俺は機体を後ろに下げながら、敵のヒートソードを流して威力を殺した。
その上で、胸部に搭載されていたヒートノコをすれ違いざまに見舞う。距離的にも十分だ。
だが、彼女の機体が左腕を向けるや否や発射された二機が破壊される。
「ち、まさに今までのジオンMSの集大成のような機体装備だな。」
「リーマ先輩に使えて、私に使えないはずないですから。」
そう、彼女の機体左腕にはリーマ機と同様に飛び道具が格納されていたのだ。
種類までは解らないが多分、機関砲かマシンガンだと推測できる。正直、この機体をカスタマイズした奴に賞讃を送ってやりたい。
バズーカ二丁にマシンガン、さらには機関砲まで実装している。前世のケンプファーを彷彿とさせるかのようだ。
前世において、ケンプファーはジオン初の強襲型として開発されたのは先にも述べた。
性能も高く、ビームサーベルを使えることからもわかるようにビーム兵器を使用できるだけのジェネレーター出力を備えた機体でもあった。
つまり、ジオンにおいてはもしかしたらゲルググ以上のハイスペック機であった可能性がある機体であり、ビーム兵器搭載機となった可能性がある機体である。
では、なぜそうしなかったか。その理由の一つには武器への信頼性がある。
ガンダムをはじめゲルググなどに使われるようになったビームライフルであったが、ジオンではまだ信用性は低く、実用性までにかなりの期間がかかったこともあって実装されなかったと言われている。
(それ故に、出力を機動力特化に傾けて豊富な実弾武装を大量導入するという考え方に至ったのだろうな。もっともそれだけではないようだが。)
ガーベラ・テトラなどは違うだろうが、ケンプファーに対しては別の考え方もできる。
恐らく、余裕がなかったのではないだろうか。
当時、ジオンは敗色が濃くなっていた時期頃である。ジムの配備、ビーム兵器の実用化、各戦線での撤退とまさに追い込まれ始めた時期である。
この時期になると次期主力機以外に力を注ぐ余裕はなかったはずだ。ゲルググの量産を急ぐ以上、他の機体や武装の追求がおざなりになるのは已む得なかったのではないだろうか。
そこで、今ある装備を生かせるとして強襲型というコンセプトに発展した可能性は大いにあると思う。その結果生まれた奇恵児だったのではないかと。
(まあ、それがいい意味で発展したのだから決して無駄ではないんだがね。おっと、それどころじゃなかった。)
俺はユーリー嬢の機体からの弾丸を避ける。
致命傷を避けるように防ぎ続ける。脚部装甲部に弾丸の跡が黒く残ってしまう。
こちらも機関砲を撃ちながら敵機に当てているが、軽微な損傷なのは一目瞭然。
このままでは消耗戦でこちらの負けだろう。だが。
(ユーリー嬢。あなたは肝心なことを忘れている。そろそろ頃合いだろう。向こうも熱くなっている頃だしこちらも決めるか!)
俺は機体を急制動させて静止する。そこに敵機が急加速で突っ込もうとしてくるのが見えた。一気に勝負をつけるために近距離での弾薬斉射、あるいは白兵戦で確実に決めることにしたのだろう。
俺は突っ込んでくるのを見計らってエネルギーのほぼすべてを上昇に費やして今いる場所から急速に離脱する。
間一髪のところで、敵機のソードが機体右腕装甲を削っていったが予想の範囲内だ。そもそも、既に勝敗は決しているのだ。
『よく避けますね。でも、次こそ・・!!』
「動けないでしょうね。いや、正確には推進力不足でしょうかね。」
俺との戦いに夢中になっていたのだろう。だからこそ彼女は見落としていた。
もっとも、わかっていても恐らく対応不可だったろう。
経験したことがない戦場なのだから。
『え、ええ?!どうして?上がって!なんなのこのエラーは!?』
「疑似的にコックピットがサウナのように熱くなるでしょうが、まあすぐ済みますよ。あくまでこれはシミュレーションですから。種明かしは後程、外で。」
『ちょ、ちょっと待ちなさ・・ザァー』
ユーリー嬢は説明を求めようとしたのだろうが、それは最後までこちらでは受信できなかった。
それから1分ほどして俺の勝利が確定したという画面が表示された。俺の勝利である。
