リーガンが色濃い沙汰に巻き込まれていた一方、アナハイムの現代表であるヴォルダー・カーネル社長は現状の情勢を冷静に見つめていた。
連邦からは金銭や政治的な譲歩を受けて、物資の融通などをしてきたが、最近は採算が合わなくなってきている。サイド2との協力維持もかなり綱渡りで余裕がない。
(むしろ、ジオン勢力下のサイドとの取引が一番順調だ。今までは中立を盾にして各勢力に融通してきたが大規模な方針転換が必要かもしれない。)
カーネルはPC画面上の試算した勢力状況を見ていた。
技術面などは視野に入れていないが、かなり状況は変わりつつある。
アナハイム社の統計によれば、当初の戦力比3:1はもはや見る影もない。
現在は、連邦とジオンの戦力比は6:4。数値的には連邦がいまだに優位を維持しているが、それも表向きだ。実際は拮抗状態である。
しかも、連邦内での派閥化をまとめるとより細かくなる。
連邦内では、内部勢力が4:3:3という比率に別れつつあるのだ。
リターンズ派(4)、中立派(3)、クレイモア派(3)と大まかに別れてきている。
無論、細かい考えでは違うところもあるが、戦時下であるために表立った分裂には至っていない。
それ故に、内戦は起きていないが一触即発の雰囲気が立ち込めている。
(ジオン側との関係を良好にしておく必要があるかもしれない。サイド2を通じた裏取引でジオン側からのイメージはあまりよくない。ここは、向こうへ恩を売っておく必要があるかもしれん。)
試算を確認したのち、彼はPC画面を閉じつつ秘書を呼びつけた。
電話の一本でもすむ問題かもしれないが、控えている部屋は隣だ。
彼としては思考の整理もかねている。
「お呼びでしょうか?」
「うむ。実は、グラナダにいるジオン駐留軍を通じてサイド2経由の案件を穏便に収める手筈を整えてほしいのだ。」
「穏便にですか。この状況では向こうが受け入れるとは思えません。それ相応の譲歩、または賠償に相当したものを求められます。愚の骨頂です。」
「言葉や態度は基本的に変えるつもりはない。ただ、貿易におけるチェック体制が甘かったことにして落としどころに持ち込めと言っているのだ。」
フォン・ブラウンでは各サイドをはじめ地球に対しても一部物資の輸出入を行っている。
一部でもそれは膨大なものであり、利益となる。
無論、その数は大小さまざまで全体の監視・把握は困難である。もっとも、不可能ではないのだが予算・人員がかかるのは事実だ。だからこそそれを口実、あるいは暗黙の了解として向こうに伝えるようにしろとカーネルは秘書官に言っている。
「それでも、何らかの譲歩を求められるでしょう。さしずめ情報か技術面でしょうか」
「例の『ムーバブルフレーム』に関する情報か『リターンズ』の新型機開発計画の現状などはいい材料だと思わないか?」
「『リターンズ』の件はそうですが、『ムーバブルフレーム』の技術はかなり有用な技術です。みすみすタダで教えてやることは」
「何もそのまま教えるとは言ってない。あくまで、そういう技術が既に完成しているということを教えてやればいい。向こうの技術者はかなり優秀らしいから、理論を知れば必ず短期間で実用化するだろう。」
そうなれば、ジオン・連邦を問わず物資の必要性はさらに増す。
月から産出される鉱物資源は膨大であるから、両者がMS開発を加速させればその分、貿易は増大することになる。その上、ジオン側との溝もかなり埋められる。まさに一石二鳥だ。
「わかりました。そのような方針でグラナダと接触を持ってみます。」
「ああ、頼んだぞ。」
「それとマリアレス教会のガガチ殿への支援はいかがなさいますか?」
「全くなしというわけにはいかんだろう。しばらくは資金面だけの支援にとどめる。」
「了解。」
連邦内部での派閥争いによる混乱。それに乗じたフォン・ブラウンの方針変更。
事態はさらに動こうとしていた。
