洋上で静観しながら情報収集をしたところ、リターンズの将校が新造艦テストをかねて基地へ視察に来たということが解った。
この時期には異例のことであるし、予定ではなかったので基地要員も驚いているようだが、リターンズ将兵に対しては辟易しているらしく、避けて通るようにしていることが潜入員からの情報でも伝わるほどである。
「どうします。情報によれば明日には引き上げるとのことですが、作戦を延期しますか?」
「いや、予定通り行う。それに状況次第ではテスト機をそのまま搬入する可能性もある。それにこれは別の意味でもチャンスだ。」
大佐によればリターンズの実態は今でもわかってないことがある。
組織体制、武力、資金源、人材の有無などはいまだに不明瞭だ。
だからこそ、この機に並行して情報を収集してしまおうというらしい。だが、リスクが高い作戦になる事は間違いないとガトーは考え、独自に思考を進める。
(もし、『リターンズ』なり正規軍なりに反撃を受けた場合こちらは不利だ。精鋭とはいえ、少数での潜入。しかも、敵にとって重要度が高いはずの新型機の情報となれば機密性は間違いなくトップであるはず。手を打っておくか。)
ガトーはそう考えを進めてドライエ艦長の部屋を訪ねた。
大佐たちは準備とそのタイミングを図るために細かいスケジュールを立てている。
正直、彼は蚊帳の外にされていたが、この場合はありがたかった。
「艦長。我々が出撃した後にこの文書を開示してください。」
「これは?大佐の指示書か何かかね?」
「いえ、自分が作成した予備プランです。不要であって欲しいですが、万が一もあり得ます。その時、この艦にいろいろ支援してもらう必要があるでしょう。その際、優先的に行ってほしいことをまとめさせてもらいました。」
「しかし、君にそんな権限があるのかね?この作戦の指揮官は大佐だと聞いているが」
「それについての詳しい理由は伏せますが、大佐より上の人間から緊急時の独自行動は許可を受けております。最悪、責任は自分が取りますので。」
「それなら良いが。ところで、他に事前に準備してほしいことなどはあるかね?」
ドライエ艦長は即座に了承してくれたようだ。
もともと、年齢的にはガトーより上であるし、軍での極秘作戦には慣れっこということだろう。
「では、いささか危険ですが部隊出撃後にこの艦に積み込んでおいたMSを陸に下ろしておいてください。」
「例の『アレ』かね?正直、我々としても持て余していたから助かるよ。だが、誰に操縦させるかね?君と同行した部隊員でないことは容易に想像がつくが。」
「ロブ曹長に任せましょう。先ほど適正データを見せてもらいましたが、砲術支援能力は本国のパイロットと比べても遜色ないものです。機体との相性が一番いい人物ですし。」
ロブ曹長を見たガトーは彼ならば恐らく自分以上に『アノ』機体を使いこなせると確信を持っていた。もともと、グラナダにて重力下戦闘向けの機体として試験段階にあった機体であるがガトーはこの機体を使いこなせていないと考えていた。だが、恐らく彼ならば十分に性能を引き出せるはずである。なぜならば。
(記憶はあいまいだが、なんか前に似たような機体に彼が乗っていたような気がする。それを抜きにしても適正は高いし。)
ガトーは覚えていなかったが、ロブ曹長は前世で『ボブ』と呼ばれたMSパイロットであり決死のガンダム強奪作戦に参加したメンバーであった。
そして、ガトーが無意識にロブ曹長と『アノ』機体を結びつけたのは無理からぬことであり必然であるのだが、それは本人すら気づいていないことであった。
艦長とガトーが会話を交わしてから3時間後、潜入作戦が決行された。
情報・工作部隊は今回大きく分けて3班に分かれている。
港に停泊している戦艦へ侵入する班、港の警備システム工作班、MSドックへの潜入班である。
本来は2班に分ける予定となっていたが、急遽変更したので心許ない。