ユーリー嬢は出てくるや否や、俺に何が起きたのかを説明するよう求めてきた。
悪質なバグなどを利用したのかとまで聞かれたが、俺は約束通り種を明かす。
「なんてことありませんよ。あの戦場特有の条件を利用しただけです。」
「条件?」
「リーマ大佐はもちろん解るでしょう。説明してあげたらどうですか?教え子に」
「正直情けないね。戦場をしっかり把握できてない故の負けを教えてやらなきゃいけないなんてね。」
「す、すいません。でも、どうして」
「いい加減気づきな!あんたは引力に引きずりこまれたんだ」
リーマは俺の代わりに説明を始めた。うん、本当に説明がうまいので感心したのは内緒だ。
いっそ、軍学校で教鞭をとるべきなのではと思うほどに。
俺が行ったことは至ってシンプルだ。
敵から冷静さを奪うこと。状況判断力を低下させることだ。
ユーリー嬢は序盤で機体特性をフルに生かして俺を追い込みにかかった。
高火力の武器を使い、遠距離・近距離を行き来するヒット&アウェイ。方針はただしかったのだが、彼女の戦法と戦場特性はミスマッチだった。
俺は、彼女の攻撃を避けながら密かに誘導したのだ。地球の大気圏突入限界点に。
前世でも似たようなことがあった。
ホワイトベースが連邦軍勢力圏への降下を図ろうとした際、シャアとその部下が搭乗したザクが強襲をかけた。大気圏突入目前だったためにガンダムが迎え撃ったのだが、ギリギリまで戦闘を行ったガンダムとザク一機が帰投できず、そのまま大気圏に突入。
ザクは燃え尽きることになった。ガンダムには大気圏突入を見越したスペックが備わっていたので無事収容できたのは余談である。
(当時のジオン軍主力機の大半は大気圏への直接降下は想定されてなかった。それ故に犠牲者が出た事例ともいえるだろう。今後のことを考えるとユーリー嬢にも必要な経験をさせることができた訳だ。)
「少しは理解できたかい?」
「は、はい。ご教授ありがとうございます。先輩。」
ユーリー嬢はすごく申し訳ないという感じで顔を歪ませながら頭を下げていた。
俺も少し申し訳ないと思っている。ユーリー嬢の実力を考えればこのような決着は不本意だったはずだ。そう思いながら彼女を見ると、すごい目で睨まれた。
厄介なことにならなければいいがと俺は改めて思う。
そして、同時に俺は軍全体とモビーユ殿双方から公認のカップルと見なされたのであった。
まことに不本意ながら。
そして、俺が厄介な問題を一応解決させたと思った次の日。
俺は再びロズルに呼び出され彼の執務室にいる。
すごく豪華で広い空間なので正直、のんびりできない。
俺は知らないことであるが、前世のア・バオア・クーにも似たような部屋があったといわれている。
もっとも、この情報はフル・フロンタル曰くの情報であるが。
「すまんな中佐。ようやく落ち着いている頃だとは思ったのだが、君に行ってもらいたい任務があるとデラーズから連絡があった。俺も確認したが、君が適任だという彼の意見は正しいと思うので準備ができ次第出撃してくれ。」
「わかりました。ですが、任務の内容と場所を教えてください。そうでないと適切な装備を準備できません。」
俺は至極当然のことを口にした。
実行部隊にまで極秘で出撃させられたんじゃかなわない。
ロズルはうなずきながら一枚の封筒を俺に渡して言葉を続けてきた。
「詳しい内容はそれに書いてある。自室で確認してくれ。部下への説明は出撃後に。なお、任地到着まではその内容は『特級』の機密扱いとなる。他言は無用だ。装備の理由に関して説明を求められてもうまくごまかすように。」
(おい。ごまかせってこちらに丸投げかよ!勘弁してほしい。せめて、うまいこと理由をつけてくれてもいいだろうに。)
俺はそう毒づきながらも、正規の軍事作戦である以上は口ごたえせずに、執務室を辞した。
そして、自室で封筒を確認する。
『特級機密任務 大気圏収容作戦
詳細:地球より離脱する諜報部隊並びに機密情報を収容し、ソロモンに帰還せよ。』
俺は自分に振って湧いた死亡フラグに頭を抱えることになった。