完全に嵌められていることを知らない連邦軍艦隊はルウム宙域中心部を目前にしていた。
さすがに、勝利を確信してやまなかったシーサンでも先程までの余裕は既に胡散していた。
彼は、唾を飲み込みつつ現状を整理しようと努めている。
だが艦橋の空気は依然重いままだ。どうも嫌な汗が収まらないのだ。
本人は武者震いと思いたかったが、現状がその思い込みを否定し続けている。
(どういうことだ。このあたりは既に移動したペズンがあってもおかしくないはずなのに、『ペズン』の影どころか敵艦船の姿すらない。情報とあまりに違う。)
この宙域に入った時からミノフスキー粒子の濃度がかなり高いことが確認できたので一応、警戒態勢を維持しつつ進んでいるのだが、いっこうに接敵しない。目標も見えない。
それどころか周辺のコロニーに護衛用の艦艇すらないのだ。公社の船すら存在しない。
そもそも、『ペズン』が目撃されたという宙域に差し掛かっているはずなのだ。情報が確かなら護衛艦艇もいるはずなのにその影すらない。
念のために、2度にわたって索敵を行ったが何の異常もないという報告が舞い込むたびに不安が蓄積していく。
(偵察用のセイバーフィッシュを再度散開させて確認したほうがいいかもしれない。)
緊急なのだから時間が惜しい。そう考えた時だった。
左翼に展開していたサラミスに、突然飛翔物が接触するのが見えた。その途端、接触したサラミスが火を噴きながら火球になったのだ。
だが、MSの接近ではない。ザニーに周囲を有視界監視させていた。
だとするとあり得る可能性はおのずと限定されてくる。
「提督!巡洋艦『フェリカン』が」
「言わずともわかる。対空監視は何をしていた!」
「周辺に敵影ありません。遠距離攻撃用のミサイルと推測されます。方向は左翼天頂方向。」
(待ち伏せ!我々の進軍予定経路を予測された。バカな!だとしてもどのようにここまで正確な現在位置を!?)
「同方向より第二波攻撃!!」
「各艦散開。回避運動!」
指示が各艦に伝達されるかいなかのタイミングで、今度は先ほどより複数のミサイルが雨のように降り注いだ。ザニーが砲撃で撃ち落とそうとしているが、数が違う。
ごく少数の機体が砲弾を当てて相殺しているが、それこそまれな結果だ。大半は怒涛のごとく振ってくるミサイルを回避・防御しようとしているが、抵抗虚しく僚艦に命中しているのがわかる。
「右翼に展開している艦船を回頭し迎撃させろ!後、旗艦をはじめ中央にいる船のMSを全機出撃。ミサイルを撃ち落とさせろ。」
「提督!右翼艦隊に敵のMS部隊が取りつきつつありと報告が!」
「!!」
全軍の意識が左翼部隊を攻撃している敵へ対処に必死となるタイミングを見計らうように右翼艦隊にMSを取りつかれた。だが、まだ問題は少ないはずだ。MSの火力などたかが知れている。それに戦艦もMSの数も全てこちらが上回っているはずなのだ。
「右翼の敵MSには右翼艦隊のMSに対処させれば問題ないはずだ!それより、左翼の出血を止めないと左翼を皮切りに瓦解する。」
「提督。右翼をご覧ください。」
そこには、先刻まで問題は少ないと思っていた右翼が確実にすり減らされている状況を映し出していた。
最初のミサイル攻撃は、有線式偵察機『ドップ』による成果であった。
前世では存在しなかった兵器で、この後世で考案され各艦に配備されたものである。
前世でも同名の空挺兵器に『ドップ』は存在するが、それとは役割が違う。
後世ではその大きさは前世の3分の1、しかも有線による遠隔操作式だ。だが、ミノフスキー粒子散布下の戦場では実に有用な兵器となった。
ルウム周辺ではあらかじめ各方面に偵察分散されていたムサイから、この『ドップ』が射出され連邦の預かり知らぬ間に侵入から現在位置まで特定されていたのである。
デラーズはその情報をもとに艦隊を指揮し、先制攻撃とMSによる不意打ちを敢行したのである。
「第一段階は成功ですね。」
「ああ。第二段階はMS部隊がどれだけ戦果を挙げるかによるかだったが、予想以上だな。」
