを準備するように指示を出し始めた。トリントン基地方面での戦闘も佳境に入ろうとしていた。
地上戦の戦闘描写のむずかしさを痛感しています。
どうか、そのあたりは優しく見守っていてほしいです。