基地へのミサイル・砲撃によって軍港機能がマヒしたトリントン基地と第二軍港はまともな追撃隊を編成することすら難しい状況となった。
そんな中、何とか形となった部隊が2つ存在する。
ジェイド・メッサを加えた『追撃A班』と現地部隊員のなかでも古参として有名なパイロット『ジョージ・イマクルス』を隊長とした『追撃B班』である。
B班はともかくA班の人選に関してはいろいろと問題をはらんでいた。
ジェイドは既にリターンズから異動することが決まっている。つまり、本来であればそれまで基地待機が基本だ。緊急時であっても今の彼には追撃隊への志願をする権限すらないはずなのだ。
そして、後日にサツマイカンなどは『怒髪天を衝く』勢いでたけり狂ったという。
ジェイドはかなり露骨な方法で追撃隊に参加したためである。
「カーリング大尉ですね?」
「そうだが、君は確か」
「リターンズ候補のジェイド・メッサ准尉です。明日には正式に少尉任官となります。」
「リターンズが何の用だね。我々はこれから敵機追撃で忙しい。後にしろ」
「その件についてです。今回の追撃、私にも参加させて欲しいのです。」
カーリング大尉は途端に嫌な顔になった。当然である。
最近はリターンズの将兵によって基地要員は迷惑をこうむっていたし、試作機テストに際しても常に口出しされていたのは記憶に新しい。それを思いだしたカーリングはその意見を即座に両断した。
「ここは宇宙とは勝手が違う。それに、リターンズとはいえ准尉程度の言を受け入れる必要はない。さらに、足手まといをわざわざ入れるほど余裕もない。帰ってくれ。」
「大尉。私はリターンズが今回被った被害を少しでも挽回するため。ひいては軍の威信を回復するための成果を上げる必要があるから送りこまれたのです。」
(被害?送り込まれた?何を当たり前なことを)
「ご存じありませんか?・・今からする話は身内の恥とも言えますが、正規軍にも関わりが多少はあります。どうか口外しないよう」
「機密にかかわる、あるいは軍の威信にかかわるということか?」
「はい。実は、私の上司になる予定であるサツマイカン少佐は今回の奇襲そのものを事前につかんでいた可能性があるというもので。」
「なんだと!?」
カーリング大尉からすれば寝耳に水の内容であった。
ジェイドの話を簡略すると、サツマイカン少佐が警備任務に不満を抱いていたためにつかんでいた情報を軽視した。その結果、警備体制に穴ができてしまったというものだ。
「それは確かなのか?!」
「いえ、確証はありません。ですが、先週にマスク大佐が来られた際にジオンの地上潜入に関して少佐は厳重な忠告を受けていました。現に第二軍港所属のゴーヴェン准将などは三日前から基地全体の警備レベルを引き上げていたらしいのです。」
カーリング大尉としては頭が痛いことであった。
これが事実ならばサツマイカン少佐の行動は、リターンズの『エリート組織』というイメージを壊しかねないスキャンダルとなりかねない。現地軍人としてはザマみろと思いたいが、ジェイドはさらに恐るべきことを口にした。
「カーリング大尉はご存じかと思っていました。何せマスク大佐とサツマイカン少佐の会話は基地司令周囲の者たちも知っていました。その現場には今の基地司令もいたと私は聞いていたので。」
「!!」
カーリングは必死になんでもないという顔をつくったが内心はそれどころではなかった。
つまり、マスク大佐の警告は基地司令も承知していた。だが、基地司令は警備体制を強化しなかったということになる。
確かに『リターンズ』に頭を押さえられていたのは事実である。だが、基地の最高司令官から各部署に直接連絡し注意を徹底させることはできたはずだ。
少なくともそれがあるのとないのとでは意識が全然違ってくるし対処の速さにも大きな違いにつながった可能性もあるのだ。
(つまり何か。サツマイカン少佐の危機意識の甘さを基地参謀や現地指揮官までもが鵜呑みにしてしまったということか。冗談じゃない。リターンズが上から押さえつけるように命令しているとしてもできることはあったはずだ。だが、我々には一切その話が来ていない。つまり、見て見ぬふりを決め込んでいたというのか。)