彼らのスクリーンには、ジオンMS部隊による戦果がありありと映し出されていた。
その原因は、リーガン・ロックが指揮する第101攻撃隊とリーマ・グラハムが指揮する第89攻撃隊を含む奇襲攻撃隊によるものであった。
敵右翼切り崩しのために、後方のムサイより順次出撃したMS部隊は四機一隊の形でそれぞれが敵MSと戦艦対空砲火を処理し始めていた。
敵、サラミスの機関砲は網を張るように宙域を覆っているがそれでも隙間だらけだった。
「穴だらけの対空砲火など意味はないぞ。まず一つ!」
俺はトリガーを引き、敵サラミスに向けて360mmバズーカを打ち込んだ。弾道は敵の艦橋には届かなかったが、敵主砲の一つに直撃したのが見える。
(ところで、味方が付いてこれない方が問題だな。この会戦後、パイロットの訓練をしっかりする必要ありと意見しておこう。)
そのような戦果と真逆の感想を抱いていた時。それを見た敵のザニーが重そうに自身の武器砲身をこっちに向けようとしているのが見えた。
570mm無反動砲だったと思うが、この距離では使いにくいだろうに、それでも必死に狙い撃とうとしている。
だが、それをあざわらうかのようにすれ違った機体によって胴を真っ二つに裂かれるのが見えた。紫とオレンジで塗装したドムに。それを援護するように青と薄緑で塗装したドムが援護している。
「これで3機目!あんたもサボらずに敵をサッサとたたきな!スケジュールが詰まってるんだよ。」
「生憎、私はMSを落とすより敵戦艦の抵抗排除を優先してるので撃墜数は差し上げますよ。」
「あんたから譲られるなんて御免だね。役目をはたしな!」
「お二人ともやめてください。ここは戦場ですよ。」
紫とオレンジのドムはリーマ。青と薄緑のドムはガトーだろう。
ちなみに俺はベーシックの黒と灰色で構成している。本来、ガトーは俺の援護であるが俺に合流する過程で背中を任されてきたらしい。前世同様、リーマは人使いがうまいようだ。
「まあ、油断はしないさ。俺は手柄よりも味方の犠牲を減らす努力をしているだけだ。」
「かっこつけてんじゃないよ。綺麗ごとで引き金は引けないんだからね。」
お互い毒づき、軽口をたたきながら敵サラミスの砲塔をつぶしながら目に入った敵MSの数を減らし、抵抗力を無力化していくのであった。
この第89、101攻撃隊の活躍をはじめジオンMS部隊のパイロットは非常に良い仕事に終始した。
連邦右翼は出撃させたMS部隊の7割を出撃と同時に狙い打たれるか、果ては応戦叶わずに切り裂かれたりバズーカの直撃を浴びて火球の一つになっていたのである。
「右翼までも崩壊寸前だと。冗談じゃない!戦艦の対空は何をしている?我が方のMSは応戦しているのか?!」
「我が方の対空は必死に迎撃しております。ただ、MS部隊の迎撃が追いつかなかったり、出撃前に狙い撃たれているようで数以上の成果を出せていないようです。」
(なんだそれは!何のためのMS部隊なのだ。こんな醜態を演じるためにMSを配備したりパイロット育成をしていたわけじゃない。これなら砲塔を増設したほうがまだ役に立ったぞ!!)
シーサンは自分がMS配備を推進していた一人だということを忘れてたけり狂った。
左翼は敵のミサイル攻撃で機能不全状態。右翼は数こそあれど、火力を奪われたり混乱状態で動かせない。唯一無傷な本体は両翼部隊が動けないために挟まれて動きを封殺されている。
「やむえん。本体のみ前方に急速全身。この混乱した宙域を脱し、即座に反転。我が左翼を攻撃している敵艦にミサイルと主砲を浴びせてやる。急げ!!」
だが、それはデラーズが考えた『マスラオ作戦』が本格的に発動する最後の条件を満たそうとしているだけであるとシーサンは気づかない。
右も左も行けず、後は前進か後退かである。効率の面からみれば推進力を得やすいのは前進であり、連邦艦艇の大半はそういう設計になっている。そういう意味ではシーサンの判断は間違ってはいなかった。もっとも、作戦を立てた当人たちから言わせれば思う壺という話だったのだが。