俺が戦闘を終えてから既に30分が経とうしている。だが、まだ結果が出ないようだ。
さすがに、周りも早くしろと囃し立てている。
「いつまで待たせるのだ!一番は私に決まっているのだからいまさら何を話し合う。」
「その自信はどこから湧いてくる?」
「同感だ。少なくとも先ほどの戦闘ではそんな自信がわき出るとは思えない。」
俺とラカランがそういってシュターゲンを黙らせる。正直、この男と並んで待つのも苦痛なのだ。
早く済ませたい。それが無理でも、とりあえずこいつから離れたい。
「待たせてすまない。協議は難航したが結論が出た。」
「正直、納得してないものもいるが已む得ないと理解してもらう」
協議から戻った、シンデンとロズルが各々意見を口にした。
しかし、いったいどういう協議だったのだろうか?
(俺が思うに、シュターゲンはまず無理なのは確定のはずだろう。そうなるとラカランということになる。俺は彼の戦い方を応用していたからそれほど評価が高くないはずだし。)
そのように考える俺をしり目に、審査員たちが話を続ける。
「結果をいう前にあえて言っておきたい。今回、理由はどうあれ三人のパイロット技術がやはり優れているモノであると改めて確認できたのはうれしかった。故に、今回の結果も今後の成果につなげてくれることを願う!それでは結果を出そう。」
そう言って、ロズルが指示を出すと先ほどまでシミュレータ戦闘を映し続けていたスクリーンにそれぞれの得点を挙げていく。
シュターゲン = 45点
ラカラン = 70点
リーガン = 70点
それが表示された時、かなり甘くつけてくれたものだと俺は審査員を評価した。
実戦であれば俺もラカランもおそらく落第点および撃墜だ。シュターゲンなどは遠距離からの狙撃で撃墜という珍事で落ちかねない。
だが、シュターゲンは納得がいかなかったようでものすごい形相で叫び始める。
「ふざけるな!!この私が最下位だと?どんないかさまをしたのだ?」
「正当な評価だと思うぞ。甘んじて受け止めるべきだ」
シュターゲンに対してラカランが落ち着いた声で自制を促すがどうやら無駄だったようだ。
さらにまくしたて始める。正直、独りよがりにしか見えないほどの醜態だ。
さすがにそろそろ無理やりにでも止めるべきかと思っていると、ロズルが歩みよっていく。
いかつい顔をさらにいかつくしながら。
「シュターゲン。ソロモン守備軍司令官として君に謹慎処分を言い渡す。罪状は風紀を乱したこと、さらに同僚から部下への暴行・暴行未遂の申し立てもあった。詳しく調査するのでしばらく自室での謹慎を言い渡す。なお、それに伴ってユーリー嬢への接近も禁止する!以上だ。」
「な、なんですと?!」
さすがに、それには俺も驚いた。イカレタ性格だと思っていたが、まさか部下に暴行しているとは。もし、ユーリー嬢がシュターゲンと付き合い始めたらどうなったか考えるだけで怖い。
「わ、私はそのようなことは決して」
「それは監査の連中に言いたまえ。戦時下でなければ本国送還・投獄もあり得る罪だ。恥を知りたまえ!!」
「同感だ。潔くしろ。」
ロズルとラカランが狼狽えるシュターゲンを言葉でねじ伏せながら憲兵にその身を引き渡す。
いつの間にかかなりの大事になってしまったような気もするが、気にしない方がいいのだろうか?