今回、作戦に動員された潜入部隊は30名。
それを各10名に分割して潜入して情報収集と破壊工作を行う。正直、ガトーとしては不安しかないのだが、仕方ないことである。
ガトーが回されたのはMSドックへの潜入班であったが、基本的には武力面での支援であり情報関係は他の隊員が請け負うことになっていた。
「ガトー少佐。端末へのアクセスまで今少し時間がかかります。それまで誰もドック周辺に近づけないようにしてください。」
「してくださいって、どうすればいいのだ。」
「手段はそちらにお任せします。ただし、穏便に。」
完全に丸投げされた。
正直、怒鳴りつけたいところであるが一応、事前に考えていたことで対処する。
港は便利である。錆びついた網、ちぎれて放置された縄、それと故障のまま放置されたモビルワーカーの部品の一部など材料は事欠かない。
(網は一本にしてワイヤー替わりに。縄は仕掛けをつるすのに使おうか。それとモビルワーカーのパーツは凶器替わりに再利用。)
ガトーは即席のブービートラップをドック周辺。特に潜入した隊員たちがいる近辺に重点的に設置した。これでかかった相手は悶絶・気絶は確定だ。
下手すると死ぬかもしれんが、敵に手加減は不要。それに、抜け出すには調度いいし単独行動の好機である。ガトーはそう判断してドックから抜け出す。
その際、目立つ潜入用のスーツではまずいので連邦の士官服をロッカーから拝借した。
(中尉の服しかないのか。どうせなら少佐の物がいいのだが仕方がない。)
そうあきらめて、基地の試験場へと歩を進める。
何度か巡回中の兵士とすれ違ったが、彼の周りの空気はMSパイロット特有の何かが包んでいるようで誰も彼を咎めたりはしない。皆、ガトーが試験パイロットだと誤認した故であった。
試験場は、既にMSをドックに運んだあと故に機材が放置されているだけだ。
昼間は士官・将校がひしめき怒鳴り声すら聞こえていた場所はただ、砂塵がかぜで飛び交い目に痛みと不快感を与えるだけである。
「潜入用のスーツで来ると思っていたのですが、堂々と正面から入ってくるとは驚きましたよ。少佐。」
「誤解です。『中尉』ですよ、今は。」
「そうですね。今はそうでした。失礼、ご足労をおかけします。」
「あなたが、潜入員ですか?いや、その服装から見るに研究員?」
ガトーに声をかけてきた男は白衣を着こんだ男だ。年齢は20代後半だろうか。
無精髭にブチ眼鏡。非常に不快な印象を相手に持たせるが忘れがたい男である。
「もともとはアナハイムの職員でした。ですが、今は少し違う。立場は変わっていませんがね。」
「内通者か。納得したよ、軍人向きではないからな。それより、要件を済ませよう。例の『モノ』は?」
「こちらになります。手に入れるのに苦労しました。うまく活用してください。」
そう言って、アタッシュケースをガトーに手渡してきた。
重さはそれなりだが、書類関連ではない。中を見ると石か何かのように見える。
「宝石か?なぜこんなものを。」
「見た目はそうですが、全然違います。情報を隠すためのカモフラージュです。情報の見方は上層部のごく一部しか知りえません。少佐殿も恐らく聞いて居ないでしょう?」
憎たらしい言い方をされたが、その通りである。その代わりに確認事項をやり取りすることで目的の『モノ』かはわかるように聞いてきていた。
「ダイヤやルビーなどは宇宙では無価値だ。」
「『石』は所詮『石』。『情報』は所詮『情報』です。」
「故に宇宙には必要であり。」
「また、地上にも必要とされる。この『機密』もそうあらんことを。」
そのような言葉を互いに交し合う。
この言い回しの応酬と順序こそが機密物で間違いないことを互いに認識し合う暗号であるとマ・グベから事前に知らされていた。
その言葉は、機密が今後を左右する重要なものであると暗示しているようにガトーは感じていた。