『クレイモア』がMSの新機軸を模索していた頃、サミトフをリーダーとする『リターンズ』でも急速に変化が生じていた。
サミトフの腹心であるマスク・オフは組織入りと同時に大佐に昇進し、軍内部での発言力を急速に増加させていた。さらに、独自の武力組織として人員のエリート化が図られ正規軍との間に少なくない摩擦を生じさせることになるのだが、彼らは意に介さなかった。
「我々『リターンズ』は、地球を宇宙人どもから守るために集められたのだ。それは、ジャブローをはじめ連邦軍の総意。それをわかったうえで口答えをするならやってみるがいい。・・だがその場合、身の安全は保障できないから気をつけたまえ。最近は軍内部も物騒だからな。」
マスク・オフなどは自分より階級が上の准将にすらそう公言したという。
さらに、翌日。その准将が腕を包帯で釣った状態で本部に顔を見せ、異動届を人事部に提出していたのを多くの士官が目撃したらしい。明らかに『リターンズ』によるものだと思われるが、本人はおびえるように口を閉ざしてしまっていた。
この事例から見てもわかるとおり、『リターンズ』は軍にあって別の軍になりつつあったのである。そんな組織にあって、彼らは『クレイモア』同様にMSの開発を進めていた。
開発責任者はフランクリン・ボルダー技術中尉。
前世の『フランクリン・ビダン大尉』で、この後世では妻にフィルダという女性がいるがまだ子供はいないらしく、妻との生活は互いに仕事中心となっている。愛情など冷めきっているのがはたから見ても解る。そんな彼だが、技術者としては優秀であった。
なお、後世ではフィルダは専業主婦であるため材料工学などの知識は無い。
「マスク大佐。アナハイムから届いた新しい装甲材についての資料を早く回すように手を回してもらえませんでしょうか。何分、今までとは全く違うものを作るわけですから」
「貴官に言われずとも、要請は続けている。だが、いい返事がなかなか来ないのだ。・・それよりも新しい機体は大丈夫なのだろうな。前のような機体ではさすがに容認できんぞ。」
前とはザニーの基本スペックと装備を充実させたタイプの機体である。
ビーム兵器主体の機体として調整・改造を行ったものだったが、試験部隊の一つが敵に殲滅されたという報告を受けて、フランクリンは肩身の狭い気分を最近は味わっていた。
そこで、今回は月で開発された『ルナ・チタニュウム合金』を採用する方針をとり、されに見合う機体制作に着手したのである。
「大丈夫です。今回はものが違います。スペックはザニーを遥かに凌ぐものになると見込んでおりまして、ジオンの機体など圧倒してしまうと保障できます。」
「本当だろうな?装甲材については必要量を届けさせるようにするが、実物を見せてもらは無いと納得しがたい。」
「わかりました。では、こちらにどうぞ。」
二人は、研究室から隣接している格納庫に足を踏み入れ目の前の機体を見上げた。
それはジムとは似ても似つかないものだった。人間の両目のようなメインカメラ、頭部にV型アンテナを持ち、灰色と黒で塗装された機体。
「型式RBM-00。基本装備はビームサーベルとライフル。後、脱着可能なシールドを持ち合わせております。現在は、ザニーと同様の装甲材を用いておりますがアナハイムから届き次第、変更予定です。」
ちなみに、型式のRBMは『Returns Bases Mobile』の略だとフランクリンは説明しているが、彼の同輩の技術者などは別だと主張している。もっとも、採用された後なのだから理由などはどうでもいいことなのだが。
「まるで人そのものだな。頭部アンテナなど戦国時代の兜のようだぞ。」
「技術者の間でもそのような会話がしょっちゅうされております。ですが、バランスがいいのであえてそのままにしております。ちなみに我々は、これを『ガンダム』と言っております。」
「なぜそのような名前に?」
「なんでも、銃マニアと運動バカで有名な二人が名称を考えているうちに互いの趣味をもじった造語を作ったのがことの始まりのようで。いろいろ省略などが行われているうちにこの機体の愛称のようになってしまっていました。まずかったでしょうか?」
「いや、いい。名称などは所詮、兵器には付録でしかないのだ。強ければ問題ない。完成を急がせろよ。」
そう言って、マスク大佐は格納庫を出て行った。
その顔は、入ってきた時よりも気分がよくなっていたことが容易にわかった。
(宇宙人共に目にものを見せる日も近いな。その時こそ、我ら『リターンズ』が真に地球人民を導く時なのだ。)
自身が描く未来を創造しながら、彼は格納庫を背にサミトフに新型機開発の進捗が順調であると報告するための帰路につくのであった。
一方、サミトフは執務室で整理された人材と現状を確認していた。