カーリングはそう考えた。これがすべて事実であり、外に露呈すれば『リターンズ』だけでなく軍全体の威信を損ないかねない不祥事に発展する危険を内包している。
何しろ、新型機が破壊・奪取されているというおまけまであるのだから。
「そこで、『リターンズ』としても何がしかの戦果が必要なのです。基地を奇襲されたが、敵の試作機奪取そのものは阻止したという戦果があれば、まだやりようはあります。そのために」
「君が追撃隊に参加するというのか。だが、それにしては君ひとりというのはどうなんだ?」
「サツマイカン少佐としても自身の失敗で拡大した不祥事です。隠密裏にことを収めつつ成果を出したいと考えているのでしょう。少し遅い気もしますがね。しかし、現地部隊や基地勤務の者にとっては損の無い話でもあるはずです。」
ジェイドにそう言われて再度カーリングは思考を巡らせる。
確かにジェイドを加えるというのは問題であるが、彼の『リターンズ』兵という肩書は使える。
周囲の部隊を優先的に動かすことに使えるかもしれない。
それに、『リターンズ』に貸しをつくることにもなるかもしれない。うまく敵を補足・撃滅できればその戦果を担った正規軍として面目は保てる。サツマイカンも自身のミスが切っ掛けなのだから擁護こそすれ批判はできないはずと彼は考えた。
このような思惑もあって、カーリングはジェイドの参加をしぶしぶながらも承諾したのである。
無論、ジェイドの言ったことは彼がついたでまかせ。嘘である。
マスク大佐が視察に来ていたことは知っていたし、少佐が今回の任務に乗り気でないことを知っていたのでそれを彼なりにつなぎ合わせて利用したのである。
ジェイドの中には戦果による名誉挽回をしたいという意識はまだあったが、それ以上にMSパイロットとしてのプライドが行動を過激にしていた。
(俺が未熟だと?あのMSパイロットめ!盗人のくせに説教じみたことを。貴様が俺を圧倒できたのはMSの性能とあの場の混乱故だ。だが、今度は我々が追う身だ。どこまでも追い詰めてやる。)
ジェイドは自身のプライドをボロボロにしたガトーに粘着質すら感じる敵意を胸に抱き続けるのであった。
そんなやり取りが現場の片隅で行われていた調度その頃。サツマイカン少佐はマスク大佐からの通信を受けて嫌な汗をかいていた。
当然であろう。忠告を受けたのはつい最近だった。であるにも拘わらず、このような醜態を晒したのだから彼の立場は非常にあやうい。
『少佐、基地への侵入を許しただけでなく試作機を奪取されたというのは本当か?』
「は、はい。まことに申しあげにくいのですが、基地のセキュリティー部門の手抜かりを突かれてしまいまして」
『言い訳などは後でよい!それよりも、試作機を奪還するのだ。算段はあるのだろうな?』
「もちろんです!現在、正規軍をせかして追撃隊を向かわせました。まだ、遠くへは逃れていないはずですので必ずや奪還して見せます。」
サツマイカンは直立不動で敬礼をしながら、マスクに言った。だが、その声には普段の自信や余裕などは完全に吹き飛んでおり、エリート組織の佐官とは思えないほどであった。
『これ以上、私を失望させないでくれよ。サミトフ閣下にこのようなことを報告する私の立場もあるのだ。必ず見つけ出せ!』
「はっ!」
サツマイカン少佐はマスク大佐が映っていたスクリーンが黒一色になるまで緊張した直立を維持し、映像が切れると同時に執務室の椅子に崩れるように座った。
そして、呟くように。あるいは自信を叱咤するように言葉を吐き出し続ける。はたから見れば気味の悪い光景であったが本人からすれば現実から逃避したいが故であったのかもしれない。
「探さねば。追わなくては。・・このままでは私の首が危うい。我々からも追撃隊を出すか?だが、それで損害が出れば責任問題に・・・だが、正規軍だけで足りるか?いや、何とかせねば。」
そのような囁きが10分にわたって執務室内で続いたのであった。