その一方、先の紛争に介入した聖マリアレス教会では支部長と総大司教であるガガチが集まって今後の方針を話していた。皮肉にもそれはジオンの円卓会議と非常に似た光景だ。
「先の戦闘介入は一定の成果はあげましたが、我々の存在を露呈させかねない物でした。」
「だが、近年発言力を増しつつあるジオンの増長を牽制するためには連邦が必要以上に弱体化してもらっては困る。それでは我々の『計画』が根底から崩れかねん。」
「サイド3にいる『協力者』は使えんのか?」
「今のあの人にはそれほどの影響力はありません。今は死にゴマでしょう。ですが、今後の状況次第では彼らを内部から崩すための切り札になるかもしれません。」
「『聖戦実行局』の連中はなんと?」
「新型MSの開発は順調らしいが、量産化はまだ先とのことだ。」
『聖戦実行局』。聖マリアレス教会内では兵器開発を行う部署である。
とくに現在では、ジオンを圧倒するMS開発を重点的に進めている。その成果の一つが先の戦いで活躍した『クロス・ジャスティス』であった。
もっとも、局の者たちにとってはコストが高いために量産は不可能とされる欠陥機ではあったが。
「量産向けの機体は別途開発中とのことです。期待して待つ他ないかと」
「それでは遅すぎる!憂国航路局などでは既に成果が出始めているのに」
『憂国航路局』は戦艦をはじめとする艦船建造を中心に行う部署だ。そして、既に反抗に備えた戦艦・輸送艦建造は順調に進んでいる。
先の戦いでもその一隻が兵員回収に導入されている。
特務艦『ファントムクロウ』と呼ばれる戦艦である。
MS収容デッキが6。高火器搭載と隠密任務を想定したステルス特化仕様として建造された船である。様相はマゼランに似ているが、ブリッジが上下にそれぞれある設計となっている。
前世の『サダラーン』の上甲板部分が下方にもあるような感じだ。
そのような一向に収束する気配がない議場に静かな声が響いた。この議場で最も権威ある人間の声。ガガチ総代司教の声である。
「我々の悲願である理想国家建設が成就する日は近い。だが、まだその時に非ず。力を蓄え待つのだ諸君。さすれば神はおのずと流れを我らに与えるはずである。」
「ガガチ総代司教!」
予言をいうようにガガチは言葉を乗せて他の教団員を説得する。
だが、その内容はテロリストが地下に潜伏するときの考えと非常によく似ている。
もっともそれに気づくものはこの議場にはいなかった。
そのようなことが水面下で企まれていることとは露知らず、俺はついつい現実逃避気味に思考を練っている。それは、この世界と前世のことだ。
後世と前世において最大の相違点として挙げられるのは並行して存在する勢力の多様さが挙げられる。前世では単純に『ジオンVS連邦』の図式であった。完全な二極構造である。
だが、この後世においてはその様相が劇的に異るのだ。
ジオン、アナハイム、聖マリアレス、連邦正規軍、クレイモア、リターンズと勢力分布は多様化し、複雑な様相を呈してきている。
いや、前世でもあったのかもしれない。ただ、表に出なかっただけだ。
前世でも、ジオンの残党の中にアナハイムの拠点であるフォン・ブラウンに逃げ込んでいたものも少なくない。その一方でアクシズに逃げ込んだものもいた。地球に残った残党も少なくない。
本来は連邦の『ジオン狩り』の対象になるはずだ。だが、彼らは長期間の潜伏に成功している。
有名なのはガトーやレズナーだ。他にもデザートロンメルなどもいる。
この一事をみても、当時の時勢はそれほど単純ではなかったことが伺える。彼らが潜伏できるだけの土壌があったからだという考え方ができるのだ。しかも、ネオジオン台頭前後からはさらに派閥は細分化していたのは周知の事実である。
(ホント、節操のないくらいに複数存在したらしいからな。ああ、思考の迷路に逃げ込むのはそろそろやめよう。リーマ大佐の視線が怖い。)
そう考えながら、俺は再度シミュレータに入った。
なぜかは言うまでもないだろう。ユーリー嬢との戦闘のためである。