整備が進んでいるキリマンジェロ基地では正規軍向けのMS量産が秘密裏に進んでおり、シーサンの失態が終息したタイミングで各地に配備できるよう手筈を整えている。
これは地上でのデモ鎮圧を武力で容易にできるようにするための処置である。平たく言えば武力弾圧の手段を増やす狙いであった。
これとは別にリターンズ向けの量産MS開発は進んでいる。次世代の指針ともいえる機体はフランクリン中尉達にやらせているが、実はそれとは別に進行しているのだ。
場所は『ラズベリー・ノア』内の軍用工廠。性能もリターンズ用の特別仕様であった。
ザニーという形になっているが、実際はジム系統である。フランクリン中尉の技術設計をも秘密裏に取り込んだ結果、クレイモアとはまた別の形でジム系開発に成功したのである。
リターンズでは『ジム・キュレル』と呼ばれるようになったこの機体の基本性能は以下の通りである。
ジム・キュレル
主武装 ビームサーベル
60mmバルカン
ビームライフル
補助 シールド
小型ミサイルポッド(3連)
先のルウム戦役において、エビル中将子飼いのMS隊を参考モデルにしつつ、リターンズ用に発展させた量産機である上記の機体は、ザニーよりも汎用性が高く、各種戦線にも対応できると期待されている。ジオンMSのデータも研究・検討した結果、総合スペックではジム・コマンド以上の機体となっている。
「我が組織のMSはいいようだな。」
「はい。それもあって、将兵も続々と我が組織へ配属されてきております。後、閣下から受け取ったリストの兵も優先的に取り入れるよう手配済みです。」
「うむ。それとローカスト研究所からあった例の案件についてだが。」
「強化人間というやつですか?あれはスペースノイド共の理論を真に受けた連中が行っている人外製造計画です。」
「その通りだ。我々が奴らと同じ力を持つ兵を創るなど反吐がです。・・やるなら超える物を作らなくてはな」
そう言ってサミトフは持っていた書類をシュレッダーにかけ始めた。既に見る価値もない報告と判断しているのだ。
「人造ニュータイプなど不要だ。我々が欲しいのは超人なのだよ。いや、人の形をした純然たる兵器。ニュータイプを殲滅する兵士だ。」
「同感です。それに関連していますが、ローカスト研の検体08番を担当した研究者が閣下と非常に酷似した意見の基、研究を進めているとのことです。今週中には成果をお見せしたいと言っていました。いかがなさいますか?」
サミトフとしては、ローカスト研究所の疑似ニュータイプ創造を目指すという考え方自体が気に食わないようだったが、報告する秘書官を見るにどうやら他とは少し毛色が違う研究者のようだ。
「・・時間は空けよう。いつがいいかな?」
「四日後がよろしいかと。調度、先方が到着しますし雑務がひと段落します。」
サミトフはその秘書を睨み付ける。できる男なのだが、いささか華がない。
むしろ、堅苦しくやりづらい。彼と話していると結局は彼の思惑通りに発言・行動しているように感じるほどだった。
(信用しすぎてはいない。油断すれば前世と同じだ!)
サミトフはそう心で毒づいた。そう、彼も前世からの転生者なのだ。
前世ではパプテマス・シロッコに暗殺され、『ティターンズ』を奪われた。だが、彼はその直後にこの世界に転生して再び野心を燃やしたのだ。
前世の経験を生かし、反スペースノイド思想を持つ市民・軍部から指示を集めた。
前世ではカラバにいろいろ妨害されたという教訓から、私財を投じて地上での巨大な利益追求組織を作り上げた。それこそが、『大陸間貿易公社』である。
地上の輸送・交易を数多く担うまでになったこの組織を利用してサミトフは今まで暗躍してきた。『キリシマ研究所』がMS開発を行っているという情報をいち早く察知し、それをシーサン・ライアーに横取りできるよう段取りを整えたのも実はサミトフが金と人脈をフルに利用した結果であった。この時からシーサンとは協力関係となっていたのである。
もっとも、シーサン・ライアーは『ルウム戦役』で失敗した挙句、自爆ともいえる持論を展開したためサミトフは躊躇なく切り捨てた。
だが、彼の恐るべきところはその後だ。軍上層部を取りまとめてシーサンを『犠牲の羊』とした後、彼が『リターンズ』を設立したのは既に読者も知っているだろう。
だが、エビルもマフティーも予期しなかったのはローカスト研究所を抱え込むことに成功していることだ。これはまだ『クレイモア』も気づいていないことであり、今後のサミトフにとって最もプラスになる事だと彼は確信を持っている。
(ローカスト研究所の人材候補リストを基に前世の主だった人材を集めることができたのが最も大きな成果となった。前世のようにはいかないぞ。私は地球のために戦っているのだ。宇宙に居を移した連中の好きにはさせんぞ!)
サミトフは使命感にも似た野心を胸に、勢力拡大のための準備を進めるのであった。