俺はリーガン・ロック。新生ジオンの中佐だ。今は哨戒任務を交代し、艦隊ごとソロモンに滞在している。その一番の理由は艦隊の改装であった。それ故に、MSパイロットたちは基本的に暇である。
そして、俺の隣にいる部下たちも少し、腐っているような状態だ。午後は訓練地獄決定であるが。
「中佐。リーマ艦隊のことは聞きましたか?」
「既に要塞中の噂になってるよ。かなり無茶をしたらしいな。」
「中佐ならこうはならなかったというものもいますが」
「そのバカを連れてこい。大佐に殺される前に、俺が半殺しにしておいてやろう。・・そうしないとそいつ死ぬぞ。」
「冗談ですよ。大佐には悪いですが運が悪かったとしか言えません」
(はあ、我が部下ながらダメだこいつら。何も見えてない。)
リーガンはそう心で呟きながらも顔ではやれやれと言った表情を維持した。
偶然などはあり得ない。彼はそれを『黒鉄会』でいやというほど見聞きしてきた。
前世のことを整理するとそれがよりはっきりする。
一年戦争、デラーズ紛争、グリプス戦役。さらに二回のネオ・ジオン戦争。
それらはすべて必然であった。起きるべくして起きた戦争だった。
規模こそ違うが、リーマ達の作戦にも同様のことがいえる。
運が悪かったではない。行動が読まれたのだ。そして、その発端はリーガン自身が行った連邦の拠点破壊である。
「ところで、中佐はなぜこんな早くからカフェにいるのですか?」
「いまさらそれを言うか。」
そう。俺は今、ソロモン内にあるカフェ『ソロモンの夢』なる店の席に坐している。
ここは、昼になると看板メニューである『ピザセット』がバカ売れするために長蛇の列が連日できるのだが、朝はその限りではない。故に、部下たちも疑問を持ったのだろう。
「朝食だよ。見て解らんか?・・まあ、厳密には待ち合わせで半強制なのだがな。」
「待ち合わせですか?」
「ああ。わざわざこの時間しか無理だと指定されてしまってこっちも眠いのを押してきているんだよ。」
「!!まさか、リーマ大佐に次いで中佐も色事、もとい女っ気が出てきたわけですか?!」
「だったらまだしもよかったと思いたい。」
俺は最近本当にそう思っている。思えば、ジオン軍学校に入ってから現在に至るまで女性との恋愛どころか出会いもなかったのだ。
・・それどころか振り返ってみれば前世から女性との縁がなかったと思う。
(ああ、リーマは別だよ。あれは女性らしくない女性士官だと俺は思う。)
そのように部下とのふざけあい(?)で時間をつぶしているとようやく待ち人がきた。
「待たせたね中佐。朝早いのにわざわざ」
「いえ、問題ありません中将閣下。」
「!!」
部下たちはみな驚いていたようだが、俺は既に解っていたので落ち着いて返事を返した。
このソロモンにおいてもっとも有名な中将が今目の前にいる。
ソロモン守備軍司令官ロズル・ザビ中将である。俺は、ここに寄港後しばらくして連絡を受け、ここに来るよう指示されたのだ。
「すまないな、少し君たちの上司と話したいのだ。少し、外してくれるかね?」
「は、はい。し、失礼いたします!」
皆、ガチガチに固まっていた体を無理やり敬礼の形にして、その場を辞していった。
残ったのは俺とロズル、そして、注文待ちのウェイターぐらいだろう。
しかも、どうやらロズルはここの常連らしいので、ウェイターも落ち着いて注文を聞いてきた。
「ご注文はいつものコーヒーとサンドイッチで?」
「うむ。中佐は何にするかね?」
「では、私は紅茶をお願いします。ミルクなしのストレート、冷たくしたものを」
「かしこまりました。」
ウェイターがメモした注文を裏に伝えに行ったのを確認して俺は話を振る。
「それにしてもわざわざ朝いちばんにこのような場所で話したいと言われた時には、何事かと思いました。」
