私は、キカン・ラカラン。誇りを重んじるジオンの軍人である。
このソロモンに赴任する前から、私はユーリー嬢に対してひとかたならぬ感情を持っていたと今では思える。
もっとも、当時の自分はそれに気づいていなかったと思うが、今ではそれがはっきりとわかるのだ。
彼女と初めて会ったのはモビーユ殿の邸宅で飲んだ時だ。
当時、ロズル閣下傘下の『宇宙襲撃軍』に配属されたことを祝うということでお呼ばれされ、それに甘えたのである。丁度その頃、ユーリー嬢が一時帰郷している時だった。
活発な態度と性格に振り回されることが多かったが、充実した時間を経験した瞬間だった。
それから、折を見ては『贈り物』と称して『MS操縦概論』や『MSレポート』などを届け、会う機会を作っていた。
(今考えると何とも遠回しな方法だった。あの頃に思い切っていればシュターゲンなる半ストーカーを近づけることもなかった。)
ラカランはそう考えながらも、目の前のことに集中することにした。
先程の戦闘からもわかるとおり雑念は腕を鈍らせる。
人間性には問題が多いがシュターゲンはパイロットとしては優秀な方だ。だが、冷静さを欠き結果として実力以下の能力しか発揮できなかった。同じようになるのは御免である。
そして、画面が起動し自分が相手する敵機が見える。機体は先ほどと同様なようだ。
だが、色が違う。通常のザクは改修型でもグリーンで統一されている。それにも拘わらず色がピンクに近い赤でまとめられている。
「見た目で性能が上がるわけではない。」
ラカランが駆る機体もザク改修型の指揮官バリエーションの一つである。
基本性能は通常改修型と変わらない。だが、後発配備されたドムやグフなどの機体が持つ装備を組み込み可能な点が最大の違いとして多くのパイロットたちから羨ましがられている。もっとも、携行武器・オプションの選択が増える程度とラカランなどは考えていたが。
ちなみに、彼の機体は以下のような武器選択となっている。
ザク改修型(ラカランカスタム)
主武装 ヒートホーク
120mmマシンガン(弾倉増設済み)
左腕内臓型ヒートロッド
補助 360mmバズーカ(弾倉簡略型)
本来、主武装にあたる高威力の360mmバズーカをラカランは背中にマウントしているが、あくまで補助と割り切って弾薬を最小限にしている。今回も2、3発程であった。
もっとも、近・中距離に関してはかなり充実しており、明らかな対MS戦闘に特化した仕様となっていた。
ラカランは目の前の『赤い機体』に対して120mmマシンガンを撃ち放つ。だが、自分から積極的に飛び込もうとはせずに相手の出方を見ている。
相手はその攻撃を右に移動しながら同じマシンガンで撃ち返してきた。
だが、ラカランからすれば当然とるであろうと予測できた行動だったのですぐに補助のバズーカを空いていた方の腕で構えて一発撃つ。
理詰めで相手の行動を予測し、相手が回避進路に乗ったのを確認してそこに火力を集中する。
虎の子の三発の一発を即座に使ったのはそのためであった。
だが、相手はそれを避けた。さらに驚いたのは動きに一切の無駄が無い事だ。というよりも
「!なんだ、あの速さは。通常なら機体Gでものすごい負担がかかる速度だぞ。それを当たり前のように。」
ラカランは驚きをあらわにするが、それどころでないことに気付いた。
相手は避けながらも自分に向かってきている。
しかも、先程自分が評した『負担がかかる速度』でだ。ラカランは必死に機体を後退させる。
だが、そもそも速度が違う。無論、彼の機体でも同様の速度は出せる。
だが、恐らくシュミレーター内で失神という事態を覚悟しなければならない。
無論、そんなことをすれば審査員の評価は最低である。
「確か、戦闘前に確認した範囲では後方に小規模ながらもデブリがあったな。」
彼は咄嗟にそこに紛れて狭い空間での近接戦に勝機を賭けることにした。
そう判断したからこそ、思い切ったことができるようにもなる。
ラカランは残っていたバズーカを全弾相手に向けて放つ。
直撃は狙わず時限信管で放ち、敵の進路前面に破壊を含んだ光の壁を生み出す。
だが、それでも相手に追いつかれると感じたので、彼はさらにバズーカ自体も投擲してそれを120mmマシンガンで打ち抜いた。
バズーカ程ではないが、その破壊によって小規模ながらも先ほどと同様の壁を造ることに成功し、なんとかデブリの中に紛れることができた。
「・・ふぅ、危なかった。だが、なんて速度で機体を操るんだ。あんな速度で機体を操れるパイロットがいるのか?」
ラカランはそうぼやきながら武器を確認する。
マシンガンは残弾が心許ない。バズーカは喪失した。それを確認し、彼は右腕にヒートホーク。左腕を無手にした。
もっとも、左腕は内臓型のヒートロッドがあるのだから実際は無手ではないが、相手はデータなのだから知るはずもない。何とか接近戦にすればまだ勝機を見いだせる。
そう自分を鼓舞しようとした矢先、機体接近を告げるアラームが鳴り響く。
「どこだ、何処から来ている!」
そう言葉を紡いだ時、真下からすべり込むように先ほどの赤い機体が自身の画面前に現れた。
そして、同時に凄まじい衝撃を受ける。
「ごふっ!」
その機体は胸部部分に対してキックを叩き込む。衝撃は凄まじく、ラカランは吐きそうになったが、それを必死に抑え込む。だが、敵機は手を緩めない。
ラカランは目の前でヒートホークを構えて突っ込んでくる相手を見て、咄嗟にヒートロッドを近場のデブリに伸ばしそれを引き戻す。
それによって機体がわずかにデブリ方向に手繰りよることになった。
本来の使い方ではなかったが、結果的に敵の攻撃を避けることに使えたのは咄嗟の思いつきだった。もっとも無傷とはいかなかった。
「両足を持ってかれたか。」
コックピット部分を持ってかれなかっただけましだが、損傷が激しすぎる。
だが、もはやことこの段になると小細工は無駄だ。もはや選択肢は少ない。
武器をフルに使ったバンザイアタック。もはや勝てる状況ではないと彼は自身を分析し、まだまだ自分は彼女に似合う男になれていないのかとため息を漏らした。
一方、それを見ていたリーガンはそれが誰のデータかを察していた。
「間違いなくあれはブリューナクのもんだよな。前世の『赤い彗星』」
アレと後で自分も戦わないといけないのかと考えると血の気が引いてしまう。
戦闘を見るにラカランは強い。自分と互角かそれ以上かもしれない。だが、相手はそれ以上だった。周りの野次馬などからは『通常機の三倍以上の速度だぞ』とか『あんな化け物が居る訳ない』とか言っている。だが、居るのだ。しかも自軍に。
「しかし、シュターゲンとの戦闘と全然動きが違うな。・・データが違うとしか思えない。」
リーガンはそう思いながら審査員を覗き見る。
ロズルなどは憮然と目を閉じているし、モビーユ殿は呆けている。
残る3人などは苦笑いだ。特にシンデンなど在らぬ方を向いている。
(ごまかすつもりですか。はい、そうですか。・・後でしっかり説明してもらおう!)
俺がそう考えた時、戦闘が終了したようだ。
見るに、ラカランの機体はボロボロだった。両足だけでなく、モノアイ部分にマシンガンの重心が突き刺さっているし、胴部分にはヒートホークがめり込んでいる。
一方、敵機の方は左腕の方にヒートロッドが巻き付いているのが見え、その部分が摩耗しているのが解るが致命的な損傷ではないだろう。
ラカランの負けであった。