「司令?いささかやりすぎの処置では」
「暴行に関しては監査部の連中がかなり前から目をつけていたのだ。今回の騒動をかたずけるついでに終わらせただけだ。処置は間違っていたとは思えない。」
そうロズルは言うのでこれ以上はあえて言わないことにした。代わりにもう一つのことを解決しておくべきだろう。
「しかし、私とラカラン殿が同点なのですがこの場合はどうなるのでしょうか?」
「改めて二人での一騎打ちで決めればよいだろ。」
「中佐。失礼ながら私は辞退させていただきます。」
ラカランは直立不動の姿勢からそうはっきりと言葉を発した。
俺としては先を越された感があった。俺がいうつもりだった言葉そのままだったのだ。
「よいのか?チャンスはまだあると思うのだが」
「先の戦闘で自分の未熟さを実感しました。こんな私はお嬢様にふさわしくありません。」
「それは私も同様ですよラカラン殿。私などはあなたの戦い方を参考にして」
「それは軍人としては当然です。使える物を使わなくては生きていけないのが戦争。そういう意味ではリーガン殿はそれを見事に実践していました。私などは先のシュターゲン戦の敵を見て奴の長所を自分の戦闘に取り込もうとはしませんでした。できていれば今少し状況が違ったかもしれません。」
それはどうかわからないが、使っている機体特性を考えると一部それは当てはまる。
ラカランカスタムにはヒートロッドなどの近接戦異存の装備もあった。あえて序盤に突出してしまうのもいい手だったかもしれない。敵の機動力を奪えた可能性もあるのだ。
ラカランはそう考えていたのである。
「ですので、私は辞退させていただきます。どうかユーリー嬢にふさわしい方になってください。」
「いや、ちょっと待て!私は」
「よかったではないか。守備軍司令官として君を押した儂は鼻が高いぞ。ガッハハハハハ!」
完全に話を聞いていない。何とかせねば既成事実化される。
俺は、ユーリー嬢へと話を振った。
「ユーリー殿は私があなたにふさわしいと思っているのですか?」
「・・・」
彼女は無言だ。正直ショックだが、この場合は仕方ない。
だが、好転しかけていた状態がリーマの一言で初期化されてしまう。
「二人とも。言葉ではなく戦闘で語りあった方がよくないかい?もともとそういう話だったはずだよ。」
「リーマ大佐!軍でも人柄としても彼は一押しの」
「ロズル中将。それを決めるのは私たちじゃないと気づくべきだね。ユーリー、やるのか?やらないのか?はっきり決めな。」
そう言われたユーリーの目は、先程会話を振られた時の年頃の女性としての目ではなかった。
あの時は、迷いがあったことが見て取れたのだ。だが、今ではそれが完全に消えている。
それは、軍人が強敵と戦う時に見せる独特のもの。
強いて言うなら、『獲物を見据える目』に変化していた。
(一先ずは丸く収まったというべきなのだろうか?いや、俺以外のことはだが。)
リーガンはそう心でごちるのであった。
一方、自室での謹慎を言い渡されたシュターゲンは怒り狂って部屋を荒らしまわっていた。
正直、みっともない。だが、彼はそれにすら気づいていなかった。
そんな彼だからこそ、『彼ら』が接触してきたのだろう。消えていたはずのTV画面がひとりでに作動したのだ。
「ふん!ついに故障したか?これだから駐在用設備は」
シュターゲンはそう言って電話を取ろうとしたが、声が聞こえてきたためにそれを思いとどまることになった。
『随分と荒れてるね?それほどにあの小僧が憎いかい?それともあんたの実力を正しく評価しなかったあの脳筋どもに対しての憤りかい?』
正直、その両方であったが彼としてはその見透かしたような言葉が神経を逆なでした。
「どこの誰だ!俺の部屋を盗撮・盗聴とはいい度胸だな。監査の連中に」
『信用を失ったあんたの言を誰が信じるかね?それに、私は君の味方として相談したくて声をかけているのだよ』
「相談?姿も現さずに声だけで俺に語りかける奴が何をいう。」
『少し冷静になるべきだ。私と君は似ている。実力を正しく評価されず、信用を失い、無為な時間に置かれている。悔しいだろう!私も同様の立場だからこそ君が理解できる。』
ほんの一瞬だが、怒りの感情がノイズ交じりの画面から放たれる言葉から垣間見えた。
シュターゲンとしてはこのような怪しい接触をしてくる人間は信用できない。しかし、言っていることは理解できた。
(確かに、俺が何を言っても現状では誰も俺のことを信用してくれないだろう。戦場で手柄を立てようと、この性格が回りから不快だと認識され結局孤立する。誰か知らんがこいつの言っていることは正しい。)
シュターゲンはそう考えると先ほどまで怒り狂った感情を急激に冷却させた。
信用を失ったのなら別のモノを得よう。無理解な連中の信用などいらない。少なくとも俺を理解しようと手を差し伸べるものがいるならそいつの方がまだしも俺をわかってくれている。
「相談といったがそれは互いのためになる『相談』と考えていいのだろうな?」
『その通りだ。やはり君は私という人間をすぐに理解してくれたようだ。いずれは面と向かって話せる日も近いだろう。』
彼かそれとも彼女か?
性別・姿もわからない相手に対してシュターゲンは急激に接近していく。
確かに事態は収まりつつあった。ただし、リーガンが考えていたものとはその様相は違っていた。
それが表面化した時、リーガンをはじめとしてこの件にかかわった全員が、『あの時にどうすればよかったのだろうか』と己に問うことになるのである。
それは遠くない将来に起きる事件の切っ掛けであった。