「驚かせたなら悪いことをした。他意はなく、少し世間話をしたかったのだ。ソロモンは前線とはいっても、主戦場からは離れてしまっているしな。」
「近頃では、連邦もおとなしいですしね。ですが、今後はここも荒れると思いますよ。」
俺はふざけたような口調で言ったが、これは間違いないと確信している。
前世でも、連邦はサイド3攻撃の中継点であり、ア・バオア・クーと同様に重要な守備拠点であったソロモンを『チェンバロ』作戦で陥落・占拠している。この後世でもあり得ないとは言い切れないのだ。
「貴官のいう通りだ。油断こそが最大の敵。だからこそ常日頃から精神を研ぎ澄ましている。私などは早朝に乾布摩擦などをしたりしているほどに」
「中将らしいですね。」
本当にらしいと思った。前世から職業軍人的な男だと思っていたが、まさかそこまでしていたとは。何か東洋のちょんまげ侍を思い浮かべる。
ロズルなどは興奮していた自分に気づいて咳払いをしながら手元の水を飲んでいる。
のどは乾いていないはずだが、気分的な問題だろう。
「ともかく油断する気はない。それと関連して、実はうちの技術スタッフから『Lアタック』なる机上の空論を聞いたのだが、あれは本気なのか?」
「ああ、あの作戦ですか。まあ、やるとは思いますよ。しかし、既にそこまで噂になっているのですか?」
「マ・グベが話した者の中におしゃべりな奴がいたらしくて次の日には要塞中に広がっていたぞ。敵にも知られる可能性が高まってしまって難儀している。」
(むしろ、デラーズはそれを狙っているのだろうな。『七星作戦』を成功させるためには必要なことだし。)
リーガンなどはそう思った。もっとも、ロズルの口調も少し違和感がある。
しいて言うなら隠し事をしながら、俺の知っている情報と比較したいと思っているようだ。
そのことから、どうやら彼にも別の作戦が与えられている可能性がある。
「まあ、悪気はないのでしょうがほどほどにするよう釘をさすよう頼んでおきます。」
「もう大丈夫だ。既に俺から釘を刺しておいた。」
それはご愁傷様と思う。国民的に人気の高いロズル中将からの説教だ。
出世には響かないように俺から話しておいてあげよう。
後、彼の愚痴も聞いておく必要があるかもしれない。
リーガンなどはそう考えて、ため息を漏らすのだった。
ロズルとの朝食は有意義なものになったが、さらにある客人が乱入することになった。
それは一昔前の伊達メガネを着け、整備スタッフの服装と一目でわかる格好の老人。
俺も覚えがあった。
ソロモンのMSメンテナンス主任の『モビーユ・カストナーズ』というおやじだ。
どうやら、ロズルとは旧知の間柄らしい。
「中将も偉くなられたものですな。軍学校の校長をしていた頃などは、『最近の若い人間にどう接すればよいか』をよくアドバイスしていたのに」
「モビーユ殿。その話はやめてくれ。」
「これは失礼。つい、昔のことを思い出しいてしまいましてな。フォフォフォ!」
・・訂正しよう。どうやら頭の上がらない人間という方が正しいようだ。
では、なぜそんな人物がここにいるのか?
どうやら、ロズルが配備を進めている新型空母に搭載する機体の選定と種類について相談を持ちかけていたようで、彼なりに結論を伝えに来たようだ。
もっとも、内容は汎用性の高い機体を優先するというありふれたものだったのだが。
ただし、会話にはさらに続きがあり俺も興味を注がれるものだった。
「ところで、閣下のご要望はMSでしょうか?」
「?」
「それは、どういう意味だ?」
「いえ、閣下から話を持ちかけられる前にうちの若いのがある機体の設計図を作成しておりまして。ひょっとするかもしれないと思いお持ちしました。」
そういって、彼はそれを見せる。設計図を見ても、非常に大きい機体だと解る。
人間の形に似せたMSとは違う。むしろ、連邦の戦闘機に近い。
そして、俺にはその機体に見覚えがある。ビグロの設計図だった。